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講演1−1 CBRガイドラインと地域に根ざしたインクルーシブ開発

WHO(世界保健機関)障害とリハビリテーションチーム
CBR推進担当
チャパル・カスナビス

 

司会 それでは早速ご講演に移ります。ここより進行を松井亮輔さんにお願いいたします。

 

松井 最初のスピーカーはWHOのチャパルさんです。チャパルさんは、今、ジュネーブの本部をベースに非常に様々な活躍をされています。実はJICAがコスタリカで「コスタリカ国ブルンカ地方における人間の安全保障を重視した地域住民参加の総合リハビリテーション強化計画」という長い名前のプロジェクトをしています。今日の参加者の1人、興梠(コオロギ)さんはこれからそこに行きます。このコスタリカのプロジェクトで、南アメリカの関係者を集めて、2月にセミナーをやりました。そのときにチャパルさんが、たまたまいらっしゃっていて、スピーカーとして協力いただきました。そこで初めてお会いしました。そういう意味で、日本とも非常に関係深いということで、今回、しかも直前バンコクでCBR会議というセミナーをされて、700人近い参加者を得て非常に成功を収められたと聞いています。そういうことも含めてお話をいただけるのではないかと思います。ではよろしくお願いします。

 

チャパル おはようございます。松井さん、ありがとうございました。上野さん、WHO地域アドバイザーの小川さん、ご参会の皆さま、この機会を与えていただきまして感謝申し上げます。本日は、CBRがどのような展開をしてきたのか、および将来の方向についてお話しさせていただきます。

私は2足のわらじを履いている人間でして、1つはもちろんWHO(世界保健機構)です。CBRの担当者としてWHOのCBRの見解を代表するのが職責です。

それと同時に、ILO、UNESCO、国際障害同盟、その他14の国際NGOと協力関係を結び、コーディネーターとしてCBRガイドラインの作成に尽力していますので、この共同体がどう協力していくのかということについても申し上げられると思います。

まず1枚目のスライド(図1)は「CBRと地域に根ざしたインクルーシブ開発」です。ご存じの方が多いと思いますが、CBRとは、Community Based Rehabilitation(地域に根ざしたリハビリテーション)のことで、このCBRがインクルーシブ開発に直接的に関連しているというのが、本日の私の発表の趣旨になります。

「CBRと地域に根ざしたインクルーシブ開発」(図1)

CBRもいろいろ複雑な問題に対処しなければなりません。皆さまも明確にしたい点などについては、ぜひ質問していただきたいと思います。

さて、1978年のアルマ・アタ宣言で、WHOやユネスコなどの世界の保健機関が「すべての人々に健康を」と宣言しました。そのセミナーでは健康は基本的人権であると言われました。そして、すべての人たちに健康を確保するために、私たちは人々や地域に接近しなければいけない、より近寄らなければならない、と話し合いました。首都だけとか、首都の地域社会だけではいけないのです。また、保健だけを分離してはいけない、社会経済的な開発の文脈の中でとらえなければいけないということも話し合いました。すべての人々に健康をもたらすためには、他の部門との協力も非常に重要であるということです。アルマ・アタ宣言の方針であるこれらの基本概念に基づき、WHOは1979年にCBRを導入しました。

当時の主な考え方は、地域資源およびプライマリー・ヘルス・ケア(基礎保健)を最大限に活用するということであり、ボランティアを活用するということでした。リハビリテーションは現在でもまだまだ高額ですから、できるだけボランティアにお手伝いをいただこうというわけです。そのための訓練マニュアルは、世界60か国以上で翻訳、出版されました。

それから30年たち、CBRは90か国以上で実践されるに至りました。WHOではすべての参加国、参加組織についてのデータベースを保持しています。CBRにはさまざまな規模がありますが、グラフやスライド(図2)の地図を見ますと、ほとんど途上国であるということにお気づきだと思います。

CBRは、90以上の国で実践されている。(図2)

