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平成18 年度 DAISY を中心とした情報支援普及啓発事業
障害者への情報支援普及・啓発シンポジウム
-DAISY を中心として-

【講演2】「ディスレクシアなど学習障害に必要な支援」

講演を行う神山忠氏の写真

神山忠( 岐阜市立岐阜養護学校教諭)

皆さん、こんにちは。岐阜からきました神山といいます。座って話すのがなかなか苦手で、多動なので、ちょっと立って話させていただきます。
私自身、ちょっと読みにチャレンジがあるというか、ディスレクシアというか、文字がなかなか読めない特性があります。その特性のために、小学校、中学校、ずっと苦労してきて、なかなか自尊心、自尊感情が持てなかったんです。その自分の自己紹介がてら、どんなんがディスレクシア、読み障害というものかというのを知ってもらえたらな、と思います。
まず私が文字を見たときに、白いキャンバスにこうやって黒胡麻や黒大豆がばらまかれて いるような、こんなふうに見えます。

LIFE

「はい、これ読んで、早く読んで」って言われて、どれくらいの方が読めます?  ちょっと手を挙げてもらえますか。
あ、かなり挙がりますね。今挙がっていない方というのは、すごいバクバクしますよね、 気持ちが。
その状態でずっと授業を受け続けてきました。
どこでつまずいているかをわかってもらって、支援さえもらえれば、これも、あ、そうか。白に目 をやるんやな「、ライフ」か、というふうになってくるわけなんです。

LIFE

文字が図のように見えたりします。
これも「、早く読んで早く読んで」なんて言われてもなかなかわかりませんよね。
でも先ほどのように、そういえば上と下を隠して、注目する部分をどちらかわかればいいん やなということで、支援さえもらえれば、あ「、こころ」か、というふうに読めてきます。

ココロ

じゃあ、これを皆さんで読んでいただけますか。大丈夫ですか? じゃ、せーの。

ヨロコビ

ーーー会場から大きく”よろこび”と読む声)ーーー
はい、ありがとうございます。
今のように、支援さえもらえて、読めた時ってすごい嬉しいんですよ。
それも、なかなかいい支援ももらえず、ダメやダメやと言われてきて、すごい傷ついたのですが、実際に文字を見たときにこんなんで、

水墨のような文字

あ、水墨画かなあと思って文字だ文字だ文字だ、黒に目をやると読めることが多いから、ま ず黒を見ようと思って見てもなかなかこれから読み出そうと思っても難しくて、上下左右を 隠すと読めるという、そんな状態です。
でもこれも拾い読みしかできないんですけれど。そんな私がこれ

人の頭のような文字

を見たときに、ああ、D N A の配列かなあなんては思わずに、人の頭だな、きっと……とぱっと 見て思います。だから私としては図としてとらえやすいのかな、文字ではなくて、というそうい う特性かなと思います。これも

魚のような文字

数学記号の並びかな、じゃなくて、ああ、魚か、3 匹おるな……とそんなふうに感じます。
文字のフォントの種類によっても読みやすい字、読みにくい字というのがありまして、なんか 太さが違いますよね。

支援(明朝体)

僕は車を運転するのが好きで地図をよく見るのですが、こっちが優先道路でこっちから来 たら絶対ここで止まらなあかんなとか、そういうふうに文字を地図として思っちゃったり、あ と端っこに三角形があって、この三つの三角形、これが一番きれいだなとか、そんなことを考 えてなかなか文字として見ることができないので、丸ゴシックとかゴシック体なら比較的 拾い読みしやすいというか、文字として見やすい特性があります。

支援(丸ゴシック)

これは小学校2 年生のときにあった話なのですが、先生が2 0 分休みの前、2 時間目が終 わって黒板に「今日は天気がいいので外で体育をします」
と、縦書きに平仮名で書かれて、休み時間に出ていかれて、3 時間目に僕は外に出ていけず で叱られたんですけど、この絵を拾い読みで「今日は天気がいいので」と読めるのだけれど、 なかなか意味のあるものとして、メッセージとして受け取れません。
拾い読みできるのなら読んだものを耳で聞いて理解できるのではないの?
と言われるのですが、そこまで、拾い読みすることだけで自分のキャパというか能力、集中力 を全部使っていて、耳で聞く、そこまで余裕がないというそんな状況です。

今日は天気がいいので

きょう/は/てんき/が/いいので

どうやって読めるかというと、もう目で追わなくてもいい、暗記状態まで読んで、やっと理解す る、そういう余裕がでてきて、文字が意味のあるものとして理解できるというような感じで す。

