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発達臨床-人間関係の領野から-

NO.9

2.子どもの臨床心理劇の実際

~架空の友達から現実の人とのかかわりへ~

ここでは、小学生の少女と、1年3か月にわたる家庭訪問で展開した臨床心理劇の技法を紹介する。かかわりの経過をJ子の自己構造における関係の変化に即して5つの段階に分け、J子の状態と自己構造における関係の特性、かかわり方の視点、そして臨床心理劇の技法例とその効果という5つの項目をあげて説明し、考察を加える。
J子に出会ったとき、ちょうど筆者は発達臨床の研修を始めたばかりの頃であった。したがって、これは筆者がはじめてスーパーバイズを受けながらまとめた研究であり、指導とか治療の報告というよりは、J子との関係で臨床者として歩み始め、楽しくも夢中ですすめた、かけがえのない記録である。
なお、これは、関係学研究第10巻第1号(1982)の「発達臨床における心理劇的接近」をもとに修正・加筆した。

(1)学童期の少女との家庭訪問の事例の概要

1)J子の発達プロフィール
J子は、三人兄弟の末っ子で、祖父と両親、ふたりの兄との六人家族である。歩き始めが遅かったことや日常的な身辺の動作が不器用に見えたこと、また、吃音などにあらわれる情緒不安定が心配され、5歳のとき、はじめて相談機関を訪れていた。このころは親和的で明るく、絶えず人に話しかけており、自分で遊びを発展させてごっこ遊びも好んでいたこと、性急さが加わると吃るが、会話の豊富さからくるもので、さして心配することはないといわれていたことが、母に記憶されている。
その後、就学相談で特殊学級をすすめられ、徹底した作業・訓練を中心とした教育内容が行われるなかで、イライラしたり、物を投げたりなど、情緒的に不安定な状態がかなり激しくなり、架空の人物を設定して語りかけたりする行動が目立ってきたこと、生活習慣的な行動も乱れてきたこと、対人的に拒否的な状態が著しいことなどにより、学校の先生のすすめで再び相談機関を訪れている。小学校2年生の6月のことであった。

2)発達援助のねらい
J子の発達の過程で問題とされていたこととして、学校の課業や生活全般において意欲が乏しいこと、いわゆる基本的な対人的愛着行動に問題はないが、人とのかかわりを好まないこと、そして言語・理解などの面では、日常的な人との応答はできているにもかかわらず、架空の人物を設定してのやりとりが著しく多いことなどがあげられる。そのなかで特に目立つことは、心像的イメージとしての人や物と、現実的な人や物とのかかわりの、自己における両立と混乱であった。このことについては、次のように解釈できるように思われた。つまり、J子の心像世界を特徴づけている架空の人物とのやりとりに関しては、精神病理学的な異常としてとらえるのではなく、幼児によく見られる‘空想上のお友達’と発達的に類似している状態であり、その状態が長く続いているのではないかということ、また、J子にとって家庭や学校などでの緊張に満ちた生活からの逃避、もしくは、空想表現というかたちでの心像の発現といえる傾向が強いことなどであった。
これらの理解のもとに、J子との面接相談は、家庭訪問の形態をとることになった。その目的は、家庭という日常の現実生活を基盤として、人とのかかわりを豊富にしていくことが重要であること、家族がJ子の状態を受容することが困難となっており(架空の友達を「うそでしょ」と否定するなど)、家族という人間関係のネットワークの中にJ子の存在を位置づけることが必要であること、さらに、学校側との連携の見通しがたたない時点で、学校と臨床心理的アプローチの双方が意味があるように、その媒介者的存在が必要であることがあげられた。

3)心理劇的アプローチの意義
J子の発達の様相として目立ってとらえられるのは、心像的イメージとしての人・物と、現実的な人・物とのかかわりが、自己の内面において併存し混乱している点である。心理劇を媒介に、臨床者という現実的・具体的な人とのかかわりを通して、空想的・非現実的体験が積み重ねられることによって、J子において、‘自己でないもの(人・物)’の役割を補助自我的に担う人(臨床者)の存在が受け入れられて、その人とのかかわりによってJ子自身の在り方がみとめられ、受け入れられながら、人間関係の発達が促進されていくことにつながると考えられた。

