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A 序章

1. 背景

 本書は、「国際障害分類2」(ICIDH-2:International Classification of Impairments, Activities and Participation: A Manual of Dimensions of Disablement and Functioning=機能障害、活動、参加の国際分類:障害と機能の諸次元のマニュアル)である。この文書は、1980年にWHO(世界保健機関)によって、試案として発行された「国際障害分類」(ICIDH:International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicaps=機能障害、能力障害(能力低下)、社会的不利の国際分類)の改訂版に相当する。この20年間、世界中でかなり多くの使用経験が積み重ねられた。そして、さらなる保健サービスのニーズからみて、これを修正する必要性がはっきりと表れてきた。この必要を認めて、WHOは、現在の科学的な考え方とこの分野での使用という実践的なニーズの双方によって導かれつつ、たくさんの協力者とともに、世界的規模での合意形成活動を率先してはじめた(注1)。 この修正版には、多くのICIDHユーザー、専門家、WHO協力センター、国際タスクフォースから提案された変更点が採り入れられている(注2)。 このベータ1草案版は、1999年まで組織的なフィールド・テストと協議の対象とされ、その結果をもとに最終版が作られる予定である。それまでの期間中、本文書は、人々の健康とユーザーの必要によりよく役立つことを目指して、発展し進歩し続けるであろう。

 ICIDH(注3)は、「障害」と「機能(働き)」の分類であり、それは健康状態(病気、変調、傷害など)に関連する諸帰結を体系的にまとめている。「障害」と「機能」は、次の3つの次元をカバーする包括的用語である。(1)体の構造もしくは機能;(2)個人的な活動;(3)社会参加。これらの健康に関連する経験の次元を名付けると、それぞれ「機能と構造の損傷」、「活動」(以前の能力障害)、「参加」(以前の社会的不利)となる。これらの用語は、この序章でより深く定義づけられ詳しくは分類で記される。これらの「用語」が、ふだん日常使われている用法とは異なった特殊な意味で用いられていることに注意することは重要である。このため、この分類を使う人々は、各次元や、その中の細分類の属性を示す「操作的な定義」によって導かれることになる。

 ICIDH-2は、健康のさまざまな側面に適用するためにWHOによって開発された分類の「ファミリー」の一員である。分類のWHOファミリーは保健ケアについての幅広い範囲の情報(例えば、診断、障害、受診理由)をカバーし、さまざまな専門分野と科学にまたがって、世界中で健康と保健ケアについてのコミュニケーションができるような標準共通言語を提供する。

 ICIDH-2分類は、「健康状態の諸帰結」を理解するための枠組みとなる、統一的で標準的言語となることを総体的な目的としている。この分類は、「身体、個人、社会のレベルにおいて健康状態に関連して生じているすべての混乱(disturbance)」を網羅している。ICIDHは、疾病、変調や傷害を分類するものではない。それらはICD(国際疾病分類)(注4)の分類対象となる。ICIDHは、ICDとは異なったアプローチで、健康状態そのものではなく、健康状態に関連して起こり得る事象を捕らえようとしている。健康状態とは、個人を苦悩に導き、日常生活の活動を妨げ、または保健機関に相談するようになるかもしれない個人の健康の状況の変化または属性であり、それにはおそらく疾病(急性または慢性)、変調、傷害もしくは精神的外傷、あるいは妊娠、老化、ストレス、先天的異常、遺伝的素質のようなその他の健康関連状態もふくまれる。健康状態それ自体はICDで分類され、一方健康状態に関連した諸帰結がICIDHで分類される。したがって、ICDとICIDHは相補的(注5)であり、ユーザーはこの二つのWHOフ ァミリーの国際分類を必要なら一緒に利用するとよい。ICDは「診断」をするが、この情報はICIDHが、人々の身体、個人、社会レベルの「機能」に関する追加情報を提供していることで、より豊かなものとなる(注6)。逆に、個人の機能状態に関する知識は、診断の知識によって豊かになる。したがって、診断に障害を付け加えることによって、人々の健康の状況を説明するより豊富なより意義のある描写が提供される。

 障害と機能を説明し分類するために提案されたさまざまなモデルは、「医学モデル」対「社会モデル」という対立図式で表現できるかもしれない。医学モデルでは、障害という現象を直接、疾病、損傷、もしくは健康状態により生まれた「個人的な」問題としてとらえ、それは専門家による個別の治療という形で提供される医学的なケアを必要とするものとみる。障害への対処は、個人のよりよい適応と行動の変化を目標になされる。保健ケアが主な課題とみなされ、政治的なレベルにおいては、変更されるべきは保健ケア政策とされる。ところが一方障害の社会モデルではその事象を、障害を持つ人の社会への統合という視点から、主として「社会的な」問題として見ている。障害は、個人に帰属するものではなく、その多くが社会環境によって創り出されるたくさんの状態の複雑な集合体である。それゆえこの問題に取り組むには、ソーシァルアクションが求められ、社会生活のすべての分野に障害を持つ人々を完全参加させるために、環境を変更することは社会の共同責任となる。従って、課題とされるのは、社会変化を求める態度や思想の形成の問題であり、政治的なレベルにおいては人権問題とされ る。それゆえ、あらゆる意図と目的にかかわらず、この問題は高度に政治的なものとなる。

 医学モデルと社会モデルという二極のアプローチは正反対の理論ではあるが、調和のとれた総合体とみることもできよう。特に障害のさまざまな次元を「生物・心理・社会的」アプローチによって統合しようと試みるとき、このことがいえる。こうして、ICIDH-2は、国際健康分類として、生物学的なそして社会的なレベルの双方から成る健康のいろいろな次元を、首尾一貫した見方で統合しようとするものである。

 ICIDH-2は、障害をもつ人自身を含め、保健サービス分野のたくさんのユーザーにとって重要であり、さらに社会保障、保険、教育、労働、法制度やその他の分野の人にとっても重要な道具である。さまざまな専門分野と学問分野のためのコミュニケーション手段となることが期待されている。ICIDHは、臨床的状況、保健サービスの提供、社会体制、そして個人のライフスタイルを評価する役に立つ道具である。それは、機能状態を記述し、定量的データや、言語の違いから独立した共通の数字コードを提供する。このように、ICIDH-2の活用は、障害・機能と障害現象への社会の対応に関する記述と情報をより充実させ、その結果、障害を持つ人々の社会参加を促進する。例えば、ICIDH-2の社会政策面での意義には以下のことが含まれる:

  • 機会均等への努力に対する援助
  • 障害者の参加の最大化
  • 自立と選択を可能にする社会の対応方法の解明
  • 人々の生活状態と生活の質(QOL)の向上
  • 市民啓発と人々の行動の変容(例、差別と汚名の排除)

 ICIDHー2改訂の主旨は、これらの目的を達成し、有意義でユーザーに親しみやすいものとすることであった。

注1) 付録1に、修正の経過をまとめている。
注2) 謝辞に参加者(個人、研究所、機関)の名簿がのっている。
注3) この文書をとおして、ICIDHという用語はこの分類を指す一般的な用語として用いられており、ICIDH1980とは、1980年に印刷されたICIDH初版と、その1993年のはしがきつき再版の両方を指し、ICIDH-2とは、今回の版を指す。
注4) ICDー「国際疾病分類」(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 疾病と関連する健康問題の国際統計分類)第10次修正版、1ー3巻、ジュネーブ、WHO、1992ー1994年
注5) ICDとICIDHの間の相補的関係や両者の間に重複もあり得ることを理解しておくことが大切である。ICIDHもICDもともに身体の組織体系から出発している。機能障害は身体の構造と機能に関するものであり、通常「疾病経過」の一部であるので、ICD体系にも使われている。しかしながら、ICDの体系においては生物学的医学的アプローチの下で、機能障害 (兆候と症状として)を、「疾病」を形作る集合の一部として用いる。ところが一方ICIDH体系では、機能障害を障害現象の一部をなす諸帰結として用い、「生物、心理、社会」的なアプローチにまで広げている。
注6) ICIDHの使用にあたって、医学的な目的の場合には通常の診断手順を省略すべきでない。そのほかの使用においてはICIDH単独で使用し得る。


2. ICIDH-2の目的

 ICIDHー2は、さまざまな学問や異なった分野で役に立ち、障害と機能のいろいろな次元や健康を理解しコミュニケーションするための共通の枠組を提供するように作られた多目的な分類である。ICIDHー2の主要な目的は以下のようにまとめられる:

