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特別講演

ヨーロッパにおけるリハビリテーションの発展と革新

ドナル・マカナニー

(ヨーロッパ・リハビリテーション・プラットフォーム(EPR)上級顧問/ダブリン大学講師)

プロフィール

Donal F. McAnaney、 Ph. D. 。

ダブリン大学講師。ヨーロッパ・リハビリテーション・プラットフォーム(European Platform for Rehabilitation、EPR、ブリュッセルに本部を持ち、欧州17カ国の代表的なリハ・サービス提供者28団体からなる)およびダブリン労働研究センターの上級顧問。教育心理を専門とし、25年以上の社会リハ・職業リハ分野での実務・教育・研究の経験を持つ。特にリハ・グループ(Rehab Group、アイルランド、英国、オランダ、ポーランドで活動する障害者へのサービス提供NPO)での研究、スタッフ研修に20年以上携わり、その他にも多彩な活動を行っている。

はじめに-ランドマーク・スタディを出発点に

ヨーロッパにおける近年のリハビリテーション(以下、リハと略す)の発展についてお話しします。

ここではヨーロッパとは、ヨーロッパ連合(EU)加盟27カ国にノルウェーを含めたものとします。話の出発点は、RIヨーロッパ(リハ・インターナショナル・ヨーロッパ地域委員会)が2005年に発表した「ランドマーク・スタディ:21世紀のリハビリテーション」です。この研究の目的は、ヨーロッパのリハ分野の進歩を測定することができるようなベンチマーク(基準点)を確定することであり、専門家、サービス提供者、障害者自身の視点に立ち、次の5つの基本原則を掲げました。

  1. リハは全市民の権利であるべきもの
  2. リハは先進地域か途上地域かを問わず、地域社会と職場において受けうるべきもの
  3. リハは利用者のエンパワーメントと利用者の権利のアドボカシーを目指すべきもの
  4. リハ・サービスは本人についても環境についても全体的な視点に立つべきもの
  5. リハ・サービスと専門家は絶えざる質(基準)の向上を誓うべきもの

新千年紀最初の10年の最後の年に近づいている今、この5原則がどれだけ実現したかを見ていきたいと思います。

1.国連障害者権利条約に関する進歩

2007年3月時点で全EU加盟国が条約に署名し、うち9カ国は、国家に対する強制力がより強い選択議定書にも署名しました。ただ、現在までに批准したのはドイツ、ハンガリー、スロベニア、スペインの4カ国にとどまります。

最近、ヨーロッパ・リハ・プラットフォーム(EPR)は、リハ分野におけるこの条約の意義を分析し、「加盟国には、障害者の権利を支援するために、保健、教育、雇用の分野で、様々なサービスの実施が義務づけられている」と結論づけました。その内容は次のようなものです。

  • リハ・サービス(保健関連リハ/職業リハと専門職リハ(註)/総合リハ)
  • 雇用サービス(一般的な技術的・職業的指導、就職あっ旋、職業訓練と継続訓練/求職・就職・職の継続・復職の支援/自営・経営・協同組合設立・起業の支援/公開労働市場での労働経験の支援/職業リハと専門職リハ(註)/仕事の保持と復職プログラム)
    (註)Professional rehabilitationを、専門職(professional)を目指すリハと解してこう訳した。(訳者)
  • 教育サービス(人格/才能/創造性/知的・身体的能力の開発プログラム/メインストリーム状況での統合された専門サービス/効果的な個別支援サービス/目標が完全なインクルージョンであれば分離した状況での特殊教育的要素も適切であること/教師に対しての障害認知教育/コミュニケーションにおける増強技法と代替技法、また障害者支援に向けた教育技術と資料)

権利条約はこのように規定していますが、EU加盟諸国の多数はまだ差別禁止、代表権と意見表明権、また自立生活の分野に重点を置いており、以上の諸点は不十分です。短期的政策の重点としては理解できますが、上記の諸点の実行なしに条約の目指すものは実現できません。以上の措置の必要性を説き続けることは我々の責務です。

2.ICF(国際生活機能分類)

ICF(国際生活機能分類)は、生物心理社会的アプローチに立って個人(障害のある人もない人も)を全体的に捉えるものであり、リハに非常に大きい意味を持っています。

ヨーロッパではリハ・サービス提供者がサービスの提供と開発の上でICF(40~60程度に項目を絞ったもの)を用いており、またEU加盟国の間で障害に関するデータを集め比較する上でICFが使われています。サービス提供者の利用のいくつかの例を挙げれば次の通りです。