(2)経過

 家庭訪問は、週1回(1回2時間)の割合で設定した。J子が小学校2年6月から3年8月までの1年3か月間にわたる57回の訪問相談の経過を、J子の発達過程における自己構造の変化過程に即しながら、五段階に分け、次の五つの視点から整理した。

J子の状態
J子の自己構造における自己・人・物の関係の特性
かかわり方の視点
臨床心理劇の技法の例
技法の効果

 なお、臨床者をMとし、「」はJ子、<>はMの言葉を示す。

第1段階 自己が混沌とひろがっている段階

 J子の状態:J子は、部屋の隅で、たばになった画用紙に鉛筆で次々と子どもの絵を描いている。描いている最中はMがのぞきこむのを好まない様子なので、Mはそっとドアの脇に座っていた。画用紙に何枚も描かれた女の子について母が問うと、「これは、なーちゃん、○○小学校の2年生」などと、J子のイメージの世界の友達を紹介している。J子は、架空の人物を想定して、その名前や住所、家族の仕事や学校などを決めるという形で表現して、話しかけたりしている。また、J子は、自己の心像的イメージ(のようにとらえられるもの)を、「わー」「ふわー」などのことばに表わして、時折、宙をみつめてつぶやいたりしている(これらは仮に‘イメージことば’と呼ぶことにする)。
関係の特性:この段階では、J子の自己において、イメージ的な人や物が入り交じって、混沌とひろがっている関係ととらえられた。
かかわり方:Mは観客的役割をとりながら部屋の隅に黙って座り、さりげなくみていることを心がけた。質問したりせず、時折、モノローグのように気づいたこと、感じたことをつぶやいたりしながらかかわっていた(スーパーバイザーからは、‘参加観察にちかい態度’から、という助言を受けていた。また、J子の母は、さりげなくJ子とMとをつなぐように、小さい頃のアルバムを見せて下さったことを思い出す)。

第2段階 自己に近い人や物が明らかになる段階

 J子の状態:J子は、Mが家に着くと、玄関から「入らないでくださーい」「帰るの!」などと言って、Mが家に入るのを拒んだり、部屋の扉に‘MねえさんX’とはり紙がしてあったり、部屋に入っても部屋の隅でしゃがんで‘イメージことば’をつぶやいたりしており、Mに対して直接的なかかわりを好まない様子だった。
関係の特性:この段階では、J子には現実的な人や物との関係が成立しにくく、心のなかのイメージ的な人や物との関係が展開しているようにとらえられた。
かかわり方:MはなるべくJ子の心に踏み込まないようにしながら、<あーら、×ですって。では、また来ましょう>と玄関を出て、また、<こんにちはー>とたずねる遊びを何回も重ね、J子の心の流れにつきあえるよう心がけた。また、Mは、今・ここでJ子が表現する‘イメージことば’を無理のない範囲で現実の世界との接点を創りながら受けとめ、じっくりとつきあう遊びを展開していった。

技法1 カレンダーの女の子との対話の技法

 J子は、しゃがんで‘イメージことば’をつぶやいている。
Mは、J子の部屋の中にはってある女の子が花束を持った絵の描かれたカレンダーを見つけ、話しかける。<あーらこんにちはー。すてきなお花ねー>、<へー、いろいろなお話ができるのねー>・
J子の「わー」ということばをとらえて、<わーですって、へーなるほどね>。
J子は、「ふわー」という。
<ふわーですって、まーそうなの>などと、J子の言葉を生かしながら、カレンダーの女の子との対話を続ける。<それで、きのうは何たべたのかな>、<へーなるほどー>というと、J子は「何て言ってる? 何て言ってる?」と聞いてくる。
Mは、カレンダーの方を向いたまま<まーそうなの>というと、また、J子は、「何て言ってる?」と、ニコニコして聞いてくる。
<へー、うわーまんじゅうなのー、おいしそうー>というと、ゲラゲラと笑い、Mの方に、時折顔を向けて、Mの言葉を待っていることがみられはじめる。