  • 健康状態の諸帰結を理解し研究する科学的な基盤を提供する(注7)
  • 健康状態の諸帰結を説明する共通言語を確立し、保健医療従事者や他の部門の専門家と障害者/障害をもつ人々との間のコミュニケーションがよりよくできるようにする。
  • その人の人生や社会への参加に対して障害の現象が及ぼす影響を理解するための基礎を提供する。
  • 各種の健康状態にある人々の社会参加を改善するようなよりよいケア、サービスを提供するため、健康状態の諸帰結を定義する。
  • 国家、保健関連の専門分野、サービス、そして時間などの垣根をこえてデータを比較することを可能にする。
  • 健康情報システムの体系的なコード化の仕組みを提供する。
  • 健康状態の諸帰結に関する研究を鼓舞する。
  • 障害をもつ人々の参加にとっての、社会の中にある促進因子と阻害因子に関するデータを収集する。

 これらの目的は、相互に関連している。なぜなら、ICIDHー2に対する必要性とその使用に関しては、いろいろな文化圏で、保健政策、サービスの品質管理そして効果測定などの目的でさまざまな人々が利用できる意義のある便利なシステムが求められているからである。

注7) 疾病と障害は「別個な」概念であり、それぞれ独立した視点からとらえることができる。すなわち、疾病(例えば、はしか、これは特定の病因と病理をもっている)は、障害(例えば、皮膚発疹、通常の日常活動をすることができないこと、伝染予防のために登校が許可されないこと)とは、別の概念である。これら二つの概念は、必ずしもお互いが予見できる一対一対応の関係にあるとはかぎらない。それぞれが独立した特徴を持っている。また障害と疾病の重さの程度も異なる概念であり、能力障害のレベルが自動的に重さの程度の指標とみなされるべきではないということも特記すべきことである。人はいろいろな重症度の疾病(つまり、喘息、ガン、糖尿病、高血圧、抑うつなどはいろいろな段階の病状を示す)にかかる。しかし、それらに関連した障害(仕事に行けないこと、通常の日常活動をすることができないことなど)は、疾病の重症度とは関連しないかもしれない。疾病の重症度は、主に原因となった病因の広がりに関連しているが、障害は、患者の身体、個人の活動、社会参加の面で引き続いて起こった機能的な変化に関連している。

   2.1 ICIDHの必要性

 歴史的にみると、20世紀の保健ケア場面における変化、すなわち急性疾患治療から慢性疾患管理への変化は、疾病だけではなく疾病・健康状態の「諸帰結」にも着目する必要をもたらした。この新しい対象の出現に対処するために、新しいパラダイムが必要とされた。

 多くの急性疾患は短期決着をつける伝染性のものであるが、これらに対しては、単純な診断的アプローチと一時的なケアが重要であった。こうして医学は主として「診断」に焦点をあててきた。慢性のそして非感染性の病気の重要性が増加し、また人口の高齢化にしたがって、生涯にわたる管理が必要となったため、「疾病の諸帰結」が重要になった。治療をするというよりもむしろ、状態の機能的な管理がゴールとなり、保健医療サービスの実施とその効果を結果によって測定することが標準とされることとなった。ICIDHー2の開発は、健康状態の諸帰結を測定するこの必要性に迫られて始まった。診断のみを基礎にしたのでは保健ケアニーズは測れないから、ICD単独の体系ではこのニーズに答えるには不十分であった。

 近年、障害をもつ人々のニーズにこたえるための社会政策問題が重視されるようになり、彼らの社会参加が公共のゴールとなり政策となった。それに応じて、障害をもつ人々が教育や交通サービス、その他の援助サービスを平等に入手することによって社会参加することができるようになるための保健ケアの社会的側面と社会的意義が重要視されてきた。したがってそれらのサービスのニーズや利用状況や利用結果を見きわめて評価するために、包括的で意義深い枠組みが必要となったのである。

   2.2 ICIDHの適用

1980年当初からICIDHはさまざまな用途に使用されてきた、例えば: 

  • 統計のための道具として--データ収集、記録(例、人口統計、住民研究と住民実態調査あるいは行政情報システム)
  • 研究のための道具として--結果測定、QOLあるいは環境要因
  • 臨床のための道具として--ニーズ・アセスメント、特定の状態への治療方法の適合、職能判定、リハビリテーション、結果評価
  • 社会政策のための道具として--社会保障計画、補償制度、政策立案と執行
  • 教育のための道具として--カリキュラム立案、市民啓発とソーシャルアクションに対するニーズの特定

 ICIDHは、保健ケアの提供、政策、財政を評価するためのデータを収集する目的で使われるので、保健ケアの実践、行政、研究、教育、政策にとって便利なものであり、世界の人々の健康の増進に貢献する。ICIDHは、広範囲の概念と用語の統一をもたらし、データの標準化とより高いレベルの比較可能性を促進したので、いわば専門分野をまたがる通貨として役立っている。分類が枝分かれしているため、シンプルな分類が必要なら個々の項目をグループにまとめることもできる。コード化のシステムによってコンピューター化が可能になる(例えば、コンピューターによる機能状態に関するケース記録)。加えて、ICIDHの教育的な有用性は、健康状態の諸帰結と参加する権利への理解を高める上でかなり大きい。

 保健部門でICIDHは、個人のレベルにおいての治療ニーズを示し、特定の状態に対して治療方法を対応させ、特定の状態へのその他の介入方法を適合させるために使われる。ケース記録に関する包括的な仕組みを提供する。

 日常の臨床場面ではICIDHの全体の構成(つまり機能障害、活動、参加)を活用することが期待されるので、そうすることによって個人の問題に対してより総合的で鋭敏な評価がなされ、より厳密な査定が可能となる。保健サービス研究においては、サービスの利用状況、入院と退院計画、結果の査定、すなわち介入の効果を記録するために使われ、その結果、保健ケア政策の発展と地域ニーズのアセスメントに役立つ。住民のレベルにおいては、人々のQOL(生活の質)を高めるために、特定の政策や保健福祉システムの中の優先順位に関する社会的なニーズを明らかにするのに役に立つだろう。動向調査、サービスへのニーズ、疫学調査などの統計をだす上での助けになる。社会と環境の中の障壁を明らかにするのに役立ち、法制度の開発や障害の社会学研究に用いられるという可能性を持っている。ICIDHは、教育、雇用、住宅、都市計画、建築、また補償や社会的援助といったような幅広い分野の社会政策にとってもふさわしいものである。このようにして、健康状態に関連した諸帰結の生理学的な、個人的な、社会的な側面を統合する概念的な枠組みとして、役に立ち、障害現象に関する 生理ー精神ー社会モデルを提供する。

 それゆえにICIDHは社会保障、保健ケアマネージメントの評価、地域、国そして国際的なレベルでの住民実態調査といったさまざまな適用場面で幅広いユーザーに用いられてきた。ICIDHは、予防と健康増進を含む社会的障壁の除去や軽減による参加の促進にも、対人保健ケアにもまた適用できる概念的な枠組みを提供している。これはまた評価と政策立案双方の面で、保健ケアシステム研究にとっても適切なものである。ICIDHは元々は健康関連の分類ではあるが、保険、社会保障、労働、教育、財政、法制度のような他の部門でも用いられている。だからこそ国連社会分類の一つとして認められ、そして障害者の機会均等化に関する標準規則(注8)と一体のものとなっているのである。こうしてICIDHは、このような、国際的な命令や各国の法令を履行するための適切な道具を提供する。

注8) 障害者の機会均等化に関する標準規則。国連総会1993年12月20日
第48回会期で採択(決議48/96)国連公共情報部発行、DPI/1454-4月1994-20M。

3. ICIDHー2の内容

 分類は、何を分類しているかが明白でなくてはならない:どの世界・領域の分類であるか、カバーする範囲、分類の単位と組み立て、各項目の相互関係など。以下にあげる記述はICIDH-2のいくつかの特質を利用者に説明するためのものである。

   3.1 ICIDHの世界

 ICIDHは健康に関連する経験の世界を取り囲んでいる。それは障害の現象、すなわち健康状態の諸帰結と機能とをとらえて分類する。したがってそれは健康の分類であり、主に健康状態の3つの側面、すなわち「身体、個人および社会のレベルでの機能」を疾病、変調、傷害その他の健康関連問題とのかかわりの下で、記述するものである。

   3.2 ICIDHの役割の範囲

 ICIDHはそれ自体、障害状況の「記述」という情報であるが、さらに情報を整理する「枠組み」を提供する。したがって、ICIDHの内容は機能と障害の記述であり、その記述の構成によって、情報を意味のある相互に関連したわかりやすい方法で表現する枠組みが示されている。

