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質疑・ディスカッション(1)

司会 それでは最終セッション、質疑とディスカッションの時間に移ります。

午前中のチャパルさんとマラトモさんのご講演、それから午後の4人の方のご講演をもとにして、いろいろなディスカッションの項目が挙がってきました。ではここより進行を寺島さんにお願いします。よろしくお願いします。

 

寺島 今、ご紹介いただきました浦和大学、寺島と申します。よろしくお願いします。以前、国際協力専門官というのを1年やったことがあるだけで、あまり国際協力には知識がありませんので、今日は非常に勉強させていただき、ありがたく思っております。

この時間は、主に、ご質問されなかった、あるいは、したかったけれどもできなかった、そういう方のために多くの時間を割ければと思っております。何かまとまった議論ができるかどうかは少し難しそうなので、質問を中心に進めていきたいと思います。

休憩前のプログラムで、日本人の4人の方の発表に対して、チャパルさんとマラトモさんからコメントをいただくということになっておりましたので、そこから始めたいと思います。チャパルさん、7〜8分で日本人の報告者の発表に対してコメントをいただけますでしょうか。

 

チャパル ありがとうございます。質問は特にありませんが、4人の皆さんがすべて、いろいろ違う経験を語られたご発表からたくさん学ばせていただきました。私は生涯教育を強く信じています。人生を経るにしたがって、たくさん学習するものだと思っています。

小俣さんは20年間も組織を支援してきたご経験を話されましたが、非常に面白いコメントをされました。1つ特に印象を受けましたのは、信頼関係を築くということから学ぶことが多かったとことでした。ドナー主導型のプログラムは2〜3年で投資の結果を求め、地域社会全体を変えたいなどと言うのですが、それは無理です。地域社会の中で存在を認めてもらう、お互いをよく知って信頼関係を築くだけでも1年2年かかります。ですから、それを言ってくださって大変よかったと思います。ありがとうございました。

さらに、幸か不幸か現地に日本人スタッフがいなかったと、皮肉をこめておっしゃいましたが、良いコメントでしたね。外部の人たちは、前面に出るよりもう少し水面下の役割を果たしたほうがいいと思います。前面にあまり出てしまっては期待が高すぎて、その期待に添えないことも時にあるわけです。そうしますと失望されてしまう、そして最終的にはプログラムが崩壊してしまうという危険性があります。私は世界中のプログラムを見てきましたので、このような例をたくさん知っています。ですからとても強力なコメントでした。ありがとうございました。

 

中西さんに対してコメントをするには私は力不足です。しかし、理念に関する限り、CBRとILの間にはまったく違いはないのだと強く信じています。アプローチが違うだけなのです。文脈、状況が違えば筋書きが違う、したがってアプローチも違ってくるということです。この文脈がどうして違うかという例を2、3申し上げましょう。私はかつて、お金は直接人に渡し、人がお金を使うべきであるという運動をしたことがあります。これも自立生活の基本です。で、何が起こったかと言いますと、子どもたち、あるいは大人もそうなんですが、政府の年金、あるいは学費が彼らのほうに入ってくるようになった。すると、子どもは月に7日から10日学校に行かなくなるのです。郵便配達員がお金を届けてくれるのを待っているのです。お金が個人に行くからです。しかも、郵便配達員も、リベートをあげないとそのお金を届けないということになったのです。ですから、非常に複雑です。家族のために本当にいいことをやっているのかどうか分からなくなってしまいます。

 

発展途上国の多くで大きな問題になっている汚職については話をしていませんでしたが、そういうことがあるということは、認識しなければいけないでしょう。国家はお金を出さなければいけませんが、私たちはどこからそのお金が出てくるのかも知らなければいけません。わずか5%、10%の人たちが所得税を払っているにすぎないという国が多くあるわけです。だから政府に税収入がなかったら、政府はいったいどこからお金を得たらいいのでしょうか。本当に複雑な問題です。世界は本当にそれぞれ違っているので、すべての国で、何がうまくいって、何がうまくいかないのか。その政府にとって何が持続可能なのか、そしてどういう仕事をするのかというのは見極めなければいけません。

