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図書館等のためのわかりやすい資料提供ガイドライン

6. 電子的な技術の活用

紙の出版物をわかりやすくする工夫と共に、アクセシブルな電子的な出版物として知識と情報をわかりやすく提示する工夫もさまざまに行われている。電子的な情報提示の方法には、文書をスキャナーで読み取って拡大、読み上げ、点訳をするシステムや、コンピュータの画面を読むスクリーンリーダ、拡大読書器等の支援機器、ビデオ、コンピュータ・アプリケーション、放送等々多岐にわたる。

しかしながら、本ガイドラインを編集するに至った「背景」で述べたように、マラケシュ条約はすでに発効し、障害を理由として資料アクセスを阻まれた人々のために、世界中の図書館等が製作したDAISYとEPUB形式のアクセシブルな電子出版物のグローバルなネットワークによる提供が始まろうとしている。この好機を活用するために、ここでは、著作権法で特に図書館に託されている障害者のための代替資料の製作、収集および提供の機能を最大限に活用する方法について記す。

【DAISYとは】

DAISYは「Digital Accessible Information SYstem」の略称で、日本語では「アクセシブルな情報システム」と訳されるデジタル録音図書の国際標準規格である。1996年5月に非営利の国際共同開発機構として設立されたDAISYコンソーシアムがその開発と維持を担っている。当初は視覚障害が対象であったが、現在は、ディスレクシアなどの認知の障害、パーキンソン病、高次脳機能障害、本をもちページをめくる身体機能の制約など、さまざまな心身の条件のために普通の紙に印刷された出版物を読むことが困難な障害(プリントディスアビリティ)と、言語の問題で読むことが難しい人々にも使われている。

DAISYの第1の特長は、紙の本と同様に目次やページを使って自由自在に文書内の好きなところに飛べるナビゲーションという機能である。ナビゲーション機能は、テキストのあるDAISY図書だけでなく、音と目次だけのDAISY録音図書でも保障されている。

DAISYの第2の特長は、テキストや画像の表示と音声を同期させることができるマルチメディアの電子出版技術である点である。読み上げ音声にともなってハイライト表示されるテキストが集中を助けるという利用者も多い。DAISY図書の読み上げ音声は、人間の朗読の場合もあるし、TTS(音声合成エンジン)で読み上げる場合もある。あらかじめ音声を入れておけば、読者は録音とTTSとのどちらでも選ぶことができる。TTSが間違いなく読めるところはTTSに読ませ、TTSが正確に読めない固有名詞などは、録音音声に切り替えて読み上げる新聞の製作例もある。盲ろう者や点字で読みたい人は、点字ディスプレイを用いてDAISY図書のテキストを点字で読むことも可能である。

第3の特長は、テキストと音声を含むDAISY規格のコンテンツを一つ作れば、文字の大きさやフォントの種類、行間、文字色と背景色の組み合わせなどの見え方の調整と、読み上げのオン・オフ、読み上げ速度、読み上げ音声の種類などを、プレイヤー側で設定できるワンソース・マルチユースの考え方を採用していることである。

第4の特長は、無償のオープンスタンダード開発という戦略の成功である。この国際標準化が功を奏して世界中で標準として採択された結果、再生ツールを、パソコン、携帯電話、iPadなどのタブレット、音だけでネット検索をしてDAISY録音図書をダウンロードできる専用プレイヤーなどの幅広い選択肢から、用途に応じて選ぶことができる。

現在電子出版の国際標準規格となっているEPUBの最新版であるEPUB3.1は、DAISYコンソーシアムが中心になって開発したDAISYと同等かそれ以上のアクセシビリティを備えており、最新版のDAISY規格として位置づけられている。

6.1 わかる情報経路を選べるようにする

障害を理由として図書館資料がわかりにくい主な理由の一つに、出版者側は読者が平均的な視覚による認知を想定して出版しているのだが、総人口の20%以上がそれでは内容理解が難しいというズレがあることだ。このズレを是正するためには、視覚、聴覚、触覚の三つの情報経路のそれぞれにおける工夫と、複数の経路を同時に用いて理解を助ける方法とがある。

