全盲、弱視およびその他の読字障害者のアクセス改善のためのWIPO(世界知的所有権機関)条約
世界盲人連合による提案書
2008年10月23日
目次
第9条 著作物の商業目的の複製および頒布に関する権利所有者に対する通知
第14条 著作権がないデータベース要素に適用される制限および例外
前文
締約国は、
社会のあらゆる分野での機会均等化の過程におけるアクセシビリティの重要性を認め、
全盲、弱視、あるいは印刷された著作物へのアクセスに関するその他の障害がある人々が直面する、情報通信へのアクセスを阻む多数の障壁を認識し、
視覚障害者の90パーセントが、低所得国あるいは中間所得国で生活していることを認識し、
視覚障害者に情報通信への完全かつ平等なアクセスを提供することを希望し、
本質的に国際的な電子出版プラットフォームおよび通信プラットフォームなどの新情報通信技術の開発によって生じる、視覚障害者の機会および課題を認め、
他の障害者も同様な機会と課題に直面していることを認め、
国境を越えて、またあらゆるメディアを通じて、情報と意見を求め、受け取り、そして伝える必要性を認め、
国内の著作権法は本質的に地域限定的であり、管轄地域を越えて活動に取り組む場合、活動の合法性に関する不確実性が、視覚障害者の生活を改善する可能性がある新技術およびサービスの開発と使用を損なうことを認識し、
経済的、社会的、文化的および技術的発展によって生じる課題と機会に対する適切な解決策を提供するために、新たな国際的規則を導入し、既存の規則の一部についてその解釈を明確化する必要性を認め、
文学的および芸術的創作のインセンティブとして、また誰もが地域社会の文化生活に参加し、芸術を楽しみ、科学的進歩とその恩恵を共有する機会を持つことを保証する手段としての著作権保護の重要性を強調し、
出版社が著作物を出版する時点で障害者にとってアクセシブルにすることが理想であり、これを実行しない場合は、代替となる対処方法が必要であることを認め、
ベルヌ条約に反映されているように、著作者の権利と、特に教育、研究および情報へのアクセスなどのより広範な公共の利益との間のバランスを維持する必要性を認め、
次のとおり協定した。
第1条 目的
本条約の目的は、視覚障害者、あるいは著作権がある著作物を読むことに関してその他の障害がある人々のための、情報通信への完全かつ平等なアクセスの確保に必要な、著作権法における必要最小限の柔軟性を提供することであり、本人自身の利益のためだけでなく、社会の充実のためにも、全盲、弱視、あるいはその他の読字障害のある人々による、他の者との平等を基礎とした完全かつ効果的な社会参加を支援し、またその創造的、芸術的および知的潜在能力を開発し、利用する機会を確保するために、これらの人々にとってアクセシブルなフォーマットによる著作物の出版および頒布に必要な手段に、特に焦点を合わせる。
第2条 義務の性質および範囲
(a)締約国は、視覚障害者、あるいは著作物へのアクセスに関してその他の障害がある人々が、情報通信への完全かつ平等なアクセスを得られるようにするため、しかるべき措置を取ることに同意する。
(b)締約国は、本条約の規定を実施しなければならない。
(c)締約国は、本条約の規定を実施するための適切な手段を、国内の法制および慣行の範囲内で自由に決定することができる。 (TRIPS協定:知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 第1条と同様の文言)
(d)締約国は、視覚障害者および読字障害者に対し、本条約で要求される保護よりも広範な保護を、その手段が本条約の規定に反しないことを条件として、国内法令において実施することができるが、そのような義務は負わない。(TRIPS協定:知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 第1条と同様の文言)
(e)条約の実施に当たっては、発展途上国の優先課題と特別なニーズに加え、締約国の開発レベルの違いも考慮しつつ、開発を志向し、かつ透明性を伴わなければならない。(WIPO開発課題)
(f)締約国は、条約の実施により、合法的使用を阻む障壁をそれ自身創造することがない、公正かつ公平な、不必要に複雑ではなく、また費用を要するものではない、不合理な期間や期限、あるいは不当な遅延を伴わない迅速な手続きを含む、本条約が適用される公認の法的措置の、時宜を得た、かつ効果的な行使を可能にすることを確保しなければならない。(TRIPS協定:知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 第41条と同様の文言)
第3条 他の協定との関係
