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報告書「明日のデジタル放送に期待するもの」

「認知・知的障害者に分かりやすいデジタル放送」

ブロール・トロンバッケ(スウェーデン読みやすい図書基金所長)

このたびは日本でのこのシンポジウムにご招待いただき、どうもありがとうございました。私はこれから「読みやすい」出版物について、4つの点、つまり、「読みやすい」という概念、デジタル化された将来、スウェーデンにおける現状、そしてデジタル出版についてお話しいたします。とはいいましても私は技術専門家ではなく、出版に関わる者ですので、問題とするのは、世界の国々が、「読みやすい」出版物を作る分野で協力できるかどうかということです。

さて、「読みやすい」とはどういうことなのでしょうか?「読みやすい」出版物が目指しているのは、簡潔に、わかりやすく書くということですが、同時に大人向けの、変化に富んだ書き方が求められます。このために、内容や言語、絵や写真、プレゼンテーション方法やレイアウトについて考慮しなければなりません。読みやすく、わかりやすくすることと、出版物の質や専門性の両方を兼ね備えるようにするべきです。

それではなぜ「読みやすい」出版物が必要なのでしょうか?まずいえることは、あらゆる人は自分が理解できる形の文化や文学、情報にアクセスする基本的な権利を持っているということです。それぞれが基本的人権を行使し自分の人生をコントロールしていくためには、十分な情報を得る必要があります。それはまた誰もが当然享受すべき生活の質ともいえます。読むことができれば人々は大きな自信を持つようになり、世界観を広げ、社会参加をすることができるようになるのです。読むことを通して考えや経験を共有し、人間として成長することができるのです。ですから、この問題は民主主義やアクセシビリティ、生活の質、そして社会参加に関わる問題だといえるでしょう。

では「読みやすい」出版物は何か規則やガイドラインによって支持されているのでしょうか?その通りです。「読みやすい」出版物は国連の基準原則によって強く支持されています。基準原則第5条と、第10条によれば、政府は障害を持つさまざまなグループの人々のためにアクセシブルな情報、サービスそして文書を作成する政策を採らなければならないと定めています。また政府はテレビやラジオ、新聞などのマスメディアに対し、そのサービスをアクセシブルにするよう奨励しなければなりません。そして障害者が健常者と平等に文化的活動に参加できるようにしなければならないとしています。また、文学や映画、演劇が障害者にとってアクセシブルになるような方法を開発し、導入するよう求められています。更に、ユネスコによって採択された公立図書館宣言でも、「言語的少数者や障害者、病院や刑務所にいる人々など、どんな理由であれ、通常の図書サービスや出版物を利用できないユーザーのために、特別なサービスや出版物が提供されなければならない」として、「読みやすい」出版物のようなサービスを奨励しています。国際図書館協会(IFLA)もまた、「読みやすい」出版物に関するガイドラインを出しました。ガイドラインでは、「読みやすい」出版物の必要性を説明し、その対象となる主なグループを特定したうえで、「読みやすい」出版物を出版するための大まかなガイドラインをいくつかあげています。

いったい「読みやすい」出版物を必要としているのはどんな人達なのでしょうか?どんなグループの、どのくらいの人数の人々が利益を得るのでしょうか?私達は2つの主なグループをあげることができます。つまり、障害者と、それから言語能力や読解力が限られている人々です。読者によっては常に「読みやすい」出版物が必要ですが、それ以外の人々にとっては、場合に応じてこのような出版物が役に立つことがあるでしょう。「読みやすい」出版物は読みの訓練や入門手段としても使うことができるからです。一方、対象となる障害者としては、知的障害者、精神障害者、ディスレクシアのような読書障害者、ADHDの人々がいます。ADHDというのは、注意力や理解力に欠け、行動をうまくコントロールできない病気で、このためにしばしば読書障害や学習障害を持ちます。それから、自閉症の人々、聴覚障害者、聴覚と視覚の両方に障害を持つ人々、失語症の人々、そして軽い痴呆の人々も対象となります。これらの人々全てを合わせると、少なくとも人口の7,8パーセントを占めます。更に、言語能力や読解力が限られている人々の中には、最近移住してきた人々や、教育を受ける機会に恵まれなかった機能的非識字者、また場合によっては学校の児童も含まれるでしょう。これに加えて、国際的な成人の識字能力に関する調査結果をご紹介しますと、スウェーデンを含むいくつかの国々では、人口の75から80パーセントは、よい、或いは大変よい読解力を持っている人々ですが、いまだに20から25パーセントの人々はあまりうまく読むことができない、ということです。このような人々は、一般の新聞を読んでよく理解することが難しいのです。つまり、現代社会で必要とされる読みの能力を持ち合わせていないわけです。社会でうまくやっていくためには、実際問題として、読む能力が必要であり、その力を維持するためには少なくとも9年生(日本の中学3年生)程度の学校教育が必要です。読めない人々には、普通の文章よりも易しい読み物が必要になります。つまり、何か易しい言葉で書かれたものがいるわけです。そこで、このような人々の多くは「読みやすい」出版物から利益を得られる可能性があるのです。私達の推測では、全部で人口の12、或いは15パーセントの人々が、「読みやすい」出版物から利益を得るものと思われます。しかしこれらの人々すべてのニーズは本当に一つの「読みやすい」出版物で満たされるのでしょうか?それぞれが求めるものには違いがあるかもしれません。が、私は違いよりも共通点の方が多いと考えています。

