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精神薄弱者更生施設の「食」に関する全国調査報告書

-知的障害者のQOLの向上をめざして-

第1部 重度重複障害者における味覚に関する学習と食に関する問題点

質問項目:1-1
重度あるいは重複の精神遅滞を持つ人々に、味覚の表現(甘い、辛いなど)ができるよう教えることについてどのように思われますか? 番号に○を付け、その理由をお書き添え下さい。
 選択肢:1.意味がある  2.意味がない  3.その他

 回答を表1に示しました。「意味がある」という回答が、全体の84.7%を占めました。その理由としては、表2に表しましたが、「食事が楽しく豊かなものになるから」、「食事に限らず、自己表現することは大切だから」といった内容が多くが挙げられ、表現することによる精神面に対する効果も重要視されていることがわかりました。次いで、「(嗜好を把握することができ)調理の参考になるから」、同じくそれを施設利用者の側からとらえた「要求の場、選択の権利の拡大につながるから」が挙げられます。これらは、味覚の表現を具体的な食事の改善手段としてとらえるものと言えます。その他に、社会適応の一環として覚えるのは当然だという意見、自己の健康管理のため(辛すぎるものなどを口にしてしまったとき等に必要)、調理員の励みになる、といった回答がありました。

表1 味名の訓練の意味の有無について
回答
意味がある 84.7
意味がない 2.9
その他 10.1
無回答 2.3

 一方、「意味がない」あるいは「その他」と答えた場合の主な理由は、「おいしく食べられれば良いから」「言語表現にこだわる必要はないから」「大人の施設だから」等のように、訓練の意図そのものを疑問視する意見と、「覚えても反映する場がない」あるいは「能力的に難しい」のではないかと、可能性を疑問視する意見のものに分かれました。

表2 味名訓練の意味(その他)
回答 件数
要求の場・選択の権利が拡大するから 60
食事が楽しく、豊かなものになるから 124
食事に限らず自己表現することは大切だから 76
自分の健康管理のため 19
社会適応の一環として必要だから 36
調理の参考になるから 71
調理の励みになるから
その他 28
無回答 30

質問項目:1-2
重度あるいは重複の精神遅滞を持つ人々が「食生活」に関して、どのような語彙を持っていれば良いと思われますか? 単語(あるいは文)を3つお書き下さい。

 回答例を表3のように分類しました。甘い、辛い、すっぱい、しょっぱい、苦い、くどい、あっさり、濃い、薄い等の「味覚の表現語彙」、固い、柔らかい、熱い、冷たい、いい匂い、へんな匂い等の「食品の属性表現語彙」、うまい、まずい、おいしい、好き、嫌い、ふつう等の「嗜好の表現語彙」、~が食べたい、~ほしい、もっと、おかわり、飲みたい、おなかすいた、喉かわいた、食べられない、ほっといて、満腹等の「要求の表現語彙」、水、ごはん、パン、カレー、コーヒー等の「品・料理の名前」、いただきます、ごちそうさま、ありがとう等の「挨拶・感謝の表現語彙」の6群です。ユニークな言い回しもたくさん書いていただきましたが、集計上、いずれかの群あるいはその他に分類しました。
 最も多い回答は、嗜好、次いで要求の表現語彙でした。味覚に関するものは3番目で、次に味覚以外の食品の属性を示す語彙となっています。後者の回答例で、比較的多く見られたのが、しょっぱい、苦い、熱い、へんな匂い、等の形容詞を書き並べたものです。つまり、味覚表現等は、万一こういった食品を口にした時のために必要なサバイバル言語としての機能が重視されていることがわかりました。その他の回答としては、楽しい、なつかしい、YES/NO、今日のおかずは何?、どんなふうに作るの?、あれ、これ、色名、等がありました。
 調査の流れから、上記の6群に分けましたが、最初から固有の観点で分類した回答もいただきました。例えば、「固い、辛い、すっぱい、まずい等の否定的な言葉、柔らかい、甘い、おいしい等、好きという感情につなげていく言葉、きれい、すごい、いい匂い等、彩りや盛りつけに驚き喜びを表現する言葉」、「意思の確認(食べたい、食べたくない)、適量の把握(食べ過ぎた、足りない)、変化の希望(大きくて飲み込めない、かめない)」といった回答です。

表3 食事に関して持っていると良いと思う話彙
回答 件数
味覚の表現語彙(例:甘い、辛い) 113
食品の属性表現語彙(例:固い、冷たい) 78
嗜好の表現語彙(例:うまい、まずい) 341
要求の表現語彙(例:もつと、ほしい) 222
食品・料理の名前(例:カレー、パン) 23
挨拶・感謝の表現語彙(例:いただきます) 56
その他 22
無回答・無効 70

質問項目:1-3
貴施設で、重度あるいは重複の精神遅滞を持つ人々が「食生活」に関して、話題・課題になっていることがございましたら、お聞かせ下さい。

さまざまな角度から、かつさまざまなレベルでの回答(悩みの段階から、具体的な解決法を得ているもの、さらに提言まで)をいただきました。数量化してまとめるにはためらわれるほどのバラエティがあり、主な問題を列挙するにとどめます。それらは、充分そしゃくできない、早喰い、食べ過ぎ、飲み過ぎ(お茶)、偏食、食欲不振、はんすう、異食、食事マナー等の食事場面に関する問題、それ以外に、嗜好調査ができない、選択ができない、肥満あるいは肥満の自覚ができない等の問題、また障害の重複に拘らず成人病や高齢化への対応メニューを実施しなければならないという問題、食事環境の問題等が挙げられます。とりわけ目立ったのは、そしゃくの問題で、その対策としてきざみ食や流動食の実施についての記述が多く見られました。しかし同時にどこまで細かくしても良いものか、といった悩みが見受けられました。

────────────── ☆ ──────────────

 以上、第Ⅰ部の質問群は、我々の「重度あるいは重複の知的障害を持った人に味覚表現に関する学習を行う」研究に対する率直な評価や意見を伺うことにありました。その結果は、まず「甘い、辛い」等の味覚表現に関する学習は、約85%の割合で「意味がある」という評価を得ました。しかし、その理由としては、我々が一番に意図していた「甘いものがほしい」といった味覚を用いた形での要求的機能よりも、表現することがむしろ精神面でプラスになるといった意味での重要性が挙げられていました。要求に関しては、質問2の「持っていれば良い言葉」として、味覚表現よりも「好き、嫌い」とか「~がほしい」といった嗜好や要求の直接的な表現の方が多く挙げられていました。また小数ではありますが、「言語表現にこだわる必要はないから」、「大人の施設だから」等、訓練を疑問視する意見は重要なものであり、訓練を行う上で本人に負担がなくかつ年齢にふさわしい学習方法を設定していく努力が必要であることを改めて示されたように思います。これらの結果は、今後の研究活動において反映・発展させていく所存です。


主題・副題
精神薄弱者更生施設の「食」に関する全国調査報告書:知的障害者のQOLの向上をめざして 5頁-9頁

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