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国際セミナー「障害者権利条約制定への国際NGOコーカスの活動について」

講演 「障害者と権利条約の制定に向けて」

RI事務総長 トーマス・ラガウォール 

条約制定の背景

 1960年代後半から70年代にかけ、市民権および女性の権利を主張する運動に触発されて、障害者が自分たちの権利を要求することを始めました。 その後、1981年に国連が「国際障害者年」を宣言したことにより、世界に向けて強力かつ重要なメッセージが送られ、障害者運動における新たな 国際時代の幕あけとなりました。そして1982年には、障害者の生活条件を改善することを目的とした決議である国連の「障害者に関する世界行動計画」 が発表されました。これは国際的に意識を向上させる画期的な出来事でありました。その第164項には次のように述べられています。

 「障害者に直接もしくは間接の影響をもつと思われる国際協力、規約その他文書の準備と実施の任にあたる国連機構内の組織および団体はとくに、 文書等が障害者の状況を十分考慮に入れているものとしなくてはならない。」

 翌年に始まった、1983年から1992年までの「国連・障害者の十年」では、障害者の生活条件を改善する計画を実施することが世界の国々に求められました。 しかしながら、1987年のストックホルムにおける「国連・障害者の十年」中間年における評価ではあまり進展がないことが確認されました。 中間年評価に参加した人たちは、積極的な改革を起こすためには国連障害者権利条約が必要であると痛感しました。

 それから数年後、イタリア、スウェーデンがそのような条約を提案しました。しかしながらそれは世界の国から却下され、その妥協案として 「障害者の機会均等化に関する基準規則」が1993年国連総会で採択されたわけです。これは重要な前進ではありましたが、基準規則には法的拘束力は ありませんでした。

 1999年、リハビリテーション・インターナショナルは2000年代憲章を宣言しました。それは、「加盟国に国連障害者権利条約の制定に対する支持を要請する」 という内容でした。同憲章は「CBR(地域に根差したリハビリテーション)を国内および国際的に広く推進し、サービスを経済的に利用しやすく、 かつ持続して利用できるようにする」とうたっています。

 各国政府および障害者関連分野の人々の多くは、当時そのような国際条約を要求することは時期尚早であり、世界は国連条約に対する準備ができていないと していました。

 2001年8月、南アフリカのダーバンでの「世界人種差別撤廃会議」の際に、メキシコが参加各国に、障害者権利条約の必要性を訴えました。 これは先ほど兒玉さんがご挨拶の中でおっしゃったとおりです。その後、ニューヨークの国連本部でいろいろな外交交渉が交わされ、その後同じ年に国連総会に おいて、条約制定を検討することが決定されました。

 以来、5回にわたり国連特別委員会が開催され、世界の大部分の国々といくつかの国際的なNGOが、現在共同で国連障害者権利条約制定のために作業を 進めています。私には、あと2、3年以内には条約に関する各国内の交渉が終了するものと見ています。それから先は、今度は各国政府がこの条約を批准・実施 するという段階になります。

 国連障害者の権利および尊厳に関する条約の制定に向けて活動している、5回目までの特別委員会議長であったエクアドルのルイス・ガレゴス大使は、 「障害は、われわれすべてが合意に達しなければならない崇高な大義である」と語りました。

 また、ガレゴス大使は「誰が障害者に反対できるのか」と述べましたが、オーストラリアのシドニーで最近開かれたRIのセミナーで発表された時に、 同大使は「障害問題がいかに複雑で、ときに困難であるかを知り、実に驚いた」とおっしゃっていました。そしてまた大使は、 「権利条約は資源および文化その他の環境要因に応じて柔軟に実施されるとともに、さまざまな状況に応じて解釈することができる生きた文書で なければならない」ともつけ加えました。

条約が必要な理由

 それではなぜ私たちは条約が必要なのでしょうか。障害者は世界中のあらゆる社会でほとんど毎日のように差別されてきています。 われわれは、これまでまるで障害者が存在しないかのごとく、すべての人間が歩き、聞き、見、そして周りの人たちからの複雑なメッセージを理解できるか のように、自分たちの社会を設計し、建設してきてしまったのです。自分たちとは異なる人々のニーズを考慮できないということは、 人間だれもがおかしてしまう誤りでもあります。

 差別というのは、故意ではなかったり、また間接的であることが多いものです。 たとえば障害者がある特定の職業に就くために勉強したいと考えた場合に、大学がアクセシブルでないという理由から、 別の職業を選びなさいという助言を受けることがあります。

