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分科会 グループ2

「アクセシビリティの確保」

コーディネーター:

髙橋 儀平 (東洋大学教授)

パネリスト:

秋山 哲男(首都大学東京教授)「高齢者・障害者のアクセシビリティ確保の政策と考え方」

関根 千佳(株式会社ユーディット 代表取締役社長)「必要な情報をどのように伝えうるか、伝えあうか-情報のユニバーサルデザイン」

髙橋 儀平(東洋大学  教授)「アクセシビリティ確保のためのインフラ整備」

河合 俊宏(埼玉県総合リハビリテーションセンター相談部福祉工学担当)「個別機器支援から見たアクセシビリティ」

 

髙橋 それでは分科会2「アクセシビリティの確保」を、始めさせていただきます。私は、東洋大学の髙橋と申します。この分科会のコーディネーターをさせていただきます。

お手元の抄録集に本日の資料でありますレジュメが収められています。この分科会は「アクセシビリティの確保」ですが、本研究大会の中では、ややマイノリティのグループではないかと思っております。

本日の内容ですが、まずパネリストの皆様方にお話をいただき、後半は、皆様方の参加によって活発なご議論を期待したいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

全体の趣旨ですが、私のレジュメの中に討論の趣旨ということで綴じてあります。私どもこの4名は、比較的頻繁にいろんな所で会い、仕事を一緒にしたりしている仲間といえます。専門は、河合さんがリハビリテーション工学、関根さんがユニバーサル・デザインをベースにした情報の開発あるいはシステム、ネットワークの構築に関わっていらっしゃいます。それから秋山さんは交通問題の専門家、私は建築関係ということで、一見バラバラなように見えますが、このリハビリテーションという全体の枠組みの中でも、いかに社会環境を統合して連携をしていくかという重要なテーマの一つではないかと感じているところです。

もちろんその連携・統合というのは、なかなか容易なことではなく、これまでも20年来、当たり前のように言われ続けてきました。いろいろな専門分野で連携と言われ続けていましたし、あるいは障害を持っている当事者のグループ、高齢者のグループ、子育てのグループといったようなグループ間でも連携の重要性が指摘され叫ばれてきました。しかし、なかなかうまい具合にはいっていないということが、皆さん方、お一人ひとり感じているところではないかと思います。それをどのようにつないでいって、住みやすい、安全・安心な街を作っていくか、あるいは環境を作り、情報の提供が行われるかということになろうかと思います。

では、最初に、河合さんにお願いします。多少自己紹介的なことも入っていただいても結構だと思います。今日、会場にいらっしゃる参加者の皆様方は、どういう専門の分野か、分かりませんが、ひとまずパネリスト方のご発言を聞いていただいて、後ほどひと言ずつ、ご挨拶を兼ねご発言いただければと思っております。それでは河合さん、よろしくどうぞお願いいたします。

 

河合 河合です。埼玉県総合リハビリテーションセンターの相談部福祉工学担当に所属しています。ほとんど自己紹介みたいなところでプレゼン自体は終わると思います。と言いますのは、実行委員ということもあってメンバーには入れていただいたんですが、私以外は、私の先生方3人という位置づけなのです。いろいろな知識をいただいている3人の先生の話を聞きたいとのことで、私がこの分科会の企画をしました。

まず私の立場ですが、リハビリテーション工学という分野に関わっています。「アシスティブ・テクノロジー」と最近言われて、「支援技術」という日本語訳を付けられているのですが、私個人としては「リハビリテーション・エンジニアリング」にこだわりたいと思っています。それは、後で詳細は関根さんからあるかと思いますが、「ユニバーサル・デザイン」という言葉を知ってから、まさに対極の仕事だと思うようになりました。「アシスティブ・テクノロジー」が対極という方もいらっしゃいますが、そうではなく「モノを作る」ということです。より重度な重複した障害の方に個別支援をするためには、やはりテクノロジーでは駄目で、エンジニアリングでないと駄目だろうという考えで、私は「リハビリテーション・エンジニアリング」という言葉をよく使っています。

そこで、なぜ今回パネリストに加わったかということですが、総合リハビリテーション研究大会であるのに、分科会テーマに「リハビリテーション」の用語がないので、リハビリテーションということを入れたということです。あとは、ICFによって位置づけが以前とは変わってきていますので、そのICFについて考えると、リハビリテーション・エンジニアリングの立場からも、ぜひアクセシビリティにひと言、言いたいということで加わっています。もちろんアクセシビリティはすべての人にとって必要な概念ですし、逆に国際的にはリハビリテーションの重要性が権利として今、提唱されていますので、アクセシビリティももちろん重要だと思います。

まずリハビリテーション工学の危うさについて、説明します。リハビリテーション工学は基本的にはシーズを持っている技術者と、ニーズを持っている障害をお持ちの方とが、相互に同じ目線でディスカッションして、それぞれ個々の意見を吸い上げて、モノによる解決ができるものであれば、モノを作るというのが基本的なアプローチだと思っています。ですからモノによる解決ができないものは、モノを作れないというところで、何年かやってきていました。

私自身は平成2年、1990年に埼玉県総合リハビリテーションセンターに来ました。埼玉県総合リハビリテーションセンターの隣は、ゴミの焼却場です。最初はあまり考えなかったのですが、私が作ったものを捨てたいというお母さんからの連絡がありました。障害のあるお子さんのために作った機械を、本人が大きくなったので捨てたいということでした。「邪魔だから捨てたい」とは作った本人にはなかなか言えないと思うので、捨てたいというときに「分別どうすればいいですか?」と尋ねられました。その時に、非常にまずいなあと思いました。それは、人と接する部分は紙や木で作り、中に電子回路を入れていました。電子回路をむき出しにするのは、当然家庭の中で使うには非常に問題があるので、プラスチックで充填して外せないように作っていました。その時になって、捨てることを考えて、社会とどのように、作ったモノが適合していくのかというところまで考えなければいけないと思いました。単純に作るだけでは、駄目だというように考え方が変わってきました。

では実際にどのようなものを作っているのか、ご紹介したいと思います。図は、脳性マヒの方です。自分の力では座れず、アテトーゼの非常に強い方で、自分で座るような椅子を作るために、「採型器」というものに乗っている様子です。

「採型器」に乗っている様子の写真

自分の力で座れない方の場合は、リハビリテーションの流れとしては、厚生労働省が決めた制度の中では「座位保持装置」という物を使って座ることができます。それで、座ることができれば、移動するためには介助であれば車いす、自力であれば電動車いすというようなレベルのものの機器適用をします。

次に、椅子と黒い部分がお尻です。足と足が交差していて、両足の間をちょっと盛り上げるような形、ポメルと言いますが、そのような形をとって、腰の傾斜に合わせた座面部を作ります。それから重度な脊柱の側弯があるので、後ろ側については、通常はこの黒いところにビーズが入っているのですが、空気を抜いてその人のお尻の形にぴったり合わせて作ります。変形が激しい場合は、逆にウレタンを、後方にビニール袋が見えているかと思うのですが、その中に入れまして中で発泡させます。化合させて泡状の空気とともにウレタンを成形して、その人の背中の形を作るというようなものを作ります。

最終的には、在宅まで帰ることはできませんでしたが、実際にどういう形をとって自力移動できるようになったかという写真をお見せします。首はどうしても左側を向いてしまい、自分の意図と反対の方向にということになりますので、ある程度正面が向ける範囲のところで首にはカラーを巻いて、お尻と背中のところをぴったり作りましたが、前に倒れてしまうので、左の前の受けにパットというものを付けています。それで、左足の前方にアームを組みまして、その先に付いているのが呼気スイッチですけれども、呼気スイッチで前方に移動するとか、その場で回転する、それから後方に行くというようなところまで指示して、センター内はある程度の範囲、ちょっと介助とか見守り程度のことがあれば自力で移動できるというようなところまでしました。

改良された車椅子で、センター内を移動する利用者の写真

 

次に、危うさについて説明します。

腹臥位で電動車いすに乗っている利用者の写真

この写真の電動車いす自身は私が作ったものではないのですが、彼の胸受けのところを私が作りました。彼は自力で座れません。年齢は私よりも大分上になりますし、いわゆるリハ訓練を充分にうけられなかったこともあって、左手は前方ですが右手は後方にあります。この方の場合は、いわゆる腹臥位という腹ばい以外にできません。足も拘縮しておりますので、この方を、先ほどお見せしたような採型をしたとしても自力ではちょっと座れないのです。

それで車いすと電動車いすについては、彼のような形でも作ろうと思えば作れますが、彼はアクティブな方なものですから、自動車に乗りたい、バスに乗りたい、鉄道に乗っていろいろな所に行きたいというニーズがあります。また最後には、飛行機に乗る必要もあるわけで、そうなったときに、リハビリテーション・エンジニアリングだけでは、作れないのです。自動車の段階で作れません。

もちろん自動車をどうにかというアプローチは、今まで東京都を始め、神奈川県とか大きい都道府県ではありましたが、埼玉県でのアプローチはこれまでありませんでした。あったとしても現実的には自動車を作ることはできません。ここでやっぱりハタと困るわけです。それから5年ぐらい経ったときに、ここにいらっしゃる秋山先生が企画されたツアーに参加しようと思いました。もう車いすだけを作ってもその先が無いという考えからでした。既に数年も経ちましたので、ブレイクスルーがないとこのままやっていくのは辛すぎるということで、「先進地域が見に行けるよ」という言葉にのって、ドイツとスウェーデンとデンマークに行き、旧型のものもあったようですが、いろいろなバスを見せていただきました。

また、翌年もアメリカの公共交通機関を見に行くことができました。アメリカではアトランタの首都高速、それからロチェスターのバスです。今日、会場の埼玉県立大学に来るときもワンステップバスでしたが、いわゆるそういうバス自体が低くなって車いすでも容易に乗り込めるようなものに初めて乗りました。それからいろいろな、ドアツードアですね。マサチューセッツ湾岸交通公社、そういういろいろな交通システムを見させていただきました。それから、最後にポートランドのトライメットというところでは、乗務員教育担当の方にお話を聞くことがありました。障害のある方が、バスの運転手さんにいろいろな指導をしているとお聞きしました。いろんなことがアメリカでされていることを知り、私は非常に驚きました。

この経験を通して、とにかくユニバーサル・デザインはすごいと感じました。まったく自分と反対のことをやっているですが、とても多くの人に影響があり、もうユニバーサル・デザインを知らないでは、すまされないというのが、印象に残りました。

また、スウェーデンでは、テクニカル・エイド・センターを見学しましたが、かなり厳しい対応をされまして、ヨーロッパ型の研究開発は、私とは合わないとも思いました。それより前3年間行ったアメリカでは、通常はリサーチと、デベロップメントということで、日本語にすれば「研究」と「開発」ですが、うまく行けば商品化する、コマーシャリゼーションだったと思いますけれども、テクノロジー・トランスファーというようなことを強調されました。これは日本でも作業療法士さんに、いかに自分が作ったものを使ってもらえるかという技術移転みたいな話を、他の研究機関と一緒にやっていたこともありまして、自分がやっている方向性は合っていたという安心とともに、この流れの中に必ずクリニックを入れるということが非常にインパクトがありました。リハビリテーション・サービスとユニバーサル・デザインは、とにかく欠かせないというのが理解出来たのが、14年前ぐらいの話です。

秋山先生とのおつきあいはその頃から始まりました。その後に、埼玉県の福祉のまちづくり条例の改正ということに、県の職員として関わることが何年かありました。改正時期は、平成16年にしましたので、それより2年ぐらいでしょうか。県庁の中で作業部会があり、いろんな立場の方が集まって、月に何回か会議をしました。そこで、すごく感じたのは、情報へアクセスできなければモビリティの確保にはならないということです。まちづくりですから、ほとんど会議の出席メンバーは建築の方、それから土木は県庁の交通政策の方です。その方々がいろいろな物の提案をされるのですが、そういう情報をどうやって提供するかという話がほとんどありませんでした。当然、改正のときは患者さんたちや当事者のヒアリングみたいな話がありましたが、それ自体の広報がうまくいっていないと思いました。県庁としては良いことをやっているのに、せっかく良い条例を作ろうとしているのに、情報にアクセスできないと本当に使えないということを実感しました。

