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講演1−2 CBRガイドラインと地域に根ざしたインクルーシブ開発

次にいくつかCBRの実践の事例をご紹介したいと思います。CBRは単なる理論なのでしょうか、それとも実践可能なのでしょうか。CBRは、ツイントラック、トリプルトラック、あるいは4つ、5つといったマルチトラックのアプローチが可能であり、やり方が強固に決まっているわけではありません。状況が国によって全く違いますし、1つの国の中であっても、南部と北部ではまったく異なるCBRのプログラムが行われることもあります。同じ国の中であっても、経済社会的な状況も文化的な状況も異なる場合があるからです。

例として障害者権利条約の第24条「教育」を取り上げたいと思います。この条約の第24条では、締約国が障害者の教育の権利を認める、と謳っています。この権利を、差別なしに、機会均等を基礎として実現するため、締約国はインクルーシブな教育制度をあらゆるレベルにおいて確保すると謳っています。これが法律になっているのです。多くの国が権利条約と選択議定書の締約国となっていますし、批准した国も多くなっています。発展途上国の多くが締約国になっています。

しかし発展途上国でこの条約を実現することが可能なのでしょうか。実現には経済的文化的変化が必要だろうと思われます。すなわちロードマップが必要であり、CBRがそれを実現しなくてはなりません。政府が締約国になって、発展途上国においてもすばらしい法律や政策が策定されたりしていますが、では、「実施」という面ではどうなのでしょうか。実施されるかどうかの保証がそこには存在しなくてはなりませんし、CBRは正にそれを促進するものなのですが、特に発展途上国においてはかなり複雑な問題があります。

CBRではインクルーシブ教育のためのアドボカシーを行うことが可能です。「地元の子どもを地元の学校に」というスローガンです。IL運動と同じスローガンです。すなわち地元の学校はインクルーシブでなくてはなりませんが、発展途上国ではそれが自動的に起こるなんていうことは期待できません。起こらないのです。ですから、CBRは政府と協働することによって学校のインクルーシブ化を促進しなくてはならないのです。アクセスの面で、スキルの面で、知識の面で、姿勢の面で、そして制度の面においてもそうです。さらに教育の必要性とメリットについて親を説得しなくてはならない場合もあるでしょう。教育という歴史がないところがあるので、子どもは学校に行く初めての世代であったり、あるいは第二世代であったりする可能性があります。

スラムでは、障害児が学校に行かずに、所得のため、生計を支えるために仕事をしなくてはいけない場合もあります。ですからCBRでは、障害児が学校に行けるように、そして他の子どもたちと同じように学習の機会を得られるようにしなくてはならないのです。補習授業、福祉機器、あるいは移動手段が必要な場合もあるでしょう。多くの子どもたちが、学校が遠いがために通学できない、または車いすや福祉機器がないから通学できないという場合もあります。CBRはそれらに対応しなくてはなりません。つまり障害児が、家族の所得のために使われないようにしなければならないのです。家族にはきちんと別途に所得を得られるような支援をして、障害児が所得創出活動に使われて通学できないようなことにはさせないことです。また他の子どもたち、親、地域の人たちなどにはインクルーシブな参加を促さなければいけません。非常に複雑です。しかし今申し上げた方法をすべて実行しなければならないということではありません。障害児を学校にやるために1つ、2つの方法でいいところもあるでしょうし、3つ、4つの方法を必要とする、または場所によってはすべての方法が必要な場合もあるでしょう。

 

イランの例を挙げましょう。イランでは社会福祉省が国家CBRプログラムを担当していて、すでに国内の90%をカバーしています。CBRチームは保健省やPHCのスタッフと緊密に協働しながら障害者、障害児の医学的リハビリテーションにあたっています。各チームは地区、小地区のレベルで、保健省及び教育省、社会福祉省との間で「覚え書き」に署名して、障害者の生活の質の向上に共に努めています。

この写真(写真1)は、村落のヘルスハウス(保健施設)の写真です。イランにでは500家族に1つの割合で村落のヘルスハウスがあり、医師1名、看護師1名のもとで医療が受けられるようになっています。またこのヘルスハウスには、すべての障害者とその家族についての記録と情報がありますので、医療のニーズがヘルスハウスによってケアされるという状況になっています。

村落の保健施設の様子(写真1)

では、利害関係者は誰なのでしょうか。利害関係者はまず保健省、それから福祉社会保障省です。さらにイスラム審議会、NGO、慈善団体、障害者団体、地元の地域のメンバー、障害者、そして障害者の家族です。