さて、CBRにはリハビリテーションあるいは医療の専門家がCBRを実践している通常のアプローチというものがあります。多くの場所で実践されています。CBRは、理学療法とか福祉機器、あるいはリハビリテーションだけに限られる国や地域も多く、地域社会の中で問題を起こしてしまう場合がよくあります。というのも、CBRのプログラムの多くは、地域社会の参加やオーナーシップがまだまだ弱いところがあるからです。

どうして問題が起きるのか、問題解決を探ろうとしたところ、専門家たちはよくこう言うのです。「地域社会が分かってくれない」と。あるいは「地域社会は無関心だ、他のことに忙しいから、私たちが一生懸命やっても、理学療法、リハビリテーション、福祉機器などの重要性も、私たちがやることも分かってくれない」と言っているのです。

反対に、地域社会へ行って「どうして協力しないのか、何が問題だと思うのか」と聞きますと、地域社会の人はごらんのような(図3)自分たちのニーズについて挙げたのです。そして両方見てみますと、専門家は通常のアプローチとして理学療法から始めるのですが、そのリストでは所得は一番最後に来るのです。一方地域社会の人々の最優先事項はまず所得で、次に衣食住です。理学療法は地域社会ではニーズの最後に来ています。

図3(テキストデータ)

(テキストデータ)(図3)

専門家たちが中核と考えるニーズと、地域社会の障害者のニーズはマッチしていません。だから大きな対立が多く起こることとなり、多くの誤解を生んでいるのです。CBRの世界では往々にしてこれが問題になります。人々が必要とするものは、開発・発展に関する多くのニーズであり、アプローチです。ところが専門家の通常のアプローチというのは、より医学的なアプローチです。こういうことから、CBRは今、十字路にあると思います。過去30年にわたって、多くの教訓を学んできました。この医学的なアプローチも、より開発的なアプローチに近くなってきていると思います。

 

去年はプライマリー・ヘルス・ケアの30周年でしたが、WHOは「プライマリー・ヘルス・ケアは、今こそそのときである」と呼びかけました。30年たって、なぜ、WHOはプライマリー・ヘルス・ケアに帰れと言っているのでしょうか。プライマリー・ヘルス・ケアは、国全体、特に地域社会のすべての人たちに、保健サービスを提供できる唯一の土台であるということがわかったからです。そして4分野(全員を対象とすること、サービス提供、リーダーシップ、公共政策)における改革を訴えました。

ここで実行するのは、まず、「保健分野を越えた結集」です。単に保健だけに限っていては、すべての人へ保健を提供することはできません。さらに、「不平等の認識」、「届かない人々への到達」、などが主なものです。世界ではまだまだヘルス・ケア・サービスが届かない人たちがたくさんいます。あるいは教育サービスも手に入らない人が多いのです。ですから非常に重要なのは、こういう人たちの手にも届くようにしなければならないということです。そうでなければ全員になりませんね。

 

さて、CBRは25年間実践されてきましたが、再検討をしなければいけないということで、2003年にヘルシンキで見直しが行われました。CBRをどのようにやってきたのか、実践で何を学んだのか振り返ってみたのです。するとCBRは失敗したところもあることが分かりました。本当の問題の根幹に到達していなかったのです。CBRはリハビリテーションだけ、あるいは理学療法とか福祉機器ばかりに焦点を当て、貧困という根本原因、あるいは教育という根本原因には目を向けていなかったことが分かりました。2003年、ヘルシンキでCBRに新しい必要条件が出されました。それは、貧困を削減すること、地域社会による関与とオーナーシップを促進すること、さらに多部門の協力を推進することです。1つの分野、1つのNGO、1つの省庁、1つの組織だけでCBRを実施することはできません。障害者団体の関与が、しかも活発な関与が必要です。CBRでは、障害者をサービスの受益者と考えるべきではありません。彼らには貢献者としてプログラムに積極的に関与してもらわなければならないのです。さらに届かない人たちのところへ到達させるためにはプログラムの規模拡大が必要です。そのためにCBRの調査を行い、より多くの証拠を集め、それを持って政策決定者を説得するのです。CBRに投資をすることは、つまりは国の社会経済全体の発展に対して投資をすることなのだと説得するのです。