 技法の効果:J子の心像的イメージが受け入れられ、生かされる場が設定され、自己に近い人を媒介に、自己における内的イメージが物的に対象化されていく。
J子は、自己の心像をMに重ね、Mがそれを受けとめて遊びとして展開することを期待している様子が見られはじめ、そのような存在としてのMを受け入れはじめていた。

技法2 四角いテレビの技法

 J子が、ふと、つぶやいたテレビのアナウンサーのような口調をとらえて、Mが両手で空間に四角い窓を作り、<ハイ、これは、四角いテレビです>と、テレビを成立させる。
Mは、そこから、J子の方に向かって顔を出し、アナウンサーのような口調でコマーシャルや天気予報のかたちで、J子の‘イメージことば’を生かして、<明日の天気はわーでしょう>などと言っていく。
時折、<○○地方はー・・・>と、止めて待ったりすると、J子は、顔をテレビの方に向けながら、「ふわふわ」などと、ことばをつなげることもある。
<○O地方は、明日は、ふわふわでしょう>と、Mが言うと、J子は、うれしそうに見ている。繰り返すなかで、J子は、「四角いテレビをハイどうぞ」と、自分から手で動作してテレビを成立させたり、スイッチを切ったり、入れたりして、人との接点をつなぎはじめていた。
また、しだいに観客のようにテレビの正面に座って、「次は、うわーぎょうざのコマーシャル」などと、自己のイメージ的な物を実在の物と関係づけながら、Mに要求し、Mがふるまうテレビに登場させはじめていた。

 技法の効果:テレビという物の特性から、演者と観客の役割が距離をとって守られながら無理なく成立し、そのなかでJ子の心像イメージがMによって表演されることで、J子が心像イメージを対象化してとらえる場となっていた。
また、テレビという設定により、人は登場しながらも在り方は多様であり、さらに、スイッチの操作で、対人的距離が自由に伸縮できるという点に、人に対する拒否感がやわらげられる効果がみられていた。
これらの活動を通して、J子は、部屋の中の物の存在を意識して、物の役割を担うMを通して自己を表現しようという意欲がみられていく。そして、そのために必要な物を主体的・自発的にさがす行為がみられるようになってきた。

技法3 粘土の口の技法

 Mが粘土を出すと、J子は、「粘土はやりません!」と少し強い口調で言う。
<いいですよ>と答えて、Mは、自分で粘土をこねはじめる。指の跡をつけてみたり、ひっぱって伸ばしてみたりする。
「粘土はやらないのー、わー」と言って、Mの方に顔を向けるので、Mは、粘土で口を作り、<粘土はやらないのよー、わー>と大げさに動かしてみせる。
J子は、ふと笑顔になり、次々と‘イメージことば’を言ってくる。
Mは、粘土の唇の上下を両手で持って、そのたびに大きく動かす。
J子は、粘土の動きを楽しみ、期待するように、‘イメージことば’を言っていく。
繰り返すなかで、粘土の動きに合わせるようにことぱを言ったり、使っているうちに粘土の口がちぎれると、自分で付けたりする。
急に、同級生の女の子の歯が抜けたことを思い出したようで、「○○ちゃんの歯が1本!」と言う。
Mがさっそく、その口に<○○ちゃんの歯が1本!>と、歯を1本つけると、ゲラゲラと笑いながら見て、自分でも動かしてみていた。

 技法の効果:粘土という多様な変化のもたらされやすい素材的な物を媒介に、J子のイメージが具体的に表出されていく。その過程にMがその操作にかかわることによって、J子のイメージの変化を共有してふるまい、自己の実現を共に創る身近な人として、J子のMへの受け止め方や共感の仕方が深まりつつある様子だった。
また、口という設定により、自己を表出する身体器官が目立たされて、イメージの表出がさそわれやすく、J子の主体的な行為が活発になるようにも思われた。

