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研究室でのLLブック制作の取り組み

専修大学文学部教授  野口 武悟

1.はじめに

 みなさんは、LLブックをご存じだろうか。はじめて聞いたという人もいるかもしれない。いや、むしろ、そういう人のほうが多いというのが日本の現状だろう。筆者の研究室では、現在、ゼミナール活動の一環としてLLブックの制作に取り組んでいるのだが、本稿ではその経緯と制作活動の概要を中心に報告したいと思う。

2.LLブックとは何か

 LLブックとは何なのかをはじめに説明しておかなければならないだろう。
 LLブックのLLはスウェーデン語のLättläst(やさしく読みやすい)の略であり、つまり、LLブックは"やさしく読みやすい本"という意味である。ただし、"やさしく読みやすい本"といっても、乳幼児や小学生くらいまでの子どもを対象とした作品のことではない。知的障害などの障害があったり日本語を母語としていないなどのために読むことに困難を伴いがちな中学生以上の青年(ヤングアダルト層)や成人を対象に、生活年齢にあった内容のものを提供しようというのがLLブックのコンセプトである。
 LLブックは、基本的には1つのページが、やさしく読みやすく書かれた文章、その文章の内容を示したピクトグラム(絵記号)(図1)、絵や写真から構成されている。

図1 ピクトグラムの例

図1 ピクトグラムの例

出典:野口武悟編著『一人ひとりの読書を支える学校図書館:特別支援教育から見えてくるニーズとサポート』読書工房、2010年、p.87

 スウェーデンなどの福祉先進国ではLLブックの形態でさまざまなタイトルの作品が出版されている。しかし、日本では、書店などでの購入という形で入手可能な作品はきわめて少数である。例えば、ロッタ・ソールセン文/ビョーン・アーベリン写真/中村冬美訳『赤いハイヒール―ある愛のものがたり―』(日本障害者リハビリテーション協会)、スティーナ・アンデション文/エバ・べーンリード写真/寺尾三郎訳『山頂にむかって』(愛育社)、マーツ・フォーシュ文/エリア・レンピネン写真/寺尾三郎訳『リーサのたのしい一日―乗りものサービスのバスがくる―』(愛育社)、内田由美文/西矢育子絵/大阪府立金剛コロニーAAC研究班監修『ひろみとまゆこの2人だけのがいしゅつ―バスにのってまちまで』(清風堂書店出版部)などの数作品である。LLブックの認知度を高めることと、作品数を増やすことが主だった課題といえるだろう。
 なお、LLブックの理念や歴史、定義などについては、藤澤和子・服部敦司編著『LLブックを届ける:やさしく読める本を知的障害・自閉症のある読者へ』(読書工房、2009年)に詳しいので、ぜひお読みいただきたい。

3.研究室でのLLブック制作

3.1研究室の概要

 筆者は、専修大学文学部人文学科に開設されていた副専攻コース(「テーマ学習」という名称)の情報メディア研究分野の担当教員として2006年度に着任した(あわせて、司書課程及び司書教諭課程を担当)。情報メディア研究分野には、2つの研究室・ゼミナール(マスコミュニケーションと図書館情報学)が設けられており、このうち図書館情報学の研究室とゼミナールを筆者は担当することになった。
 2006年度からしばらくの間、筆者の研究室では、図書館情報学の基本文献を講読するという古典的な形式のゼミナールを行っていた。そもそも、筆者の研究室のゼミナールを希望する学生は、司書課程を受講し、図書館関係のテーマで卒業論文を書きたい学生がほとんどだったので、文献講読形式のゼミナールで学生のニーズを十分に満たすことができた。
 ところが、2010年度に文学部の改組が行われることになり、ゼミナールの形式や内容を見直すこととした。改組後に筆者が配置換えになる学科では、司書課程を受講する学生以外もゼミナールに受け入れなければならないからである。
 筆者が配置換えとなったのは、文学部に新設された人文・ジャーナリズム学科であった。この学科には、ジャーナリズム、生涯学習、東西文化の3コースが設けられた。筆者の研究室・ゼミナールは、ジャーナリズムコースの5研究室・ゼミナール(メディア法、新聞学、放送学、出版学、図書館情報学)のうちの1つという位置づけになり、現在に至っている。

