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講演2 障害者の自立に向けて−フィリピンの経験

フィリピン国家貧困削減委員会 リチャード・アルセーノ

司会 次のスピーカーを紹介します。リチャード・アルセーノさんは、フィリピン国家貧困削減委員会、全国障害者協同組合の会長、多目的協同組合の理事で、フィリピンの障害者登録制度を全国レベルに広げる活動をされてきました。また、国連障害者権利条約制定前に国連本部で開かれた特別委員会にフィリピン政府を代表して参加されました。では、「障害者の自立に向けて−フィリピンの経験」というタイトルでお話しいただきます。

アルセーノ 私が尊敬している近代の思想家、ノーベル賞受賞者であるアマルティア・セン氏が、「開発は自由をもたらす」と言っています。そこに私の視点を加え、「自由が自立をもたらす」としたいのです。

お話しする第1の項目は、国家貧困削減委委員員会の役割についてです。第2は、若者の声を組み入れた障害者センターと国連障害者人権条約についてです。第3に、インクルーシブ教育に対する障害児をもつ親たちと地域ボランティアの重要な役割についてです。第4は、自立を目指す草の根自助組織としてのBBMC(多目的協同組合)のフィリピンにおける障害者運動が残した遺産、その意味合いについて話します。 

国家貧困削減会(NAPC)

NAPCが設立されたのは1998年です。NAPCの設立前は、障害者の声は、なかなか地域政府や中央政府まで届きませんでした。障害者は、国の政策や制度を利用することに関して受身の立場でした。しかし、NAPCが設立されたことにより、意思決定を生み出す側へと転換したのです。

NAPCの体系について

NAPCは、3年に1度総会を開きます。フィリピン全域にある100あまりの障害者草の根団体の代表者が集まり、評議委員24名を選出します。そして、3か年計画が策定され、それは中央政府に勧告として提出されます。

NAPCは非常にユニークな構造をしています。政府部門と市民社会/基礎セクターの2つのブロックから成っています。基礎セクターには、社会的にはあまり重視されていない周辺的な14のセクターがあり、障害者のセクターもその中の1つです。もう1つのブロックが政府部門で、NAPCの議長はフィリピンの大統領です。

NAPCの全体会議は、強力な意思決定が行われる会議です。国家の省庁が参加するだけでなく、基礎セクターからも参加があり、その中で障害者が自分たちに関連する政策を打ち出し、政府に提示し、実施するよう働きかけ、実際に実行されています。

NAPCには中核となる5つの側面があります。①資産改革、②人間の開発、③生計と雇用、④社会保障、⑤平和と社会秩序および政治参加です。

政策に関わる重要な事項について

これまで重要な政策決定に関わってきました。まず、障害者および高齢者関連分野に、国家予算の1%を割り当てる決議事項がありました。

2つ目は、いろいろな社会サービスを受けられるようにするIDカードの土台となる登録を行うという政策が決議されました。

3つ目は、LGUsと呼ばれる地方自治体に障害者事務所を設立することが決議されました。これは、非常に重要な意味をもちます。1991年の法律で、国家的なサービスを地方自治体の行政の長に委ねるという流れが生まれました。こうした障害者事務所を設立することで、地方自治体レベルでの社会サービスを受けることができます。

このように、障害者分野にとって重要な政策決定がなされてきたわけですが、取り組むべき課題はまだ数多くあります。フィリピン全人口のうち1,000万人近くが、何らかの障害をもっています。2007年時点でフィリピンは国として経済成長しているにもかかわらず、200万人近い子どもたちが何らかの障害のために就学できないでいるのです。

インクルーシブな青少年センター(IYC)と若者の声(YV)

次に障害のある、無しに関わらず、若者の果たしている大きな役割についてお話します。「インクルーシブな青少年センター」(IYC)と「若者の声」(YV)というプロジェクトに取り組んでいますが、このような活動を通じて差別をなくしていけば健全な環境が青少年によって培われていくと信じています。文化的、スポーツ的な活動、そして雇用を獲得するという活動に取り組んでいます。IYCは6ヶ月間の試験期間を経て立ち上がったのですが、200人ほどの若者が革新的な活動に取り組んでいます。特に障害をもたない若者たちが積極的に活動しており、障害者に対して関心をもち、学校でのキャンペーンやレクチャー、障害者のためのボランティアアドボカシー活動などを行っています。このような活動が評価され、2007年に国家青年組織委員会からフィリピンにおける「十大優秀青年組織」の1つとして表彰されました。

また、「若者の声」(YV)というプロジェクトも進んでいます。これは、国連障害者権利条約が遵守されているか、不服事項はないかをモニタリングする目的で始まりました。また障害分野の指導者たちは高齢化していますので、この若者のプロジェクトには新しいリーダーを育成するという目的もあります。将来的には、フィリピンにある7,107の島から、このプロジェクトに参加している若者の中から、公の場でスピーチをしたり、政策策定に携わるような指導者が出てくる可能性もあると思います。若者に投資することは非常に大きな意味があります。私自身BBMC(多目的協同組合)の設立に18歳で携わりました。当時、大学に進学することは容易ではありませんでしたし、施設を出て自立することは大変でした。日常生活を送りながら事業活動をし、経済的に自立していくのです。BBMCの経験をとおして、仕事とは単にお金を稼ぐだけでなく、自分の尊厳を勝ちとっていくことである、そして社会で自分が目に見える存在になることの大切さを学びました。

インクルーシブ教育について

障害者に対する教育の枠組みは、特殊教育を提供することにつきます。この取り組みは100年前から続いてきましたが、それにもかかわらず、現在でも200万人の子どもたちに就学の機会が与えられていません。

