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講演3 インドネシアにおける障害児向けの防災準備教育 −国際NGOでの経験と持続性への課題−

ASB防災教育プログラム・マネージャー 可児 さえ

司会 それでは、全日本ろうあ連盟理事の宮本一郎さんより可児さえさんの紹介をお願いします。 宮本 可児さんは、幼い頃から途上国に関心を持ち、さまざまな活動をしています。イギリスでフォトジャーナリズムを勉強された後、写真をとおして途上国の現状を取材されています。2006年5月の中部ジャワ地震をきっかけにドイツのNGO、 Arbeiter-Samariter-Bund(ASB)に勤務され、インドネシアのジョグジャカルタを拠点に、障害をもつ子どもたちに対する防災教育・教材をつくる活動などに関わってこられました。

可児 私はドイツのNGO団体ASBに勤務し、インドネシアのジョグジャカルタをベースに活動し、防災教育を担当しています。ASBは、ドイツのコロンにあり、1888年に設立されました。ドイツでも古い団体の1つで、世界30か国で活動しています。インドネシアは最も新しい支部で、中部ジャワ地震が起きた2006年5月26日の後に緊急援助に入りました。現在、多くのNGOは緊急援助が終了したということで撤退しましたが、ASBは今も残っており、中期開発プロジェクトをメインに活動を行なって行きたいと思っています。

ASBの防災教育

アジアの開発途上国における障害児を対象にした防災マネジメントは、災害時または災害後にどのように障害者を救援できるかという対処法がメインでした。防災準備とか、防災準備マネジメントが言われ始めたのは、スマトラ沖地震、津波災害の後ですので、東南アジアでは比較的新しい分野です。特に教育分野では、「防災準備教育」という新しい分野が始まったばかりですから、当然、障害児を対象にしたものは存在していませんし、教授法やアプローチの方法論も確立していません。「防災準備教育」といっても、別に大げさなものではなくて、日本では学校で普通に行われている避難訓練や防災バッグなどなのですが、それを積み重ねることで、災害に対して準備していくということです。私たちは、国をあげて何かするというより、基本的なことを学校単位でやることによって、個人個人が徐々に災害に対する耐久力が強くなっていくのではないかと考えています。

災害は人を選びませんから、障害児を含めすべての子どもたちに防災準備教育を行なうのは当然のことだと思います。

防災準備教育の様子

ASBの防災準備教育は知識ではなく、行動で覚えるという教授法を提案しています。防災準備はアカデミックな知識ではありません。とっさにどのように行動するかが生死を分けます。なぜ地震が起きるのかだけを知っていても命は守れません。なぜ頭を守るのか、なぜ避難するときに靴を履くのかとか、その〈なぜ〉を示す教材づくりを目指しています。アジア太平洋地域で障害児を対象にした防災準備教育を行なっている団体は、私が知っている範囲ではうちだけですので、教材等も自分たちで制作して先生たちのトレーニングに合わせてお渡ししています。先生たちはそれを直接使って教えるだけです。地震はいつ起こるかわかりません。緊急性に対応するために、教師に経験や知識がなくても簡単にそのまま使えるように工夫しています。日本でいう紙芝居ですね。それからDVD(写真参照)。

聴覚障害の子どもにはDVD、視覚障害の子どものためにはオーディオブック、トーキングブックをつくっています。言葉でコミュニケーションのできない子どもには、真ん中の写真にあるようにパントマイムや演劇などを使ったトータルコミュニケーションという方法を使って必要な情報を教えています。

ジョグジャカルタの教育システム

ASBでは、聴覚障害、視覚障害、身体障害をもっている子どもたちに対して、別々の教材をつくっています。今日は聴覚障害児向けの授業を紹介します。

インドネシアでは手話が確立していません。子どもは、地元単位、学校単位の手話を使っています。その手話も最低限の日常会話のみで、授業ではほとんどが先生の口話と黒板の文字のみで行われていると言っても過言ではありません。口話法を教えるにも、教師自身がトレーニングを受けていないので、生徒たちはただ先生の口元をじっと見ているだけです。授業の内容もわかりにくく、コミュニケーション能力は育っていません。

紙芝居は、知的障害の子ども向けにもともと作ったものですが、低学年のろうあの生徒もボキャブラリーがまだ足りないので、文章で説明してわかってもらうのは、なかなか大変です。ですので、紙芝居のような簡単な絵とパントマイムのようなアクションを組み合わせてみせることによって、まだコミュニケーション能力の低い生徒も理解できるようになります。

このような経緯を経て、最終的にたどりついたのが、ビジュアルベースのトータルコミュニケーションです。これは簡単な手話、ホームサイン、表情、ボディランゲージを組み合わせたものです。地元のろうあの青年と、ジョグジャカルタのホームサインをベースに防災教育DVDをつくりました。それを使って、ASBのスタッフが特別学級の先生に、トータルコミュニケーションの防災準備指導について教えます。先生は生徒と一緒にDVDを見た後、生徒が内容をどの程度理解できたかチェックします。このチェックも通常のような質問ではなく、トータルコミュニケーションを使って行います。

コンセプトチェックカードという2枚のカードをまず使います。1枚のカードには地震の際の正しい行動、もう1枚には間違った行動の絵が描かれています。生徒たちは1人1枚のカードを使って、自分でその行動をパントマイムで表現します。周りの生徒たちが何の行動を示しているのか、またどちらが正しいか、間違っているかが分かれば、大成功です。この様にして、生徒同士でお互いの理解度をチェックすることができます。