第3段階 自己と異なる人や物が明らかになる段階

 J子の状態:J子は、しだいにMの存在を受け入れはじめ、Mが部屋に入ろうとすると、自己の心像世界を代わりに表現する人として期待している様子が見られはじめる。また、Mの用意した、J子にとって身近と思われる物に対し、その物の特性や機能に即して、自己のイメージをふくらませて、遊びとして新しく組み立てていることも見られるようになった。
関係の特性:この段階では、J子の自己において、自己に近い人や物との相対する関係から、自己とは異なる、現実的な人や物との関係が明確になりつつあるととらえられた。
かかわり方:Mは、J子のイメージの世界と重ねあわせやすい特性をもつような、現実の人や物と対応させながら、場面を設定し、内容を豊かにすることを心がけた。

技法4 シャボン玉の子どもたちの技法

 MがJ子の家に着くと、J子は、玄関先でシャボン玉を吹いている。
Mは黙って横に座り、しばらくみていると、J子は黙ってゆっくり吹いている。
Mは、J子が吹いたときに、<あー、シャボン玉の子どもたちが飛び出してきたー>とつぶやく。<いってらっしゃーい>、<また来るかなー>などと、期待しながら横にいる。
J子は、Mの方をチラっとみながら、何か言われるのを期待しているようなときがある。小さなシャボン玉ができたときは、<あー、赤ちゃんも出てきたー>などと言うと、J子は、「これ、シャボン玉小学校の子どもたちだよ」と、役割を付与する。
<また来るかなー、呼んでみよう、オーイ>と言うと、J子は、その言葉に合わせるように、力をこめて吹く。
<わー、元気だー、いってらっしゃーい〉と言うと、速く吹いたり、そっと吹いたりなど、いろいろな吹き方をしてみている。

 技法の効果:人がかかわって、物を人的にみたてることによって、J子が物にかかわる活動が促進されて、心像活動の幅がひろがっている。シャボン玉の特性としては、吹くという比較的容易な行為で生み出せること、風にのって宙を飛ぶこと、短時間で消えることなどから、心像活動の収縮が容易になりやすいことがあげられる。また、ここでは、シャボン玉の大きさなど、物の特性に即して、J子がイメージを変化させるかかわり方がさそわれている。

技法5 鳩時計の技法

 Mが部屋に入ると、新しい鳩時計が壁に掛けられている。
<あーら、これは何かしら>と言うと、J子がすかさず、「鳩時計!」と答える。<へー、どんなふうに鳩さんがでてくるのかしらね>と、Mがおもちゃの箱の中からフリスビーを取り出し、顔を隠して、<ポッポー>と時刻を告げる声に合わせて、顔を出し入れする。
J子は、見ていて、「次は2時」「10時」などと、Mが顔を出す回数をいろいろに変えてみている。
また、「次は、わー時計!」などと、時折、鳩を心像のイメージに置き換えていうので、<わっわー>と受けとめながら時計の場面が続く。
Mが<ネジがきれてきたみたい>と力を抜くと、Mの後にまわって、「ぐるぐる」などと言いながら、ネジを回し、エネルギーを補給する役割をとることもみられた。

 技法の効果:ここでは、部屋の中にある物を目立たせ、その機能を生かしながらかかわることで、自己とは異なる物や、そこにかかわる人の存在を受容し、明確にすることができている。鳩時計の物としての特性から、動きがあり機能が明確で、J子の演者的な振る舞い方がさそわれはじめていた。

