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ディスレクシアの人々のための図書館サービス

ギッダ・スカット・ニールセン
ヨーロッパディスレクシア協会理事

項目 内容
会議名 2006年 IFLA(国際図書館連盟)年次大会<韓国 ソウル> 「図書館利用に障害のある人々へのサービス」(LSDP:Libraries Serving Disadvantaged Persons)分科会
発表年月 2006年8月22日
原文 Library Services to Persons with Dyslexia

要約

どんな言葉かは関係ない―ディスレクシアはどこででも見られる!

世界の人口の8%から10%はディスレクシアであると推定されている。ディスレクシア或いは特異的学習障害は、文字の世界においては深刻な障害である。ディスレクシアは目に見えない障害なので、多くの人々にとってディスレクシアの人の問題を理解することは難しい。図書館には、この障害を抱える多くの利用者が、他の市民と平等な条件で情報にアクセスできるよう支援する責任がある。

文化、文学および情報にアクセスする民主的な権利は、読みの障害を抱える人々を含め、すべての人に与えられている。すべての国民が社会で役割を果たすための情報を得られることが非常に重要である。そしてすべての国民が民主的な権利を行使し、自分自身の生活を管理するために、十分な情報が提供されなければならない。

この論文では図書館がどのようにディスレクシアの人々を受け入れたらよいか、その例を提供し、適切なサービスや資料を紹介する。すべてのスタッフは、ディスレクシアのような「見えない」障害を含め、障害について十分な知識を持つ必要がある。また、図書館はディスレクシアの人々にとってアクセシブルでなければならず、ディスレクシアの人々のために設計されたコンピュータープログラムを含む、読みの問題を抱える人のために特別に作られた図書や、CDおよびその他のメディアによる資料を提供するべきである。

参考文献:ギッダ・スカット・ニールセン、ブリギッタ・イルヴォール共著 ディスレクシアのための図書館サービスのガイドライン 2001年 IFLA障害者サービス部門の後援により出版

どこででも見られるディスレクシア

1999年にバンコクで開催されたIFLA会議において、ヨーロッパディスレクシア協会(EDA)はIFLA障害者サービス部門(LSDP)と共同で、「どこの国かは関係ない――ディスレクシアはどこででも見られる」および「どんな言葉かは関係ない――ディスレクシアはどこででも見られる」と題するポスター展示会を開いた。世界中の多くの図書館関係者が展示会場を訪れ、ディスレクシアが何であるか、そしてディスレクシアの人々に対して図書館がどんなサービスを提供できるかを学ぶことに多大な関心を示した。

2001年にボストンで開かれたIFLA会議で、LSDPの「ディスレクシアのための図書館サービスのガイドライン」が紹介された際にも、会議の参加者たちは大きな関心を示した。それ以来、ディスレクシアのためのガイドラインは、すべてのIFLA公式言語を含む数ヶ国語に翻訳されてきた。

このように広く関心を集めているにもかかわらず、世界の図書館でディスレクシアの人々を含むすべての利用者に平等なサービスを提供するという目標が達成されるまでには、まだ長い道のりをたどらなくてはならない。

かなりの数に上るディスレクシア

私たちはディスレクシアが少数の人々の話ではないということを、常に心に留めておかなければならない。EDAは世界の全人口の8%から10%がディスレクシアであると推定している。そのうち約2%から3%は重症で、まったく読むことができない。つまりこれは何百万人もの人々の話であり、私たちには図書館司書として、このような利用者にもサービスを拡大する責任がある。

ディスレクシアはあらゆる文化に存在し、すべての社会的集団に影響を与える。ディスレクシアは知的障害、感覚器官の障害、情緒障害、或いは文化的窮乏が原因で起こるものではないということを、しっかりと抑えておくことが重要である。ディスレクシアの人々の知的レベルは一般の人々とまったく変わらない。著名人の中にも、たとえばアルバート・アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ニールズ・ボーア、オーギュスト・ロダン、そしてハンス・クリスチャン・アンデルセンなどのディスレクシアの人がいる。

すべての図書館スタッフの責務

文化、文学および情報へアクセスする民主的な権利は、読みの障害を抱える人々を含め、すべての人に与えられている。すべての国民が社会への完全参加を可能にするための情報を得られるようにしなければならない。生活の質も重要な要素である。読むことを通じて、人は他人と考えや思想、経験を共有できる。

多くのディスレクシアの人々にとって、勇気を出して図書館に足を踏み入れることは本当に難しい。そのため、読みの障害を抱える人々が図書館を訪れるとき、常に十分に配慮されたサービスを受けられるようにすることが、図書館員の責務である。

ディスレクシアの人々は、自尊心が低いことが多い。学生時代には挫折感を味わうことが多く、そのために傷つきやすくなる。そこで一般に図書館になじみが薄いこのような人々が、図書館を訪れたときに居心地が良く感じられるよう、特に配慮しなければならない。それには、図書館員の態度を変えることや、ディスレクシアの図書館利用者への適切な対処の仕方や支援方法を図書館員に教えることなどが考えられる。