文章を読みやすくするのはどんなことでしょうか?いくつか大まかなガイドラインがあります。具体的に書くこと、そして抽象的にならないようにすることと、あちこち考えが飛ばないようにすることです。論理的に書くことも大切で、論理的な一貫性を持ちつつ、ごく一般的な筋道を立てた方法で書かなければなりません。文章は直接的でわかりやすいものにし、長い前置きは避け、また文字もあまり多くならないようにします。読み手に誤解される可能性のある象徴的な言葉や隠喩も避けます。そして簡潔を心がけ、一つの文にいくつもの事柄を盛り込まないようにします。同じフレーズ内の語は同じ行に収まるようにし、もちろん難しい単語は避けます。けれども、大人向けの品位のある言葉を使うようにします。珍しい言葉を使わなければならないときは、本文の中で説明をするようにしなければなりません。かなり複雑な事柄でも、具体的かつ論理的な方法を採り、自然な時間の流れに沿って順に説明すれば説明することはできるものです。ノーベル賞を受賞したナイポール(V. S. Naipaul)は、「書き手と読み手との間にはなんのへだたりもあってはならない。」といいましたが、これこそまさに「読みやすい」ということです。

しかし、「読みやすい」ということは書かれた言葉だけに関わるものではありません。プレゼンテーションについてもいえることです。つまり、レイアウトやデザイン、活字体や活字の大きさも問題になります。もちろん、レイアウトははっきりとしていて人目を引きつけるようなものでなければなりません。マージンを広くしたり、語間、行間を十分にとったりすると、テキストはよりアクセシブルになります。本文は1ページの中で、少な目の行数で段落に分けるとよいでしょう。活字体は、はっきりとしたかなり大きめのものにし、本文の部分は、サイズを12から14ポイントにすると、読みやすいでしょう。色つきの印刷紙の場合は、活字と背景とのコントラストが十分でなくてはなりません。「読みやすい」出版物では、他の出版物に比べて、絵や写真、イラストがしばしばより重要な役割を果たします。また当然の事ながら、映画も大変役に立ちます。絵や写真は本文中で述べられていることを具体的に表現するので、理解を助け、メッセージを明確にします。また一方で、非写実的な絵を使うことで、雰囲気を伝えたり、印象を強めたりすることもできます。いずれにせよ、絵や写真は常に本文の内容と一致するものでなければなりません。誤った方向に導く絵や写真は読み手を混乱させてしまうでしょう。

「読みやすい」というのは単にある難しさのレベルを克服すればいいというものではありません。同じような読書障害を抱える人々の中でさえも、読解力に差があるからです。ですから様々な難易度の出版物が必要となってきます。つまり、絵や写真を基本としたような大変易しい物語から、ある程度の読解技術が要求されるが、しかしそれでもなお普通の本や文書に比べたら易しいという程度のものまで求められるでしょう。

さて、「読みやすい」ということは印刷されたメディアだけを対象とするのでしょうか?他にどんなものが、「読みやすい」形で提供されるべきなのでしょう?私の意見では、「読みやすい」ということは、印刷されたメディアをはじめ、たとえばインターネット上の電子メディアなど、あらゆる種類のメディアにおいて必要なことであると思います。そして将来、デジタル出版がますますさかんになると思われますが、そこでも「読みやすい」フォーマットは重要な役割を果たすことになるでしょう。もちろん文学作品についてもニーズがあります。フィクションもノンフィクションも、特別に書き下ろされた作品も、古典文学作品の改訂版なども対象となりますし、長編小説、短編小説、詩、スリラー小説などのジャンルも考えられます。新聞や雑誌は、特別に「読みやすい」ものを作るか、あるいは普通の新聞・雑誌の中に、「読みやすい」ページを作るべきです。社会生活情報も大変重要で、たとえば選挙方法や税金などについて、また保険会社や銀行からの情報も、「読みやすい」タイプが必要でしょう。テレビやラジオでも定期的に「読みやすい」、つまりわかりやすい番組が提供されなければなりません。たとえば、普通よりもゆっくりとしたペースの番組などです。更に、録音図書や録音文書のような音声資料についても、「読みやすい」もの、なるべくならDAISYの標準規格にのっとった音声用のフォーマットを使ったものが手にはいるようになればよいと思います。DAISYの規格であれば、うまくナビゲーション機能を活用できますから。

