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発達障害者や学習障害者にも資料を届ける―活字による読書の困難な人たちへの新たな図書館サービスの可能性について

バリアフリー資料リソースセンター副理事長
松井進 まつい・すすむ

はじめに

 今まで公共図書館で行ってきた障害者サービスと言えば、ソフト面で言えば視覚障害者のための録音図書や点訳図書の制作・貸し出し、身体障害者向けの宅配や郵送サービス、聴覚障害者向けの字幕入りビデオの貸し出しや手話ができる職員の配置等であり、ハード面で言えば、エレベーターや点字ブロックの設置、車いす用トイレ、専用の駐車スペースの確保、FAXサービス、磁気ループの設置といったことが多かったと思います。

 しかしすべての人に図書館サービスをとどけるためには、上記の様なサービスだけでは対応できない人たちが多く存在します。

 特に日本は急速に高齢化社会を迎え、通常の活字のままでは読書が困難な人たちが増加する傾向にあります。

 その一方で私が勤務する図書館でも、障害者サービスの利用対象者はいまだに視覚障害者を含む身体障害者や聴覚障害者中心であり、それぞれの対象者に応じたサービスを細々と行っているのが現状です。

 最近、録音図書は視覚障害者だけでなく、本を持つことができない身体障害者や視力の低下した高齢者にも利用されるようになりつつありますし、活字を読解することが困難な学習障害者や発達障害者といった、知的には障害がなくても読みに困難をかかえる人たちにも有効であることが研究によって明らかになってきました。

 そこで本稿では、活字による読書の困難な人たちとしては新しい対象となる発達障害者や学習障害者向けのサービスについて、少しご紹介させていただきたいと思います。

1 LD(学習障害者)とは

 文部科学省は1999年にLDのことを以下のように定義しています。「基本的に知的発達に遅れはないが、聞く、話す、書く、計算する、または推論する能力のうち、特定のものの習得と使用に著しい困難を示すさまざまな状態を指すものである。LDはその原因として中枢神経系に何らかの機能障害があることが推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や環境的な要因が直接の原因となるものではない」とされています。

 LDの数は文部科学省が全国の児童・生徒4万人を対象に行った調査結果によると4.5%、つまり20人に一人、1クラスに2名ぐらいの割合でそんな思いを抱いている子供たちが存在するということになるでしょうか? 知的能力には問題がなく、視覚・聴覚機能も問題がないのに生まれつき、読んだり、書いたり、計算したり、推論したりすることが難しい児童・生徒のことをLDと呼んでいます。ちなみに、アメリカでは全学童の10~15%に読み書き障害の症状があるといわれています。

2 マルチメディアDAISY資料の提供

 本稿では紙面の都合からあまり詳しくご紹介することができませんが、マルチメディアDAISY(詳細はhttp://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/)と呼ばれるデジタル録音図書は肉声で録音された読み上げだけでなく、本文の文字列や画像がパソコンの画面に表示されるとともに、カラオケのハイライト表示の様に現在音声で読み上げられている箇所が反転表示されるデジタル録音図書です。

 またマルチメディアDAISY図書の特徴として、文字のフォントやサイズも変更することが可能で、書籍によっては横書きだけでなく縦書きの表示にも対応できます。

 そのため視覚障害者に限定することなく、活字による読書の困難な人たちすべてに届けることができる図書が完成しつつあるといえるかと思います。

 またDAISYという規格は世界の約40か国が加盟するDAISYコンソーシアム(http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/consortium/index.html)の国際規格であり、同じフォーマットが採用されているため、国や地域に関係なく世界中の人たちが使用できることになります。

 マルチメディアDAISYの図書については、一部の図書館での収集が始められているところですが、まだ本格的にサービスを提供している公共図書館は少ないと思います。実際、私が勤務する図書館でも数年前からマルチメディアDAISY図書の収集を開始したところですが、まだ入手することが可能なマルチメディアDAISY図書のタイトルは大変少なく(詳細はhttp://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/index.html)、現時点では寄贈も含めて約100タイトルを所蔵しているにすぎません。それでもまずは平成21年度からのサービス開始を目指して、従来からの障害者サービスの利用対象者を広げ、発達障害者や学習障害者、精神障害者、知的障害者にも資料の提供範囲を広げられるようにするための準備を進めているところです。

3 LLブック等の資料の現状

 これは特に児童サービスとも関連しますが、障害を持つ児童生徒にも利用しやすいように配慮された書籍が、少数ですが出版されています。

 これはLLブックなどと呼ばれていますが、「LL」とはスウェーデン語の「やさしく読める」という語のLattlastの略語で、LLブックの日本語訳としては、「わかりやすく読みやすい本」ということになるかと思います。

