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精神薄弱者更生施設の「食」に関する全国調査報告書

-知的障害者のQOLの向上をめざして-

第3部 訪問調査

 注意:それぞれの訪問事例の記述については、施設名が特定化されることのないように、一部修正を加えてあります。

A園
 経営主体:社会福祉法人、定員:100名
 複数メニュー実施、選択方法:事前の選択
 インタビューに応じてくれた人:栄養士

(1)値段について
 選択メニューを実施してもしなくても、トータルすればほとんどコストは変わらない。給食費をアップしてもらえるなら、食事賞味の基本として、お米のグレードアップを図りたい。

(2)選択メニューは、誰が、いつから、どんなふうに始めたか?
 栄養士関係の研修会(管内集団給食研修会)では、15年くらい前からおしきせの給食ではなく園生の嗜好を生かしたバイキング、カフェテリア方式が提唱され始めた。当園で実際に始めたのは、10年ほど前、そのとき「お好みランチ」と命名した。朝食に関しては、2~3年前から、ごはんとパンの隔日喫食を週に1回は自由選択喫食の日と改めた。実施に当たっては、指導・給食部門・合同での会議に時間をかけた。手始めには付け合わせを前よりも簡単なものにする(汁もの、冷凍食品の利用)、栄養士も調理場へ入る、責任をすべて負うから、というふうに説得した。朝食に関しては、本当は毎日でも選ばせてあげたいが、むしろ指導員の方の受け入れの方が難しい(朝の時間帯ということで、介護職員の人手不足がその主な理由である)。現在、調理員6名と栄養士1名で、1日延べ350食あまりを作る。

 現在、行われている複数メニューは、以下のとおりである。
  *外食       → 随時、頻度は高い。
  *お好みランチ  → 月1回
  *朝食       → 週1回(火曜日) パンかご飯
  *バイキング    → 年4回 アルコールも自由に飲める

(3)「選択」について、施設利用者の反応はどうか?
 選択方法は、1週間前に棟毎にアンケート用紙を配布して調査する。アンケートに献立の絵を描いたりする。決定困難な人には指導員が決める、そういう人は20~30人はいる。当日、自分が前もって希望したものとは別のものが食べたくなれば、そちらを渡す。自分が何を選んだかはだいたい覚えている。パンとご飯を選ばせると、年輩の園生が案外パンを選ぶ。
 
(4)嗜好調査について
 園生さんの場合、いくらでも誘導尋問が効いてしまう。「××と○○とどっちが好きかな」等という質問の仕方では、先に言った方を答えるのみなので、本を見せて、5つくらいの中から1つを選んでもらったりもした。残飯は、調理師に何が何センチ残ったという具合に記録してもらい、多く残ったものについては、次回に食品交換や調理方法を変えたりする。

(5)調理実習について
 調理実習は、選択メニューよりずっと以前に始まった。調理実習室で、5名単位で行う。すべての園生が参加し(4ヶ月から半年に1回の頻度になる)、可能性を高めることを目的とする。調理の指導は、居室の指導員が担当する。

(6)独居老人への食事サービス
 管内の独居老人に、月に1回、園生と職員がお弁当を届け、一緒に食べる。4~5年前から開始、現在このサービスの対象は2~3名で、無料で行っている。また、誕生会には施設に招く。

(7)食事に関する今後の抱負
 やはり、指導部門や診療部門との情報交換を密にし、園生の日常状態、健康状態を正確に把握する必要があるし、嗜好調査も工夫していきたい。厨房機器も新しい物を導入できれば・・・・。食事内容としては、新しい食品をどんどん取り入れていきたいし、また食べ歩きの情報や本を入手して、そういった形でも園生さんの食の充実を図っていきたい。

食事場面
 本日のメニュー:五目ご飯かクロワッサン
           豚汁か糟汁
           チーズ・ハムかき揚げ、青梗菜とえのきの梅肉和え、みかん

 我々が、食堂に入ったときには、既に食べ始めていたのでカウンターでの様子は観察できなかった。食堂には、給食に関する壁新聞風のニュースが貼り出され(毎月変わる)、栄養士Aさんの熱心さが表れていた。

