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特別講演 中江 公平

NHK編成局計画管理部

はじめに

NHK編成局計画管理部の中江です。NHKでバリアフリー放送の総括をする役割をしています。本日はこのように皆様の前でお話させていただける機会をいただき、ありがとうございます。

さて今、海の向こう、カナダのバンクーバーでは連日オリンピックの熱戦が続いています。バンクーバーオリンピックもあと2日を残すのみです。昨日、女子フィギュアスケートの浅田真央さんをテレビやラジオで応援された方も多いのではないでしょうか。19歳の日本人女性が世界の舞台で活躍する姿に多くの人が感動をもらいました。NHKでは今回のバンクーバーオリンピックでも、生中継に字幕をつける努力をし、これまでのオリンピックより多くの字幕を中継につけるようにしています。

生中継に字幕をつけることは、まだまだ技術的に容易ではありません。総務省の最初の行政の方針にも、生中継の字幕放送は含まれていませんでした。高度に情報処理技術が進んだ現在にあっても人間の音声を完全に自動で認識できる音声自動認識装置は、残念ながらいまだに実現されていません。

しかしながらNHKは公共放送の使命として、生中継の字幕番組に早くから取り組み、ニュースやスポーツの中継、あるいは紅白歌合戦など、生放送の番組に字幕をつけることをしてきました。

具体的にはスピードワープロを利用したり、半自動の音声認識装置を駆使することで生放送に字幕付与しています。

オリンピックはあと2日で終わりますが、2週間後、3月12日からはバンクーバーでパラリンピックが始まります。NHKはこれまでもパラリンピックを放送してきましたが、今回も教育テレビでは解説放送つきで、総合テレビでは解説放送と字幕放送つきで放送します。障害者の方々のスポーツの祭典であるパラリンピック。その放送を本格的に検討しましたのは、15年前、1996年のアトランタオリンピックのときでした。

私は当時、現地アトランタでパラリンピックの関係者とお会いして、パラリンピックの組織委員会の方、大会ボランティアの方々のパラリンピックに寄せる思いや熱意に感動を受けたことをよく覚えています。パラリンピックの実際の放送はアトランタでの打ち合わせを経て、翌々年、1998年の長野パラリンピックから放送を開始しました。

NHKは人に優しい放送の実現を、公共放送の大切な使命ととらえて努力を続けています。

「人に優しい」というのは障害者の方々や子ども、お年寄りにとって、見やすく聞きやすく、わかりやすく、また安心して放送をお楽しみいただけることを目指すことです。バリアフリー放送は視覚障害の方や聴覚障害の方のために非常に重要なものであると同時に、急速に高齢化が進む日本では、お年寄りの視聴者に対して放送を見やすく、聞きやすくすることもこれから重要になります。NHKは総務省の新しい行政指針にも則って字幕・解説放送の拡充に努めていきたいと思っています。

順を追って、NHKの現在のバリアフリー放送について説明します。

字幕放送について

まずNHKの字幕放送について、お話しいたします。NHKが字幕放送を開始したのは、昭和60年です。朝の連続テレビ小説、「いちばん太鼓」でした。

平成6年にはすべてのドラマを字幕化しました。その後、平成12年にニュースの生字幕放送を開始しました。平成18年には総務省のかつての行政指針の目標、つまり生中継を除いたものすべてに字幕をつけるという目標を、目標年次よりも1年前倒しして100%達成しています。

平成20年からは、総務省からご紹介がありました新たな字幕放送の行政指針において、一部の番組を除いて、生放送を含めたすべての番組に字幕をつけることが目標とされました。

NHKは自ら字幕放送拡充計画を策定して、目的達成のために着実に努力しています。

昨年からは、生放送の「クローズアップ現代」に字幕を付け始めました。これも昨年ですが「週刊こどもニュース」にもつけています。新年度からは、生放送の「スタジオパークからこんにちは」や、同じく生放送の「お元気ですか日本列島」などに新たに字幕を付与していく予定です。

ここで一言、字幕に関して申しあげておきたいのですが、現在のNHKの放送に対する字幕放送の割合は、実は民放に比べると低い値になっています。その理由は、実はNHKはほとんどすべての番組に対して字幕をつけていくという高い目標を自ら掲げているからです。

