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発達障害児・者の情報保障と著作権法改正

井上芳郎
障害者放送協議会著作権委員会
全国LD親の会

1.発達障害児・者と著作権法

著作権法というと著作者の権利保護にのみ目が向きがちであるが、その第一条では次のようにうたわれている「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」。このため教育や福祉といった公益性の高い目的で著作物を利用する場合には、著作者の権利制限をすることで情報保障を図ることができるとされている。

例えば視覚障害者のために著作物を点字や録音の形式で複製することや、聴覚障害者のためにテレビ放送の音声部分をリアルタイム字幕としてインターネットで公衆送信することなど、一定の要件を満たせば著作者(正確には「著作権者」)の許諾を得ることなしに行えることになっている。

しかしながら現行の著作権法で想定されているのは視覚・聴覚障害者のみであり、これ以外の情報保障上の配慮が必要な人たちへの規定はない。欧米諸国や一部のアジア諸国では、すでにここ十年ほどで著作権法の改正がなされ、視覚・聴覚障害者以外の多くの人たちへも配慮がなされるようになっており、この中にはLD等の発達障害の人たちも含まれている。

このように発達障害関係に限ってみた場合、残念ながら我が国の著作権法は諸外国に比べ大きく遅れをとってしまったといえる。

2.著作権法改正を巡るこれまでの経緯

これまで障害者放送協議会著作権委員会(全国LD親の会も参画)等が中心となり、文化庁著作権課に対し要望書の提出や要望事項に関し協議を進めてきた。また権利者団体等との意見交換や各種セミナー等の開催を通じ啓発活動も続けてきた。このような働きかけの結果、1999年12月に公表された「著作権審議会第一小委員会審議のまとめ」において、はじめてLDに対する著作権法上の情報保障に関して言及がなされた。

しかしながらその後は政府全体の知的財産権に関する政策方針の転換もあり、著作権課自らが直接協議の席に着くことはなく、権利者団体側との困難な状況での折衝を続けざるを得なくなってしまった。その後、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会に検討の場が移されたが、LD等の発達障害者に関する課題についてはほとんど進展がみられなかった。

しかしその後2005年 1月に公表された文化審議会著作権分科会「著作権法に関する今後の検討課題」では、それまでの「関係者間協議」偏重の反省に立ち、法改正の要望事項を広く募集することや、関係者招致により直接意見聴取するなど、検討方法の方針転換がなされた。

これを受けて要望事項の募集や関係者からの意見聴取が再開され、2006年 1月に公表された「文化審議会著作権分科会報告書」では、発達障害者に関する具体的課題について再び言及されることとなった。以下この報告書から抜粋する。

『現行制度では、上肢障害でページをめくれない人、高齢で活字図書が読めない人、ディスレクシア(難読・不読症)、知的障害者等、読書の手段として録音資料を利用している視覚障害者以外の障害者に対して貸し出すために録音資料を作成するには、著作権者の許諾が必要である。このような、図書館が障害者に対して行う資料の提供について著作権者の許諾なく行えるようにし、多様な障害者の情報環境の改善を図ることが必要であるとの要望がある。』

『聴覚障害者向けに字幕により自動公衆送信する場合には、ルビを振ったり、わかりやすい表現に要約するといった翻案が可能(第43条第 3号)であるが、文字情報を的確に読むことが困難な知的障害者や学習障害者についても、同様の要請がある。特に、教育・就労の場面や緊急災害情報等といった場面での情報提供に配慮する必要性が高いため、知的障害者や発達障害者等にもわかるように翻案(要約等)することを認めてもらいたいとの要望もある。』

しかし残念なことに、この報告書では具体的な法改正の必要性にまで踏み込まれておらず、法改正そのものも実現に至らなかった。

3.著作権法改正に向けた最新の動向

障害者放送協議会著作権委員会として、2007年 5月16日「文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」及び 7月19日「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会」において意見発表する機会を得た。以下「過去の著作物小委員会」での発表意見から抜粋する。