 態度を変えるということは重要ですが、それだけでは十分ではありません。つまり、障害者が人権を享受できるよう保障するためには 法的な文書が必要です。アメリカ合衆国の「障害をもつアメリカ人法」(ADA、1990年)、および同様の法律があるイギリス、オーストラリア、 デンマークその他の国々の例を見ても法的文書の重要性は明らかです。これらのすべての国々においては、法律の改正の結果、アクセシビリティと 法的保護が著しく改善されました。

 前国連基準規則報告者のベンクト・リンドクビスト氏によって1997年に実施された世界的な調査では、親としての役割、所有権、政治的権利および 司法にアクセスする権利などの分野では、障害者が深刻な制限を受けていることが報告されました。たとえばいくつかの研究によれば、 障害のある児童が義務教育を受ける割合は、多くの国々で障害のない児童に比べて非常に低いことがわかっています。

 障害問題は従来、社会開発問題と見なされてきました。そのために、障害者の権利に対する重大な侵害があったとしても権利の侵害としては 報告されてこなかったわけです。精神障害者が何年もの間、自分の意思に反して施設に収容され、それを訴えることもできずにいる場合、 あるいは脳に損傷を与えられたり、命を失ったりするような強制介入や強制治療を受ける場合、それは人権および人間としての尊厳に対する侵害に当たります。

貧困および国連ミレニアム開発目標

 2000年に国連はミレニアム開発目標を発表しました。191の加盟国すべてが2015年までにこの目標を達成すると誓約しました。 今年の9月にそのプロセス評価のために、世界のリーダーによるサミットがニューヨークで開催される予定です。

 国連ミレニアム開発目標は8つの分野にわたっています。(1)極度の貧困と飢餓の撲滅、(2)普遍的初等教育の達成、 (3)ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上、(4)幼児死亡率の削減、(5)妊産婦の健康の改善、(6)HIV/エイズ、マラリア、 その他の疾病の蔓延防止、(7)環境の持続可能性の確保、(8)開発のためのグローバルパートナーシップの推進です。

 この8つの開発目標のいずれにも障害については述べられていませんが、もし今日この目標が設定されたならば、 障害者の状況も確実に盛り込まれていただろうと私は考えます。これは国連条約制定に向けた作業がもたらした、間接的ではありますが、 1つの重要な影響であると言えます。

 貧困と障害が関連していることは良く知られており、またそれを明らかにした文献もあります。現在でも12億5,000万人の人々が1日当たり1USドル 未満で生活しています。それとは別に20億人が1日当たり2ドル未満で暮らしています。つまり、これは世界の人口の半分は1日当たり2ドル未満で 暮らしているということを意味しています。豊かな国に住んでいるわれわれにとって、これはいったいどういうことを意味しているのかを理解するのは 難しいことです。

 また、世界の障害者人口の75?80%は南、つまり発展途上国で生活しています。そのほとんどはリハビリテーションや学校、教育、仕事への アクセスができず、差別を受けていることが多いのです。この貧困と障害のつながりは十分に立証されているので、条約について交渉をする際に 考慮しなければならない点です。

 また、特別委員会においても南北格差は顕著です。これは各国政府間、時にはNGOの間でも見られる格差です。われわれすべては条約を 必要としていますが、南の人々は北に住むわれわれよりももっとずっとこの条約を必要としています。さらに、条約ができることによって、 北の人々にも障害者の権利と尊厳を推進する世界的な責任を担う一員となることを受け入れる圧力がはたらくだろうと思っています。

 ポリオはずっと以前に撲滅できたはずの病です。しかし、貧困、武力闘争、偏見および政治的な責任の欠如により、ポリオが再び広がりはじめるように なりました。アラビア半島南端のイエメンでは、これまで何年もの間、新たなポリオ患者は見られなかったのですが、今年になって数人見つかりました。 これは宗教的な指導者たちが北ナイジェリアで人々に予防接種を受けないよう語り、巡礼者がメッカへ旅した際に、それがサウジアラビアまで広まったからだ と思われます。

 ポリオはまた、他にもインドやパキスタン、インドネシアでも発生しており、これは広範囲にわたるリハビリテーションプログラムと国際的な支援が 必要だということを意味しています。

 ポリオなどの障害原因の予防については、交渉中の国連条約の一部にはなっていませんが、ポリオのある人々も障害問題に、より積極的に関わっていくこと により、生活条件が改善されるとともに、それが予防可能な疾病を撲滅するキャンペーンにもなるだろうと考えます。

