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DAISY版 写真絵本「赤いハイヒール」にことよせて

掲載者コメント

鴻池守さんは、偕成社に長く編集長としてお勤めで、晩年はフリーの編集者として活動されていました。さわる絵本『これ、なあに?』、障害のある子どもたちが描いた絵本『ボスがきた』などの編集に携わり、日本のバリアフリー図書出版の歴史を築いて来られた方です。

DAISY研究センターでは、『マルチメディアDAISYのCD-ROM付き 赤いハイヒール ~ある愛のものがたり~』や『賢者の贈りもの』を製作するにあたり、日本語監修および絵本のレイアウト等でお世話になりました。

2009年1月、『赤いハイヒール』の編集に関するエピソードについて、一度しっかりとお伺いし、DINFに掲載したいと考えました。

鴻池さんにその趣旨をお伝えしたところ、3月4日に原稿をお送りくださいました。その原稿は、DINF編集担当が一部修正を入れ、再度ご確認いただこうとしていたところで、手元に残っていました。

鴻池守さんは、7月29日に永眠されました。

一部修正後の最終確認をしていただいていないままですが、「未来を支える人たちを育むために」という思いをお伝えしたく思い、このまま公開させていただくことにいたしました。

鴻池守さんのご冥福をお祈りするとともに、今後もマルチメディアDAISYおよびバリアフリー図書の普及に寄与してまいります。

2009年8月4日

DAISY版 写真絵本「赤いハイヒール」にことよせて

鴻池 守
2009年3月3日

この本の編集にあたって

この写真絵本は、一般的な写真絵本とCD-ROMディスクのDAISY絵本の2つから成り立っています。私は、前者の一般的な写真絵本の部の日本語監修と、本体の絵本のレイアウトおよびそのDTP作成までの仕事に携わりました。これをDAISY化する仕事は、情報センターの専門スタッフの方々の手になるものです。

じつは、恥ずかしながら私は、この本に携わるまでDAISYなるソフトの存在は知りませんでした。下訳された文章の日本語化(?)にもっぱらエネルギーを注いでいる間に、情報センターの野村美佐子さんからその機能や使命についてのおおよそのお話しをうかがい、はじめて知ったのです。それは障害児者の読書をささえるために、国際的な協力の下に、開発されたソフトであること、多様な機能をもつすぐれたソフトであることなど分かりました。

そのひとつの機能としていま多く利用されているのが音声が出る部分で、かつての盲人用録音図書(カセットテープ)の代わりにCD-ROMディスクとして、主に視覚障害者情報提供施設で大いに使われているようです。視覚障害者たちは、それをPCかDAISY図書再生機にかけて利用しているのです。

これはテープと違ってディスクですから、巻き返しの時間も不用で、聞き直したいところのリピートも訳なくできますし、読み上げるスピードも変えることができ、デジタルなので音程は変わらず不自然さがありません。個人個人の能力に合わせて操作利用できるのです。さらに、PCに点字ディスプレイをつなげば、読み上げられる音声にシンクロしながら出てくる点字を読むことができるのですから、「耳で聞くだけの録音図書」とちがって、指で読むことも可能なのです。なんと、すばらしい!

マルチメディアDAISYの機能と活用、そして普及について

しかしDAISYは、視覚障害児者のためだけのものではないのです。DAISY図書のCD-ROMに組み込まれているLpPlayerまたはAMISという再生ソフトを、手持ちのPCのハードディスクにインストールすると、絵本ならば、絵が出てきて文字も読め、音声にシンクロして、文章にハイライトがつき、読書を得意としない人たちの大いなる助っ人となるのです。

この機能は、近ごろいわれるようになった「ディスレクシア」という読書障害児者のための力強い味方なのです。健常者と同じように機知に富む会話はできるのに、文字がにじんで見えたり、ゆらいで見えたり、かすんで見えたり、鏡文字となって見えていたりするために、通常の印刷物が読みにくい障害、これがディスレクシアです。繰り返しDAISY図書を楽しむうちに、絵→文字→文章→意味・概念がつながるようになる可能性があるです。

一昔前までこの障害は、先生のみならず最愛の家族=親たちからも「なまけもの」との認識のもとに、傷つき、心の病までもたされてしまっていたのです。ですから、これはそうした障害児者への、温かいソフトとハードの福音といえるでしょう。

さて、このようなすばらしい宝のような機能を、より広く一般的に活用することも、DAISY図書の普及には欠かせないことではないでしょうか? たとえば、文字も文章も読めるのに「読書」に弱い人たち、とくにこの国の若い人―中・高・大学生―たち。携帯モバイルやPCの操作は、なぜか好きで得意な若者たちです。この「作り出された読書障害者」たちに、読書の喜びを伝え、豊かな人生を獲得する手がかりをつかんでもらうために、大いに利用普及を進めることが考えられます。それぞれの年齢・読書・知的レベル・興味などに見合う作品群をDAISY図書化して、学校図書館・大学図書館・公共図書館等に備えることも大いに必要なのではないでしょうか? そのための出版企画も立てられて、しかるべきではないかと思います。

「近ごろの若いもんは本を読まない。」などと嘆く前に、彼らの得意な面を利用して読書につなげる「努力」と「行動」を惜しんでは、出版文化の行く末は木枯らしが吹きすさぶだけとなりかねません。

未来を支える人たちを育むために

しかし、そうとはいえ小さな一出版企業だけがんばってみても、自ずと限界があります。その限界を乗り越えるには、関係者はDAISY図書の必要性をより広くより強く認識してもらうキャンペーンをすること、同時に公的支援を引き出すことが肝要です。

厚生労働省は「福祉施策」の、文部科学省は「若年層の教育施策」の一環として大いに予算をはずんでもらいたいのです。福祉や教育というものは、即効性のあるものではありません。ですから、競争や市場原理がわがもの顔で働く分野ではないし、そうしたことになじまない世界なのです。むしろ、これらの分野に必要なことは、長期にわたって支援をおこなうということです。それによってはじめて、世界に誇れるような若年層の「知的レベル」を実現させることができるのではないでしょうか? それがやがて、少子化が進むこの国の宝として育っていくことにつながるものと、私は信じて止みません。


関連情報

赤いハイヒール(DAISY研究センター)
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/multimedia/redhi.html

シンポジウム「バリアフリー図書の普及を願って―図書館と出版の協働」(国立国会図書館国際子ども図書館 2005年7月20日)
http://www.kodomo.go.jp/event/evt/bnum/event2005-6.html

展示会「読書の楽しみをすべての子どもたちに」(国立国会図書館国際子ども図書館 2005年7月21日~9月4日)
http://www.kodomo.go.jp/event/exb/bnum/tenji2005-02.html

JBBY編集者講座第2期 第4回「障害児図書の編集と制作」(2008年7月11日)
(DINF: 障害保健福祉研究情報システム・メールマガジン 第25号(2008年8月18日配信) 【3】ウェブ担当者コラム)
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/form/no25.txt