では、そんな私がどうすればいいかというと、上はぎゅうぎゅう詰めですよね。これだとどこ で切れているのかがわからないので、分かち書きにすると、あ、ここが一つの意味のあるまと まりだということがわかるので、こんなふうに支援してもらえるとよかったかな、と思っていま す。

きょうはてんきがいいので

いろいろな文章、もう印刷されているので分かち書きにできないので、赤ペンで斜線をひ いて分かち書きにしながら理解していました。
これが上と下の違い、ちょっとわかってもらえますかね。
上は「てにをは」も切れていて、下は「てにをは」が一緒になっていますよね。
この下で切って理解ができるようになったのが、中学校に入ってからです。

きょう/は//てんき/が/いいので

それには理由がありまして、なんか中学校に入ったらみんな「I , m y , m e , m i n e」とか覚えましたよね。

I my me

あ、そうか「。I 」一文字で「私は」なんだ、と。
今まで「私」というイメージと「は」を別々に考えていたけど「、I 」一文字で「私は」ということは、日本語でも一緒で「私は」で一つのイメージ、意味のあるものとしてとらえていいのだと思っ て、それから先ほどのこの切り方でもわかるようになってきました。

そんな私でしたので、小学校3 年のときの話なのですが、メモで先生から
「たいことばちをもってきて」と書かれたものを渡されて、前から意味のあるところ、どこかな あと、いろいろ切っていったんですよ。

そうしたら「、たい、ことば、ちをもってきて」と読んでしまって、え、今日の給食は鯛が出るの、すごいなあ。
ことばは図書館かな、血は保健室かなあ、理科室かなあ、北舎の3 階と南舎の1階とどうやってまわってくるといいかなあ……とか考えていたら、授業が始まるチャイムが鳴っちゃって、「もう神山君は愚図でなにをやらせてもダメやねえ」と叱られてしまいましたが、なかなか、正 しいところで切ることさえ難しい私でした。

たいことばちをもってきて

この頃の私というのは「、と」のイメージと「の」のイメージがなかなかわからずで、クラスを見て、「あ、今太鼓は足りているから太鼓のバチを持ってくればいいのかな」とか「、あ、両方足りないから両方とも持ってこなあかんな」とか、そんなふうに意味がわからない部分を周りの状況 から把握して補うような感じで生活していました。
こちらが「太鼓とバチ」の、私の頭の中のイメージで、こちらが「太鼓のバチ」のイメージです。

太鼓とバチ

数年前にやっと気がついたのですけれど、私はいろいろなことを聞いて、すべて頭でイメージ化、図にして理解するのですけれど、他の方はなんか聞いたらすぐわかるようなことを聞いて、あ、人それぞれ理解の仕方にいろんな違いがあるんだなということに気づきましたが、私は一個一個、イメージを頭に浮かべて理解しています。
そんな私は縦書きの字がなかなか読めずで、これを

新聞(縦書き)

ぱっと見たらもう、この横書きならなんとか拾い読みできるけど縦書きはなかなか読め ずで、国語の教科書というのもずうっと縦書きで苦しめられて、小学校6 年生、中1の頃何を 思っていたかというと、朝起きたら目が縦に並んどってくれないかなあ、ひょっとして僕でも 目が縦に並んでいれば縦書きの字が読めるじゃないかなあ、そんなふうに思って寝るので すけれども、朝起きて顔を洗いに行くと、今日もまた読めずで恥ずかしい思いをせなあかん なあというような感じでがっくりして学校のほうに向かっていましたが、そこまで追い込まれ ていました。 これを

t h i s i s p e n(縦書き)

皆さんも上からt h i s i s p e nと拾い読みしたとしても、意味はなかなかわからないですよ ね。パッと読んで意味がわかった方はどのくらいみえます?

- - - 会場の約3 分の1くらいの手が挙がる- - -

あ、けっこう多いですね。ありがとうございます。日本語表記って、縦書きでぎゅうぎゅう詰め、 こういう感じですよね。これがまた、横書きなら、

t h i s i s p e n(横書き)

あ、なんや、さっきのあれかと思われた方も出てくると思いますけど、こうしたほうがよりわか りますよね。

だから、日本語表記にはこういう落とし穴もあるのかな、そういうところをわかって学校で は教えていく必要があるのかな、なんて思っています。 自分の認識のパターンを考えてみたのですけど、文字として目で認識した場合は、文字と 音のマッチングを脳でして、口から音声化することはできる。だけど、音とのマッチングなの でそれは意味とはつながらずで、マッチング作業に一所懸命になっているのでそれを耳で 聞いて

