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コーディネータによる課題提起

国立障害者リハビリテーションセンター 特別研究員 河村 宏

 

本日は1時間半という大変限られた時間の中ですが、図書館に関する総合的なフォーラムが行われるという大変貴重な機会を生かして、著作権に関わる障害者の情報アクセスの問題について意見交換をし、できれば会場の皆さんからもご意見をいただいて、論点を煮詰めていくよう、パネルディスカッションを進めさせていただきたいと考えます。

私の方からは課題提起ということですので、今、どんな課題があるのか、どんな論点で議論したいのかを、全く個人的な立場で提案させていただきます。

5つ要点を提案したいと思います。これは後ほどパネルディスカッションの中で、パネラーの皆様がどれか一つでも取り上げていただければうれしいと思います。

著作権法の改正について

まず第1点目ですが、著作権法第33条の2がこの4月に改正されて実施されております。これはこの後井上さんからさらに詳しいお話があると思いますが、ずっと10年越しに、障害者放送協議会と文化庁、それから著作権者の皆様方とも協議を進めてきた成果です。この内容を外国の関心のある人々にも紹介しましたところ、画期的ではないだろうかという声も出ております。

どんな中身なのかを申しあげますと、これは教科書に関する著作権法上の取り扱いについての改正です。

そこで取り上げられている障害は、視覚障害、発達障害、その他の障害−−つまりすべての障害です。ここが一つ画期的だと思います。

そして、教科書をどういうふうに処理できるようになったのか、どういう形で提供できるようになったのかと言いますと、すべての障害のある児童・生徒が、その生徒が使用するために必要な方式で、−−つまり、これとこれをやっていいと限定せず、その生徒の必要に応じて提供していいことになりました。

障害を限定していない。それから「使用するために必要な方式」という包括的な言い方をしている。この2つの点が非常に高い評価を受けています。画期的な新しい第一歩を、いよいよ日本の著作権法も踏み出したのかというふうに考えております。

著作権法では、もともと障害に関わる著作権者の権利を制限する規定というものがございました。第37条です。この37条でこれまで限定的に規定されていたのは、視覚障害者の利用と聴覚障害者の利用です。もともとは視覚障害者についてだけ触れていたのですが、私たち障害者放送協議会で取り組んで、前世紀末と言ったらいいでしょうか、21世紀に入るちょっと前に、聴覚障害者のための権利制限についても実現いたしました。そのときに、聴覚障害以外の関係団体も、一緒になって取り組んで、実現したんですね。ですから、次はさらに対象を広げるんだというのが、このときの、みんなの共通の思いでした。それから10年かかって、やっとこの33条の2の改正が実現したわけです。

国際的な動向

2番目に、著作権の国際的な環境について触れてみたいと思います。著作権というのは国際条約に基づいて国内法を決めますので、良くも悪くも、国際的に足並みを揃えることが大変重要です。

今、著作権法を管理しているWIPO(ワイポ)は、世界知的所有権機関と訳されていますが、ジュネーブに本部があります。このWIPOは加盟国の数でいうと、多数派は開発途上国です。この開発途上国の側から、今の著作権法の体制は不公平だという声が非常に大きくなっています。もっと抜本的に見直して、途上国の開発の問題を一緒になって考えながら、貧困問題の解決を図るとか、そういう側面にも、きちんと配慮をしてほしい。そのうえで、知識や文化、そして著作権が守られる、というふうに組み直すべきだという議論が大勢を占めています。それに対して先進国側からは、ちょっと待ってほしいという議論もあります。でも大勢としては、とにかく抜本的に変えなければいけないというのが、世界の多数の国の声です。このことはまず基本的な背景として考えておく必要があると思います。

その次にとても重要なのが、国連の障害者権利条約です。中でも、電子化された情報が、さまざまな障害をもつ人々に新しいアクセスへの道を開くということが、特に強く期待されています。電子化されることによって、柔軟なアクセスができるんですね。そしてそのための標準規格が、DAISYをはじめとして、出版業界でも定められています。ところが、DRM(ディジタル・ライツ・マネジメント)といって、いわば情報を暗号化して、買った人にだけ鍵を渡し、その鍵を持っていないと読めないとか、あるいは、携帯電話などの機械で情報を受信した場合、その機械が使えなくなったり、その機械の中にある情報を引っ越そうとしても引っ越せない、必ずその機械でないと再生できないという仕組みがあります。つまりコピーをさせない。あるいは暗号にかけて一定の方式によらないと読めないようにする。この仕組みが出版界には当たり前という雰囲気が非常に強いです。それに対して障害者権利条約では、せっかく技術としていろんな可能性を持っている電子出版物が、DRMのためにアクセスできないという現状は、やはり差別的である−−−DRMのために障害者がアクセスできないのは差別であると、はっきりと指摘しています。