情報技術とデジタル出版についてですが、コンピューター用のソフトウェアプログラムを作る技術や、マルチメディア、CD-ROM及びDVDの製品やウェブサイトに関わる技術、すなわちデジタル技術は、知的障害者を含む障害者にとって大変役に立つ技術だと私は確信しています。アクセシビリティに関していうなら、デジタルフォーマットを使えば様々な技能レベルのユーザーがそれぞれのレベルに応じて使用していくことができるという大きな利点があるのです。障害者のニーズに合わせてソフトウェアや機器を改造することはきわめて重要です。これは機能的なインターフェイスを開発するということです。先ほどDAISYとSMILの標準規格のお話をお聞きしましたが、大変結構なことだと思います。

それではスウェーデンにおける「読みやすい」出版物を作る活動についてと、「読みやすい図書基金」(Easy to Read Foundation)とも呼ばれている、「読みやすい図書センター」(Swedish Center for Easy to Read)についてお話ししましょう。このセンターは出版社で、「読みやすい」出版物を提供したり、情報センターとしての役割を果たしたりしています。1987年に国会によりセンターの設立が決議され、政府が設立許可書を作成し、理事を任命しました。センターでは、「読みやすい」新聞、「8ページ」や、「読みやすい」本の出版、情報提供・収集やマーケティング、読書指導者による読書啓蒙活動、出版物の委託制作、講義などを行っており、更に、新しい技術の開発や実験にも積極的に参加していきたいと考えています。私達が作った本や文書をこの部屋の外に少し展示していますので、どうぞみなさんごらんになって下さい。

「8ページ」という「読みやすい」新聞は、ちょうど一般の新聞と同じように、スウェーデンや外国のニュース、スポーツ、文化記事を掲載しています。週に一回の発行ですが、記事の背景や解説を載せた特集増刊号もいくつも出されています。またこの新聞は毎日ウェブでも、合成音声付きのものを入手することが出来ます。「8ページ」には約40,000人の購読者がいますが、実際の読者は100,000人位です。読みやすい出版物財団でも独自の出版社で「読みやすい」本を出版しています。「読みやすい」本は、他の本よりも読みやすく、理解しやすいのですが、本によって難易度が違います。「読みやすい」本は、フィクション、ノンフィクション両方の、あらゆるジャンルに渡ります。最初から読みやすく書き下ろされた本もあれば、古典的作品の改訂版もあります。毎年30冊ほど、これまでに全部で500冊を越える本が出版されてきました。

デジタル出版に関しては、先ほどもお話ししましたが、障害者や読書障害を持つ人にとって大変有益なものとなる可能性があると思います。私達読みやすい出版物センターでは、この分野における研究開発活動に参加することに大変興味を持っています。これまでのところ、ほとんどすべての「読みやすい」本は録音図書として利用することが出来ます。そして今ではその大部分はDAISYのフォーマットになっています。またCD-ROMやウェブ上で作られたマルチメディア製品もあります。たとえば、日常生活や、選挙方法などについてのCD-ROMが作られました。それからウェブ上で、特に知的障害者のために双方向のドラマを制作しました。ウェブ上の音声による新聞についてはすでにお話ししたとおりです。

デジタルフォーマットに関する実験については、私達はインターネット上でDAISYを使えるようになることを望んでおり、スウェーデン障害者研究所(The Swedish Handicap Institute)と共同で実験研究活動を行っていきたいと思っています。また知的障害者のために「読みやすい」ウェブサイトを作る計画もあり、そこではニュースや、ゲーム、チャットや連続ドラマなどをとり上げたいと考えています。更に、「読みやすい」DVD形式の本や電子図書の実験研究も今後始められる予定です。

