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著作権法改正と障害者サービス 第9回
図書館上映会における「字幕・音声ガイドつき上映」の取り組み
―埼玉県川口市での実践―

長岡朋子

 著作権法改正により,政令の指定を受けた図書館等は,映像に字幕等を付加して複製,貸出等を行えるようになった。これを受けた実践として,川口市立中央図書館および川口市立映像・情報メディアセンター メディアセブン(以下「メディアセブン」)による「字幕・音声ガイドつき上映会」の取り組みを紹介する。筆者はメディアセブンの指定管理者であるNPO Community Design Councilに2011年3月まで所属しており,以下,上映会の現場責任者の視点で記述している。

1.中央図書館とメディアセブンの概要

 中央図書館とメディアセブンは,2006年,駅前複合ビル内にオープンした。5・6階の中央図書館では資料の貸出や各種障害者サービスを行い,7階のメディアセブンでは,パソコン席や録音・映像編集のできるスタジオの貸出を行う。市民にとってのメディアの案内役となることを目指す施設である。
 中央図書館は80名収容の視聴覚ホールを擁し,ここで月5回程度,図書館の所蔵する上映権つき映像作品(DVD/VHS)を上映する。日頃のホールの管理をメディアセブン職員が担当し,上映会については「主催:中央図書館,企画運営:メディアセブン」という体制で実施するなど,両施設が連携して施設運営や事業開催にあたっている。

2.字幕・音声ガイドつき上映とは

 聴覚障害者用の日本語字幕とは,台詞や劇中のさまざまな音を文字で書き起こしたものである。今回の著作権法改正により,図書館では字幕を加えた複製映像の作成が認められることとなった。一方,視覚障害者向けの音声ガイドは,画面の風景や動きなどを音声で解説したものである。音声ガイドの付加については,映画鑑賞時に主音声とは別に副音声を流すのみで足るため,もとより映像複製のプロセスを必要としない。

3.字幕・音声ガイドつき上映を開始した経緯

 川口で字幕・音声ガイド上映が可能になったのは,映像資料を所蔵する図書館,スタジオや機器を備えたメディアセブンが,専門知識や技術を持つ外部組織と連携できたことによる。
 2009年12月,地元・川口市内に拠点を置くNPO,メディア・アクセス・サポートセンター(以下「MASC(マスク)」)より,バリアフリー上映を行うために協働できないかという申し出があった。映像のバリアフリー化に取り組む団体MASCは,字幕・音声ガイドの制作や配信,障害者も楽しめる上映等,豊富な実績を持つ。協議の結果,中央図書館主催,メディアセブン運営による上映会の中で,MASCの協力を得て字幕・音声ガイドを付与した上映を行うこととなった。

4.字幕・音声ガイドつき上映の方式

 今回の上映では,日本語字幕は観客全員に一律に見せる一方で,音声ガイドは視覚障害者(および必要な人)のみが聴く方式を採用した。
 上映前には,字幕をつけた複製映像を準備しておく。音声ガイドについても,メディアセブン内のスタジオで収録を行い,音声データを事前に用意しておく。上映当日は,会場で字幕つき映像を再生するとともに,ガイド音声をFMラジオ電波で流す。会場内には主音声だけが響き,音声ガイドを利用する人は,携帯ラジオとイヤホンを使ってFMによる副音声を合わせて聴く。なお,携帯ラジオは会場で無料貸出を行った。

5.字幕・音声ガイド制作の体制

 字幕・音声ガイドの制作には専門知識が不可欠である。そこで今回は,MASCの協力のもと,図書館所蔵の映画を題材にした「障害者用字幕・音声ガイド制作講座」を一般向けに開催した。講座ではMASC側が講師を務め,公募で集まった参加者とともに原稿文字起こしや収録の作業にあたる。中央図書館とメディアセブン側は,講座会場や必要な機器を提供するとともに,講座の成果物を市民向け映画会で上映するということになった。
 将来は,講座参加者からなるボランティアチームが中心となって図書館所蔵映画の字幕・音声ガイド制作を行い,中央図書館とメディアセブンがその活動支援にあたるという体制を目指している。

6.試験的な上映の実施

日時:2010年5月22日(土)14:00~
作品:『パラレル』
来場者:68名

 講座参加者の公募を前に,日本語字幕・音声ガイドが既に収録された市販DVDパッケージを利用して,試験的な上映を行った。当時この映画は図書館所蔵作品ではなかったが,MASCと販売元バンダイビジュアル社の協力により,字幕・音声ガイドつきの非営利上映を行う許諾を得た。  図書館とメディアセブンにとっては,運営のノウハウを蓄積する良い機会となった。視覚障害者,聴覚障害者からは予想以上の反響があり,彼らの期待を実感することにもなった。

7.2010年度字幕・音声ガイドつき上映実施状況

  • 第1回上映会
    日時:2010年10月23日(土)14:00~
    作品:『山びこ学校』
    来場者:63名
    字幕・音声ガイド制作講座:2010年6月16日(水)~9月1日(水)(全7回)(参加者4名)
  • 第2回上映会
    日時:2011年2月12日(土)14:00~
    作品:『ゴリオ爺さん』
    来場者:90名
    字幕・音声ガイド制作講座:2010年11月17日(水)~1月26日(水)(全8回)(参加者6名+ガイド収録参加5名)

 各回の上映作品は,中央図書館が所蔵する上映権つきの映画DVDの中から選ばれた。事前広報では,一般向けの告知に加えて,市内の障害者関連団体に周知を図った。当日の運営では,音声ガイドを聴くためのラジオの貸出のほか,字幕利用者の優先入場,優先席の設置,手話通訳の利用,アナウンス原稿のスクリーンへの投影等を行った。
 厳密な人数は把握できなかったが,特に第2回では視覚障害者や聴覚障害者が10~20名来場したと見られる。上映後には,障害者からの作品リクエストや字幕・音声ガイドに関する要望が多数寄せられた。さらに,首都圏各地で字幕・音声ガイドの作成に取り組む方が「自分たちの制作の参考にしたい」と来場する姿も目立った。
 2作品の字幕・音声ガイドの制作には,MASCと有志の講座参加者たちが熱心に取り組んだ。第1回の邦画のコースでは,すべての台詞を文字化する字幕作成に多くの時間があてられた。第2回の洋画のコースでは,音声ガイドの作成や収録を中心に扱った。いずれも,まずは図書館とメディアセブンの職員が仕上がりを確認し,必要に応じて修正した後に本上映に臨むこととした。

8.上映の意義と所見

 特筆すべきは,字幕・音声ガイドつき映画上映が,視覚障害者と聴覚障害者の両者に向けた事業であるということだ。従来の図書館による障害者サービスは,ほとんどが視覚障害者へ向けたものであった。今回,映画字幕の付加による聴覚障害者へのサービスが可能になったことは意義深い。  また,こうした新事業を継続的に実施するにあたっては,地域の障害者関連団体,施設等との協力体制が欠かせない。川口では,地元NPOのMASCと引き続き連携し,2011年度の上映の準備を進めることが決まった。今後,各地の図書館で障害者関連施設・団体との連携が進み,映像資料のバリアフリー化が広がることを願っている。

(ながおか ともこ:元川口市立映像・情報メディアセンター メディアセブン)

[NDC9:015.17 BSH:1.聴覚障害 2.視聴覚資料 3.著作権]


この記事は、長岡朋子.図書館上映会における「字幕・音声ガイドつき上映」の取り組み:埼玉県川口市での実践.図書館雑誌.Vol.105,No.6,2011.6,p.398-399.より転載させていただきました。