3.2 ゼミ活動とLLブック

 人文・ジャーナリズム学科では、3年次になると、学生の希望をふまえて、研究室とゼミナールに配属されることになっている(2014年度入学生以降は2年次から配属)。
 前述のように、図書館だけに限らず、ジャーナリズムやメディア系の学生ニーズへも対応する必要が出てきた。そこで、筆者が専門とする障害者サービスや情報保障に関するこれまでの研究を活かし、さらに社会に還元できる内容のゼミナール活動を模索して、人文・ジャーナリズム学科の一期生が配属となる2012年度からLLブックの制作に取り組むことにした。
 LLブックに着目したのは、同じくアクセシブルなメディアであるマルチメディアDAISYよりも入手可能な作品が少ないこと、推進や普及に取り組む法人化された組織が存在しないこと、などの理由による。

3.3 LLブック制作のプロセス

 LLブック制作の取り組みは、3年次の学生を対象としたゼミナール活動として行っている(4年次は卒業論文に集中してもらっている)。

(1)2012年度

 2012年度は、小田急電鉄株式会社にご協力いただき、友人2人が新宿駅から小田急ロマンスカーに乗って江の島に旅をするというストーリーの作品『タカとハルの江の島のたび~小田急ロマンスカーにのって~(LLブックにチャレンジシリーズ①)』を制作した(図2、図3)。知的障害のある人の読書ニーズとして、旅行や鉄道に関する作品へのニーズが高いという調査結果をふまえてのものである。当初は年度内に完成させる予定であったが、取材や執筆に予想外に時間がかかり、完成は翌年度にずれ込んでしまった。

図2 『タカとハルの江の島のたび』の表紙

図2 『タカとハルの江の島のたび』の表紙

図3 『タカとハルの江の島のたび』の1ページ

図3 『タカとハルの江の島のたび』の1ページ

 主な完成までのプロセスは、次の通りである。

4月~7月:さまざまな読者の読書特性・ニーズとLLブックを含むアクセシブルなメディア(資料)についての基礎を学ぶ(テキストとして、藤澤和子・服部敦司編著『LLブックを届ける:やさしく読める本を知的障害・自閉症のある読者へ』(読書工房、2009年)、『読みやすい図書のためのIFLA指針(ガイドライン)改訂版』(日本図書館協会、2012年)などを用いる)

7月~9月:LLブック作品のテーマを検討する(特別支援学校などにもヒアリング)

10月~2月:取材・執筆(小田急電鉄株式会社のご協力を得る)

2月~6月:編集・刊行(本学兼任講師の成松一郎さんが代表を務める出版社の有限会社読書工房に編集のご協力を得る)

7月:『タカとハルの江の島のたび~小田急ロマンスカーにのって~(LLブックにチャレンジシリーズ①)』完成(120部印刷)

 完成後の作品は、東京や神奈川の公立図書館、特別支援学校、福祉施設を中心に寄贈し、おおむね好評であった。また、全国各地からも寄贈依頼があったため、希望する公立図書館などにお贈りした。
 なお、本作品は、(公財)伊藤忠記念財団電子図書普及事業部のご協力によってマルチメディアDAISY化し(図4)、同財団が全国に寄贈しているマルチメディアDAISY作品シリーズ「わいわい文庫2014」(2014年4月頒布)に採録されている。

図4 『タカとハルの江の島のたび』のマルチメディアDAISY版

図4 『タカとハルの江の島のたび』のマルチメディアDAISY版

(2)2013年度~

 2013年度は、大手化粧品会社にご協力いただき、はじめてメイクをしてみたいと思う女性のためにナチュラルメイクのやり方を紹介する作品『はじめてのメイク(LLブックにチャレンジシリーズ②)』を制作した(図5)。制作のプロセスは、2012年度とほぼ同様であったが、本作品については年度内に完成させることができた。2014年9月現在、希望する公立図書館、特別支援学校、福祉施設に寄贈している。

図5 『はじめてのメイク』の表紙

図5 『はじめてのメイク』の表紙

 2014年度も、引き続き、3作品目のLLブック制作に向けて準備を進めているところである。一定のニーズのあるお菓子づくりが作品テーマになる予定である。

4.おわりに

 日本国内で入手可能なLLブックの作品はまだ少数にとどまる。筆者の研究室のゼミナール活動を通して、ほんのわずかかもしれないが、LLブックの普及と発展に資していければと考えている。まだ始まったばかりの取り組みであり、今後に向けてのアイデアやご意見、ご示唆をいただけると幸いである。

付記

 本稿は、2014年1月に大阪市立中央図書館で開催された「第8回LLブックセミナー」(知的障害・自閉症児者のための読書活動を進める会、大阪市立中央図書館共催)における筆者の講演「特別支援学校の図書館をめぐる最近の動向と、私の研究室でのLLブック制作」の内容をもとに、その後の状況などを加筆・修正したものである。