ほとんど全部の番組に例外を設けずに今後字幕をつけていくというハードルを自ら課して、その結果として現時点での字幕の割合が低く見えているということをどうかご理解いただければと思います。

解説放送について

次に解説放送についてお話しします。2006年の厚生労働省の調査では、視覚障害者の方が情報を得ているメディアの第一位はテレビでした。また日本盲人会連合の調査では、視覚障害者の92%の方がテレビから情報を入手しているとお答えになっています。われわれ放送局はこの事実を十分に認識する必要があります。NHKは副音声でコメントを入れる解説放送を平成2年にドラマ番組で開始しました。

翌年平成3年には教育番組の「セサミストリート」で解説放送を始め、その後、着実に解説放送を拡大しています。昨年は「ためしてガッテン」、「笑いがいちばん」という番組で解説放送を始めました。新年度4月からは「爆笑問題のニッポンの教養」や、「こだわり人物伝」「仕事学のすすめ」などで解説放送を開始予定です。これによって解説放送ほ行う番組数は47に拡大します。先ほども総務省からご紹介がありましたが、新たな行政の指針では、解説放送にも数値目標が掲げられました。

平成22年度、新年度のNHKの放送における解説放送の割合は総合テレビで8.3%、教育テレビで11.2%になります。

今後も解説放送の拡充に努力してまいります。デジタル放送が始まったおかげで、ステレオの番組にも解説放送を行えるようになりました。アナログのときは音声チャンネルが足りなかったので、ステレオの放送には解説は技術的につけられませんでしたが、デジタル放送になりステレオの番組にも解説放送が行えるようになりました。大河ドラマといったステレオ番組で解説放送を楽しんでいただけるようになったことは非常に大きな前進です。

手話番組について

次に手話番組についてお話しします。NHKは通常の番組に手話を付与して放送するのではなく、手話で放送すること自体を目的とした手話番組として、手話を放送しています。手話番組として放送しているのは、「NHK手話ニュース」「こども手話ウイークリー」「NHKみんなの手話」「ろうを生きる 難聴を生きる」などです。1週間に7番組、合計で3時間45分のニュースや番組を放送しております。

手話に関しましては、残念ながらと申しあげますが、デジタル放送の機能としては盛り込まれていません。これは海外のデジタル放送の規格でも同様ではあります。しかしやはり手話を必要とされる方にとっては残念に思われて致し方ないことであると思っています。

字幕放送というのは文字情報であって、解説放送は音声です。それに比べて手話というのは映像の情報ですので、番組に付加して放送することは、残念ながら、もともと若干技術的な問題はあります。現時点で字幕などと同様に手話を放送できる可能性が最も高いのは、手話の映像を放送で送るのではなく、インターネットやあるいは衛星回線を使った別のルートで家庭まで送り届け、その手話を放送とあわせて一緒にして見る方法が考えられます。

NHKの技術研究所でもこの方法が提起されています。また、CS障害者放送統一機構ではこのシステムを実現しています。今後の発展が望まれると思っています。一気にインターネットの環境は普及していますのでそのような回線を使ったサービスが考えられます。

重要なポイントとして、今年はじめから施行された改正著作権法が障害者団体に新しい道を開いたことがあります。著作権をある程度自由に解釈できるようになったことです。皆さんのご努力が社会環境を変えた非常にいい例だと思っています。

NHK放送技術研究所における研究開発について

このフォーラムは、バリアフリーの今後を考えることがテーマですので、NHKの技術研究所についてお話しします。NHK放送技術研究所は障害者の方々が高度な放送サービスを楽しめる情報バリアフリーに向けた技術の研究開発を積極的に進めています。世田谷区の砧にある研究所は、公共放送の研究設備として放送や通信に関する新しい技術の研究を行うための、世界的にもまれな機関です。受信料を財源とする公共放送が、視聴者のために新しい放送サービスの研究を行うものです。大きく2つに研究は分かれています。基礎研究と応用研究です。基礎研究とは人間の感覚の研究や、電子的な材料などの基礎的な研究です。例えば、人間の視覚や聴覚、触覚、触った感覚などの研究、様々な電子的な材料の特性の研究をしています。この基礎研究はすぐに新しいサービスや新しい機械の開発に結びつくものではありませんが、開発の基礎になる非常に重要な研究です。一方の応用研究は放送局や家庭で使うことを目的にした新しいシステムや機械、サービスを開発するものです。これを応用研究と言います。NHKの技術研究所は、この基礎研究と応用研究の双方でバリアフリーに向けた研究を行ってます。