技法6 学芸会の劇の技法

 J子が学芸会でやっていた『小人と靴屋さん』の劇の場面を思い出しながら(Mも見にいっていた。J子は、小人役で、『糸まきまき』の歌に合わせては、舞台に上がってくる役割を演じていた)、Mが『糸まきまき』の曲をピアノで弾く。
<わー、小人たちが出てきたよー>と言うと、J子は、部屋の真ん中に出てきて、その続きをMが演じることを期待している様子。
Mが、J子が舞台の上でしていた動作を思い出しながら演じると、「ここは、もっと手を大きくだよ」などと、動作とことばで知らせている。
<そろそろ劇の練習は終わりにして、給食にしましょうか>と言うと、「まだ、給食じゃないよ。先生が先にコピー持ってくるの!」などと、現実の学校生活のひとこまを、っなぎ合わせはじめている。

 技法の効果:学芸会という現実の生活場面で体験されたことのある劇場面が、それを共有した人と共に展開することで、演者的で具体的な行為がさそわれやすくなっている。出るという活動の特性として、人との対面や自己表出の契機・節目となりやすい点があげられる。また、学芸会の劇と学校生活がつながって、生活縮図的場面の展開がひろがりはじめている。

第4段階 自己と異なる人や物こはたらきかける段階

 J子の状態:J子との遊びはイメージの世界から始まることは続いているが、人とのやりとりのなかで、しだいに現実の生活の中の人の動作や物の特性などとのつながりがひろがり、J子自身が内容を豊かにしはじめている。
関係の特性:この段階では、自己とは異なる人や物が明確にとらえられながら、それらに即して働きかけている関係ととらえられた。
かかわり方:Mは、J子の自己的なイメージを受け止め、生かすというプロセスを積み重ねつつ、J子の日常生活と関係づけながら、変化のさそいやすい場面を設定していった。

技法7 いろいろな雲の技法

 Mが家に着くと、J子はめずらしく道路に出ている。J子は、このころは「○○やって!」とMにイメージ的な物を表演させることを期待していることがよくみられていた。いつものように「空気やって!」「曲がった木の枝やって!」「ころがってる石やって!」などと、Mが物の役割をとるのをうれしそうに観客的に見ている。
しばらくして、空にはいろいろな形の雲があるので、Mが、<雲さーん、どこに行くのー>などと空に向かって話しかけると、J子は、Mについてくる。
Mは、J子を抱き抱え、<ふわふわ雲!>、<わー雲!>などと、走ったり、揺らしたり、高く持ちあげたりする。
J子はニコニコと笑いながら、「次は、へー雲!」などと要求しながら、雲の役割をとっている様子で、手を丸くひろげたりしている。
MがJ子を降ろすと、「雲やって!」とMに抱きついてきて、「今度はゆっくり揺れる雲!」「高く上がる雲!」などと、細かな変化を加えている。
しばらくして、Mが一緒に雲になり、<寝る雲!>、<食べる雲!>と動作をすると、J子は、一緒にしはじめ、自分からも、「体操をする雲!」と、毎日学校でしている体操を取り入れ、新しい動きを創って人としている。
そしてしばらくすると、「次は、おうちに入る雲!」と言ってMの手をとり、一緒に家の中に入って、別の遊びをはじめた。

 技法の効果:雲という自然物の表演はその行為のどのような在り方も認められやすい。また、人に支えられて、役割を付与されてふるまうことで、自己身体的活動が役割の演技につながり、役割の規定性が少ないことなどが特性としてあげられる。そのなかで生活縮図的行為が体験され、非現実から現実的な役割へと段階的な移行がなされつつあった。

第5段階 自己と人と物をそれぞれに生かしてかかわる段階

 J子の状態:J子は、Mのことを、共に劇的場面を展開する人として受け入れている様子で、社会的材料を用いたごっこ遊びやルールのある遊びなど、物を生かしながら、豊かに遊びを展開することが増えている。
関係の特性:この段階では、自己と人と物のそれぞれが明確にとらえられながら、それらを統合的に生かして関係が発展している。
かかわり方:Mは、人の役割をとりながら、問題解決場面やルールのある遊びなど、J子と共に物を生かして、劇の内容を豊かに創っていった。