先生がパントマイムを上手にできないこともあります。そのような時には、理解できた生徒が直接参加して、他の分かっていない生徒に教えることも多々あります。ワイワイ皆でパントマイムしながら、情報を共有することによって、先生へのプレッシャーも減らすことができますし、このピアー・トゥ・ピアー(Peer to Peer、仲間から仲間へ)の方法は高学年の生徒から低学年の生徒への指導もかなり効果的に行えます。これまでのインドネシアの教育はトップダウンでしたから、先生と生徒が一緒に考えるというこのやり方はとても刺激的だったようです。

このような授業の後で全校で避難訓練をしますが、先生だけではなく父兄も巻き込んで行いますので、かなり大規模です。インドネシアでは先生1人が何人も障害のある生徒たちを同時に受け持っていますので、重度障害のある何人もの子どもたちを先生が1人で避難させることはとうてい無理です。他の人との役割分担を事前に理解して避難訓練に臨むことが大事です。

国際NGOの援助を持続可能な活動にするために

国際NGOと地元に根を張ったNGOの立場は違います。これからお話する持続性への課題は国際NGOの立場だとお考えください。

第1に、教師の質です。先生たちはスキルアップをしたいと思っているのですが、そのためのトレーニングを受けられる環境にありません。地元政府、中央政府の理解が不可欠です。

避難訓練も、NGOが来た時には実施したけれども、その後はやっていないという話をよく聞きます。定期的に行わないと避難訓練は意味がありません。持続するためには政府のイニシアチブがなければ無理だと私は思います。先生たちはオーバーワークですので、NGOがいくらやりましょうと勧めてもかないません。

私たちは持続させるために、防災担当員という学校で防災を担当する先生を選び、定期的にフォーラムを開催しています。学校外でトレーニングを行う際には、先生たちがそこで学んだことを他の先生に伝えることがメインになります。伝える先生は、校長先生の場合もあるし、そうでないこともあります。このフォーラムをとおして、地域単位で学校が連携することができ、さまざまな情報をシェアすることができます。大事なことは、教育省などの関係省庁の関係者を実際のモニタリングの作業に巻き込むことです。これにより、政府の意識の変革のきっかけにもなります。どこの国でもそうですが、政府のお役人は現場のことがよくわかっていないという嘆きを先生たちから聞きます。このような避難訓練や先生たちのフォーラムに最初は無理矢理でも参加してもらうことによって、今までなかった政府と現場の先生たちの直接的な対話の機会が生まれます。

国際NGOだから、資金があると思われて政府の協力が得られないこともよくあります。NGO自身も政府と協働するのは何かと面倒だと、自分たちだけでやってしまう傾向があるようです。しかしその国の予算や予定を無視した活動は、どんなにすばらしくても結果的には持続的に発展しないことが多いようです。その国の政府の事情にも耳を傾け、ある程度尊重した上で巻き込むことがNGO活動の持続性の可能性につながると思います。私たちの活動に関して言えば、最終的にせっかくやる気になっている防災担当の先生たちの活動をバックアップし、維持するには、将来的にはジョグジャカルタ州政府から予算が出ないと長期的には難しいというのが現状です。それには中央政府から承認を受け、ジョグジャカルタ政府自身が将来的にはこの活動のための予算を申請しなければなりません。そのための布石として私たちは首都ジャカルタでの啓蒙活動にも積極的に参加しています。

2006年から2年半やってきて、ジョグジャカルタでは基礎学級と特別学級でのASBからの基礎トレーニングはすべて終わりました。そのなかでいろいろなことを学びました。たとえば、インドネシアでは95%の障害児が学校に行くことができていません。 学校に行けない障害児のための家族も巻き込んだ防災準備活動はとても大事なので、地域で学校に行けない子どもたちと地域の学校との架け橋になれないかと現在模索しているところです。

インクルーシブ教育

特別養護学級はどこにでもあるわけではありません。インドネシアでは、交通の便が悪い、送迎する人がいないというだけの理由で学校に行けない障害児がたくさんいます。地元の村の普通学級が受け入れてくれれば教育を受けることができますし、非障害児も障害児と交わることで学ぶことはたくさんあると思うのです。インドネシアは、インクルーシブ教育も発展途上国です。ただ受け入れるだけではインクルーシブとは言えず、障害児も教育に対して同じアクセスができるようにしたうえで、初めてインクルーシブと言えるのだということを提言していきたいと思っています。普通学級の先生たちが障害児を受け入れたうえでの課題なども、地元の障害者のための草の根団体とも協力して、そのへんのレベルアップにも将来的には協力できればいいなと思っています。

また現在、唯一特別学級むけの教員教育課程があるジョグジャカルタ州立大学と協力して、将来の先生たちに防災教育を学んでもらい、障害児向けの防災準備教育が選択できるようなカリキュラムをつくっています。これができるとインドネシアで初めて防災準備教育が、大学の教員過程で取り組まれることになります。

政府との関係も考慮することでよりよい活動を

国際NGOは、基本的にその国の政府に招かれて入っていくものなので、政府をまったく無視するプロジェクトでは、結局は続かなかったり、つながらなかったりすることが多いようです。コミュニティや草の根のキャパシティーをつくることももちろん大事ですが、それと同時に、国や地方自治体のキャパシティーをつくることも、特に国際NGOに課された重要な役目だと思います。国際NGOは難しい政府とのつきあいができ、彼らからの快い賛同が得られて初めて持続可能な草の根に根ざした活動がしていけるのだと思います。

司会 ありがとうございました。