  1. 連携と情報提供の手段(オランダ)
  2. 専門家のための半構成的レポート・フォーマットと、子どものための自己アセスメント版(オランダ)
  3. 脳外傷者のためのICF基本セットと全対象グループのための記録の系統化(ポルトガル)
  4. ICFチェックリストによるケーススタディ、言語障害者の自己アセスメント、知的障害者への使用(ドイツ)
  5. 職業前リハと職業リハでのショートリストの開発(ドイツ)
  6. 健康保険での使用の研究(ドイツ)
  7. 既存のアセスメント法のICFによる再検討とICFに基づいた新しいサービスの開発(アイルランド)

ICFを用いた研究の一例を挙げれば、NPSDD(国立身体・感覚障害者データベース)による、参加制約と介護との関係をみた研究で、「参加制約を経験したことがない」と答えた障害者は、介護を受けていた人々では受けていない人々と比べ、参加のあらゆる領域で多かった(コミュニティ・ライフで41.0% 対28.9%、社交で34.2% 対21.0%、ショッピングで32.1% 対21.5%、など)という結果が得られています。

EPRはICFと障害者権利条約との関連性についての分析を行っており、条約の遂行状況のモニタリングに用いたいと考えています。

3.リハビリテーション・サービスにおける質の標準化

我々のランドマーク・スタディではサービスの質の向上の必要を強調しました。この点でのEPRによる主要な取り組みは「欧州ソーシャルサービスの質(EQUASS)イニシアチブ」です。これには、利用者団体としてヨーロッパ障害フォーラム(EDF)、サービス提供者としてヨーロッパ障害者サービス提供者協会(EASPD)とEPR、社会的パートナーとして障害関連雇用者フォーラム(EFD)とヨーロッパ労働組合連合(ETUC)、資金提供者としてヨーロッパ社会保険パートナーズ(ESIP)、政策策定者としてリハ・インターナショナル(RI)、ヨーロッパ理事会 (CE)、国際労働機関(ILO)が参加し、2000~2004年にかけて、次の9つの「絶えざる質の向上」のための原則を作りました。これらの原則とサービス開発の関係を図1に示しています。

サービス提供者(提供団体)の質が評価される原則・基準は次の通りです。

 

図 1  EQUASS の諸原則の間の関係

図 1 EQUASS の諸原則の間の関係

1.リーダーシップ

サービス提供者は、それが属する(保健、就労などの)分野の中では良質の運営によって、また、より広い一般社会においては、低い期待値に対して挑戦し、積極的なイメージ、最良の資源の有効利用、革新、そしてより開かれたインクルーシブな社会の実現を促進することによってリーダーシップを発揮する。

2.権利

サービス提供者は、機会均等、同等処遇、選択の自由、自己決定、参加の平等というかたちでの、利用者の権利の保護と促進を目指す。自らのサービスでは、インフォームド・コンセント、非差別、積極的差別是正措置を実行する。

3.倫理

サービス提供者は、利用者・家族・介護者の尊厳を尊重し、不必要なリスクから保護し、また団体の従事者に要求される能力を規定し、社会正義を促進する「倫理綱領」に立って自らの組織を運営する。

4.パートナーシップ

サービス提供者は、公的・私的機関、雇用者代表、労働者代表、資金供給者、購入者、障害者団体、地域グループ、家族、介護者とのパートナーシップに立ってサービスの連続性を保障し、より効果的なサービス・インパクト、そしてより開かれた社会を創造するために自らの組織を運営する。

5.参加

サービス提供者は、障害者の、自らの組織のあらゆるレベルへの参加とインクルージョンを促進する。サービス利用者をサービス・チームの活動的なメンバーとして迎え入れる。より平等な参加とインクルージョンを目指して、利用者のエンパワーメントを促進する。障害者を代表する団体やアドボカシーグループとともに、バリアの除去、公衆教育、機会均等の積極的な振興のために努力する。

6.本人中心

サービス提供者は、利用者の「生活の質」向上を目指すプロセスを、利用者自身と家族その他の利益を受ける可能性のある人々のニーズを満たすために行う。利用者の貢献を尊重して、物的・社会的環境を考慮した利用者個人とサービスの目標に沿っての自己評価とサービスへの評価を促す。すべてのプロセスについての定期的な見直しを行う。

