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著作権法改正と障害者サービス 第2回
著作権法改正と盲学校の図書館―ようやく出発点に―

石井みどり

1.長かった非合法時代

 2009年6月,改正著作権法が可決された時,日本点字図書館の梅田ひろみさんが「まったく遠い道のりだった。しかし,これは到達点でなく,情報アクセスに困難のある人達の情報保障の新たな取り組みの始まりなのだと思う。ほんの一歩ではあるが,待たされた月日を思えば,大切な大きな一歩である」(雑誌『視覚障害』2009年9月)と書いている。

 盲学校では,市販の図書を,そのままの状態から情報を得ることは非常に困難である。点字版,音訳版,個に応じた文字の大きさの拡大版等々の媒体に変換する必要がある。

 著作権法が改定されるまでは,例えば,音訳図書を他の盲学校に貸出をするとき,著者の了解を得ているのに,出版社から許諾を得られないこともあった。車椅子当事者から音訳の許諾を得られなかったこともあった。

 拡大絵本を作る際,著者の許諾を条件に,企業から,カラーコピーの支援を得けていた。しかし,許諾を得ることは難しかった。布団に入って涙が止まらなかったとき,夫から「俺の力の及ばないことで泣かれると困る」と言われた。枕を濡らしたのは,楽しむことのできない絵本を突き付けられた子どもたちであり,絵本を通して子育てを楽しめない大人たちも同様であった。

 違法を承知で20年程前に「テキストファイル読み込みボランティア」グループを立ち上げた。理療科の教育課程の改訂に当たり,教科書の文字が小さ過ぎて,困り果てた末の苦肉の策であった。これは「合成音声で聞き,パソコン上拡大して読み,読みやすい大きさ,読みやすいフォントで印刷して読む」という読書環境に大きな変化をもたらした。まだ3.5インチのフロッピーディスクの時代である。印刷物も,人目に付かぬよう蔵書印も押印せず,密かに学生達に提供していた。

 この「テキストファイル読み込みボランティア」は,ウェブ上,極秘の内に全国に広がり,小説・童話のリクエストにも応じられるようになった。

2.見えにくさ・読みにくさ

 一口に弱視と言っても一人ひとり見え方は異なる。体調によって,眼疾患の経過によって見え方も変わる。それぞれに対応した工夫が必要である。

・ぼやけ

 視力だけでなく,ぼやけて細部が確認できない 場合,拡大すると文字を同定できる。

・視野が狭い

 拡大するとかえって視野からはみ出てしまう場合もある。鮮明な画像,髙コントラストにすると,読みやさくなる場合もある。

 中心が見えない,見える部分がまだら等々の見えにくさが有る場合,拡大すると隠れた文字が推定できる場合もある。

・羞明(まぶしい)

 拡大してもまぶしさは変わらない。周辺光を遮断したり,白黒反転にすると読みやすくなる。

・視力とは無関係に,文字を認知できない,或いは,文字を追えない児童・生徒がいる。マルチメディアデイジー(映像も有り,好みの文字色や背景色で,音声と文章が同期する)は,有効な図書である。

3.視覚障害者用教科書

 盲学校は戦後でさえ,長らく弱視の子どもたちにも点字の教科書で教育を行っていた。

 1952年頃から大阪府立盲学校では,教科書を毛筆で手書きし,コピーするという手法で,拡大教科書を作り始めた。翌年,1953年6月,当時は文部省の事務次官通達「教育上特別な取り扱いを要する児童生徒の判断基準について」が,示された。その中で「普通の児童用教科書をそのまま使用して教育することが,概ね不適当で,盲教育以外の方法を必要と認められる者を弱視者とする」と定義し,その基準と教育措置を示した。

 10年後,1963年,ようやく「盲学校小学部国語補充教材」が作成され,小学部1年生については,当時の活字の初号~1号のゴシック体で印刷された教科書が刊行された。

 2004年,盲学校の高等部を含めてボランティアが製作する拡大教科書の費用を国が負担するようになった。

 2006年7月,文部科学省から教科書会社に対し,拡大教科書の発行と,発行しない場合は電子データを提供して欲しいとの書簡が渡された。

 2008年6月「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(教科書バリアフリー法)が成立した。マルチメディアデイジー版の教科書も認められた。拡大教科書も出版に向けての取り組みが始まった。しかし,高等学校の拡大教科書の発行は単純拡大すれば良いというわけにはいかず,課題が多く,費用の問題以前に,編集できる人材の確保も難しい情況にある。

 教科書が多媒体になって,教科書バリアフリー法の縛りによる新たな課題が発生した。教育課程を展開していく中で,異なった媒体の整合性や,担当教員が教材研究していく上での困難さが生じている。著作権法との絡みで,より良い方向での解決策が望まれる。

4.著作権法の改正後

 2009年6月著作権法が改正され,第37条3項の「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるもの」に学校図書館も加わった。「当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により,複製」することが,著作者の許諾を得ること無しに可能となった。施行は翌2010年1月1日であったが,この年,音声訳(朗読)はもちろんのこと,拡大化に当たっても著作権者から断られることはなかった。最後に許諾を戴いた『おこだでませんように』の作家 楠茂宣氏からのメールを紹介したい。これは,永久保存版である。

>編集部より拡大絵本の件,お話をうかがいました。子どもたちに楽しんでいただけるようにと,許諾の返事をしておきました。(中略)

>子どもたちに読み聞かせをさせていただきたいのですが,すこし遠いですね。

>子どもたちは,七夕にどんなお願いをするのでしょうか。 くすのきしげのり(楠 茂宣)

5.課題

 国会図書館の蔵書の電子化に100億円を超える予算(2009年度)が付いた。障害者がアクセスできる状態になることを期待して止まない。

 出版物がA5やB6版で22ポイント拡大文字で編集されれば,単純拡大で「読める読者」は更に広がる。文字を読むことに力が注がれると,深読みは困難である。特に学校図書館は,読みやすい媒体で提供したい。

 大きな文字の図書や,やさしく書き直された図書を公共図書館が積極的に購入するようになれば,出版も作家も食指が動くであろう。障害者の読書を保障する大きな推進力となろう。

 著作権法が施行されても,媒体の変換の予算の裏付けは僅かである。よその国で可能なことが何故日本で配慮されないのか。いつまでもボランティアに頼っているのでは情報を共有できない。

 耳を塞いで音を聞き続ける読書や,電子化された文字を追い続ける読書は,決して健康に良いことではない。読みやすさ,わかりやすさ,楽しさと,多種多様な出版物の折り合いをどこで付けるかについても課題である。

 読書により,自分の思いを伝える言語を育む環境を整えるのは,大人の責任である。

(いしい みどり:横浜市立盲特別支援学校図書館)

[NDC9:015.17 BSH:1.障害者サービス 2.著作権法]


この記事は、石井みどり.著作権法改正と盲学校の図書館―ようやく出発点に―.図書館雑誌.Vol.104,No.10,2010.10,p.684-685.より転載させていただきました。