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障害のある人々のために本の力を解き放つ

出典: Unlocking the power of books for people with disabilities
Bulletin of the World Health Organization
Volume 89, Number 9, September 2011, 621-700
http://www.who.int/bulletin/volumes/89/9/11-020911/en/index.html#.Tl_7TTIijT

アラビア語版デジタル録音図書の登場は、数多くの心躍る開発成果の一つである。リン・イタニ(Lynn Itani)が報告する。

モハメッド・ソブヒ(Mohamed Sobhi)は、人生の大半を本を読むために苦労しながら生きてきた。視力が低く(メガネや治療あるいは医学的・外科的介入では矯正不可能な両側性障害)、普通の文字サイズの文章を読むことができないので、コピー機を使って拡大することから始めたが、これは時間のかかるプロセスで、しかも大量の紙が発生した。スキャナーが登場してからはコピーの手間を省き、モニター画面で文章を拡大表示するだけにした。しかし大学に進学すると、エジプトのアレクサンドリアに住む現在28歳のソブヒは、自分の選択肢が再び狭まっていることに気付いた。

「参考資料を求めて、何度も図書館の棚に戻らなければなりませんでした。一部の資料は借りることができず、著作権制限のためにコピーを取ることも許されませんでした」と、ソブヒは語る。まさにスタートしようというときに、壁にぶつかったのである。同じくアレクサンドリアに住む31歳のヘバ・コレイフ(Heba Kholeif)の場合、壁はさらに高かった。「私は全盲です」コレイフは言う。「そのために、普通の印刷された資料を読むことは不可能に近いのです」

世界保健機関(WHO)と世界銀行が6月に発行した『障害に関する世界報告書(World Report on Disability)』によれば、10億を超える人々が何らかの障害を抱えて暮らしている。障害問題は物理的なアクセスを阻む障壁について論じられる傾向があり、確かに公共施設や交通機関などの多くの人工的な環境にこの種の障害物が認められるが、その一方で、しばしば「情報時代」と称されるこの時代に直面する最大の障壁の一つは、情報へのアクセスの欠如なのである。ソブヒやコレイフ、そしてその他の視覚障害を抱えて生きる人々にとって、普通の印刷された本を読むことは、特に難しい課題となり得るのだ。

しかし状況は変わり始めている。ソブヒとコレイフにとって最も重要な進展は、DAISYの開発と、比較的最近登場したそのアラビア語版であった。DAISY図書は、テキストと画像および音声ファイルの組み合わせで構成されており、ユーザーは印刷された本をパラパラめくるのと同じような体験ができる。ユーザーはDAISY図書を専用機器で読んだり、コンピューター上で利用するためにソフトウェアをダウンロードしたりすることができる。目が見える人々が見出しをちらりと見て、興味のあるセクションへと飛んで読めるのと同じように、ユーザーが柔軟にナビゲートできるよう、DAISY図書は設計されている。

DAISY国際標準規格を開発、維持、促進する国際非営利団体であるDAISYコンソーシアムの河村宏会長は、「DAISYリーダーはユーザーに多くの機能を提供します」と説明する。文、段落およびページごとのナビゲーションが可能だからだ。

地域の図書館と連携しながら、印刷物を読むことに障害がある人々のために、印刷された資料へのアクセスを提供している政府機関であるスウェーデン国立録音点字図書館とのかかわりの中で、2004年にDAISYについて初めて耳にしたときにコレイフの目を引いたのは、このインタラクティブな機能であった。2005年に同図書館がビブリオテカ・アレクサンドリナ(Bibliotheca Alexandrina)(前アレクサンドリア図書館)でDAISYの研修を行った際に、コレイフはDAISYについてさらに学ぶチャンスに飛びついた。「研修はとても中身の濃いものでした」と、コレイフは語る。「しかし、とても役に立つものでもありました」ソブヒもまた、DAISYの出現以前に利用できるようになっていたさまざまなスクリーンリーダーとTTSソフトウェアパッケージの理解を深めることに熱心に取り組んでいたが、その後、早い段階でDAISYに切り替えた。

コレイフとソブヒの知性と決意は称賛に値するが、2人がともに、ビブリオテカ・アレクサンドリナによるイニシアティブ、特に2007年の、初の視覚障害のある人々および印刷物を読むことに障害がある人々のためのアラビア語版DAISYデジタル録音図書館の設立から恩恵を受けたことは明らかである。設立以来、ビブリオテカ・アレクサンドリナは完全装備の専用録音スタジオを開設し、DAISYソフトウェアおよびハードウェアツールを入手してきた。「アラビア語版のアクセシブルな出版物は現在ほとんど利用できないので、DAISYへの取り組みの中で、この図書館が先頭に立って制作を進めています」と、WHOでアクセシブルな出版物に取り組んでいるジュリア・ダロワジオ(Julia D’Aloisio)技官は語る。