図書館員の中には、読みの障害を抱える利用者は、他の利用者に比べて「面倒」で、あまり「興味を惹かれない」と考える者さえいるかもしれない。このような態度は図書館員養成学校での不適切な研修や、様々な障害についての知識に欠けていることに由来するといえる。

私たちは、文字に頼るこの世界では、ディスレクシアは深刻な障害であるということを、常に心に留めておかなくてはならない。そしてディスレクシアが「見えない」障害であるために、他の人の共感や、理解を得ることが特に難しいということも覚えておくべきである。視覚障害のある人や車椅子の人のほうが、この人には特別な支援が必要だということがわかりやすい。

障壁を越えて

ディスレクシアの人々の多くは、図書館は自分たちがいる場所ではないと感じ、図書館の「扉」の向こうへ入って行くことをためらっている。そこで、勇気を奮い起こして入ってきたディスレクシアの人には、自分は歓迎されている、と感じられるようにしなければならない。

ここで1996年にスウェーデンの4つの県立図書館により出版された「わたしはばかじゃなかった。13人のディスレクシアの人たちの要求」という本の一節を紹介したい。この本では、ディスレクシアの人が初めて公共図書館に入るときにどのように感じるかを分かりやすく描写している。英語への翻訳は私が担当した。ロジャーは42歳で、重度の読みの障害を抱えている。ロジャーは図書館に行ってみようと決心した―扉の向こうへ!しかし、それは容易ではない。

「入ろうか、いや、よそうか。」

すぐに図書館に着いたが、私はまだ車の中で座り続けていた。私は心の中で葛藤 していた。やめるべきか、入るべきか。図書館は古くて、狭い部屋がいくつもあ るのだろう。暗くて、床から天井まで本がぎっしりあって。先生が座っていた学校 の図書室のように。学校を出てからは、そのような場所には行ったことがなかっ た。1度も。

どもってしまって、一言もしゃべれなくなるだろう、と私は考えた。ボーリング の本。たぶんまわりの人は立ち止まって、私をじっと見るだろう。図書館員にな んと言えばよいのか思いつかなかった。でも、それは図書館の中に足を踏み入れ ることに比べたら、たいしたことではない。

それから、ありったけの勇気を振り絞って、覚悟を決め、中に入った。

図書館の建物は、実際には広々と感じられた。そんなにたくさんの本はなく、本 棚も重そうではなく、子どもの頃の記憶より小さいものだった。本棚は迫ってこ なかった。窓は大きく、陽の光が降り注いでいた。

そして私は前に進み出た。ダメだ、何もしゃべれないだろうと思った。

しかしその後、そのような考えは消えてしまい、意外に簡単にことは運んだ。け れども、図書館員の方に歩いて行って、「私はほとんど読むことができません。ボ ーリングの本を探すのを手伝ってもらえますか。」と言うなんて!そんなことはで きない!

まず図書館の中を歩いてみなければならない。様子をうかがい、雰囲気に慣れ、 この場所を実際に感じてみなければ。

図書館にいるほとんどの人は若い人たちだった。部屋の真中にある録音図書の方 へ歩いて行った時、誰も私を見てはいなかったと思う。図書館の真中に立って、 録音図書を見るのはとても簡単にできた。それは暗い隅に隠されてはおらず、と ても見つけやすかった。暗い隅だと人目につきやすい。「なぜ、あの人、隅で録音 図書を見ているのだろう。普通の人に見えるのに、なぜあんなものを見ているの だろう」

でも、ここでは他の人と同じように部屋の真中にいるので、大勢の中で目立つこ とはなかった。目の見えない人は白い杖を持っているし、耳の聞こえない人には 補聴器がある。でも、私の問題は書いたり、読んだりしようとしなければわから ないのだ。私にとって読み書きは大変感情的な、緊張を強いる問題になってしま うのである。読み書きは、一年生、いや、もっと小さな子供のころからできるこ とだと人は考えるだろう。そうして自分たちの出来のいい子どもを自慢したいの だ。

でも、私は今、図書館に足を踏み入れ、雰囲気にも慣れてきた。広々として、心 地よく、録音図書も中央にある。さあ、次にすることは、図書館員の方に行って、 話をすることだ。

ロジャーは幸運だった。図書館の扉の向こうへ進むことがうまくできたからである。しかし図書館の外に立っている他の「ロジャーたち」に、図書館は居心地が良いところだと感じてもらうには、どうしたらよいだろうか?

