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日英セミナー「障害者のための社会的な仕事と雇用の創出」

講演2「英国における知的障害者のためのソーシャル・ファーム
 -木の頂上からの景色-」

マーティン・ロッジ
リンケージ・コミュニティー・トラスト雇用推進部長

私がせいぜい7歳位の少年の頃、家の小さな白黒テレビで映画を見ることを父が許してくれました。その映画は「七人の侍」という題名でした。字幕を読むのが難しかったことを覚えていますが、物語はとても魅力的でした。7人の男達が、無法者の一団から貧困に苦しむ村を守るという話です。
映画の中で繰り広げられるアクションは、それまで見たことがないようなものでしたが、それよりも私の心は、圧倒的に優勢の相手に立ち向かい、他者のニーズを一番に優先するという武士道のとりこになってしまいました。その日から私は、日本を訪れる夢を抱くようになったのです。
私はこの会議でお話するよう招待していただいたことを光栄に思っております。しかし何よりも、43年間待ち望んだ少年の夢を叶えて下さったことに対し、主催者の方々に感謝したいと思います。

本日は、知的障害及びその他の障害がある若者達に有給の仕事を見つけ、保証するというリンケージ・コミュニティー・トラスト(リンケージ)の活動についてお話ししたいと思います。ただ、これはリンケージの話だということを強調しておかなければなりません。リンケージのやり方が最善であるとか、唯一の方法であるということを申し上げるつもりはございません。私達が常に正しいわけではないこと、そしてここに至るまでは数多くの失敗もあったということは真っ先に認めます。

リンケージ・コミュニティー・トラストについて説明するために、私は次のようなことをお話しします。
なぜ就労と雇用がリンケージの重要な課題であるのか。
リンケージの組織について。
なぜリンケージが独自の雇用サービスを導入したのかについて。
リンケージが雇用の意味をどうとらえているのか。
リンケージの最初のソーシャルファームについて。
将来に向けての計画と希望。

1.なぜ雇用が重要な課題なのか
私は仕事を始めて以来ずっと、刺激を与えてくれる数多くの人々に導かれ、支えられてきましたが、これは幸運なことでした。その1人が、フィリップ・フレンドです。フィリップは子供時代についてこう語っています。

「障害者にとって最もためになることをしていると、悪気はなく心から信じている人々こそが、実は障害者の可能性を実現するのを妨げている張本人だということがときどきある。
子どもの頃、私の弟は裏庭の木によく登っていた。だが母は、私が木から落ちるのではないかと恐れていたので、決して登ることを許さなかった。私の腕は強かったのに。晩年になって、母は私を深く愛していたがために、危険を冒すことをやめさせたのだが、それが、意図せずして、木の頂上からの景色を眺めることまでできなくしてしまったのだと分かった。」

フィリップは少年の頃ポリオにかかり、車椅子を使っています。しかし、自分自身の将来を決める知的能力と忍耐力とはあり、イギリスにおける障害問題に関する専門家の第一人者となりました。
しかし、それほど有能でない人の場合はどうでしょうか?例えば、知的障害がある人は?私は、リンケージの役割は、そのような人々に力を貸し、「木の頂上からの景色」を見ることができるようにすることであると考えています。
私達の組織、リンケージ・コミュニティー・トラストは、もし知的障害者が自立した生活をおくる真の機会を与えられるのなら、働いて給料を稼ぐ機会も提供されなければならないと信じています。

2.リンケージ・コミュニティー・トラスト
1971年、教育分野で活動している専門家のグループが、知的障害のある若者達に提供されているサービスに足りないところがあることを指摘しました。このような若者達が学校を卒業する時になって、彼らが受けてきた教育内容に不足があることが認められたのです。多くの若者達が卒業後も、「外の世界」の生活で要求されることに対処できるよう、継続して支援や訓練を受ける必要がありました。しかし、適切な生涯教育施設は不足しており、またある特定の障害だけに焦点を絞って教育するケースが多かったのです。このことに気づいたことにより、リンケージ・コミュニティー・トラスト(リンケージ)が生まれました。