それは意味とはつながらずで、マッチング作業に一所懸命になっているので、それを耳で聞 いて理解する、そういう回路はたぶん僕には備わっていないのかな。そうではなくて、目で 字面として認識すると、字面なのでイメージなので、このイメージとこのイメージということで、 図とマッチングできて理解はできるのかな。だけど、図とマッチングするので音声化はでき ないのかな、だから音読は特にできないのかな、なんて勝手に思っていますが、なんかそう いう感じなのかな、と自分で思っています。

マッチング作業イメージ

小学校4 年生のときに「班ノート」というのが始まりまして、毎日、班で一人ずつ持って帰って 書いて回すというノートなのですが、先生がその話の説明をして、思い出したように 「そうそう、神山君の班だけみんな平仮名で書いてあげてね」って言われたんですよ。
僕に対するすごい配慮だなんて、思いませんでした。すごく恥ずかしくて、どこかに逃げ出し たくなったのですが、実際その忠告を受けて班友はみんな平仮名で書いてくれました。
それがまたすごいハードルを高くしたというか混乱のもとになってしまって。 これを皆さん読んで

あるみかんのうえにあるみかんをもっていって

「あるみかんのうえにあるみかんをもっていって」、わかりにくいですよね、平仮名ばっかりだと。 「アルミ缶の上にある蜜柑を持っていって」

アルミ缶の上にある蜜柑の図

なのか「、アルミ缶の上にアルミ缶を持っていって」なのか、わからないですよね。

アルミ缶の上にアルミ缶の図

だから、勉強ができない人イコール平仮名というのは何か間違っているのかな、と。
私の場合は特にそういうことが言えるのかな、と。こういうふうに

アルミ缶の上に在る蜜柑/アルミ缶の上にアルミ缶

片仮名、平仮名、漢字が混じっていたほうが切れ目が、まとまりがわかるので、私にとっては理 解はしやすいです。つまり、これを

歯科医院

歯科医院と読めなくても、歯医者さんのイメージが自分の頭の中ではできるんですよ。でも学校現場では「しかいいん」とひたすら読ませられて、こんなんも読めんのかと怒られて、どんどんどんどんダメな自分なんやと、なんでこんなふうになったんかなあ、どうして生きてかなあかんのかなあ、なんてことばっかり考えていました。

あと、小学校の教科書には習った字と習っていない字がごちゃごちゃで「、ドカ」かなあと思ったら「努力」やったり「、エンアシ」かなあと思ったら「遠足」やったり、なんかそういうところで習った字、習っていない字で平仮名、漢字が熟語として使われないのでそんなところも混乱していました。

小学校の教科書には

あとよく間違える中に、字面として認識するので、田中さんと中田さんとか、ウコンとウンコと か、バンガローとガンバローとか、字面としてよく似ているものは間違えます。

よく間違える例

このあいだも娘の年賀状を見て「え、サナギさんって誰」と言ったら「ナギサさんやで」という ことで笑われたりもしたのですが、なんかまとまりとして見るので、一個一個文字として読ん でいかないので、そういう間違いが多いです。

昨年ですけれども、テレビでこれを見て

「1日西ドイツ、1日東ドイツ」と「旧西ドイツ、旧東ドイツ」

僕は、家族の前で「1日西ドイツ、1日東ドイツ」と読んでしまって笑われたのですが、それには 前振りがちゃんとあって、古舘伊知郎のワールドカップ応援弾丸ツアー、弾丸ツアーですぐ 行って帰ってくるんやなというような予備知識が頭に入ってしまって「、1日」と読んでしまった、 と。小学校時代、教室の雰囲気でなんかわからない部分を補っていた、そういうものがいま だにあるのかなあ、なんて思います。これも

コンソメついに結婚

ちょっと笑われたのですが「、コンソメついに結婚」、え、なに?って、家族にも笑われたのですが、よく見てみたら「ユンソナ」やったということで、なんか字面として似ているので間違えてしま います。

ユンソナ

だから実際にどういうふうにやっているかというと、こういう幅の違うスリットを厚紙で作っ て準備して、

スリットの入った厚紙

合うものを当てて、左右は指で隠してその間から見えるようにして文字を読んでいるとい う状況です。

左右は指で隠してその間から見えるようにして文字を読んでいる

苦手なことに、ここに来るまでも駅の柱に書かれている縦書きのものとか、お寿司屋さんの縦書きとか、本屋さんなんか背表紙、レンタルビデオも背表紙は縦書きですよね。
その中から自分の欲しいものを選び出すなんていうのはなかなか大変なことです。でも、私にとって、フローチャートにであった時に、なんてこれってわかりやすいの、この条件が入ったらこうで、Y E SやったらこうでN O やったらもう1回で、このフローチャートに出会った時に、なんで文章をぜんぶこうしないの、と思ったんですよ。

