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年報こどもの図書館 2007-2011 2012年版
児童サービス活動(2) e 病院での小児図書館サービス

菊池 佑
(日本病院患者図書館協会会長)

1 小児医療の変化

 医学の発達や小児医療の変化で、21世紀の今日では、小児がんや難病などを除いては、重症でない限り通院で治療する病気がかなり増えている。さらに少子化と相まって小児患者は以前に比べて減少しているため、一般病院の小児病棟は閉鎖されたり、外来しかなかったり、あるいは外来さえもない地域が少なくない。
 したがって、入院児が多い病院と言えば、小児専門病院や大学病院小児科病棟、都市部の大規模総合病院小児科ということになる。

2 入院児の日常生活

 小児専門病院や大学病院小児科の病棟には、先天性疾患や小児がんなど重症患者が多数を占めており、元気・活発な子どもは少ない。時折、乳児の泣き声が聞こえるぐらいで、病棟内は比較的静かで、かつての喧騒な空間はない。
 乳幼児の場合は、付き添いのため病室に寝泊りする母親が少なくない。平日の夕方には勤務が終わった父親が面会に現れる。
 平日の日中、病棟保母がいる病棟では、幼児は遊び、小学生は教科の学習などで過ごす。院内学級がある場合は、訪問教師の学習指導もある。

3 小児病棟での読書ボランティア活動34年

 私のグループが1977年に東京・世田谷区の国立大蔵病院(現在は国立成育医療センター)で、入院児のための読書ボランティア活動を開始してから、2011年で34周年になる。
 1970年代は、日本では早くも少子化の兆しが表れたとは言え、まだまだ多くの子どもたちが小児病棟にいた。風邪をこじらせた子ども、腎臓病やぜんそくの子どもなどで病棟は一種のにぎわいを見せていた。
 しかし、時代を経るごとに入院児の減少とともに小児病棟が縮小していき、図書館サービスの対象となる子どもがいなくなり、1984年に活動の場を東京慈恵会医科大学病院小児病棟に移した。大学病院は研究と治療の場であるために、必ず小児が入院治療を受けているからである。

4 おはなし会

(1) 年齢

 公共図書館児童室では、おはなし会を3つの年齢層(2歳以下、3・4歳、5歳以上)に分けて実施するところが少なくないようであるが、小児病院・病棟ではこのやり方は当てはまらない。
 その理由の一つは、たとえこの年齢層がいたとしても、実際におはなしの場である「プレイルーム」に集まれるとは限らないからである。つまり、病状によって安静が必要などで病室外に出られない子どもが常に存在する。この点が、健康児を主とする公共図書館と異なる点である。
 通常、プレイルームに集まる子どもは、病状の変化によって、当日にならないとわからないことが多い。ある日は0~1歳と5・6歳、他の日は1~5歳、さらに異なる日は2~3歳のみの年齢構成など、実に多種多様である。したがって、あらかじめおはなしの内容を決めてポスターで掲示することも難しい。
 病院の子どものためのおはなし会は、あらゆる状況を想定して(0歳から小学生まで)、おはなしの内容とレベルを準備しておくことが望ましい。

(2) 病状(心身状態)

 年齢だけでなく、病気の種類や病状なども、おはなしを選ぶことに影響を与える。よいおはなしを聞いてもらおうと念入りにリハーサルして、万全を期して臨んでも、集まった子どもが薬の副作用で聴力が低下していたり体力が減退しているなどの場合は、集中できる時間が短くなるので、他の演目に急きょ変更となる。
 また、病気になったことのショックで親子ともにあまり元気がないが、それでも気分転換に病室を出てプレイルームに来ることもある。さらに、病院といえども比較的元気な子どもたちだけ集まることもまれにある。
 以上のように、年齢だけでなく心身状態などを考慮しておはなし会を行うことが、小児には必要である。
 おはなし会では、そのときの状況に応じて指遊びや歌も行う。指遊びや手遊びでは、点滴や腕に包帯やギブスをした子どもがいる場合は、強制的にやらせないよう配慮が必要であることは言うまでもない。自分だけできないという惨めさを子どもに味わわせないよう、その日は控えた方がよい。
 私のグループでは、童謡や唱歌も必要に応じておはなし会に取り入れており、親子で一緒に歌ったり、静かに聞き入るだけのときもある。重い病気や入院の長期化で意気消沈しがちな母子にとって、歌は癒しの効果になることもあり、涙ぐんで聴いている姿をたまに目にする。
 プレイルームに当日集まった親子の心理状態に応じて、適宜に選曲することも重要なことである。元気がないときは、明るい曲ではなく、静かな曲や情感の豊かな曲が適している。