   3.3 対象範囲

 ICIDHは障害者だけに関係するものだとの誤解が広くみられるが、実際それは「全ての人」に関係する。だれでもが障害者となりうる(あるいは障害を持っているともいえる)。ICIDHでは、障害の問題とは万人共通の経験であり、ある個人やグループを他の人から区別する特性とはみなされない。すべての健康状態の、身体、個人、および社会のレベルでの帰結が、ICIDHをつかって記述される。したがってICIDHは「普遍的対象範囲」をもつといえる。

   3.4 分類の構成単位

 ICIDHは一方では人々の属性や経験を分類し、他方ではその人が存在している状況や境遇を分類するものである。分類の単位は、身体、個人、社会のレベルでの「機能」の「領域」であり、これらの領域は中立的な用語で表現される。否定的側面(喪失や大きな変異)はこれらの領域での制約や制限として表現される。したがって、ICIDHでは人間が分類の単位ではないということに留意することが大切である。

   3.5 ICIDHの構造

 ICIDHー2は、I(機能障害)、A(活動)、P(参加)という3つの次元の順に構成されている。これらの次元は独立してはいるが並列した分類とみなされている。これらは単独で使うこともできるが、より総合的評価を行うために相互に関連させつつ用いることもできる。ある機能障害からある活動の制約を推測し、ある活動の制約からある不利益を推測することは、理にかなっているように見える。しかしながら、それぞれの次元のデータを独立に収集し、そのあとで研究の基準にしたがってデータの関連性や因果関係の探求をすることが重要である。


4. 障害現象の次元

   4.1 障害の概念

 ICIDHの分類は必ずしも障害の「過程」を記述したりモデル化したものではなく、障害の諸「次元」と「領域」を、いろいろな方法で位置づけるものである。諸次元とは、諸帰結を経験するレベル、すなわち身体、個人、および社会のレベルのことである。諸領域というのは、果たしている機能の特定の分野(例、記憶、自分の世話は自分ですること、または投票するというような市民としての役割を果たすこと)のことである。障害概念の成り立ちと、それがICIDH-2にどう受け継がれているかを理解するために、ICIDHの最初の1980年版で考えられたこれらの障害の諸次元に関する基本のモデルをふりかえってみることが役に立つ:

1. 個人の内部で何らかの異常が起こる 病理的変化;発現(症状と兆候)
健康状態
2. 誰かがこのような発生に気付く 症状は「顕在化」(注9)(臨床的な疾病が気づかれる)
機能障害
身体レベル
3. その人の活動の遂行が変わる 活動の制約(「客観化」)(注10)
疾病行動あるいは疾病現象
能力障害(低下)
個人レベル
4. その人が他者と比べて不利益におかれる 個人の経験に対する社会の反応
(例、参加の制限)
社会的不利
社会レベル


ICIDHの1980年版では、全体の現象を次のように図示している:

図1.ICIDH1980年版で示された障害現象


この図表による表示は、機能障害、能力障害、社会的不利を異なる概念として区別するのには助けになる、しかし:

  • これらの概念の間の関係についての十分な情報は提供してない。
  • 疾病または変調、機能障害、能力障害、社会的不利をつないでいる矢印は、 時折、「因果モデル」とか「経時的な変化」の表現として解釈されてきた。
  • この表現では、社会的不利や能力障害から機能障害へと後戻りする動きは許 されず、したがって機能障害から、能力障害、社会的不利へという一方通行 の流れを意味してきた。
  • 障害の過程における社会的・物理的環境の役割を十分に反映していない。
  • 1980年版の本文には、状況は単純に直線的に進むのではなくもっと複雑であると述べられているが、この記述はもっとはっきりと書かれる必要がある。


図表の矢印は「導くことがある」という以上の意味はないと理解すべきである。

注9)
「顕在化」とは、「見えるようになる」という意味に用いられている。わかりにくいので、いまでは批判されている用語である。
注10) 「客観化」とは、「測定された」または「外在化」という意味に用いられる。これもまたわかりにくいので、いまでは批判されている用語である。

   4.2 相互作用とモデル

 障害の過程には多次元の側面があるという視点に立つと、相互に作用しあう進展する過程としての障害現象を研究するには、多数のモデルが必要となる。障害とは多次元的現象である。ICIDHはこの現象に対して「多次元的に」そして「多様な視野で」アプローチしようとしている。それはいわば「建築用ブロック」を提供しており、これを使ってだれでもモデルをつくったりこの現象を異なった側面から研究することができる。したがってICIDHは言語であり、それを用いてつくられる文章はユーザーの創造性と科学的志向性を当てにしている。1980年版の図によって誘引されてきた誤解を避けるために、現在理解されていることを次のように提示する:(注11)


図2.ICIDH-2の諸次元の相互作用についての現在の理解



この理解によると:

  • 障害は、健康状態と背景因子(すなわち環境因子と個人因子)との間の相互作用ないしは複雑な関係であると見られる。これらの要素の間にはダイナミックな相互作用が存在するので、一つの要素のレベルに介入すれば、関係する他要素をも変えてしまう可能性がある。相互の関係は事例ごとに異なっており、一方が決まれば常に他方が予測できるという関係ではない。図に示されている各元は個人の経験または境遇である。
  • 相互作用は双方向性である。諸帰結の存在が健康状態それ自身さえも変えてしまうこともある。また次のようなこともある。
    • 活動の制約・能力障害を伴わない機能障害をもつ(例、ハンセン氏病で外観を損じても活動の制約はないであろう)
    • 明白な機能障害がなくて活動の制約・能力障害をもつ(例、多くの病気の場合日常生活活動の遂行が弱まる)
    • 機能障害も活動の制約・能力障害もないのに参加できない問題をもつ(例、HIV陽性の人、精神障害回復者)
    • 反対方向にある程度の影響がある(例、筋肉を活動させないことは萎縮の原 因となり得る;施設入所が社会的技能の喪失につながることがある)
    • この図式は、第5.4節に紹介されている事例を読むとよりよく理解される。
  • この図式には「背景因子」が描かれており、その中かそれを通して障害のプロセスが起こっていることを提示している。これらの背景因子には、障害をもつ人と相互作用してその人の周囲への「参加」の程度と広がりを決定する因子が含まれている。これらの因子は大きく環境因子と個人因子という二つのグループにまとめられる。環境因子とは、個人の外部のもの(例えば社会の態度、建築物の様式、法制度等のような)で、この分類の背景因子の章にリストされている。ところが一方、個人因子とは環境因子と異なり、障害がどう体験されるかに影響する。ここには、性別、年齢、そのほかの健康状態、体調、ライフスタイル、習慣、養育歴、ストレスの対処方法、社会的背景、教育歴、職業、過去および現在の経験(人生のできごと)、全体的な行動様式や性格、心理的資質、そのほかの障害の経験になんらかの役割を果たすその他の特質が含まれる。個人因子は、現在のICIDH-2では分類も一覧もされていないが、その評価はもし必要であればユーザーにまかされている。ICIDH-2ベータ草案は、今のところ、外的背景因子(すなわち環境的因子)のみの一覧を提示している。


注11) どんな図表であっても不十分なところはあるだろうし、多次元のモデルであれば相互関係の複雑さのために、誤解されがちであることは、注意しておかなくてはならない。新しいモデルには、改良された図式の中に多くの相互関係が描かれている。さらに、そのプロセスの中の他の重要なポイントに焦点をあてた別のモデル図も確かに可能であろう。「基本的質問」の第5の設問を参照のこと。


5. 諸次元の定義:その操作的定義と適用における注意点

定義:

健康状態という文脈のなかで

機能障害とは、身体の構造または生理的・心理的機能の喪失または異常(注12)である。

活動とは、個人のレベルにおける機能の種類と程度のことである。活動は、その種類、持続性、質の面で制約されることがある。

参加とは、機能障害、活動、健康状態および背景因子との関係の下での個人の生活状況への関与の種類と程度である。参加はその種類、持続性、質の面で制限されることがある。


 これらの概念の基本的な概要は下の表のとおりであり、さらに詳しい説明が第5節の操作的表現に示されている。

機能障害 活動 参加 背景因子
機能のレベル 身体
(身体の一部)
個人
(全体としての個人)
社会
(社会との関わり)
環境因子
(機能への外部からの影響)
個人因子
(機能への内面からの影響)
特徴 身体機能
身体構造
個人の日常活動 状況への関与 物理的、社会的および態度面の環境の特徴
肯定的側面 機能、構造の完全さ 活動 参加 参加促進因子
否定的側面 機能障害 活動の制約 参加の制限 参加阻害因子
修飾要素 重さ
部位
継続期間
困難の程度
援助
継続期間
今後の見通し
参加の程度
環境中の参加
促進因子または阻害因子
なし


