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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例33 養護学校からの一貫した指導により就労に移行した事例

~公立図書館で働く知的障がいを伴う自閉症のAさんの特性にあわせた就労支援~

水野 敦之
それいゆ成人支援センター

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴

本事例(以下Aさん)は、知的障がい(IQ55)を伴う自閉症で、療育手帳Bを持つ22歳(平成17年11月現在)の男性です。障害基礎年金を受給しています。小学校は普通学校に在籍し、中学部より県内養護学校に入学し、そのころからスケジュールやワークシステムなどの視覚的な指導を受けています。Aさんは、変化への対応が困難で、環境や関わりのある人が変わることで混乱することがあります。また、簡単な文書や図などの理解はありますが、情報過多になると混乱したり、一部の情報だけしか理解していなかったりすることがあります。特に言語による指示が多くなると混乱し不安のレベルが高まることがあります。

(2)現在までの経緯

Aさんは養護学校中学部より将来への移行を目指した計画的な指導を受け、職場体験実習としては現在勤務している図書館だけではなく、おしぼりの工場など他の職種も経験しました。養護学校高等部では、本人の特性、興味関心により公立の図書館を中心に職場体験実習をしました。養護学校高等部卒業後、アルバイトとして1年間公立の図書館で働き、2年目の平成15年より嘱託職員として勤務しています。アルバイト期間中は、本人の障がい特性を踏まえて支援する機関がなく保護者が時々巡回されていました。2年目よりそれいゆ成人支援センターに依頼があり、ジョブコーチによる支援を開始し、現在も継続支援をしています。図書館までは自宅からバスと徒歩で約30分かけて通勤しています。給与は約80,000円、社会保険も加入しています。

(3)生活状況

Aさんは、仕事でも家庭でもスケジュールなどの視覚的手がかりを確認しながら、自ら生活の日課を進めることが可能で、身辺面も自立していて介護は必要ありません。しかし、家庭で起こるさまざまな変化(たとえば機械の故障、家族の病気)によって不安定になることがあります。また、本人が病気になった時にも仕事を休むことに抵抗を示し、無理をして図書館に出勤することがあります。家庭での余暇として、興味があるテレビ番組を見たり、アニメなどを写実的に捕らえ描いたりして過ごしています。給料の使い方の1つとして、数ヶ月に1回の福岡への旅行を楽しみにしていて、ボランティアと一緒に電車で出かけています。さまざまな興味関心は、本人の意欲を持って働くことを助ける反面、あまりに楽しみが続くと仕事中に興奮気味になることがあります。

2.就労支援の実際

(1)ジョブコーチによる支援への移行

Aさんが嘱託職員として勤務する時に、これまで学校の先生のアフターフォローと保護者による支援であったのを、それいゆ成人支援センターのジョブコーチ支援に移行しました。その移行にあたってAさんの出身校である県内養護学校の進路の先生方と連携をしました。まずは進路の先生方と、本人の特性や仕事上注意が必要な部分、また、まだ課題になっている部分等を確認するためのミーティングを数回持ち、両者で図書館に出向いて、支援の移行の説明だけではなく、ジョブコーチによる支援の必要性等の説明をしました。その後、養護学校の先生と一緒に職場環境アセスメント、本人のアセスメント、実際の業務の確認等を紙面ではなく、実際の場面で実施しました。

(2)受入れ先の状況について

Aさんが勤務している公立図書館は市内中心部にあり、交通の便利さもあり、比較的利用者が多い施設です。知的障がい者、自閉症者の雇用の経験がなく、ジョブコーチの受け入れに関しても初めてでした。Aさんに関しては中学部から高等部にかけての職場体験実習により理解している職員さんも多く、他機関が外部から入って指導することは経験されていました。


Aさんの嘱託職員としての勤務時間は、開館1時間前の9時から16時までで、12時から13時までが昼食および休憩です。主な業務は、返却された書籍をブックトラックより書籍棚に収納・整理することです。書籍の種類によってコーナーが分かれているのですが、各コーナーで整理の方法が違い、また他のスタッフの方と共同で作業を進めることが困難であったため、「日本小説コーナー」を一人で整理しています。

Aさん作業の様子
一時置き場であるブックトラックの書籍整理が主な仕事

(4)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

保護者より支援の依頼があり、まずは本人についてのアセスメントを実施しました。事前の情報として本人の特性の記録、職場体験実習等の記録を、保護者の同意を得て、養護学校に依頼し資料をいただき、担当の先生、進路の先生と数回のミーティングを開きました。進路の先生と実際に就労の現場でアセスメントすることにより、多角的にアセスメントをしました。それにより、仕事上のスキルに関しては自立に近い状態でしたが、職員の配置の変更やルールの変更に大きく影響を受ける点や図書館利用者への対応やコミュニケーションの点で課題があることが確認できました。図書館の職員さんの聞き取りでは、同じコーナーの担当の方、直属の上司の方から情報をいただきました。時間によって行動にパターンがあること、時々興奮することなどを確認できました。これらのアセスメントにより、経験による誤学習により自分でルールを作ってしまうことや、図書館で起こるさまざまな変化に対応できずに混乱することなどがわかりました。