また、一緒に建築の方と仕事をするのが初めてだったということもあるのか、「知らなくても大丈夫」という意見が結構あり、「作ってしまえば大丈夫」というような過信があるように思いました。それは今日もですが、私は緊張するとトイレに行きたくなるのです。トイレがどこにあるかを事前に知らなくても大丈夫って思っているのは、通常のトイレに自分がアクセスできるっていう過信をしているからです。本当に行った先でトイレがあるかどうかっていうのは、本当は情報へアクセスしておかないと分からないわけです。トイレの選択肢については、すごく思い知らされました。自分は大丈夫と思っても、実際は情報にアクセスしないとまずい方もいらっしゃるという配慮が、まちづくりには非常に必要だと思いました。もちろんトイレだけではないのです。

次に移動については、モノを作るということはお金がかかりますので、人的配慮、ソフトウェアの対応でも可能という意見が結構ありました。しかし、ソフトウェアだけで対応するというのは非常に危険だということも分かりました。移動というより移乗と考えていただけると簡単かと思うのですが、リフトに対しても過信していると思います。私は、まちづくり条例で、かなりの大きい施設には天井走行リフトが付けられるような対応をするべきじゃないかという提案をしました。実際には、「何言っているのですか、河合さん」というひと言で終わってしまいました。トイレの中にそういう移乗上の台やベッドを付けても、移すときは人的にやります。すると、実際はトイレの中で、落ちちゃうのですよね。介護者が慣れてないとか、一人でやったりすると、床に落ちてしまって、警備員さんを呼んで助けてもらうということが現実にはありましたので、ソフトウェアだけで対応するというのは非常に厳しいと思いました。

そこでモビリティです。モビリティとは移動・移乗です。公共交通機関まで考えた場合に、自分が今、ベッドで、別に布団でも構わないのですが、自宅のベッドからどこかに行ったときのベッドまで、それはどこかまわってきて、家に帰るでも構わないですし、1泊するのであれば、その1泊するベッドまでどうやってスムーズに移動・移乗できるかということです。その場合、個別に考えていけば、自分の自宅のベッドから、何かしらのパーソナルなモビリティを使って公共交通機関にアクセスするという、その二つの間が非常に重要なのだろうと思います。

最低限の配慮については、誰が土木や建築の方に言うかというところが、リハ工学には一つ求められている課題だろうと思っています。

パーソナル・モビリティという言葉を使いましたが、最近気に入って使っています。もちろん受け売りで、トヨタ自動車が、パーソナル・モビリティという用語を使っています。スライドにトヨタ自動車の「i-REAL」という、まだ試作ベースのものを示しました。私はまだ乗ったことがありません。通常の椅子のような形から、後方にある車輪が後側に傾きまして、寝たような状態で、30キロから60キロ程度までの移動ができるというようなものを、今、日本の自動車メーカーは作っています。これらとは同意義ではないですが、車いすもパーソナル・モビリティの一種であることは間違いないと思います。自宅のベッドから公共交通機関まで、電動車いす以外にも移動具が開発されてきているので、同等に考えることが良いと考えています。

最低限配慮すべきスペースについて、課題を述べて終わりたいと思います。以前から言い続けていることなのですが、身体はどうしても小さくできません。今、ISOとJISで決まっている人体寸法というのは、車いすで言いますと、平均的には75kgの人というイメージをしています。では、これが基準だから、それに合う強度のものをすべて福祉用具としては対応しなければいけないかと言いますと、もっと小柄な方、現在の高齢者と言われる方々は、75kgある方は、あまりいらっしゃらないので、すべてを重くはできません。ただ一方では、体重が120kgを超える方というのも埼玉県で今判定に関わっていると結構いらっしゃいます。身長が190cm、体重が125kgとかですね。そうなりますと通常の日本で決められているものでは座れません。それで特に困るのは、電動車いすに乗りたいという方が大きい場合です。今JISでは、全高、全長、全幅というのを、全高1,900mm、全長が1,200mm、全幅が700mmという規定があります。特に股関節、腰の部分の骨が動かない方が結構いらっしゃいます。そういう方の場合は、この寸法になかなか入りません。寝ているような状態で移動しなければならないという方はいらっしゃいますので、国としては積極的には認めてないようですが、埼玉県では、ストレッチャー型車いすというのを、認めるようにしています。例えば私は、身長が172cmあります。私が今、障害を持って平らな状況で移動しなければいけないとなると、全長1,720mmは必要なわけです。そうすると、いきなり規定からは外れてしまうということになります。

ストレッチャーに近いような状態で暮らしている方というのは在宅にいらっしゃいます。例として写真を示しましたALSの方は、足についてはエレベーティングが常に必要です。喉の所には、人工呼吸器が付いていますので、首を起こすことができません。このような状態ですと通常の福祉輸送の車に乗れないという風な方がいらっしゃいます。それから国際福祉機器展で毎年出していた人工呼吸器の写真です。人工呼吸器を持って移動するということは、日本では珍しいことではなくなってきているように思いますので、全長が1,200mmというのは厳しくなると思っています。人工呼吸器自体は、非常に小さくなっている方向性ですが、医療機関によっては人工呼吸器を替えるというのは非常に大問題で、例えばうちのセンターでしたら、まだまだかなりの寸法の人工呼吸器を使わざるをえない状況です。

追加で人工呼吸器で言うと電源の問題があります。国際間で統一仕様にしていただかないと、AC100Vという日本の商用電源専用のもので、外国に行った瞬間に使えなくなってしまうということもあります。そのあたりはアクセシビリティという一環だと思いますので、電源仕様も統一する必要があると思います。

確保したいアクセシビリティということで4つ挙げて終わりたいと思います。一つ目は、多様な加工できる情報です。すべて情報がPDFファイルで送られてきますと本当に困ります。私自身も困るので視覚に障害ある方は結構困っておられるのではないかと思います。二つ目、加工できる情報を使うインターネットと携帯電話です。まだどこでもアクセスできるわけではありません。たまたま先週、日本福祉のまちづくり学会で北海道の帯広に行きました。その前に札幌で、ちょっと高級なホテルに泊まったのですが、ネットは使えませんよと、あり得ない対応をされ、3日間インターネットにつなげませんでした。それはそれで休みとしては良かったのかもしれませんが、その間に約束していた用事はすべて携帯電話経由で、非常に時間をかけてしまいました。

三つ目はパーソナル・モビリティです。従来型の車いすが乗るスペースだけの確保では、やはり厳しい方が多いということを皆さんと共通理解してゆきたいと思います。特に日本人は今、身長がどんどん伸びていますので、これからも課題になるだろうと思います。ただ新しい移動機については、リハ工学だけでは出来ないと思います。自動車関係の知識も、やはりより早く、障害をお持ちの方でも使えるというところの情報発信をしてもらいたいなと思っています。四つ目、ユニバーサル・デザイン配慮です。当然ですが、公共交通です。それはいろいろな条件はあるとは思いますが、障害当事者が最低限使えるラインで、なおかつ公共的に、皆さんに合意が得られるような公共交通機関があると良いかなと思って私の話を終わりたいと思います。ありがとうございました。

 

髙橋 どうもありがとうございました。河合さんには、このセッションの企画係として口火を切っていただきました。ご自身がおっしゃる、リハビリテーション・エンジニアですか、テクノロジー(RT)ではなくてRE。ただし、REリハビリテーション・エンジニアリングの危うさが、これまで二十数年の経験の中でもいろいろあって、特に最後のお話にありましたけれども、パーソナル・モビリティに通ずる様々な移動のサポート機器のあり方について、重要な課題を提起していただいたかと思います。

それから一貫してお話が出てきたのは、やはり情報の問題と、移動の問題であったかと思います。それらの内容については、これから少しずつ掘り下げていきたいと思います。今までの河合さんのお話の中で、特にこれだけちょっと聞いておきたい、あるいはこの用語についてちょっと理解ができにくいといったようなことがもしありましたら、簡単なご質問だけお受けしておきたいと思いますがいかがでしょうか。特にご質問がないようでしたら、移動・交通の問題に入っていきたいと思います。首都大学東京の秋山さんにご発言お願いします。どうぞよろしくお願いいたします。

 

秋山 首都大学東京の秋山と申します。

○首都大学東京と観光科学域の生い立ち

名前が昔は「東京都立大学」で、石原都政が、大江戸線の次は大江戸大学になるかなと思いましたが、「首都大学東京」という名前になってしまいました。私は「観光科学域」という、これも石原都知事の観光関連の新しい大学院と学部の提案でできたものです。バリアフリーと観光をどう調整するかということが、私の基本的な課題になっています。したがってツーリズムとバリアフリーを、これから手がけましょうということを今考えているところです。

〇鉄道バスのバリアフリーは進みドアツードアの交通は遅れている

基本的な内容は、日本のアクセシビリティの政策は半分正しくて半分間違っているということを申し上げたいと思います。半分正しいという部分については、日本の鉄道やバスは、ある程度バリアフリーについては頑張っていますが、ドアツードアの交通システムについてはほとんどやれてないという現状です。このやれてない現状がなぜ起こっているか、どこが日本は間違っているかということを中心にお話をしたいと思います。

○英国と日本の考え方の違い

スライドをご覧下さい。特にイギリスとの対比の中で考えていきたいと思います。イギリスは、どちらかと言うと、基本的な原則ですが、アクセシビリティ確保は生存権とか生活権の延長にあると私は思っておりまして、日本はそのように考えていない、というところが基本的な私の仮説です。したがって障害者・高齢者を社会から排除しないような政策をどう展開するかというところを基本的に考えていません。つまり、目に付くところだけバリアフリーにして、あとは放っておくというところが日本の基本的なところです。

○アクセシビリティ

物理的アクセシビリティというのがどう進んできたかというところを最初に整理しておきたいと思いますが、基本的にアクセシビリティというのは、日本語で「接近性」という、交通の用語の中ではそういう形でとらえられています。そして駅ですと、アクセシビリティというのは「接近する」ということで、逆に、駅から遠ざかるほうは「イグレス(igress)」という言い方をしています。アクセスとイグレスというのは対の言葉になっています。日本は「アクセシビリティ」しか使われていませんが、海外では「イグレス」と対になっています。

<1>自由な移動のとらえ方の違い

自由に移動できること、多様な行動が実現可能にということで、やはりどうもいろいろ見ていると、地方の過疎地域に住む人と同じような問題で、買い物に行くことと医者にかかることと、この二つは、マストの行動だと思いますが、友人や親戚、人に会いに行くというのはプラスαと思われています。あるいはパチンコ屋に行くとか、それこそ飲み屋に行くというと、これは日本社会では個人の勝手な行動ととらえています。私自身は、飲み屋に行くのも、お墓参りに行くのも、パチンコに行くのも、買い物・医者に行くのも、まったく同等だと見ていただきたいと考えています。そこが基本的に日本は誤っていて、そのために政策の誤りが出てきていると理解しています。

<2>外出のミニマム保障の考え方

次に、障害者・高齢者がどこまで外出できるのかというと、健常者のアクセスと同等に考えようとしています。同等というのは、社会のアクセシビリティは時代によって変化します。江戸時代のアクセシビリティは、ほとんど徒歩だけですから、せいぜい、籠です。しかし、籠は武士しか乗れなかったのですが、でも実際には、女・子どもはいいよというようになっていました。江戸時代でも、バリアフリーの中で、困っている人に対する配慮の考え方は既にあったのです。そういう意味で、今、特に問題なのは、「同じ時間に移動できる」かとか、「同じルート」、「同じ移動時間」、「同じ運賃」、「同じ移動負担」で行けるかということです。

<3>移動負担

例えば、人によって乗り換えは違いますので、10メートル歩いて乗り換えするのと、100メートル歩いて乗り換えするのでは、100メートル歩く場合に移動困難な人はとても大変です。こういう乗り換えの同等性も必要だろうと思います。このあたりがアクセシビリティの交通から見た基本的な考え方だと思います。

<4>アクセシビリティ対策の不平等

そこで、間違ったアクセシビリティ、不平等な例の一つとして、新宿副都心線で、丸の内線に乗り換える部分が、エレベーターを付けずに車いす乗用ステップ付きエスカレーターを選択しました。これは結構危険で、こういうことを安易にやってしまうのが東京都の交通局だったと思います。これについて、文句を言いましたがダメでした。

二つ目の不平等は、ハンドル型電動車いすが利用できない駅がたくさんあります。例えば大阪から東京に来ようとしたときに、ハンドル型電動車いすの人はバスか、飛行機で来るしかありません。ハンドル型電動車いすは、JRが嫌っているのですが、大きいのを嫌っていて、電動車いすのジョイステックより小さいのに、それも拒否しています。これはワンパターンのJRの悪い癖ですが、そういうところが今問題になっています。このような不平等が、バリアフリーの社会の中ではまだあちこち出ています。