技法8 学校ごっこの技法

 この頃から、J子は、Mが家に着くと、「学校ごっこしよう!」などと、劇場面のテーマを主体的に設定して、提案してくることが多くなってきた。
「小学校3年のさくらんぼチーム!」などと、現実(J子の実際の学年)と非現実を折り混ぜながら役割を付与し、場面を設定している。
Mが同級生の役割をとると、「起立!礼!」と号令をかける当番の役割をとったり、「先生がコピーもってくるの!」と先生の役割をとって手渡したり、場面を促進する役割を多様にとっている。
Mが、<おなかがすいてきたので、給食にしたい>と言うと、「まだでしょ」と注意したり、<コピーが足りません!>と言うと、職員室に行って、足りない分のコピーをしてくる場面を演じることをしていた。

 技法の効果:生活縮図的場面への主体的な参加が自然になされ、心理劇の中では、社会的な規範や問題解決場面での柔軟なかかわり方が見られはじめた。このことが、現実の学校生活への期待として育つことにもつながりつつある様子だった。

技法9 絵本『おふろじゃぶじゃぶ』の劇の技法

 Mが家につくと、J子は、『おふろじゃぶじゃぶ』の絵本を開いて見ている。Mは、かたわらに座り、<わー、気持ちいい!〉と、セリフの部分などを声を出して読む。J子は、Mの言葉をさそうように、「するとー」などと、間をつなぐ言葉を言ったりする役割をとっている。最後まで読み終えると、「おふろじゃぶじゃぶ!」と元気に言うので、ふたりで絵本のストーリーを思い出しながら劇をすることにする。
J子は、おふろのコーナーを座布団で四角くつくり、Mが紙をちぎってお湯にみたてると、一緒にちぎりながら、「わー、気持ちいい!」と紙のおふろの中で体をのばしたりしている。

 技法の効果:絵本をなぞる劇の特性としては、まず一緒に読むという体験があることで、展開の流れが共有されており、予測が可能となって行為をさそいやすいことがあげられる。また、絵本は、視覚的に具体的な場面が示されているため、それと対応させるかたちで物を生かして場面の設定がなされやすい。さらに、絵本という物の世界を受け入れ、それに即しながら、人と一緒に、新しい自己の世界を変化させる体験がなされていた。

(3)まとめと考察

1)J子の発達的変化
1年3か月にわたる臨床心理劇を通して、J子の自己内においては、自己・人・物の領域の枠組みが混沌とひろがっていた状況から、自己的な人や物の領域として自己内に位置づき、それらに相対するものとしての現実の人や物の領域が明確化されながら、段階的に、自己・人・物の接在共存状況が顕在化されていったことがうかがえる。それは、筆者という具体的な人とのやりとりを、J子が主体的に受け止めたなかで可能となっていた(経過のまとめとして、表6-1を134~135頁に添付する)。
役割のとり方でみていくと、補助自我的にかかわる臨床者に自己の心像イメージを表演させ、それをみて楽しむ段階から、自己のイメージを構成したり、操作したりして演じさせる段階、またさらに少しずつイメージの一端を演じて参加し、補助自我とのやりとりとしてイメージを共有する段階へと移行し、J子のより自発的・創造的な行為化がさそわれていった。
徐々にではあるが、心理劇と日常生活を重ねあわせながら、現実の課題場面や社会的規範の強い場面にも、取り組んでいこうとする様子がみられてきていた。