フローチャート

だから、そのときのクラスのほとんどはフローチャートに悩まされていたのですが、逆に僕は これに出会って、こうすれば、こういう感じで理解していけば入ってくるんだなということは ちょっと思えて、自信になりました。
だからパソコンでプログラムを作ったりもするのですが、そういうのは比較的得意なほう です。

小学校時代のことも思い出してみると、小学校2 年生のときに読み物をもらって、今日は1 時間自分でこれを読んでくださいということでもらったのですが、4 0 分くらい経って先生が ずうっとまわってきて、ちょうど後ろからきて、このへんから「神山君、まだこんなところ?」と言 われてしまって、そうしたらクラスの周りにいた子が「うわあ、まだこんなとこや」と。
「俺もう2 回目読んだのに、うわあ」って言ってみんなすごい馬鹿にしてきて、僕は一所懸命前 からまとまりがあるところを探して探して一所懸命読んでいて、実際は4 行目の上から3 分 の1くらいのところを指で押さえていたのですが、なんかすごい悔しくて「、絶対この指は離さ へんぞ、離したらどこまで読んだかわからんくなってまうで」と思っていた指も離して机の下 に持っていってグウッと握りしめして震えていました。
目でも読む文字を追っていたのですが、プールの底に書いた文字のようにだんだんだんだ ん揺れてきて、大粒の涙がぼろっと出てしまって、もうそのときに絶対本なんか読まへん、こ んな苦労をしてもいいことあらへんので絶対読まへん、なんて思ってしまいました。

小学校時代に言われてつらかったこと

あと小学校時代につらかったのが「、目を見て話を聞きなさい」ということをよく言われて、 頭の中でイメージを組み合わせて理解する私にとって、目から違うイメージが入ってくると、 頭の中でイメージを組み立てるのに邪魔になってしまうんですよ。
だから目をそらして話を聞かないと理解できないのに「、失礼やぞ、誰の話を聞いとるんや」 ということで怒鳴られて叱られて、というところがつらかったなと思います。
廊下に立っていなさいということもしょっちゅう言われて、行っていました。いろいろなことも 言われましたが、あのとき「まだこんなところ」ではなくて「、神山君ここまでだったけど、主人 公の気持ちを大事にして読んだよね」、なんて言ってもらったらまた違った人生があったかな、 なんて思いますし。

あと、廊下に立ってなさいと言われて、いいことがあったんですね。廊下に行くとずっと立って いなくて、用務員さんのところに行っていました。
そうすると用務員さんが「、おお、また来たか、あそこのトイレの扉なあ、壊れとってなあ、わし 一人じゃよう直さんくてな、困っとったんやて、ちょっと一緒に行って直さんめぇ」なんて言って 手伝わせてもらって、直って戻ってきてお茶を入れてもらいながら「、お前のおかげであそこ も直ったわ」なんて言ってもらって、自分も生きとってんやな、学校来てんやな、なんていうこと を用務員さんのおじさんがいてくれたから思えて、なんとか学校に行けたかな、なんて思い ます。

中学校時代になると、毎日のように国語があって本当につらかったのですが、明日本読みが あるとなると、まず赤ペンで区切りをつけるところから始まるんですよ、私の本読みの練習は。 中学校の国語の読み物になると何ページにもわたっていて、区切るだけで1時間半くらいか かってしまって、それも正しいところでなかなか区切れないので教科書が真っ赤っかになる んですよ。

1時間半かけて区切って、また読みの練習をして3 時間くらい合計でかけてもなかなか読め なくて、学校であてられて読むと詰まり詰まりで、先生から出る言葉は「努力が足りん」「、10 回読んでダメなら10 0 回、10 0 回読んでダメなら1, 0 0 0 回読んでこんか」、と「。お前こんな教 科書を赤で落書きばかりして大事にせんで」ってすごい怒られて。僕はなんとかみんなに ついていきたいとこんなにやったのに、と言いたくてもなかなか言えずで、ぐっとこらえてい ましたが、本当にみんなの前で叱られることが多かったです。
いろんなことも言われたのですが、努力が足りんとみんなの前で叱られる前に、前日に「おい、 神山明日本読みあるで、こっからここ3 行だけでいいで読んでこい、なんとかわし、ここが当 たるように回すで」とか、言ってもらえたらよかったかな、みんな同じ量の読書練習をするの ではなくて、この子にはこれだけという提示の仕方もあってよかったかな、なんて思います。