保健省は、CBI(地域に根ざしたイニシアティブ)のプログラムを実施することによって地域社会の参加を確実にしています。保健省はCBIというスローガンのもとに、大規模な保健プログラムを持っています。CBIはヘルスケアと所得創出に力を入れています。家族に所得がもたらされなければヘルスケアも医療も達成できないと分かっているからです。このように保健省は保健と所得創出というツイントラックを実施すると同時に、開発のために地域が利用できる地域基金を創設しています。

 

さらに保健省はイスラム地方審議会とNGOを取り込み、この地域社会のためにヘルスケアの施設を最適な形で利用できるようにしています。また障害者を対等な住民として迎えています。この写真(写真2)の真ん中の少年には聴覚障害があります。そこで家族は政府から作物生産用の土地を得たのです。その収穫からの所得は家族自身の福祉のために使われるほかに、地域基金にも提供されます。

 

福祉社会保障省は障害者に対するリハビリテーション・サービスとして、保健省および教育省の施設を活用してヘルスケア・サービスを提供しています。障害児は地元の学校に通えるようになっています。さらにCBRは所得創出のために追加資金を提供しています。

こちら(写真3)の右上の女の子たち、それから右下の女性ですが、この人たちは、社会保障省による所得創出用追加資金の援助を受けてビジネスを始めました。それによって自立が可能になりました。

障害のある子どもの家族の写真(写真2)

上:社会保障省による所得創出援助を受ける少女たちの写真、下:社会保障省による所得創出援助を受ける女性の写真(写真3)

CBIは地域社会全体の開発に焦点を当て、全体的な開発プロセスにおける障害者の関与を確保しています。保健省および福祉社会保障省が互いに協力し合う一方で、地域レベルでも緊密な交流を通して障害者、障害者の家族のために活動をしています。これもインクルーシブな地域社会開発の1つの例です。さらに、所得創出プログラムによって障害者、その家族、地域にエンパワメント、インクルージョン、尊厳をもたらすというメリットが生まれるのです。これまで知られなかった障害者の人たちをみんなが認識するようになりました。お金を持つようになったからです。また、地域社会の中で基本的なニーズが満たされてきます。医療従事者、かかりつけの医師、ヘルスハウス、訪問チーム、CBR専門家、地元の学校などが、地域レベルで必要な情報を提供しています。このようにして大半の人たちにメリットがもたらされる状態となっています。

 

例としてイランとインドの2か国を選んだのは、まずイランは国家が主体となってCBRプログラムを行っているからです。ここではNGOの役割は限られています。CBRは国家の省が行い、国家の予算が拠出されています。

一方インドでは、大半のCBRプログラムは、政府やNGOからの支援を受けてNGOが中心になって行っています。1つの国の中で様々なCBRのモデルが多数存在しています。インド1か国だけでも50のCBRのモデルが存在しているという状態です。多部門にわたるCBR戦略の例を1つご紹介しますと、そのCBRプログラムでは、所得創出、教育、保健とリハビリテーション、および社会的なインクルージョンの4つの分野に介入活動の焦点を当てています。すなわち先ほどのCBRマトリックスのようです。

マトリックス表というのは、これまでのCBRの例から学んだ結果です。これまで30年間にわたり様々な地域や国で行われてきたCBRの教訓を反映したものです。150人以上の専門家が3年間かけて、これまでの経緯を生かしてこのマトリックスをまとめあげました。

インドのCBRの手法では、障害者とその家族および地域社会の生活の質を高めるという方法が採られています。中心になっているのは自助組織です。障害者と障害者の家族がともに自助グループを立ち上げて、お互いに互助組織のような形で機能しています。自助グループは、組織としてまとまり、一緒に有意義な活動を行い、責任を果たすようになることを目的として、能力育成を図っています。

また貯蓄と少額の融資プログラム(マイクロクレジット)を創設して貧困の削減に努めています。繰り返しますが、根本的な問題となっているのは貧困です。この写真(写真4)でお見せしているのは村落の女性たちですが、彼女たちは自分自身の銀行口座、自分の貯蓄や融資の通帳を持っています。民間の高金利の金融業者に行く必要がないということです。そしてこれらの利子は自分たちの地域、社会に還流されるようになっています。

マイクロクレジットのプログラムに参加する村落の女性たちの様子(写真4)