B荘
 経営主体:社会福祉法人、定員:65名(通所含む) 複数メニュー実施、選択方法:その場で選択
 インタビューに応じてくれた人:荘長、栄養

(1)値段について
 強いて1日分を計算すれば、810円くらいか。もっと高額であれば、フルーツを回数多くつけることができる。以前はオヤツ代も含まれていたが、現在、オヤツは牛乳のみ(荘生が週日に自分で好きなものを購入して、食べている)。

(2)選択メニューは、誰が、いつから、どんなふうに始めたか?
 ここでは、4~5年前くらいから(2年前に当荘に来たときには、既に行われていた)。そのころ、自身は児童施設に勤務し、オヤツの選択を始めていた。オヤツならば、調理員さんの手をわずらわせることがなかった。給食会議でも意見を表明した。食事では、麺類がやりやすかった。トッピングの違いなら、そんなに問題はないから。そのうち、同じロースターで焼くなら、材料を違えても手間は同じということで、肉と魚、というふうにひろげていった。
 外食はそれ自体を目的として出かけるのは、数カ月に1度くらいである。忘年会も外で行う。去年は分散して出かけたが、お昼だったので雰囲気が出ず、今年は夜に行う予定。お酒に関しては最初はもどしたが、今は適量を覚えている。親子旅行で、親子で酌み交わすようになった(「おまえも飲めるようになったか」と親が喜んだ)。

(3)「選択」について、施設利用者の反応はどうか?
 選択ということがわかりにくいのは、2~3名くらい。メニューは10日間ごとに発表する。文字の読める人は何にするか以前から考えているが、その場で選ぶ。数については、職員で調整する。寮生に何を選んだの?、と聞くと、「この前、コーヒーゼリーにしたから、今日はプリンにした」とか、「前回は甘いパンだったから、今回は調理パンにした」等と言うことがある。だから、今回食べられなければ、次回というふうにしているようだ。現在、朝食時の選択が10日間で3回、昼または夜で1回の選択メニューを実施している。
 自治会を通して希望を聞いたり、一緒に食べたりして、選択メニューの様子を見る。人気のあるものを作るが、残りがちな煮物もメニューからはずさない。
BR> (4)調理指導について
 当法人は、グループホームを持っており(現在2カ所)、そこへ出る人たちの調理指導も栄養士が行ってきている。自立に向けて、カレー、炒飯、焼き肉、焼きそば、カレーうどんなど何度も調理した。グループホームでは、朝食と休日は自分達で料理しており、非常に役に立っている。現在、さしあたってグループホームに出るような予定はないが、訓練自立棟では、朝食の調理を行っている。朝食は、ご飯を炊いて、お味噌汁を作り、夕食はできあがったおかずを運んで自分達で盛りつけている。

(5)自治会について
 当荘では自治会が組織され、荘生は生活班、環境班、行事班のいずれかに入っている。活動を始めたのは3年前から。職員が1名、パイプ役で参加している。会長、副会長は寮生の中から選挙で決める。週に1回、各班で役員の会議がもたれた後、総会を行う。食事のことに関しては、生活班を通して、荘生に聞いてもらって要望を出してもらう。オヤツについても要求が出る。休日は、喫茶部を運営する。

(6)食事に関する今後の抱負
 来年度より、荘生一人一人の誕生日に、誕生者の希望メニューを夕食の献立としたい。また、選択については、もっと回数を増やしていきたい。ただし、週休2日制になれば、人手の問題がネックになるだろう。

食事場面
 本日のメニュー:うどん3種(きつね、カレー、てんぷら)と山菜そばから一つを選択、ミニ丼(五目散らし)付き
           フルーツ(キューイ、甘夏から選択)

 直接カウンターで見て選んでいく。我々が観察した限りでは、建物・設備等は決して新しくはないし、食堂も広くはない。昼食時なので通所の人たちも含まれ、かなり混雑はしているように見えたが、全員が選び終わるまでに5分とはかかっていなかった。
 この日、次のようなエピソードがあった。一人の寮生(自閉症的かつ重度の印象を受ける女性)が、
  職員から、きつねうどんをすすめられる → 「ちがう、てんぷら!」
  てんぷらうどんが出てくる → 「ちがう、そば!、てんぷらそば!」
  職員、一瞬考えて、
  「今日は、そばは山菜そばしかないから、これにしたら」 → 納得する
これは、漫然とした会話ではない。最終的には、「てんぷらそば」は今回はかなわなかったが、「選択」の経験が積まれてきたからこそ、ここまで自分の好みを主張できたのだろうと思う。また、次回に機会があるからこそ、納得もいったのだろう。