(a)締約国は、本条約の規定が、締約国が加盟する以下の協定および条約の規定で定められている義務と一致することを認める。
- 1971年7月24日 文学的および美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(ベルヌ条約)パリ改正条約
- 1996年 WIPO著作権条約(WCT)
- 1961年10月26日 ローマで作成された実演家、レコード製作者および放送機関の保護に関する国際条約(ローマ条約)
- 1996年 実演およびレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)
- 1994年 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)
- ユネスコ 文化的表現の多様性の保護と促進に関する条約
- 国連障害者権利条約第21条および第30条(ただしこれらに限定されない。)
(b)締約国は、本条約がベルヌ条約で定義されている文学的および美術的著作物に適用される限りにおいて、本条約が、同条約によって形成された同盟の同盟国である締約国に関して同条約第20条に規定されている、特別の取極であることを認める。
第4条 著作権にもとづく排他的権利に対する制限および例外
(a)著作物のアクセシブルなフォーマットを作成し、そのアクセシブルなフォーマット、あるいはそのフォーマットの複製を、非商業的貸与、あるいは有線または無線の方法による電子通信などの何らかの手段によって視覚障害者に供給し、またこれらの目的を達成するための中間措置を取ることは、次の条件がすべて満たされる場合、著作権所有者の許諾無しで許可されなければならない。
- 本規定にもとづく活動の実施を希望する個人あるいは団体が、当該著作物もしくは当該著作物の複製に合法的なアクセスを有すること。
- 当該著作物がアクセシブルなフォーマットに変換されており、そのアクセシブルなフォーマットには、情報のナビゲーションに必要な何らかの手段が含まれているが、当該著作物を視覚障害者にとってアクセシブルにするために必要な変更以外の変更は行われていないこと。
- 当該著作物の複製が、視覚障害者による使用のみを目的として提供されること。
- 当該活動が、非営利を基本として実施されること。
(b)(a)項の活動の結果、有線または無線の方法によって著作物を伝達される視覚障害者は、自分自身の個人的な使用のみを目的とする場合に限り、著作権所有者の許諾を得ずに、当該著作物の複製を作成することを許可される。
(c)(a)項に規定されている権利は、次の条件のいずれかが満たされる場合、営利事業体にも適用され、またアクセシブルなフォーマットによる複製の商業的貸与の許諾にまで拡大される。
- 当該活動が営利を基本として実施されるが、著作権所有者に対する対価無しに許諾される、排他的権利の通常の例外および制限の範囲内での使用に限られる場合。
- 当該活動が営利事業体により非営利を基本として実施されるが、他の者との平等を基礎とした、視覚障害者による著作物へのアクセスの拡大のみが目的である場合。
- アクセシブルなフォーマットに変換する予定の当該著作物あるいは当該著作物の複製が、視覚障害者のアクセスを可能にする同一の、あるいはおおむね同等なフォーマットでは合理的に入手可能でなく、またこのアクセシブルなフォーマットを提供する事業体が、著作権所有者にそのような使用について通知し、かつ著作権所有者に対する適切な対価が提供できる場合。
(d)著作物が(c)(3)項にある合理的に入手可能なものであるか否かの決定には、以下の条件が検討される。
- 先進経済国においては、当該著作物がアクセシブルであり、視覚障害がない人々が入手する場合と同程度の価格か、あるいはそれよりも低い価格で入手できなければならない。
- 発展途上国においては、当該著作物がアクセシブルであり、視覚障害者の所得格差を考慮し、安価で入手できなければならない。
第5条 使用許諾と著作者人格権
(a)第4条に規定されているいずれかの活動の結果、著作物あるいは著作物の複製を視覚障害者に提供する場合には、第4条にもとづき活動する個人あるいは団体が合法的なアクセスを有する当該著作物または当該著作物の複製に表示されているとおりに、その出所および著作者名を明記しなければならない。
(b)第4条で許諾される使用は、著作者人格権の行使を侵害してはならない。
第6条 技術的手段の回避
締約国は、第4条に規定されている例外の受益者が、著作物に技術的保護手段が適用された場合、当該著作物をアクセシブルにするために必要に応じ技術的保護手段を回避する権利を含め、例外を享受する手段を有することを確保しなければならない。
第7条 契約との関係