紙の出版物にはない特長を備えてはいるが、電子出版物は必ず何らかの再生システムを必要とするので、図書館が使い勝手のよい魅力的な再生システムを用意して、特に最初の利用指導を丁寧に行うことが肝要である。

【視覚を活用した調整】

DAISYおよびアクセシブルなEPUBの形式の電子出版物は、適切な再生システムを選択すれば、文字の大きさと形、文字色と背景色および図表の配色の組み合わせ、行間、注記やルビおよび見出し等の提示方法を、読者のニーズに合わせ調整しつつ、音声読み上げの際に、今どこを読み上げているのかをわかるようにハイライトして提示することができる。その際に、紙の資料をわかりやすくするためのノウハウのすべてを使うことができる。すべての漢字にルビを振ることで読書に取り組めるようになる人や、ルビの色を変えてほしいという利用者もいる。これらの個別のニーズに効率的に対応するには、それぞれコンテンツを別に作るのではなく、一つのコンテンツを、再生ツールの機能によって、さまざまな利用者のニーズに即した形で提示することが重要である。

また、DAISYとアクセシブルなEPUBは、目次や見出し、ページ番号、テキスト検索、しおりなどの機能を使って、資料の中を的確に移動するナビゲーション機能があり、特に専門的な資料に取り組む際によい読書環境を提供することができる。

【聴覚を活用した調整】

日本語の漢字かな交じり文の資料では理解が困難だが、聴覚からことばとして情報が入手できればよくわかる人々も多い。このような読者には、DAISYに代表される読み上げ機能のある電子出版物を提供することで、わかりやすさを確保できることが多い。テキストを含むマルチメディアのDAISY図書であれば、あらかじめ収録してある朗読音声の他に、再生システムがもつ合成音声による読み上げも選択できるので、利用者が最も聞きやすい音声によるちょうどよい再生速度での読書ができる。もちろん、必要なところをワンタッチで繰り返し聞いたり、注も含めて読むか、注は飛ばして本文だけを読むかの設定もできる。

主として聴覚による読書においても、視力がある人のためには、同時に漢字にルビを振った文章や図版も提示した方が理解しやすい人も多いが、中には、視力はあっても音声だけに集中した方がわかりやすいという人もいる。

なお、図版には、読み上げの際に必要となる適切な名前または簡潔な解説文を必ず付けておく必要がある。

【動画とテキストの同期】

機器の取り扱い説明書に代表される動作に関する説明資料が動画で提供されることが増えている。ピンポイントで目的とする動画が手に入ればわかりやすい場合でも、図書のように目次や見出しがない動画は、目的とする場所を見つけるのに苦労することが多い。

また、聴覚に障害があるか、あるいは両親が手話を話す家庭で育って手話を第一言語とする人々には、文法が異なる文字で書かれた文書は、ふだん自分が話していない外国語を読むのに等しい。文章を自分の言語である手話の動画で理解したいという強いニーズがある。

更に、超高齢社会の日本では、加齢と共に機能が衰える聴覚と視覚の両方に障害を抱える人々が急速に増加しており、弱視難聴の人々にもわかりやすい資料が必要である。

これらのニーズに応えるために、手話ビデオや手話アプリケーションは一部で製作されているが、図書と同様のナビゲーション機能があり、そして目次や見出しの機能をもち、図書のように簡単に引用と検索ができて、盲ろう者にもわかりやすい動画とテキストが同期する資料の手話で読める出版物の提供は開発途上である。

6.2 同期した複数の情報経路の活用

絵本を読み始めた幼児に、指でさし示しながら読んであげると、視線がよそに行くことなく集中し、理解しやすくなることが一般に経験されている。読み上げている声を耳で聞きながら、読み上げている部分を視線が追うことによる効果とされる。

[音声と読み上げ個所の同期した提示の効果]

図1 DAISY仕様の「浦河べてるの家 津波避難マニュアル」の一部
図1 DAISY仕様の「浦河べてるの家 津波避難マニュアル」の一部(図の内容)

