音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

著作権法改正と障害者サービス 第10回
弱視の子どもたちに絵本を―著作権法改正を追い風にして―

田中加津代

 「NPO法人弱視の子どもたちに絵本を」は、2010年4月、大阪府立中央図書館・こども資料室にある「視覚障害児のためのわんぱく文庫」の活動から生まれました。わんぱく文庫は、民間ボランティアが運営する子ども文庫で、30年前に盲人情報文化センター(現:日本ライトハウス情報文化センター)の一室を借りて出発しました。当初、貸し出す本が一冊もなく、手探りで点訳本・音訳本を作り始めると共に、社会見学や音楽会なども催してきました。全盲・弱視それぞれの本を十分に用意しようと、拡大写本をそろえた時期もありましたが、満足のいく本の製作が難しい上に、送料の負担も重く、立ち消えとなりました。去って行ったあの子この子が思い浮かぶと、代表の福山恭子は述懐します。福山の辛い思い。今わんぱく文庫に来る弱視のT君の成長を支えたい。母親となり再び文庫に来るR子さんの「色のない点訳本が嫌で、テレビの色を見ていた」という言葉。そこから「NPO法人弱視の子どもたちに絵本を」が発足しました。

―弱視の子どもの「読み」と本

 弱視者は、百人いれば百通りの見え方と見えにくさがあるといわれ、視力、視野、光への感度などが異なります。「読む」には、字のポイント、フォント、白黒反転、字や背景の色、画面の大きさなど、見えやすさを個人単位で調節する必要があります。また、学校や入学試験で点字を使うことも多く、後に全盲になる弱視の子どもも少なくないため、点訳本と音訳本も必要となります。
 弱視の子どもの読書を保障するには、一つは既存の本を一人一人が一番読みやすい形にする、もう一つは弱視の子どもに見えやすいオリジナルな絵本や本をマルチモーダル出版することです。それらが十分な質と量を備え、子どもの身近にあり、将来にわたって拠り所となる公立図書館が、その子に合うように調節して手渡される。そういうヴィジョンを描いています。
 弱視の子どもの現状は、点字と墨字の二本立てであったり、拡大・白黒反転・パソコン使用によるマルチメディアDAISYやテキスト・データなどの読みやすい資料はわずかで重い負担が続いています。「読書権を保障する」公立図書館が、誰にも読める資料を提供していけば、拡大文字やマルチメディアDAISY等が、世の中に認知され、当り前のものになるはずです。弱視の子どもだけではなく読みに困難のある人が、さまざまな場で自分の「読み」を手にできるでしょう。

―著作権法改正を追い風に

 2010年1月著作権法改正の施行に伴い、読みに困難のある人への資料提供のために、文字を拡大するなどの複製が、公立図書館などで可能になりました。読みに困難な人へ『どんな資料も読みやすい形に致します』と看板を掲げることが許されたのです。これまでの関係各位による大きなご尽力の賜物、私たちは追い風と感じています。ここで図書館や民間が連携し、前に進んでいけると考えています。

―マルチメディデイアDAISYの広がり

 昨年、奈良デイジ―の会にお力を借り、吹田市立図書館に協力して、「マルチメディアDAISY体験会」を催しました。視覚、知的、学習障害の子ども、保護者、担任教諭、特別支援学校の先生、事故の後遺症による言語障害のリハビリを模索する方などの多くの参加がありました。その中に小学校1年生のMちゃんがいました。ダウン症、弱視と眼球振とうがあり、視力や見え方は検査でもはっきりしません。地域の学校へ通い、お母さんに毎日本を読んでもらうのが大好きです。ひらがなを覚えるために、楽しい絵本をマルチメディアDAISYにとご希望があり、奈良デイジ―の会に製作を依頼しました。NHK厚生文化事業団わかば基金よりNPOが寄贈を受けたパソコンを、Mちゃんが使っています。本選びは、お母さんが、歌や踊りやリズミカルなことば遊びが好きなMちゃんにと、『あいうえおうさま』(理論社 文寺村輝夫・絵和歌山静子)を選びました。お母さんの要望で、常に絵が画面にある作りにしてもらいました。Mちゃんは10分15分と集中して読んでいます。
 『あいえうおうさま』の絵は、背景の書き込みがなく、黒い輪郭線で字や絵がくっきり見えます。ただ、小さく描かれた絵の部分がわかりにくいのです。この本ならではの絵を見つける楽しみとMちゃんの視力を考慮して、さらによいものを、奈良デイジ―の会が思案してくださっています。膨大な教科書作製作業の中、カタカナの絵本もお願いしています。製作者の育成が急務だと実感しています。

―点訳絵本のテキストを制作して

 昨年私たちNPOが『目の不自由な子どもが読む 点訳絵本の手引き わんぱく文庫の実践から』という冊子を大阪北ロータリーのご支援でまとめました。編集に際し、点訳絵本について、幾つかの図書館に問い合せました。利用者との関係を基に、各地それぞれで工夫された点訳絵本の作り方が初めてわかりました。それらの資料やノウハウが、広く相互利用できればと思いました。
 2010年8月日本図書館協会が文科省へ提出したDAISY資料予算化の要望書に、「この事業は、資料のDAISY化、DAISY資料の製作を全国的なネットワークを通じて実施することを可能とする。無駄に製作することなく、効率的に多種類のDAISY資料の製作が実現できる。完成したDAISY資料は図書館の相互貸借ネットワークを通じて、全国的に活用することが・・・できる」(http://www.jla.or.jp/portals/0/html/kenkai/20100809.html)とあります。
 マルチメディアDAISYはまだ発展途上、子ども向けの作品も僅かです。どこで何をどう製作しているかの情報が掴めません。また、これまでの拡大写本や点訳絵本なども、なかなか実態がわかりません。資料のDAISY化が国の事業となる日が待たれますが、それまで、各地の資料作りの情報収集・整理と交流の一端をNPOのひとつの仕事として考えています。

―「読みたい」という声を聞く

 だれもが、その望みの声を上げることができる訳ではありません。望みを具体的に伝える力も探す力もまだまだです。そして、望みの声を聞きとることもまだまだです。
 わんぱく文庫の点訳絵本は、地域の公立小学校に通っていた全盲のK子ちゃんが、読書の時間に、同級生の本を初めて手にして、「リング綴じの点訳本でなく、みんなと同じ形のかたい本がほしい」と願い、その希望にこたえようとお母さんとわんぱく文庫が、作り始めました。T君やMちゃんやRさんの望みを形にし、多くの人と共有できるものにする活動には、公共図書館との密な連携が不可欠です。また、全国の図書館の利用者の声と、それにこたえる図書館の方々の働きを、ぜひ、私たちにお聞かせください。
 ご紹介した『点訳絵本の手引き』をご希望の方は、以下のメールにご連絡下されば、実費(送料込)500円でお送りさせていただきます。

■「NPO法人弱視の子どもたちに絵本を」
E-mail:wanpaku.jyakushi@gmail.com
URL:http://www.wanpakubunko.com/npo/

(たなか かづよ:NPO法人弱視の子どもたちに絵本を)

[NDC9:015.17 BSH:1.弱視 2.絵本 3.著作権法]


この記事は、田中加津代.弱視の子どもたちに絵本を:著作権法改正を追い風にして.図書館雑誌.Vol.105,No.7,2011.7,p.460-461.より転載させていただきました。