第4条で規定されている例外に反する契約条項はすべて無効である。
第8条 著作物の輸出入
第4条のすべての関連条件が輸出国および輸入国において適宜満たされた場合、以下の事項が、著作権所有者の許諾無しで許可されなければならない。
- ある国における個人あるいは団体が、第4条にもとづき所有または制作する権利を有する著作物あるいは著作物の複製のすべてのバージョンの、他国への輸出
- 他国において第4条の規定にもとづき活動することが可能な個人あるいは団体による、著作物あるいは著作物の複製の当該バージョンの輸入(注:SCCR/15/7、サリバンレポート、119ページから121ページ参照。)
第9条 著作物の商業目的の複製および頒布に関する権利所有者に対する通知
第4条(c)(3)項にもとづく、視覚障害者を対象とした著作物の複製および頒布を伴う事例においては、著作権によって保護される著作物の所有者に対し通知を行うために相応の努力が払われなければならない。そのような通知には以下の事項を含むものとする。
- 著作物を複製し、頒布する権利を行使する者の名称、住所および関連する電話・通信連絡先
- 当該著作物が頒布される国および当該著作物が頒布される条件など、当該著作物の使用の性質
- 著作権所有者の、当該著作物の使用に対する対価獲得の権利、あるいは使用が視覚障害者のみに十分限定されていない場合、もしくは当該著作物が、実際は視覚障害者によって知覚可能な同一の、またはおおむね同等なフォーマットで、合理的に入手可能な場合、使用に対し異議を申し立てる権利に関する情報
第10条 著作物の利用性に関するデータベース
(a)WIPO(世界知的所有権機関)は、インターネットおよびその他の手段を通じてアクセスすることができ、著作権所有者が、本条約の第9条にある通知の義務を容易にするために著作物を自主的に登録し、視覚障害者による知覚が可能なフォーマットによる著作物の利用性に関する情報を提供できるデータベースを作成しなければならない。
(b)出版社および視覚障害者との協議ののち、WIPOはそのようなデータベースに登録された著作物を独自に識別する、コンピューターでの読み取りが可能な標準的なコードを、データベースに含めることを確保しなければならない。このコードは、さまざまなフォーマットで出版される著作物における使用に適したものでなければならない。
第11条 著作物の商業的開発に対する対価
(a)第4条(c)(3)項の実施に当たり、締約国は、自主協定がない場合に著作権所有者に支払われる適切な対価の水準を決定する機構を確保しなければならない。第4条(c)(3)項にもとづく適切な対価の決定は、次の原則に従わなければならない。
(b)第11条(c)の定めにもとづき、権利所有者は、当該著作物が使用される国、国民および目的に通常関連した条件を考慮し、著作物の通常の商業使用許諾に相応する対価を得る資格を有する。
(c)発展途上国では、対価の決定において、著作物をアクセシブルにし、かつ、視覚障害者の所得格差に配慮し、安価で入手できるようにすることを確保する必要性も考慮しなければならない。
(d)点字などの特定のフォーマットによる著作物について、あるいは特定の資格を持つ事業体について、(a)項にもとづく対価の支払いを免除するか否かは、国内法令で定めることができる。
(e)国境を越えて著作物を頒布する者は、ある一国における対価の仕組みが、本条約で規定されている要件を満たし、透明性に関する著作権所有者の当然の懸念を解決し、国際的に頒布される著作物に関しては国際的な使用許諾として、また特定の国において使用される著作物については使用許諾として、対価が正当であると見なされ、著作物が使用される国、使用者および目的に合わせて調整される場合、その国において対価支払いのための登録をすることを選択できる。
第12条 作者不詳の著作物
(a)著作者あるいは著作権所有者が特定できない、あるいは通知に応じない著作物の、特定の商業使用に対価の支払いを義務付けるか否かは、国内法令で定めることができる。
(b)権利所有者が特定できない、あるいは通知に応じない事例においては、著作物の使用に伴う法的責任は、使用日から24か月を超えないものとする。
第13条 プライバシーの尊重
本条約の実施において締約国は、他の者との平等を基礎として、視覚障害者のプライバシーを保護しなければならない。(障害者権利条約第22条より)
第14条 著作権がないデータベース要素に適用される制限および例外
本条約の規定は、著作権がないデータベース要素に対しても、準用されなければならない。
第15条 対象となる障害
(a)本条約の目的にあわせ、「視覚障害」者とは、
- 全盲 あるいは