2) 職場のアセスメント

職場アセスメントに関しても、保護者より支援の依頼があったと同時に開始しました。Aさんが勤務している図書館は、通常でも利用者が多いのですが、特に学校などの長期休暇に入ると利用者が増え刺激も多くなること、図書館の職員に対して書籍に関することなどさまざまな質問をされることや、休日が変動的であることなど、本人にとって困難な部分も見られました。しかし、図書館は、システマティックに整理され、ルールがはっきりしていて、各エリアの活用の意味もはっきりしていること、書籍棚がある程度の刺激を統制する役割をしていることなど、本人にとってわかりやすい環境でもありました。Aさんの役割である、書籍整理の業務についてのアセスメントでは、書籍の返却の量が日によって、または時間によって変動があります。そのことによって、本人が仕事の量についていけなくなったり、反対に仕事がなくなったりすることがあることがわかりました。

3) 職場における集中支援

Aさんの特性として、見通しを持って行動することや変更への対応が困難であることから、図書館での活動すべてを提示した視覚的なスケジュールを準備しました。これによって「いつ」「どこで」「何をするのか」というスケジュールの要素と、何時から何時まで何の仕事をするのか、その仕事の後には何があるのかという要素も伝えることにしました。

仕事のスケジュール(図書館)リストタイプのスケジュール。活動が終わったら矢印を下げます

また「日本小説コーナー」の書籍の整理の仕事がなくなった場合の仕事として、「日本小説コーナー」と社会学系コーナーの書籍の前を揃える「前だし」といわれる作業を図書館に了承をいただき具体的な作業として入れ視覚的なスケジュールの中に提示しました。

技術面に関してはおおよそ自立していました が、作業が雑になる時や新しいやり方の指導では、本人にとってフェードアウトしやすいプロンプト(手がかり)としてモデリングと視覚的指示を中心に指導しました。口頭で説明するよりもモデルやイラストで示した方がより具体的にわかり、少しずつモデリングなどの支援を少なくしました。しかし、視覚支援の多くは本人にとってどんな状態でも意識できる必要な支援としてフェードアウトすることはありませんでした。

2年目の後半より、仕事中に他のコーナーで本を読む場面が多くなりました。そこで、まずは昼休みに本を読んでもよい時間・場所を設定し、図書館職員用のエプロンを外して本を借りに行ってもらうようにしました。あわせて他のルールも含め視覚的なチェック表を作成し給料と関連づけて、できない項目が数ポイントになると減給をすることにしました(保護者の方で本人のものとして減給分は貯蓄されています)。その際、ジョブコーチが注意したことが、現時点で課題になっているルールは1~2にとどめ、容易に守れるルールも入れました。現在は時々確認することでほぼ守れています。

書籍の整理をしている様子

4) 視覚支援の活用

Aさんには上記にあげたスケジュールをはじめ、さまざまな所で視覚支援をしています。視覚支援をすることで、自己流ではなく、視覚的な指示に従うことを伝えられました。またAさんの持つ、整理して考えることの困難さを補うこと、さらに注目してほしい部分に注目できるようにマーキングして明瞭化することは本人にとって有効でした。

視覚支援をする上でジョブコーチが注意をしている視点は、「本人にとって有益な内容で提示する」ということ、次に「できるだけ肯定的に提示する」、そして「情報が過多にならないように、本人に合わせた情報量で提示する」ということです。

Aさんにとって有益、しかもできるだけ肯定的に提示することで自ら意識して見ることができます。
1つの例を紹介します。Aさんが採用されて1年目に、昼休み前、帰宅前の作業終了の時間になるとフラストレーションが強くなり、大きな声を出すことがありました。その理由は、終了時間になってもブックトラックの書籍が残っていることで混乱していたためです。そこで、スケジュールの中に、「12時になってもブックトラックに本が残っていることはあります。それはOKです。12時になったら休憩します」という説明を加えました。これが本人にとって有益で必要な情報であり、また肯定的に書くことで自ら理解し混乱なく休憩に移ることができました。

本の入りと全集置き場所を写真付きで説明

5) 変更・修正についての指導

就労の場面で視覚的な支援を使うことで、Aさんに対して変更・修正を伝えることができました。
図書館はある程度のルーティンがあり、大きく仕事が変わることは少ないのですが、職員さんの変更、環境の変更等にともない仕事のやり方が変わることがありました。その都度、視覚的な指示を変えることでAさんに修正を伝えることができました。

