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著作権法改正と障害者サービス 第3回
改正著作権法と聴覚障害者情報提供施設について―図書館との連携を探る―

小野康二

はじめに

 2010(平成22)年1月1日から改正著作権法が施行されている。障害者関係では,障害による情報格差をなくし,健常者と同様な情報アクセスを可能にするための改正だといわれている。その改正点や課題を考えながら,図書館との連携の方向を探りたい。

1.主な改正点

 聴覚障害関係では,37条の2(聴覚障害者等のための複製等)が大きく変わった。旧法の37条の2は,聴覚障害者のための自動公衆送信の規定で,放送等の著作物に係る音声を文字にし,聴覚障害者の為にリアルタイムのインターネット送信を可能にする規定であったが,改正法では,利用対象者を聴覚障害者等と広げ(発達障害者等の中には音声情報理解が困難な人たちがいることで),また,複製方法も文字に加えて手話等(聴覚障害者等が利用するための必要な方式)が認められた。

 37条の2はさらに1号・2号に分けられており,1号では,これまでの自動公衆送信でのリアルタイム送信に加え異時送信,字幕や手話をサーバーに蓄積し利用者が必要なときにそれを見ることができるようになり,2号では,字幕や手話が付加された映像の制作とそれをパッケージメディアとして貸し出すことが可能になった。また,複製主体として,聴覚障害者情報提供施設(以下「情報提供施設」)のほか,公共図書館,大学図書館,学校図書館等があげられた。

 最後に但し書きが付き,すでに著作権者等が字幕や手話を付加した映像資料を提供・提示していれば,あらためて複製等ができないことになった。

 さらに,38条5項にも新しく聴覚障害関係の法文が加わり,37条の2の2号の適用を受けたところが,字幕や手話が付加された映像である「映画の著作物」を無料で貸し出す際には,著作権者へ「相当な額の補償金を支払わなければならない」ことになった。

2.新たに出てきた課題

 著作権法の改正は,聴覚障害当事者や関係者の長年の願いだった。全国聴覚障害者情報提供施設協議会でも,情報アクセスを保障する立場から改正を要望してきたが,今回の改正に対し,要望内容が一定程度実現したと評価する一方,新たな問題も指摘している。

 その一つが,上記の補償金の問題である。補償金は,字幕や手話の付加に関係なく「映画の著作物」を無料で貸し出す場合は必要とされる。その理由として,無料で貸し出すゆえに,著作権者に不利益を与える(かもしれない)ので,という説明がされている。つまり公共図書館での映像資料の貸し出し時と同様の扱いが,情報提供施設でもされることとなった。

 聴覚障害者等が映画の著作物にアクセスできる形態のものがすでにあり,それを無料で貸し出すのであれば補償金も頷ける。しかし,それがないために情報提供施設で字幕・手話等を付加し貸し出さなければ情報アクセスができないのに,そのことについて杓子定規に補償金を適用することについて疑問が残る。

 また,公共図書館等においても,聴覚障害者等のために字幕や手話の付加された映像の制作や貸し出しが法改正で可能になった。どのくらいの図書館がそこまで踏み出すか不明だが,今後を考えると,制作・貸し出しの管理や,新たに出てきた補償金支払いに関する調整機関や,字幕や手話の質を保証するための研修の場も必要となるだろう。

3.情報提供施設における映像制作の現状

 情報提供施設は法的には点字図書館と同じ位置づけで,身体障害者福祉法34条の視聴覚障害者情報提供施設とされ,現在全国37か所にできている。

 厚生労働省の運営基準で事業内容は,「聴覚障害者用の録画物の製作及び貸し出しに係る事業を主として行うもの」とされており,どの施設でも,字幕や手話の付加されたビデオ・DVD等の制作・貸し出し等を行っている。しかし,放送番組に字幕が付加される率が高まるにつれて,既製の番組への字幕・手話付加よりも,自主制作映像,つまり聴覚障害者の情報ハンディを積極的に補うための映像制作や,手話等の聴覚障害者の生活文化に関わる映像制作の方にシフトしつつある。