 例えば、近畿視覚障害者情報サービス研究協議会LLブック特別研究グループ編集のLLブック・マルチメディアDAISY(デイジー)資料リスト(http://homepage2.nifty.com/at-htri/ll-book.htm)は、現在入手可能なLLブックに関する情報をまとめています。

 また国際児童図書評議会(International Board on Books for Young People)では2年に一度、障害者にも配慮された書籍を世界中から推薦する事業を行っています(http://www.jbby.org/index.html)。

4 法的な整備の状況

 法的な整備についても、2008年6月に拡大教科書の関係から著作権法が一部改正となり、9月から発達障害者にもマルチメディアDAISYの教科書を制作し届ける仕組みができるようになりました。

 また平成21年度中にも著作権法の一部の改正の予定があり、すでにNHK等マスコミでも一部報道がされていますが、点字図書館だけでなく、公共図書館が制作する録音図書についても、一定の基準をみたせば著作権者の許諾を得ることなく制作できるようになるという改正が予定されています。

 まだ発達障害者等のどこまでが利用対象者として認められるかは定かではありませんが、できるだけ録音図書が有効とされている多くの人たちにも利用できるようにするための改訂がなされるように願っているところです。

 また、すでに日本文芸家協会と日本図書館協会との間で結ばれている一括許諾システムの利用対象者としては、視覚障害者だけでなく高齢者も含めた活字による読書の困難な人たちとかなり広範囲な利用対象者を含めて一括許諾が認められています。

5 バリアフリー資料リソースセンター(BRC)の活動

 一方、私が理事をつとめているバリアフリー資料リソースセンター(http://www.dokusho.org/)では、視覚障害者等活字による読書の困難な人たちに対して出版社や著作権者からの同意をいただき、原本価格でテキストデータを提供する活動を行っていますが、利用対象者は最初から視覚障害者に限定することなく、すべての活字による読書の困難な人たちが利用できるような許諾を進めています。

 そして2007年~2008年にかけては視覚に障害のある人たちの読書に関するアンケート調査を行い、600名余の人たちから回答をいただくことができました。そして2008年から2009年にかけては発達障害者や学習障害者の当事者とその支援を行っている人たちを対象に調査を行っています。(調査の内容については、http://www.best-npo.com/brc/index2008-2.htmlをご参照ください。)

 今回の調査により、発達障害者の方やその支援をしておられる方たちの読書の現状やニーズが少しでも明らかになってくれればと考えています。

 そして図書館において、発達障害者や学習障害者の人たちにも支援できることがきっと見つかるのではないかと考えています。

6 今後の展望

 いま図書館を取り巻く環境は、指定管理の導入や企業への窓口の委託、民間企業の参入等激動の時代を迎え、かなり厳しい状況になりつつあります。

 特に障害者サービスのように限られた人たちへのサービスは、予算の縮小や限られた人員の中で行うには限界もあり、専門性も要求されることからどうしても一般のサービスに比較して後回しになってしまいがちです。

 また図書館の現場では一般の利用者の対応に追われ、どうしても手間のかかる障害者サービスはないがしろにされがちであり、極めて危機的な状況ともいえます。

 しかし、発達障害者や学習障害者の人たちの存在は今まであまり意識されることがなかったのですが、教育現場では視覚に障害はなくても読字に困難をかかえる人たちは1教室に2名は存在しているとも言われています。

 民間ではない公的な図書館であればこそ、効率性や実績だけにとらわれることなく、本当に個々に必要なサービスを考え、ニーズに応じたサービスを必要な人たちに利用可能な方法で届けることができるのではないでしょうか?

 特に、LLブックの資料群は一般の児童書と同じ形で入手可能ですし、マルチメディアDAISYの資料も寄贈や500円程度の実費または原本と同価格程度で入手可能な書籍が多くあります。

 マルチメディアDAISY図書を再生するためのソフトは日本障害者リハビリテーション協会のサイトから無償でダウンロードできますし、製作用のソフトについても非営利が原則にはなりますが、申請手続きをすれば無償で入手可能です。ですからそれほど大きな予算を確保することなく、現状の資料費で十分入手可能です。

 図書館の価値が問われている今だからこそ、もう一度原点にかえって「すべての人に図書館サービスを!!」そして「すべての人たちに本をとどける図書館員」の存在が求められているのだと思います。

 千里の道も一歩からです。今できるところから図書館サービスを考えて見直していくことが大切なのではないでしょうか?


この記事は、松井進.特集,みんなに本を―読書に障害のある子どもたちへ:発達障害者や学習障害者にも資料を届ける―活字による読書の困難な人たちへの新たな図書館サービスの可能性について.みんなの図書館.No.383,2009.3,p.10-15.より転載させていただきました。