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DAISY(Digital Accessible Information System)を利用したディスレクシアへの支援―IFLA(国際図書館連盟)ソウル大会報告

野村美佐子
(財)日本障害者リハビリテーション協会 情報センター次長

項目 内容
報告年 2006年
転載元 医学図書館Vol.53 No.4(December 2006)

1.はじめに

第72回国際図書館連盟(IFLA)年次大会は2006年8月20日から24日にかけて韓国ソウルで開催され、その参加者は140ヶ国、4900人におよんだ。大会のテーマは「図書館:知識と情報社会のダイナミックなエンジン」であった。

オープニングの様子
写真1.オープニング

大会オープニングの基調講演者は、金大中氏であった。第15代韓国大統領である金大中氏は、自国の民主主義と人権のために献身的な働きをしたということで2000年にノーベル平和賞を受賞している。政情により囚われの身にあった時期、何百冊という本を読み、本を書いたそうだ。金大中氏は講演の中でこう述べている。

「図書館は、平和への原動力となるべきであり、様々な文明の中でグローバルな協力を推進するために世界の民主的な市民の研修センターとなるべきだ。」

4度も死に直面し、牢獄で6年半をすごし、そして亡命と自宅監禁の生活を20年間送った氏の言葉は重く、図書館の重要な役割を改めて感じさせてくれた。

筆者が今大会において行ったIFLAの「図書館の利用において障害を持つ人々へのサービス」に関するセクション(LSDP - Library Serving Disadvantaged Persons Section)の分科会での発表内容を中心に以下の項目について今大会の報告をする。

  • IFLAとの関わり
  • LSDP分科会での発表の経緯
  • DAISYを利用した日本障害者リハビリテーション協会の取り組み
  • 筆者の発表の概要
  • 他の発表について
  • まとめ

2.IFLAとの関わり

筆者が所属する財団法人日本障害者リハビリテーション協会(以下「リハ協」)は、障害者の自立・社会参加には情報は不可欠であり障害者は情報を得る権利があるという理念に基づき、障害者の様々な情報へのアクセスを可能にする情報バリアフリー事業を展開している。

その事業のひとつとして障害保健福祉研究情報システム(http://www.dinf.ne.jp)のウェブサイトの運営がある。このウェブサイトでは、障害者の保健と福祉に関わる研究を支援するために、国内外から広く関連する情報を収集し、日本語及び英語で提供している。

このサイトは、DINF (Disability Information Resources)と呼ばれ、IFLAにおいては、通常の図書館サービスを利用できない障害者へのサービスについての情報収集と関係者との情報共有といった障害者の情報保障に関して活動を国際的に行っている。

IFLAの障害に関わる委員会は2つある。LSDPと盲人図書館セクション(LBS - Library for the Blind Section)である。

LBS委員は点字図書館の関係者が多く、LSDPは、刑務所図書館、患者図書館、大学図書館、公共図書館など特別なニーズを持つ人たちへの図書館サービスを行っている図書館員が多くなっている。筆者は両方の委員会に参加しており、1999年から2003年までLSDPの委員で、現在はLBSの委員をしている。

本大会におけるセクションの分科会は、LBSにおいては「ウェブアクセシビリティ」について、LSDPにおいては「ディスレクシア(読み書き障害)に対する図書館サービス」のテーマで開催された(LBS・LSDPの各分科会は障害者サービスにおいて重なる部分も多いので両者の共催で開催されることもある)。今回は、障害者にとってアクセシブルな会場でとのことでLSDPの後にLBSの分科会があった。

3.LSDP分科会での発表の経緯

筆者は今回、LSDPの分科会で発表を行った。発表のテーマは、2005年のオスロ大会の前に、スウェーデンのイエテボリにおいて「アクセシブルな図書館」というテーマでLSDPとLBS共催の会議が開催されたことに起因している。この会議の目的は、障害者も含めてすべての人に図書館をオープンかつアクセシブルにした事例の発表と、そのための今後の方策の討議であった。この会議の特徴は障害者に対する図書館や情報サービスのアクセスを民主主義的な権利として捉えていたこと、ヨーロッパでの視覚障害者およびディスレクシアへの有効なサービスの事例を挙げていたことである。サービスの具体的な事例として、障害者にアクセシブルな図書や教科書を製作する技術としてDAISY(Digital Accessible Information System-アクセシブルな情報システム)が取り上げられた。

