ビギナーズガイド:
生活機能,障害,健康に関する共通言語にむけて:
ICF 国際生活機能分類
6.ICFのモデル
障害に関する2つの主要な概念モデル(conceptual model)が提案されてきた。医学モデル(medical model)は,障害(disability)を病気や傷害,その他の健康状態から直接引き起こされた人の特性とみる。それは専門家による個別的な治療という形での医療を必要とする。このモデルでは障害は,個人のもつ問題を改善するために,医療あるいはその他の治療や介入を必要とする。
一方,社会モデル(social model)は,障害を社会によって作られ,個人の属性では全くないものとみる。社会モデルでは,その問題が社会環境の態度や他の特性によってもたらされた不適切な物理環境によって生みだされたので,障害は政治的な対応が求められる。
両者とも部分的には妥当であるが,いずれのモデルも単独では十分ではない。障害は複雑な現象である。それは人の身体レベルの問題でもあり,複雑でかつ主要な社会現象でもある。障害は,常に,個人の特性と個人が生活している全体的な背景の特性との間の相互作用である。しかし,障害の幾つかの側面はほとんどその人の内的なものであり,一方,他の側面はほとんど外的なものである。言い換えると,医学的および社会的な対応はともに,障害と関連した問題に対して適切である;我々はいずれか一方の種類の介入を完全には否定できない。
要約すると,より良い障害のモデルとは,全般的で複雑な障害の概念をその側面の一つに集約するという間違いをおかすことなく,医学,社会モデルの中にある真理を統合したものである。
障害のより有用なモデルは,生物・心理・社会モデル(bio-psycho-social model)と呼ばれるかもしれない。ICFはこのモデル,つまり,医学モデルおよび社会モデルの統合に基づいている。この統合によって,ICFは健康に関する異なる観点(生物,個人,社会)の一致した見方を提供する。
下記の図はICFの基本である障害のモデルの一つの表現である。
6.1. 生活機能と障害の概念
図が示すように,ICFにおける障害と生活機能は,健康状態(health conditions)(疾病,変調,傷害)と背景因子(contextual factors)との相互作用の帰結とみられる。
背景因子の中には,外的な環境因子(environmental factors)(例えば,社会の態度,建築物の特徴,法的および社会的構造,気候,地形,など)と内的な個人因子(personal factors)(性別,年齢,困難への対処方法,社会的背景,教育,職業,過去および現在の経験,全般的な行動様式,性格,その人が障害を経験する仕方に影響を及ぼすその他の因子)がある。
この図はICFによって分類された人の生活機能の3つのレベルを示している:身体あるいは身体の一部,個人全体,社会的場面での個人全体のレベルにおける生活機能である。従って,障害はこれらの一つあるいは複数のレベルで生活機能の不全を含む:機能障害,活動制限,参加制約。ICFのこれら構成要素(components)の正式な定義は以下に示される。
心身機能(body functions)とは,身体系の生理的機能(心理的機能を含む)である。
身体構造(body structures)とは,器官,肢体とその構成部分などの,身体の解剖学的部分である。
機能障害(構造障害を含む)(impairments)とは,著しい変異や喪失などの,心身機能または身体構造上の問題である。
活動(activity)とは,個人による課題や行為の遂行である。
参加(participation)とは,生活・人生場面(life situation)への関わりのことである。
活動制限(activity limitations)とは,個人が活動を行う際の困難さのことである。
参加制約(participation restrictions)とは,個人が生活・人生場面に関わる際に経験する問題である。
環境因子(environmental factors)とは,人々が生活し,人生を過ごしている物理的環境,社会的環境,人々の社会的な態度による環境によって構成される。
6.2. 評価点
ICFにおける領域(domains)リストは,評価点(qualifiers)を使う際に,一つの分類となる。評価点は身体,個人,社会レベルでの生活機能の問題の存在と程度を記録する。
心身機能と身体構造の分類に関して,第一評価点は,機能障害の存在と,心身機能や身体構造の機能障害の程度(問題なし,軽度の問題,中等度の問題,重度の問題,完全な問題)を5点のスケールで示す。
活動と参加の領域リストの場合,2つの重要な評価点が提供されている。これらの評価点は,利用者が障害と健康に関する主要な情報をコード化することを可能にする。
