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ディスレクシアに見られる個人差 レフリー(査読)付き論文

マーガレット・J・スノーリング
ヨーク大学(イギリス)

 ディスレクシアとは、脳に何らかの問題があるために生じるもので、遺伝の可能性が高く、言語障害の一つであると以前から知られている。最も広く受入れられている認知面からのディスレクシアについての説明は、音韻障害が基底にあるというものである。どういうことかと言うと、ディスレクシアの人が読むことを学習する課題に直面したとき、必要な音韻表象が非常に乏しいと考えるとわかりやすい。つまり、彼らの脳が音韻を符号化する(音と文字を組み合わせる)場合、健常に発達している子どもよりも効率が悪いということである。この音韻表象の問題が、行動レベルで多くの様々な典型的な症状を引き起こす。例えば、話しことばの短期記憶障害、ノンワード復唱障害、新しい言語情報に含まれる音韻的の学習障害、語想起の問題や早く呼称できないなどがある(スノーリング、2000年を文献研究として参照のこと)。英語のように音と文字の関係がわかりにくい文字体系をもつ言語の読みを学んでいる場合、音韻意識を発達させることができるかどうかが、ディスレクシアとなるかどうかの主要なポイントとなる。しかし、文字と音の間に規則的な関係があり、個々のことばがどのように構成されているか一貫した情報が得られる分かりやすい言語(例えばイタリア語)ではこの問題はそれほど顕著ではない。そのような言語では、呼称速度が遅いのがディスレクシアの主要な行動上の特徴の1つである。

 読みの発達についての研究は、読みを学習するために音韻表象がどのような役割を持つかを検討するのに役立ち、ディスレクシアの問題を理解するための枠組みを提供する。基本的なレベルで、読みを学習するには、子どもは書かれた単語の文字(書記素)と話しことばの音(音素)の間のマッピング(連合)をしなければならない。文字体系と音韻体系の間のマッピングは、新しいことばを解読し、その後に可能になる自動的に読む技術獲得の基礎を提供するものである。英語では、このマッピングが複数の文字と首尾一貫しないスペルと音の相関性を学ぶための足場も提供する。実は、子どもが文字を書き始めるときによく見られるスペルの「発明」は、話しことばを聞こえたまま音韻的に記したものであるが、将来の読み書きの習得度を最も予測するものの1つである。より広義には、成人にいたる発達途上、音韻と読みの能力間の強い関係は続くのであり、大人になってもディスレクシアの場合、音韻障害は残るのである(スノーリングら、1997年)。

 しかし、読みのシステムには音を文字に変える解読以上の要素が含まれ、文字の連なりを音にしていくマッピングの方法は1つではない。読みの下位システムであるが、文字・意味・音韻間のマッピングを作り出していくことは、英語の文字-音の規則に従わない不規則語(例、sign、guest)を読むために重要である(プラウトら、1996年)。こういった下位システムもまた、意味および統語的文脈の影響を受けてすらすら読む能力が発達する上で役割を果たしているのかもしれない(ネーションとスノーリング、1998年)。この経路の発達に、意味に基づいた処理能力が関与しているということには、言語発達に問題がある子どもにとっては、抽象的で低頻度であり、文字-音の連合では扱えない不規則語の読みが特に難しいということを意味する。

 こういった読みの発達モデルは、音韻表象レベルの障害が、ディスレクシアの子どもの読む能力の発達を阻害していると捉える(スノーリング、ヒューム、ネーション、1997年)。その結果、ディスレクシアの子どもはいずれ単語の読みを学べるが(おそらく、文脈に大きく依存して)、この知識を常に応用できるとは限らない。このために英語のディスレクシアではノンワードの読みができないのである。対照的に、ディスレクシアは定義上は意味を使うスキルは健常であるため、このスキルを使って不規則語の読みの発達を促進することができる。

 このように読みの学習とは、子どもが持つ全ての言語能力を使って行う複合的なプロセスである。このように考えると、発達過程で個人差が生じることになる。しかし、ディスレクシアの子どもをサブタイプに分けるのは役に立たないと思われる。なぜならば、どのような分類法を使っても、分類できない子どもがたくさんいるからである(キャッスルとコルザート、1993年を参照)。むしろ、音韻意識や音韻記憶の課題をどれくらいできるかという成績から音韻処理上の個人差を測定し、それからノンワードの読みにおける個人差を予想できる。さらに、音韻障害の程度が重いほど、ノンワードの読みの障害が大きくなる。これとは対照的に、不規則語の読みにおける個人差は、読みの経験に結びついている。このことは、英語の文字体系に含まれる非一貫性についての習得は、書いた文字に接することが必要であるという事実を示している。不規則語の読みは、書記素-音素のマッピングを土台に構築される一方で、意味にも支えられている。ディスレクシアの子どもの中には、不規則語の読みを文字-音の解読スキルとは無関係に発達させ、行動レベルで「音韻的ディスレクシア」のパターンが作り出されている場合があるのかもしれない。