 複数メニューの実施による効用(問題?)を、他の施設からも聞いている。例えば、「これまで好き嫌いなく食べていたものが、選択を始めてから食べないものが出てくるようになった」、これも、問題ではなくプラスに評価したいできごとである。

C園
 経営主体:社会福祉法人、定員:80名
 複数メニューの実施は外食のみ
 インタビューに応じてくれた人:栄養士

(1)値段について
 年度当初に、これくらいでやってくれという感じで決まる。この中には、おやつも外食も含まれていない(食事の材料費のみが、800円くらい)。後者に関しては、親が負担している。ちなみに、現在、おやつは肥満防止のため止めている。金額に関しては、栄養士の意見を言うというよりも、言われた範囲内で作ろうと思えばいくらでもできる。しかし、最低ラインというものは決められている。
 1日300食以上作る施設でないと、材料費に関して大量購入のメリットはない。ここでは栄養士1名、調理員3名、パート調理員1名で、1日250食くらい作っている。また、施設の地域への還元として、材料購入は近所の商店街を利用するように言われており、安いところを選べるというものでもない。

(2)嗜好調査について、どのようにやっているのか?
 最初の年に、嗜好調査をやって下さいと、県の指導があった。しかし、嗜好調査と言っても、何を聞いても「ウン、ウン」だし、(料理の)名前も知らない。結局、指導員の意見になる。園生よりも、自分の希望を述べているようだ。

(3)複数メニューについて
最近では「バイキングをやっているか?」と聞かれ、「やって下さいよ」と言われるが、他の施設はどうなのか、バイキングをやっているのか? バイキングは好きなものを食べて、嫌いなものは食べなくてもいいという論理になるが、それでいいのか? どうして選択メニューが必要か? 
 (インタビュアー:食事に限らず、本人が選べるということが大切と考えるようになってきた)
 なるほど。しかし、何か新しいことをやろうとするときは、必ず反対が出る。例えば、おでんの屋台を呼んだことがあったが、介護職員の方から「危ない」等という意見が出た。選択メニューに至っては、あえて栄養士の方から言い出す意義が見つからない。やってくれと言われれば、やってできないことはないが。外食については、予算の関係もあり、まったく自由に選ぶということはないと思う。

(4)飲酒について
 最初の頃、決められた食費が使いきれなかったので、1週間に1回くらいは、缶ビールやワインを出していた。問題はなかったが、上層部よりクレームがつき、止めた。

(5)その他
 介護職員は、食事に関しては一切を厨房職員にまかせ、これ以上、めんどうなことは増やしたくないという感じを受ける。調理実習もするが、おやつしか作らない。更生施設だから、もっと「食」の訓練をすべきではないか、と思う。
 細々食や軟食の注文が多いが、喉に詰めるのはえてして小さいものが多く、細かくするのが良いとは限らない。それよりも、歯科治療に問題がある、ふつうの人なら、歳をとって歯が抜ければ「歯を入れる」対処をするのに、彼らの場合、「ああ、抜けましたね」ということで、その後の処置をしてくれない場合が多い。今は、積極的に親に治療を頼んでいる。そしゃくすることが大切である。

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 以上、それぞれ立場の異なる3施設でのインタビューのまとめをご紹介しました。いくつかの訪問調査では、施設の全体的なQOL向上の一つとして「食事の選択」が始められたのではなく、食事を担当する栄養士のプロフェッショナルな意識(楽しくおいしく食べてもらいたい)の方が先行して始められた感触を受けました。施設利用者に対するプロとしてのサービス精神、そこから生まれた「選択」の本質への迫りというものは、指導職員のそれを凌いでいるようにさえ思われました。
さて、我々は、さらに電話でいくつかの施設に追跡調査を行いました。その中で、これから複数メニューを始める施設へのアドバイスやエールをいただきました。ほとんどが栄養士さんからのものです。次章で、ご紹介します。


主題・副題
精神薄弱者更生施設の「食」に関する全国調査報告書:知的障害者のQOLの向上をめざして 33頁-39頁

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