5 選書と蔵書構成

 公共図書館児童室に来る子どもと異なり、入院して初めて本に出会うという入院児が必ずいる。それまでの生活でテレビに子守させられており、読み聞かせの体験もほとんどない子どもにとって、病気が本への出会いの機会になったのである。
 そういう子どものいる病室にブックワゴンを押して本を運んでいけば、同室の子どもや親が借りるのに刺激されて借りるようになる。
 また、必要に応じて読み聞かせをすることもある。本に慣れていない子どもには、書評などで取り上げられた類の本よりも、まず本との出会いを大切にすることである。子どもが今、興味ある事柄について書かれた本を一緒に見て読むことによって、本への関心が芽生える。次回訪問でも子どもが関心あるテーマの本を提供するという繰り返しによって、入院時は本の世界に魅了されていく。
 小児病棟での読書活動では、本になじみのない子どもも存在することを常に配慮して、蔵書構成を行うことが必要である。
 以前に、公共図書館児童室には「アンパンマン」の絵本を置いておらず、その理由は「自分で買える」、「児童書の書評に取り上げられていない」などであった。しかし、今はこの類の絵本も置く公共図書館が現れたことは好ましいことである。
 患者図書館では成人のための健康医学書の選択も行うようになったが、選書では医学の専門家の助言を得ることはあっても最終的に選書・決断するのは司書の仕事である。
 同じように、児童書の選択では児童図書館員(あるいは公共図書館員)が、書評や児童文学の専門家の意見を参考にするけれども、最終的に選ぶのは図書館司書の目と判断であると思う。日々、多様な子どもたちを相手にする現場の児童図書館員が子どもたちの好みをよく知っているからである。

6 本は心の栄養・お菓子

 本は食事に似ている面がある。書評に載った本や、ためになると言われる本ばかり読むと、飽きて疲れてくる。そういうときには、気分転換となるクイズものや軽い内容の本や、ナンセンス本も読みたくなる。
 栄養のあるこってりした食べ物ばかりでは胃腸が疲れてきて、たまにはソーメンなどさっぱりしたものや、あるいはアイスクリームが欲しくなり、お菓子もつまんでみたくなるときがある。多種多様な食物があってよいし、それが食文化の豊かさというものである。
 児童書も同じことが言えると思う。書評誌に取り上げられたものだけでなく、軽い読み物、駄菓子的なものなど多種多様な本をそろえておくのが図書館の役割である。要するにバランスの問題である。
 子どもを本の世界へ導き案内する過程では、子どもの本への動機づけとして興味関心から入り、さまざまな本に出会う経験によって見る目ができ、成長して自立的に読書世界を自由に逍遥するのを見届けるという役割も、図書館員は担っている。
 小児病棟には、読書経験が豊富な子どもも入院しているが、評論家などが言う「栄養価の高い本」だけでなく、「駄菓子的な本」も組み合わせて借りている姿を目にして、さもありなんと思う。実に単純なことだが、子どもにとって本は「楽しい、面白い、関心ある」ことが大事なのであって、決して義務感で読むことではない。これは児童図書館でも小児図書館でも同じことである。

7 絵本・物語だけでなく実用書も

 児童図書館の蔵書内容が多様性を帯びており、絵本や物語だけでなく、家族問題、健康、病気、障害、医学の解説、公害、原子力発電所を含むエネルギー、さまざまな職業の紹介など理科・社会科の出版物が増え、それを児童図書館できちんと受け入れて利用に供している。蔵書の多様性こそ公共図書館の特徴であり、文庫とは異なる重要な役割を持つ。
 一方、小児から成人患者までが対象の「患者図書館」では、文学書の類だけでなく病気の理解と治療法の選択に役立つ医療文献情報も揃えるまでに進化している。小児専門病院では、子ども向けや家族向けの医学文献を揃えているところもある。

8 今後の課題

 「ポストの数だけ図書館を」、「すべての子どもに本を」というスローガンがあるが、それを実現するには、健康児だけでなく病気や障害のために児童図書館や文庫に来られない子どもにも図書館サービスを広げることである。
 公共図書館では予算・人員削減で状況が厳しいので無理だという事情はよくわかるのだが、1980年代の品川区立図書館が実践を開始したように、小児病棟に児童図書館員が定期的に通って「おはなし会」を行うなら可能な図書館があると思う。また、この実践は図書館の存在を病院側が認識するのにも役立つ。
 一方、入院児への図書館サービスを担当する医学図書館司書やボランティアは、自己充足的なやり方だけでなく公共図書館児童図書室との連携をして、児童図書館の資源やノウハウを活用した方がよいと思う。たとえば、団体貸出と定期交換によって自館の蔵書の足りない部分を補うことはできる(ちなみに、私の団体は年4回図書館に行って選書し交換している)。たとえ図書館員の兼務でも、ボランティア担当でも、自己満足の活動ではなく、利用者(子どもや家族)の満足度を高めるためには必要なことであると思う。
 また、病院側も治療や検査などの業務で多忙とは言え、子どもたちの心のケアの一環として文化的なものも医療に積極的に取り入れるよう心掛けてほしい。そのことが小児医療サービスの中身をより豊かにするからである。