   5.1 機能障害(構造と機能)

定義:機能障害とは、身体の構造または生理的・心理的機能の喪失または異常である。

(1) 機能障害(I)次元のレベルは、基本的に身体(または身体の一部)である。それは身体機能にも身体構造のどちらにもかかわる。このため機能障害は(a)機能と(b)構造の二つに分けて分類されている。(ICIDHの1980年版では器官レベルがとりあげられていたが、「器官」の定義は不明確である。目と耳は伝統的に器官とみなされてきたが、四肢や内臓の場合には境界をはっきりさせ定義づけることは困難であろう。身体の中にあるまとまった実体ないし単位が存在することを念頭におく「器官」というアプローチのかわりに、ICIDH-2では身体構造という用語を用いている。)

(2) 「身体」とは人体機構のすべてをさし、したがって身体には脳とその機能すなわち心も含まれる。

(3) 機能には、視覚、聴覚などの基礎的な人間の感覚を含む。これらの機能に対応する構造は「目と目の部分」や「耳と耳の部分」である。ある機能の制約(身体  や身体部分の基礎的機能が遂行できないこと)が機能障害である。(1975年に提  案された初期のICIDHの理解によると、機能制約は能力障害の要素とみなさ  れていた。しかしそれらはICIDH-2では機能障害に含まれている。)

(4) 構造面の機能障害は、四肢その他の身体構造の変形、欠陥、欠損を含みうる。機能障害は組織、細胞、細胞の部分および分子のレベルに関する生物学の知識に従って分類されるが、実用的な観点からこのICIDH-2ではそれらはリストされていない。機能障害の生物学的な基礎に基づいて分類が作成されてきたので、今後細胞や分子レベルにまでこの分類が拡大する余地はあろう。医療分野の利用者にとって、機能障害はその基礎をなす病理と同じではなく、その病理の発現したものであるという点への注意が大切である。

(5) 機能障害は他人または本人の直接的観察によるかあるいは間接的観察に基づく推論によって、見つけられるか気づかれるものでなくてはならない。(この点は1980年版ICIDHの脚注8で、顕在化とよばれた。)

(6) 機能障害は、身体とその機能に関する生物学標準からの偏りをあらわすものであり、何を機能障害と定義するかは主に、一般的に承認されている基準に従って心身機能を評価する有資格者の責任とされる。

(7) 機能障害には一時的なものも恒久的なものも、進行しているもの、回復しているもの、または変化していないものも、さらに断続的(間欠的)なものも連続的なものも含まれる。標準からの偏りには軽いものも重いものもあり、それは時とともに変化しうる。(それらの特徴は、主に小数点以下の修飾要素コードによってさらに記述され把握される。)

(8) 機能障害は病因やその状態の発生経過に左右されない。例えば、失明や手足の喪失は遺伝的異常によるかもしれないし、外傷によるかもしれない。機能障害の存在は、原因の推測には必要であるが、病因の説明には十分ではない。

(9) 機能障害は健康状態の一部であるが、必ずしも病気が存在しているとかその人を病人とみなすべきだということを指し示すものではない。

(10) 機能障害は変調・疾病よりも範囲が広く包括的である。たとえば、一下肢の喪失は変調や疾病ではないが機能障害である。

(11) 機能障害が原因で他の機能障害をもたらすことがある。

(12) IコードとICDのいくつかのカテゴリーは、特に症状と兆候に関しては、重なっているようにみえるけれども、この二つの分類は目的が違っている。ICDはサービス利用を記録するために特定の章で症状を分類しているが、ICIDHは、予防、保健サービスの有効性、患者ニーズなどの指標として用いられる。またICIDHでは、Iコードは活動や参加のコードとともに使われることを意図している。

(13) 機能障害は定義された判定基準を用いながら各カテゴリーに分類されている。閾値をあてはめて評価がなされ、機能障害が存在するかしないかが明確にされる。存在するとわかると、その後重さが測定される。

(14) 機能障害の分類は、個人が遭遇しそうな健康に関連した問題の分類であるとみなすことができる。Iコードはしたがって、コンピューター化されたケース記録の入力システムの一部として用いることができる。(例、システム評価、保健サービス利用理由)


   5.2 活動/活動制約

定義: 活動とは、個人のレベルにおける機能の種類と程度のことである。活動は、その種類、持続性、質の面で制約されることがある。
(1) 活動(A)の次元は、人が日常生活で行うものと期待されている統合的な活動のような、個人の日常生活に関連した活動について取り扱っている。Aコードは単純な活動から複合的な活動にいたるまで(たとえば歩くこと、買い物をすること、仕事をすることなど)、個人の機能あるいは遂行のプロフィールを与える。

(2) Aコードは活動を中立的な表現で一覧したものである。これをこのまま用いる分には活動の制約を意味していることにはならない。仕事の遂行評価あるいは個人の活動能力に応じた環境の適合など、肯定的もしくは中立的な遂行状況を記録することにも用いられる。Aコードは修飾要素とともに「活動の制約」(以前の能力障害)を意味するように用いられうる。

(3) Aの次元ではその人の実際の「動作」(課題または活動の実行)をとり扱う。その人の才能、可能性あるいはできるかもしれないということは考慮しない。Aコードの特徴の鍵は「客観化」である。すなわち、毎日の生活の中で現実に観察され/測定された、実際の制限/動作である。活動は、かなり中立的な方法で実際に何が起こっているかということをみている。

(4) Aコードではその人のおかれた背景状況の中での健康に関連した活動の遂行を扱う。参加(P)の次元は、その人と外部要因との相互作用の結果であるが、この点がAでは異なっている。Aコードは、「その人が実際にどうその活動をやっているのか?」という質問の答えである。Pコードは、その人の健康やその他の因子(環境因子と個人因子)を含む背景の中で、生活領域への参加が制限されているかどうかを取り扱う。

(5) その活動を実行する上での質的または量的な変更が生じたときに、活動の困難さが生じうる。

(6) 補助具の使用によってある特定の領域の活動の制約は取り去ることができることがあるが、機能障害をなくすことはできない。一方、補助具を使わなければ、その人の活動は制約されるかもしれない。

(7) 基礎的な感覚と、いくつかの機能は身体レベルと個人レベルの双方で観察されうる。身体レベルにおいては、複雑な機能障害として観察され、個人レベルにおいては、基礎的な活動や行動として観察される。(たとえば、視覚、見る能力は、身体機能の機能障害であるが、見る活動は個人の遂行の指標としてAコードにも記録される。同様に、計画を立てる能力は機能障害であり、計画する活動はAコードで取り扱う。)

(8) Aコードは自己評価、臨床的評価、機能テスト、質問紙として用いられうる。活動は個人的、職業的、行動的、法制度その他さまざまな文脈のなかで評価されうる。

(9) 活動の制約(能力障害)は、それをすることの困難さと、補助が必要かどうかによって測定される(A分類の修飾要素を参照のこと)

   5.3 参加/参加制限

定義: 参加とは、機能障害、活動、健康状態および背景因子との関係の下での、個人の生活状況への関与の種類と程度である。参加はその種類、持続性、質の面で制限されることがある。
(1) 参加(P)の次元は主として社会的な現象を取り扱っている。さまざまな領域に参加すること、参加の程度、その参加を促進または阻害する社会の反応などに関しての、社会的レベルにおける健康状態の諸帰結を示す。その人が生きている現実の背景の中での、健康状態をもつ人の完全な生の経験のことである。この背景には、物理的世界、社会的世界、および態度面の世界といった環境因子が含まれる。

(2) 参加は次の二つの間の複雑な関係の帰結・結論として特徴づけられる。一つは、ある人の健康状態、特に、その人の機能障害や能力障害であり、もう一つは、その人が生き活動する境遇を表す背景の姿である。

(3) 参加の基本的な特質は、機能障害や能力障害をもった個人と、その人の背景との間の複雑な関係・相互作用である。たとえば、機能障害や能力障害をもつ同一の人に対して、違った環境が違った影響を与えることがある。参加はこのように、生態学的・環境的相互作用モデルに基づいている。

