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著作権法改正と障害者サービス 第13回
著作権法改正を学校図書館で生かすために

野口武悟

 2009年6月,長年の懸案だった著作権法改正(第37条関係)が実現し,2010年1月より施行された。今回の法改正によって,学校図書館法第2条に規定する学校図書館(小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校の図書館)でも,視覚障害者等のために必要とする方式での複製等が著作権者に無許諾で行えるようになった。

 ここで注目すべきは,特別支援学校の図書館だけでなく,学校図書館法第2条に規定するすべての学校図書館で複製等が可能になったことである。今日,学習障害の一種であるディスレクシア(読字障害)の児童生徒の多くは,小学校,中学校,高等学校に在籍している。また,インクルージョンの進展に伴い,その他の障害のある児童生徒も小学校,中学校,高等学校に多数在籍するようになっている。こうした状況のなかで,特別支援学校の図書館だけでなく,小学校,中学校,高等学校の図書館でも,障害のある児童生徒の読みの困難さに応じて,彼らの利用可能な方式で作られた資料を提供する必要性が高まっている。

 例えば,ディスレクシアの児童生徒の場合,文字がゆがんだり,ひっくり返ったり,ぼやけるなどの形で認識されてしまう。そのため,教科書はもちろんのこと,学校図書館に所蔵する資料の多くが読めない,ないし読み難いことになる。やさしく読める本(LLブック)やマルチメディアDAISYなど彼らの読みやすい方式で作られた資料は市販のものがまだ少なく,かといって,学校図書館が所蔵する資料をリライトしたり,音声化したりすることは著しく困難であった。改正前の著作権法では1点ずつ著作権者に許諾をとらなければならなかったからである。

 もちろん,従来から学校現場では,授業で使用する教材等については,障害のある児童生徒のために,著作権法第35条によって複製することは行われてきた。しかし,ここで認められているのは,あくまでも「授業の過程における使用に供することを目的とする場合」に限られていた。

 今回の法改正は,障害のある児童生徒に対して学校図書館が提供しうる資料の幅を広げる可能性を持つものであり,翻って,障害のある児童生徒の側からすれば,学校図書館で利用できる資料の幅が広がる可能性を持つことを意味する。ひいては,障害のある児童生徒の読書活動,学習活動の幅をも広げる可能性を持つものといえる。また,「ユネスコ・国際図書館連盟共同学校図書館宣言」(1999年)に謳われている「通常の図書館サービスや資料の利用ができない人々に対しては,特別のサービスや資料が用意されなければならない」をすべての学校図書館が実践するための大きな後ろ盾ともなるだろう。

 ところが,学校の先生方のなかには,学校図書館担当者も含めて,今回の法改正を知らない人がまだ多い。

 また,法改正を知っていたとしても,学校図書館の現場において複製等の作業を誰が担うのかという大きな課題が立ちはだかる。周知のように,学校図書館は人的体制の脆弱なところが大半である。司書教諭が置かれていても,ほとんどが兼任であるため,複製等の作業を担うことは現実的に難しいだろう。また,学校司書も,高等学校では約70%の配置率であるが,小学校,中学校はまだ40%台半ばであり,勤務形態や日数も自治体によってばらつきが大きい。複製等の作業まで担うことはやはり難しいと言わざるを得ない。結局のところ,学校図書館の人的体制の整備,強化がまずもって重要ということになる。

 そうなると,音声訳等の知識とスキルを持った専門的なボランティアに協力してもらうというのが有力な案として出てくるだろう。しかし,それも,容易なことではない。ある視覚障害特別支援学校(盲学校)の図書館には約600人の音声訳等に従事するボランティアがいるが,何十年という年月をかけて,養成することから行ってきたという。専門的なボランティアを確保することの困難さと長期的な取り組みの必要性を物語るものといえよう。しかも,音声訳等の専門の知識とスキルの習得は一朝一夕にできるものではない。学校図書館と教育委員会,公共図書館,社会福祉協議会等の関連諸機関,図書館やボランティア関連の諸団体が協力しあって,地域レベルで計画的に専門的なボランティアの養成を図っていくことが必要となってくるだろう。

 同時に,資料の相互利用体制の整備も課題として指摘しなければならない。2010年2月に日本図書館協会等の図書館関係5団体がとりまとめた「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」では,「複製(等)が重複することのむだを省くため,視覚障害者等用資料の図書館間の相互貸借は積極的に行われるものとする。また,それを円滑に行うための体制の整備を図る」としている。

 現状では,学校図書館が,自治体内の図書館ネットワークを介して,他の学校図書館や公共図書館等と資料の相互利用を行うことはあるが,自治体の枠を超えての相互利用はまだ限定的である。ところが,公共図書館や点字図書館では,「サピエ」や「国立国会図書館点字図書・録音図書全国総合目録」を介した全国的な相互利用がなされている。学校図書館に関わるところでは,全国の視覚障害特別支援学校(盲学校)を対象とした「視覚障害教育情報ネットワーク」があるが,すべての学校図書館を対象とした仕組みは存在しない。

 障害のある児童生徒が必要とする方式で作られた(複製された)子ども向け資料は,学校図書館のみならず公共図書館や点字図書館を含めても,全国的に所蔵タイトル数がまだ限られている現状にある。障害のある児童生徒に必要とする資料を確実に提供できるようにするためには,前述した既存のネットワークとの連携・協力を図りつつ,すべての学校図書館を対象とした全国的な相互利用体制の構築が求められる。

 以上述べてきた課題の解決は,法改正の趣旨をすべての学校図書館で生かせるようにするために不可欠であり,かつ急がれる。解決に向けて,各学校や自治体レベルでの取り組みも重要であるが,何よりも国レベルでの積極的かつ実効性ある施策が必要である。いま,活字文化議員連盟等を中心に「読書バリアフリー法」制定を目指す動きがあり,期待を寄せている。一日も早い制定実現に向けて,日本図書館協会を中心に図書館界としても,ぜひ働きかけを強めてもらいたい。

 最後に,今回の法改正によって新たに登場した課題を指摘しておきたい。

 著作権法第37条の2第2号では,学校図書館においても,「専ら当該聴覚障害者等向けの貸出しの用に供するため,複製すること」が認められた。例えば,映画の著作物への字幕等の付加が著作権者に無許諾で可能となったわけである。

 ただし,「貸出しの用に供するため」との条件が付されている。学校図書館としては,館内での利用ニーズも少なくないが,館内利用のために複製することを認めているわけではない。

 また,貸出しに際しては,著作権法施行規則第2条の2に定める基準に従って行うことが必要とされ,かつ,著作権法第38条第5項に新たに追加された「聴覚障害者等の福祉に関する事業を行う者で前条の政令で定めるもの」に該当することになった学校図書館も,これまでの公共図書館と同様,著作権者へ「相当な額の補償金を支払わなければならない」こととなった。そのため,映画の著作物への字幕等の付加には,ニーズの高い聴覚障害特別支援学校(ろう学校)の図書館であっても躊躇してしまうのではないだろうか。

 これらの課題は,学校図書館だけでなく,同じく政令で定められた公共図書館や大学図書館等にも関わってくるものであり,図書館界全体として議論を深める必要があるだろう。

(のぐち たけのり:専修大学文学部)

[NDC9:015.17 BSH:1.障害者サービス 2.著作権 3.学校図書館]


この記事は、野口武悟.著作権法改正を学校図書館で生かすために.図書館雑誌.Vol.105,No.12,2011.12,p.814-815.より転載させていただきました。