『本年 4月から本格始動した特別支援教育では、従来の特殊教育の対象を拡充させ、さらに個々の教育ニーズに対応したきめ細かな教育を目指している。この特別支援教育の場面における情報保障の課題がある。具体的には、教科書や教科用基本図書等への著作権法上の配慮が必要である。法改正によりすでに弱視児童生徒への配慮は一定程度進展したが、それ以外の未解決の課題は山積している。一例をあげるなら、知的障害、発達障害児童生徒等へ向けて、録音図書形式で提供される教科書等によって情報保障を図るという課題がある。

この課題を解決していく前提条件として、録音図書形式で提供される教科書も、「文部科学省検定済み」として位置づけられる必要があり、弱視児童生徒向けの拡大教科書ともども、公的な責任において提供されるべきである。このこととセットにして、現行著作権法の見直しがされるべきである。特別支援教育が本格始動した今、このことは喫緊の課題であると考える。』

その後、著作権課や関係者との意見交換等を経たのち2007年10月12日には「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会中間まとめ」が公表された。

この間、著作権委員会以外の障害者関係団体からの働きかけや「国連・障害者の権利条約」批准に向けた動きなど、内外の動向にも目配りがされ、特に発達障害に関しては、発達障害者支援法の成立や特別支援教育の本格実施などを受け、具体的な法改正の必要性にまで踏み込んで言及されることとなった。以下中間まとめから抜粋する。

『知的障害者、発達障害者等にとって、著作物を享受するためには、一般に流通している著作物の形態では困難な場合も多く、デイジー図書が有効である旨が主張されており、著作物の利用可能性の格差の解消の観点から、視覚障害者や聴覚障害者の場合と同様に、本課題についても、何らかの対応を行う必要性は高いと考えられる。このような観点から、視覚障害者関係、聴覚障害者関係の権利制限の対象者の拡大を検討していく中で、権利制限規定の範囲の明確性を確保する必要性はあるものの、可能な限り、障害等により著作物の利用が困難な者についてもこの対象に含めていくよう努めることが適切である。その際、複製の方法については、録音等の形式に限定せず、それぞれの障害に対応した複製の方法が可能となるよう配慮されることが望ましいと考えられる。』

『デイジー(DAISY)は、Digital Accessible Information System の略語であり、デイジーコンソーシアムにより開発されているデジタル録音図書に関する国際規格である。現在、日本のほか、スウェーデン、英国、米国などの国々で利用されている。デイジーコンソーシアムは、アナログからデジタル録音図書に世界的に移行することを目的として、1996年に録音図書館が中心となり設立された組織。(出典:Daisy Consortium )HP』

4.著作権法改正に向けた検討と今後の見通し

本稿の執筆時点(2007年11月末)では、前記の中間まとめに対するパブリックコメントによる意見募集が締め切られ、その後この結果を参考にして小委員会での検討がなされ、2008年 1月頃には最終報告が公表される予定となっている。

さらにこの報告を受けて、来年度の国会において改正案の審議がされ、順調にいけば夏過ぎには何らかの法改正がなされる見通しである。

ただし現時点においては、発達障害に関してどの程度まで踏み込んだ法改正となるのか、まったく不明である。場合によっては著作権法上で「発達障害」を正式に位置づけるのは避けて、例えば視覚障害者等といった、視覚・聴覚障害に準ずる形での位置づけに留まるおそれもある。発達障害者支援法や特別支援教育といった国としての施策が始動した今、著作権法においてもきちんと位置づけられるべきと考える。

今後とも関係方面への働きかけを強めていく必要がある。関係者のご理解とご支援を是非ともお願いする次第である。

5.結びに代えて

最後に、「文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」での発表意見から再び抜粋する。

『米国においては、National Instructional Materials Accessibility Standard(NIMAS)が策定されたことにより、全ての障害を持つ児童生徒に対し、教科書や教科用図書等が統一された電子ファイル形式で提供され、さらに個々の教育ニーズに沿った形式に変換し利用することが可能となった。この背景としては1996年の米国著作権法改正、いわゆる「Chafee改正」があったことはいうまでもないことである。』