(4) 参加の制約(不利益)には価値観が付随している。この価値観は、それぞれの文化の標準によって異なる。あるグループやある地方、国において不利益を被むる人が、他の時代や場所では、あるいは異なった地位のもとでは、そうとはかぎらない。そのうえ、その他の背景因子もみな参加に寄与している。その人の参加のものさしとなる基準または標準は、その社会、文化、下位文化での障害をもたない人の参加の種類と程度を表すものである。あり方と比較して表現される。ICIDH-2を用いるにあたって、参加の観念は、以前国連で採択された「障害者の機会均等化に関する標準規則」という、障害をもつ人の「機会均等化」の国際基準を取り入れている。(参考のため注釈の8参照)

(5) 参加の制限・不利は、他の人々と比べての相対的なものである。参加はその人について「観察された」参加と、その人の「期待する」参加、および似たような健康状態を持たない人に「期待される」参加との間の不一致を記録する。

(6) 参加の制限は、機能障害や能力障害のない人にとっても、社会的環境からの直接的な結果として起こりうる。(たとえば、症状も発病もしていないHIV陽性者や、ある病気になりやすい遺伝的な素質をもった人は、機能障害も活動の制約もなくても、社会の態度のためにサービスを拒否されるかもしれないし、汚名を着せられるかもしれない。)

(7) 以前のICIDHの社会的不利の尺度は、「生存のための役割」(注13)をもとにした概要測定であった。「役割」や「生存」という用語は両方とも否定的な意味合いとあいまいさのために、批判される用語として避けられた。

(8) 以前用いられていた「社会的不利」は、不利益な経験の最も重要な次元とされる7つの次元に焦点をあてていた。社会の標準に従って、その仲間と比べてみた不利益の要約を測定するものであった。Pコードの構造は、最も重要な次元だけをとりまとめるのでなく、さらに「名目的な」分類へと徐々に発展してきた。新たな3番目の分類は、個人と社会/環境が相互作用する領域を指し示している。

   5.4 事例

(1) 活動の制約も参加の問題も伴わない機能障害:
 手指の爪を欠く子どもが産まれた。この奇形は構造の機能障害だが、手の機能にも手を使っての活動の遂行にも影響を及ぼさず、能力障害はない。欠けているのは小指の爪なので気づかれない。したがって、この奇形のために他の子ども達からからかわれたり排斥されたりすることなく遊んでいることに見られるように、参加の制限(不利益や問題)はない。

(2) 活動の制約はないが参加の問題を伴っている機能障害:
 糖尿病をもつ人は機能面の機能障害をもつ:膵臓がインスリンを生産しない。若年性糖尿病はインスリンの薬物療法で管理できる。インスリンのレベルが制御されていれば機能障害に伴う能力障害はない。しかし若年性糖尿病をもつ子供が砂糖を食べられなかったり仲間との会食に参加できなければ、おそらく参加の問題を経験する。
 もう一つの例として、顔に白斑がありその他の病気はない人があげられる。この容貌上の問題は活動の制約は生み出さない。しかし人々が白斑をハンセン氏病と誤解し伝染すると考える場所にその人は暮らしている。このため社会関係への参加の大きな制限が生まれる。

(3) 活動の制約を伴う機能障害で、境遇により参加の問題を伴ったり伴わなかったりする場合:
 正常範囲より低い知能は機能障害であり、その人の活動のなんらかの制約につながることがある。機能障害や能力障害以外の因子が、いろいろな生活領域で、あるいはいろいろな境遇のもとで、その人の参加の程度に影響する。例えば、標準以下の知能の子どもは、一連の簡単で必要な作業を行うことがもとめられる地方の田舎環境ではほとんど不利益を経験しないであろう。同じような子どもが都会で大学卒の親のもとに生まれた場合には、いろいろな複雑な社会的状況の中で、また高い教育期待の雰囲気の中で、参加の制限を経験するであろう。

(4) 以前の機能障害が、活動の制約は伴わないが今なお参加の問題を生み出している場合:
 能力障害なしで参加の問題をもっているいちばんはっきりした例は、急性の精神疾患から回復したものの「精神病患者」であったという烙印をおわされている人である。このような人は就職や社会の受け入れを拒否されることがある。

(5) 異なった種類の機能障害や活動の制約が似たような参加の問題につながる例:
 ある人の四肢マヒという機能障害がいくつかの作業課題の遂行を不可能にするために、その人がある職に雇われないという雇用の領域での参加の問題が生まれることがある。より軽い四肢マヒをもち必要な作業課題をこなせる人が、障害者雇用の割当ては満たしているという理由で雇用されないこともあり得る。必要な作業課題をこなすことのできる他の人が、車椅子の使用によって軽減される能力障害を持っているものの、職場が車椅子で入れないために雇われないということもある。他の車椅子使用者で作業課題をこなせる人がその職に採用されたものの、車椅子では職場内の休憩場所が使えず、同僚との関係などの雇用関連の参加の制限を受けるということもある。この雇用の場での社会的交流の制限は、職業面の昇進機会へのアクセスを阻害するかもしれない。

(6) 機能障害が疑われ、活動の制約はないが参加のはっきりした制限につながる場合:ある人がエイズ患者への援助を行ってきた。この人は他の点では健康だがHIVの定期的テストを受けねばならない。この人に活動の制約はない。しかしこの人を知る人は、この人がウイルス感染を受けたと疑い、彼を避けている。このため重大な社会参加の制限が生まれている。

(7) 本ICIDHに分類されていない機能障害で参加の制限につながるもの:
 ある人は乳ガンで死亡した母をもつ。彼女は45歳で、最近自主的に検査したところ乳ガンにかかりやすい遺伝情報を持つことがわかった。彼女は身体の機能や構造に問題なく活動の制約もないが、乳ガンの危険性が高いということで会社の健康保険への加入を拒否された。

注12) 異常という語は、測定さて多人口中の標準からの著しい変異を示すものとして限定されて使われている。標準(norm)についての説明は6.3節も参照のこと。このことについての意見のある方はフィードバックフォーム(質問27)または基本的質問(質問11)を見ていただきたい。
注13) Maslow,A.H.(1954)Motivation and personality. New York:Harper & Row

6. ICIDH-2における用語と語彙

   6.1 選ばれた用語の使用



用語とは、単語や熟語のような、特定の言葉による表現で定義された概念の名称である。混乱が起こっているほとんどの用語は、毎日の話し言葉や書き言葉で、常識的な意味で使われてきたものである。たとえばimpairment(機能障害)、disability(能力障害)、handicap(社会的不利)しばしば同じ意味で使われている(注14)。しかしながら、ICIDHではそれらは、それぞれの言葉に特定の意味を与え、定義を規定した。それぞれの基本的な概念を表現する適切な用語を見つけるためには正確さが求められる。なぜなら、ICIDHは文書となった分類であり、またたくさんの別の言語に翻訳されて使われるだろうからである。内容を反映している用語について、合意が得られるかどうかは、また別の問題である。たくさんの他の代案があるだろう。用語法の試金石は、それが実用的な利益をもたらすかどうかである。ICIDHはその明快さに応じて役に立つものとなってゆくと期待される。

 以上の目的を心に留めつつ、ICIDH-2で用いられているいくつかの用語の注釈を以下に掲げる。

健康状態: 健康状態とは、その人を苦悩に導いたり、日常生活に差し障りを生んだり、保健サービスを受けるようになったりするような個人の健康の状態の変化や特性のことである。それは、急性か慢性の病気であるかもしれないし、変調、傷害や心的外傷、またその他の、たとえば妊娠、加齢、ストレス、先天性異常、遺伝的素質のような健康関連状態であるだろう。

機能障害(Impairment): 機能障害は、身体部分(すなわち構造)または身体機能(すなわち生理的機能)の喪失または異常のことを示す。生理的機能には精神機能が含まれる。異常とは、設定されている統計的標準からの著しい変異を指すものとしてここでは限定して使われており、この意味でのみ使われるべきである(すなわち測定された標準分布での人口平均からの変異として)。

活動(Activity): ICIDH-2では「活動」の語は、単純な活動から複雑な技術や行動に至るまでのあらゆる複雑さのレベルを含むもので、人が行うあらゆることをとらえる非常に広い概念として使われている。活動には、その個人全体としての基礎的な身体機能(にぎる、足を動かす、見るなど)、基礎的なあるいは複雑な精神機能(過去の出来事を記憶する、知識を得るなど)、いろいろな複雑さのレベルの身体的・精神的活動の集合(自動車の運転、社会的機能、公式の場での人とのつきあいなど)が含まれる。
 