○DRTとSTサービス

個人個人がどうやって移動しようかについて、日本ではタクシーとバスと鉄道という大きな基本的なジャンルがありますが、地域のモビリティはタクシーとバスだけじゃあダメだよということです。その間に、「DRT」というディマンド型で電話をすると来るというシステムであるとか、「STサービス」という障害者・高齢者専用の交通手段が、たくさんありますので、それをどう組み合わせていくか。モビリティの基本的な仕組みが必要だというところで、つまりバリアフリー対象の世界でも、そう遜色なく頑張れているけれども、このようなSTサービスなどのモビリティ確保では頑張れてないという状況が日本の中ではあります。

NPOの運賃収受の法律

障害者のアクセス対策が、なぜ頑張れてないかというところを、英国を中心に考えたいと思います。英国というところは、費用対効果によって交通手段を整備することを決定する考え方です。1968年の、最初に高齢者・障害者問題は人権ではなく交通問題としてとらえていたのが英国のスタイルです。

三つ目の、バス・鉄道 VS STサービスについて、STサービスは高齢者・障害者の専用の交通手段で、これも費用対効果で決定していきました。そこで1970年代には、英国ではボランティアが出現し、ボランティアが料金を取れるように、1977年にミニバス法により、保険代とガソリン代程度は利用者から収受してもよいことを決めました。日本でそれができたのが2006年で、29年も遅れた制度です。

もう一つ大事なのは、1985年のトランスポート・アクトで、障害者交通輸送諮問委員会、DPTACといいますが、これは障害者と運輸省の役人が一緒になって技術指針とか政策を検討する委員会です。このことによって、バスができたり様々なものができたりしています。

話を少し脱線します。来月、ここに訪ねていって、12月4日にここの人の講演をお願いしにいく予定です。EUと、カナダのCTA=Canadian Transport Agencyも同じようなことをやっていますが、日本でこれがないのですね。ちょっと考えていただくために12月4日にセミナーを開く予定で、今回行く予定をしています。

また、日本の考え方は、厚生労働の役人と運輸の役人も真似、模倣以外の何者でもない。つまり海外はどうなっているかとか、他の自治体ではどうだと、こんなバカなことをずっと繰り返してきた結果が、政策が同じようなメニューしか出ない。ところが自分たちが見えないところはやってこないので、結局、それが取り残されるというハメに陥っているのが日本です。

英国は70年代というのはスペシャル・トランスポートをやっていましたが、それでは金がかかりすぎるということで、80年代の中頃から、空港までのバスにリフトを付けたり、都心部の循環型バスをローフロアにするということをやってきました。これはケアリンクバスといって、都心部の地下鉄で主要駅を結ぶものです。

買い物のバスも、80年代から90年代にかけて68地域で運行し、アテンダントが付いて障害者が買い物に行けるようにとやってきたのですが、これは廃止になりました。

次に、STサービスは、ものすごく英国は発達しております。アンビュランス・サービスというのは、簡単に言うと救急車です。救急車の非在来、日常的な送迎、病院の送迎を中心にやるものが、アンビュランス・サービスです。ダイアル・ア・ライドは病院以外でも何でも使えます。ただしゾーン内しか移動できません。

三つ目がタクシーカード。タクシーカードはゾーン間でも自由に移動できます。これでも補助が1,200円とか1,300円付いています。ダイアラライドも、すべての運賃は1割とか2割ぐらいの負担でとどまっています。

それから、コミュニティ・トランスポートです。これはボランティアからNPOになり、カムデンという都市では、2000年ぐらいに107人の職員がいましたが、倒産してつぶれてしまいました。ポストバスというのは、過疎的な地域で郵便配達と同時に障害者・高齢者を乗せるという仕組みです。こういうことを英国はずっとやってきたわけです。

スライドの写真は、ダイアル・ア・ライドです。だいたい10人ぐらい乗れて車いす数台乗れるというシステムです。左側がロンドンのダイアル・ア・ライドで、マンチェスターはリング・アンド・ライドと呼んでいます。

これはコミュニティ・トランスポートといって、ボランティアがやっているものです。ボランティアと言っても、日本のボランティアのレベルを遙かにしのいでいて、日本のタクシー会社以上のところもあります。

カムデンのお話を簡単にしておきたいと思います。スライドでは、カムデンに、コンセンシャナリ・フェアという補助のお金がどのくらい付いているかということを表しました。また、ソーシャル・サービス・トランスポートは様々な施設の送迎があり、タクシーカードは、タクシーを乗るときに補助が出ます。それからプラスバスはEUの研究的なもので、新しいバスシステムを作りました。スクータビリティというのは、リハビリテーションと関連するのですが、イギリスは、電動三輪や、電動車いすだとか様々なものを貸し出して、そして使っていただく。例えば3泊4日で貸し出して使っていただくということを制度として持っています。ショップ・モビリティというのは、イギリスでは既に250か所ぐらいあります。買い物をするときの都心部に、例えばスクーターだとかを貸し出すというものです。実はこれは、カムデンという、先ほど申し上げたNPOが倒産したものですから、そこで新しくやり始めました。イギリスは去年視察に行って、ロンドン大学の人に頼んで、いろいろマネジメントしていただきました。イギリスはもう昔のままと思ったので行かなくてもいいと思っていたので、行って驚きました。また、リビングストーン市長が当時、今までNPOでやっていたことが、どうもサービスの質が悪いということで、スペシャル・トランスポートを全部ロンドンに引き揚げ、それを自分たちで行ったのです。それを今までは七つの地域でやっていたのを一元化して、すべてのシステムをそこから出すということをイギリスはやり始めました。この秋にももう一度、北海道の障害者のグループとロンドンに行ってきます。今ロンドンがとても注目すべき場所だと思い始めて、この5月19日にロンドンセミナーと称して、ロンドンの新しい動きを伝えたセミナーをやりました。そのときに、ハックニーという民間会社が、自分たちはバスの様々な委託をやったり運送業の委託をやっているんですが、その一部をしっかりとNPO型のシステムを導入して、ボランティアで自分たちがやっているという部分がありました。そういうように民間会社のフィランソロフィーとして、障害者・高齢者の交通システムをやっているのは、いまだかつて全世界の中でロンドンが最初かなと思いました。そういう意味で新しいシステムが出始めたというのがイギリスという状況です。

このスペシャル・トランスポートの領域が、日本では、道路運送法の79条でNPOがタクシーの2分の1の運賃を取ってサービスをすることが許される段階になりました。ところが自治体が補助をしたりするというのがほとんどわずかな金額で、今、多分、世田谷でボランティア団体11団体もいるところでも、サンフランシスコの20分の1ぐらいのトリップしかないと思います。サンフランシスコは1年間に120万トリップあり、人口は75万です。世田谷は人口82万のところで6万6,000トリップです。ただし施設送迎だけは除いていますが。そういう意味で、かなり日本の障害者・高齢者は割を食っていて、日本で生まれて損したなと思っている人が一人でもいれば日本は変わると思ってくれていないと。福祉に携わっている人も、全然そういうことを、鈍感なのか分かってないのか、勉強してほしいなと思います。つまりバリアフリーの輪は非常に大きくなっているんですが、スペシャル・トランスポートの輪は小さくて動かない。そういう意味で日本は変な動き方をしている国の一つであるということを申し上げておきたいと思います。以上です。

 

髙橋 どうもありがとうございました。秋山先生からは、最初にアクセスとディグレスという表現で、近づくだけじゃなくて遠ざかっていくことの移動保障の話、シームレスなモビリティ確保についてのお話が出ました。これは、秋山さんがこれまで一貫して主張されていることですね。日本における公共交通機関としての基本的なバリアフリーについては、ある程度のレベルに達しているけれども、やはりSTと言いますか、それぞれ個別の移動、ニーズに対して、アクセスが不十分であるというようなことが、お話にあったかと思います。

こうした政策の不連続性がどこでどう生じたかということについて、また後ほど議論していきたいと思います。それでは、情報・移動、そして移動と来たところで、また情報の問題に戻していきたいと思います。それでは関根さん、よろしくお願いします。

 

関根 株式会社ユーディット、情報のユニバーサル・デザイン研究の関根と申します。

皆さんたちのお話を聞いていると、まだまだ課題山積みですが、老後は日本人に生まれたことを後悔したくはないですね。そのために皆さんが集まって、リハビリテーションやアクセシビリティの研究をしてらっしゃるわけですから。私はリハや福祉などの情報を、いかに当事者に渡していくか、もしくは当事者から、どれだけ情報を受け取ることができるか。彼らに発信をしてもらうことができるか、今日はそういうところのお話をしたいと思っています。

私の会社は、ユーディットという名前です。You do it!=君が働くんだよ、という意味の掛詞でもあるのですが、情報のユニバーサル・デザインを研究する会社です。私は元は日本IBMという会社におりました。そこで社長に直訴して、93年に高齢者・障害者の支援技術(アシスティブ・テクノロジー)を作るという部門を立ち上げました。そこで6年間、やりたいことを全部やって、IBMで自分のやるべきことはほぼ終わったので、自分の会社を立ち上げたのが11年前です。その後は、IBMでやってきたノウハウを、日本のIT企業に伝え、彼らの製品をいかにユニバーサル・デザインに作り替えるかという仕事をしています。またウェブサイトやソフトウェアなどの目に見えない部分も含めて、これをどうやったら誰でも使える、アクセシブルなものに切り替えていくことができるのか、といった研究をしており、それを政府や他の国に対しても提言するような仕事を、国際規格を作っていくような仕事をしています。

うちは、なかなか面白いワーキングスタイルを採っていまして、社長以下全員が完全な在宅勤務です。私もちょっと腰に障害があり、手帳は持っていませんが、だんだん歩きにくくなってきているので通勤するのが結構大変です。だから社長以下全員が家で働いています。1種1級の障害者もいましたが、昨年心筋梗塞を起こしまして、外に出ることが難しくなり、もう毎週の出社はしないけれどもオンライン上では常につながっている、そんな感じで働いています。正社員5名、登録スタッフは280名ぐらいおり、完璧に在宅勤務です。正社員だけは、私の家に、自宅に、週に1回2時間やってきて、そこでミーティングをして、お昼ご飯を食べて解散です。だからワーキングマザーにも大変働きやすい環境です。うちには2人子どもがいる東大で博士号をとった女性がいて「本当に働きやすい」と言ってくれています。そういう形の働き方、テレワークというのは、別に障害を持っている、持っていないにかかわらず、他の国ではごく普通なのに、「何で日本では関根さんみたいな会社が他に出てこないの?」とよく聞かます。いろいろな背景を持っている人々が、オンラインでつながることができれば、例えば精神障害の方や、家に要介護の方がいて通勤できないという方も働きやすいので、たくさん参加していただいています。

これからの情報化社会をユニバーサル・デザインにするためには、私は、彼らが意見や情報を出してくれることがもっとも他の人にとってメリットが大きいと思っています。重度の障害の人たちからいかに学ぶことができるか。そこがキーだと思っています。

私はユニバーサル・デザインを日本で進めようとして10年ほど経ちますが、何でこれが日本で必要なのでしょうか。これは国連から出されているチャートです。青い線が5歳以下の子どもの数です。赤い線が65歳以上の方の数です。これがどんな状態になっているかと言うと、1950年の段階では子どものほうが14%ぐらいで、高齢者のほうは5%でした。この線が2015年ぐらいでは完全にクロスしていきます。で、2050年になりますと高齢者のほうが17%近くになって、子どものほうは6%ぐらいになっていく。100年間で完全に逆転していきます。私は日本ではこうなるというのは知っていましたけれども、カナダの会議に行って、これをもらったときはショックでした。え? 世界中でこうなのか。別に日本だけではないんだと。これから人口構成は激変していきます。ですから産業構造や社会基盤などもすべてこの形で考えていかないと間に合わないのです。

ここにいらっしゃる皆さんはよくご存じかもしれませんが、高齢化社会とは高齢化率が7%のときを指し、14%になると高齢社会といいます。この時間はフランスではだいたい104年だったと言われます。日本ではたった24年でした。私たちの国は、この急速な高齢化に対して社会基盤や意識がまったく変わらないうちに、世界最高の高齢国家になってしまったのです。アフリカやインドや中国も含めて、これから世界で同じことが起きていきます。いろいろなものが変わらざるを得ないということをまず背景としてお伝えしておきたいと思います。

