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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例32 自治体での知的障がい者嘱託職員採用に関して支援を行なった事例

~公共図書館の現場で働く自閉的傾向のあるAさんの場合~

錦織 亜津美
福岡市障がい者就労支援センター
就労支援コーディネーター

1.本人の状況

(1)性別

男性

(2)年齢

20歳(平成17年10月現在)

(3)障がいの特徴

自閉的傾向を伴う軽度の知的障がい。療育手帳B2

(4)生育歴・教育歴

幼少時より、家族には、何らかの発達障がいがあるだろうとの認識があったようですが、特に療育相談や病院での診断などは受けず、小学校から高校まで普通学級に通学しました。高校卒業時に教諭からの勧めを受け、療育手帳取得を検討し、更生相談所にて知的障がいおよび自閉的傾向の指摘を受けました。

(5)職歴

現職に就くまでに、知的障がい者の試験的雇用として市役所庁舎・文書センターでの臨時職員2ヶ月勤務した経験があります。外部からの郵便物や区役所などの出先機関から各課宛のメールを宛先毎の棚に仕分けることが主な業務でした。導入部分からジョブコーチ支援を行いました。

(6)本人の収入

障害基礎年金は申請していません。現在は市嘱託職員として1日5.5時間、週5日勤務しています。健康保険・厚生年金に加入していて、毎月約9万円の給料をもらっています。

(7)生活状況

自宅で家族と同居しています。身辺自立しており、介助の必要はありません。キーパーソンは母親で本人に対して、心理的にもよいサポートをしてくれている存在として、Aさんが最も信頼している様子がうかがわれます。その他の家族もAさんのよき理解者となってくれています。

2.勤務先の状況

(1)業種

公共図書館

(2)規模

F市の総合図書館として図書資料・映像資料・文書資料の三部門で構成された、映像ホールやミニシアターなども設置されている大型の図書館です。収蔵能力も図書・文書あわせて200万冊と全国でも最大級の規模といわれています。一部の業務を外部委託して運営しているため、正確な職員数は把握できませんが、100名近い方が働かれているようです。

(3)協力体制

外部に委託されている部門以外での業務を図書館各課で検討いただき、現在Aさんは、四つの課にまたがる仕事をしていますが、所属自体は建物の管理等を行う課となりました。この課の係長がAさんの担当となって、出勤やその他各課担当者との調整等をしていただいています。

その他の各課において、基本的な担当は係長の方ですが、図書館の利用者がいる場所での仕事がほとんどであるため、各現場の職員の方々がいろいろと目配りをされています。

(4)障がい者雇用の動機

市議会などからの要望も受けたことから、平成16年度、F市における知的障がい者の職員採用について、障がい保健福祉課と人事課が中心となって検討し、まずは各部署への受け入れに関するヒアリングなどを行うことにはじまります。福岡市障がい者就労支援センター(以下「支援センター」)の就労支援コーディネーターも加わり、検討を行なった結果、まずは、市立病院の厨房、市庁舎内の文書仕分けをする文書センター、そして総合図書館の3ヶ所で知的障がい者を試験的に2ヶ月間の臨時職員として採用してみようという話になりました。

そこで、支援センターのジョブコーチがこの3ヶ所で事前に実習し、アセスメントを行い、実際の職務を組み立てました。

試験的雇用で採用する人材は、支援センターの登録者の中から選定することになり、文書センターでの職務は、文字の違いを判別できる力と集中力があれば十分できるものであり、自閉的な傾向の障がい特性を活かしてできる仕事であるとの判断から、Aさんが候補者となり、面接の結果、2ヶ月間の臨時職員としての採用となりました。

なお、文書センターと同時期に、市立病院の厨房と総合図書館でも、試験的採用を各2ヶ月間行い、その後、市として、それぞれの部署での結果をとりまとめ、次年度以降の知的障がい者の嘱託職員採用試験についての検討が行われました。Aさんが勤務した文書センターについては、業務は十分可能であるという結果ではありましたが、人員が足りており、今後欠員が生じた場合に再検討するということで、次年度の採用試験の対象としては見送るという結論になりました。

