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文化審議会著作権分科会法制問題小委員会
平成19年度・中間まとめ

第3節 権利制限の見直しについて

2 障害者福祉関係

(2) 検討結果

1) 全体の方向性

障害者福祉に関する権利制限は、障害者にとって、録音物等のその障害に対応 した形態の著作物がなければ健常者と同様に著作物を享受できないという状況に 対して、いわゆる情報アクセスの保障、情報格差是正の観点から検討が必要とさ れているものであり、そのような障害に対応した形態の著作物を制作することに は、基本的に高い公益性が認められると考えられる。このような観点から、障害 者が著作物を利用できる可能性を確保する方向で著作権法上可能な措置について 検討すべきであるとの意見や、障害者福祉の問題は、諸外国と比べて日本固有の 事情があるとは考えられないことから、諸外国の例等を参考にそれと同程度の立 法措置を講ずべきとの意見があった。また、検討に当たっては、健常者向けのマ ーケットや障害者向けのマーケットへの影響について考慮すべきであるとの意見 があった。

以上を基本的な方向性としつつ、各検討課題における対応方策について、次の とおり検討を行った。

2) 視覚障害者関係についての対応方策

a 障害者の私的複製を代わって行うための措置について((1)1)ア関係)

現行の著作権法第30条では、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限ら れた範囲内において使用することを目的として、その使用する者が著作物を複 製することができることとされている。この「使用する者」については、使用 者自身であることが原則であるものの、その支配下において補助的な立場にあ る者が使用者自身に代わって複製することも許されると解されている 注釈2929

このため、このような考え方を前提とすれば、ボランティア等が障害者の自 宅において録音物を作成するような場合や障害者自身と個人的関係のある者 が録音物を作成するような場合など、第30条の私的使用目的の複製に該当す るものもあると考える。一方、点字図書館のプライベートサービスのように、 外部の機関が多数の視覚障害者からの個人的な複製の要望に応じて録音物を 作成するとの形態については、第30条の範囲の複製とは考えにくい。

また、第37 条第3 項では、視覚障害者の用に供するために、公表された著 作物を録音することができることとされているが、その目的は、貸出しの用に 供するため又は自動公衆送信の用に供するためとの限定がある。

平成18年1月の著作権分科会報告書では、「私的使用のための複製」による 対応を考えるのか、一定の障害者向けのサービスについて特別の権利制限を考 えるのかについて、実態を踏まえた上で検討すべきとされていたところである。

この点、第30条の私的使用目的の複製は、家庭内の行為について規制する ことが実際上困難である一方、零細な複製であり、著作権者等の経済的利益を 不当に害するとは考えられないという趣旨に基づいた規定であり、前述のプラ イベートサービスのように、外部の機関が多数の視覚障害者からの要望に応じ て録音物を作成するとの形態について、第30条の範囲を拡大して対応するこ とは、本来の規定の趣旨から外れるものと考えられる。

したがって、視覚障害者等の私的使用目的の複製を第三者が代わって行うた めの措置としては、別途、第37条第3項に基づき録音図書の作成を行う目的 について、貸出しの用に供するため又は自動公衆送信の用に供するために限ら ないこととし、視覚障害者等が所有等をする著作物から録音図書を作成・譲渡 することが可能となる措置を講ずることが適当と考えられる。

b 第37条第3項の複製方法の拡大について((1)1)イ(i)関係)

本事項については、(1)3)イの課題と併せて検討を行った。

c 第37条第3項の複製を行う主体の拡大について((1)1)イ(ii)関係)

現行の第37条第3項では、「点字図書館その他視覚障害者の福祉を増進する 目的とする施設」において録音が可能としており、具体的には、視覚障害者を 対象とした施設が指定されているが、これらのほか、公共図書館等においても 録音を可能とするよう要望がなされている。