自立生活であろうとCBRであろうと呼び方はどうでもいいのです。最終的に障害者がプログラムから恩恵を受ける。で、平等な機会と権利があるかどうか。彼らが尊厳を持ってちゃんと扱われているのか。それが重要なことだと私は信じています。中西さんも、その他の人たちも、CBRと IL運動のギャップを縮めようと何年間もお働きになっていらっしゃいます。世界中ではうまくやってきたと思いますが、地域レベルではもう少し改良が必要かもしれません。

 

さてJICAについてですが、私はこのプログラムを見たことがあります。武智さん、そして薫さんにお祝いを申し上げたいと思います。すばらしい仕事をしました。JICAはシリアでお二人がされた素晴らしいお仕事を誇りに思うべきです。お二人は地域社会を本当に変えられました。

私は、武智さんがあちらで生活していらっしゃるときに訪問したことがありますので、人々に大いに受け入れられたこと、また人々が本当に自然に反応していたことを目撃しました。そのプログラムから学ぶものが多くありました。何をやってもそこから学ぶことは多い。JICAはそこで学んだことを、将来は他の場所でCBRのプログラムに反映することでしょう。

この仕事がシリアで完遂されたということに敬意を表します。本当にすごいことだと思います。いい仕事をされました。このために政府がCBR支援の予算をつけてくれたのです。前には考えたこともなかったプログラムですから、前向きの動きだったと思います。

 

最後のご発表は知的障害者のためのプログラムでしたね。私は経験から障害セクターはバラバラにしてはいけない、プログラムもすべての障害をインクルーシブにしなければいけない、障害者も非障害者もすべてインクルーシブにしなければいけないと強く信じておりますが、もう1つ理解しなければいけないのは、障害を限定するプログラムのニーズもあるということです。すなわちニーズがまったく違うときには分けなければいけない。ですから沼田さんが実施していることに本当に賛成します。

ただし、「どうやって」ということを考えていかなければいけません。もっと地域住民の動員ができるか、どうやったら他の障害者のグループも巻き込めるか、などです。障害者運動を見てみますと、他の少数派グループとの連携が進んで、さらに強力になっています。そうしないと、村の中では、障害者の方が数人声をあげても誰も聞いてくれません。しかし彼らがもし差別されたり、恵まれない人たちのグループと手をつなげば別でしょう。これは津波の後にそのいい例がありました。障害者のグループが漁師の人たちとデモをしたのです。それで運動がさらに強くなったのです。

障害別のグループのためのプログラムが、もっと他の障害者のプログラムとインクルーシブになり、最終的に、朝に申し上げましたように、障害者も非障害者も一緒にするようなプログラムにできるか考えなければなりません。

今日は大変学ぶことが多かったです。皆さまのご発表、ありがとうございました。

 

寺島 この後、日本の方々にも発言していただきますが、その前に、マラトモさん、お願いいたします。

 

マラトモ ありがとうございました。メッセージとかコメントということではなく、ここにいらっしゃる日本人4人の演者からたくさん学ばせていただきましたこと感謝します。

何を学んだかと言いますと、まずJICAについてですが、JICAは普通、政府間(GtoG)のプロジェクトをやるということは知っています。しかしこのご発表の中でお聞きしておりますと、シリアでは政府が5つの村で参加型CBRを始めたということです。普通政府というのはトップダウンのアプローチをとるものですが、そうではないこともある。政府がちゃんと認識をして参加型のやり方を採用したということでした。ボトムアップということです。

私にとりましては、トップダウンとボトムアップをいかに組み合わせるかということを知るのは非常に重要です。政府は必要です。全国レベルの政策も必要です。それと同時に草の根レベルの地域社会の率先による参加型も必要です。両方必要です。そして創造性が必要です。