<参考文献> 刊行年順

1) 江森隆子「入院中の子どもたちに本を運んで」『図問研東京支部ニュース』No.109, 1974, p.4-5

2) 小林静江「身障児図書館は必要か:読書のよろこびをすべての子どもに」『日本児童文学』21(4), 1975.3, p.92-95

3) 菊池佑「ハンディキャップをもつ子どもたちへのサービス-主として病院図書館について」『図書館雑誌』72(6), 1978.6, p.266-268

4) 菊池祐「病院図書館の試み(国立大蔵病院小児病棟での活動)」『月刊絵本』7(10), 1979, p.38-39

5) 菊池佑「ハンディキャップをもつ子どもたちと図書館-入院児童・生徒のための図書館活動」『学校図書館』No.357, 1980.7, p.2-4

6) 菊池佑「病院での図書館活動の普及をねがって(東京・大蔵病院文庫)」『子どもと読書』13(10), 1983.10, p.20-23

7) 菊池佑・菅原勲編著『患者と図書館』明窓社,1983, 370p

8) 川崎誠・火取有吾・菊池祐「鼎談:絵本時評(入院児と絵本を読む)」『月刊絵本』No.6, 1984, p.112-121

9) 山本典子「単調な病室生活の中で、本の果たす役割は大きい」『子どもの本棚』No.195, 1985, p.118-123

10) 海老沢洋「品川区立図書館の病院サービス-入院している子どもに安らいだ時間を」『図書館雑誌』82(5), 1988.5, p.261-263

11) 菊池佑「入院児のための図書館サービス」『子どもの図書館』35(5), 1988.5, p.1

12) 菊池佑「入院生活を支えるボランティア活動。慈恵大病院文庫ボランティア(1)」『のぞみ』(がんの子供を守る会会報)No.73, 1988, p.4

13) 菊池佑「病院の子どもに紙芝居10年-病院図書館活動の中で」『子どもの文化』20(4), 1988, p.52-54

14) 菊池佑「小児病棟での図書館サービス」『こどもの本』15(10), 1989.10, p.11-12

15) 菊池佑・清水真砂子「対談・本と子ども(1)~(3)」『看護展望』15(11-13), 1990.10-12, p.88-95, 94-100, 94-100

16) 菊池佑「日本の病院図書館 1994」『図書館界』46(6), 1995.3, p.231-244

17) 磯松路野「品川区立図書館の入院児サービス」『病院患者図書館』18(2), 1995.10, p.31-44

18) 小林静江「病院施設内『ふきのとう文庫』」『こどもの本』23(3), 1996.3, p.8-11

19) 村上朋子「子どもと絵本の出会う場所6:東京慈恵会医科大学病院小児病棟」『こぐまのともだち』55(8), 1996.8, p.8-9

*掲載者注:原本では、『こぐまのどもだち』となっているが、『こぐまのともだち』に修正した。

20) 菊池佑「東京慈恵会医科大学付属病院小児病等図書館図書館ボランティア」(病院管理フォーラム「広がる患者用図書館」特集)『病院』56(9), 1997.9, p.836-837

21) 塚田薫代「入院児のための『わくわく文庫』」『病院患者図書館』20(3), 1997.9, p.6-7

22) 菊池佑「紙芝居ひとこと-小児病棟で紙芝居を演じて」(1)1994, (2)1997 (『紙芝居-選び方・活かし方』上地ちづ子・児童図書間研究会共編著,児童図書館研究会,1999, p.35, p.37)

23) 菊池佑「病院での紙芝居22年:実演2200回の体験を振り返って」第6回全国紙芝居大会配布資料,1999.8

24) 菊池佑『病院患者図書館:患者・市民に教育・文化・医療情報の提供』出版ニュース社, 2001, 366p

25) 菊池佑「患者図書館での子どもと本」(『本を通じて絆をつむぐ』秋田喜代美,黒木秀子編,北大路書房,2006.8, p.223-233

26) 菊池佑「入院児のための読書ボランティア活動30周年」『時の法令』No.1800, 2007.12.30, p.2-3

27) 塚田薫代「図書室と臨床の患者をつなぐ-静岡県立こども病院における司書の役割」『病院患者図書館』32(1・2), No.70-71, 2010.1

28) 菊池佑「小児病棟の子どもに紙芝居を演じて32年」『紙芝居文化ネットワーク』(紙芝居文化推進協議会)No.26, 2010.12, p.1-2

29) 菊池佑「病院における児童への図書館サービス」『児童図書館サービス 1 運営・サービス論』(日本図書館協会児童少年委員会児童図書館サービス編集委員会編,日本図書館協会,2011.9)p.174-177

*掲載者注:原本では、27)がダブっているが、修正した。

(きくち ゆう)


この記事は、著者と日本図書館協会に許諾を取り、菊池佑「児童サービス活動(2) e 病院での小児図書館サービス」児童図書館研究会編『年報こどもの図書館 2007-2011 2012年版』日本図書館協会,2012.10.20,p.308-312より転載させていただきました。