今述べたことに基づいて、UNESCO、WHO、 ILOは、2004年にCBR合同政策方針書を出版しました。これによって初めて、CBRが戦略だと認識されました。リハビリテーションの戦略であり、機会均等の戦略であり、また貧困削減の戦略、および社会的なインクルージョンの戦略でもあると認識されたのです。これまでの話で、CBRは25年間の教訓に基づいて変わってきたということがお分かりいただけると思います。医学的、あるいは保健的なリハビリテーションだけではなくて、もっと総合的なものに変わったというわけです。さらに多くのことをするものになったということです。機会均等も、貧困削減も言うようになりましたし、インクルージョンの側面も強調するようになりました。CBRというのは多部門的な戦略であると謳っているのです。

 

2004年にこの合同政策方針書を出版すると、今度は「理論はいいけど、どうやってやるのか?」と聞かれました。それではということで、専門家のグループを立ち上げ、第1回会合を2004年11月に開催しました。出席した65名のCBRの専門家の中には、ヘランダー、パドマニ、ガートなど、最初のCBRトレーニング・マニュアルを作成した人たちもいました。すべての当事者、代表団を受け入れました。政府機関、国連、国際NGO、また障害当事者団体、あるいは専門家の団体など、CBRに関心を持っている人たちすべてを招きました。そして、私たちはこう言ったのです。「CBRとは何ぞや、という枠組みから始めましょう」と。以前は、「CBRって何?」と10人に聞いたら、10通りのバラバラな定義が出てきたでしょう。しかし、標準化が必要です。すべてに同じモデルを押しつけるということではなく、CBRの基本的なものは一緒であるべきだと、私たちは主張しました。そして3年間にわたって協力して一緒に標準定義をつくることにして出来上がったのが、CBRマトリックスです。CBRマトリックスの背景として、根本原因をもう少し深く分析しようとしました。障害者の大多数の人たちは途上国に住んでいますが、その大半が貧困の中で暮らしています。彼らは、まず貧困であって次に障害を抱えているのです。しかも多くの障害者とその家族は慢性的な貧困の中で暮らしているのです。世界の多数を占める途上国の貧者の中の貧者であるということです。

 

また貧困というのは、単にお金がない、あるいは所得がないというだけではなく、様々な多くの側面を持っているのが貧困なのです。貧困というのは経済的社会的な権利を浸食し、無効にします。健康、適切な衣食住、安全な水、教育の権利などすべてが貧困によって浸食される、ダメになるのです。ですから、世界の筋書きを変えるためには、私たちはまず貧困に手をつければいけないということです。

また、「幸福な世界とは何ぞや」ということを考えました。最終目的は、障害者にもその家族にも、生活の質の高い人生を確保しなければいけないからです。日夜努力して、私たち皆が良い生活の質を達成しなければなりません。私たちの幸福のためであり、地域社会の幸福のためであるのです。幸福な世界(図4)を見てみますと、例えばこの保健分野には、見ること、話すこと、覚えていることなどが挙げられています。それと同時に、関連分野として教育、生計、参加などもあります。

幸福な世界(図4)

ところがそれらの中間にはっきりと線引きされないグレーの部分があります。つまり、保健と教育は非常に緊密に関わっています。あるいは教育と生計、そして保健と生計もそうです。すべて関わりあっていますので、一緒に協力しなければ完全なる包括的な幸福は達成できないのです。

 

CBRが実際的な目的としているのは、全体的な安寧、幸福です。WHOの定義によりますと、健康というのは心身の幸福および社会的な幸福である、といっています。しかし私たちはこう言います。保健もまた、経済的要因に基づいているのだと。保健、健康は、貧しい粗末な経済の中で達成することはできません。ですから、経済的に豊かになることと、保健・健康が豊かになることは、切り離して考えることは出来ないのです。また長期的な持続可能性のためには教育が必要です。教育あってこそ、物事は長期的に持続可能になるのです。そこで、私たちが焦点を当てようとしたのは、開発のもつ側面全部ではなく、3つの鍵となる分野、つまり保健と教育、生計でした。これらが土台となってCBRのマトリックス(図5参照)ができあがったのです。