 ただ,これまで年々増加してきた字幕放送が,昨年度は,総放送時間に占める字幕放送時間の割合は,デジタル放送で,NHK総合で47.6%,前年比-1.9%,在京キー5局平均で43.9%,前年比-0.4%とやや減少していることや,手話放送がNHK教育を除くと0.1%程度しかないこと,地方局での字幕放送の少なさ,博物館,美術館,様々な資料館の映像資料のほとんどには字幕・手話が付加されていないことを考えると,これからも既製番組への字幕・手話付加について引き続き取り組む必要はあるだろう。

4.図書館との連携

 公共図書館等でも,法改正によって聴覚障害者等への字幕・手話付加映像の制作や貸し出しが可能になった。このことをあらためて考えると,情報提供施設の数は37,一方,公共図書館・大学図書館は4,800を超えてあり,さらに膨大な数の学校図書館もあり,聴覚障害者の情報保障面での情報提供施設と図書館との連携は重要である。

 連携内容を思いつくままあげると,一つは,映像制作について。聴覚障害児・生徒で,特別支援学校であるろう学校以外の通常学級に在籍する子どもの増加,高等教育機関の3割~4割に聴覚障害学生が在籍していることなどを考えると,授業その他で使用される映像資料への字幕等付加が喫緊の課題になっている。特に学校図書館・大学図書館との連携した取り組みとして。

 二つめは,手話による絵本の読みきかせ。これは,すでにいくつかの公共図書館で取り組みがあるが,各地の情報提供施設と連携するとさらに効果的になるし,その幅も広がるだろう。

 三つめは,対面朗読と同様の,対面手話朗読である。手話のできる図書館司書から,もう一つ進んで対面手話朗読のできる図書館司書育成に情報提供施設が関わることは当然可能である。

 四つめは,補聴に関するもの。高齢社会の本格的進行の中で図書館を利用する難聴者の増加は確実と思われる。図書館での難聴者への情報保障はどうあるべきか,補聴器の効果と限界を知ること,また図書館に備えてほしい補聴システムのことで,情報提供施設は提言できるだろう。

 五つめは,情報提供施設で制作しているさまざまな映像ソフトの図書館への導入である。情報提供施設には,2009(平成21)年度の国の補正予算で,デジタルハイビジョン対応の映像制作システムが整備され,グレードの高い映像制作が可能になった。すでにそのシステムで数百の映像コンテンツが全国で制作されている。過去のものを加えるとその数はさらに多くなり,その中には,図書館に提供できるものも確実に含まれている。ちなみに,筆者の施設が制作したマルチメディア読書教材「手話ごんぎつね」は,IBBY(国際児同図書評議会)の障害者図書資料センターの2009年推薦図書として世界の50冊の1つに選ばれている。

 情報提供施設制作のソフトをぜひ図書館でも活用していただきたい。

おわりに

 言うまでもなく,図書館は健常者だけのものではなく誰もが利用可能なものでなくてはならない。統計的には不明だが,実感的にいうと聴覚障害者の図書館利用者は少ない。それは文字にハンディを持つ聴覚障害者の問題もあるが,図書館のベクトルが聴覚障害者に向くことが少なかったこともあるかもしれない。マルチメディアDAISY図書を引き合いに出すまでもなく,図書は紙媒体に止まらず多様なメディアになっており,その中でも映像メディアはその占める位置を広げていくと思われる。

 聴覚障害者にとってハンディが少ない映像制作・貸し出しに,図書館としても正面から取り組むべきではないだろうか。情報提供施設はそれを積極的に支えると共に,連携した取り組みをつくり出すつもりである。

(おの こうじ:熊本県聴覚障害者情報提供センター)

[NDC9:015.17 BSH:1.障害者サービス 2.著作権]


この記事は、小野康二.改正著作権法と聴覚障害者情報提供施設について―図書館との連携を探る―.図書館雑誌.Vol.104,No.11,2010.11,p.746-747.より転載させていただきました。