平成17年6月より、市立の病院2部署と総合図書館1部署、各1名ずつ、3名の嘱託職員を採用することになり、5月に療育手帳を所有している市民を公募して採用試験を実施することになりました。まず一次面接(ただし今回は福岡西方沖地震の大きな余震が当日起きたため中止)、二次で面接および実技試験をして人数を絞り、最終的に実習を行う三次試験に挑む方を各部署について1名ずつ選考する方法にて実施し、6月より3部署3名の方がF市の嘱託職員として採用となっています。

3.支援のプロセス

(1)試験的雇用に至るまで

高校を卒業したばかりの3月に、学校から支援センターのことを聞いた母親と一緒に、支援センターへ来所。療育手帳の申請をしたばかりで、手帳の交付はまだという段階でした。今後、障がいをオープンにして、就職活動をしていきたいという希望があったことから、手帳の交付を受けた時点で、まずはハローワークへの障がい者求職登録を行うところから支援を開始するということになりました。4月にようやく手帳ができあがり、管轄のハローワークへ同行し、求職登録。ハローワークの担当者から、障害者職業センター(以下「職業センター」)の職業準備訓練(以下「準備訓練」)の受講を勧められ、Aさん、母親ともに希望し、8月から、準備訓練へ8週間通うことになりました。

準備訓練期間中は、職業センターと支援センターで訓練経過などの情報交換を随時行い、修了後、実際の職場体験実習を支援センターのサポートで実施していき、就職を目指していくことになりました。

障がい者雇用を積極的にしたいとハローワークに申し出られた海産物加工の会社での面接が一旦決まりましたが、まずは身体障がいのある方の様子を見てから検討したいということで面接は延期になりました。その時、市役所文書センターでの試験的雇用の話が出てきました。Aさん、母親に応募意思を確認したところ、「何でも経験なので、やりたいです」ということで、カルタ形式の仕分け練習問題を用意してみたところ、簡単にできたことから、十分できるとの判断で、第一候補者となりました。

文書センターは嘱託職員5名で構成されていて、8:30~18:00の間に各自5.5時間勤務のシフトが組み合されています。その中で、一人にならない時間帯に勤務するために、ジョブコーチが事前実習をした上で、平成16年11月下旬から、まず1週間の職場体験実習をした後、平成17年1月下旬までの2ヶ月間、臨時職員という形式での試験的雇用となりました。

(2)文書センターでのジョブコーチ支援について

文書センターでは、1日の流れが決まっているため、ジョブコーチの事前実習で、本人のタイムスケジュールをほぼ決めることができました。(表1)そして、そのスケジュールに合わせて、自分で行動することが、当初からできました。

表1 文書センターでのタイムスケジュール

開始時間

内容

10:30

仕事開始

郵便物の仕分け・配布

巡回郵便の仕分け・配布

12:00

休憩

13:00

仕事開始

13:30

文書センター⇔8階文書課メール

メール仕分け

14:00

文書センター⇔8階人事課メール

メール仕分け

15:00

郵便物配達

巡回郵便の仕分け・配布

16:00

文書センター⇔8階文書課メール

メール仕分け

16:30

巡回郵便発送準備

ゴミ集め

17:00

仕事終了

文書センターの主な業務は、各課の棚に外部からの郵便物と出先機関からのメール文書などを仕分けて入れておくことです。まずは他の職員が大分類をした後、細分類して直接各課の棚に仕分けるところで、Aさんが担当する棚を比較的わかりやすい一部分に限定したところからはじめました。漢字表記された各課の棚に、宛名が漢字で書かれている郵便物やメールを仕分けることは、当初からできていましたが、カタカナで宛名が記載されている場合や略字、短縮した言葉など、定型的に処理できないものがあると、作業がストップする状態でした。そこで、ジョブコーチは、出荷する時間が決まっていて、ある程度スピードを優先する仕事であることから、わからないものは後回しにするように声かけを行い、しばらくはジョブコーチや職員に質問する方法を取り、作業効率を意識させることにしました。カタカナや短縮した言葉を課の分類表として作成し、後でその表に照らして分けることもできるようにすることと、本人の机にも貼り、休み時間などに覚えるよう助言しました。それでもわからないものに気を取られ動作が遅くなります。そのため、指示書(図1)を作成して、提示したところ、徐々にわからないものは後回しにできるようになりました。