 従って、ディスレクシアは音韻的欠陥を持つという考え方だけでは、この障害の行動特徴を全て説明しえないが、健常な読み書きの発達理論とは一致する。また、この考え方から治療法も生まれてくる。音韻意識の指導を体系的な読みの指導と組み合わせた指導が、読み誤りの防止とディスレクシアの読みの困難改善の両方で効果があると認められてきている。しかし、音韻スキルとその他の言語能力の関係についてはほとんど知られていない。発達性の読み障害では、意味的スキルと音韻的スキルが独立していることは明らかであるが(ネーション、マーシャル、スノーリング、2000年)、ディスレクシアの読みの問題の基底にあると考えられている音韻的欠陥が、子こどもの話しことばの発達とどのように関係しているのかはまだ分からない。

 私たちは、第一度近親者にディスレクシアの患者を持つ、遺伝により発現が疑われる4-8歳の子どもたちの追跡調査をして、ディスレクシアの早期の言語における先行条件を研究している(ギャラファー、フリス、スノーリング、2000年)。最初の調査結果では、このリスクの高いグループの60%以上に読み書きの問題が生じている。問題が生じた子どもは、就学前にスピーチの問題や言語発達の遅れを示し、6歳では音韻意識が乏しく、同時に、文字-音の関係に必要な読み書きの課題にも困難を示した。これとは対照的に、このリスクの高いグループで、後に普通に読めるようになった子どもでは、幼児期の言語発達やメタ音韻的発達について社会経済的な環境要因が同質である比較統制群となんら変わりはなかった。しかし、驚いたことに、このリスクの高いグループで、後に普通に読めるようになった子どもも、6歳の時には読みや書きで文字-音の知識を使う能力で、ディスレクシアの子ども達と同様の障害を生じていたことが判明した。従って、この子どもたちは、「書記素-音素」の障害を、おそらく、優れた言語能力を利用して補い、8歳までに普通に読めるようになれるという結論を出さねばならない。

 「リスクのある子ども」の研究結果は、ディスレクシアの生物学的説明と矛盾しない。リスクの高い子どもがディスレクシアとなる割合は、その両親の読み書き障害の重症度(および持続性)に直接に比例していた。4歳児に認められた最初の行動上の症状は、文字の知識が乏しいことだった。次に、文字の知識と話す能力の発達により6歳で音韻意識が高まり、これがその後の単語レベルの読みと文字-音の解読スキルの発達を予測する重要な能力となる。6-8歳の読み書き能力の発達段階で、書記素-音素の知識の重要な役割は、ディスレクシアのノンワードの読み障害を示す研究と矛盾しない。しかし、重要なことには、ディスレクシア「気味」の子ども達は、書記素-音素の知識の障害を埋め合わせることができた。これらの症状が出ていない子ども達に、例えば、すらすら読む能力の発達など、後期の発達段階での読み書きに問題が出てくるかどうかはまだ研究の余地がある。

 結論として、中でも私たちの研究室の認知についての研究では、ディスレクシアの中心の問題は音韻であることが示された。しかし、その障害がどのように行動に表れるかは、音韻障害の程度、意味を使うスキルの上達度、子どもが受けている教育、子どもが習得している言語によって異なる。

参考文献

Castles,A. and Coltheart, M(1993) Varieties of developmental dyslexia Cognition 47、149-180

Gallagher, A., Frith, U., & Snowling,M.J.(2000). Precursors of literacy-delay among children at genetic-delay among children at genetic risk of dyslexia.

Journal of Child Psychology and Psychiatry, 41, 203-213.

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Nation, K., Marshall, C., & Snowling, MJ(2001).Phonological and semantic contributions to children’s picture naming skills: Evidence from children with developmental reading disorders.

Language and Cognitive Processes.

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Snowling, M.J.(2000). Dyslexia. Blackwell, Oxford

Snowling, M.J.,Hulme, C., & Nation, K(1997). A connectionist perspective on the development of reading skills in children. Trends in Cognitive Science, 1, 88-91

Snowling, M.J., Nation, K., Moxham,P., Gallagher, A., & Frith, U. (1997).Phonological processing deficits in dyslexic students: a preliminary account. Journal of Reserch in Reading, 20, 31-34.