そうなってきたら特殊解ではもうあり得ない。一般解の中にいかに重度の障害の人たちもちゃんと使えるような機能を埋め込んでいくことができるか。それの一つの解答がユニバーサル・デザインだと思っています。ユニバーサル・デザインとは、様々な人が使えるように最初から考慮して、まちや物や情報や様々なサービスなどを作っていく考え方とプロセスのことです。秋山先生が話されたような観光のユニバーサル・デザインというのも、サービスのUDの一部です。高山など、各地で取り組みが進んでいます。ここでも、私は高齢者・障害者の声が社会を動かすと思っています。一昔前に「老人力」という言葉が流行りましたが、そのぱくりで私は「障害力」という言葉を広めたいと思っています。障害を持つ人たちが発言力を持つことによって、障害を持たない人にも暮らしやすいように社会が変わっていくのです。

国もあちこちでユニバーサル・デザインを推進するようになっています。観光も交通も法律も、そしてまちや物も、どんどんユニバーサル・デザイン、アクセシブルになってきています。でも、それを知らなかったら誰も使えないのです。「そこにアクセシブルなトイレがあるんだよ」という情報、それは「私の」障害の状態で使えるかどうかということがきちんと発信されて、その人のところまで届いて受信されなければ、ないのとまったく同じです。そのトイレは、いかに作ってあったとしても、私は使えないんだから分からない。どうやってその情報を受け取ることができるのか。その中で、アクセシビリティという概念が出てきます。その情報が、もし出されたとしても、さっき河合さんが言ってらっしゃったように、例えば障害者が受け取れないタイプのPDF形式でポンと渡されてきたら、例えば視覚障害者はその内容を読むことができません。これはアクセシビリティがない、利用可能性がないと言われます。さらに例えば、大変難しい専門用語だらけの取扱説明書があったとする。これは内容的に理解できないのであれば、ユーザビリティが低いと言われます。私自身、様々な取扱説明書を読んでいて、「何なんじゃ、これは」と思って、放り投げたくなることがよくあります。高齢者や初心者、知的障害の方にはとても使えません。これはユーザビリティが低いという状況です。

アクセシビリティとユーザビリティというのは、ユニバーサル・デザインの中では双子のようなもので、常に並べて出されてくる概念です。ISOでは9241シリーズという番号で、それで統一されるようになりました。かつてはユーザビリティは13407という番号だったのですが、今は9241シリーズの中に全部並ぶようになっています。企業のものづくりの皆さんたち、それから行政の政策をやってらっしゃる皆さんたちに講義をするということが多くなっていますが、そのときにユニバーサル・デザインの二大要素としてアクセシビリティとユーザビリティを理解してくださいという話をします。アクセシビリティというのは、多様なユーザーができるだけ使えることで、いわゆる企業でのダイバーシティという考え方です。これが大事です。このダイバーシティの中には、障害や高齢だけではなく、例えば、IBMのダイバーシティ・プログラムには、ゲイやレズビアン、異なる宗教を持っている人、様々なアレルギーを持っている人、さらに「男性」というのも入っています。周りが全部、上司も部下も、みんな女性ばかりの中に、一人ポツッと男の人がいるときに、どういう対応をとればいいのかというのも、実はダイバーシティ・プログラムの一環だったりする。それが国際企業としては一般的な考え方ですよって教えられ、うーん、日本の役所などとは全然違うなという気がしたことを覚えています。

私は東京女子大でも教えているのですが、あの中でも同じようなものですね。周りが全員女の子で、で、そこに男性の教師が一人来たときに、からかっちゃダメですよ、と言うのも同じかなと思います。

そしてもう一つユーザビリティですね。これは日本語では、使いやすさとか、利用しやすさとか、使い勝手という言い方をします。使いやすいものを作っていくさまざまな手法、やり方というのが存在します。デザインの最初の段階から、ユーザーの声を聞きながら徐々に改善していく「スパイラルアップ」という手法をとります。どうやってユーザーのことを分かって設計していくか。ユーザーに聴きながら、設計のPDCAサイクルの中で、ずっと評価をしてもらう。このやり方を企業や行政の中でちゃんと理解することができれば、まちづくり、ものづくり、それが劇的に変わっていくのです。

私もこれまで、さまざまな企業で、このやり方を一緒に進めてきていますが、徐々に彼らの意識が変わってきます。最初は特例子会社というところに、障害を持つ人たちを集めていたのに、徐々に自分たちの組織の中に、デザイナーやエンジニアとして障害を持つ人たちを雇用するという考え方が増えてきています。それによって、様々な人に使える製品を作るということはどんなことなのか、会社の中枢部が理解していくというふうに変わってきているんです。いい傾向だなと思います。

例えば富士通さんにも、今は視覚障害のデザイナーさんがいます。富士通が作ってNTTドコモが売っている、この「らくらくホン」という携帯電話は、もう1,500万台以上出荷されています。NOKIA、LGも絶対に到達できないという数字なんです。ここで培われたUDのノウハウを各端末にも展開しています。

先ほどパーソナル・モビリティ、トヨタの「iREAL」の話が出ていました。あれと、私は携帯電話というのは、かなり近いところに来ていると思う。昔は車いすの人が使える公衆電話のブースって、すごく巨大だったの覚えていますか? あれ、今なくなりましたよね。なぜだと思う? 何でだろう? そう、そうです。障害を持つ人たちが自分の携帯を持つようになったんですね。そうするともうアクセシブルな公衆電話ボックスを探さなくても、自分の携帯で使えるのです。また、この機種は画面読み上げも全部できるので、視覚障害者のシェアは、ナンバーワンです。この三つボタンのところを押すだけで使えるということから、肢体不自由の方が使ってらっしゃるケースもたくさんあります。さっきのストレッチャーユーザーのような、非常に障害の重い方の場合には、まだ難しいところもあると思いますが、それでも、いろんな方が使えるようになってきました。聴覚障害の方たちも、これはもうバリバリ携帯メールを使っているので、今ではFAXよりも携帯メールのほうが情報の流通としては、多いです。これまでATMや券売機、自動販売機など、公共財そユニバーサル・デザインにしなければならないと頑張ってきましたが、パーソナルな解決策で、自分の持ち物、例えば携帯電話をアクセシブルにすることによって、もっと使いやすくなっていくというのが、情報のユニバーサル・デザインの一つの可能性ではないかと思っています。

こういったガイダンスは、JIS規格になっており、このような構造になっています。まずガイド71というのが、上の方にある共通指針です。その下にX8341-1、2、3、4、5というのがICTアクセシビリティの規格になっています。このうちいくつかは今年、改訂をしようということで、またプロジェクトが始まっています。

うちの社員たちはほとんどこれに関わっていて、そこで主査をやっていたりします。1種1級の、両手両足の先がないタイプの先天性四肢欠損の社員がいて、彼がこのJIS規格のウェブコンテンツの主査をやっていました。他の規格にも、多くの社員が関わっております。こういう規格を作ったり、JISやISOの会議に出たりというのは、会社としてはまったくお金にならなくて、あがったりなんですけど、でもやっていることが楽しいし、日本に必要なことなので、どんどん参加していいよという感じになっています。

他の国ではどうでしょうか。アメリカの場合は、リハビリテーション法508条という、携帯電話、FAX、コピー機、ウェブサイトなど、国が購入するときに、障害者にアクセシブルでないものを「買ってはいけない」という厳しい法律があります。買ったときには、買ったお役所の人が提訴されてしまうんです。大変厳しいです。ですから、公的機関のウェブサイトというのは、今、もう障害を持つ人に使えないものを出しちゃいけない。携帯電話やパソコンやFAXやコピー機など、障害者に使えないものは買ってはいけないのです。1986年に成立したこの法律に、罰則規定が付いて義務化されたのは2001年です。私は、この施行前キヤノンやNECの人と一緒に、ワシントンで開催された、この法律の説明会に行きました。そうしたらもう、1,000人ぐらい入る会議室の中で、ワシントンDC調達担当者たちがワーワーワーワー言って大激論していました。「私はコピーを買う担当なんだけれども、いったいどこのメーカーのものが一番アクセシブルなんだ、教えてくれ」とかです。その中で、ある企業の人が手を挙げて、「あのう、この法律は、連邦政府とか公的機関のウェブサイトがアクセシブルじゃなきゃいけないって書いてあるんだから、僕の会社のウェブサイトは別にどうでもいいんですよね?」って質問をしました。壇上に座っていた、ダグラス・ウエイクフィールドっていうアクセスボードの全盲の方がニヤッと笑って「ああ、結構ですよ。でも、政府の調達官が全盲っていう場合もあり得ますからね。そういう場合も考えておいてくださいね」って言ったら、会場から「ワオー」って声が上がりました。、そういった政府に納入している企業のウェブサイトも、その後ガラガラとアクセシブルになっていったんですね。なかなか賢いパターンだなと思いました。

EUも同じです。「e-インクルージョン」というプロジェクトが動いており、「No one get left behind」「誰も置いていかない」という言い方をします。EUの市民である限り、このITの進歩から誰も残してはいかないからね、というのです。いいなあと思いました。それは福祉的に、ちょっと大変そうだから拾ってあげるよって感覚では全然なくて、君が人間である限りは、僕たちは一緒に行こうって思っているんだからね、という言い方なのですね。

日本でも、内閣府は行政に、JIS規格のものを調達しようとか言ってくれていますが、これは、罰則規定ではありません。さっきのX8341も、お役所は「守らなきゃいけない」とは言っていますが、「これ、できてないよ」と私たちが言っても、「あ、そう」と言ってくるだけで、それによって別に担当者がクビになるとか、あ、アメリカでもクビにはならないですが、そういうことが何にもないんです。政府にITの理解が薄く悲しいと思っているところです。何とか508条の日本版を作りたくて、いろいろ運動していますが、日本の意識が30年くらい欧米に遅れているため、なかなか難しいです。

日本は変わるべきことが二つあります。1つは教育のユニバーサル・デザイン。これは本当に、いろんな国に行けば行くほど、OECD各国の中で、これが日本が一番遅れているんじゃないかと思います。高等教育が特に大変です。海外の大学に行くと、だいたい5%から6%の学生が障害を持っていると言われます。もちろん学習障害とかのカウント率が違うので、同じではないと思いますが、日本の場合は0.09%で、大学によっては100分の1だと思ったほうがいいです。障害学生支援センターや保育園を持っている日本の大学も大変少ないです。私はハーバードやスタンフォードなど、いろいろな大学の障害学生支援センターに行きましたが、そこで「私がセンター長です」って出てこられる方たちは、たいてい重度障害の女性なんですね。ハーバードもスタンフォードもそうでした。まあ、ハーバード大学は、今、学長も女性ですから、本当にダイバーシティが進んでいるなと思うんですけど、日本ではそのような感覚は、とても少ないです。東大で保育園ができたって言ってニュースになるくらいですからね、多様性の理解はなかなか難しいだろうという気がします。

2つめはオフィスのUDですね。私は特例子会社っていうのは、あれは他の国だったら、残念ながら憲法違反だと言われても仕方がないものだと思っています。ただその意識は日本ではまだ全然ないのです。私は、多くの国で、仕事は多少違っていても、同じ職場の中で一緒に働いているという障害者をたくさん見てきたので、日本の特例子会社を特に山の中とかに作るのはまったく反対です。NTTさんから相談があったときに、研究所の真ん中に作ってくださいと言いました。武蔵野の通研のクラルティという特例子会社ができて、これだったらオーケーだと思いました。結局、研究所の中を電動車いすや白杖を持った人が普通に歩き回るようになりました。障害を持つ人と共に働くことによって周囲の意識が変わり、環境が変わっていくというケースだと思います。でも一般的には残念ながら、これまで、いわゆるハートビル法の中では学校とオフィスは除外規定だったせいもあって、意識は結構遅れています。ここを変えていくのが、これからの日本には必要だと思っています。

もう1つ、今、私が取り組んでいるのは図書館のUDです。情報アクセス権の中でも、読書アクセスという概念は、日本ではまだまったくありません。日本では例えば弱視の子どもたちが拡大の教科書を受け取るのに、親の会やボランティアが一生懸命拡大のコピーを取って、やっと渡している状況です。これが法律で保障されている権利でもないということに対して、私たちはずっと問題だ、問題だと思ってきました。他国では、図書館のUDは、もう法律があるのです。ライブラリーに対するアクセシビリティという法律があって、建物はもちろんのこと、コンテンツも障害を持っている人たちにちゃんと使えなければいけません。受付の所に筆談機などがあって、そこで障害を持つ人とライブラリアンが話ができるというのは、10年以上も前から、もう他の国ではごく一般的になっています。