7.包括性

サービス提供者は、利用者が、全体的で地域社会に根ざした連続体としてのサービスを利用できるように保障する。それは利用者すべてとパートナーとなる可能性を持つすべての人々(地域社会、雇用者、その他の利害関係者〈ステークホルダー〉)の貢献を高く評価し、また早期の対策から支援へ、そしてフォローアップへと連続するものでなければならない。サービスの提供は多職種のチームアプローチで、または他のサービス提供者や雇用者と共同した多組織連携で行われなければならない。

8.結果指向

サービス提供者は、認識と実際の成果の両面で、利用者、家族、介護者、雇用者、その他の利害関係者と地域共同体に対する便益という結果に焦点を置くべきである。またサービス購入者および費用負担者への最高の価値の実現に努力する。サービスのインパクトは測定され、監視されなければならず、これが絶えざる改善と透明性、責任(アカウンタビリティ)を保障する上で重要である。

9.絶えざる改善

サービス提供者は、積極的に市場のニーズへの呼応、資源の効果的利用、サービスの開発と改善、革新のための研究・開発の成果の利用に取り組む。スタッフ養成に責任を持ち、効果的なコミュニケーションとマーケティング、利用者・資金供給者・その他の利害関係者へのフィードバックに努力し、絶えざる質の向上のための多数のシステムを運営する。

 

以上の9原則に立って、業務監査のためのプロフィールが作られました。図2にEQUASS監査プロフィールの一例を示します。あるサービス提供機関について、監査者が、9原則が満たされているかどうかを監査した結果です。この機関は、権利、包括性、本人中心という点ではかなりうまくいっていますが、リーダーシップ、パートナーシップ、参加の面では改善の余地があることがわかります。

このEQUASS監査システムはノルウェー、デンマーク、ポルトガル、アイルランドなどの計10カ国のEU加盟国で活用され、国境や文化の差を越えた妥当性が確認されています。ルーマニアでは法制化されています。最近、このシステムをEU全体のすべての社会サービス(福祉サービス)に適用しようということが検討されています。

 

図 2  サービス提供組織の EQUASS プロフィールの一例

図 2 サービス提供組織の EQUASS プロフィールの一例

4.リハビリテーションにおけるベンチマーキングとベンチラーニング

「絶えざる質の向上」の中心をなすのがベンチマーキングとベンチラーニングです。「ベンチマーク」という語は大工仕事から来ています。木工業者が標準的なサイズの製品を作ろうとする場合、ベンチ(作業台)にマークを付け、それに合わせて同じ長さの木を切ったのが始まりです。ビジネスの世界では、標準を設定して、会社の業績を測定するのに使われます。例えばIBMなら、HPやDellの生産過程や販売成績にベンチマークを設定するなどです。

「ベンチマーキング」とはこのような標準との比較を、同業の組織との協力の中で、事業の改善のために用いることを言います。このプロセスの主要な要素は次の5つです。

  • アクション・ラーニング
  • プログラム理論とロジックモデリング
  • プロセスのベンチマーキング
  • 成果の測定
  • ベンチラーニング

ここでベンチラーニングとは、上記4者の総合、すなわち主要なスタッフのアクション・ラーニングを促進し、サービスのロジックモデルを開発し、プロセスをベンチマークし、成果を測定・比較し、よりよい成果を目指して物事を変えていくことです。

アクション・ラーニングのプロセスは、「診断(問題確認)」→「計画」→「行動」→「評価」→再び「診断」、という循環プロセスを繰り返しつつ高いレベルに登っていくものです。EPRのメンバー組織はこの方法で医療リハと職業リハの質の向上に取り組んでいます。

リハのベンチマーキングの困難の一つは、「リハビリテーション」ということの意味が異なる分野、異なる国で非常に違うことです。

例えばノルウェーでは、職業リハは工場やガソリンスタンド、店舗などの現実の仕事の場で行われますが、フランスでは対照的に座学で行われるのが普通です。課題は、どうすればこのように違うものの成果を比較できるかです。現在5カ国のEPR加盟の5センターが協力してこの問題の解決に取り組んでいます。今、検討されているアプローチの一つはロジックモデルを比較の基礎として用いることです。

プログラム理論は、あるプログラムが何故、その目標・目的を達成しなければならないかという理論を構築することを求めます。それに基づいて、このプログラムの各要素がいかにその結果の達成に貢献しているかを特定するロジックモデルを作ることができます。 