アクセシブルな図書館

何よりもまず、図書館が魅力的でなければならない。館内及び館外の案内は、適切な文献が見つけやすいように、絵文字を使って分かりやすく表示する。

ディスレクシアの利用者が特に興味を示すような文献、たとえば録音図書や読みやすい図書などを、図書館中央の見やすい場所におくことが強く勧められる。また、ディスレクシアの人々の多くは、助けを求めなければならないことに恥ずかしさを感じるということも覚えておくことが重要である。

ディスレクシアの人々のためのアクセシビリティについては、IFLAから出版された「障害者のための図書館へのアクセス」に更に詳しく載っている。これは、昨年スウェーデンのゴテンブルグで開かれたLSDP準備会議と、オスロでのIFLA会議で紹介された。

「私の図書館員」

私が昨年まで勤務していたソレロッド公共図書館には、読みの問題を抱える利用者のために「私の図書館員」がいる。利用者はあらかじめ決められた時間に、或いは予約をとって図書館を訪れる。しかし、障害のある利用者にサービスを提供する専門の図書館員がいるからといって、他のスタッフが支援しないというわけではない。

スタッフは全員、すべての利用者にできる限り最善の方法でサービスを提供するため、ディスレクシアを含むさまざまな障害に関する知識を持たなければならない。そして当然のことだが、利用者は適切なサービスを受けるために「障害者証明書」を提示する必要はない。

現在進行中のサービス

図書館がディスレクシアに焦点を当てることを決めた場合、新たなサービスはどのように実施され、また維持されるのであろうか?定期的に資金を得てスタッフを教育するためには、長期計画(例:3年計画)に基づくサービスを盛り込むことが極めて重要である。新たなサービスが実施されれば、次にはアウトリーチやマーケティング、および将来の協力のためのコミュニティーにおけるパートナー探しという難しい仕事が待っている。

一つの可能性としては、一次的なターゲットグループ(ディスレクシア当事者)とその家族および友人の両方に情報を提供する「ディスレクシアキャンペーン」の開始があげられる。このような意識向上キャンペーンについては、「ディスレクシアのための図書館サービスのガイドライン」に更に詳しく載っている。

パートナー

私はディスレクシアの利用者に、図書館サービス改善のための活動に参加してもらうことを強く勧めたい。もし全国的な或いは地域のディスレクシア協会が既に国内に存在するのなら、将来の協力へ向けて連携をとることが役立つであろう。もしディスレクシア協会が国内に存在しないなら、一つ設立してはどうだろうか?ディスレクシアがまだ広く認識、理解されていない国では、図書館が文化的機関としての役割を果たす中で、この状況を変えるリーダーシップをとるべきである。

もう一つ明らかにパートナーとなるのは、国内の視覚障害者図書館である。スカンジナビア諸国では公共図書館と視覚障害者図書館とは緊密に協力し合っている。ディスレクシアの人々は、公共図書館の資料を補うものとして、適切な資料を視覚障害者図書館から直接借りることができる。

デンマークの事例

最後に、これまでデンマークで実施されてきた事例をいくつか紹介したい。

1999年、デンマーク障害者のための機会均等センター(www.clh.dk)が「公共図書館のアクセシビリティ」という報告書を発表したが、これは大きな前進への第一段階であると考えられる。報告書の勧告は、デンマークの全公共図書館を対象に実施された調査で得られたデータに基づいている。データによれば、多くの公共図書館は当時、ディスレクシアの人々を含む障害者に適切なサービスを提供していなかった。

報告書が発表されてからすぐに、多数の公共図書館が不利な立場にある人々のためのサービスを改善するための作業部会を設立したが、中には地域の障害者団体および/または地域の政治家と協力するケースも見られた。

これに続く数年間、多くの公共図書館がディスレクシアの人々や他の障害者に対する新しいサービスを始めたが、これには特別なコンピュータープログラムの提供や、読みの障害がある人々のための部署の設立も含まれていた。

2002年には図書館をあまり利用していない人々にサービスを拡大するための全国戦略が、デンマーク図書館協会のイニシアティブにより開始され、図書館コミュニティーのリーダーによる中心グループが組織された。全国戦略の勧告はデンマーク国立図書館局から議会に提出された。

今までの全国戦略の成果の中で最も重要なのは、2003年の文化省による「E17-アクセシブルな情報への常道」といわれるデンマークバーチャル図書館への出資である。ウェブサイトはデンマーク国立盲人図書館により開発された。残念ながら今回は「E17」について更に詳しく話す時間はないが、盲人図書館のウェブサイト、www.dbb.dkで、英語による「E17」の説明を見ることができる。これは他の国のモデルとして絶対に見る価値がある。

この夏、デンマーク図書館協会から、読みの問題を抱える利用者のための図書館サービスの「ハンドブック」が出版された。そしてこのハンドブックはすべてのデンマークの県および市町村の図書館館長や文化委員会委員長のもとに送られた。ハンドブックは、読みの問題を抱えている人々のためのコンピュータープログラム、およびその他の支援機器に焦点を当てている。このハンドブックがきっかけとなり、全国の図書館でこれらの機器や技術が提供されるようになることが期待される。

これらの事例が、たとえディスレクシアの人々が既に図書館を利用している国の代表であろうと、或いはこれまでこのニーズに気づかずにきた国の代表であろうと、今日ここに出席している多数の国々の代表にとってよい刺激となることを願っている。更に、2001年にIFLAから出版された、LSDPによる「ディスレクシアのための図書館サービスのガイドライン」を検討することを強く勧める。このガイドラインはIFLANetで入手することができる。

皆さんの国で将来、多くのディスレクシアの人々のための活動がすべて成功することを願っている。