中学校時代に言われてつらかったこと

家でもいろいろ言われてつらかったのですけれど、高校を出て、高校の時にちょっと大きな 事件をやってしまって、保護観察とかもらってしまって、なんでこんなになったんかなあと考 えたときに、先生のせい、親のせい、いろいろ考えたのですが、まずは自分を叩き直さなあか んなと思って、自衛隊に入りました。

自衛隊に入ると保護観察が消えるというのも一個発見したのでそれも大きかったのです けれど、実際自衛隊に入ってみると、文字は少なくて、ほとんどもう秘密保持で文字は少 なくて、言葉と実際のものを触って、イメージで考える私にとって「触って」とか「実際に触れて」、「操作しながら」というのはすごい理解が進んで「、この学習方法なら自分でもできるんだ」と いう自信が持てました。

自衛隊では

よく言われたのは「見て盗め」というのも言われて、そういうのも自分にとっては獲得しやす い方法でした。入ってすぐに地雷の埋設を一人で任せられたり、2 年目に対空機関銃、偵察 機なんかを撃ち落とすものを任せられたり、2 0 歳でジープ1台もらったり、小型戦車をも らったり、最後には観閲式、パレードの時に戦車に乗らせてもらったりということで、自分に 合った学習方法を身につけることで自信になっていきました。

自衛隊時代の神山忠氏の写真

それまでは親のせい、先生のせいにしていたのですけれど、これではいかんと思って自衛隊 に行きながら夜間の短大に通わせてもらって、教員になろうと思って頑張りました。学校に 行くとまた文章文章で苦しんだのですが、カセットテープとカメラで板書や講義を録音、録 画してとって、なんとかみんなについて学習を進めていきました。

夜間の短大では

カセットレコーダー

なんとか教員になったのですけれど、教員になったら教員になったで、今度はいじめ的なこ とに出会いました。元人殺しの訓練を受けてきた者が教育現場に入ってきた、ちょっとみん なでなんとかしようぜ、なんてなって、いじめられたのですが。でも自分がこういう子どもた ちの気持ちがわかる先生になるんだと思って今まで一所懸命やってきました。

給料も夜間の短大の二種免ということで低かったのですけれど、そんなことは気にせずに 頑張ろうと思ってやっていますが、そういう実際の現場に、教員社会に入って感じたのは、今 の社会のシステムというのは、社会のシステムを作った人が住みやすい社会になる、そん な側面があるのではないかな。

だからといって学校で社会のシステムを作る側ばっかりの教育をしとってはいかんのじゃ ないかなあ……なんて思って、誰もが住みやすい社会、そういうものを学校現場から作り出 していかなあかんなと思って現場に立っております。

履修問題

ではどうすればいいのかと考えたときに、やはり一人ひとりの心のストライクゾーンが広がっ ていくといいのかな、いろんな人がいていい、と思うとお互いに助け合って感謝し合ってやっ ていけるのかなあ、なんて思っています。
読みがつらい子に対しても、あなたはあなたのままでいいんだよ、こんなにいいところがあ るじゃない、なんて声をかけてもらったらすごく助かるのではないかな、得意な部分を生か して生活したり、自分の理解のスタイルを理解してもらって支援してもらえたらいいのかな、 なんて思います。

心のストライクゾーンの拡大

学校現場で言うと、4月から特別支援教育ものが始まりますが、今まで以上に学び方や学 習のツールの多様化が進むといいのかな、とか、社会でも制度や公的なことでいろいろな ツールが普及していくといいのかな、なんて個人的には思っています。

心のストライクゾーンが広がると

ストライクゾーンの拡大

私が今までやってきた「読み」に対しての方法なのですけれど、まず文章をもらったらパソコ ンに起こしたりして、縦書きを横書きにします。

縦書きを横書きに

そしてそれを明朝体からゴシック体に変えます。

明朝体からゴシック体に

ゴシック体のもを、行間をあけると読みやすくなるのでパソコン上でこうします。

行間をあけると読みやすくなる

なおかつ、分かち書き、ちょっとずつまとまりがわかるように変えます。

分かち書き

そして読む時に指と指ではさむのではなくて、マウスでちょっと選択してやって反転させて ハイライト化させてそこに目が行くようにして読んだり、あとは読み上げソフトで読んだりも していますが、そんなふうにやっています。

ハイライト化