「アラビア語のスクリプトは複雑なので、このプロジェクトは大変難しいです」と、ビブリオテカ・アレクサンドリナのラミア・アブデル・ファッター(Lamia Abdel Fattah)館長代理は述べ、これまでにプロジェクトチームが80を超えるアラビア語版DAISY図書を制作したと誇らしげに告げた。アブデル・ファッターにとっては、情報へのアクセスは何よりもまずエンパワメントの課題なのである。「私たちは、障害にかかわらず、すべてのユーザーがさらなる自立を得て、自分自身の人生を切り開いていかれるように、平等な機会を提供しなければなりません」とアブデル・ファッターは語る。

アレクサンドリアでは有望な開発が進められているにもかかわらず、デジタル録音図書とその他のアクセシブルなフォーマットの評判を広めるためには、やらなければならないことがまだ多く残されている。世界知的所有権機関(WIPO)が情報アクセスの改善に取り組む、ビジョンIP(Vision IP)というイニシアティブによれば、出版から1年以内に点字や音声フォーマットなどのアクセシブルなフォーマットで利用できるようになる本は全体の5%に満たず、視覚障害のある子供の33%と弱視の生徒の47%は、必要なフォーマットによる本を入手できずにいる。「アクセシブルなフォーマットで利用できる情報は、まったくもって十分ではありません」と、WHO障害とリハビリテーションチームの技官で、『障害に関する世界報告書』の編集者兼著者を務めたトム・シェークスピア(Tom Shakespeare)は述べる。

ノルウェーのオスロに住む、重度のディスレクシアを抱える18歳のマイリン・ホルトは、スクリーンリーダーで使用できるウェブサイトやDAISYフォーマットで利用できる図書に見られる完全なアクセシビリティを備えていないものは、何も受け入れられない。「多くの西側諸国でも、DAISYフォーマットの図書を手に入れるには『盲人図書館』に行かなければなりません」と、ホルトは語る。「ディスレクシアの若者は、(視覚障害のない)友達と同じようにしたいと考えています。地元の図書館に行って、棚をザッと見渡して、それから印刷された本とDAISY図書の両方を、カウンターで受け取りたいのです」

シェークスピアによれば、この夢はそう遠くはない将来、現実のものとなる可能性がある。DAISYなどのアクセシブルなフォーマットの制作は、出版社がXMLベースのワークフローを採用すれば、これまで以上に容易に、かつ効率的になるのだ。XMLすなわち拡張可能なマークアップ言語により、出版社は電子書籍やDAISYあるいは大活字本などのアクセシブルな図書を含む複数のブックフォーマットを、単一のソースからコスト効率よく制作できるようになる。

WHOを含む多くの出版社は、アクセシブルなフォーマットによる出版にこの技術を利用している。シェークスピアが指摘するように、『障害に関する世界報告書』は、DAISYをはじめ、アクセシブルなPDF、点字版および読みやすい版など、その他のアクセシブルなフォーマットで利用可能な要約を付けて、国連公用語6言語すべてで発行された。「私たちは、これがWHO史上、またおそらくは国連自体の歴史の中でも、最もアクセシブルな報告書であると信じています」と、シェークスピアは語る。

一方、広く使用されているオープンな電子書籍規格であるEPUBの急速な開発は、視覚障害を抱えて暮らしている人々がさらに多くの本を自由に利用できるようになることを約束する。「EPUBの次のバージョン(EPUB 3)は、DAISYと収束します」と、WHO出版部のメラニー・ロークナー(Melani Lauckner)は言う。「視覚障害のある人々にとって、これは素晴らしいことです。適切な読み上げ機器を使えば、EPUB 3で制作されたすべての出版物が利用できるのですから」

情報へのアクセスは人権である。現在までに149カ国が署名し、2008年5月に発効された国連障害者権利条約で、そのように定義されている。同条約は、情報へのアクセスの権利を含む、障害のあるすべての人々の権利と基本的な自由の完全な実現を求めている。

DAISYやアクセシブルな電子書籍のようなツールを開発することにより、障害のある人々の権利の実現へと一歩近づくが、これらは単なる手段にすぎず、それを必要としている人々によって利用されてこそ価値がある。WIPOビジョンIPイニシアティブの熱心なサポーターである歌手、スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)の言葉にあるように、私たちは障害を抱えながら生きている人々に、「貧困から、また、本のようにシンプルだが強力なものを、心が自由に利用できないときに生じた闇から、抜け出す方法を考えるための手段」を提供しなければならない。