 

ロジックモデルの一例を図3に示します。

 

図 3 リハビリテーション・サービスのロジックモデルの一例

図 3 リハビリテーション・サービスのロジックモデルの一例

 

ロジックモデルは、プログラムへのインプット、プログラムで行われた活動、各活動の効率を測定するのに用いられたアウトプットのタイプ、短期に期待される成果(それによって各活動の効果が測定される)、そして中間成果(プログラム終了時の成果)、長期成果とコミュニティへのインパクトを記録します。現在、まだベンチラーニング・グループの研究は進行中です。

各国の職業リハのロジックモデルを比較することで、アプローチと活動内容に大きな差異があるにもかかわらず、結果の比較のためのベンチマーキングは可能であるとの結論に達しました。

次の段階は、各サービス提供者が結果とインパクトを記録する共通の物差しを作り、それによって、いかに異なったサービスが類似した結果を生むかを比較することができるようにすること、また他のサービスでも真似ができるような「グッド・プラクティス」(模範的活動)を同定できるようにすることです。

オランダで行われたリハの費用・便益分析の結果、脳卒中、心不全、慢性疼痛の患者計15、935人のリハに要した費用は3億9、500万ユーロ(1人当たり約327万円)でしたが、得られた便益は21億ユーロであり、5倍以上のものでした。この便益には患者だけでなくパートナーや介護者の「生活の質」の向上も含まれます。健康に関するケアのコストの低下と生産性の向上(仕事への復帰)が主なものでした。このようにリハの結果を測定しベンチマーキングすることは、治療不足と治療過剰の両方を避け、より良いサービス提供を可能にします。治療不足のコストとは、患者が可能な最高のレベルの能力を達成できないことであり、一方、治療過剰のコストとは費用の増大と希少な資源を無駄にすることです。      

上記のような費用便益分析の重要性は、現在のように各国が経済困難に陥り、社会サービス(福祉)のどの分野をカットできるかを検討しているときには決して過小評価すべきではありません。

我々ベンチマーキング・グループは、リハの便益を判断するには次のような成果を指標とすべきだと確認しました。

  • 自立
  • インクルージョンと参加(労働市場への/社会的への/教育・訓練への)
  • ウェルビーイング
  • 自己認識(人生計画/キャリア(職業)計画/現実的期待/プラスの自己イメージ)  
  • 生活技能(時間の過ごし方、など)
  • 一般社会・地域社会での地位の向上
  • 「 生活の質」(QOL)
  • 雇用可能性(employability)
  • 収入増加

以上のうちグループが最も重要と考えたのは、雇用可能性、「生活の質」、生活技能、インクルージョンと参加、の4指標でした。

5.エンパワーメントとQOL(生活の質)を測定する

ベンチラーニングにおける第二の挑戦は、成果の測定のための共通のツールについて合意に達することです。ヨーロッパではこの方向での見るべき動きが2つあります。

第一は、オランダのVrijbaan-REQUEST測定ツールです。これは利用者がどれだけエンパワーされたと感じるか、またサービス提供者と専門職者がどれだけ利用者のエンパワーメントに役立つかを測定します。これはランドマーク・スタディの目指すものによく一致しており、サービス提供者の業務改善に役立ちます。

ここで言うエンパワーメントとは次の6つの要素からなります。

  1. 利用者が、自分の技能に自信を持つ程度
  2. 利用者が、自分の生活・人生で自由な選択ができる程度
  3. 利用者が、自分の決定によって自分の人生を変えうると信ずる程度
  4. 利用者の、自分の個人的信念と大志(aspiration)についての感じ方
  5. 利用者が、自分について前向きの(positiveな)感じを持てる程度
  6. 利用者が、他の人々とともにグループ活動に参加することに自信が持てる程度

Vrijbaan質問紙は、以上に関する60の文章からなり、その標準化は、労働市場で活躍している400人の障害者について行われました。その結果から個人のプロフィールがわかり、エンパワーメント向上のためのプログラムがわかります。一方REQUESTは、社会サービスと職業サービスが、自分たちの事業が障害者のエンパワーメントのためにどれだけ役に立っているかを測定・監査するに有効なツールを提供しています。加えてREQUESTは、それらのサービスで働く専門職者が、反省を通して、障害者のエンパワーメントのためにどれだけ役に立っているかを自己評価するのにも役立ちます。