一度、他の職員さんが都合により、Aさんに禁止している棚板の位置を変えられたことがありました。これは一時的なもので、しかも一部の場所限定のものでしたが、Aさんは「これは全部自由に動かしてOK」と判断してしまい、Aさんの判断で棚板を自由に変えていったため不自然な位置になりました。そこで、棚板を変えるのはAさんの仕事ではないこと、また書籍が入らないときはいったんブックトラックに置くことなどを視覚的に提示し修正しました。

6) コミュニケーションの指導

Aさんは養護学校の職場体験実習の時からコミュニケーションについて指導を受けています。コミュニケーションの場面を絞って、その場にあった言葉を視覚的なヒントを手がかりに言うように指導しています。
 養護学校より継続していることとしては、図書館の利用者の方から質問された時のコミュニケーションとして、「私はアルバイトです。詳しいことは青いエプロンの人に聞いてください」という文章が書かれたカードを見せながら利用者に伝えています。

また、利用者の方から、本を読んでいる時に割り込んで仕事をしているというクレームがありました。その時は一度利用者の間に入ることを禁止しましたが、仕事の効率も悪くなり本人も混乱がありましたので、「すいません」というコミュニケーションを、場面のイラストと漫画風のふき出しによって伝えました。これにより利用者の方が不愉快な思いをされることが少なくなりました。

(2)職場の方・地域の方への啓発とナチュラルサポートの形成

ジョブコーチとして職場の方にさまざまな啓発を行いました。ジョブコーチ支援を開始してすぐに職員の定例のミーティングに参加し、短い時間でしたが、多くの情報が伝わると混乱する点、決められた部分は正確にできるが新しい内容の仕事のやり方の変化などに柔軟に対応できない点とジョブコーチの役割を説明しました。また自閉症の特性に関する内容が書かれているパンフレットを職員さんの休憩室に設置させていいただきました。

また本人のフラストレーションがたまって大きな声を出すなどしてジョブコーチに連絡が入った場合は、本人の特性を説明し、なぜフラストレーションが起こっているのか、その時には止めたり休憩させたりではなく早く日常に戻れるように見守っていただきたいということを伝えました。不安定になった時は、情報をキャッチする幅がいつも以上に狭くなっていることなどを説明し、何か伝えるのは落ち着いた後にした方が本人にとって理解しやすいこともあわせて伝えました。

Aさんが図書館で働きはじめて、利用者の方がAさんに対するクレームを言われることがありました。内容によってAさんに指導が必要なこともあれば、「奇妙」・「変わっている」などAさんの行動特性、自閉症特性として改善が難しいものもありました。そのため利用者の理解・啓発を進めることが急務でしたが、ジョブコーチ自身が対応をせずに、クレームに関しては図書館の方にお願いし、私たちの方から自閉症の障がい特性を合わせて説明していただくようにお伝えしました。

図書館側のクレームの対応がうまくいって一時期はクレームが少なくなりましたが、次に無記名の投書が増えてきました。図書館の副館長様とミーティングを持ち、Aさんの説明を広報できないかという提案をしました。保護者の同意を得てAさんについてのポスターを掲示していただきました。そのポスターには、本人がコミュニケーションや情報処理の困難さをもつこと、彼が養護学校から職場体験実習をして頑張ってこの施設で働くことになったことを入れていただきました。クレームも少なくなり、利用者の理解が広がっています。

Aさん紹介のポスター

3.まとめ

Aさんにとって自分で確認し自分で活動し、見通しを持ってやり遂げるための視覚的な支援は有効でした。さらにスケジュールやカレンダー、視覚的な指示は、変更や修正を本人に伝えることで、図書館での変更や修正に対応することができました。このように仕事上での指示を理解する、変更や修正を受け入れること、あわせて目標となる興味関心もはっきりしていることは、就職する上で重要なことであると改めて感じさせられました。

Aさんは養護学校中学部よりスケジュールなどの視覚支援を受け、スモールステップの指導により現在の仕事上のスキルを身につけ、養護学校とジョブコーチ、図書館とジョブコーチの連携によって、就職への移行が実現できました。Aさんの就労支援を通して、自閉症の就労を考える上で、学齢期からのトップダウンの視点による移行計画と地域のさまざまな機関の連携が重要であることを感じました。

また、Aさんの就労支援では本人へ直接的に指導した部分と、周囲に障がい特性を理解してもらうために働きかけた部分がありました。そのことにより継続的な就労につながったと思います。今後もさまざまなトラブルがあるかもしれませんが、本人が頑張る部分と周囲の理解を求める部分を整理し、直接支援と周囲の啓発・ナチュラルサポートの形成の両面を視野に置いた就労支援をしていく必要があると思います。