現在、リンケージは2つの全寮制生涯教育専門大学と12の居住型ケアホームを所有し、イギリス全土から集まる400人を越す知的障害及びその他の障害のある若者達にサービスを提供しています。1999年当時、私は自分でビジネスを経営していましたが、リンケージから雇用サービス部門設立に向けての予備調査を行うよう依頼されました。1999年12月に報告書を提出したところ、2年間の契約で私の提案を実行に移すことを提案されました。それから5年以上たちましたが、私は今も尚この組織のために働いています。

3.なぜ独自のサービスを導入したか
当時、障害者向けの雇用サービスの提供は、不十分でした。ほとんどのサービスは時間的な制限のあるプロジェクトに基づいたものでした(EUから資金提供を受けていることがよくありました)。そして、特に農村地域に住む人々や、自分自身の移動手段を持たない人々にとっては利用しづらいサービスが多かったのです。しかし何よりも問題だったのは、ほとんどのサービスが支援を求めている人々、すなわち知的障害者の知的能力の範囲を超えていたということでした。私達は物ではなく人を相手に活動しています。ですから雇用サービスは、組織の都合にふりまわされることなく、個人のニーズに合わせて提供されるべきであると信じています。

4.雇用の意味をどうとらえているか
「雇用とは、提供するサービスに対して報酬を得るための一手段であり、かつ、個人の自己実現を達成するための一手段でもある。」

この定義では、お金を稼ぐ能力や希望を誰もが持っているわけではないということを認めています。知的障害のある人々の中には、単に何か意味のあることをすることが、それ自体達成感をもたらすという人もいるのです。

仕事は、あらゆる分野の活動に及び、また以下のケースが考えられます。

・ 雇い主のために働く ― ボスのために働く場合
・ 自分自身で働く ― 自分自身が自分のボスになる場合
・ フルタイムで働く場合
・ パートタイムで働く場合
・ 福祉作業所で働く ― 障害者のために特別に作られた環境のもとで働く場合
・ 支援を受けながら働く ― 他の人の支援を受けながら本物の仕事をする場合
・ ボランティア活動 ― 他の人を助けるために無報酬で仕事をする場合

5.最初のソーシャルファーム
●背景
イギリスで暮らすとしたら、リンカーンシャーは素晴らしい地域ですが、大きな町を出ると、交通ネットワークが非常に不便な所です。これが、農村地域に住んでいて働く意志のある知的障害者にとっては大きな問題となっています。

リンカーンシャー州では

・ 企業の0.3%は従業員数が250人を越えている。
・ 企業の19.5%は従業員数5人以上250人以下である。
・ 企業の80.2%は従業員数5人未満である。

もし知的障害者が有給で雇用される可能性を真剣に探ろうとするなら、地域の小規模な会社のニーズに焦点を絞らなければならないことは明らかでした。

スタッフの採用の際、小規模な会社は一般に次の3つの能力を求めます。

1. 基本的な識字能力(読み書きの技術)
2. 基本的な計算能力(数字を使った作業技術)
3. 仕事に対する責任感

リンケージに来る人々の多くは、基本的な識字能力と計算技術はありましたが、仕事を続けることができると証明できるものが何もありませんでした。仕事がなければ経験も得られません。そして経験が無ければ、仕事を得ることは難しいのです。この問題を解決するために、私達は最初のソーシャルファームを設立したのです。

●偶然からの出発
人生では、次のようなことを心得ておかなければならないと私は信じています。

・ 「決して贈り物についてあら探しをしてはならない。」これはイギリスのことわざで、誰かが贈り物をくれたら、丁重に受け取り、その価値を疑ってはならないという意味です。
・ 「今という時を楽しめ。」今この時を生きるということです。チャンスが有れば、すぐ利用すること。そうしなければ二度とそのチャンスはつかめないかもしれません。
・ リンケージの最初のソーシャルファームであるリンケージ・グリーンは、計画に従ってというよりはむしろ偶然から始まりました。