さらに、障害を持つ学生たちが読む参考書や教科書の読書アクセスも保障されています。これはアメリカの話ですけど、Bookshareという名前のNPOが、政府から32万ドルも資金を受けて、読書支援のサポートをしてます。子どもたちから、もしくは親や教師からでもいいのですが、「この本が欲しいです」と言われたら、「分かりました」って言って、その本をこのボランティアの団体が買いに行って、本をバサッと裁断して、ザーッとOCRにかけて校正し、2週間経たないうちに、その子にインターネット経由で渡せるんです。そういう制度がアメリカの中にはもうできあがっていて、他にインド、イギリスなどにも、どんどん支部ができていっています。欧米にはプリント・ディスアビリティ、読書障害という概念があって、これは視覚障害だけじゃない、学習障害や、重度障害でページがめくれない子どもたちも、全て含まれており、Bookshareは、全部に対応可能です。それからADHDとか、発達障害の子たちも、お医者さんや学校の先生たちのそういった認定があれば、全部このネットワークに入れるんです。そういう、文字を読むことが困難という人たちに読書アクセス権をというのは、日本でも今年の6月に著作権法が改正されて、ちょっとずつ出てはきていますが、まだ始まったばかりという感じです。

アメリカには、キンドルという、本を読むための電子ペーパーの装置があります。今では、このキンドルという薄い薄い電子ペーパーで本を読むビジネスマンが圧倒的に増えてきています。アメリカの空港とかにいると、これで本を読んでいる人が目だってきました。新聞もブログも雑誌も、今はほとんどこれで読めてしまうんです。たった536mgの薄っぺらいものの中に3500冊も本が入るのです。厚さは、9.7mmぐらいで、1cmないんです。ここに、3.3ギガもハードディスクが付いています。今では、高校の教科書会社の6割が、キンドルで出しますということをOKしています。アメリカではプリンストン大学など、いろんな大学で、2009年の秋の新学期、大学の教科書をすべてこれで出すという、プロジェクトが始まっています。アメリカの大学の教科書はハードカバーですごく大きいから重いですし、ペーパーバックは紙質が悪くてすぐボロボロになります。じゃあ、これでもう教科書全部出しちゃおうっていう動きが始まってきているんです。実は、キンドルには音声合成の装置が付いていて、その読み上げの音がすばらしく美しいために、アメリカの出版社協会から「オーディオブックの市場がダメになっちゃう」と言って、差し止めの訴訟が起こされました。すばらしくキレイな音で、新刊書や教科書のテキストが特別なことをしなくても、ちゃんと読めるのです。完全にユニバーサル・デザインだと思います。残念ながら、日本ではいろいろな法律や著作権の縛りがあって、キンドルは今のところ日本での販売や音声読み上げが可能になるかどうか分かりません。

日本でもソニーなどで、いくつかの電子ブックが出てきてはいるのですが、ここまで進化していません。キンドルの音声合成は、日本では対応未定なので欧米のようには行きませんが、次第にこういうのが技術的には可能になり、日本でもいつかは出てくると思って期待しています。

私のメッセージは、「障害力を信じよう。障害があるからこそ、情報発信をすべき。」というものです。僕の障害・私の障害だと、ここがちょっと使いにくい、でも、こうするともっとよくなるよ。ここはよくできているよね、というのを3点セットで、どんどん発信してください。それによって、その障害を持っている人たちの意見が、他の人たち、障害を持たない人たちを、ハッピーにしていくことができます。これが障害力だと思います。

あらゆるイノベーションは、障害や不便さから始まるものです。グラハム・ベルが電話を作ったのは耳の聞こえない奥さんに音を届けるためでした。メールだって、ビントンサーフが耳が聞こえなかったからできたようなものです。同じく聞こえない自分の恋人に何らかの形でデータを送れないかと思ったところから、メールというものが始まりました。タイプライターもカーディガンも障害を持つ人のニーズから始まったという説があります。いかに障害を持つ人たちが私たちの様々な身近なものを変えていってくれたかと思うと、本当に感謝することばかりです。障害当事者っていうのは、フロンティアです。一番最先端にいる人間だという、自覚を持って動いていただきたいと思っています。

ということで、私のサイト、http://www.udit.jpというところに、いろんなことを書いてありますから、よかったら読んでいただければと思います。どうもありがとうございました。

 

髙橋 ありがとうございました。最後のお話にありましたが、障害を持っている人、あるいは高齢者の発言によって社会が変わると、まさにフロンティアであるという、時代を作っていくんだというようなサジェスチョンがありました。ありがとうございました。

関根さんのお話は非常に多岐にわたっていまして、私もノートをするのが大変でしたが、基本的には情報だけに限りませんけれども、アクセシビリティとユーザビリティが大原則であると、基本であるというようなお話でした。これから私がお話しする建築の領域でもまったく共通な部分が多くあります。

それから日本が変わるべきところというようなことで、教育のユニバーサル・デザイン、あるいはオフィスのユニバーサル・デザイン、最後にお話ありましたように学習、図書館のUDについてアドバイスがありました。

質問は多分いろいろあるかと思いますが、後ほどとしまして次に私の話に変えさせていただきます。

 

髙橋 私は建築ですとか、まちづくりの領域で今何が問題となっているかということをお話をしていきたいと思います。

抄録集の、秋山さんのレジュメの中でも福祉のまちづくりの様々な年表があると思います。少し重複するかもしれませんが、ご容赦いただきたいと思います。

私たちの分野で一番大きな出来事は、2006年に、バリアフリー新法ができました。その中で、先ほど河合さんがお話ししたように、様々な福祉のまちづくり条例の改正の動きですとか、そんなようなものが出てきておりますけれども、そこが一つの問題のベースになっていることは間違いないと思います。障害を持っている方々自身が、バリアフリー新法にきちんと対応しているのかどうかということも踏まえながら、お話します。

私の資料の中に、ちょっと古いですけれども、2006年のときの参議院国土交通委員会での課題(付帯事項)点を、ピックアップして紹介しています。既に足かけ3年前になるわけですけど、このような内容について現在どこまで進化しているのだろうかということが、私たち一人ひとりに問われています。

次に、建築の場合ですと、公共交通機関とか道路と幾分違ったところがあると思います。それはなぜかと言うと、建築物ももちろん公共施設は多いのですが、基本的には住宅から始まって、小さなものから大きなものまで、様々な規模、所有形態の建築物があるということです。そこでどのようにアクセシビリティを確保していけるかというところが、とても難しい段階にさしかかっています。ただし全然手が出せないわけではなくて、これからお話ししますように、様々な取り組みが法制度の中でもできていて、そこからわずかではありますが、少しずつ新しい建築整備のあり方やユーザー参加の動きが出てきているということをご紹介したいと思っています。

建築の領域での法制度もここ十数年の動きに過ぎません。先ほど関根さんからもお話ありましたけれども、学校の対応が遅れた原因の一つハートビル法が94年にできました。94年の時には当時の文部省はほとんど対応しませんでした。あと厳しい提案をしてきていたのは、医療現場を所轄している当時の厚生省でした。医療は一見やっているようですけれども、実はアクセシビリティが非常に遅れていたといえます。最近でこそ少しずつよい事例が出てきていますけれども、同じような問題を抱えています。

私がいつもいうのですが、建築のバリアフリー化に一番大きな影響を与えたのは、建築より遅れて法律化となった2000年の交通バリアフリー法です。

それまで旧運輸省は、とにかく、市民の方々がまとまって交渉に行っても、ほとんど耳を貸さず、エレベーター、エスカレーターを付けることも、ままならない状況が長く続きました。そのときに行政や鉄道事業者が言っていたのは、お金の問題ではなくてむしろ構造的にできませんよ、ということだったのです。ところが法律制定後、蓋を開けてみると、今まで構造的に問題だったというところが、地下鉄も含めて、2000年以降のわずか4~5年のうちに、あっと言う間にエスカレーターができたりエレベーターができたりと、ホームに穴を空けることなんか、全然問題なくなっていることが分かりました。

私も、90度の直角エレベーターの開発研究のときに、ある鉄道事業者の所管する関西の現場を見せてもらいました。それは震災後でしたが、ホームの上に鉄板が敷いてあるところがありました。つまりエレベーターのピット、エレベータの基礎部分です。それほど鉄道事業者は準備していたとみられます。ともかく、交通バリアフリー法の成立によって、新しいものはとりあえず国が定めたガイドラインに合致したものを作らなければいけないということになりました。

実はこの交通の動きが建築物のバリアフリー化に非常に強い影響を与えました。2003年に改正ハートビル法が成立しました。このときには阪神淡路大震災の経験などもありまして、とりあえず努力義務なんだけれども、学校もバリアフリー化の対象となりました。一気に義務化をすべきでしたが、一応努力義務ということで、対象の建築物の範囲に入りました。

補足的な説明になりますが、2000年のハートビル法の改正以降、2006年のバリアフリー新法においても、自治体が新法に基づいて新たに条例で整備対象や基準を付加することができます。学校でいえば、特別支援学校だけではなくて、通常の学校も、すべてバリアフリー化をしていくことが、それぞれの自治体で決めることができます。残念ながら改修までの義務化は行えません。もう一つ、ハートビル法が1994年に制定されてから、交通バリアフリー法ができるまでの間にも全国各地方公共団体では、福祉のまちづくり条例を自主的に制定していました。建築基準法のような建築物の法的な義務付けまではできないのですが、この福祉のまちづくり条例では、ほとんどすべての学校で面積条件なしにバリアフリー化することが謳われています。福祉のまちづくり条例でもUD化という言葉を使っていませんけれども、バリアフリー化するということは、ごくごく当たり前のように定めてきたわけです。

学校の問題にちょっと特化しますと、ハートビル法で努力義務の対象になったものですから、2004年あたりから、文科省もようやく重い腰を上げて、バリアフリー化の準備を開始しました。この頃から私も文科省で学校のバリアフリー化に関わっています。

それから関根さんのお話をちょっと受けてお話ししますと、昨日まで日本建築学会が仙台で行われていて、私が所属する小委員会の中でも、遅ればせながら学校環境の中でのノーマライゼーション化をどうやってはかるかということで、討論を行いました。先ほど障害学生の支援のあり方というお話ありましたけれども、それについて全国的な調査を、建築の領域の中からさせていただきました。もちろん建築以外の教育サポート部分がたくさんあるわけですので、人的なサポートとかコストの問題だとか、様々な部分も含めて議論し、ある程度状況と課題が改めて確認されています。

私は勤務している東洋大学を例にしますと、東洋大学では、0.2%の障害学生がいます。もちろん日本福祉大学みたいに、数百人単位で手帳を持っている方がいらっしゃる、あるいは自己申告の方がいらっしゃるところとは全然違いますが、問題は、障害を持っている方々を、特に社会福祉系ではそうと思うのですが、サービスの対象としてだけ捉え、その人たちを学ぶ側として積極的に受け入れてないということが、すごく問題です。

機械とか建築、情報系、土木系は分からないですが、たくさんの車いす使用の方たちが学んでいると思います。自分たちの経験と、自分たちの経験を一番生かせる領域にいる専門領域での対応が一番遅れているのではないのか。リハビリテーションの領域はよく分かりませんが、そのような感じをしています。

それから先ほど言いましたように、ここ1~2年では、バリアフリー新法ができたおかげというのもありまして、地方公共団体では建築物のバリアフリー化の義務化にかかわる独自の条例づくりが急速に展開されています。これは大変重要な要素を持っています。スライドは、バリアフリー新法の第14条第3項の規定です。国では2,000平方メートル以上の建築物に対して、バリアフリー化をしないと建ててはいけないという強制力を持った法律になっておりますが、地方公共団体が、独自にその対象建築物の範囲を広げていくことができるわけです。たとえば埼玉県は昨年の6月に150平方メートル以上のコンビニエンスストアのバリアフリー化を条例で義務づけすることにしました。そういう少規模への対応変更もできるようになってきています。対象の建築物はコンビニだけではなくて、先ほど言ったような学校なども、その中に入ってくるわけです。

それから整備基準も付加可能となっています。国ではバリアフリー基準のことを「移動等円滑化基準」って言っているんですけれども、その円滑化基準を追加していくことができます。もちろん厳しくすることだけがすべてではありませんが、対象建築物の面積を小さくして国の基準を一律適用すると、規模に比べて一般には費用負担がかさむと捉えられます。200平方メートルとか、300平方メートルと、150平方メートルの規模では整備が変わる場合もあるかもしれません。そういう基準も追加できるというようなことになってきています。

