音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

基調講演2

インクルーシブな地域生活の実現・・・自立支援協議会の役割強化を

 

佐藤 進(埼玉県立大学学長)

 

プロフィール

1947年 神戸市生れ(62才)

東京教育大学教育学部心理学科卒

  施設指導員を経て

東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了

1978年 障害児通園施設「こども発達センターハローキッズ」施設長 

1990年 社会福祉法人昴を設立。(同 理事長。2007年3月退任)埼玉県立大学保健医療福祉学部社会福祉学科教授

2007年 同 学長

その他の社会活動

日本保健医療福祉連携教育学会副会長 

内閣府「中央障害者施策推進協議会」委員 厚労省社会保障審議会・障害者部会委員

埼玉県発達障害者支援体制整備検討委員会委員長  等在任中

著書

「障害幼児の保育実践」(ぶどう社)「望ましい障害者福祉システムへの提言」(法研)

「地域で暮らす」(中央法規)

「社会福祉学習双書3・障害者福祉論」(全国社会福祉協議会) 等(いずれも共著)

 

はじめに

「インクルーシブな地域生活の実現」をテーマに、そのために自立支援協議会の役割強化を図ることが重要な課題となっていることを指摘し、障害のある人々の地域生活を支えるためには地域社会そのものが変容していくことが期待されることを明らかにする。

これまでRI、あるいは総合リハビリテーション研究大会で積み上げてきた議論と比べると、ややローカルな問題提起となるが、この数年間のわが国の障害者施策の大きな変動の中で、改めて今後の方向性を探るために、あれこれと法制度を評価するよりも現実に行われている地域での取り組みの教訓を普遍化することの方が今後の課題を明らかにする上で有効と思われる。

2000年のいわゆる「社会福祉基礎構造改革」に基づき、高齢者の介護問題については介護保険が実施され、それから遅れること3年を経て2003年には障害者福祉における支援費制度が開始された。しかしながら、支援費制度は財政的な裏付けが十分でなかったために半年を経ずして破綻状況に陥った。その後、それを取り繕うような形で、いかにも急拵えに障害者自立支援法が成立し順次施行された。しかし、障害者自立支援法には様々な問題があり、実施後まもなく、いわゆる「緊急対策」や「特別対策」と称する事実上の是正措置が次々に打ち出され、かえって法律への信頼性が失われることになった。それ故に、このような混乱の中から、どのような方向性をもって障害者福祉を再構築しなければならないのかは引き続き重要課題である。

こうした状況の下、いわゆるリーマンショックに端を発する昨年秋以来の世界金融危機と経済不況によって、その後、非正規労働者を中心に深刻な「雇用不安」が引き起こされ、首都東京のど真ん中に「派遣村」が出現するなど大きな社会問題となった。こうした事態は、実はわが国においては障害者福祉にとどまらず、国民生活全般に関わる福祉、即ち広い意味での福祉、社会保障体制全体が極めて脆弱な基盤しか持たないことを露呈したと言えよう。従って、障害者福祉の課題の解決は、こうした多くの課題とともにわが国の社会保障体制の再構築やその持続可能性の担保と同一軌跡上にあると言わなければならない。

明日は衆院選の投票日である。政権交代は必至のようだが、新しいわが国の政府は国民と一体になって真の意味での安心安全な社会の再構築という国民的課題に挑んでいくことが期待される。その時、いわゆる霞が関改革にとどまるのではなく、それはいかに地域に主体性を取り戻すかという課題であり、あるいは地域社会において住民が参加し主導する行政を確立し、それぞれの地域社会において人々が安心して暮らせるようその姿が変貌してこそ国も変わっていけるということを示すことでもあろう。

これまでは、専ら福祉の一方法論の用語として「地域福祉」が語られていたが、さらにその視野を広げながら、いかにして誰もが安心して暮らせるような、誰にとっても安全な地域社会をつくりあげる課題として「地域福祉」を国民に広く訴求していくことが必要となってきた。「インクルーシブな地域生活の実現」という課題もまた、地域社会のあり方を問いながら今後のわが国の進むべき方向性と関わる課題であると言うべきであろう。

1. 埼玉県立大学における教育理念とインクルージョン

さて、本学は1999年4月に開学し今年でちょうど10周年を迎えた。建学の理念は「連携と統合」であり、この理念は本研究大会を主催する日本障害者リハビリテーション協会にも大きな足跡を残された故・丸山一郎名誉教授らによって本学の開設準備中に確立されたものである。

本学は保健医療、福祉に関連する専門家を養成することを基本的ミッションとしており、看護、理学療法、作業療法、臨床検査、口腔保健などの医療系専門技術職と社会福祉あるいは健康関連分野での活躍が期待される人材の輩出を目的として設置された。