このミーティングに触発され、2006年の開催場所である韓国のLSDPの委員は、「アジアではまだディスレクシアという障害について理解がなく彼らへの対応が何もなされていないので、ぜひ次回の分科会でこのテーマを取り上げたい。」と提案した。LSDPの委員会は、同セクションから2001年に出版した「ディスレクシアのための図書館サービスのガイドライン」の普及も目的とし、ソウル大会では、ディスレクシアをテーマとして分科会を開催することを決定した。このガイドラインの翻訳版は、上述のDINFサイトに掲載されている。

このテーマでのプログラムは以下のとおりである。

  1. ディスレクシアの定義
    医学的な立場から
  2. ディスレクシアに対する図書館サービス
    ヨーロッパの事例
  3. ディスレクシアに対する図書館サービス
    アジアの事例

筆者がディスレクシアなど学習障害を対象としたマルチメディアDAISYの普及を行っていたことがLSDP委員会で知られており、英国の「保健と図書館のジャーナル(Health and Library Information Journal」 (注1)に、日本の取り組み(特にリハ協について)としてDAISYを利用した図書館サービスについて投稿したこともあったので、項番3.の事例としてディスレクシアに対する情報技術を利用した取り組みの発表を勧められた。アジアにおけるDAISYの普及効果も考えられたため、筆者は発表を受諾した。

4.DAISYを利用した日本障害者リハビリテーション協会の取り組み

1.DAISYとは

DAISYは当初、視覚障害者のためのデジタル録音図書の国際標準規格として国際共同開発機構「DAISYコンソーシアム」により開発とメンテナンスが始まった。

DAISYコンソーシアム(http://www.daisy.org)は、1995年に非営利団体として世界6ヶ国(日本、スウェーデン、イギリス、スイス、オランダ、スペイン)のIFLA/LBSの関係者により設立された。事務局はスイスにあり、2006年5月の時点では、14正会員(1カ国1会員)と57の準会員、そしてマイクロソフト等25の企業が賛助会員として登録をしている(注2)

日本でのDAISYの普及は、DAISYコンソーシアムの設立者であった河村宏氏(現国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所障害福祉研究部長)のイニシアチブにより始まった。リハ協は、1998年から2001年にかけて厚生労働省の補正予算事業として全国約100ヶ所の視覚障害者情報提供施設への2度のDAISY製作システムの貸与・製作講習会、2.580タイトルのDAISY録音図書・601タイトルのデジタル法令集の配布および各都道府県拠点へDAISY再生機(約8000台)の貸与を行った。

2580タイトルの録音図書目録は、全国の中学校以上の学校、公共図書館、社会福祉協議会をはじめとする福祉関連団体へ配布され、約100の点字図書館におけるDAISYの広がりへの土台となった。

2.マルチメディアDAISYの普及

DAISYはその開発が進むにつれ、音声にテキスト・画像を同期させ、ユーザーは音声を聞きながらハイライトされたテキストを読み、同じ画面で絵を見ることもできるマルチメディアとして視覚障害者以外の高齢者・知的障害者および学習障害者など様々な障害者に有効として認められるようになってきた。そこで、リハ協は、ディスレクシアなど読みの障害を持つ認知・知的障害者に対するマルチメディアDAISY の研究・開発および普及の活動を始めた。LD(学習障害)の研究者、LDの親の会、デイジーの専門家、知的障害者の親の会および作業所関係者等で構成する企画委員会を設けた。そしてその助言を受けながらマルチメディアのサンプルコンテンツを用意し、教育関係者、家族等の支援者、図書館員にDAISYの啓発・普及および製作研修を全国的に行った。また同協会は非営利団体に対して、マルチメディアDAISY製作ツールや再生プレイヤーの無料提供などできる限りのフォローアップも行っている。

上記の活動と平行して、世界において総人口の8パーセントも占めるといわれているにも関わらず日本では、馴染みのない障害であるディスレクシアについての情報やヨーロッパの図書館でのディスレクシアへの支援の事例を当協会のウェブサイト(http://www.dinf.ne.jp)に掲載し、関係者の理解の向上に努めてきた。

ディスレクシアについては、LSDPの分科会の発表者、ギダ・ネルソン氏が元会長であったヨーロッパ・ディスレクシア協会では以下のように定義をしている。

「医学的用語であるディスレクシアは、先天性の状態で言語中枢に遺伝的に生じた器質的な差であると多くの研究者は考えており、知的障害・感覚異常・情緒障害・文化的剥奪に起因するのではない。ディスレクシアの人々は読み書き両方における言語処理に困難をかかえており、読み書きやスペリングに深刻な問題があるだけではなく、方向や順序・音や形が似ている文字・言葉についても多くの場合混乱することがある。