CBRマトリックス 財団法人日本障害者リハビリテーション協会訳財団法人 日本障害者リハビリテーション協会訳 (図5)

CBRのマトリックス(図5)には保健、教育、生計、社会、エンパワメントという5つの主なコンポーネント(領域)があります。そしてこの5つの中で、開発の分野に大いに関係があるのが、保健、教育、生計、社会の4つです。エンパワメントはこれを達成するためのプロセスです。ですから、このマトリックスを見ていただきますと、後知恵にはなりますけれども、どうしてWHO、UNESCO、ILO、国際的な障害者団体、NGOが協力したのかお分かりいただけると思います。一緒に協力することによってこそマトリックスが現実的なものになったのです。それぞれバラバラに仕事をしていたのでは、マトリックスを現実的なものにすることはできなかったはずです。

このマトリックスはまた、いろいろ様々なものを組み合わせています。1つの組織で、1つの分野で、1つの省・庁だけですべてをやることはできません。1つのコンポーネント、1つのエレメント(各コンポーネントの中の小見出し)を選び、他の人たちとパートナーシップを組んでこそ人々の完全で総合的なニーズを達成することができるのです。例えば食べ物のない子どもに、抗生物質とか強い薬を与えていいでしょうか。私が食べ物の担当でなかったとしても、他の人たちがちゃんと食べ物をあげた後に、私が薬を与える、ということになります。このように、マトリックスは、種々様々なパートナーシップ・アプローチをうまく組み合わせてトータルな安寧を図るのですよと、私たちに伝えているのです。

 

それではこのマトリックスが目的としているのは何でしょうか。貧困削減を支援すること、人権尊重に寄与すること、障害者並びにその家族の生活の質と幸福を促進すること−これらがマトリックスの目的です。特にCBRでは、家族に焦点が強く当てられています。家族の一員が障害者である場合は、家族全員にその影響が及んでしまうので、CBRは障害者と同じように家族にも焦点を当てるのです。さらにCBRは、障害者とその家族のためにインクルーシブ開発を普及させるものでなくてはなりません。

そういう意味では開発プログラム、あるいは開発セクターは、いずれも障害者をインクルージョンしなくてはいけないのです。すなわち障害者はどのような開発プログラムであっても、受益者であると同時に平等な貢献者でなければならないということなのです。

 

先ほど5つの主な領域あるいはコンポーネントがありますと申し上げました。それぞれのコンポーネントの中には、小見出し、あるいはエレメントと呼ばれるものが5つ入っています。これで5×5のマトリックスになるわけです。マトリックスは単に視覚を助けるものに過ぎません。異なる分野が1つのフレームの中に入っているので、全体的な幸福を達成するためには何に目を向けるべきか一目でわかるようになっています。CBRマトリックスでまず基本的なニーズを満たすことを優先し、その次に障害(インペアメント)の具体的なニーズに焦点を当てていきます。

ぜひ理解していただきたいことがあります。それは、私たちのいうCBRは、知的障害とか、視覚障害、あるいは聴覚障害といった1つの特定の障害グループに焦点を当てるのではなく、すべての障害を対象としていることです。人々の基本的なニーズは同じです。同じ食べ物、同じ教育、同じ生活という、基本的なニーズに重点を置いています。そしてその次に、介助、福祉機器、特殊教育などのような、障害に関する具体的なニーズが来るのですが、CBRガイドラインではまず基本的ニーズを満たすということに相当の重点を置いています。