- 視覚障害がない者と実質的に同等な視機能を提供する矯正眼鏡の使用では改善できない視覚障害があり、その結果、いかなる著作物にも、実質的に健常者と同程度にはアクセスすることができない者とする。
(b)締約国は、その他の障害があり、その障害が原因で、実質的に健常者と同程度に著作物にアクセスするためには、第4条にもとづき作成することができるアクセシブルなフォーマットを必要とする人々に対し、本条約の規定を拡大しなければならない。
第16条 追加定義
本条約の目的にあわせ、
「著作物」とは、著作権の存在が可能なすべての著作物を意味し、そのような保護が国内法令によって提供されるか、あるいは過去に提供されていたが無効となってしまったかは問わず、また文学、戯曲、音楽および美術著作物、データベースおよび映画を含むものとする。
「著作権所有者」には、著作権が存在しないか、あるいはすでに著作権が失われている場合であっても、排他的権利の行使、あるいはその他の手段によって、著作物へのアクセスを管理することができる、すべての個人あるいは団体が含まれる。
「排他的権利」とは、第4条などで確認されている、他の協定に従って提供されるすべての権利を意味し、複製、改良、有線または無線の方法による公衆への頒布および通信の権利を含むものとする。
「アクセシブルなフォーマット」とは、視覚障害者が、視覚障害がない者と同様に柔軟かつ快適にアクセスできるようにするものを含む、視覚障害者または読字障害者の著作物へのアクセスを提供する代替手段あるいはフォーマットを意味する。
「アクセシブルなフォーマット」には、ニーズに合わせてあらゆる書体とサイズの使用が許可される、さまざまな活字書体とサイズによる大活字や、点字、録音、スクリーンリーダー用デジタルコピー、点字ピンディスプレイ、および音声解説付きの視聴覚著作物が含まれるが、これらに限定されない。また、あるフォーマットがアクセシブルか否かは、当該著作物が使用される目的によって異なり、そのためたとえば、インデックスが無い録音図書は、娯楽目的で聞く視覚障害者にとってはアクセシブルであるかも知れないが、学習を目的としたアクセスが必要な視覚障害者にとってはアクセシブルではないことも、理解しなければならない。
「合法的なアクセス」とは、著作権所有者によって提供されるアクセス、または著作権所有者の許諾を得て提供されるアクセス、あるいはその他の合法的な手段により提供されるアクセスを意味する。
「著作権」への言及には、ローマ条約、TRIPS協定、WPPTなどに従い、締約国によって提供される、著作権および著作権に関連するすべての権利が含まれ、「著作権所有者」および「著作者」への言及も、これらに従って解釈される。
「データベース」とは、組織的あるいは系統的な方法で配置され、電子的方法あるいはその他の方法により個々にアクセスすることが可能な、独立した著作物、データあるいはその他の資料の集合物を意味する。
第17条 締約国会議
(a)締約国により締約国会議が設置されなければならない。締約国会議は、本条約の総会であり、最高機関である。
(b)締約国会議は、5年ごとに常会を開催しなければならない。また、臨時会議の招集を決定した場合、あるいは締約国の4分の1以上の要求があった場合は、臨時会議を招集することができる。
(c)締約国会議は、その手続き規則を採択する。
(d)締約国会議の機能は、特に以下のとおりである。
- ……
- 選択議定書の作成など、本条約の実施あるいは改正を促進するために可能な方策を検討すること。
- 本条約の目的を促進するために必要と思われるその他の措置を、いかなるものであれ講じること。
第18条 選択議定書
締約国は、以下の措置を講じるために、本条約の選択議定書を提案する権利を有する。
- 標準化を促進するための義務や提案の調整、相互運用性の義務付け、あるいは著作物および通信へのアクセスを促進するための規制措置
- 著作物のデジタル化と頒布を支援するための共同出資
- 知識および通信へのアクセスの平等化促進に必要なその他の措置
第19条 留保
いかなる締約国も、本条約の第4条(c)(3)項の実施を拒否することを宣言することができる。
第20条 監視および実施
本条約の実施に関する1件あるいは複数の研究の資金を得るために、WIPO(世界知的所有権機関)は3年ごとに、締約国およびその他の資金提供候補者に対し、自発的な寄付を求めるものとする。
これは、 WBU Proposal for a Treaty for Blind, Visually Impaired and other Reading Disabled Persons http://www.keionline.org/index.php?option=com_content&task=view&id=206 の翻訳です。