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著作権法改正と障害者サービス 第6回
著作権法改正と弱視者への読書支援

宇野和博

1.弱視者にとっての著作権法改正の意義と読書障害者の実態

 弱視といっても視力や視機能の程度は人それぞれ異なります。よって、その読書方法も文字を大きく太く拡大すれば読める場合もありますし、音声や点字を使用しているケースもあります。これまで点字や音声については著作権法第37条で著作権の制限が規定されていましたが、拡大文字については33条の拡大教科書しか規定されておりませんでしたので、製作された図書の数においてもボランティアグループの数においても点字図書や録音図書に比べかなり遅れを取っているという状態でした。この格差は、点字図書館でも公共図書館でも拡大図書を製作するには、すべての著作権者と出版社に許諾を得なければ取り掛かれないというもどかしい著作権法上の足かせに起因します。それが2010年からは点字図書館も公共図書館も学校図書館も拡大という媒体を含め、視覚障害者等が「利用可能な方式」による複製が認められましたので、これからは著作権許諾という足かせに悩まされることなく、図書館は拡大図書の製作が行えるようになります。
 それでは、拡大図書にはどのくらいのニーズがあるのでしょうか。視覚障害者約30万人のうち、弱視者は7割とも8割とも言われています。読み書きに困難のある学習障害者の中にもゴシック体のやや大きめの文字が読みやすいという声もありますし、加齢によって視力や認知力が衰えた高齢者も少なくありません。現在、65歳以上の高齢者は約2900万人ということですが、数年後には国民の4人に1人が65歳以上になるとも言われています。仮に高齢者の10人に1人の割合で一般的な活字による読書が困難であるとすると、今日でさえその数は290万人に及びます。高齢になってから点字を習得することはかなり難しいので、そのニーズの多くは音声または拡大文字ということになります。つまり、視覚障害者、読み書きに困難のある学習障害者、読書が困難になった高齢者の数は全国で数百万人に上ると考えられます。

2.求められる多媒体と拡大図書の役割

 「いつでも、どこでも、だれでも」読書できるという理想を目指す上でも、また情報の共有、伝承という本の持つ本来的な意味を考えても、これからの図書館にはさまざまな媒体で本のアクセシビリティを保障し、多くの障害者や高齢者が図書館を利用できるようにしていくことが望まれます。具体的に多くの媒体というのは点字、録音、拡大、電子データなどを意味しますが、点字と録音については既に点字図書館のこれまでの取り組みがありますので、ここでは著作権法改正により製作環境が一変した拡大図書の役割について考えてみます。
 これまで拡大写本ボランティアのエネルギーはほとんどが拡大教科書製作に注がれていましたので、一般図書の拡大版は全国的にもかなり少ないという状況でした。2008年に教科書バリアフリー法が成立し、教科書出版社が拡大教科書を発行するようになってきましたので、拡大写本ボランティアグループも教科書以外の図書の拡大文字化に取り組めるような状況になりつつあります。6歳から18歳までの学齢期に限られますが、2009年度の文部科学省調査では、全国の小・中・高の視覚障害児童、生徒総数6,825名のうち、拡大教科書を必要としているのは2,087名ということです。ただ、いくら図書館が拡大図書を製作しても点字や録音図書のように無料で郵送したり、返送してもらうということが法律上できませんし、それぞれの文字の大きさなどのニーズも一人ひとり異なりますので、やはり拡大図書は地域の公共図書館や学校図書館で実際に手に取って、見て、借りるというのが望ましい姿だと思います。
 ちなみに文部科学省が定めた拡大教科書の標準的な規格では、小学校低学年では22、26、30P、小学校高学年から中学校まででは18、22、26P、高校段階では12~14、18、22、26Pの拡大教科書を発行するよう求めています。また、英国グロスター州公共図書館では16、25Pの拡大図書の製作、貸し出しを行っています。

3.電子書籍が果たせる読書バリアフリーの可能性

 2010年は国民読書年でしたが、電子書籍元年でもありました。電子書籍は読書のバリアフリー化を推進する大きな可能性を秘めている媒体と言えます。電子データの利点を最大限活用し、多くの媒体を保障するという理念は「One Source, Multi Use」の実現にちなげていく必要があります。この考え方は、障害のある人が自分の読みやすいスタイルで読めるように、元の著作物のデータ(One Source)を効率よく変換して、いくつかの媒体で利用(Multi Use)することです。電子データが加工しやすいものであれば、出版社もしくは図書館、ボランティアが、それぞれのニーズに応じて媒体を変換することはそれほど大変なことではありません。もっとも障害者や高齢者がパソコン上で自ら電子書籍を購入し、文字を大きくしたり、合成音声で聞いたり、点字ディスプレイを用いながら本の発売日に時差なく読書を楽しむという日がくるかも知れません。国連障害者の権利条約では、「ユニバーサルデザイン」とは、調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲ですべての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計と定義されています。

4.読書のバリアフリー化と法制度

 このような施策を推進していくためには、それぞれの図書館の取り組み、出版社や電子書籍端末メーカーなどの民間企業の努力、著作権者の理解、ボランティアグループとの連携などの総合的な体制の整備が必要です。そして、障害の有無や年齢、身体的条件に関わらずすべての日本国民が知的で文化的な読書活動に親しめるような環境の整備が望まれます。つまり、情報を発信する側の権利を保護する著作権法と並び、情報入手に困難のある人の読書を保障する「読書バリアフリー法」のような法制度を制定することが望まれます。そして、文字・活字文化に携わる関係者が手を取り合って障害者の自立と社会参加を促進し、知的で文化的な生活を支え合うような共生社会を築き上げたいものです。
 著作権法については、著作権者の許諾を得なくてもバリアフリー図書の作成に取り組める者を政令で点字図書館や公共図書館などに限定するのではなく、非営利で障害者や高齢者の情報を保障しようとするすべてのボランティアや支援者に対象を広げるような日本版Fair Useの導入が求められます。

5.国会図書館や障害者情報提供施設との連携

 日本には公共図書館や学校図書館の他に、法的に書籍のデジタル化が唯一認められている国立国会図書館や点字図書館などのいくつかの図書館の形態があります。最も重要なことはこれらの図書館が総合的なネットワークを構築し、それぞれの図書館の特長を互いに最大限活用し合えるような連携体制を構築することです。国立国会図書館が所蔵する電子図書や視覚障害者情報提供施設が有する点字や録音図書などをそれぞれが共有し、全国に3,100以上ある地域に根ざした公共図書館がその情報発信や利用支援に取り組むことにより、エンドユーザーである読書障害者が個々のニーズに応じた本に一冊でも多く出会えるようになることを期待しております。

(うの かずひろ:筑波大学附属視覚特別支援学校)

[NDC9:015.17 BSH:1.障害者サービス 2.著作権]


この記事は、宇野和博.著作権法改正と弱視者への読書支援.図書館雑誌.Vol.105,No.3,2011.3,p.170-171.より転載させていただきました。