さらに女性障害者に対して特別な焦点を当てていますし、複合障害、重複障害、重度障害の人たちもまたCBRプログラムの対象です。多くの場合、難しいことは後に回されがちで、障害のある女性は数あるCBRのプログラムの中でも、かなり取り残されています。しかし将来CBRプログラムを成功させるためには、何人の男性障害者が福祉機器を入手できたかとか、学校教育を受けることができたかという見方ではなく、何人の障害のある女性や子どもが恩恵を得ることができたかという視点も必要だということです。

私たちは、インクルーシブな保健、教育、生活、社会に向けて活動を進める必要があります。「インクルーシブな教育」というのは聞いたことがあると思いますが、「インクルーシブな保健」とか「インクルーシブな生活」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。インクルーシブな教育が可能であるならば、インクルーシブな保健や生活だって可能なはずです。これらを促進することができれば、すべての分野がインクルーシブになります。そしてそれがインクルーシブな社会となるのです。インクルーシブ開発こそが、そのようなインクルーシブな社会を達成するためには欠くことが出来ないものです。開発がインクルーシブでなければインクルーシブな社会を達成することはできないのです。

 

さて、障害の歴史を振り返りますと、様々な対立がありました。障害モデルには、医療モデル、社会モデル、そして人権モデルなど、様々なものがありました。(図6参照)。そして医療モデルから社会モデルへ、そして次に人権モデルへと、10年ごとにモデルがシフトしてきたように思います。しかし私たちは、これらのモデルがすべて1つのモデルに統合されなければならないということを強く信じています。それを私たちは「包括的モデル」と呼んでいます。包括的モデルの中には医療モデル、社会モデル、人権モデルのすべてが含まれます(図6)。

「障害モデル」と「包括的モデル」(図6)

それぞれに「パーセント」がついています。それぞれのモデルが包括的モデルの中で一体どのぐらいの割合で貢献するのかというのは、国によって、社会経済状況によって、文化的背景によって、そして地理的な要件によって変わってくるでしょう。すなわち30%:30%:30%などというような明確な区切りはないのです。さらに障害グループによっても違うでしょう。例えば医療的要素がもっとたくさん必要であるというグループもあるでしょうし、さらには教育に対するアクセスがもっと重要であるとか、あるいは移動性がより重要であるとか、それぞれ異なってくるのです。

 

さてそれでは、インクルーシブ開発とは何でしょう。インクルーシブ開発とはインクルーシブなアプローチと開発を組み合わせたものです。インクルーシブなアプローチと開発とを組み合わせることによって、すべての開発がインクルーシブになります。それをインクルーシブ開発と呼ぶのです。インクルーシブな保健、インクルーシブな教育、インクルーシブな生計。この3つを組み合わせることによってインクルーシブ開発が実現します。インクルーシブ開発は、次第にインクルーシブな社会へ、さらには「すべての人のための社会」へと発展します。この「すべての人のための社会」が究極の目標です。これを達成するためのプロセスがエンパワメントなのです。障害者やその家族および地域社会のエンパワメントこそが、あらゆるCBRプログラムの核となるべきなのです。

インクルーシブ開発は、首都から地域社会へと発展しなくてはなりません。開発が首都だけに限られてしまってはならないのです。多くの国において、開発の利益は首都や大都市に限られてしまい、地方の市町村には波及していません。開発のイニシアティブは地域社会にまで波及しなくてはいけない、それを確保しなくてはならないのです。そうすることによって貧しい人の所にも開発が行き届きます。貧しい人たちが、都市部でも、特に都市部のスラムなどでも数が増えてきましたが、その人たちにも開発の手が届くことになるのです。

首都から地域社会へ、と言うときにも、多くの国で様々なアプローチがとられていますが、すべてがCBRという旗を掲げているわけではありません。アラブでは地域に根ざしたイニシアティブ(コミュニティ・ベイスト・イニシアティブ)あるいはCBIと呼ばれるプログラムをWHOが持っています。これはボトムアップの社会経済的な開発モデルで、完全な地域社会によるオーナーシップ、そして異部門間の協調を基盤としています。WHOはこのCBIをアラブ諸国の多くで教育省や労働省と協調して実施しています。これがいろいろな地域に広がりつつあります。

