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すべての子どもたちに,読書の喜びを
-媒体の変換で読める本作り-

石井みどり

 すべての国民は,いつでもその必要とする資料を入手し利用する権利を有する。図書館は,この権利を保障する義務を負っている。しかしながら,資料の媒体の変換については,著作権法により,長らく困難を極めていた。
 2010年1月,改定著作権法が施行された。
 「…まったく遠い道のりだった。しかし,これは到達点ではなく,情報アクセスに困難のある人達の情報保障の新たな取り組みの始まりなのだと思う。ほんの一歩であるが,待たれた月日を思えば,大切な一歩である。」(雑誌『視覚障害』2010年1月 梅田ひろみ)
 2016年4月「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が施行される。今,読書に障害のある国民に対して図書館に求められる合理的配慮は,図書館員に課せられた責任である。琉球語,アイヌ語,手話,そしていわゆる日本語。母国語を幼い時に,十分に習得できないと,日本人として育つことは難しい。子どもは,周囲の大人と対話し,自分の意図しようとするところを言葉により伝える経験により,語形,発音,意味,用法,文脈を含めた話し言葉を獲得する。次に,二次言葉の習得に必要なのは,絵本である。読み聞かせにより,目から絵を通して意味が推察され,耳を通して単語が音のまとまりとして入り,それが合わせて習得される。しかし,見えない,見えにくい,あるいは,文字を追うことが困難な子どもたちに寄り添った絵本を,地域の図書館や書店で探すことは難しい。

1.見えづらさを補う

 見え方は,視力,視野,歪み,羞明,色覚等々の状況により,一人ひとり異なる。活字を追うことが困難な利用者もいる。
 日本でiPad(タブレット端末)が発売されたのは,2010年5月28日であった。世界共通のフォーマットであるEPUB形式のファイルを使用し,電子書籍の背景色,文字色,フォント,サイズを,読者の希望通りに表示した。
 国立国会図書館法による納本制度に,テキスト文書の添付を義務付けることにより,出版と同時に,この形での読書が可能となる。
 現在,視覚障害者は,インターネットでは,例えばネットリーダーで,ワード,エクセルは,画面読みソフトで,情報の利用が可能となった。しかしながら,印刷物から情報を得る仕掛けは,何であろうか。

2.媒体の変換で読める本作り

 視覚障害者で,点字が読書の手段となるのは,1割弱と言われている。個に寄り添った媒体の変換,図書資料受け入れ時の,可能な限りの「読みやすい資料作り」の事例を紹介したい。

(1)手で読む絵本(さわる絵本)

 点訳と,絵の中から中心となる事物を取り出して,布などで情景を再現した手作り絵本である。

(2)点訳絵本(てんじつきさわるえほん)

 点訳と同時に透明のシートで絵の輪郭等を描き,原本に貼り付けた絵本である。

 近年,点字と絵が樹脂インクで印刷されている「てんじつきさわるえほん」が出版された。

(3)点図絵本

 点図ソフトにより,映像を,大・中・小の点の連続で描く。触ってわかる図の作成が課題。

(4)デイジー(DAISY)図書(録音図書)

 DAISYとは,視覚障害者や通常の印刷物を読むことが困難な人々のためのデジタル録音図書の国際標準規格であり,アクセシブルな情報システムである。階層による編集により,目次から読みたい章や節,任意のページに飛ぶことができるだけでなく,ページ・しおり付け,速度の変更も可能である。点字図書同様,サピエ図書館にデータが集約されている。

(5)拡大図書

 文字の大きさ,フォント,行間等を利用者の状況に合わせて編集する。絵についてはさまざまな工夫が必要である。

(6)電子図書・タブレット端末の活用

 マルチメディアDAISYは,音声にテキストと画面をシンクロ(同期)させることができる。つまり,音声を聞きながら,ハイライトされた文字を追うことができる。文字の大きさ,縦書き・横書きの変更,文字色,背景色,朗読の速度,音量を変更できる。編集ソフトにより,朗読者の入れ替え(例えば父親であったり)が可能である。
 タブレット端末の登場により,限りない可能性が期待される。

マルチメディアDAISY『きいろいばけつ』を読んでいるところ

▲マルチメディアDAISY『きいろいばけつ』

(7)易しく書き換える

 本来は,特定の読者に応じて書き換えるべきであるが,一般的な留意点を記す。

  • 難しい単語を,易しい単語に置き換える。
  • 一つの文章には一つの内容。
  • 主語が明確であること。
  • 映像の中から,必要な情報だけを取り出す。
  • 必要により,絵記号を用いる。

『いじわるなないしょオバケ』原本比較

▲『いじわるなないしょオバケ』原本比較

3.出版されている状況

 1996年秋,『チョキチョキチョッキン』(樋口通子,岩田美津子 てんやく絵本ふれあい文庫)が出版された。カラー印刷の上に,点字と絵が樹脂印刷された,手で読む絵本である。
 最近の「点字付き絵本」の一般図書としての出版の流れを特記しておきたい。『ノンタンじどうしゃぶっぶー』(偕成社),『さわるめいろ』(小学館),『しろくまちゃんとどうぶつえん』(こぐま社)が同時出版され,さらに福音館書店から画期的な印刷技術,合紙製本による『ぐりとぐら』が続いた。地域の図書館や書店で点字付き絵本が入手できることの意義は大きい。これらの絵本の製作過程で,当事者である盲学校の子どもたちを,モニターとして受け入れた編集者に敬意と謝意を表したい。
 より多くのユニバーサル図書が出版され,「読める本が買える」ようになってほしい。

「てんじつきさわるえほん」出版

▲「てんじつきさわるえほん」出版

4.読書の支援

 点字付き絵本では,子どもたちは,両手を添えてもらって,十分な説明を受けながら,一緒に絵本を読む中で,手で触って情報を得る力が育まれる。周りの大人たち,あるいは兄弟・姉妹も一緒に楽しんでほしい。
 1979年12月『これ,なあに?』(バージニア・A・イエンセン,ドーカス・W・ハラー,熊谷伊久栄訳 偕成社)が出版された。デンマークで生まれたこの絵本は,絵にはエンボスが施されているが,物語に点字は付いていない。周りの目が見える友達や,大人たちと一緒に読むことを意図している。こどもたちは絵をなぞって,自分たちで物語を作る。

5.おわりに

 子どもたちが「好きな本」「読みたい本」を選択できるような,周りの友達が読んでいる本を,自分も読める,十分な出版が行われることを期待してやまない。
 自分の思いを,時間空間をこえて伝えていく言葉を育てる。それは日常会話からだけでは生まれにくい。日本人として,自己の確立に向けて力となる図書館でありたい。

(いしい みどり:元横浜市立盲特別支援学校)

[NDC10:015.97 BSH:1.障害者サービス 2.児童図書]


この記事は、石井みどり.すべての子どもたちに,読書の喜びを-媒体の変換で読める本作り-.図書館雑誌.Vol.109,No.11,2015.11,p.726-727.(障害者差別解消法と図書館②)より転載いたしました。