REQUEST-Vrijbaan法は、エンパワーメント過程を心理的と社会的の両面で捉えており、これはICFの、障害は個人と環境との相互作用から起こってくるとする考え方に一致するものです。

第二の動きは、現在ポルトガルでパイロットスタディが行われている、利用者の「生活の質」の測定です。これは図4に示したように、「生活の質」を「領域」(domain)と「次元」(dimension)に分けて捉えるものです。

測定は、各利用者一人につきリハ前に1回とリハ終了の12カ月後に行い、QOLがどれくらい向上したかを見ます。これは現在、EPRのベンチマーキング・グループによって共通のベンチマーキング指標として使えるかどうかを評価中です。

 

図4  QOL(「生活の質」)モデルの構造

図4 QOL(「生活の質」)モデルの構造

6. 雇用と障害:ヨーロッパの研究の成果

最後に、障害者の労働市場への参加に貢献する因子に関するEPRによる国際的共同研究についてお話しします。特に障害者が就職したり職を保持したりするのを促進したり阻害したりする因子に関する一連の研究です。

Stress Impactという研究は、長期欠勤者の視点から障害と職業の保持との関係を調べたものです。1994年に5加盟国で、欠勤を始めてから12週および24週で調査し、次いで6カ月後に、復職できたかどうかを調べました。退職せざるを得なくなった条件、復職に成功した場合の条件を見ました。加えて一部の例について家族の条件も調べ、また復職に関する専門職者の見解も調査しました。

OptiWorkという研究は、13カ国で障害のある求職者と雇用者についてのものです。目的は障害のある失業者と困窮者のためのインクルーシブな労働市場プロセスのモデルを構築することでした。この研究の結果、行政機関向けの「経済インパクト・モデル」、雇用者向けの「費用・便益モデル」、そして個々の求職者向けの「改善分析(better-off analysis)」を開発しました。

これら2つの研究は、ヨーロッパ生活・労働条件改善財団の支援で行われました。2つの研究の結論をまとめると以下の通りです。

 

1.在職中に障害をもった場合に職を保持することと、障害をもった後、就職経験がなかった場合とは大きな違いがある。労働市場の外にいた人々に対する雇用実現への支援である「雇用の平等」(社会的保護)と、雇用の場において在職中に保健上の問題を持つようになった人々の職の保護である「障害マネージメント」とを区別することが重要である。この2種類の領域は政策レベルでかなりよく取り上げられている。しかし、長期欠勤者へのサービスはまだ不備である。

2.復職と就職には多くのレベルにわたる多くの因子が関係している。障害者個人のレベルだけでなく、政策と法制、サービスと規制などが関係する。図5は長期欠勤者における復職を決める「閾値」(そこを通れるか通れないかを決める「敷居の高さ」)を示している。

3.職の保持と再統合

図5は在職中に病気・けがをした人が退職するか復職するか、障害者福祉サービスに入るか、に影響する異なるレベルの影響を示しています。

Stress Impact研究の調査結果の分析では、次の因子が関係していました。

・性 ・年齢 ・収入 ・教育レベル ・健康 ・抑うつ ・知的能力への(仕事の)要求

・仕事への満足感 ・仕事に関する不安感 ・復職に関する政策 ・職業能力 ・ストレス 

・介入時期 ・制度の型

 このうち、復職困難と関係が深かったのは、次のような因子でした。

・低収入の職 ・復職を支援する公的制度の不在 ・復職を求める時期の遅れ 

・仕事量 ・新しい不慣れな仕事 ・新しい条件が要求されること ・設備等の配慮の欠如 

・仕事の不利な条件を除くことの失敗 ・精神衛生不良

 一方、復職と関係が深かったのは、次の因子でした。

・会社に公式の復職規定があること ・健康の回復 ・復帰の必要・意思 ・失職へのおそれ 

・在宅生活の退屈 ・(会社側の)個人に対応する必要 ・会社が必要とする人材 

・精神衛生を維持する必要 ・財政的圧力 ・職場のサポートと実際的な支援 

・欠勤者とのよきコミュニケーション

EU加盟国間の比較では、オランダを除く復職率は低く(17%~43%)、オランダでは79%でした。オランダの特徴は、早期の介入、雇用者の(休職手当、復職受け入れ、産業保健、等への)責任、復職計画への公的資金援助、などでした。

 