JICAがシリアのCBRで、創造性をもってこの2つの流れを絡み合わせたことを素晴らしいと思いました。JICAのプロジェクトの次のステップとして、是非お考え頂きたいのはNGOです。 GtoGではなくてGtoNGOです。JICAとNGO、JICAとDPO(障害者団体)などです。私の国ではJICAとインドネシアの政府、インドネシアの政府とNGO、またはDPOとなっています。次はできればJICAはNGOに、それから直接DPOにというやり方にもう少し注目してほしいと思います。

 

2番目の点といたしまして、中西さんのご発表にあった自立生活とCBRについてですが、自立生活は私たちの状況、自分自身の文脈で解釈されるべきではないかと思います。アメリカの状況、日本の状況、そしてインドネシアの状況は違います。しかし自立生活の精神、目的は同じだと思います。何を申し上げたいかといいますと、CBRは自立生活の質を高め、自立生活はCBRの質を高めるということです。目的は同じですから一致協力するべきだと思います。アプローチと方法論が多少変わるだけだと思います。

中西さんの経験と説明をお聞きしておりますと、インドネシアのために学ぶことたくさんありました。というのは、インドネシアでは、自立生活は全国的にはレベルがまったく高くありませんが、CBRは草の根レベルでうまくいっているからです。時には、国家レベルと草の根レベルにギャップがあることもあります。国家的なレベルで仕事をしている障害者は政策について、つまりマクロレベルについて考え、一方草の根レベルの農村に住んでいる障害者は日々の生活について考えるのです。マクロレベルとミクロレベルをリンクさせなければいけないのです。これは特にインドネシアが今苦闘してことです。中西さんから大変たくさん学ばせていただきました。ありがとうございました。

 

小俣さんからタイのCBRについてお話がありました。ローカルのリソースを使うCBR、地域社会の参加ということでした。ただ、今私はここでは「動員」という言葉を使いませんでした。「動員」と言うと何となく軍事っぽくないですか? 「動員」と「参加」の違いは何でしょう。「動員」というのは、おそらくは地域に対して「何かをしてくれ」と依頼することで、「参加型」というのは、おそらく地域社会が何を必要としているかを特定した上で、自発的に参加してもらうことではないかと感じています。先ほどのお話から、地元住民の参加と地域社会のリソースを使うことによってタイのCBRを成功されたのだと思います。タイにおけるベストプラクティスから多くを学びました。小さなプログラムであったとしても今後大きく成長していくのでしょう。

次に、沼田さんのお話はカンボジアにおけるCBRについてでしたが、これも私にとってはとても重要なお話でした。知的障害はどこにでもある課題なのです。地域社会の態度が一番大きな問題だと思います。なかなか知的障害者を温かく包んではくれません。その中で家族の役割というのが、実は地域社会の姿勢を変えていくためには重要なのではないかと思います。さらに沼田さんからは、参加型方法論ということでPRAなどについてのご説明をいただきました。これは発展途上国においては非常に有効だと思います。すなわち知的障害についての認識を地域社会で高めることに役立つと思います。ありがとうございました。

 

寺島 どうもありがとうございました。次は、日本の方から順番に今のコメントに対してお話がありましたら、あるいは言い足りないことがありましたら、1人あたり3分ぐらいでお願いします。では武智さん、よろしくお願いします。

 

武智 いろいろコメントありがとうございました。このような機会に、また皆さんへシリアのケースを発表させていただき本当に嬉しく思っております。チャパルさんも実は、先ほどご紹介がありましたように、シリアにプロジェクトをしている間に、2度ほどシリアに来て講演をしていただきました。その当時をよく知るチャパルさんに、そのようにシリアのケースを「よかった」と言っていただけることは大変光栄であります。

 

マラトモさんから課題としていただきました政府との関係だけでなく、他のNGOや当事者団体とも協力しながらCBRをしていくというのは、とても重要なことだと思います。JICAの中でも、障害者支援だけではなく様々な事業で、政府間だけではうまくいかないことが多々ありますので、NGOですとか他の団体などととうまく、政府レベルだけではなく協力していこうという機運も高まっています。マラトモさんのご意見はもっともで、障害者支援に対しても、様々な機関と協力して、もちろん海外だけではなく日本の機関の皆さまとも協力して、JICAとしてはやっていきたいと思っております。コメントありがとうございました。