表6-1 「J子ちゃん」とのかかわり経過(J子ちゃんの自己構造化の過租と心理劇技法)
関係状況における「J子ちゃん」の自己の構造的変化 技法と心理劇的状況の具体例
位相 段階 構造図 関係の特徴 継時的構造化位相
[1]
1回
19XX
6.30
:(M)が担う領域
:顕在化した自己領域
白己的自己形成位相 ○空想の女の子の絵を話をする。絵の話を
○“イメージことば”を話す。
自己構造における関係枠が未分化である。
[2〕
2回
7.2
Mが物の役割を担ってJ子のつぶやく“イメージことば”を代弁する役割をとることによリ、J子は物の存在を意識しMを通して物にかかわろうとする。 自己的人・自己的物形成位相 〈対置物表演による自己的物領域分節化の技法(~をさそう技法)〉
○カレンダーの女の子と話をする。
○テープレコーダーからの声をきく。
○四角テレビのコマーシャル・天気予報を見る。
〔3〕
6回 
7.23
M白身がポーズなどJ子の“イメージことば”を表演する役割を担うことばで、J子は人に対してことばを発し、人をとらえはじめる。 〈行為による対置物表演による自己的人領域分節化の技法〉
○へんな顔あそびをする。
○鏡に顔をうつし“~の国”ごっこをする。
〔4〕
9回
8.3
Mが、J子の“イメージことば”を現実的な物の機能や役割として設定することによリ、J子の内的世界と現実的物とをつなぐ。 〈物の機能明確化による自己的物領域分節化の技法〉
○ロケットで旅ごっこをする。
○ドラエモンのポスターを見てつくった話をきく。
〔5〕
16回
10.8
Mが多様に変化してとらえられる物を操作し、J子の“イメージことば”を共有する役割をとることにより、J子は人と共有する体験を深める。 〈多義的物提示による自己的人領域分節化の技法〉
○ねんどで、歯のない口などをつくらせる。
○紙で絵合わせににたものをつくらせる。
[6〕
20回
11.15
Mが、J子のかかわる物を具体物にみたてる役割をとることにより、J子が“みたてる”という新たな精神活動がみられはじめる。 人的自己 〈具体物命名による物的自己領域顕在化の技法〉
○“しゃぼん玉小学校”あそび
○紙のクリスマスツリーつくり
[7〕
27回
19XX+1
1.7
MはJ子の指示する物を表演する役割をとることで、J子にとってMの役割と存在が明らかになり気持ちを伝える人としての関係が深まる。 人的物・形成位相 〈具体物表演による自己的人領域、顕在化の枝法〉
○鳩時計にならせる。
○はさみにならせる。変身あそび
[8〕
31回
2.5
Mが、J子の現実の体験を演じるという役割を担うことで、J子はMとの現実的関係にかかわろうとするようすがみられる。 〈現実的共有体験表演による人的物領域顕在化の技法〉
○学芸会の劇(「小人とくつや」)をさせる。
○“しゃぼん玉小学校”ごっこ
[9]
35回
2.25
Mが、J子の設定した場面を演じることにより、J子はその中で、場面の展開に応じて必要となる物をつくる過程で演者的に参加する。 人的物・物的人形成位相 〈劇内効果設定による人的物領域顕在化の技法〉
○パンフレットつくリ。
○小道具をもってくる。
[10]
42回
4.10
Mが、J子と共有できる物の役割をとりながら、生活場面と対応してとらえられる場面を展開する役割を担うことでJ子自身も共にふるまいながら先をつくる姿がみられはじめる。 〈生活縮図的行為共有による物的人領域顕在化の技法〉
○いろいろな雲(たべる雲、ねる雲)を演じる。
○映面に行く劇を演じる。
[11]
45回
5.2
Mが、J子でない人と役割を分化しながらかかわリ、ゲーム的なあそびやごっこあそびを展関する役割を担っことてJ子は、2者の関係に気づき一方の役を交互に演じる時がある。 統合的自己形成位相 〈役割分化的対人関係提示:象徴的場面設定による統合的自己領域顕在化の技法〉
○ゲームをする(だるまさんころんだ、かくれんぽ)
○ごっこ遊び(花屋、カレー屋)
〔12〕
49回
6.1
Mが、J子と共に人としての役割をとりながら、物語的場面に即して演じる役割をとることで、J子においてよリ演者的な劇への参加が積み重なる。 く劇内容明確化による統合的自己領域顕在化の技法〉
○絵本をよみ、なぞって演じる。
○宿泊訓練(学校行事)ごっこ