この権利条約は、既に発効し、国際法として成立しています。すべての国連機関はこれをきちんと実施する責任を負っています。先ほどのWIPOも国連の専門機関の一つです。ですから、まず途上国からの意見、同時に、DRMによってアクセスを妨げるのは権利条約を否定することであり許されないという、この2つの方向で、WIPOはこれからいろんな取り組みをしなければいけないという状況にあります。

それを受けまして、世界盲人連合が新しい条約案を提案しています。日本政府は、まだ検討していないということで見解の表明を避けているようです。これについても、私たちは勉強して、日本政府としての見解をきちんと出し、権利条約を実施する方向で意見を出すように働きかける必要があるかと思います。

著作権に関する3つの道

世界の流れとして、大きく3つの道があるといえます。まず、著作権を障害のある人のアクセスのために一部制限するというのが一つの選択です。それから、権利を制限しないで出版社あるいは著作権者と利用者の間に契約を結ぶというのが2番目の道。そして、「クリエイティブ・コモンズ」など、まだ大勢にはなっていないのですが新たな提案がたくさん出されています。それを一括して「第三の道」と言っておきたいと思います。そういうふうにいろんな道筋があります。

これから、権利制限がいいのか、契約がいいのか、あるいは第三の道がいいのか、あるいはそれらを組み合わせていくのがいいのか。そのことについて皆さんでぜひ議論を深めていただければというのが、国際的な環境に関わる部分です。

立場の違い

3番目に私が申しあげたいのは、どうもこうやって見ていきますと、著作権者個人と出版社とは、やはり少し姿勢に違いがあると思います。それから、著作物の利用者個人と、その利用者に、例えば点字、録音、字幕つきのビデオ、手話入りのビデオを提供する団体や、図書館など、情報を提供し、仲介する団体との間にも、少し違いがあると思います。そこは議論を分けて考えないといけないと思います。

どの辺で違いが出るかというと、おそらく著者としては、今の著作権法ですと死後何十年かたつと著作権が切れてもう著作権料は入ってこなくなります。その後は関係ないと思うのか、それとも自分が著作あるいは作曲したものが後世、今のクラシックや古典のように何百年たっても世界中のみんなに読まれる、聴かれる、そのことを自分は喜びとすると考えるのか。後者に重きを置く人もいると思うのです。それから経済的な収入というのも、生活するのに必要ですから、それをきちんと守ったうえで、さらに将来の世代のことを考えたい、そのための貢献をしたいという個人はたくさんいると思います。多くの方はそうだと思います。一方、企業、出版社が営利企業として成り立っている場合には、どうしても毎年の収支が問題で、赤字では困るというのが当然あると思います。そこは明らかに違うのですね。社会全体で考えたときには、社会としては一年一年の収支でものを考えることはできない。やはり長い目で社会をどう作っていくのか、文化を作っていくのかということで考えます。

ですから、それぞれの立場の違いを前提として集まって、一緒に話し合いながら合意をしていくことが大事なのだと思います。

お互いに必ずしも一致しているわけではありません。障害のある方の中でも、自分の障害はプライバシーとして人に開示したくないという方もいます。これは当然の権利です。一方、例えば白杖を使って歩いている方は、白杖を使っていることを周りに見てもらわないと交通の安全が守れませんから、それはむしろ積極的に開示したい。それは一人一人の選択であり権利であるわけです。

情報提供施設などで、「障害者手帳を見せてくれますか」ということを条件にして、一定の範囲の人に貸し出しをすることは、普通に行われています。それはそれでかまわないという人も当然いると思いますし、それでは差別されたり、いじめられるから困るという人もいます。特に今学校に通っている発達障害のお子さんは、そこにものすごく神経を使わないと、現実にいじめの問題が迫ってくるわけです。そういったことも配慮しなければならないと思います。

ですから、一人一人は個人として尊重されなければならない。それは作家も障害のある利用者も同じだと思います。それからそれぞれの団体はやはりビジネスモデルを持っていなければいけない。国、自治体、公共団体は、また長期のビジネスモデルを持っていなければならない。それぞれがそれぞれの立場を踏まえて、お互いに十分情報を交換して意見を交わし、共同決定をしていく。このことが必要なのだと思います。