「連携と統合」は、各専門職が将来それぞれの地域や臨床の現場で仕事に取り組む時に、それぞれがバラバラに、障害のある方や患者さんと向き合うのではなくて、しっかりしたチームを組んで、チームとしての取り組みを進め彼らのニーズを実現できる専門職に育っていくために、養成教育の段階からお互いが学び合うことを重視するという理念と方法である。

リハビリテーションとは人間が人間にふさわしい尊厳ある存在としてその権利を回復することである。それ故に障害のある方々の人生への期待や願いを共通の価値観で認識し、その実現のために専門職として自らの持つ技術がどのような貢献ができるかを、他の専門職と共に考えながら相互に分け合うことである。まさに共に働き、共に学び合うことができる人材がこれからのリハビリテーションを支えていくのである。「連携と統合」は、これまでのいわゆる「チームアプローチ」をさらに進化させたものであると言える。

具体的には、大学が中心になって、県内12の保健福祉圏域のすべてに「専門職連携推進会議」を立ち上げ、県の機関である福祉保健総合センターと協力して圏域内の病院・施設に参加を呼びかけ、協力を得ながら「インタープロフェッショナル(IP)演習」という科目を実施する。これを4年生が全員参加する必修科目として位置づけている。IP演習は県内のすべての地域を網羅して、合計80カ所の施設や病院で展開することになっている。本学の多様な学科の学生が、それぞれ各学科から1~2名が参加する混成チームを作り、互いに学ぶ専門領域を越えて同じ場所で実習を行う。そこでは1つの課題、例えば、高齢者の在宅介護支援や障害のある人の就労支援をどう支えていくかというテーマについて、学生達がIP演習先の病院、施設、相談機関のスタッフの指導や協力の下に実践プランの検討などを行う。こうした演習を4年間の学習のまとめとして学生たちを卒業させるのである。このような本学卒業生が、やがてそれぞれの地域でインタープロフェッショナルな仕事を組織しそのリーダーとして活躍することが期待される。

2. インクルーシブな地域生活

これまで地域福祉といえば、グループホームやケアホームをつくること、あるいはホームヘルパーなどの在宅福祉サービスを展開することと短絡しがちであったと思われる。わが国があまりにも施設福祉に依存してきたことへの反作用としてグループホームや在宅福祉サービスが地域福祉の手法として対置されてきた。

現在700万人を超える方々が「障害者」とされる。このうち、最も多い身体障害者の施設入所者は8万7000人に過ぎない。身体障害者の60%は高齢者だが、この数を除いても施設入所率は5%に満たない。最も施設入所率が高い知的障害者さえ25%弱にすぎない。日本の障害者は過去も現在も施設に依存して福祉サービスを受けている方は極めて少数であったと言うべきである。しかし、予算の多くが施設に投入され在宅福祉は無視ないしは軽視され続けてきた歴史がある。それ故に、地域福祉は障害のある人がループホームで暮らすことや、あるいは在宅福祉サービスを受けることだと短絡する傾向にあった。しかし、重要なことは、圧倒的多数派である在宅もしくは地域に暮らす障害者とその家族の暮らしの安定的継続を可能にするための多種多様なサービスが地域社会に常備されていることではないだろうか。

また、インクルーシブな地域生活を考えたとき、それは単に住む場所という問題だけではない。地域での生活自体を維持することを前提としながら、併せてその暮らしの中で地域社会の構成員として位置づいていること、他の住民と同様に市民的な諸権利が平等に担保されていることが伴わなければ、本当の意味のインクルーシブな地域生活とは言えない。加えて、そのようなインクルーシブな地域生活が、障害者の側からの要請によるだけでなく、住民の意思によってユニバーサルに地域社会に装置されるものでなければならない。

障害のある人たちが自らの権利を主張するのは当然である。しかし、同時に地域住民が自らの権利も含めて障害のある人たちの市民的権利について同じ意識を持つ、そういう環境の中にあることがインクルーシブな地域生活を担保するもうひとつの要素である。そのような意味で、インクルーシブな地域生活の支援の内実はインクルーシブな地域社会づくりそのものに他ならない。地域生活が障害のある人たち側からの発信にだけとどまるのではなく、インクルーシブな地域社会づくりが市民の意志によって進められることが必要である。

「インクルーシブ=inclusive」には、包括的ということに加えて、「すべての人に開放された」という意味があるという。反対に「エクスクルーシブ=exclusive」はもちろん排他的、独占的を意味するが、併せて「特権階級に限られたもの」という意味も含まれる。インクルーシブな生活の意味内容を幅広く理解するべきである。