2005年、「インクルーシブ教育イニシアチブ」(IEI)の概念に基づく取り組みが始まり、助成金を得て前進することになりましたが、私自身直接関わっていましたので特別の思い入れがあります。生活を維持するうえで、教育を受けるのは大切なことですが、障害者の98%が教育の機会を得ていないというショッキングな現実があるのです。私が卒業してからすでに20年が経過していますが、私が卒業して以降、その学校から障害者は1人も卒業していません。

人口25,000人のある村では100人以上の子どもたちが学校に行っていないという驚愕の事実があります。フィリピンには41,000以上の村落がありますが、非常に多くの子どもたちが、いまだに障害者であることを理由に、大切な教育の機会を得ていないのです。

IEIは、2年間のパイロットプロジェクトという形で、マニラ周辺の10郡、5州で実施しました。その結果、現在、IEIは21か所で導入されています。地域密着型のIEセンターが5か所、すでに立ち上がっています。ここでは障害をもつ子どもたちの父母や地域住民が参加することで、非常に活発な取り組みが進められています。それをサポートしているのはそれぞれの村落のリーダーたちです。さらに、学校単位のIEセンターが16か所設けられています。

これらのIEセンターは、それぞれ拠点を学校に置いています。教師やコミュニティのボランティアもトレーニングを受けることによって、障害をもつ子どもたちへの教育のケアが整うことになります。さらに、108名あまりが教育補助員としてトレーニングを受けています。対象者は障害をもつ子どもたちの父母、ボランティアです。教育指導者が都会や月収1万ドル以上という魅力的な機会に惹かれてアメリカに流出しているので、障害者に対しての教育ケアを施す人材が不足しています。それをカバーするのが教育補助員です。

インクルーシブな教育実施学校に就学した障害をもつ児童は228人です。ダウン症、自閉症、聴覚、視覚、肢体不自由など、いろいろな障害をもった子どもが非障害児と共に学んでいます。さらに、1,149人が特殊教育ではなく、公立の通常の幼稚園、小学校への入学を奨励されています。それを可能にするのは、保護者の積極的なサポートと地域のコミュニティのボランティアの力です。

このように大きな成果が上がっているこのプロジェクトは2009年4月に終了しますが、その成果はフィリピンの全国大会で発表することになっていますので、皆さんにもぜひご参加いただきたいところです。また、このプロジェクトを継続できるようにサポートもお願いしています。このIEIの取り組みについてはインドネシアやマレーシアでも導入をしたいという関係者の声があります。インクルーシブ教育、「インクルーシブな青少年センター」(IYC)の取り組み、「若者の声」の取り組みなど、教育に投資すること、若者の将来に向けて能力開発をすることの重要性についてお話ししてきましたが、まだ重要な課題が残っています。それは職を提供することで、これは大変困難な課題です。今、世界的な景気後退の局面にありますが、その中にあって社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)づくりなどが重要です。

障害者が仕事をもつ意味

自立支援を目指している私たちにとって次の項目は切り離すことができません。

1点目は、インクルーシブ教育のためにしっかりした基盤が構築されなければならないということです。つまり、インクルーシブ教育が障害者の教育として主流化されなければなりません。それによって障害者へのエンパワメントが可能になるからです。2点目は、家族、コミュニティの重要性です。子どもたちにインクルーシブな教育が提供されるためには、やはり家族の支援が必要です。私自身家族の支援があって大学教育を続けることが出来ました。また、3点目としてコミュニティのサポートも重要です。私が学生の頃、学校にはスロープがなかったので、4階の教室まで仲間が車いすを運んでくれました。インフラ面をサポートできるのはコミュニティです。そして、自立をするためには小学校教育だけでは十分ではありません。中学、高校とインクルーシブな高等教育にさらに進む道が必要です。将来活発な社会参加を促すためにも障害のある子どもの教育に投資することが重要です。そのためにもインクルーシブな教育へのアクセスが必要なのです。障害者と健常者が肩を並べて参加できるような環境を整備していかなければなりません。

次に、自立の第3段階になりますが、障害者が自立するためには教育だけでは十分ではなく、自立には持続的な仕事をする、経済的な活動を行って自分を養うことが不可欠なのです。経済的なエンパワメントを実現して自立を獲得することが重要です。それは、自営でも賃金をもらう形態でもいいと思います。

第4段階の自立は、私は「自立 (Independence)」とは呼ばず、Interdependence (相互依存)と呼んでいます。というのは、障害者が教育を受け、仕事に就けば、家族を支え、生活していくことが出来るようになり、国の役に立てるからです。NAPCにおいても、もし私が教育もなく、家族や地域社会から十分な支援も受けられなければ、私はコミッショナーにも代表にもなっていなかったかもしれません。仕事がなければ私は子どもが2人いる家族を養って普通の生活をすることもできません。ですから自立の最高の形というのは、障害者が国の役に立つことが出来るInterdependence (相互依存) だと思います。 

最後に、私が自立を獲得するようになった上で重要な役割を果たしてくださった組織、関係者に御礼申し上げます。まず、日本キリスト教奉仕団です。そのアガペ交換プログラムは、素晴らしい学習の場を提供してくださり、指導者としての能力育成をしてくださいました。感謝申し上げます。次に、私の学生時代から今日まで常に私を支援、鼓舞し、動機付けをしてくださっている原先生です。3番目が私の家族です。忍耐の大切さを教えてくれました。最後に私の妻と子どもたちです。常に国のため、世界のためになる事をするようにと私を勇気付けてくれています。感謝します。

一言付け加えます。障害者にとって「開発、発展」は「自立」であり、「自由」なのです。ありがとうございました。

司会 孟維娜さん、リチャード・アルセーノさんのお2人から、限られた時間で、大変豊富なトピックについてお話しいただきました。