私達は、リンカーンシャーの東海岸に面した、メーブルソープという大変小さな町に土地を得る機会を得ました。この土地はもともと、ヨークシャーとイングランド中部地方の、昔の炭田地帯から出る産業廃棄物を捨てていた所ですが、私達が手に入れた当時は、開発のためにきれいに片づけられていました。

リンケージはこの土地を地方政府と共同で受け入れ、2つの居住型ケアホームと、4つの自立訓練用アパートからなる一区画を建設しました。その後更に土地の提供を受け、何らかの形の余暇施設が必要であると考え、これを受け入れました。メーブルソープはイギリスでも最も高齢者が集中している町です。その多くはかつて石炭産業に携わり、引退して海辺の町に住むことを決心した人達です。この地域では、ローンボーリングが大変人気を集めています。ローンボーリングは典型的なイギリスのスポーツで、娯楽として親しまれています。そこで私達はローンボーリング場があれば、リンケージの人々にとっても、また広く地域にとっても役立つのではないかと考えました。

●リンケージ・グリーン
2000年5月、リンケージ・グリーンが一般の人々に公開されました。リンケージ・グリーンは、高級のローンボーリング場(国内試合や国際試合を企画することができるということを意味します)と更衣室、レンタルショップ、庭園及びカフェを備えています。当初私達は、リンケージ・グリーンをコミュニティーに依存するものではなく、コミュニティーの中心にしたいと考えていました。ローンボーリングのシーズンは4月はじめから9月終わりまでですが、カフェは一年中営業しています。すべての施設は一般の人々が利用できるようになっています。リンケージ・グリーンは、質の高い環境のもと、質の高いサービスを顧客に提供するために奮闘している、本物のビジネスです。私達は有給の仕事と労働実習、そして専門家による研修を、毎週35人までの知的障害のある若者達に提供しています。若者達は次のような数多くの様々な分野で働いています。

・ 食事の準備
・ 調理
・ 給仕
・ 庭の手入れ
・ グラウンドの整備
・ 保守管理

●リンケージの勤労精神
リンケージの目的は、できるだけ早く、リンケージの人々が有給の仕事に就けるようにすることです。これを支えているのがリンケージの勤労観です。リンケージでは、勤労者は次のように有るべきだと考えているのです。

・ 質の高い労働環境のもとで働くこと。
・ 生産能力に関わらず、市場の相場に合った賃金や給料を仕事に応じて支払われること。
・ 必要な支援を受けること。
・ 従業員として完全参加し、それぞれの可能性を最大限に発揮する機会を平等に与えられること。

●給料をかせぐことによる効果
今まで一度も働いたことがない人は、はじめて給料を得ることによって大きく変わり、自信をつけることができます。私はこれまで人々が本当に大きく成長する姿を目にしてきました。しかし、自由に使える収入が余計にあるということは、問題を引き起こす場合もあります。失敗の一つに、仕事をするように訓練はしたが、従業員となることの準備をしなかったということがありました。例えば、利用者の中には、職場では時間を守るという考え方が理解しがたいと考える者もいましたし、また仕事に就いたのだから、自分の部屋の片づけなど自分がすることすべてについて賃金を支払われるべきだと考えてしまう者もありました。この問題を解決するため、私達はビジネスがどのように行われるのかを理解し、従業員としての役割を理解するのに役立つ、特別な研修コースを企画開発しました。

●有給の仕事の提供
25人の知的障害のある若者達が、リンケージ・グリーンで有給の仕事に就いています。すべての従業員は雇用契約を結び、勤務中の死亡に対する給付金(これはしばしば障害者に大変説明が難しい分野です。「勤務中の死亡ということは、働いているときに死ぬということですか?」)などの特別な手当を受ける権利も得ています。そして何よりも重要なのは、リンケージの人々が、地域の企業が求め、必要としている技術と経験を身につけているということです。彼らが別の雇用者のもとで働き始めるようになったとき、リンケージが真の意味で成功したと分かるのです。例えば、地域のホテルでは現在、3人のリンケージ・グリーンの元従業員が働いています。私達は今、高齢者向けの住宅団地でケータリングサービスを行う、第二のソーシャルファームを設立したところです。