私どもが関係している学会(日本福祉のまちづくり学会)最近で調査をしたところ、まだまだ少ないんですけれども、全国で15団体ぐらいの都道府県、政令市がこうした強制力のあるバリアフリーの条例を制定する動きがあります。その背景について、説明をしておきたいと思います。

スライドは神奈川県下の福祉のまちづくり条例の適合率、つまり条例をやって整備を進めていくときの適合ですが、きちんと条例のとおり建物が建っているかどうかというデータです。実際に完了検査をしているわけではなく、窓口の届け出レベルです。神奈川県は、とても真面目に、ここ十数年間ずっとこういうデータを公表しています。全国でもほとんどないと思います。

条例遵守率と条例適合率があります。遵守率というのは、いろんな法律で「こうしなければいけない」と書いてあります。ただし地形、あるいは代替するサービス等で対応できる場合はいいですよという適合除外規定というのがあり、その適合除外規定も入れたものが遵守率となっています。適合率というのは、すべて基準通り設計されている、条例を基本的に全部守っているということを意味しています。

そうしますと、平成19年で五十数パーセントぐらいが遵守率です。一方全部適合した適合率を見ますと20%の中頃、25~26%ぐらいに下がってきています。条例自体は、改正のたびにだんだんよくなっています。考え方、ユニバーサル・デザインに取り組むというような理念、考え方も含めて、それから小さな身近な店舗も含むようなものにまでなってきています。しかしながら全国津々浦々どこでも条例の適合率が下がっているのです。

このもっとも大きな理由は、建築物を建てるときの確認法令(許認可法)ではないということです。どんな住宅や建物でも建てるときには、役所あるいは民間の指定検査機関で許可を受けなければ建てられないのですが、福祉のまちづくり条例は、そのような許認可条例ではないので、役所に建築物の建築の届け出はしても最終的には守らなくてもいいのではないかというように理解されてしまっています。

建築を建築するときの少し難しい話ですが、建築を専門とする方々はよく分かるとおもいますが、皆さんの住宅でもそうですけれども、近年では建築の許可を受けようとすると7~8割方は民間の指定検査機関に申請し、役所である埼玉県の県土整備事務所に申請する人はほとんどいません。ところが、ユニバーサル・デザインですとかバリアフリー・デザインを求めている条例の届け出先は県です。あるいは大きな市になります。つまり提出する場所が全然違う訳です。民間指定検査機関は、埼玉県の福祉のまちづくり条例、あるいは東京都の福祉のまちづくり条例がどういう協議をしているかとは連携なしに、建築基準法に合致していれば、そこで許可(建築確認)を出していく状況が見られます。ただし、届け出をしておかなければいけないという責務、あるいは努力義務がありますので、その届け出は、都道府県や政令市、市町村に出すわけですけれども、ほとんど建築確認とは関係なく届け出ができますので、バリアフリー化の内容も十分にチェックできないまま確認が許可されてしまうことが多いと思います。極端な話をしますと、届け出ているものと、実際に整備されたものが違う場合なども中にはあります。

ただ、聞いている話では、世田谷区では、すべてではありませんが、頑張って、届け出たものを確認するために、竣工後現場に行って完了検査をやっているようです。そうすると、そういう完了検査をしますよということが知れ渡ると、表現よくありませんが、建築主とか設計者はちょっとやらなきゃいけないというようなことになります。そういう背景もありますが、先ほど申し上げたような、都道府県とか政令市あたりが少しずつではありますがバリアフリー新法に基づいたバリアフリー条例を制定することによって、義務化を強化していくというような動きをとっています。

先ほどと同じ調査ですが、私どもが所属しています日本福祉のまちづくり学会の法制度特別研究委員会で調べたものですが、バリアフリー新法以降、様々な変化が出てきています。福祉のまちづくり条例を改正したり、独自に建築物のバリアフリー条例を制定して強化をはかっていくというような自治体がいくつかあります。義務化できるバリアフリー条例は委任条例といいますが、バリアフリー条例を制定しているのは埼玉県、東京都、世田谷区とか横浜市とか今までの福祉のまちづくり条例(自主条例)と別々に条例づくりをするところと、今までの福祉のまちづくり条例と一本化をしてバリアフリー条例を組み込む条例の作り方をしているところも結構あります。どちらかと言うと数としては多いかもしれません。

私は、これまで福祉のまちづくり条例づくりに多く関わった経験から、もし福祉のまちづくり条例のハードとソフトというようなことも含めて一本化、福祉のまちづくりの理念を継続して頑張るのであれば、一本化の方がいいという立場です。私が関わってきました神奈川県、川崎市ですと、まだ問題もありますが、一本化する方向で条例づくりが進められているところです。

次に、情報との関係で、少し具体的な事例をお話しておきたいと思います。今、病院のユニバーサル・デザインというのを、ある県の大きな病院でやっています。私も病院に行く機会が多いのですが、とにかく何で困るかと言うと、まず、病院が患者さんにとって安心とか安全とかって言うよりも、待っているときに耐えられるかどうかということです。もちろん待ち時間の理由も問題もいろいろありますけれども、患者さんが安心して待ち続けられる環境が全然ない。単に待つ場があるというだけというようなところがあります。 

ただし、これは先ほど言ったようなバリアフリー新法とか、建築物のバリアフリー条例では、まったく表現できません。いわゆる、ユニバーサル・デザインの観点でどう質を上げていくかということです。

それから待ち時間の問題で、いろいろな情報ツールが出てきています。今は、ある程度の病院になりますと、どこで待っていても、病院の中であれば、仕事を持ち込んで、私もよくパソコンを持ち込んでレストランなどでやっていますが、自分の待ち時間が、個人のプライバシーにも影響しない範囲で情報表示されるようなモニターのしくみが急速に使われています。これは元々、ろう学校など聴覚障害者の施設でよく使われてきたものですが、少しずつ空港などいろいろなところで使われ応用されてきています。これはハードの建築物と情報提供という、特に施設内を移動しなくても情報入手できるというような施設環境の利用上で快適なものになっていく表現の一つかもしれません。後半の議論にも供したいと思いますが、様々な連携の部分でとても重要になってくる部分です。

それから、今日の全体会でパソコン要約筆記をされる宮下さんに、去年の内閣府のバリアフリー功労賞の報告会の場で、IPtalkというのも教えていただきました。文字情報がさらに進化し、ゲーム感覚と言うと怒られてしまいますが、耳の不自由な人にとってはとてもいいことだと思います。

視覚障害者の方々の新しい情報ツールについてはあまり詳しくはありませんが、目の不自由な方々にとっても可能なのかどうかというようなことがあるかと思います。

どこでもいつでもと、そういう時代に入ってきていますが、こうした機器が出てきますとノートテイクという方法が非常に遙か昔のような感じがします。

この写真は、建物を建築するとき、あるいは様々な道路ですとか公共施設を建築するときに、ここ数年急速に進んでいます利用者参加、市民参加のデザインの事例です。市民参加のデザインについては、いろんな参加のパターンがありますが、行政側が積極的に市民参加に取り組んでいるものは少ないと思います。コンサルテーションする方々が市民参加を指導する手法が、とても多くなっています。行政側は、どちらかと言うと、参加の仕組みを作らないと、バリアフリー新法にも謳われていますので、とりあえずワークショップをしますが、継続的なものはなかなか出てこない状況です。

この写真は私が関わっています埼玉県のH市での駅前157ヘクタールの開発事業の例です。そこで事業者がユニバーサル・デザインをするということで、ある日、その事業を推進しているUR機構が私のところに訪ねてきました。その事業団体のホームページみるとユニバーサル・デザインのことが確かに謳われています。そこで、本当にきちんとやるのか、本当にやるのであれば協力しますという、ことを申し上げて、その後本当に頑張って行っている事例です。現在はまだ施工中で完成していませんが、駅前広場の半分ぐらい施工され始めています。

ただし逆に自治体があまり動かないケースです。ここが問題です。本当は、地元の市民の人たちとか市町村、市役所が動かなければいけないと思います。URからのアドバイスで市長に会い、絶対やらないと恥ずかしいですよ、「日本一のUDの町」宣言をしたらどうでしょうかと、いろんなありとあらゆることで誘導してきましたがを言いましたが、いまだに宣言されてないので、ひょっとするとURの独り相撲で終わってしまうかもしれないという危惧も若干あります。バリアフリーやユニバーサル・デザインは、少しテンポが変わったり、担当者が変わると簡単に形骸化をするケースが多くて、私たち市民一人ひとりがきちんとチェックをしておかなければいけないと思っています。

最後にもう一つ、静岡県はユニバーサル・デザインで全国でも先駆けてユニバーサル・デザイン室を1999年に設置して、県として頑張ってはいます。しかし市町村としてあまりハード的に見るものがないんです。私はたまたま沼津市のある公共施設のプロジェクトに関わりました。ここでよかったのは、これは市側の主導のケースですけれども、施設の基本構想から市民や関係団体が参加して、プロポーザル・コンペのときにも市民が参加しました。今はプロポーザル・コンペをすると、環境の課題、ユニバーサル・デザインの課題と、それからライフサイクルコストというランニングコストの課題という三つの課題がかならず、建物の設計テーマとしてコンペが行われます。このコンペにもユニバーサル・デザインが標榜されておりまして、基本設計、実施設計、そしてその間の様々なデザインのモックアップ、あるいはワークショップの中で一貫して関わることができました。実は私はプロポーザル・コンペの審査員の一人でした。市はこの作業過程で、施設の運営ボランティアも募集し、研修を重ねハード、ソフトのユニバーサル・デザインを進めて来ました。

一昨年の12月1日にオープンしました。オープンして分かったのですが、指定管理者制度というのがあり、指定管理者を決定するために、またコンペをするわけです。ところが、指定管理者にとってはユニバーサル・デザインについては初めて聞く言葉で、施設建設中のそれまでの作業プログラムに関わっていないのですね。運営ボランティアの人は公募の後、半年間ぐらい研修するのですが、その方々と指定管理者との思いの乖離があるということがちょっと見えてきました。これからの課題かもしれませんが、建物を造るだけではなく、市民参加にはかなり幅広い、様々な問題が含まれてきます。それでもこの施設は福祉系の施設であり、近くに高校もいくつかあるものですから、学校の帰りに高校の生徒さんたちが立ち寄って試験勉強したり、談話があったりということで、非常に明るい場面になっています。

このようなユニバーサル・デザインの取り組み事例を紹介して、私のお話を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。

 

それでは休憩を取ってから、討論に入りたいと思います。

 

【休憩】

質疑応答

髙橋 それでは後半の討論を進めたいと思います。最初に、皆さんから、感想・コメントをいただきたいと思います。

 

会場 質問が三つあります。一つは、バリアフリー新法ができたにもかかわらず、業者と言いますか、建築物が特に、私どもの大学にも非常に重度の肢体不自由の学生がおりまして、そういう方がトイレを使えないという実態があります。しかも新しくできた建物なのに使えないのです。介助者が両側について介助しなければならないという学生なので、それをどうして作ったのかということを我々は非常に疑問に思っています。我々に何の相談もなく建築会社が作ってしまったような気がするんですけれども、そういう建築会社に対して、何かこう、指導と言いますか。当然そういう公共建築物を作る建築会社はそんなのは知っていて当たり前じゃないかと我々は思っていたんですが、全然知ってなかったということに対して指導と言うか、何かこう建築学会などで指導されているのでしょうか。

二つ目は、ここに関連するんですけれども、感覚障害の場合はそれほど関係ないと思いますが、例えば肢体不自由の方だと、やっぱり程度があります。先ほど河合先生が言われていたように、例えばベッドの車いすを使っている人に対してのバリアフリーかと言うと、そうではないですよね。今どこかで線を切っているはずなんですよね。例えば立位を保持できない障害の方も、多分バリアフリーの対象じゃないんです。きっとヒューマン・アシスタントが必要な対象で。どこかで今、多分、時代の流れみたいなもので、今はこのくらいの肢体不自由の方まではバリアフリーにしていますよとか、次はもう少し重い方でも、例えばお座敷トイレみたいなものを作っていくとか、そういうこともあってもいいんじゃないかと思いますが、建築系あるいは輸送系の学会か何かで検討されているのでしょうか。

三つ目は、用語がよく分からなかったのですが、「スパイラルアップの構築」ということを教えていただければと思いました。以上です。

 

