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2009(平成21)年著作権法改正と図書館サービス

山本順一

1.また著作権法が改正され,2010年1月1日に実施

 わたしたち庶民の家計は収入に応じて財布の中のお金のやりくりをしなければならないが,政権が変わったからといって,しまりのない日本の国の財布を預かる政府の支出に見事なメリハリは期待できず,相変わらず国民の借金を積み上げる赤字国債を発行する一方で,必要となる規模の財源を確保するために,庶民から血税を巻き上げる税法はそのつど改正される。税法はその性質上頻繁に改正を余儀なくされる部分をもつが,その税法と比較して負けず劣らず改正を繰り返し,パッチワークをあて続けているのがこの国の著作権法である。2009(平成21)年6月,まさに崩壊の淵にあった自民党政権下でまた著作権法が改正された(法律53号)。本稿では,この2009年改正と図書館サービスとのかかわりについて,簡潔に,しかもできるだけわかりやすく解説することにしたい。

2.法改正の内容

 今回の法改正もまたインターネットの市民生活の深部への普及にともなうものである。ひとつ身近なところをあげれば,従来も権利者側の許諾を得ることなく‘着うた’などの音楽ファイルや映画などの動画ファイルをウェブページ上にアップロードしている違法サイトを取り締まることはできたが,これまではこのような違法サイトにアクセスしてダウンロードし,個人的に楽しむことまでは規制していなかった。ところが,今回はそのような違法複製ファイルを私的にダウンロードすることをも禁止することになった(罰則の定めはないが,不法行為法を超えて権利者側からの損害賠償請求に法的根拠を与えることになる)。表現は不穏当であるが,法定時速を超えて走行している多くの自動車の流れをことごとくネズミ捕りにひっかけるような法律構成である。著作権法30条1項は,自分自身および家族や親しい友人など強い個人的結合関係のなかでの著作物の複製を許容してきたが,この法改正とイメージシティ事件判決(東京地判 平19.5.25)などを重ね合わせると,従来私的領域と考えられていた部分がインターネットにつながっていれば大きく浸潤される結果を招来する。

 あらためて箇条書き的に今回の著作権法改正の内容を確認しておきたい。①(上に述べた)違法配信による音楽・映像の私的複製の違法化(30条1項3号)②国立国会図書館への納入直後のデジタル複製の適法化(31条2項)③障害者向けコンテンツの作成のための複製の合法化(37条3項,37条の2)④ネットオークションにおける美術品等の画像掲載の合法化(47条の2)⑤インターネットサービスプロバイダ(ISP)のミラーリング,バックアップ,キャッシングにともなう複製の合法化(47条の5)⑥情報検索サービスを実施するための複製等の合法化(47条の6)⑦コンピュータ利用情報解析のための複製等の合法化(47条の7)⑧ウェブページ閲覧にともなうキャッシュ等のPC動作に技術的に必要な情報蓄積を複製権侵害としないとの規定の創設(47条の8)⑨裁定制度の拡大によるテレビ番組の二次利用の推進(103条)⑩海賊版DVD等のネットオークションへの出品の罰則付き規制(113条1項2号),これらが今回の著作権法改正の内容である。

3.図書館サービスにかかわる著作権法改正は

 次に,今回の法改正で直接に図書館サービスに大きく関係する規定を押さえることにしたい。

 ひとつは,従来,古代メソポタミアの図書館の昔から6000年の間,利用者は筆記具をもって図書館資料を書写複製してきた(‘図書館の特権’)が,そのことをひそやかに認めた(図書館等における複製)という見出しを掲げた著作権法31条に2項が追加された。従来の31条(2010年1月からは31条1項)によっても,著作権法施行令1条の3に定められた図書館では,著作権の存続期間内にあっても,所蔵資料が劣化すればデジタル化は可能であったが,創設された2項は国立国会図書館に対して,所蔵資料の劣化を待つことなく納入直後に権利処理を要せずデジタル化することを認めた。これによって,国会図書館所蔵資料を歴史的文化財として将来の世代に引き継ぐことができるとする。もっとも,現在のデジタル複製は経年劣化は避けられないず,また再生機器等の安定生産も期待し難いところから,一定の期間で複製を繰り返す必要はある。問題点のひとつは,ナショナルライブラリーの責務を果たすには,このGoogleの後を追うかのようなデジタル複製を歴史遺産の保存にとどめず,企業や一部の富裕な層に限らず知的好奇心に溢れる国民全体の利用につなぐ仕組みが痛切に求められている。