活動の制約(Activity limitation): (以前の能力障害/能力低下・disability)これは個人のレベルにおける活動の遂行・成就・完了の困難のことである。ここでの困難には、活動の遂行に影響するあらゆる方法が含まれる。すなわち、その活動を痛みを伴って行ったり、つらい思いで行ったり、あまりにもゆっくりとあるいはあまりにも素早く行ったり、不適切な時間・場所で行ったり、不器用その他の期待されないやり方で行ったりすることなど。活動に際して期待される方法や程度にくらべて、質的または量的な小さな変異から大きな変異にまでわたる。

能力障害(Disability): 「能力障害」の起源には「能力」すなわち才能や技術の意味が含まれている。しかし、以前には能力障害と呼ばれた活動分類は、主として「活動」すなわち日常生活での個人の行いに焦点を当てる。人は活動のどれかの領域で困難を持つことがある(たとえば身辺ケア、他者とのかかわり、仕事など)。能力障害はもっぱら個人から生じてくる活動の遂行の制約である。この点で、能力障害または機能障害をもつ個人と背景との間の相互作用である参加とは異なる。この用語は今では、社会がある人を無能にしている状態であるとの誤解を生むことがあるという理由で、批判されている(6.5節参照)。

参加(Participation): 参加は、機能障害・能力障害と、社会的・物理的環境と個人因子の特徴としての背景因子との間の相互作用である。参加は、実践、習慣、社会的行動に含まれる全経験を含む人生のすべての領域や側面から成っている。身辺維持、移動、情報交換、課業、経済生活そして市民生活・共同体的生活という参加の領域は、これらの複雑な経験の特徴が社会によって形成されるという意味で「社会的」である。

参加の制限(Participation Restriction): 機能障害や能力障害をもった人にとっての不利益で、背景因子(すなわち環境因子と個人因子)の特徴により生み出されたり拡大されたりする。その不利益はいろいろな形をとる。例えば、別の障害(disablement)を生み出す(痛み、苦悩、精神病などの精神的な機能障害や、精神的・身体的能力障害)ことや、その文化・社会の中で障害をもたない人に期待されている参加の程度や範囲が縮小することである。

背景因子(Contextual factors): 外的な環境因子と内的な個人因子からなる、人の人生と生活の完全なバックグラウンドのこと。

環境因子(Environmental factors): 自然環境(気候や地勢)、人工環境(道具、家具、建築環境)、社会の態度、習慣、規則、習わしや制度、そして他者から構成される、人の人生と生活にとってのバックグラウンド。

個人因子(Personal factors): 健康状態にも障害(disablement)にも属さないその人の特徴から構成される、人生と生活のバックグラウンドのことで、年齢、人種、性別、教育歴、経験、個性、性格スタイル、才能、その他の健康状態、体調、ライフスタイル、習慣、養育歴、ストレスの対処方法、社会的背景、職業、および過去現在の経験を含む。

障害(Disablement): この「障害」の語は、ICIDHのすべての否定的な次元(つまり機能障害、以前は能力障害と呼ばれた活動の制約、および以前は社会的不利と呼ばれた参加の制限)をカバーする包括的用語として使われている。それは3つのすべてを示すことも、その一部を示すこともある。すべての次元を一緒に指し示す一般的な上位用語が必要とされ、「障害」(disablement)は理想的ではないかもしれないが、よりよい言葉は見あたらなかった。単数形ではこの言葉は、なにかを無能にする「プロセス」または「行為」を意味することもあるが、複数形ではもっぱら機能障害、活動の制約、および参加の制限を示す代替語として使われる。

機能(働き・Functioning): 「機能」の語は、ICIDHの各次元の中立的な側面をカバーする包括的な用語として使われている。したがって機能障害は身体レベルでの機能であり、活動は個人レベルでの機能であり、参加は社会レベルでの機能である。利用者は、この語と身体機能面の機能障害(つまりIコード)との混同をしないよう前もって注意すべきである。

   6.2 ICIDHー2における用語法の問題点

 ICIDHー2では、全文をとおして用語の使用に一貫性を持たせるために、特別な方策がとられた。

(1) 3つの次元の中の類似項目を特定するのに同じ用語を使うことは避けた。機能障害を示すには名詞(例、「発言」と「言語」)を用い、一方活動を規定するには語尾に-ingをつけた動名詞(例、話すこと)を用いた。参加の項目は関与、契約、達成などと名詞で表示する。

(2) 可能な限り中立的な言葉を用いて、その領域または次元における肯定的および否定的の両面を示すようにしてきた(例、発熱や低体温症でなく体温)。

   6.3 ICIDHー2の次元とカテゴリーに関する標準

(1) ICIDHの諸概念は、「標準からの変異」に関連した問題にかかわっている。量を測れる現象に関しては、統計上の「標準」の考え方が変異している度合いを特定するのに便利であろう。質的なものに関しては、標準的な見方というのは、例えば基本的人権のように普遍的に適用できる「理想的な」標準であるか、またはその集団の中で共通して信じられていることである。そのどちらの場合においても、定義には標準の型と変異とを明確に述べていなくてはいけない。例えば、ある人はその性別、年齢のなかでは95パーセントの身長があるとか、精神障害をもつ人々は、国の法制度によれば雇用を拒まれることがあってはならないとかということである。

(2) 参加については、国連の障害者の機会均等化に関する標準規則に示された普遍的人権をICIDHの「標準」として宣言した。(注釈の8を参照)

(3) 参加の問題点にかんして、健康の文脈以外の理由で参加が制限されることもある(例えば、宗教、出身民族、社会階級や階層など)。参加と背景因子のコードは、それらの状況にも平等に適用されるかもしれない。しかしながら、ICIDHの参加の次元は主に健康問題の文脈を取り扱っている。そこにはWHO憲章の、基本的人権としての広義の健康の考え方が反映されている:「健康とは、身体的、精神的および社会的に完全に良好な状態にあることであって、単に病気がないとか虚弱でないというだけではい。」

   6.4 ICIDHー2のカテゴリーの定義

 活動の制約と参加の制限の概念のための、特別な体系的用語法はまだ開発されていない。それらを定義する組織的な努力が必要とされてきた。ICIDHの概念・カテゴリーを表現し境界を示すために、それぞれの用語の概念の本質をとらえる「定義」が開発された。これらの定義は、カテゴリーを構成する性質、特質や関係といった中心的特徴を要約した記述である。このような方法で、そのカテゴリーと関連する他の概念とを区別することができた。

 理想的には、定義は次の特徴をもつべきである。

  • 意味があり、道理にかない、論理的に首尾一貫すべきである。
  • カテゴリーが意味する概念と一致しなくてはいけない。
  • 内包的(何がその用語を構成しているか)および外延的(どのように外界の事物に当てはまるか)の両面から、その概念の特徴を示す必要がある。
  • あいまいさを避け、意味するものを網羅して、正確なものでなければならない。
  • 操作的な用語で表現するべきである(重さの程度、持続期間、重要度、関連性)
  • 循環性を避けるべきである(すなわち定義中に当のその用語/概念は入れない)
  • 予想される病因や相互作用因子を表現すべきである。
  • 上位の用語の特徴に符合すべきである(すなわちそのカテゴリーが属している階層や次元の一般的な特徴と対立しない)
  • 下位の用語の特徴をカバーすべきである(すなわちサブカテゴリーの特徴を含める)
  • 比喩的や隠喩的でなく、操作的(具体的で実用的)であるべきである。
  • 観察されたり、検査されたり、または間接的な方法で推測されるような、実証的な記述がなされるべきである。
  • 可能な限り、不当な否定的重み付けのない中立的な用語で表現されるべきである。
  • 除外条件を示すべきである(どんな状態を記録からはずすか)
  • 包含条件を示すべきである(他の分類や以前のICIDHに含まれている項目を含む同意語;変化形その他の類似カテゴリー)

   6.5 起こりうる誤用とレッテル貼りへの警告

 一つの分類として、ICIDHは障害の評価と判定の両方に役立つのであるが、これは行政や社会の評価において誤用されるかもしれない。誤用に対する警告は必要に応じてカテゴリーの文章の中に記すべきである。