 ニューヨークでの特別委員会にはNGOの非常に積極的な参加がありました。日本もすべての会議に参加しました。RIおよびその他の団体は、 南の地域からたくさんの参加者が得られるよう働きかけました。このように、南と北からの障害関係者が積極的に参加することにより、 各国政府に対し圧力をかけることができたと思います。条約への同意に達するだけではなくて、確実によい条約を作成するということが重要なのです。

 そして、特別委員会や作業委員会に加え、いくつかの地域会議および国内会議が、アジア太平洋地域、たとえばバンコクや北京で行われたことも重要だと 考えています。それはアジア太平洋地域が条約制定へのプロセスにおいて大きな役割を占めることになってきたことを示すものです。 アジア太平洋地域は世界の4分の3の人口がいる地域です。そして、バンコクでの会議の1つで出された草案文書が、特別委員会における討議の対象となりました。

現在の討議の状況

 これまで5回の特別委員会がありました。これらの委員会で討議されてきた条項は第15条までですが、追加案となっている第2次案(bis)もあります。 これについては重要な部分をお話ししていきたいと思います。

 早い段階において、障害に対する定義が必要であるかどうかが話し合われました。いくつかの地域、特にスカンジナビア諸国からは、障害に対しての定義は 必要ないのではないかという意見が出されました。ところが南からの参加者は、障害に対して確固たる定義がないと、ある特定のグループが取り残されてしまう 危険性があると反論しました。

 第6条の[統計およびデータ]についても広範囲にわたって討議が繰り広げられました。そして、やはりきちんとした統計や指標がないと、 障害についての権利を討議するのが難しいという意見が出ました。

 第10条は[身体の自由及び安全]です。11条は[拷問または残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取り扱い、もしくは刑罰からの自由]という条項ですが、 特にこれらの条項に関しては、精神障害をもつグループから権利擁護についての要求がありました。

 第14条の第2次案である[家族]、第15条の第2次案である[障害のある女性]、第16条の[障害のある子ども]については、追加的な次案が必要であるか どうかという討議がされました。これらは一般的な項目の中に含めるべきであるという意見もありましたし、これらの重要性を鑑みた時に、 それぞれについて特別な条項を設けるべきだという意見もありました。特に韓国の当事者団体は、障害のある女性についての項目を設けるべきだと強く 主張していました。

 そして第15条から第25条は国際NGOコーカスからの提案文です。前述した第15条以前のものはすでにこれまでの特別委員会の中で討議されてきたものです。

 特に第21条の[健康及びリハビリテーションに対する権利]についてはRIと非常に関わりがある点です。これに関しては、「健康」と「リハビリテーション」 を分けて、[健康(管理)に対する権利]という条項と、[ハビリテーションとリハビリテーションに対する権利]という第2次案を提案しようとしています。 ヘルスケアは要求することができますが、健康に対する権利というものはありません。つまり、成功する人生、お金、愛情、豊かな生活といったものに 対しての権利を要求できないのと同じです。

 そして第24条の第2次案であげられているのが[国際協力]です。既に述べましたが、ここでは先進国が連帯意識を持って発展途上国の兄弟姉妹に 協力していくことの重要性が示されています。この中で、おそらく最も重要だと思われる条項が第25条のモニタリングです。きちんとしたモニタリングが 行われないと、条約ができたとしても、ただの文書として棚に置かれたまま忘れ去られてしまうものになりかねないからです。

 モニタリングはまずは国レベルで行うことが大切です。1つの国の中で障害者運動を行い、推進し、政府と一緒になって国内法の制定をしていくこと。 そして同時に、国際レベルでのモニタリングを行っていくことが重要であると思います。国際的な障害者コミュニティがどのようにして実態を調査し、 フォローアップをしていくのかを考える必要があります。

 これらの条文あるいは条文番号の調整は今後で行われていく予定ですが、ニュージーランドのマッケイ大使がこれまでに幾度も指摘しているように、 すべてについて合意が成立するまで討議が続けられる予定になっています。

 国際障害NGOコーカスでの条約準備の議論を積極的にフォローされている方もいらっしゃると思いますし、そういった方々は、 それぞれが自分たちとは違ったバックグラウンドをもっている、ということもよくおわかりだと思います。そこで、私たちがどんなことを交渉できるか という点をあげてみたいと思います。