現在、国立国会図書館や一般図書館において、日本図書館協会と日本文藝家 協会が実施する「障害者用音訳資料ガイドライン」に従い、権利処理を行った 上で録音図書(デイジー図書を含む)の作成を実施してきている 注釈3030。これらの 施設は、同ガイドラインの下で、登録制などにより利用者が視覚障害者等であ ることの確認が行える体制が整えられているものとして事業を実施している ものである。このように利用者の確認等が整えられ、視覚障害者の福祉等に携 わる施設と同等の取組が可能と認められる公共施設については、第37条第3項の 規定に基づく複製主体として含めていくことが適当と考えられる。

d 対象者の範囲について((1)1)イ(iii)関係)

今回の権利制限は、録音物がなければ、健常者と同様に著作物を享受できな い者への対応という観点から検討が必要とされているものであり、その必要性 は、理念的には視覚障害者に限られるものではないと考えられることから、障 害等により著作物の利用が困難な者について、可能な限り権利制限の対象に加 えることが適切である。

もっとも、権利制限規定は、権利の範囲を定める規定との性格上から、また 法に関する予測可能性を確保する観点から、規定の適用範囲を明確にしておく 必要がある。範囲の明確化の方法としては、例えば、障害者手帳や医師の診断 書の有無等の基準により限定する方法があるが、そのほか施設の利用登録等に より確認がなされた者等を対象とするといった方法で認めていくべきとの要望 もある。このため、このような意見等を踏まえ、規定の明確性を担保しつつ可 能な限り範囲に含めていくよう努めることが適当と考えられる。

e その他の条件について

今後、障害者向けの録音物等の市場が大きくなってくることも考えられ、営 利事業としてこれらの複製を行う場合は権利制限の取扱いを慎重に検討すべき ではないかとの意見があった。

また、コンテンツの提供者等によりこれらの録音物が提供されることが本来 望ましいとの考え方注釈3131からは、コンテンツ提供者自らが、障害者に利用しやす い形態で提供するインセンティブを阻害しないようにする必要があると考えら れることから、録音物等の形態の著作物が市販されている場合については、権 利制限を適用しないこととすることが適当と考えられる。

3) 聴覚障害者関係についての対応方策

a 現状及び対応方策

現在、放送行政においては、放送局自らが字幕放送等を行うことについて目 標を設定しつつ取組を進めてきている。このような取組は今後とも重視される べきものであり、また相当の進捗が見られるが、しかしながら、緊急放送等を 含めたすべての放送番組において字幕等が対応できている状況にはないとの 指摘がある。

また、放送行政以外の分野では必ずしも同様の取組が進んでいるとは言い難 い状況にあると考えられる。

【参考:字幕付与可能な放送時間に占める字幕放送時間の割合、手話放送の割合】 注釈3232

<字幕放送>
NHK(総合テレビ) 平成18 年度実績 100% (※ 43.1%)
民放(キー5局平均) 平成18 年度実績 77.8% (※ 32.9%)
※は、総放送時間に占める字幕放送時間の割合

<手話放送>
NHK(教育テレビ) 平成18年度実績 2.4%
民放(キー5局平均) 平成18年度実績 0.1%

【参考:日本語によるパッケージ系出版物のうち字幕の付与されているものの割合】 注釈3333

日本図書館協会による頒布事業において、日本で製作された日本語による映像資 料のうち、日本語字幕付きVHS:139本(0.66%)、日本語字幕付きDVD:約 1,000本(7.1%)

一方、前述のように、社会福祉法人聴力障害者情報文化センターでは、放送 事業者や著作者団体との事前の一括許諾契約を結ぶことで、字幕・手話を挿入 した録画を行っている(NHK、関東民放5社、関西民放5社、地方局等・次 ページ図参照)。字幕付き、手話付きのビデオ又はDVDが約3,000 本あり、作 品ごとに利用条件、利用方法を設定しつつ、利用登録制により、貸出等を行っ ている 注釈3434 。なお、聴力障害者情報文化センターによると、同センターにおいて 制作しているDVDは、人間の台詞のみならず、そのDVDの鑑賞に必要な音 声情報を文字にした字幕(いわゆるバリアフリー字幕)が挿入されたものとな っているとともに、聴覚障害者の障害の程度に応じた字幕の選択が可能となっ ているとのことである。

しかしながら、必ずしも希望作品について希望どおりに許諾が得られている わけではないとの指摘があり、また、仮に、それ以外の個人や取材先等に関す るものを製作しようとする場合には、改めて個別の契約が必要となるところで ある。