南北問題

そして4番目に、南北問題ということを考えないといけないと思います。地球というのは、今度マグロが減産だなどと、自然環境のうえでもみんな身に沁みているように、グローバルに一つなんですね。自然も、人間の知識、文化も、実は、一つの地球として考えざるを得ないし、考えるべきだと思います。そう考えますと、貧困の問題、環境エネルギーの問題、あるいは鳥インフルエンザやエイズの問題、そのようなグローバルな課題というものは、個人も、企業も、政府も、障害のある人もない人も、高齢の人も、さまざまな民族でそれぞれの言葉を話している人も、書く言葉のない言語を自分の母語としている人も、あるいは自分の住んでいるところで少数派の言語文化を持っている人も、みんながそこで参画して、一緒に取り組むことが重要だと思われます。

そのときに、自由かつ十分に情報を得たうえでの同意、ということが大切です。これは国連の障害者権利条約の第2条ではっきり原則としてうたわれていますが、同意するためには自由でなければいけない。その上に、十分に情報を事前に得ていないといけない。そういった大原則を、みんなで大事にして、これがすべての人に共通の、公共の利益ではないか、という観点も重要だと思います。

そして、南北が共に、途上国もともに歩んで、南にある問題を北も貢献して解決をしていかないと、地球は一つという中での課題解決はできません。そのような観点から、知識と文化、そこに深く関わる著作権はどうあるべきなのかという観点が出てくるかと思います。

過去、現在、未来

そして最後に5番目ですが、過去、現在、未来というふうに、時代を追って考えてみてはどうでしょうか。過去の文化遺産、知識の集積を私たちが吸収して、現在の知識、文化、科学、技術を作っているわけです。過去の遺産がなければ現在はないわけですね。また未来を考えたときに、私たちが受け継いできた過去の遺産に、現在の私たちの知的な成果を足して未来に引き渡さない限り、未来の人たちに、今私たちが享受してきたのと同じ過去の文化的、知識的な遺産はないわけです。

しかしながら、過去の知識、遺産にアクセスできない人々も多数いるわけです。今、私たちは、過去のものをアクセスできる形に変えたり、あるいは今出版されているものをアクセスできる形に変えたり、「代わりのフォーマット」と言っていますが、それを集積して未来に送りたいと、さまざまな団体が活動しているわけです。

今後の取り組みに向けて

先ほど申しあげたとおり、日本でも、著作権法第33条の2によって、すべての障害について、必要な形式で教科書を作ることを認めようという合意ができました。これを第一歩として、著作権のあり方も大きく変わろうとしています。やはり未来を見据えて、将来の人々が使う文化を集積するために、最初からすべての人がアクセスできるものにしていく。そういう抜本的な変化をどうしたら実現できるのかと考えてみることが重要ではないかと思います。

つまり、メインストリームを変えるということです。メインストリーム−−いわゆる普通の出版物、普通の出版社、普通の放送局、あるいは普通のビデオ出版など、すべてがアクセスできるようになることを展望するのが、やはり今、私たちが将来を考えるときに、積極的な夢になるのではないかと思います。

これを私は、「パラダイムシフト」と呼びたいと思います。今あるあり方を根本的に変えていく。でも一朝一夕では変わらないのですね。ただそのゴールを見据えて、今どうするのか。2年後、5年後、10年後に向けてどういうロードマップを描くのか。

先ほど個人と団体を分けて、それぞれの考えを明らかにしましょうという提案をしました。将来をどう考えるのか、それぞれの立場、それぞれの都合が当然あるわけです。一遍にいろいろなことは実現できません。あるがままの意見を述べ合い、お互いに無理のない形で、合理的に、納得のうえで進めていく道を練っていく。それが著作権についての合意を積み重ねていく、今後のあり方ではないかと思います。そのような合意を、法律という形で実現すれば、法律で強制するということではなく、法律の趣旨をみんなが生かして、できるだけスムーズに、みんなが知識を共有できる社会が、目指せるのではないかと考えるわけです。やや理想的なことを申しあげましたけれども、やはり夢がないと生きていけません。

10年前に私たちが文化庁と交渉したときに、非常に誠実な、熱心な著作権課長さんだったと記憶しておりますが、その方が、どういう範囲で発達障害の問題をとらえたらいいのか、厚生省に定義があるのかということをおっしゃっていました。当時、発達障害者基本法もありませんし、未解決の課題もたくさんあって、その中の一つが、発達障害についての取り組みでした。しかし、その後時代が変化し、当事者の皆さんやご家族、支援者の皆さんのご苦労の積み重ねの中で、発達障害者支援法もでき、特別支援教育という包括的な概念も生まれました。それを踏まえて、今度の著作権法改正があるわけです。

ですから私は、非常に肯定的に、これは希望が持てるのではないかという思いを、今、抱いているところです。そういう意味で、夢を一緒に持てたらいいなという問題提起をさせていただきました。

以上で私の提起を終わりまして、これからパネリストの皆さんにご登壇いただきたいと思います。