歴史的なサラマンカ宣言は、インクルーシブ教育に関して「インクルーシブ(inclusive)な方向性を持つ普通学校こそが、差別的な態度とたたかい、喜んで受け入れられる地域を創り、インクルーシブな社会を建設し、万人のための教育を達成するための最も効果的な手段である」と述べている。

従って、インクルージョンとは、特定のニーズをいわゆる普通の場で、また普通の方法で充足し解決する方法論だと整理すべきであろう。

こうしたインクルージョンの考え方は教育や福祉だけではなく、最近ではビジネスの世界でも議論されるようになってきた。例えば、堀田恵美氏は「インクルージョンは福祉の分野から発生した言葉だが、しかし有効な企業活動や、それを通して企業が社会貢献をなすことができるかを見通したときに、インクルージョンは大変大きな手掛かりを持っている」と指摘している。

その整理に従えば、インクルージョンは「異なる社会文化、個人的特質など様々な要素から起きる暗黙的な排斥や区別を取り払い、誰もが対等な関係で関わり合い、社会や組織に参加する機会を提供することを目指す」ものであるとしている。

当初は多様性のない状態で、他の一定集団とは違う特質を持った人々はその集団から排除されるか、あるいはその集団に対して跪く形で同化するしかその集団には属せないが、次に多様性が承認される社会集団となる。しかし、それはその集団の中に存在することが許されるだけで、暗黙的な排斥やあるいは区別がまだ残っている。そして、その段階を越えて、一人ひとりが自分らしい貢献ができることが可能な機会、またそうした機会が提供され育成されるということを通して初めてインクルージョンが実現するという。

ここでいう多様性とインクルージョンを手掛かりに障害者の権利について検討すると、ロバート・ボクダンは米国と北欧の障害者の権利の把握について、そのニュアンスの違いを指摘している。米国では障害者は障害者であるからこそ、つまり普通の市民とは異なるからその権利が優先されるべきであるとして、アファーマティブアクションのような対応が行われる。一方、北欧では障害者は他の市民と違っているのではなく、同じ人間であるから、適正な生活保障を得る権利があると考えられている。スウェーデンの社会サービス法の第1条第1項は「社会サービスは、民主主義と連帯の精神に基づき人間の経済力と社会的安心感の向上、生活条件の平等化と積極的な社会参加を促進するものである」と述べ、社会サービスは、年齢や障害の有無にかかわりなくニーズをもつ人にあまねく提供されることが原則である。

障害者の権利について、わが国でも障害者自立支援法の議論が沸騰した時、米国のピープルファーストのスローガン"Nothing about mewithout me"がさかんに引用された。障害をもつ人が同じ国民、市民として同様の権利をもって議論するのは当然である。しかし、一方で、障害者のことは障害当事者者にしかわからない。だから障害者にすべてを委ねるべきであるという議論さえあった。インクルージョンの思想は社会の構成員の互いが当事者として、平等、対等に社会のあり方を考えようということであり、その議論の中で、インクルーシブな地域生活を実現する道筋を共有することが重要ではないか。

3.インクルーシブな地域生活を支援する実践的課題

(1) 埼玉県東松山市における「ともに暮らすまちづくり」

東松山市は埼玉県西部地域に位置し、人口約9万人余りの小都市で、周辺の郡部を合わせて20万人余りの地域を構成し自立支援協議会を組織している。現行の東松山市の障害者計画は障害者基本法にいう「障害者計画」と自立支援法による「障害福祉計画」を一体的に作成したものである。この計画は立案当初から「市民福祉プラン・ひがしまつやま」と命名されており、その前文には「手帳所持の有無にかかわらず、市民であれば誰でも利用できるサービス体制の構築を目指す」と明記し、自立支援協議会を推進エンジンとして、インクルーシブな地域社会づくりへの取り組みを進めていく憲章として位置づけられている。

計画は、福祉課等が所管の障害者向けに特化した施策を羅列するのではなく、市役所内の各課が所管する一般施策の中に障害児者が使えるサービスを位置づけていくために、例えば、「障害児保育の充実」を削除し、「育ち合う保育所づくり」と表現し、インクルーシブな保育所づくりを障害児福祉施策ではなく児童施策として対応することとした。つまりユニバーサルデザインの社会、地域づくりを「ともに暮らすまち・東松山」を合い言葉に進めようとしているのである。

障害の有無に関わりなく、誰もが必要な時に利用できるサービス、例えばケガをした市民が一時的に利用することができるホームヘルプサービスがあってもよいし、障害のある子だけが対応してもらえるのではなく、核家族で子育てに不安のある人も同じように、必要に応じて緊急的な一時預かりが実現できるようにすることなどが求められる。こうしたサービス体系の整備を特定の人だけではなく地域社会全体で共有できるまちへ変貌することが「ともに暮らすまち東松山の実現」の意味するところである。