髙橋 まとめてお答えしたいと思いますので、次の方お願いします。

 

会場 私は、一般の歯医者さんで見てもらえないような重度の障害者とか、入院している脳卒中の患者さんとか脊髄損傷の患者さんを診療いたしております。

障害者・高齢者の医療機関の受診のための移動方法とか手段といったこととか、診療の場面で、どういったユニバーサル・デザインをしたらいいか、調べています。

先ほど、髙橋先生が、今、病院のユニバーサル・デザインなんか手がけていらっしゃるとおっしゃったんですが、医学雑誌とか医学のほうの文献を見ても、あまりそういった文献が見あたらないということがありまして、どのようにしたら建築関係の方々の立場からだけではなくて、医療関係者、患者さんの意見も取り入れた、そういったユニバーサル・デザインができるのか、勉強させていただきたいと思いました。

それから秋山先生のほうのお話になるかと思うのですが、患者さんのお話を聞くと、受診手段の方法がなかなか煩雑だとか利用しにくい、今の制度では、介護保険の制度では非常に利用しにくい。自分が受診したいというときに受診できないというようなことがありました。今後の日本におけるSTSの展望とか、そういった部分について、もうちょっとお話を伺えればと思っております。よろしくお願いいたします。

 

髙橋 はい、ありがとうございました。次の方お願いします。

 

会場 感想になってしまいますが、二つあります。交通とか観光のアクセシビリティ、ユニバーサル・デザインの話がありましたが、とりわけ交通関係のアクセシビリティの話をするときに、どうしても「移動」というところだけに価値が置かれてしまうと思います。だから簡単に言うと、目的地にいかに安全にたどり着くかというところだけに話が行きがちですが、言ってしまえば、僕らだってぶらり旅ってしにくいんですよね。例えば電車に乗って降りたい駅でふらっと降りるということはしにくくて、乗るときに、「ここの駅で降りるから案内してください」みたいなことをわざわざ言ってないと動けないということがあって。僕らはぶらり旅したいのに、周りはとにかく安全に行き着くことだけに価値を置いて、何かそこらへんがちょっともどかしいと言うか、自由にできないところにも目を向けていければいいのかなというのが一つです。

それから、情報のUDとかいう話の中で、まず伝えられるべき情報が伝えられることもそうだし、それから当事者側から発信していくことも必要だという話があって、これはもうそのとおりだと思うんです。ただ、なかなか難しい問題が多分、特に情報を伝えるということに関しては、誰がそれを担っていくのかというところです。行政が、例えば福祉サイドの情報を伝えればいいのかって、そう言い切れるとも多分限らないと思いますし、だからそのへん、誰がどういう役割を担っていくのかという議論も、今後必要になってくると思います。これはリハビリテーションとかアクセシビリティの領域に限ったことではなく、広げていくことも、今後すごく大事になっていくと思いました。どうもありがとうございました。

 

髙橋 はい、ありがとうございました。

 

会場 今の方の質問とちょっと関連するのかもしれませんけれど、これは感想と言いますか、特に交通・移動関係のバリアフリー、これは大いに進めていただきたいし、その時々の情勢によって、また新しい基準とか新しい対応が必要ということで、これでおしまいということはないと思いますが。

もう一つ大事なことは、「心のバリアフリー」と言いますか、簡単に言えば親切にしてくれる人を増やしていくと言いますか、そういう点を何かまちづくりとかそういうところに、建物の基準とか、モノの基準というのはどんどん作られていきますが、特に市町村や県段階で作るときには、高山はどの程度まで、物理的には町の中にいろんな、高齢者の座る椅子が置かれているとかいうことは承知しております。観光誘致ということで、多分みんな親切にしてくれているのだとは思いますが、ひと声かけるというような。特に目の見えない方なんかは、いくら点字を整備されたとしても、初めて行った町で目的地まで行くということはまずあり得ない。そうしますと、「どこまで行くんですか」というようなことで、ちょっと手を引いてくれるとか、そういうようなことがなければ、真の意味の移動の確保というのはできないと思います。

なかなか難しいので、これは教育の問題なのか、啓発の問題なのか。できれば小学校・中学校の段階で大いにたたき込む必要があるのかなと思うんですが、そういうまちづくり、モノのまちづくりと同時に、心のまちづくりと言いますか、そういうものも何かこう、まちづくりなんかに入れて取り組んでいくようなあれが、例えば中学生とか小学生に、言声をかけるようにというような運動を進める、一緒にやっていくとか。小さな田舎のJRの駅なんかでいきなりエレベーターを付けてくださいと言っても、なかなか財政的にも、これはもう少し時間がかかると思います。そういうときに、それは駅員の問題だということじゃなくて、周りの人がさっと助けてあげれば、ほとんどの問題は解決する。というところがなされていないということが、まだまだ日本人の思いやりが足りないと思うんですけれども。そのへんも、まちづくりを推進するときに、ちょっと何かやれないかな。感想みたいなものですけれども、失礼ですけど、そう思いました。

 

髙橋 はい、ありがとうございました。ではよろしくお願いいたします。

 

会場 かねがね思っていたことが一つだけあって、この場でお聞きするのが適切かどうかちょっと分からないんですが。前職で、いわゆる視力障害者の訓練施設にいました。白杖訓練などはしているんですが、あるとき、ここのセンターから駅まで点字ブロックを敷いてくれだとか、ここからあっちの駅までの点字ブロックが欲しいだとか、いろいろ言われました。それを行政にお願いしてみましたが、なかなかそれは。おっしゃることは分かるけれどと、進まない点がありました。その中で、最近情報機器がいろいろ開発されている中で、例えば、ICチップみたいなものをいろんなところに埋め込んで、あとは何て言うんですか、トランシーバー、視力障害者の方に持っていただく、これは視力障害者に限らずお年寄りでも我々でもそうだと思います。どこに何があるかというのが、情報がなかなか分からないので、目的地が分かっていれば、ご案内もできるんでしょうが、そもそもご本人が「私は今どこにいるんでしょう?」というのを、よく視力障害者の方に道を聞かれます。こちらも分からないときもあるので、そういうICチップなるものがいろんなところ、街角あるいは個人商店でもそうなんですけれども、そういうものを埋め込まれたりしていて、あとは指向性の問題があるのかもしれませんが、そういうものでいろいろ情報を流せるような仕組みはないのかなと思います。

確かに視力障害者は、この前の調査だと全国で31万人という、数としては少ないと言うか、あまり増えてはいないようですが、町をそういうふうに整備をするとなったら、これは非常に大きな話になるわけで、できればそんな世界と言うか、まちづくりの中でそういうのができてきたらいいなと思います。また、現実にそういうのを取り組んでいるところがあるのかどうかということを、お聞きできればなと思っております。

 

髙橋 はい、ありがとうございました。ほかに質問ありますか。

 

会場 障害者雇用を進めていく上で、特定建築物の中に事務所であるとか、あるいは学校であるとか、条例で定めて、それで進めているということですけれども、実際的には現場の中で、我が社は事務所がバリアフリーになっていないから、しかも賃貸であるから障害者は雇用できません、車いすの人は雇用できませんという話によく直面するんですけれども、それに対する解決法と言うか、法的な整備等で、アイディアと言うか、お知恵がありましたら教えていただきたいなと思います。

 

髙橋 はい、ありがとうございました。それでは質問のお答えをいただきたいと思います。最初に三つご質問がありました、関根さんにはスパイラルアップについて、それからあと、一番最後のほうにあったICチップの話をお願いします。

 

関根 スパイラルアップというのは、改善のプロセスです。企業や行政の中ではよく使われる、PCDAサイクル、すなわちPlan、Do、Check、Actionという物を作っていくときの、何かを計画して、それを実行して、確認をして、何らかの作業をして、という工程の中で、どんどん物事をよくしていくやり方を行うときに使うものです。企業のマネジメント用語から出た言葉ではありますが、ユニバーサル・デザインを作っていくときに、必ず出てくる言葉です。で、先生方の写真の中にもありましたが、市民参加で何か一緒に作っていくということがありますね。そのときに、最初の状況をまず評価してみて、課題が出てきたら、改善するモックアップを作って、もう一度、それを評価して、どんどんよくしていこうというときに使われるのがスパイラルアップという言い方です。これ、すみません、カタカナで大変申し訳ないんですけど、日本語にすると何になるんだろうなと私も思います。

 

髙橋 国交省では「段階的・継続的な解決」と言っています。

 

関根 なるほど、そうですね。

それから、ICチップを埋め込んで視覚障害者に情報を提供する可能性というのは、おっしゃるとおりです。10年ぐらい前から国内でも海外でもいろんなのがあります。例えば横浜のリハビリテーションセンターに入っているのは、トーキングサインというもので、天井などのICチップに対して自分で機器を向けると、「ここが入り口です」などのいろんな音声が降ってきます。確か、さいたま新都心の駅の中にも同じものがあったと思いますが、そういった機器を持っていると、音がいっぱい降ってきます。でも、今の段階ではまだ特殊な機器になっているので、これを一般の携帯電話などでできないかというのが今の研究テーマになっています。

例えば東京大学なんかでも、地面にICチップを埋め込んで、その上を動いているところから音声で位置を知らせることができないかという研究もありますし。今は携帯電話にGPSの機能が付いているので、それによって今居るところから目的地まで音声で完全に案内するというのができないかとうい試みもあります。だから徐々にユニバーサルな方向で進むのではないかと思っています。ICチップが埋め込まれていなくても携帯電話だけで使えるものが数年後に出てくるんじゃないかと思っています。ユニバーサル・デザインとユビキタスというキーワードなどで検索していただくと、あちこち出てくるかもしれないですね。ユビキタス情報社会という環境になると、例えばお店の前を通りかかると「クーポンあります」とか「今日のランチは」とか、そういう情報が自分の携帯などに音声やテキストで流れてきます。だから別に障害じゃなくても、いろんな人にとってメリットがあるので、このようなサービスは、これから増えてくると思います。

 

髙橋 ではそのあたりの、道路のほうですと、道路ITSという話になりますけど、秋山先生にお願いします。それからもう一つ、日本のSTの展望のことについても触れていただいて、それから心のまちづくりといった側面での教育のありようのことについても、触れていただきたいと思います。

 

秋山 最初、ITSですけれども、ちょっとその前に基本的なことを。「触知」という手で触る部分と音とでは、10の2乗ビットが音で、10の4乗ビットが写真という。つまり、触ることに対して音は100倍ぐらいです。写真は1万倍と言うか、それだけ情報量が違っているので、写真を音にするということは、とても、100分の1の情報量で説明するので、ITSというのはとても難しいということがあると思います。日本でITSをやり始めたのは音のユニバーサル・デザインというよりは、国土交通省がやり始めたんですけど、かなりアメリカのITSというプログラムとか、ヨーロッパに対抗するために、29画面の歩行者ITSということで始めました。まだ不完全で、ユビキタスがその後入ってきたので、そのあたりが今混沌としています。だからこれから先、少しずつ変わってくるのかなと思います。国土交通省は音のサインと言うか、平成13年に作って、鉄道駅には、5か所が整備されています。具体的には改札口、プラットフォームの鳥のさえずりとか、あとは上る階段のところの、あるいはエスカレーターの音をやられています。

それから心のバリアフリーについては、1980年代にアメリカに行ったときに、センシティビティ・プログラムということで、既に障害者がバスに乗るための対応というのをソフト的に開発していました。それがどうも必要だということで、2000年前後ぐらいから私調査に行きまして、国土交通省ではないんですけれども、エコモ財団でマニュアルを作りました。教育プログラムのマニュアルですね。その発展形として現在は東京都が福祉のまちづくりの条例を、この10月に施行しますので、それと合わせて商店に行く障害者の人たちに対して、どう対応したらいいかというマニュアルを、今作っている最中で、先週実験をしたばかりです。そして最終段階に今入っておりますので、商店街の人が、多様な障害をお持ちの方に対して対応するという、これが心のバリアフリーの今の状況です。