 まず合理的配慮、自己決定の権利、介入を拒否する権利、法的能力と意思決定、シェルタードワークショップと保護雇用、そして文化的多様性です。

 すでにご存知の方もあると思いますが、最近新議長団が選出されました。この議長団が条約制定への議論をリードしてくれる人たちになるのです。

 新議長団の構成を見てみますと、議長に選出されたのは、ニュージーランドのドン・マッケイ大使です。彼は西ヨーロッパその他の国と地域の代表で、 奇妙に思われるかもしれませんが、この中には日本、ニュージーランド、オーストラリアも入っています。そして、違う地域から選出された副議長が4名。 ラテンアメリカよりコスタリカのジョージ・バレステロ氏、東ヨーロッパ諸国グループよりチェコ共和国のイバナ・グロローバ氏。この方は、今、 EUにも入っていますので、EUの観点からも条約を推し進めていけるのではないかと思います。国連は様々なシステムの調整を行っていますが、 そのひとつは別々の地域からの構成員の調整です。アジア諸国グループよりヨルダンのムタツ・ヒャッサート氏。アフリカからの副議長選出に関しては、 現在討議中で、まもなく結論が出るのではないかと思われます。

RIの役割

 次にこの中でRIがどんな役割を果たしているのかというお話をしたいと思います。

 RIは8つの国際障害団体(障害者インターナショナル、国際育成会連盟、国際難聴者連盟、リハビリテーション・インターナショナル、世界盲人連合、 世界ろう連盟、世界盲ろう者協会、世界精神医療ユーザー・サバイバー・ネットワーク)から成る国際障害同盟(IDA)と国際障害NGOコーカス内で 他の世界的な障害団体と共同で活動しています。

 RIはIDAの組織の1つですが、非常に独特な組織で、他の7つの同盟団体と比べてより広範囲をカバーしており、各国の障害分野で核となる団体が 加盟していることはもちろん、それぞれの国における加盟団体の75%ほどが障害団体になっています。

 RIのネットワークに入るその他の組織としては、サービス提供団体、リハビリテーションの団体、そして政府関連の機関、訓練所や研究所などもあります。 国連特別委員会にはRIのネットワークの一員が政府の代表団として参加している国もあります。

 南アフリカのセベンジル・マテブラさんは、大統領直轄障害担当室長であり、RIでは南アフリカにおける次席副会長でもあります。RIには法律の 専門家集団がいて、RIの政府代表団にはその中の1人であるアイルランドのジェラルド・クィン教授が参加し、政治的交渉に関する助言をしていただいております。

 RIはニューヨークに事務所があるので、条約のプロセスに寄与することができます。最近では、討議内容の日報のサマリーをまとめることができました。 RIは条約についての討議内容に関わることはもちろん、条約交渉におけるプロセスも監視するという二元的なアプローチをとっていきたいと思います。

条約の周知に向けて

 RIは条約制定後のことも考え始めています。障害者権利条約が国連総会で採択され、影響力をもつようになれば、各国の政府が条約に批准することが 必要になってきます。これまで最もよく知られている国際的条約としては「子どもの権利条約」があります。これは国連の加盟国191のうち190か国が批准を している条約です。障害者権利条約も、このように広く批准されることを望みます。

 いったん条約が採択されると、今度は一般大衆に向けて条約の重要性を教育する活動を行うとともに、障害のある指導者、サービス提供者および政府関係者 が条約の完全な実施に向けて有能な指導者となることができるよう、特に発展途上国のニーズに重きを置きつつ、能力開発の促進にあたることが重要です。

 この条約を確実に広く知らしめるためには、言語の問題が大きな壁となることは間違いありません。障害者の80%は発展途上国に住み、191の国連加盟国 のうち英語を第1言語としている国は10に満たないのです。われわれは確実にこの条約を広め、世界中の人々、特に資源の限られた国の人々が本条約を 理解できるように努めていかなければなりません。条約制定に向けてのプロセスに関する資料をさまざまな障害団体、政府が日本語にしている熱意は 喜ばしいことであります。が、同時に多少の不安も感じています。つまり、条約の必要性を受け入れてもらうことと、条約の文書を作成することにあまりにも 多くの資源と労力をつぎ込んできたので、われわれは疲れてきっており、世界の何億人もいる障害者の生活条件を改善するために、 このすばらしい障害者権利条約を用いる余力がなくなってしまうのではないかと懸念しています。そのようなことがないように祈っております。

 最後になりますが、私のメッセージをお伝えして終わりたいと思います。まず、私たちには今、この条約が必要です。そして確かなモニタリングの機構も 必要です。さらに国が条約に批准をすることを確実にしなければなりません。われわれの目標とするベンチマーク(水準)は、「子どもの権利条約」を 批准したのと同じ数である190か国の加盟国にこの条約に批准をしてもらうことです。

 最後に、私たち全てのNGOは、政府と一緒になってこの条約を利用し、そして実施していかなければいけないのだ、という願いを皆様がたにお伝えしたい と思います。

 ありがとうございました。