例をご紹介します。基礎研究の例として、最近では、難しい言葉ですが「触覚の受容特性を考慮した受動的六指点字方式の最適刺激評価」についての研究を行っています。視覚障害者や盲ろうの方に、データ放送、字幕放送を楽しんでもらうために触覚のどんなインターフェースがいいのかを研究したものです。触覚に関係するものとして、三次元オブジェクト(物体)の形状を触覚で認知するための研究も行っています。どのようにすれば触覚で三次元の物体が正しく認知できるか、そのための方法として最適なものはどういうものかという研究です。あるいは、伝達情報を視覚、聴覚、触覚で別々に伝えるために元々の情報を変換するための非常に大きなシステムを想定して、それはどうあるべきかの基礎的な研究を行っています。

一方の応用研究の例として、データ放送などを対象として、触覚ナビ、光学式のタッチパネルを搭載した触覚ディスプレイ、あるいは、放送局側で使うものですが、解説放送でコメント、解説をつくるための解説付加音声生成装置や、解説付加音声生成プログラムを開発しています。細かい研究の話ですみません。受信料収入が実は伸び悩んでいまして、NHKの財政も決して豊ではありませんが、情報バリアフリーの重要性が今後増していく中、NHK放送技術研究所は今後さらに重要になります。新しい技術の研究開発で先導的な役割を果たすことをNHKの使命として、障害者や高齢者のために人にやさしい技術、バリアフリー技術の研究と開発を進めていきたいと思っています。

今後の技術開発への展望

障害者の方々のためのバリアフリーの技術開発には、実は様々な壁もあります。開発を誰がどの予算で行うのか。何を開発するのか。誰が決定するのか。開発されたものを使ってどのように放送や通信で家庭まで送り届けるのか。新しい仕組みをどのように規格化して統一していくのか。また、受信するために新しい機械が必要に成る場合その費用を誰がどのように負担するのかなど、さまざまな課題があります。

しかし、障害者の方々のための研究や開発、バリアフリーのための研究や開発、ユニバーサルデザインを目指した研究や開発を行っていくことは非常に重要だという認識をする必要があります。なぜなら、その成果は実は障害者の皆様に直接役立ち、さらにそこに留まらず、他の分野へのさまざまな応用の可能性も持っているからです。パソコンの世界ではユニバーサルデザインの先駆的な役割をアップルコンピュータが果たしていました。早くから画面の表示や入力機器のユニバーサルデザイン化に取り組みました。そのことが結果的に、パソコンの発展に少なからずよい影響を与えました。

タッチパネルの今後の進化に関しても、ユニバーサルデザイン、バリアフリーデザインの新たな可能性が見えていると思っています。声で操作を行ったり、触った感覚で操作を行うといった技術は、直接的に障害者に役に立つものであると同時に、障害者の方々以外にとっても新しく使いやすい、非常に価値のあるインタフェースになる可能性があります。

このような技術の発展は経済のグローバル化の中で揺れる日本経済にとっても今後の発展に寄与する可能性を秘めていると思っています。

今日本は製造産業から情報産業へと大きく変革していかざるを得ない状況にあり、そういう日本にとって、バリアフリー、あるいはユニバーサルデザインの研究と開発は高い価値があるものになっていくと思っています。

本日はここまでお聞きいただき、ありがとうございました。このフォーラムでは国連の障害者権利条約が大きなテーマになっています。障害者権利条約の考え方が世界的規模で生まれることにより、私たちの社会はさらに前に向かって進歩していくことができるのではないかと思う次第です。ご清聴ありがとうございました。