図1 文書センターでの指示書
・わからないもの⇒後回し⇒表で確認⇒文書センターの方に尋ねる ・休み時間などに、仕分けの棚の局名・課名を書いて覚えましょう ・すばやい動作で作業をしましょう。

その他にも、封筒の口が開いているものがあると、気になってスピードが落ちてしまいます。巡回郵便物用バッグに入れるので気にしないことと、集荷の時間があるので、急ぐことを説明すると、ようやく納得できたようで、徐々にこだわらなくなりましたが、その後に巡回郵便物用バッグの取っ手やねじれが気になり、周囲が慌しくてもこだわって直す行動が見られました。しかし徐々に、職場の方も本人の特性がわかり、「大きな問題ではない」とこだわる行動を見守っていただける環境になっていたことや、ねじれ自体が頻繁に起こるものではなかったため、あえてその行動をおさえることはしないことにしました。

試験的雇用の終盤には、時間の余裕が出てきたため、Aさんにいろいろな仕事を体験してもらおうと、数字のみを打ち込むパソコン入力にも挑戦することになりました。この作業には集中して取り組み、逆に周りから少し休憩したらどうかと声をかけていただくほどだったようです。

(3)市嘱託職員に合格するまで

試験的雇用終了後、自宅に比較的近い特別養護老人ホームでの体験実習が可能となり、3月に1ヶ月間、清掃やおしぼりたたみなどの雑務の実習を行いました。終了し、本人の意思を確認して採否の返事を待っている期間に、F市での知的障がい者の嘱託職員採用試験の公募がはじまり、Aさんと家族の気持ちが、その試験の方へ傾き、辞退する方向になりました。ただ、その特別養護老人ホームからの最終的な返事も、一人で作業をさせることにまだ不安があるという話になり、結局Aさんの採用は難しいということでした。

平成17年5月に嘱託職員採用試験が実施され、二次試験の結果、Aさんは、図書館での三次試験となっている2週間の体験実習に進むことになりました。

総合図書館でも、平成16年度に試験的雇用を実施していたため、タイムスケジュールはほぼ固まっていました。Aさんは、三次試験の期間中、試験的雇用と同じスケジュールで動くことになり、当初から自分で時間を見ながら、移動などは行うことができました。ただ、比較的コミュニケーション力のある方で実施していた試験的雇用とほぼ同じ内容のため、来館者が多い一般書コーナーでの書架整理にチャレンジしたのですが、スピードはとても速く出来上がりもきれいだったのですが、来館者の「○○はどのあたりにあるのか」との質問に、「カウンターに聞いてください」とパターンで答える方法を練習しても素っ気なく答えるため、来館者が戸惑う様子が時折見られるという状況になりました。しかし、スムーズなコミュニケーションが苦手という障がい特性があるということは、試験担当者もわかった上で、三次試験の候補者としていたことから、採否には影響しませんでした。そして、正式採用後に、支援センターから提案を行い、利用者層が限定される「こども図書館」コーナーと利用者が比較的少ない郷土資料のコーナーでの仕事に変更しました。(図2)

図2 図書館での採用後のタイムスケジュール
業務の流れの表

(4)採用後のジョブコーチ支援

こども図書館の職員の方が、仕事の内容を説明する資料を作成してくれていましたが、ほとんどひらがな表記で、本人にとっては、逆にわかりにくいものであったために、ジョブコーチがポケットサイズ用に漢字混じり文で、作成し直しました。それとは反対に、就業規則は、漢字は大丈夫だから、とそのまま渡されましたが、日頃使わない文体で本人の理解しにくいものであったため、特に大切な部分のみを抜粋したもの(図3)を作成しました。