実行状況の評価点(performance qualifier)は,個人が現在の環境で行っているものを示す。現在の環境は,常に,全般的な社会的状況を含んでいるので,実行状況は,彼らの実際生活の背景における「生活・人生場面への関わり」あるいは「生活経験」としても理解されうる。(現在の環境は,個人が行為(actions)や課題(tasks)の遂行のために実際に使用している場合は,福祉用具や人的支援を含むと理解される)
能力の評価点(capacity qualifier)は,課題や行為を遂行する個人の能力を表す。この構成概念(construct)は,個人がある時点である領域において遂行できるであろう最高の生活機能レベルを示す。
個人が健康状態(health condition)と関連して能力に問題をもつ場合,その能力の制限(incapacity)は健康状況(state of health)の一部である。個人の完全な能力を評価するためには,異なる環境が個人の能力に及ぼすさまざまな影響を中立化するような「標準化された環境(standardized environment)」が必要である。事実,この目的のために我々が利用しうる多くの環境がある。
すなわち,標準化された環境とは以下のような環境である:(1) テスト場面において能力評価のために通常用いられている実際の環境,(b) 画一的に影響すると想定される仮想的な環境,あるいは,(c) 広範な科学的研究に基づいて正確に定義されたパラメータを有する環境。それが実際に行われる場合,この環境は,「画一的(uniform)」あるいは「標準的(standard)」環境と呼ばれる。したがって,能力の構成概念は,特定の領域における個人の環境的に調整された能力を反映する。能力の評価点は,「裸の個人」の評価,すなわち,人的支援や福祉用具の使用を伴わない個人の能力を想定している。評価目的に対して,環境調整は,国際的な比較を可能にするために,全ての国の全ての人について同じでなければならない。正確さと国際比較のために,画一的あるいは標準的環境の特徴は,環境因子の分類を用いてコード化できる。
障害と健康の分類に関して,たとえ,特別な利用の特別なケースにおいて,2つの構成要素(活動と参加)の一つのみが使われたとしても,利用者がこれらの領域を実行状況と能力の両方によって表現できることは重要である。ICFは,活動と参加に関する一つのリストを提供しており,利用者は,彼らのニーズと目的に対して,以下のいずれかによって,それを採用することができる:
- A) ある領域を活動として,他を参加として指定し,いかなる重複を認めない;
- B) 上記と同じ指定であるが,特別なケースで重複を認める;
- C) 領域の詳細な(第3,第4レベル)カテゴリーを活動として,大まかな(第2レベル)カテゴリーを参加として用いる;
- D) 全ての領域を活動と参加の両方として用いて,必要とされ,収集される情報を区別するために,(実行状況と能力の)評価点を用いる;
( D)に述べられたアプローチはWHOのデフォルトなアプローチであり,WHOに提出されるICFの国データはこのアプローチを反映すると想定される。)
実行状況と能力の両方のデータへアクセスすることは,ICFの利用者が能力と実行状況のギャップを明らかにすることを可能とする。もし能力が実行状況より低いとすると,個人の現在の環境は,彼らが能力に関するデータから予測されるもの以上に遂行することを可能にしてきた:環境が実行状況を促進してきた。一方,能力が実行状況より大きいとすれば,環境のいくつかの側面が実行状況に対して阻害因子となる。
環境が「阻害因子」と「促進因子」のどちらであるか、そして「阻害因子」または「促進因子」として作用している程度の強さは,環境因子のコード化に関する評価点によって把握される。
最後に,補足的な評価点は,この情報を補うために利用される。能力と実行状況の評価点は共に,福祉用具や人的支援の有無によってさらに利用できる。福祉用具も人的支援も機能障害を変化させないが,特別な領域の生活機能に対する制限を除去するかもしれない。このタイプのコード化は,個人の生活機能が福祉用具のないことによってどの程度制限されるかを明らかにするために,特に有用である。構成要素と評価点の使い方が以下の表に示されている:
構成要素 | 第1評価点 | 第2評価点 |
---|---|---|
心身機能(b) |
否定的スケールによる共通評価点であり,機能障害の程度や大きさを示す。 例:b167.3は言語に関する精神機能の重度の機能障害を意味する。 |
なし |
身体構造(s) |
否定的スケールによる共通評価点であり,構造障害の程度や大きさを示す。 例:s730.3は上肢の重度な構造障害を意味する。 |
各々の身体構造の変化の性状を示すために用いられる。 0 構造に変化なし 例:s730.32は上肢の部分的な欠損を表す。 |
活動と参加(d) |