さらに「地域に根ざした開発」があります。これは地域内で行われる開発に住民が積極的に参加することによって自立を達成しようとするものです。最近では世界銀行も地域主導による開発(コミュニティ・ドリブン・ディベロプメント)を促進しようとしています。正に地域内の住民が開発という車のドライバー席に座る、というやり方です。

このように地域に根ざしたインクルーシブ開発は、CBRや協働で作り上げるガイドラインの目標として、主要な焦点となっていますが、このインクルーシブ開発が地域に根ざしたアプローチを確実に採り入れることになるのです。

 

首都にのみインクルーシブ開発がとどまってはなりません。そうではなく地域に根ざしたアプローチをとることによって、地域に根ざしたインクルーシブ開発を実践しなければならないのです。これこそを私たちはCBRと呼んでいるのです。開発はインクルーシブでなくてはなりませんし、地域に根ざしたものでなくてはなりません。そうすることによってこそ多くの人に恩恵が行き渡るのです。

CBRマトリックスというのは、その地域社会に根ざしたインクルーシブ開発のビジョンを概念化したものです。地域に住む障害者が、すべての開発イニシアティブにとって不可欠な一員であるということ、どの開発セクターにとっても不可欠な一員であるということを、CBRマトリックスは確保するのです。

CBRマトリックスはボトムアップ型のアプローチで、開発が真にインクルーシブになることを確保するために、インクルーシブ活動を地域レベルで普及させるものです。首都や大都市にのみ開発が届くだけではインクルーシブ開発とは呼べません。インクルーシブであるということは国中の人すべてが関わっているということです。地域に根ざしたインクルーシブ開発によって、障害者中心かつ地域中心の開発イニシアティブの実現が促進されるのです。地域における能力開発(キャパシティ・ビルディング)が可能になります。さらに、積極的な参加を阻むバリアを取り除き、同時に地域における行動を促進します。自立、平等の権利、そして機会を促進させるものなのです。

 

CRPDと呼ばれる国連障害者権利条約のことをご存じの方もいらっしゃると思いますが、これが正に法律的な枠組みとなって、CBRがインクルーシブ開発の戦略となることを可能にしているのです。CBRとこの障害者権利条約は、お互いに補完する関係にあります。CBRガイドラインの開発とちょうど同じ時期に、この障害者権利条約も作成の過程にありました。実は両方の作業に関わった人たちがいました。CBRと条約がそれぞれまったく別の平行線をたどるアプローチにならないためでした。CBRは、ボトムアップ型の戦略であり、草の根レベルで現状を改善し、個人や組織のエンパワメントを通じて地域社会に変革をもたらすものです。障害者権利条約が法的な枠組みを提供し、CBRは運用のための方法論を提供して、お互いに補強しあっています。しかもCBRについては既に経験がありますので、法的枠組みであるこの条約による恩恵が実際に隅々まで到達することを確保できるのです。

さて、せっかく日本にまいりましたので、自立生活(IL)についてお話をしなくてはならないかと思います。このILについての理念はご存じだと思います。自己決定と平等な機会および自尊心を求める障害者にとっての哲学であり運動です。ILというのは障害者が非障害者と同様の選択権を持ち、自分をコントロールできることを意味します。ILのメンバーは自分の家族に囲まれて育ち、地元の学校に通い、近所の人たちと同じバスに乗り、その教育や関心にふさわしい仕事につき、家庭を持つことを目指しています。CBRが目指すところも同じです。CBRも同じ理念を支持しています。最終的な目的は同じです。しかしそれぞれの状況が異なるので、アプローチが異なることが多いのです。

ILのほうが人気がある国もありますが、そのような国の状況は、CBRがよく行われる国の状況とは異なります。でも最終的な目標は同じなのです。ですから、この両者の間に対立はありません。今後は、CBRの実践者はILの実践者とさらに手を取り合って協力関係を強化していく必要があります。