 

寺島 それでは中西さん、お願いします。

 

中西 シリアのCBRが出てきたので、ついでに私が伺ったときのお話をさせていただきます。専門官の方が、CBRのボランティアを集めるときに障害のない人が来ると、「え、どうして障害者はいないの? 当然いるべきでしょ?」という形で、それを強調されて、「あ、そういうものなのか」ということが人々の頭の中にインプットされて、結果的に、それが障害当事者が参加するといういいプロジェクトになったのだと思っています。

CBRのマニュアル等で言われるのは、障害者「も」参加すべきであるという、「も」なんですね。シリアの場合には障害者は当然という、そこが成否を分ける1つのカギになっているのかなと思いました。

その意味から言うと、自立生活プログラムは、当事者が参加して主体にならなければいけないというのを、その中で強く言っています。それなので、障害のない人たちの立場というのは支援者であるということに徹して、いわゆる、よく言われている「Nothing About Us Without Us(私たち抜きに私たちのことを決めないで)」という哲学が明らかになってくるんですね。

その「当事者主体」という話、先ほど「どうやって訳すのですか?」というご質問にあったように、その思想というのは、途上国の中ではなかなか難しいかもしれませんが、今、権利性を持って、これから活躍しようとする障害者の中で、とても生きています。そして権利条約の中でもそれが謳われていますので、そのような主体性があるプロジェクトができてきたときに、CBRはもっと障害者主体のものとなってくる。つまり細々と、今まで途上国の当事者団体が、インカムジェネレーション(所得創出)、それから補装具の支給等を自分たち独自にやっていた、そういうものがCBRに近いものと認められ、「CBRである」というような時がくるのかなと思っています。

ただ当事者団体によっては、それをCBRとされることは、とても嫌だということで、極端な例としては「CBRはいらない」と言っている人たちもいます。そのあたりが、ギャップを埋めるという、先ほどのチャパルさんのお話にあったような、そういう活動によって埋まってきて、障害当事者の活動イコールCBRの活動になって、そしてそれが権利性をもってILに進むという道もあるかというふうに、最終的には今、考えています。ありがとうございました。

 

寺島 どうもありがとうございました。では、小俣さん、お願いします。

 

小俣 どうもありがとうございました。1つは、財源を持ちながら継続していくということは本当に難しいことですが、今は小さいですが、あまり一気に大きくするということではなくて、小さい中でできることを継続していきたいと今は思っております。

またローカルなリソースを今も活用しながらネットワークをしていますが、そうしたネットワーク、まだまだ多分、隠れたネットワークが必要な時があると思っておりまして、そうしたところとさらに連携をしていきたいと思っています。

特に継続性というところでは、これも精神的な話も大きいのですが、現地のスタッフは何度もあきらめそうになるんです。こちら側がドナーの立場になると「うまく進んでないから、じゃあ終わりね」っていうような言い方を、すればできるんですけれども、幸いなことと言うか、今持ち出している金額が小さいということでできるのかもしれませんが、やっぱり「継続していこうよ」というスタンスで、支援というよりは、一緒にやっていきましょうというところを、これからも大事に、私自身はしたいと思っています。

 

あとちょっと先ほどお話しできなかったんですけれども、私どもは本当に小さな日本のNGOですが、日本のNGOの中で、障害分野のことへの関心というのはまだまだ非常に低いと思います。例えば、いろんな地域のイベントだとか、あるいはそういった統計資料などで「どんな活動をしていますか?」という項目には例えば「女性」「子ども」「農村活動」とかはありますが、「障害」というのは普通ありません。それは「その他」というところに全部くくられているのです。私自身は、たまたま横浜でのNGOネットワークの活動もしておりますが、地域でのイベント等の開催通知などには、今は「障害」というのを必ず入れようとしています。日本のNGOとして日本のNGOにそういうことを少しずつ働きかけることができるんじゃないかというふうに思っておりますし、それが、おそらく発展途上国等の障害者の方に、どこかでいい影響を与えられるんじゃないかと思っています。