ディスレクシアという用語は1880年代終わり頃に使われ始め、医師が先天性語盲(word blind)と同じ状態を記述する際に使われた。

ディスレクシアは一生続くが、これまでの研究と経験からディスレクシアの人々は、タイムリーで適切な対応をすることにより、人生で成功することが明らかになった。 ディスレクシアは病気ではないため、治癒するものではなく、学校を卒業しても消えるものではない。学校で経験した困難は援助や支援が得られないかぎり一生涯続く。適切な介入と理解なしにはディスレクシアの人々は学業的な進歩が妨げられるだけではなく、メンタルヘルスに悪影響が及び、創造的な活動や社会的・経済的な達成が妨げられてしまう。」(注3)

定義の中であげられるように適切な対応と理解がディスレクシアに対する支援の重要な鍵となるため、ディスレクシアに関する啓蒙活動はDAISY普及の活動同様に重要であるとリハ協は考え、活動を行っている。

2004年12月に「発達障害者支援法」が成立し、ディスレクシアなどの発達障害児の学習支援ツールとしてのマルチメディアDAISYに注目する人々が増え、更に普及が加速化することが期待される。

5.LSDP分科会での発表の概要

分科会での筆者の発表は、ディスレクシアなどを含む読みの障害を持つ認知・知的障害者への情報支援としてのリハ協のDAISYの取り組み、アジアにおけるDAISY利用を推進するDAISY for ALL プロジェクトの紹介、この地域におけるディスレクシアへの情報支援および図書館員の役割についてである。

DAISYは分科会に参加した多くの人にとって未知のものであったため、筆者はDAISYとDAISYコンソーシアムについて説明し、そしてDAISY3規格(注4)が世界のDAISYコンソーシアム関係者の努力により、日本のJISに相当するアメリカのANSI/NISO Z39.86-2005として、アメリカの標準規格になったことを大きな成果として述べた。

また発表の中で、当協会が製作したマルチメディアのDAISY サンプルである「3匹の子豚」と「ごんぎつね」をAMIS(Adaptive Multimedia Information System)とLpPlayerというプレイヤーを利用して再生するデモを行った。(写真2)(写真3)  AMISは普通のパソコンのマウスやキーボードでも操作できるが、それが難しい人にはタッチパネルやゲームコントローラーでも操作が可能であり、身体のどこかでスイッチのオン・オフができればDAISYを使用できるしくみになっている。また文字を拡大することや、点字ディスプレイにつないで盲ろう者に対応することもでき、様々な障害者の利用が可能となる。

AMISによるデモ画面
写真2.DAISY「3匹の子豚」デモ画面(プレイヤー:AMIS)
LpPlayerによるデモ画面
写真3.DAISY「ごんぎつね」デモ画面(プレイヤー:LpPlayer)

DAISYの普及活動の一環として、有効な事例について研究者、教育者、当事者の親、図書館員が意見交換をしあうマルチメディアDAISYキャンペーンセミナーの開催があり、特に図書館員については日本図書館協会・障害者サービス委員会と連携した活動を行っていることを説明した。

こうした普及の結果、20歳のディスレクシアの男性から「学校にもDAISYがあれば、他の人に読んでもらうことがなく自分で読めたのに。」とのうれしいフィードバックがあったことを述べた。またサンプルとして作成した、くぼりえ作『バースディケーキができたよ』の絵本のDAISY CD-ROM版が、IBBY(国際児童図書評議委員会)の2005年IBBY障害児推薦図書に選ばれたことも成果として報告をした。また、一方では著作権の問題など日本では社会的な体制を大きく変えなければ解決しない課題も抱えている点についても述べた。

アジアのディスレクシアに対する図書館サービスは、シンガポールの事例があるだけで、ディスレクシアへの認識も支援も途上であるが、視覚障害者やディスレクシアなど「印刷物が読めない」障害者に対する情報支援方法としてDAISY for ALL プロジェクト (http://www.daisy-for-all.org)が2003年から日本財団の助成をDAISYコンソーシアムより始まった。このプロジェクトは、河村宏氏をプロジェクトリーダーとして行われ、筆者も関わっている。プロジェクトではこれまでにタイ、インド、ベトナム、スリランカ、マレーシア、バングラデシュ、ネパール、インドネシアなどの国々で、フォーカルポイントと呼ばれる指導者のグループにDAISYコンテンツの製作研修を行い、製作に必要な機材を提供することでDAISYの普及を推し進めてきた。