図3 就業規則の抜粋
休みは 1.毎週月曜日と日曜日 2.祝日 3.休館日 ☆例えば、7月17日は日曜日でお休みです。18日(月)は祝日だからお休みです。翌日19日(火)は休館日なのでお休みです。だから3連休になります。 年次有給休暇について ・一般に「有休(ゆうきゅう)」と言います。 ・日曜・月曜や休館日以外でも、体調が悪いときや用事があるときには、休みの許可をもらってください。 ・来年の3月まで17日分までは、休んだ日の給料をもらうことができます。 ・休むときは、前日までに係長に言いましょう。

こども図書館では、絵本の整理(写真1)など曜日によってコーナーが違います。子どもが読んだ後に適当な場所に戻したりするので、週1回、整理する時にはかなり乱れていて、確実に並び替えないと気になるAさんにとっては、時間内に終わらないことがちょっとストレスになるようです。特に夏休み期間中には、子どもが多く、バラバラなっていて、「朝は大変だ」とこぼしていました。

写真1 絵本コーナーでのジョブコーチ支援の様子

午後、雨が降っていない日は、運営課の業務で、図書館の周りを一周して駐輪場のチェックをし、点字ブロックの上など、止めてはいけない場所にある自転車を移動させたりしています。

その後、郷土資料課に行き、新聞のクリッピングと書架整理作業をしていますが、定型的な仕事であるため、黙々と作業しています。(写真2)

写真2 クリッピング資料の補強作業の様子

映像資料課の仕事は、毎月10日の前後数日は、外部に発送する文書の封緘作業を行いますが、その他はCD・ビデオの整理で、五十音順やアルファベット順に並び替える作業と、定員50席のミニシアターの清掃作業をしています。それぞれに手順書を作成していましたが、すぐに覚え、作業することができました。

(5)現在の状況~フォローアップ

現在、毎日黙々と四課の業務をこなしています。特に大きな課題はなく、順調に毎日の仕事を行なっています。

先日、Aさんの所属する運営課の係長を訪問した際に、「採用されてからまだ1回も有休を取ってないんですよ。取り方はわかっているんでしょうか」という話がありました。本人に確認すると、「特に用事がないから、取ったことがありません」と言います。

そこで、母親に電話をしてみたら、「家でも有休を取ってみたら?という話をするのですが、『今日は仕事だから。休んでも別に用事はないから』と言って、取らないんですよ」ということでした。そこで本人からの申出は難しいならば、母親が有休申請を申し出てもよいことを伝え、担当の係長にも母親から連絡が入る旨の了解を得ました。何度か説明はしていたものの、Aさんにも再度、家族の休みに併せて、一緒に出かけるようなことに使ってもいいことを伝え、休まないことはいいことだけど、労働者の権利なので、一度使ってみるように勧めてみました。申請を申し出るタイミングやきっかけがわからないというのも一つの理由のようなので、その部分を母親がサポートするという方法にしました。

4.まとめ

この事例は、自治体で知的障がい者を採用するという動きが進む中で、試験的雇用と嘱託職員採用が行われた業務の双方に、本人の障がい特性がマッチングした事例です。コミュニケーションについては、難しい面があると当初は戸惑いも見られましたが、黙々と確実に業務に取り組む様子を見て、徐々に周囲が理解し、ナチュラルサポートを引き出すことができました。だからといって、職場にすべてを任せるわけではなく、何かあったときにすぐ対応すること、職場の方々にも連絡いただける関係作りをすることも大切でしょう。まだまだこれからも、Aさんが働いている間は、細く長くフォローアップの支援は続けていくことになります。

障がい者雇用のきっかけは、いろいろな形がありますが、ジョブコーチなどの支援者が、職場とご本人の間に入り、苦手な部分に対するサポート方法を考えることによって、ご本人たちの持っている能力を活かすことができ、実際に働く姿を見てもらうことで、徐々に職場の方々の採用に対する不安を軽減していくことができます。民間企業であれ、公的機関であれ、抱えている不安は同じなのです。

これからは、さまざまな公的機関が知的障がい者の採用について積極的に取り組んでいくと思いますが、市民サービスの前線でAさんが、自分の特性を活かし、業務に黙々と取り組んでいる姿を見ると、彼らが十分働くことができる場所は、公的機関の中にもたくさんあるのではないかと感じています。