それからSTSですけれども、STSの展望については、イギリスなどではクロスセクター・ベネフィットという言葉があるんですけれども、これで博士論文書いた人がいるんですが、病院の往診よりは通院のほうが安くなるよとか、あるいは食事を配達してもらうよりは自分で買い物行ったほうがいいですよ、というので、交通の効用を説いた論文があります。そういう意味では交通がかなり役に立つよということが出ています。アメリカでは医療費の1~2%、年間500億ドルとか。日本円で500億円とか1千億ぐらいのお金が、90年代で既に出ていました。そういう意味で、それをスペシャル・トランスポート、病院送迎で、メディケイドという形で使われています。日本はそういう仕組みがなく、イギリスはアンビュランス・サービスで、障害者の病院送迎は、かなりそれに使われていますが、無駄だという意見はたくさん出ております。日本の展望は、道路運送法の79条でNPOが料金を取ってもいいよ、と、そこだけ改定しただけで、それ以外何もやっていません。むしろ、配車センターみたいなのを作ってやってくださいということを、最初世田谷で提案したんですが、配車センターでもダメで、障害をお持ちの人とか高齢者を発掘するところから始めてくださいということをやり始めてもらったのが杉並です。杉並はそういうのを発掘してやっていくということをやりましたので、次のところが、どこがどう行くか、まだこれからです。

英国から比べると、制度的には29年遅れているんですが、政策的にも相当遅れているので、これからは、今バスが、お金が相当付いて、日本全国のバスの計画が作られている段階です。このバスが一巡した後、スペシャル・トランスポートにどこまで行くかというのがこれからの展望で、自治体が無知なゆえに何も計画できていないです。交通計画の人がやはりやれないという部分と、それから福祉の人は個人ばかり見ている。その隘路の中に埋まっているのがスペシャル・トランスポートですので、それをどうやって気づかせるかというのがとても大事なところかなと思っています。

現在の道路運送法の4条とか、79条は、「運輸と経済」に今月、来月号に書いたんですが、そのあたりでしっかり皆さんに勉強していただくことしかやりようがないと。そしてNPOはNPOで独自の世界を作っていて、タクシー会社の二番煎じを行っているんですね。だから障害者のことを考えていると言っているんだけど、自分の経営的なことばかり考えていて、本当の意味で、障害者のモビリティを考えている人が少ないように思えて、ここをどう突破するかというのが次のところかなというふうに思います。以上です。

 

髙橋 ぶらり旅ができるようになっていくことについて、いかがでしょうか。

 

秋山 それについては二つほどありまして、着地型の旅行をどうするか。先ほど関根さんが高山の話をしましたけれども、モニターツアーというのを最近やり始めている所が高山とか、あとは松江とか、それから着地のほうで介助者を用意している所というのがあって、介助者のマネジメントです。旭川がそうです。それから、伊勢志摩とか、そういったところが観光について着地型で努力をし始めていますので、随分変わるのかなと思います。

ぶらり旅も、途中の情報は多少軽いと思うんですが、着いたところでの情報がとても大事なので、そういう着地型のマネジメントがうまくできればいいのですが、残念ながらこれもSTSと同じ流れを汲む可能性を持っているので、かなりちゃんとした対応をしないと、絶滅品種みたいになっていきそうです。せっかく芽が出ても「いいことやっているね」で終わっていく可能性があるので、行政の予算がしっかり付けられて、観光は楽しみじゃなくて権利であるというぐらいの政策的な大転換をしないと、なかなかぶらり旅はできないのかなというふうに思います。というのが私の現在の感じているところです。

 

髙橋 ぶらり旅はなかなか難しいかと思いますけれども、もうこれは勝手にしていただくしかないかなという感じがしますが。あるいは自分で、ぶらり人をつかまえていくか、あるいはモノをつかまえていくかというようなことにも、なってくるかと思います。これはさらに議論が必要かと思います。

それから私向けのご質問もいくつかありました。事務所の賃貸の問題は、非常に難しいところです。新規であれば共通な部分は基本的には整備し、通常ですと、条例では整備しなきゃいけないとなっています。ただし一番難しいのは、既存のもので改修できないとかというように言ってきて逃れてくることです。オフィスの中の空間が、ここの教室もそうですけど、全部可動な家具等で出来ていますと、やろうとすれば中は全然問題ないのですが、共通の部分は、容易に施設管理者が改善してくれないという問題を生じています。今後は後で改修にならないよう、新法の円滑化基準を遵守してもらい最初から最低限のバリアフリー化に取り組んで欲しいと思います。

改修については、依然として努力義務でありますので、新規は義務化されてきますけれども、そこは事業者の判断によるというようなことになってきます。ここはちょっと難しいですけど、金銭的支援や容積率など何らかのインテンシブが必要になる部分もあるかもしれません。このようなことで、ご容赦いただきたいと思います。

それからトイレのお話について、学校ですと、4年間その人が固有で利用するトイレとか、例えば福祉系の大学ですと、多分利用者が多いはずですし、小学校の義務教育施設でもそうですけれども、その人には使えるけど、この人には使えないというのがあります。ガイドラインで私たちが示しているものは、本当にごく標準的なものでしかないわけです。これは、設計者にそれを分かってくださいと言っても、まず分からないです。ですから、便器の配置、給排水口の複数化、あるいは空間のフレキシブル化が可能タイプなどを用意して、両側からのサポート介助ができるようなものにして、その利用者が入学したときに、必要ない個所をその都度改修していき、そういう費用は入学を許可する学校側の予算で確保していくということが必要です。どんなに重い障害を持った人が来ても、それに対応できるという両面のアプローチをしておく必要があります。誰が利用するか分からないことを建築会社や設計者に要求してもかなり難しいと思います。車いす使用者といっても人くくりではないわけですから、施設を管理する側の対応が重要です。入学者が決まった時点で、学校が発注して、その人に合わせる改修を考えれば、問題は生じませんが、そこまで大学側が柔軟かどうかが問われています。昔東京都が住宅をつくるときに、「ハーフメイド」という、入居者が決まった時点で改修を行う、設計をするという方法をとりましたが、そういう方法を学校側に取れるかどうかは、学校側の問題であるかもしれません。

ただし、複数トイレがある場合は、最初からいくつかのタイプを組み合わせて設計をしていくということは、空港でもそうですけれども、そういう整備をすることは可能です。片方だけに手すりをつけたものばかりである必要はなくて、両側からもサポートできるなど両側に可動手すりをつける方法、リハビリテーション施設はそういうものが個別にかなりあります。多分埼玉県の県立リハセンターでも、いろんなタイプのものが、それぞれの居住者棟に付いていると思います。

また、建築関係者への教育の問題ですけれども、細々とですが、業界団体である建築士会などのグループ、事務所協会、埼玉県でもそうですけれども、やってはいます。しかし、この県立大学を設計したのは山本理顕さんですけど、山本理顕さんの事務所に限らず、多くの設計事務所では、20代から30代の若い人たちが実務的な設計をします。その人たちがバリアフリー、ユニバーサル・デザインに関心を持って勉強をしない限りはデザイン優先になってきます。一生懸命法律を作っても、基準や数値だけをあてはめるだけで、極端な話誰が使うかは関係なくなっています。まして多様な障害のある人を理解する作業は設計作業の中では、障害者施設を設計しない限り理解する作業はしないでしょう。強制的に再設計教育をしない限りは、多分自分からは手を挙げない。ですからやっぱりトップダウンで、山本理顕さんとか安藤忠雄さんとか、そういう著名な方々が、「お前、行って勉強してこい」というように言っていただかなければなりません。それについての国交省だとか日本建築学会の役割はもちろん大いにあるかと思います。

他にもご質問がいろいろありましたが、時間の関係もありますので、最後にパネリストの方からひと言だけ、ご感想でも結構です、あるいは言い残したことでも結構ですけれども、河合さんからお願いできますでしょうか。

 

河合 髙橋先生のお話を聞いて、建築確認と完成検査が民間にどんどん流れて、まちづくり条例が守られていないというのは、非常に残念です。現実をあまり知らなかったものですから、ちょっとショックでした。

リハビリテーション・エンジニアの中で、どうのこうのと言うよりは、先ほど出たスパイラルアップというのは、我々でも使う言葉になっていますので、答えがよくみえてないのは、私も行政機関にいるからでしょう。よく指定管理者制度の話は聞きます。まちづくり、住まいづくりの中で、最終的には行政ではなくて指定管理者制度に移行するのは間違いないと思うので、そういう指定管理者制度を見越した市民参加であったり、住民参加はどういう方向が良いのかというのを私の最後の質問として終わりたいと思います。

 

髙橋 関根さんお願いします。

 

関根 質問の中に、誰が情報を発信していくのかとありました。行政なのか市民なのか。情報社会がどんどん進んできて、みんなが携帯電話でいろんなところに情報が発信できるようになってきています。すると、例えば使った当事者が、ここはよくできているとか、発信できるわけですね。僕はこういう障害だけど、こういう人だったらここは使えると思うよ、とかいうようなことを、当事者が発信することによって情報というのは厚くなっていくと思います。行政だけに頼っていてもダメだし、指定管理者はきちんと勉強しなければいけない。だけど最後は、私は当事者の声が一番厚くなっていくのが、一番早いし、確実だと思います。場合によっては、「僕はこういう障害だけど、これは使えると思う?」という問い合わせと回答ができるような仕組みが、そこの地域の中だけ使われるローカルな情報システムとして出せるといいなと思います。このエリアの500m以内で、例えば「手話通訳者いない?」とか、「ネパール語がしゃべれる人、いない?」とか、探せるようにしたいのです。「僕の障害で使えるトイレどこ?」と聞いたら、返事が返ってくるかもしれません。そういうことが携帯電話の特定のエリアの中だけでできるような仕組みというのは、これから可能になるはずです。ですから情報社会というものがもっと進んでくると、今日お話が出たようなITSとかスペシャル・トランスポーテーションとか、いろんなものが変わるんじゃないかなと思っており、30年後を見越して進みたいと思っています。

 

髙橋 ありがとうございました。秋山先生、いかがでしょうか。

 

秋山 僕自身感じているのは、どうも技術の部分と、それから理念の部分との再構築が、今、大変化の時代で、起きていくんじゃないかと思います。例えばバリアフリーが今個別でいろいろ行われているけれども、それを統合したりつないだりしたときに、新しい技術が必要になったりと、そういう部分ができています。でも、そこのところはどうも今欠けているといいますか、隘路にいろいろ落ちているものをどうつないでいくかというところが、一つ大きく出てくるのかなと思います。

理念について、つい最近、帯広で動物の話を聞いていたんですが、動物に対する対応がちゃんとできているところは、社会福祉もちゃんとできているということを言っていた人がいました。つまり猫とか、様々な人に対して虐待している社会というのは貧しい社会だと、帯広で報告していた先生がいらっしゃいました。以上です。

 

髙橋 はい、ありがとうございました。私も帯広行ってきましたが、そういう帯広ですけど、あの「ばんえい競馬」を見た時は正直何か動物虐待のような感じも受けてしまいました。見ているほうも少し辛そうな感じで、初めて見ましたけど。

今、動物の話が秋山先生からありましたが、今まで私たちは「人にやさしい町」とか、環境とかって作ってきました。環境の方でも、ちゃんとそれが対応できてないといけないというのが今の時代の重要なキーワードになってきていますので、動物にも同じことがいえるかもしれません。

それから、関根さんのお話で最後に、「誰が情報を伝達するか」と、とても大事なことです。私も、使う人がまず適切な経験を発信するのが、とにかく一番いいと思います。仮に間違った情報であっても、その人にまた聞くことが可能であるというようなこともあるし、今は、若い人たちが使うブログですとか、何でも発信しようとするといっぱいあるし、日常生活のありとあらゆるものを私たちはネットで調べています。

話は変わりますが学生の就活でもそうです。大学の就職支援室があっても、ほとんどは学生が自分で調べている。それから子育て情報のことでも、若い人たちがブログだとかいろんなものを見て医療機関を選択していく、そういうような状況になっています。それにどうアクセスすればいいかどうか、それほど勇気は要らないと思います。バリアフリーの世界でも、あるいはユニバーサル・デザインの世界でもまったく同じだと、今日のお話を聞いて感じました。

それから河合さんが最後に「どうなの?」というようなことがありましたけれども、社会の仕組みだとか、ルールと言うか流れだとか、単に参加だとか、あるいは法律ができたからということではなくて、それをどうやって運用していくのか。法律だけに依存するだけではなくて、一人ひとりで何がやれるか、やれる部分をやっていかなきゃいけないなという感じがいたします。モノによっては、担当者が、既成のルールを、枠組みを変えなければいけないということで、相当勇気がいる部分もありますけれども、その勇気を、今出したからと言って、皆さんにとがめられる時代ではなくなってきているわけです。今日は役所の方はいませんけれども、役所の方がいる世界の中でも同様だと思っています。

限られた時間で、討論の時間がちょっと短くなり、まとめにはなりませんが、これでこの分科会を終わりにしたいと思います。

どうもありがとうございました。