前述のDAISYの再生ソフトウェアであるAMISの開発は、現在はオープンソースとしてこのプロジェクトに委ねている。多様な言語に対応するAMISは、上記の国々の言語化も同時に実施しており、このプロジェクトが終了する2008年にはどの程度までDAISYの普及が進むか楽しみである。

発表の最後に、DAISYはマルチメディアであるために著作権など普及を阻んでいる多くの課題も抱えているものの、地域でディスレクシアなど読みの障害を持つ人々の情報アクセスの権利を保障するためには、図書館員が積極的なサポートをリードするべきであり、DAISYはその有効な手段であると呼びかけた。

6.他の発表について

IFLAでのDAISYに関する発表は筆者以外にも行われた。オーディオ・ビジュアル及びマルチメディアのセクションにおいての発表を行ったのはDAISYコンソーシアムの理事の河村宏氏である。現在のDAISYは静止画のみであるが、河村氏はDAISYの開発を更に進め、認知・知的障害者に効果的な動画の利用を可能にすることを目指している。そしてこの動画の製作ツールの開発のために、マルチメディア標準規格の国際的な枠組み開発に取り組んでいる。従来、障害者は災害や病気等に関する重要な情報を得ることができなかったが、今後この動画の活用を進めることで障害者がこれらの情報を収集することを可能にしたいと河村氏は考えている。DAISYコンソーシアムの最終ゴールは、障害者だけではなくすべての人へのDAISYの普及である。そのためには、国際機関との連携も視野に入れている。河村氏の発表は、知識の普及の遅れによるHIVの感染拡大などの問題に直面している開発途上国からの参加者に希望を与えた。

ウェブアクセシビリティのテーマで開催されたLBSの分科会で発表を行ったのは静岡県立大学社会学の教授の石川准氏である。石川氏は社会学者、支援技術開発者、そして利用者としての多角的な視点からの発表を行った。石川氏は視覚障害者の読み上げソフトの「Jaws for Windows」の日本語化を担当しており、リハ協と共同で視覚障害者向けインターネット・ブラウザー、エディター、そしてメールの機能を持つ「ALTAIR」というソフトウェアの開発も行っている。「Jaws for Windows」や「ALTAIR」のような支援技術を利用してもウェブコンテンツ自体がアクセシブルでなければ情報を得ることができないので、石川氏はウェブコンテンツのユニバーサルデザイン化を訴え、参加者の共感を得た。

またスウェーデン、フィンランドの図書館員によるアクセシブルなウェブサイトの事例発表はこの問題についての図書館の関心の高さを示してくれた。

7.まとめ

今大会がソウルで行われていた同時期に、ニューヨークの国連においては、障害者の人権を保障するための国際条約について検討する第8回特別委員会が行われていた。特別委員会の最終日の8月25日は、2002年より討議を重ねてきた障害者の権利条約草案が採択されるという記念すべき日になった。9月から開始される第61回国連総会にても年内に採択される見通しとなっている。この条約により、障害者の人権と権利の保障が期待される。

このような流れの中で、図書館においても、知識と情報のアクセスが困難な人々の読書権の認識が向上し、すべての人の図書館となるべき活動が前進して、障害者の情報環境のバリアフリー化が進むことを切に願う。

  1. 以下の定義の翻訳を日本障害者リハビリテーション協会が行った。
    European Dyslexia Association: What is dyslexia? (Internet).http://www.dyslexia.eu.com/whatisdyslexia.html[accessed 2006-09-28 ]
  2. DAISYコンソーシアムの組織の詳細は以下を参照:
    DAISY Consortium: Structure of the DAISY Consortium(Internet).http://www.daisy.org/about_us/structure.asp[accessed 2006-10-28 ]
  3. Nomura.M: Development of Library Services to Disadvantaged People - a Japanese Perspective, Health Information and Libraries Journal, pp.69-71, Volume 21, Supplement 2, September 2004, Blackwell Publishing
  4. DAISY3は、脚注を読む、読まないかの選択ができるほか、ハイパーリンク的に別のDAISY3図書の指定の場所を読みに行き、読み終わると元に戻る(リンクバック)こともできる。また、DAISYの特徴である章や節などの文献の構造を活用しつつ テキストをシンセサイザーで読むこともできるので、デジタル録音図書とWebコンテンツの特徴を兼ね備えているとも言える。DAISYコンソーシアムはDAISY3を以下のホームページで公開している。ANSI/NISOZ39.86-2005: Specifications for the Digital talking book (Internet).http://www.niso.org/standards/resources/Z39-86-2005.html [accessed 2006-10-28 ]