このような状況を踏まえ、聴覚障害者の用に供するために字幕等を挿入して 複製を行う行為についても、権利制限の対象として新たに位置づけることが適 当と考えられる。

【参考:字幕ビデオ制作等の流れ】

字幕ビデオ制作等の流れ図
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b 複製を行う主体について

現行では、上記のように、聴覚障害者情報提供施設等を中心として、関係団 体との契約により字幕の付与等が行われているが、視覚障害者関係の権利制限 の要望と同様に、公共図書館等についても複製主体としてもらいたいとの要望 がなされている。これについては、登録制などにより利用者が聴覚障害者等で あることの確認が行える体制が整えられていること等の条件を満たす公共施 設についても、複製主体として含めていくことも考えられるが、一方で、映像 資料を取り扱うこととなることに関して、

  1. 点字図書や録音図書と異なり、字幕等を付した映像資料については、健 常者にとっても利用価値が損なわれない可能性があることから、貸出し 対象者の確認についてより慎重な体制が求められること、
  2. 放送やDVD等には、複製の抑止等をするための技術的な保護手段がか けられているなど、技術的にもより高度な体制が求められること 注釈3535

などにかんがみ、これらの体制が確保されるかどうかを見極めた上で、適切な 施設等を複製主体としていくことが適当と考えられる。(なお、現行の第37条 の2いわゆるリアルタイム字幕のための権利制限)についても、第37条の規 定とは異なり、リアルタイム字幕の付与のために一定の能力が必要との観点か ら、個別の聴覚障害者情報提供施設ではなく、それを設置する事業者等が指定 されている。)

c 対象者の範囲について

対象者の範囲については、視覚障害者関係の場合と同様の観点から、規定の 明確性を担保しつつ可能な限り範囲に含めていくよう努めることが適当と考 えられる。

d その他の条件について

  1. 前述のように字幕等を付した映像資料については、健常者にとっても利用価 値が損なわれない可能性があることから、例えば、利用登録制などのほか、複 製物について技術的保護手段を施すこと等、流出防止のための一定の取組が可 能となっていることを求めることが適当と考えられる。
  2. このほか、営利事業として複製を行う場合についての考え方や、コンテンツ の提供者等によりこれらの録音物が提供されることが本来望ましいとの考え 方 注釈3636 からは、コンテンツ提供者自らが、障害者に利用しやすい形態で提供する インセンティブを阻害しないようにする必要があると考えられることについ ては、視覚障害者関係の権利制限の場合と同様と考えられる。

e 公衆送信の取扱いについて

字幕等を付した映像資料を公衆送信するとの要望は、具体的には、専ら聴覚 障害者を対象としたCS放送を念頭に置いた要望とのことであるが、公衆送信 は、広く権利者に影響を与える可能性があることから、権利制限を認めていく とする場合には、利用者の限定の手段等が確保されることを前提とすることが 適当と考えられる。

4) 知的障害者、発達障害者等関係についての対応方策

a 現行規定での対応可能性

ヒアリングの中では、学校教育に関係した事例が多く見られたが 注釈3737 、著作権 法第35条第1項では、学校その他の教育機関において、教育を担任する者及 び授業を受ける者が、授業の過程において使用する場合には、公表された著作 物を複製することができ、また翻案して利用することもできる(第43条第1 号)とされている。 この「教育を担任する者」については、その支配下において補助的な立場に ある者が代わって複製することも許されると考えられており 注釈3838 、学校教育、社 会教育、職業訓練等の教育機関での活用であれば、デイジー図書の製作の態様 によっては、現行法においても許諾を得ずに複製できる場合があると考えられ る。ただし、複製の分量や態様、その後の保存等の面においては、必要と認め られる限度に限られる。 一方、ヒアリングの中では、これらの取組の中核的な施設のようなものがデ イジー図書の蓄積や提供を行う構想等も提示されているが 注釈3939 、そのような形態 であれば、第35条第1項の範囲の複製とは考えにくい。

b 対応方策について

知的障害者、発達障害者等にとって、著作物を享受するためには、一般に流 通している著作物の形態では困難な場合も多く、デイジー図書が有効である旨 が主張されており、著作物の利用可能性の格差の解消の観点から、視覚障害者 や聴覚障害者の場合と同様に、本課題についても、何らかの対応を行う必要性 は高いと考えられる。