図5 長期欠勤と再統合の「閾値」

図5 長期欠勤と再統合の「閾値」

4. 求職と公正雇用

図6は、これまで働いたことのない、あるいは失職した障害者にとっての就職の「閾値」を示しています。OptiWork研究によって確認された要素は次のようなものです。

・職業評価 ・ジョブ・マッチング ・指導と相談 ・アドボカシー ・情報とアドバイス 

・ケース・マネジメント ・支援機器 ・中間的労働市場 ・特殊化した職業訓練 

・ジョブ・コーチング ・支援的雇用 ・弾力的な手当制度 ・財政支援

 

図6 求職の「閾値」

図6 求職の「閾値」

結論

以上のようにヨーロッパにおけるリハの発展と革新を広い範囲で概観してきました。これから言えるのは、リハの分野は非常に活発にリハ・サービスの発展と研究に取り組んでいるということです。詳しく申し上げる時間がありませんでしたが、文献やネットでの情報は豊富ですので、それをご覧ください。

RIヨーロッパのランドマーク・スタディをベンチマークとして見れば、5原則のすべてにおいて明らかに進歩が見られます。第一に、国連障害者権利条約においてリハはすべての市民の権利であると規定されました。第二に、障害者をコミュニティ・サービスと職業サービスの中に主流化(メインストリーム化)しようとすることが現実化しつつあります。第三に、リハ・サービスの認定システムであるEUQASSと、Vrijbaan-REQUEST intiativeとが、利用者のエンパワーメントと権利擁護を質の高いリハ・サービスの二つの柱であることを明らかにしています。第四に、個人と環境に関する全体的な見地が、ICFをリハのサービス計画と研究に取り入れたことによって明らかになりました。そして最後にリハ・サービスと専門職者は、ベンチラーニングと、より効果的な成果測定によって、リハの質の絶えざる向上のために精力的に取り組んでいるということです。

≪質疑応答≫

質問1.障害関連の基準・政策・ガイドラインはどこまでEU域内に共通ですか? 例えば、(JICAの仕事で)ルーマニアの地下鉄プロジェクトに関わったときに「ルーマニア政府はEUの基準に従っているからアクセシビリティは心配ない」と言われましたが、本当にそうでしょうか?

マカナニー:EUというのは、非常に緩やかな国の連合であり、EUのできることは限られています。障害の分野では2つか3つの主要な原則があり、それにはすべての国が従わなければなりません。一つは雇用、もうひとつは非差別です。

アクセシビリティについては検討中ですが、まだ法令にはなっていません。もし法令になったとしても、完全実施までには何年もかかるでしょう。

EUは、社会問題についてはコメント、研究、交流促進しかできません。ですから、リハは各加盟国レベルで管轄される分野となっています。

 

質問2.ICFを使って、障害者の登録をするような動きはあるでしょうか?

マカナニー:私個人としては、ICFを障害者の登録に使うのは時期尚早だと思います。

ICFは障害がまったくない状態から重度な障害のある状態までをひとつながりのものとして捉えるものです。ですから、その連続状態のどこかに線引きをして、障害のある人、ない人、というふうに2つに分ける考え方はICFのものではありません。そういう区分は社会的、文化的に作られてきたものです。Eurostatのホームページを見ていただくと詳しく出ていますが、EU諸国内での障害者の比率は、国によって23%から8%までと、大きな差があります。

ICFは何よりも一人ひとりのニーズを分析し、その人自体にも環境にも取り組んで、社会への統合を図るためのツールです。

 

質問3.社会福祉の政策やリハの分野において、「エビデンス・ベースド」(根拠に基づいた)な政策・ツールが必要だと思いますが、いかがでしょうか?

マカナニー:私は 「エビデンス・ベースド・ポリシー」などというものがあったら最悪だと思っています。その理由は、この用語が医学における薬剤試験のモデルからとられたものだからです。その基本は無作為の比較対照試験であり、統計的に薬の効果を決定するという意味で使われてきました。それを政策策定に適用するというのは無理です。

例えば政府が無作為に、50%のグループにはある政策を適用して、残りの50%にはプラセボ(偽薬)のようなものを適用し、結果を比較するなどということは不可能です。

私の話では「エビデンス・サポーテッド」という言葉を使いました。その意味は、何らかの根拠(エビデンス)によって支持されている政策策定ということです。そのエビデンスとは、研究者やボランティアの手で現場から出てきたものです。

 

抄訳:上田 敏(日本障害者リハビリテーション協会顧問)