計画は6つの柱で構成されている。その一つは「育ちあう学びの基盤づくり」である。この項目が掲げる目標は、障害の有無に関わらず、子どもたちが地域内で一緒に育ちあい、学びあうことを確立するため、その環境をソフトとハードの両面から整える具体的な取り組みを明確にしていくことである。東松山市は学校教育法上の 「就学支援委員会」を廃止し、学校選択権を全面的に保護者に委任した。つまり、特別支援学校、地域の小中学校の普通学級、もしくは特別支援学校の3つの選択肢の中からどれを選ぶことも、その権限は保護者に委ねることを制度として保障したのである。

それに基づいて、それらの子どもたちが、それぞれの学校で行き届いた教育を受けることが制度として保障されることが必要であり、例外なく就学支援のための介助員が配置される。かねてから就学前の子どもには、保育所に加配保育士や、あるいは医療的ケアが必要な子どものためには看護師の加配が行われており、必然的に地域の小学校への就学希望が増加し、その就学支援体制が整えられてきたのである。こうした取り組みのゴールは、当事者を含め、関係する誰もが「共に育つ」ことに関する共通の価値観を分け合うようになることである。こうしたインクルーシブなまちづくりは道半ばではあるが、この道を歩み続けることにより、いつかもっと広くて平坦な道になるだろうと確信している。

(2)自立支援協議会の使命と役割

結局、先の国会で改正案が廃案となり、おそらくは起きるであろう政権交代下で先の見えない障害者自立支援法だが、改正案では自立支援協議会を法的に位置づけることになり、その役割の明確化と強化が求められている。自立支援協議会はすでに多くの自治体で設置されているが、開店休業状態で機能していないものも少なくないと言われている。

東松山市においては、自立支援協議会は年に2回の全体会を開催しているが、必要な課題ごとにプロジェクトチームを設置し、その下でのワーキンググループが月1回の定例会を開いて活動している。現在、以下の3つの課題、<1>精神病院や入所施設からの退院、対処を促進する、<2>学校卒業後の進路について就労と地域生活を安定させる卒後を検討する、<3>障害のある子どもたちの乳児期からの発達、教育に関わる療育支援、についてプロジェクトチームが置かれている。このうちの一つである学校卒業後の進路支援検討プロジェクトについては、一般就労を希望する人、あるいは、日中活動として、作業所などでの活動を希望する人のために各事業に参画するフォーラムを開き、あるいは社会人として活動するための「心構え」のためのフォーラム開催を計画し、一方で「進路支援連絡会議」を組織して、これらを両輪として、利用者自身の参加も促進しながら活動を広げている。こうしたプロジェクトチームには、当事者の参加が保障されていることは言うまでもない。

人口9万という小都市の利点を生かし、プロジェクトチームは該当者の一人ひとりの顔と名前を挙げながら具体的に状況を把握し共有しながら議論できるため有効に実体的に機能する可能性を持っている。今後、さらに「権利擁護」と「障害問題に関する理解の促進」に関するプロジェクトを立ち上げることを検討しているところである。また今後、自立支援協議会は、より幅広く市民の参加を呼びかけながら、まさにインクルーシブな地域生活を実現していくエンジンとして、大事に育てていかなければならない。

冒頭に述べたように、インクルーシブな地域生活の支援とは、この間、わが国がとってきた経済成長依存型、つまり、あたかも「繁栄の余録」によって、福祉サービスをばらまくかのようなスタンスと明確に決別して、地域社会の構成員である地域住民、地域住民の中には障害のある人も含まれているのは当然だが、その人たちの意思で自らの地域社会をどのようにつくるかという命題そのものである。

そのために決定的に重要なのは、地方分権、地域主権の確立であり、権限と財源を地方自治体に委譲させ、その中で、行政が地域住民とのパートナーシップを築き上げ、地域社会づくりに意欲を持って取り組めるようなモチベーションを地域住民の中にしっかりと根付かせていくことが課題となる。明日の総選挙で何が起こるか、それ以降の日本がどう変わっていけるのか。極めて興味深いことである。

 

【参考文献】

・佐藤進、「なぜ今、連携なのか」、『IPWを学ぶ』中央法規、 2009

・堀田恵美、『ダイバーシティに変わるキーワード"インクルージョン"』、「企業と人材」、 産労総合研究所、2008

・ロバート・ボクダン、『北欧型福祉国家における障害者施策』、「北欧の知的障害者」、 青木書店、 1999

・馬場寛『、 社会サービス法』「スウェーデンの社会サービス法/LSS法」、樹芸書房、 1997