 ICIDH-2では、たくさんのユーザーにとってまさに中心的な用語であるにもかかわらず、「能力障害(障害、disability)」の語が抜けている。これは、保健ケアの専門家と障害を体験している当事者との間の誤解による、合意をめぐる異常事態による。政治的な正しさを含めてさまざまな理由から、北アメリカとオーストラリアでは、障害されている(is disabled)人というよりも、障害を有している(has a disability)人という方を好む。同様に彼らは、障害者よりも障害をもっている人という方を選ぶ。一方、ヨーロッパでのこの言葉の使い方には、「ある人に社会が障害(disability)を背負わせる」ことを暗示させる傾向があり、障害を経験する人自身が自分のことを「障害者(障害を背負わされた者・disabled person)」とよぶ。こうした状況で、この言葉を選ぶ明確な理由はなく、その他この言葉には好ましくない意味(つまり、活動よりも能力を示すこと)が付随することや、翻訳の困難などを考慮して、ICIDH-2ではこの用語を取り下げた。ICIDH-2は、人は自分の選んだ表現で呼ばれる権利があるという原則にしたがって、これらの人々がどう呼ばれるべきかについて特定の立場をとらない。それにもかかわらず、この分類は人ではなく、単にその健康の特徴のいくらかを分類するということに注意すべきである。したがって、汚名や排除を避けるために、ICIDHー2のカテゴリーの形容詞形を使わずに、「{ある特定の}障害(disablement)をもつ人」と呼ぶことが望ましい。人は、その障害によって価値を下げられたり、障害がその人の特質であるとされたりすべきではない(たとえば精神薄弱者(mentally handicapped person)と呼ぶのではなく、この分類では「学習することの障害(learning disablement)をもつ人」の語を使っている)。

 ICIDH-2の用語は、価値低落、汚名を着せることや不適切な意味づけを避けるために、中立的に表現されている。しかしこの方法は「言葉の洗濯」と呼ばれる問題を生むかもしれない。人の健康状態の否定的な特徴や、他人がそれにどう反応するかということは、それを定義するのに用いられた言葉とは関係がない。障害をどう呼ぼうと、それはラベルとは関係なく存在する。したがって問題は、言葉の問題であるだけでなく、また、そして主に、障害に対する他の人々と社会の態度の問題である。必要なのは政治的に正しい言葉ではなく、正確な内容と使い方である。

 障害をもつ人が力をもち、権利を剥奪されたり差別されたりしないようにするために、継続的な努力が必要である。

注14) 以下にオックスフォード英語辞典の要約による日常用語としての意味を掲げる。ICIDHでの使われ方は通常の使われ方とは異なることに注意が必要である。
Disorder(ICIDH-2では「変調」):秩序(規則的な配置)の欠如・不在・喪失;不規則さ、混乱、機能の混乱
Disablement(ICIDH-2では「障害」):1.障害(disability)を負わせること、2.障害状態にある(being disabled)ことの行為・事実・状態・プロセス
Impair(ment)(ICIDH-2ではimpairmentで「機能障害」):1.悪化させる、または悪化する、2.虚弱、3.不具にする
Disability(ICIDH-2では「能力障害」):1.無力、無能、不能;2.ある能力が奪われている場合(ICIDH-2のAコードはこの意味を使っている);3.ある力や所有物を奪われている場合;4.法的(社会的)資格喪失;5.それがなければ遂行できる行為または享受できる権利を妨げたり制限したりするもののこと
Handicap(ICIDH-2では「社会的不利」):比喩的に、対照的なものあるいは差異のあるもののチャンスを等しくすることを意味する。平等な立場に置くこと、すなわち不利な立場にあるメンバーのために、優越したあるいは有利なメンバーに不利な条件を課すこと。例えば力の差のあるプレーヤーがチェスをするとき、優位な者が一つ駒を減らすこと(これがその優位な者にとってのハンデイキャップである)。
Environment(ICIDH-2では「環境」):なにかを取り巻くあるいは囲むもの。
Context(ICIDH-2では「背景」):特定の出来事や状況を取り囲むひとまとまりの境遇または事実;あるものやプロセスを取り囲んでいる部分で、そのものやプロセスに影響を与えることがある。(ラテン語のcontextus=企画、仕組みに加わる、contex(ere)=たくらみに加わる、に由来。contextに置く、は必要な境遇、必要な連携を明確にする、の意。

7. 障害と機能の諸次元の分類

分類とは、一般的な法律や原理に従って作られた体系的な配置のことである。グループへの整理は、各カテゴリーの共通の特性(構造、機能、起源、類似性など)にしたがってなされる。対象となるものには名前が付けられ、その共通の特性によって結びつけられてグループに区分され、意味のあるし方で順序づけられる。したがって、どのような分類も(諸次元が相互に関連し合うことによって)調和的で、かつ(道理にかなった統一的な決定原則によって)首尾一貫したものでなければならない。抽象化の程度は、分類の「一連のレベル」(階層)を規定する区分原理にしたがって定められねばならない。カテゴリーは規則に従って分けられたり、一緒にくくられたりする(例、基礎となる身体機構、活動領域の類似性)。しかしこれらの規則によっても常に階層的に整理されるとは限らない。概念がより大きな概念区分の水準の中かもしくはその一部分として表現されるなら、分類作業は比較的容易である。しかしICIDHー2の概念は、ときに、序列も階層構造もなく、ある枝の同等な一員として登場することもある。

   7.1 ICIDH改訂のための分類ガイドライン

 分類学は、あらゆる分野のいかなる分類にも当てはまる論理システムである。分類学は次のことを行うものとされている。

(a)概念の特定(カテゴリーの項目、実体の名前)  項目
(b)共通特性による概念のグループ化       グルーピング
(c)各グループを論理的な枝構造に整理する    配列

 分類の組立は、グルーピングと配列の論理にしたがってなされる。

 ICIDH改訂プロセスのガイドとして次の一般原理が使われた。

(1)この分類は、障害と機能過程の全域(つまり構造、機能、活動、参加、そして背景・環境因子)をカバーできるものであること。

(2)各カテゴリーは、ある次元の一連のカテゴリーの中の、ひとつのよく定義された位置を占めること。

(3)カテゴリーは全体として分類の対象世界を網羅していること。

(4)カテゴリーは相互に重複しないこと(つまりオーバーラップは許されない)。

(5)ICIDHの3つのレベルのオーバーラップを避けること(つまり、機能障害はできるだけAコードに含まれないようにすることなど)。3つのレベルは独立しているが関連している分類であるとみなす。それらは同一の現象を異なる視角から見たものである。

(6)特に公共的な健康問題として重要なものや、頻繁に見られる障害は、一つのカテゴリーとして独立させる。より特定されたカテゴリーには振り分けられないその他のものや種々雑多な状態を区分するために、残りのカテゴリー(「その他」と「詳細不明」)を設ける。しかしこのカテゴリーに区分される状態の数は最小限にする。

(7)各分類は、細分類によって階層構造をなすものとする。分類は、ある特定の状態を切り離して確認することも、より大きなグループにまとめて表現することもできるものとする(細かく区分することも、大まかに区分することも可能とする)。

(8)ICIDHには拡充の余地を残しておく。必要なときに備えて「空きの」コードを残しておく。定期的な改訂の仕組みを作る。

(9)改訂ICIDHはできるだけ使いやすいものにする。これは定義と用語の標準化によって、また、いろんな知識レベルの利用者に役立つ十分な索引と注釈によって、可能となる。

(10)ICIDHは障害の分類にとどまるべきである。診断と症状の情報はICDを使って記録されるべきで、それらはICIDHに含まれるべきではない。(年齢や性別などの)その他のデータ要素は記録の他の部分に表現されるべきであって、ICIDHコードに組み込まれるべきではない。(このことによって児童や高齢者のための特別な修正を排除するものではない)。

   7.2 コーディング(注15)

 ICIDH-2のための各種のコーディング方式を実験してみたのち、下記の方式が選ばれた。

(1) ICIDHはアルファベットと数字を組み合わせた数字化の方式を使い、i、s、a、p、eはそれぞれImpairment of Function機能面の機能障害、Impairment of Structure 構造面の機能障害、Activities 活動、Participation 参加、 Environmental factors環境因子を意味する。

(2) (各次元の中の)章の数を圧縮し、10この章を0から9のコードで表す。

(3) 各章の内部を区分けするある範囲のコードには、最初の3つの数字の後にアステリスクがついている(例えば、一般精神機能 i010*)。

(4) データ入力を容易にし、かつ手書きの場合のエラーを最小限にするために、小文字と大文字の組み合わせ方式は避ける。

(5) コードの内部にはピリオドを入れなかった。ピリオドの後に(活動分類の場合の重さの程度や援助の程度のような)修飾要素を示す場所を確保した。例えば、a00210.31は、a00210で、大きな音を聞く活動の困難を示し、ピリオドの次の3でその程度が重度であることを示し、その次の1で、補助具にも関わらず、ということを示している。参加分類の場合の修飾要素は参加の程度と環境中の障壁や参加促進因子のことであり、例えばp10310.11fは、まずp10310で個人的な移動手段を使っての旅行への完全な参加を示し、ピリオドの後の最初の修飾要素1で後退の危険性を伴う参加であることが示され、続く1fで家族という促進因子存在によってその参加が可能となっていることを示している。