さて、出版や資料の作成というのは、「読みやすい」出版活動分野の仕事のほんの半分を占めるにすぎません。よい製品であっても、マーケティングが必要であり、「読みやすい」製品のマーケティングには特別に負担がかかるからです。なぜなら、考えてみてください。文字で書かれた製品をどうやって文化的に恵まれない人々、あるいは読むことに慣れておらず、めったに図書館や本屋に行くこともない人々に販売したらよいのでしょうか?伝統的なマーケティングの技術はほとんど役に立ちませんし、また適当だとはいえません。問題はマーケティングに限ったことではありません。対象となるグループに話をするまでには、教師や家族、親戚、人事担当者などの間に入っている人達との話し合いを一つ一つ経ていかなくてはならないことがよくあります。これらすべての人々を感化し、読書への興味を引き出さなければなりません。そこで読書指導者のシステムが作られました。これは、主な読書障害者、たとえば知的障害者や痴呆老人、更にはその介助者や家族に読書への興味をおこさせ、読書に対する考え方に影響を与えるためのシステムです。スウェーデンにおける読書指導者による読書啓蒙活動は読みやすい出版物センターとスウェーデン全国知的障害者協会(Swedish National Society for Persons with Mental Handicap)との協力の下に始められました。読書指導者は主に施設やデイケアセンターの職員の中から採用され、読書の時間を設けて読書活動の援助をしたり、図書館を訪問したりして、読書への興味を刺激する仕事をしています。読書指導者にとってはこのような活動が普段の仕事の一部となっているわけです。この活動は地域ごとにまたコミュニティーごとに少しずつ広まり、今日では国全体で4,000人以上もの読書指導者が任命されています。

最後に少しだけ手数料や講座についてお話ししましょう。読みやすい出版物センターでは、公的機関、企業、団体の各種レポートや出版物、その他の資料の「読みやすい」版を委託制作し、手数料を得ています。また「読みやすい」書き方やレイアウト、ウェブ情報に関する短期講座も開設しています。

それでは、次に、「読みやすい」出版物の出版に関して、各国が協力することは可能かどうか、考えてみましょう。確かに、しばしば文化的な違いはありますが、場合によっては、2つ以上の国々が協力することはできるはずです。協力できる分野としては、文学、詩のような古典的な作品の改訂版、絵や写真を基本とした本などと、国際的なニュースを扱ったニュース記事が考えられるでしょう。たとえば各国の通信社と「読みやすい」新聞の発行者との間のやりとりが期待できるのではないでしょうか?社会に関する国際的な情報もまた協力できる分野です。たとえば、国連の基準原則やIT即ち情報技術、マルチメディア用のデジタルフォーマットに関して、協力できるでしょう。何度も申し上げますが、現代技術は知的障害者はもちろん、障害者すべてにとって役に立つものとなる可能性があるのです。技術専門家ではない私の意見ではありますが、知的障害者や読書障害者にとって使いやすく、また理解しやすくなるように、コンピューターやCDプレーヤーなどの機器に技術改良を加えたり、プログラムやソフトウェアの研究開発を更に進めたりすることが必要なのです。そうすることによって、原則としてすべての人々が、自分が求めている情報と必要としている援助を手に入れることができるようになるでしょう。そしてこれがうまく機能するためには、DAISY標準規格やSMIL標準規格のような、この分野における国際的な標準規格が必要であると私は考えます。このような努力の成果は社会をすべての人々にとってアクセシブルにするための偉大な功績であり、まさにあらゆる人々のためのデザインであるといえましょう。本日はどうもありがとうございました。

Q:野村

弱視で弁護士の野村と申します。大変興味深く聞かせていただきました。スウェーデン或いは世界の著作権の動向について教えていただきたいと思います。読みやすい図書ということに関して、著作権で問題になることがありゆるかなと思います。録音図書ということで、著作権の問題は切っても切れない問題だと思います。スウェーデン、或いは世界の最新の情報を教えていただければと思います。

A:ブロール・トロンバッケ

これらの事柄に関して私は専門家ではありませんが、多くの国々で問題が起こりうると思います。スウェーデンではそのような問題はこれまでありませんでした。というのは、私達はテキストを使う許可を得ることがたびたびできますし、それを改訂することもできるからです。しかし他の国々では、実際問題として他の出版社による出版物のテキストを使うことについては大きな問題があるかもしれません。申し訳ありませんがこれ以上詳しくはお答えできません。

Q:金子

日本知的障害福祉連盟の金子と申します。私は同時に日本知的障害者育成会という知的障害の子どもに関わる或いは大人に関わるグループにも属しております。その日本知的障害の育成会、正式には日本手をつなぐ育成会と申しますけれども、そこでもやはり特に知的障害のある方たちに、理解のしやすい図書或いは新聞の発行を始めております。お伺いしたいのは、その図書の出版なり新聞の発行に際して、障害のある方ご本人が、参加をしておられるかどうかということです。私どもでは、できるだけ当事者も作業や編集に加わっておりますが、スウェーデンではいかがでしょうか。

A:ブロール・トロンバッケ

たとえば、出版の仕事に関わっている障害者の関連団体がいくつかあって、そちらの団体に制作した資料を試してもらっています。また知的障害者団体のような団体で、自主的に地方紙などの「読みやすい」出版物を作っている所もいくつかあります。ですから読者自身が制作に参加するというのは大変重要なことです。