2)かかわり方の視点と技法の展開
筆者の役割としては、分身的な補助自我として、J子の自己構造の各領域にさまざまに身を置きながら、その分節化・明確化をさそっていった。J子の、今・ここでの状態に即しながら、無理のないかたちで在り方を受け止め、共有して、少しずつ先を新しく創るかかわり方を心がけていた。それらのかかわりは、まとめてみると理論的な枠組みに対応しているが、かかわりの最中はただ夢中で、いかにJ子がキラキラと輝いたうれしそうな表情でそこにいるかということを、ひたすら手がかりにしていたに他ならなかったように感じられる。技法として整理し、体系化を試みる機会を通して、心理劇の臨床技法としての意味がより浮び上がり、その発見への興味が今日につながっている。

3)臨床技法としての心理劇の意義
これまでみてきたように、子どもとの臨床場面で、心理劇的な発想を導入していくと、普遍的な発達の理論に裏づけられた、具体的なかかわり方の手がかりが得られ、子どもの主体的な活動を生かしながら発達を援助することが可能となる。
特に、空想や心像イメージとのつながりが目立つ子どもたちとの間では、心理劇の非現実(‘余剰現実’)の体験の積み重ねが、ひとつの現実の世界として位置づきながら、現実世界への橋渡しとして、意味をもつものと考えられる(土屋明美、1991)。空想的表現という、“その子どもにとって最も自然”(武藤、1982)な通路を媒介に、人との相互交渉、社会的応答が育てられ、自発的なコミュニケーションが促進され、関係的な存在としての子どもの発達がなされていった。
このように、心理劇の世界が、空想から現実へとつながりをもちながら、関係変化体験がさそわれるように段階的に展開されていったことが、J子によって「やわらかい力」(武藤、1992)で受け入れられていったためと思われる。そのプロセスでは、空想の世界にじっくりとつきあいながら、決して先回りせずにいられたことが、J子からの主体的な変化を待つことにつながったように思う。
そのことを支えてくれた忘れられないひとつのエピソードがある。あるときスーパーバイザーから「お母さんからネコのセーターの話、聞いた?」と、次のような話を聞くことができた。母がJ子にセーターを着せていると、J子が「重いよー」と言った。いつもなら、「そんなことないでしょ」と返事をするところだが、お姉さん(筆者のこと)がよく言っていることを思い出して、ふと見ると、ねこの絵が3つ付いたセーターだったので、「ワカッタ!ねこさんが3つも付いているから重いんでしょ」と言ったら、J子が、とてもうれしそうににっこり笑ったという話である。このエピソードは、後々まで筆者を勇気づけてくれた。心理劇の体験や発想は、子どものみならず、まわりにいる大人たちをも「やわらかい」心で、世界を共有する人として、育てていてくれるように感じられる。
子どもと臨床者との相互媒介的で創造的な心理劇の展開により、新しい臨床心理劇の技法が発見・開発されていくことが期待される。

おわりに

はじめての出会いから十数年がたち、J子ちゃんと筆者とは、お互い社会人として仕事をもちながら、時折、思い出話に花が咲き、つい長電話をしてしまうことがある。「○○人形でよく遊んだねー」「一緒に遊んだ△△ちゃんのこと覚えてる?」「まだ、自転車に乗れなくてー、なさけなくってねー」と、電話口からJ子ちゃんの気持ちのこもったことばが伝わってくる。そして、最近のヒット曲やテレビドラマの感想、次の休日の予定などの話になるが、いつも最後に決まって「会いたいねー、いつ来るー」と聞いてくれる。つくづく、かけがえのないお友達がいることを感じつつ、J子ちゃんとお母さんをはじめとするご家族の皆さん、そして、ふたりのかかわりを支えて下さった方たちに、心からお礼を申し上げたい。


主題(副題):発達臨床-人間関係の領野から-
第3部 第6章 2 122頁~137頁