 いまひとつの図書館界が待ちに待っていた改正が,上にあげた③障害者向けコンテンツの作成のための複製の合法化(37条3項,37条の2)である。地域社会の‘知の拠点’であり,授業料を払わなくてよい‘民衆の大学’の理念を掲げる公共図書館の障害者サービスの充実強化には大いに役立つ。視覚障害者については,従前から37条1項により公表された著作物の点訳の主体が限定されていないところから,公共図書館も積極的に点訳に取り組んできたが,中途失明者など多くの視覚障害者は点字が使えず,録音図書に依存していたところ,録音図書の製作は視聴覚障害者情報提供施設(点字図書館)等しか行えなかった。ところが,新たに置かれた37条3項は施行令2条とあいまって,公共図書館に録音図書の製作を認めた。また,聴覚障害者への図書館サービスについては,改正された37条の2と施行令2条の2第1項2号,施行規則2条の2とあいまち,公共図書館は新たに映画や放送番組につき,字幕スーパーや手話の画像の付加された聴覚障害者等用複製物の貸出提供などが可能となった。また,今回の改正は施行令2条等を通じ,視聴覚障害者に限らず発達障害等をもつ者などにも著作権制限の利益を享受させることを明らかにした。

 また,今回の著作権法37条,37条の2の改正で画期的なことは,公共図書館にとどまらず,大学図書館,学校図書館をもその対象に加えたところにある。しかし,日本図書館協会1)および専門図書館協議会2)の著作権法施行令の改正についてのパブリックコメント手続への意見書にあるように,録音図書の製作,聴覚障害者への新たなサービス展開に参加できる図書館は,図書館の複写サービスを定めた著作権法31条1項が対象のひとつとする図書館法2条1項のいう‘図書館’の範囲とは異なり,一般社団法人,一般財団法人が排除され,2008年12月から5年間は残る特例民法法人には言及がなく,専門図書館の少なからずが今回の改正の利益の外に置かれる。また,日本図書館協会の意見書がいうように,障害者の情報アクセスを考えれば病院図書室等や,美術館,博物館も37条,37条の2の適用範囲が及ぶことが望まれる。

 最後に,行政手続法の定めにしたがい実施された今回の著作権法の改正に引き続く政省令のパブリックコメントについて,ひとこと記しておきたい。これは文部科学省だけではなく,政府全体のこととも思われるが,案の公示,パブコメの受付期間,結果公示が極めて短期間のうちに行われる(行政手続条例をもつ地方公共団体の大半も変わるところはない)。パブコメの実施にあたりすでにステークホルダーの意見はすべて聴取済みで成案を得たので,形だけパブコメを行えばよいとの担当者の思いが透かし見える。担当者に限らず,この社会を構成するすべての人たちが多忙で,仕方がないようにも思うが,行政立法過程に国民の声(サイレント・マジョリティ)を真摯に反映するという趣旨には程遠い。

1) http://www.jla.or.jp/kenkai/20091211a.html

2) http://www.jsla.or.jp/pdf/public_comm_091215.pdf

(やまもと じゅんいち:桃山学院大学)

[NDC9:021.2 BSH:1.著作権 2.図書館]


この記事は、山本順一.2009(平成21)年著作権法改正と図書館サービス.図書館雑誌.Vol.104,No.3,2010.3,p.158-159.より転載させていただきました。