●ビジネスの資金
リンケージ・グリーンの収入は支出よりも低い額です。つまり、ビジネスは損失を出しているといえます。損失は主にスタッフの数に起因しています。リンケージ・グリーンの施設は一般の人々が利用できるようになっており、可能な限り最高の水準の顧客サービスを保証する必要が有ります。しかし、スタッフの中には場合によっては一対一の手厚いサポートが必要な人もいるので、ビジネスの範囲内で無理なく維持できる数以上のスタッフを配置する必要があるのです。私達は政府から何の財政援助も受けていませんし、気前良く資金を提供してくれる後援者もいません。リンケージ・グリーンの赤字は現在リンケージ自身の資産で補填されています。

6.将来に向けての計画と希望
将来の財政に関する不安は残りますが、それは組織が停滞し続けるという意味ではありません。私達は、困難ではあるけれども現実的な新しい可能性を、リンケージの人々のために開拓し続けていかなければならないのです。この達成のために、私達は特別な補助金を得ることに成功しました。

●園芸事業
私達は環境団体と提携し、園芸プロジェクトを開発することになりました。このプロジェクトを通じて、大規模な研修用の温室を建て、専門の指導者を採用しました。目的は、

・ 基本的な園芸技術を提供すること。
・ 研修生に有給雇用を経験させること。
・ 一般の人々に開かれている環境で働くことが難しいと感じている知的障害者に、特別な機会を提供すること。
・ 限られた種類の低木及び高木の栽培に焦点を当てた新たなビジネス計画を開発する力がリンケージにあるかどうかを試してみること。
・ 多くの地方自治体は、公共のアメニティースペースに植物を植える際、限られた種類の低木や植物しか使いません。私達はこれらの機関に植物を提供する役割を担えるようになり、ビジネスの発展と継続的な雇用を実現したいと願っています。

●ソーシャルファームの開発
リンケージは5つの新しいソーシャルファームを設立する3年間のプロジェクトのための補助金を獲得しました。最初の課題は、他の小規模会社に経営や営業に関するサービスを提供するセントラル・サポート・ユニットを設立することです。対象となる会社は、非常に小規模で、2人か3人の知的障害者を雇用しており、次のような仕事を行っている所と考えられるでしょう。

・ 庭の手入れ―地域のコミュニティー(例えば高齢者)に対する幅広いサービスを提供する。
・ アーカイブ化―紙上の記録を電子フォーマットに変換する。
・ 会議サービス―会議の参加者のために情報を準備し、また案内役を務めるなど。

更に、私達は自分でビジネスを始めることに関心がある人に対してサービスを提供したいと考えています。例えば、リンケージのケアホームに住む人の1人が、ペンキ塗装工や室内装飾職人になるために研修を受けているとします。この人は大変技術があり、仕事をうまくこなすことができると思われます。けれども、客に請求書を送ったり、税金の記録をとっておいたりするようなペーパーワークには全く興味がないのです。そこで、リンケージのセントラル・サポート・ユニットが、この人のためにペーパーワークを引き受けるというわけです。

7.木の頂上からの景色
リンケージの支援により、40人を越える知的障害のある若者達が、現在有給の仕事に就いています。

・ リンケージ・グリーン 25人
・ 地域の企業 15人

更に多くの人々が、研修を受けたり、実習を受けたりして、雇用されるために必要な技術を磨いています。人によっては、フルタイムの仕事に正社員として就くことが合わない場合があります。しかし、私は誰に対しても、少なくとも木の頂上からの景色を眺めようとする機会が与えられるべきであると信じています。

個人的には、私達は誰でも、ある程度の知識と理解力、そして専門技術を身につけています。これを他の文化を持つ人々と分かち合い、新たな経験を得ることにより、新しい考えやインスピレーションを持つようになり、お互いに大きな利益を得ることができます。私は、これらの重要な社会問題について、日本の方々の経験談をいくつか伺い、学ぶ機会をいただけましたことを光栄に思います。
私達は一人一人では苦労するかもしれません。しかし、協力し合えば、強い力を持って、本当の意味での変革をもたらすことができるのです。

リンケージで働く人々