次に小規模なCBRプログラムの例を1つあげましょう。我々はこのCBRプログラムに関する調査を行いました。12の自助組織を対象に、地域社会の基金、貯蓄、またマイクロクレジットからもたらされた所得を実際にどのように使っているのかということについて調査しました。すると、実際に全体で214件、合計は1万8,124ドルのクレジットローンが行われていたことがわかりました。この融資を調べたところ、そのうちの30%がヘルスケアのために使われていました。矯正的な外科手術、医療、福祉機器の購入などに使われていたのです。また15%は教育目的に、55%は生計および所得を生み出すためにあてられていました。これにより人々の実際の基本的ニーズは生計、保健、教育ということが改めてわかります。その中でも「生計」は、地域社会の人たちの生活の向上という面から注目すべき主要な分野です。この貯蓄クレジットのプログラムを通して、実際の口座残高は5年間でゼロから2万700ドルにまで増加しました。

さらに、オートリキシャ(小型三輪タクシーのようなもの)の協同組合が作られ、ここに融資として、リキシャが提供され、所得創出に活用されました。障害児、特に脳性マヒの子どもたちが遠くに移動したり、通学するのは非常に難しいので、通常は障害児の親たちがこのタクシーを運転して、実際に子どもたちの通学に使っています。ほかの時間は市場に行って、収入を得るために使われており、この自助グループはこれによってさらに4,600ドルの追加収入を得ました。ということで、何も持っていなかった貧しいグループが、いつでも使えるお金を持つことができたわけです。

リハビリテーションの効果についてですが、こちら(写真5)のハミダさんは学校に通ったことがありませんでした。このCBRプログラムの中で存在が認識されました。家から出たことがなく、存在が認識されたときは15歳になっていました。右足が不自由だったので矯正的な手術が行われました。その3年後の右側の写真(写真6)を見ていただきますと、別の介入も経ましたが、こういう変化が起きています。

リハビリを受ける前:長い棒と壁にあてた不自由な右足で立つハミダさん(写真5)手術後:杖を使いながらも両足で立つハミダさん(写真6)

この少女は今18歳になっています。もう学校に通うことが難しいので、どうしたら自立できるかが問題になりました。そこで、CBRプログラムを通して美容センターで美容師の技術を身につけました。今では、家族の誰よりも所得が多いのです。最近結婚もしました。この例は、どのような変化が実際に個人に起こるのか、そして所得を得ることが貧困というシナリオをどう変えるのかということを示しています。

またもう1つの例として、障害をもつ女性によるリハビリテーション支援ワークショップがあります。このワークショップに障害をもつ多くの女性が自立を求めて集まってきました。CBRプログラムがこの人たちを特定したのです。彼女たちは自立の方法を知りませんでしたし、教育のある人もない人もいます。この写真(次頁写真7)の真ん中にいる女性は学校にいったことがありませんでした。そこで、なにをしたかというと、みんなをまとめて訓練プログラムを開始したのです。この真ん中の女性のお名前はノリさんといいます。存在する多くの文化の中には、女性の開発に投資をしたがらない文化もあります。女性が所得を得始めても、結婚して外に出ていってしまう。すると元の家族が収入源を失ってしまうからです。そのため途上国の多くでは女性の開発分野への投資は極めて少なかったのです。彼女は1997年の時点では、「誰が私たちと結婚してくれるというの?私たちに投資をして下さい、訓練して下さい。私たちは貧しく学歴も低く、障害もあります。ですから私たちに投資してください。自立したいのです。」と言っていたのです。

 

そして2003年には、次のように発言が変わりました。「もう私たちはお金を持っているし、平等な立場にあるので、求婚者が現れ始めました」。その後6年間たって、この障害をもつ女性たちはすべて障害のない男性と結婚しています。これは多くの文化においてもまれなことです(写真7)。

みんな結婚できたのは収入が多くあったからです。なかには夫よりも多く稼いでいる女性もいます。そして2008年、このノリさんはこう言いました。「私たちの子どもたちが学校に通い始めた」と。これはやはり変化の現れです。彼女はバンコクの会議にも来ていました。彼女と彼女のワークショップが資金を調達して、彼女をはるばるバンコクの会議に出席させるまでになりました。これがCBRの効果を表す1つの具体的な事例です(写真8)。

職業訓練を受け働いている障害をもつ女性たちの様子(写真7)

笑顔のノリさん(写真8)

 

アルマ・アタ宣言から30年経っていますが、保健に関する状態の格差を認識した上で、各国はPHCに基づいた世界的な保健政策の大幅な変更を呼びかけており、WHOも「プライマリー・ヘルス・ケア(PHC):今こそ、そのとき」と呼びかけています。

このような動きに応じて、障害者権利条約や様々な国際・国内の法律やガイドラインを念頭に置き、私たちもまたCBRについても同様に呼びかける必要があります。「CBR:今こそ、そのとき!」と。

ご清聴ありがとうございました。