LD児童生徒の教育権を保障するため、適切な形式の教科書や教材が提供される必要がある。しかし現状では、例えばボランティアの方たちによるLD児童生徒のためアクセシブルな教材等の作成段階で著作権法が障壁となっているし、既存の視覚障害者向け録音図書や弱視児童生徒向け拡大教科書等を転用する場合にも同様の問題がある。

読みの困難をもつLD児童生徒に対し、録音図書が効果的であることが指摘されていても、実際に利用する段階で著作権法が障壁となっている。

今後特別支援教育の本格化とともに、教育現場でこのような矛盾が増大していくことが予想される。またLD児・者の教育や就労支援などの場面でIT活用が叫ばれており、ITを支援技術として活用すること自体は歓迎すべことだが、提供される肝心の「コンテンツ」そのものがアクセシブルでなければ意味がない。このような観点からも著作権法改正の意義は大きいと考える。一日も早い法改正を望むところである。

【参考1】著作権法(抜粋)

(教科用図書等への掲載)

第三十三条 公表された著作物は、学校教育の目的上必要と認められる限度において、教科用図書(小学校、中学校、高等学校又は中等教育学校その他これらに準ずる学校における教育の用に供される児童用又は生徒用の図書であつて、文部科学大臣の検定を経たもの又は文部科学省が著作の名義を有するものをいう。次条において同じ。)に掲載することができる。(以下略)

(教科用拡大図書等の作成のための複製)

第三十三条の二 教科用図書に掲載された著作物は、弱視の児童又は生徒の学習の用に供するため、当該教科用図書に用いられている文字、図形等を拡大して複製することができる。(以下略)

(学校その他の教育機関における複製等)

第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

2 公表された著作物については、前項の教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第三十八条第一項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合には、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

(点字による複製等)

第三十七条 公表された著作物は、点字により複製することができる。

2(略)

3 点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるものにおいては、公表された著作物について、専ら視覚障害者向けの貸出しの用若しくは自動公衆送信(送信可能化を含む。以下この項において同じ。)の用に供するために録音し、又は専ら視覚障害者の用に供するために、その録音物を用いて自動公衆送信を行うことができる。

(聴覚障害者のための自動公衆送信)

第三十七条の二 聴覚障害者の福祉の増進を目的とする事業を行う者で政令で定めるものは、放送され、又は有線放送される著作物(放送される著作物が自動公衆送信される場合の当該著作物を含む。以下この条において同じ。)について、専ら聴覚障害者の用に供するために、当該放送され、又は有線放送される著作物に係る音声を文字にしてする自動公衆送信(送信可能化のうち、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することによるものを含む。)を行うことができる。

(翻訳、翻案等による利用)

第四十三条 次の各号に掲げる規定により著作物を利用することができる場合には、当該各号に掲げる方法により、当該著作物を当該各号に掲げる規定に従つて利用することができる。(以下略)

【参考2】「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会平成19年度・中間まとめ」より

「使用者の手足として、その支配下にある者に具体的複製行為を行わせることは許されます。例えば、会社の社長が秘書にコピーをとってもらうというのは、社長がコピーをとっているという法律上の評価をするわけであります。ただし、コピー業者に複製を委託するということになりますと、その複製の主体はコピー業者であって、本条にいうコピーを使用する者が複製することにはなりません」(加戸守行著『著作権法逐条講義(五訂新版)』(社団法人著作権情報センター、平成18年3月))

【参考3】関連するウェブサイト

【参考4】障害者の権利に関する条約(日本政府仮訳文)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/shomei_32b.html

第三十条 第3項

締約国は、国際法に従い、知的財産権を保護する法律が、障害者が文化的な作品を享受する機会を妨げる不当な又は差別的な障壁とならないことを確保するためのすべての適当な措置をとる。

※ 本稿は「日本LD学会会報 第63号(2007.12)」掲載のものに補筆した。