読み上げ機能と共に、読み上げている個所をハイライト等で画面上に提示できるマルチメディア仕様の電子出版物は、文章を読んで理解することが困難な子供や大人に、読み上げ音声によって理解を助けると共に、読み上げている位置を示すことによって、文章や図版を見ることを促して集中を助け、文書を読んで理解するスキルの発達を促す効果があると考えられている。

読み上げに使う音声を工夫することによって、より集中を高めることもできるが、逆に音声の選択を誤ると集中を妨げることもあるので、音声の選択は重要である。

新しく知識やスキルを獲得することが困難な人々のために制作するマニュアル等の場合には、適切な音声と具体的で身近な素材を画面に提示することによって、より正確な理解を促進する効果をあげることが期待される。9)

[同音異義語の理解を助ける機能]

音声だけによる読書では、日本語の人名や地名、商品名などの同音異義の固有名詞を正しく理解することは困難である。わかりやすさの大前提である固有名詞の正確な理解に必要な情報である漢字と読みの両方の情報が正確に提示される必要がある。国語の教科書の場合は、初出の漢字にルビが振ってあり、読みに障害を抱える児童生徒が使うデイジー教科書は教科書通りのルビ振りを基本として製作され、リクエストに応じてすべての漢字にルビのついた総ルビ版も製作される。ボランティアが全国的にネットワークを組んで製作し提供しているデイジー教科書は、このように読むことに障害を抱える児童生徒のニーズに合わせて、漢字とルビの両方を視覚的に提示すると共に、読み上げによる耳からの情報提示も併せて提供して、正確な理解を支援している。

また、DAISY仕様のマルチメディア出版物に対応するプレイヤーの中には、総ルビの提示を自動化しているものもある。

6.3 対話形式によるわかりやすさ

出版物を電子化した時に可能になる新しい機能の一つに図書の対話型の利用がある。対話型とは、読者が入力する情報に基づいて次に提示される情報が選択されるように設計されていることを指している。

たとえば、学習参考書の学習単元の最後に選択肢から正しい答を選ぶ設問があり、正答すると次の単元に進み、誤っている時はその問題に関係する部分が提示されて、そこを読むことを促される。その後にまた改めて問題が提示されて、正答できるようになるまで、必要な関連個所をくまなく学ぶように設計することもできる。

対話機能をもつ電子出版物は、内容が正しく理解されたかどうかをチェックし、理解を支援するための情報を提示するなどのさまざまな読書支援の可能性をもつ。特にネットワークと接続できる環境では、オンラインの読書支援サービスや、必要な時にすぐに支援を受けられるリアルタイムの支援を組み込んで設計することもできる。

6.4 今後の課題

電子的技術は、資金をつぎ込めばいくらでも新しい機能をもつものを実験室で動かすことができる。しかしこれらの新しいものと、実際に誰でも使えるものとの距離が非常に大きい場合が多いのも事実である。また、動作は同じでも、利用者一人当たりの多大な資金と労力が必要となることが利用の障壁になるものと、最初の製作にはある程度のコストがかかっても、ある程度の利用者の数が得られれば一人当たりのコストが十分入手可能なところまで下がるものもある。

電子的技術とこれまでに蓄積されてきた「わかりやすさ」を実現する手法とを統合すると、何が可能になるのか確かめるべき課題は多い。多くの読書に障害がある利用者は、どうすれば自分が電子出版物の内容を理解できるようになるかを知らない。実際に利用を体験して、読書の障壁が解消されることがわかって初めて、その解決策を手に入れたいという要求が利用者から出てくる。

電子的な技術を活用するための留意点は、すでに利用者によって有効性が確認されている成功事例を広め、まだ解決できていない読書上の課題を明らかにし、その解決に効果が期待できる手法について、製作から提供までの全過程のコストとその持続性を考慮に入れた研究開発を意欲的に進めて、製作者と利用者の双方による評価を得ることである。

電子出版とWebのアクセシビリティに関する国際標準の開発と普及に日本からも積極的に連携して開発を進めることも、開発成果の持続性の確保に不可欠である。


9) 浦河べてるの家で使われて、その効果が東日本大震災の津波避難で確認されたDAISY版津波避難マニュアルのダウンロード先:http://www.normanet.ne.jp/~atdo/download.html