(6) 研究者達が約束事を決めてその他の修飾要素を追加することもできる(継続期間、発生年齢など)。

(7) このコード化方式はまた、より詳しく区分する特殊なニーズを持つ利用者が、コードの最後のケタを利用して新たなコードを追加したり、あるいはより詳しい特殊なコードを採用したりできるようにしてある。例えば、現在心拍数はi40110とコードされるが、心拍数の増加と減少とを区別したい利用者が、i40111を心拍数増加とし、i40112を心拍数減少とすることもできる。

   7.3 ICIDHー2ベータ1素案の新しい点

改訂経過の中で寄せられたさまざまな提案を検討して、以下の新しい点がICIDHー2に取り入れられた。

(1) ICIDH(すなわち障害の3次元)の全ての概念は、操作的に定義づけられる。つまりその基本的な属性、境界、測定方法の特色は、論理的な一貫性をもって、また経験的な方法によって定義される。こうして全体の分類とその基礎をなすモデルがいっそう理解しやすく使いやすくなる。

(2) 各次元の中のすべてのカテゴリーには定義が与えられる。研究版のための操作的定義は、自己評価や査定手段の基礎として活用できるものであるが、現在開発されつつある。

(3) 各次元は「中立」な用語で呼ばれ、それぞれの肯定的な側面と否定的な側面とが示されている(例、参加/参加の制限;活動/活動の制約、そして機能障害/構造または機能)。

(4) 機能障害の次元は機能と構造の2つに分けられた。この方法により、構造も機能も混乱なくコード化される。

(5) 「能力障害」は活動の次元に置き換えられた。この分類は、その人が現実に遂行している「活動」だけに基づいている。したがって、「できる」対「している」または「するかもしれない」ということに関する無駄な論議は解決した。

(6) 「社会的不利」は「参加」に変えられた。この次元の「肯定的な」意味と概念を取り入れたものである。

(7) 参加は以前の社会的不利の分類の場合のような要約の次元ではなく、生活の主要分野の「領域」にしたがって分類された。このことによって、いろいろな領域での問題・制限(例、障壁となるもの、妨害するもの)や有利な面(例、参加の強化・促進因子)をよりよく確定することができ、障害を持つ人々がよりよく参加を達成するための実践的な解決策を生み出すことが期待される。

(8) 背景因子は、フィールドテストの目的で含まれた。それらは主として「環境因子」としてリストされている。もう一方の背景因子である個人因子はユーザーに委ねられている。環境因子を含めたことが大きな新しい点であり、このことによって社会や環境の領域への介入をもたらし、障害者のよりよい参加を導く。

(9) ICIDHー2は、最もすぐれた国際的な用語法を開発する目的のもとに、文化を越えたやりかたで多くの言語によって創り出されてきた。この目的をはたすため、さまざまな言語の版を使っての、各文化への適応可能性と概念の標準化のテストが同時並行的に行われている。

注15) コーディング方式に関する意見のある方は「基本的質問」の文書(質問8)を参照のこと。


8. ICIDHー2の限界

 ICIDHの利用はこれまで、WHO加盟国の中で決議や合意の形で完全に承認されてきたわけではなかった。WHO総会で承認されたICD-10の場合でも、加盟国の3分の1のみがWHOに正式に報告しているにすぎない。したがって世界の各地域にまたがる単一の方法の各国への導入は、利用可能な国際的道具を使おうとする各加盟国自身の決断によるところが大きい。

 ICIDHの利用はその実際的な有効性に依存するものであろう。つまり、サービス利用者の効果をみる指標によってどの程度保健サービスの評価ができるか、ニーズを知り企画・研究資源の配分のあり方を明らかにする国際比較のためにどの程度文化の差を超えて使えるものか、など。ICIDHは直接的な政治的道具ではない。しかしその活用によって、保健政策の確立を助け、すべての人々の機会均等化を促し、障害を理由とした差別との戦いを支援するための情報を提供することができ、政策決定に肯定的な影響を与えることができる。


9. ICIDHー2の各巻版

 いろいろなタイプの利用者が異なったニーズを持っているので、ICIDH-2は複数の様式と巻で出版される予定である。

 (1)本巻
    (a)健康状態の諸帰結の3レベル-身体、個人、社会-での分類。機能障害、活動及び参加という3つの次元を含む。
    (b)各カテゴリーの主要概念を説明する定義集。ここには必要に応じて何が含まれ何が除かれるかの情報も表示。

 (2)特別修正版
    (a)各種の援助実践版。これらは各種援助実践の分野(例えば作業療法)で のICIDH-2の利用に応じてなされる。コードや用語は本巻に基づくが、評価ガイドラインや実践記述などのより詳しい情報を提供する。これらはさらに特別の専門分野向けに再編集することもでき(リハビリテーション、精神保健など)。
    (b)各種研究版。援助実践版と同様、これらは特別の研究ニーズに対応し、状態を査定するのに必要な厳密な操作的定義を提供する。

10. ICIDHー2の今後の方向

 ICIDH-2のニーズも活用も多岐にわたることから、WHOやその協力センターがこうしたニーズに対応すべく追加的な作業をしつつある点にふれておくことは重要であろう。考えられる将来の取り組みの主要事項は次のようにまとめられる。

  • 全国規模のデータベース作成のために各国のレベルでICIDH-2を活用する。
  • 国際比較を可能にする国際的なデータセットと枠組みを設定する
  • サービス受給資格などの認定方式を明らかにする
  • 家族の障害の研究(身近な人の健康状態による第3者の障害)
  • 個人因子に属する背景因子
  • 研究目的に資する操作的定義
  • 評価手段の開発(確認と判定)(注16)
  • 実際的適用:コンピューター化とケース記録様式
  • QOL概念との連関および主観的良好状態(注17)の測定
  • 治療・介入への適合
  • 各種健康状態間の比較のための科学的研究への活用
  • ICIDH-2の利用についての訓練用教材
  • 世界各地にICIDH訓練情報センターを設立すること

 ICIDHはその利用者のものである。それは国際的に承認されたこの種の唯一の道具である。ICIDHは、障害と機能の現象に関するよりよい情報を得て広い国際的合意に至ることを目的としている。多くの国や国際世界でICIDH-2の承認を得るために、WHOはこれを利用者にとって使いやすいものにし、国際基準協会(ISO)の示す基準プロセスなどと一致するものにするために、あらゆる努力を払う。

注16) ICIDH-2と連結した評価手段は異なる文化での適用可能性という観点でWHOによって開発されつつある。その信頼性妥当性がテストされつつある。評価手段には3つの様式があり、それらはスクリーニング、ケース発見の目的に使われる短縮版、ケア提供者によって日常的に使われるもの、および詳しい研究に使われる長編版である。これらはWHOから入手できる予定である。

注17) QOL概念との連関。障害とQOLとは概念的に調和するということが重要である。しかし、QOLは人々がその健康状態やその諸帰結についてどう「感じ」ているかを取り扱うもので、「主観的良好」の概念である。一方、疾病・障害概念の方は、その個人に関する客観的で顕在化した徴候を指している。

11. 謝辞

 ICIDH-2の開発は、多くの時間とエネルギーを費やし、また国際的なネットワークの中で資金を準備した世界中の多くの人々の広範な支援がなければ、不可能であった。それらのすべての人々の名前をここに挙げることはできないが、主要なセンターと機関は以下のとおりである。改正作業に参加した個人の名前は付属資料2に掲げられている。
WHO-ICIDH協力センター(訳は略)
タスクフォースの委員長(訳は略)
非政府組織(訳は略)
コンサルタント(訳は略)
WHO本部(訳は略)


主題:
ICIDH-2 International Classification of Impairments, Activities,
and Participation
-A Manual of Dimensions of Disablement and Functioning
国際障害分類第2版
機能障害、活動、参加の国際分類
-障害と機能(働き)の諸次元に関するマニュアル
Beta-1 Draft for Field Trials, June 1997  (18-7-97版)
フィールドテスト用草案(ベータ1草案)

発行者:
World Health Organization, GENEVA, 1997

発行年月日:
1997年7月18日