このような観点から、2)視覚障害者関係、3)聴覚障害者関係の権利制限の対 象者の拡大を検討していく中で、権利制限規定の範囲の明確性を確保する必要 性はあるものの、可能な限り、障害等により著作物の利用が困難な者について もこの対象に含めていくよう努めることが適切である。その際、複製の方法に ついては、録音等の形式に限定せず、それぞれの障害に対応した複製の方法が 可能となるよう配慮されることが望ましいと考えられる。

  • 29 「使用者の手足として、その支配下にある者に具体的複製行為を行わせることは許されます。例え ば、会社の社長が秘書にコピーをとってもらうというのは、社長がコピーをとっているという法律上 の評価をするわけであります。ただし、コピー業者に複製を委託するということになりますと、その 複製の主体はコピー業者であって、本条にいうコピーを使用する者が複製することにはなりません」
    (加戸守行著『著作権法逐条講義(五訂新版)』((社)著作権情報センター、平成18年3月))
    「使用する本人との関係で補助的な立場にある者が本人に代わって複製することは許容の範囲に収 まるが、使用する本人からの注文により複製を業とする者が行う複製となると、もはや私的使用のた めの複製からは逸脱する」(斉藤博著『著作権法(第3版)』(有斐閣、平成19年4月))
  • 30 一般図書館では、平成19年7月11日現在、204館において実施(第6回法制問題小委員会(平成19年7月19日) 資料4-3 障害者放送協議会等提出資料より)。また、国立国会図書館では、平成18年度中に87タイトルの デイジー図書の作成を実施する一方、許諾手続等の理由により、新たに要 望を受け付けたタイトル数95に対し謝絶数は75タイトルとなっている。 (「DAISY(Digital Accessible Information System)の年度別受付・謝絶・完成・貸出タイトル数 (平成14年度~19年度))」国立国会図書館関西館図書館協力課、平成19年10月1日より)。 ホームページ:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07072002.htm

  • 31 「「障害者基本法」は第6条において障害者が差別されることなく文化活動に参加できる社会の実現 に寄与するよう努めることを国民の責務としている。……コンテンツ提供者に対応を求めることを社 会的に制度化できるのか検討いただきたい」(第6回法制問題小委員会(平成19年7月19日)資料 4-2 障害者放送協議会等提出資料より)
  • ホームページ:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07072002.htm

  • 32 「平成18年度 字幕放送等の実績」(平成19年6月29日・総務省報道発表資料)
  • ホームページ:http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/070629_9.html

  • 33 前出・第6 回法制問題小委員会(平成19年7月19日)資料4-2
  • 34 社会福祉法人聴力障害者情報文化センターHPより
  • ホームページ:http://www.normanet.ne.jp/~iccd/
  • 35 社会福祉法人聴力障害者情報文化センターでは、現在、健常者向けに市販されているDVD等と同 様の技術的な保護手段を施してから貸出しを行っており、今後もこのような体制が確保できるのかど うかについて配慮が必要である。
  • 36 「これらの作業は本来出版や放送を行う側が行い、それを保証することを政府が義務化すべきであ る」(第6回法制問題小委員会(平成19年7月19日)資料4-1 障害者放送協議会等提出資料より)
  • ホームページ:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07072002.htm
  • 37 前出・第6回法制問題小委員会(平成19年7月19日)資料4-2
  • 38 「教育を担任する者といいましても、第30条の私的使用の場合と同様に、実際にはその部下職員で ある事務員とか児童・生徒を手足として使ってコピーをとることは、複製の法律的主体が教員自身 である限り許されます」(加戸守行著『著作権法逐条講義(五訂新版)』((社)著作権情報センター、平 成18年3月)
  • 39 前出・第6回法制問題小委員会・資料4-2。ただし、現状において、特にそのような施設が整っ ているとの実態は特段示されなかった。