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安心した対話が生まれる図書館へ
-障害者差別解消法から考える-

南雲明彦

 2016年4月1日に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行されますことは皆さんもよくご存知だと思います。不当な差別的取扱いの禁止は,国・地方公共団体等や事業者は法的義務,合理的配慮の提供は,国・地方公共団体等は法的義務,事業者は努力義務となっています。つまり,公立図書館は不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供が法的義務,私立図書館は不当な差別的取扱いの禁止は法的義務,合理的配慮の提供は努力義務です。不当な差別的取扱いとは,正当な理由なく,障害者(法が対象とする障害者は,いわゆる障害者手帳の所持者に限られない)へ本質的に関係する諸事情が同じ障害者でない人より不利に扱うこととなっています。不当な差別的取扱いの禁止が法的義務とはいえ,正当な理由がある場合にはやむを得ないことも出てきます。ただ,正当な理由があると判断した場合の留意事項として,行政機関等および事業者は正当な理由があると判断した場合には,障害があるご本人にその理由を説明するものとし,理解を得るよう努める必要があります。もし,正当な理由があって,サービスを提供できないとしても,その理由を伝える部分にも合理的配慮が必要な障害者がいて,ただ「できません」ではなくて,ご本人に納得していただけるような配慮は必要になってきます。

 「共生社会」について考えたとき,この法の考え方である「共生社会を実現するためには,障害者の社会的障壁を取り除くことが重要」とありますが,障害があるご本人も歩み寄っていく姿勢が大切になってきます。また,法律ができてから,新しいことを始めなければいけないということより,すでにさまざまな場面において日常的に実践されている合理的配慮もあるので,それらをまず整理してみるところから始めてみてもよいはずです。そして,その取り組みを広く図書館を利用されている,あらゆる方たちに示していくことにより,より安心できる場所となっていく可能性があります。

 発達障害の一つである学習障害,特に文字を読むことに困難があるディスレクシアの人たちは,私も含め,本というのは身近にはありますが,その本を頼りにするかといえば,あまりしないはずです。そうなると,身近で頼りになるものといえば,親や教師や友人等になるのでしょうけれど,その人たちが図書館にあるすべての本の内容と同じことを答えるのは無理な話です。また,その人たちでさえも頼れない状況のとき,本が答えてくれることもあります。どうしても人に言えない悩みがあり,どうしていいかわからないとき,同じように悩んでいた人たちが体験した話に安堵したり,心理学について勉強してみることで,これからの自分との向き合い方のヒントが見つかったりする可能性もあります。

 ここでまず考える必要があるのは,図書館の障害者サービス,ディスレクシアを持つ子どもたちへの合理的配慮等の前に「自分にとって,本はどのような存在なのか?」ということを自分自身に問うていただきたいのです。図書館に関わり,さらにお仕事にされている方々は,あらゆる本と共に過ごすことに親しみや心地よさを感じている部分はどこかにあると思います。何かあれば,本という存在を頼りにすることも多々あると思います。

 ただ,本に頼りたくても頼れない場合はどうするでしょうか?まずは人に頼るはずです。例えば,その人から「こんな本があるから,読んでみるといいよ!」と手渡された本が読めない場合,目の前にいる人にはどう言えばよいのでしょうか?「自分は文字が読みづらいから,この本読めないんだ,ごめんね。」というのは,せっかく自分のために時間を使って本を探してくれたわけですから,簡単には口にできません。でも,そのまま本を受け取っても,読めずじまいでは,悩みや不安は積み重なっていくことになります。

 障害者差別解消法では,基本的な考え方として,障害があるご本人が今困っている,「自分にはこれが必要です」と社会的障壁の除去を必要としている「意思の表明」があった場合において,提供する側の負担がかかりすぎない合理的配慮を実施するというものです。この法律では,個人的な関係までは対象にしていませんので,意思の表明をしやすいのは個人間より図書館のような場所です。しかし,どこの場所にいる誰にその意思を伝えていいのかわからなければ,表明を躊躇してしまうかもしれません。また,その場所が明記されていたとしても,それを読むこと自体に困難があれば,見過ごしてしまうことも出てくるかもしれません。「お困りのことがあれば,いつでもお声掛けください」という表示があっても,それを認識するのに困っていれば,自然と図書館からは足が遠のいてしまうかもしれません。

 もちろん,ディスレクシアのすべての人たちが読書をしたいと望んでいるのかと言えば,そんなことはありません。今の時代ですから,PCやスマートフォン,タブレット端末で,音声読み上げ機能や拡大機能,テキストを抽出して,読みやすいフォントなどにカスタマイズすれば,情報にはアクセスできます。障害者差別解消法についても,順次,内閣府のHPより情報はアップされています。だからこそ,「本の魅力とはなにか?」と考えてみる必要があります。本にしか生み出せない価値があるはずなのです。

 私は恥ずかしながら,本や図書館はずっと敬遠してきた存在でした。また,人間同士で物事を進めようとしても,時にその関係が煩わしくなって,一人で物事を考えたいときがあります。しかし,物事を考えるとき,自分だけではどうにもならないことが出てきてしまい,思考が堂々巡りになってしまったのを覚えています。そういうときに本は役に立ちますが,本や図書館が身近になるきっかけは,本を出版する過程に携わらせていただいたことでした。今まで文字を読むことに苦戦してきた自分にとって,初めはあまり価値を感じてはいませんでしたが,想像以上に想いや出来事を文字に託す作業というのは難しく,時間もかかり,大変な作業でした。ようやく本が出来上がったときの喜びは計り知れないものでした。同時にそのような道のりの集積が詰まったものが図書館にずらりと並んでいるのに敬遠していた自分は非常にもったいないことをしてきたのだと感じたものです。

 もし,今の自分のように心から本を読んでみたいという人たちが意思を伝えることに躊躇しているとしたら,意思を伝えてもらえるような相談体制の整備は必要で,相談窓口の明確化は大切です。また,職員の方々の対応がばらばらであると,相談するご本人が混乱することもあるので,対応要領の作成は努力義務となっていますが,作成に当たって,ご本人やその他の関係者の方たちの意見が入っていると,合理的配慮の具体例がより明確になり,対応にまとまりがでてきます。

 ディスレクシアのことを中心に考えてみると,端的には読みやすい本やマルチメディアDAISY図書の紹介などがあるのでしょうけれど,本の手に取りやすさも大事なのですが,その前に図書館に安心して来ていただくことが始まりです。「読みづらい」という声に真摯に耳を傾け,子どもについては意思の表明はすぐには難しい面もありますが,一つ一つ,ご本人が本を読むために必要なものを一緒に考え,悩み,今できる最善の合理的配慮を提供していくことはできるはずです。そうすることで本への苦手意識は解消していき,その人にとって今必要な本が図書館にあって,その本にたどり着く方法を共に考えてくれる職員がいる。このような図書館の存在は差別の解消だけでなく,不安の解消,孤独の解消にもつながっていくはずです。

 自分にとって「本はどのような存在なのか?」,「本の魅力とはなにか?」という原点を改めて問うていただき,「安心した対話が生まれる図書館」の素晴らしさについて考え,目の前にいる人にとっての最善の合理的配慮を目指していただければと考えています。

(なぐも あきひこ:明蓬館高等学校)

[NDC10:015.97 BSH:1.障害者サービス 2.障害者差別解消法]


この記事は、南雲明彦.安心した対話が生まれる図書館へ-障害者差別解消法から考える-.図書館雑誌.Vol.110,No.2,2016.2,p.98-99.(障害者差別解消法と図書館④)より転載いたしました。