またタイという国に限って見ましても、北部の例えば山岳民族のプロジェクトだとか、非常に小さなものから大きなものまで日本のNGOはいっぱいありますが、そこの中で障害をおもちの方に出会っているんですよね。ただ経験がないので、そこは何もできないということがあります。数はまだ少ないですが、私どもも小さな取り組みを、プロジェクト地に来ていただいて見てもらうというようなこともいくつかやっています。

ちょっと角度が違いますが、先日、武智さんのところのJICAのプロジェクト地のウズベキスタンから、私どもの現地を見にきてくださいました。このような経験交流をさらに進めていきたいと思います。どうもありがとうございます。

 

寺島 どうもありがとうございます。沼田さん、お願いします。

 

沼田 実はこの事業を始める前に、私たちはいくつか失敗をしております。「失敗」と言い切ってしまうのはまずいのかもしれませんが。その1つが「CBRコーディネーター研修コース」というものです。タイで2年間、そしてカンボジアで1年間、CBRコーディネーター研修コースを1か月ずつしました。

何でそれをやったのかと言うと、各地の途上国のCBRを歩いていますと、知的障害が含まれていないCBRがとても多かったんですね。で、「何で知的障害のことを含んでくれないのですか?」と言うと、「よく分からないし、どういうふうに対応したらいいのか分からない」。あ、それじゃあ、よく分かってもらえばいいのかと思いまして、身体障害のCBRをやっていらっしゃる方たちに集まっていただきまして、知的障害の知識を提供するというのをやりました。

全部で50名ほどの方に3年間で研修コースを提供しまして、中には活用してくださってCBRの中に知的障害を入れて、全障害をやってくださったところもあるのですが、結局ダメだったところもあり、後でフォローをしますと、ダメなところのほうが圧倒的に多かったんです。で、考えまして、技術を提供するというよりは、住民に変わってもらわなければいけないのだ、と思うようになりました。

2002年にカンボジアでそのコースをやりました後も、ずっとカンボジアの障害団体、CBR関係者と付き合いを続けました。その中でも、やっぱり皆さん、知的障害はずっとやらなくちゃいけないのでお金がかかる。INGO(国際NGO)からお金が途切れたら、お金のかかるこういうアウトリーチみたいなことはやっていけない。身体障害であれば、インカムジェネレーション(所得創出)なんかにどんどん行ってくれるのでいいんだけど、という話があって、もうどうしようかなと思っているときに、実はこの地域の身体障害者のSHG(自助グループ)のフェデレーション(連盟)と出会いました。

 

身体障害者フェデレーションの人たちは、この地域で非常によい活動をしていらっしゃるんですけれども、やっぱり知的障害者の人たちを自分の仲間たちにできない。そこの地域には知的障害の概念はなかったものですから、変な人でコミュニケーションできないし、話しているとすぐにあっちの話になるし、どうしたらいいか分からない、というので、じゃあ一緒にやりましょうか、ということになりました。ですから最初にカウンターパートは身体障害者のSHGでした。身体障害者の方たちにファシリテーションの研修を提供しまして、その後、一緒にやっていったというような次第です。ですから身体障害のことが始まっていて、それに足らなかった知的障害のことをやるときに、やっぱり地域の人に変わってもらうプログラムということになっていったんです。

プログラムは面白くなってきたんですが、先ほど申し上げたように、身体障害者のSHGの方だけをカウンターパートにしていたのは、よくなかったのではないかと今は思っています。地域住民全体に最初から相談をして、「この村の中でファシリテーターになるんだったら誰がいい?」というところから始めたほうがよかったなと思っています。それは、身体障害者SHGはファシリテーターに向かないというのではありません。身体障害SHGの中にも、とてもよいファシリテーターもいました。ただ、住民による事業を目指すのであれば、ファシリテーター候補者も村人全員にすべきであったという意味です。