実行状況 例:d5101.1_は,その人の現在の環境において利用可能な福祉用具を使用して,全身入浴に軽度の困難があることを意味する。 |
能力 例:d5101._2は,全身入浴に中等度の困難がある。これは福祉用具の使用または人的支援がない場合に中等度の活動制限があることを意味する。 |
環境因子(e) |
共通評価点であり,阻害因子と促進因子とのそれぞれの程度を示す,否定的スケールと肯定的スケールとからなる。 例:e130.2は,教育用の生産品と用具が中等度の阻害因子であることを意味する。逆に,e130+2は教育用の生産品と用具が中等度の促進因子であることを意味する。 |
なし |
6.3. ICFの基礎をなす原理
生活機能と障害に関する健康の分類としてICFの概念の基礎をなし,障害の生物・心理・社会モデル(bio-psycho-social model)と密接に関連する一般原理がある。この原理は,ICFのモデルの主要な構成要素(components)であり,改定プロセスを導いてきた。
- 普遍性(universality)
- 生活機能と障害の分類は,健康状態と関わりなく,全ての人々に対して適用されるべきである。すなわち,ICFは全ての人々を対象とする。それは全ての人々の生活機能に関わるものである。従って,それは障害をもつ人々を個別のグループとして分類するための手段となるべきでない。
- 同等性(parity)
- 明白であれ,あるいは暗黙であれ,生活機能と障害の分類内容の構造に影響を及ぼすさまざまな健康状態の間に「精神」と「身体」として,区別を設けてはならない。換言すれば,障害は病因によって区別されてはならない。
- 中立性(neutrality)
- 可能な限り,領域の名称は,中立な言語で書かれるべきである。その結果,分類は,生活機能と障害の肯定的および否定的側面の両面を表すことができる。
- 環境因子(environmental factors)
- 障害の社会モデルを完全にするために,ICFは背景因子を含んでおり,その中で環境因子が取り上げられている。この因子は,気候や地形などの物理的因子から社会的な態度,習慣,法律にまで範囲が及ぶ。環境因子との相互作用は,総括的な用語「生活機能と障害」に含まれる現象を科学的に理解するうえでの主要な側面である。
7.ICFの領域
ICFの領域(domains)は階層的に配置されている(章,第2,第3,第4レベル領域)。それはコード化において反映されている:
レベル | 例 | コード化 |
---|---|---|
章 |
2章:感覚機能と痛み |
b2 |
第2レベル |
視覚機能 |
B210 |
第3レベル |
視覚の質 |
b2102 |
第4レベル |
色覚 |
b21021 |
以下の表はICFにおける章の完全なリストを示す:
身体 | |
---|---|
心身機能:
|
身体構造:
|
活動と参加 | |
|
|
環境因子 | |
|
下記の表は障害のいくつかの可能性のある例である。障害は健康状態と結びついた3つの生活機能のレベルと関連するかもしれない。
健康状態 | 機能障害 | 活動制限 | 参加制約 |
---|---|---|---|
らい病 |
体肢の感覚の喪失 |
物を握ることの困難 |
らい病の偏見が失業をもたらす |
パニック障害 |
不安 |
一人で外出が不可能 |
人々の反応が社会的な関係を妨げる |
脊髄損傷 |
麻痺 |
公共交通機関の使用が不可能 |
公共交通機関の配慮の欠如が宗教活動への参加を妨げる |
若年性糖尿病 |
膵臓の機能不全 |
なし(投薬によって管理できる機能障害) |
病気についての固定観念のため,学校へ行かない |
白斑 |
顔の醜さ |
なし |
感染の恐れによって,社会関係への不参加 |
以前に精神保健上の問題があり,精神疾患の治療を受けた人 |
なし |
なし |
雇用者の偏見のために解雇された |
次の表は,異なった障害のレベルが3つの異なった介入のレベルとどのように結びつくかを示す。
|
介入(intervention) | 予防(prevention) |
---|---|---|
健康状態 |
治療,投薬 |
健康増進,栄養,免疫 |
機能障害 |
治療,投薬,手術 |
さらなる活動制限の発生を予防 |
活動制限 |
福祉用具 |
予防的リハビリテーション |
参加制約 |
配慮 |
環境の変化 |
8.結論
ICFは,人の生活機能と障害に関する純粋な医学モデル(medical model)から統合された生物・心理・社会モデル(bio-psycho-social model)へのパラダイムシフトのための国際的で科学的な手段を提供する。それは障害の研究,その全ての次元(dimensions)の研究において,有用な手段となる--身体と身体部位レベルでの機能障害,個人レベルでの活動制限,社会レベルでの参加制約。また,ICFは,社会的環境や物的な環境の評価のための用具に必要とされる概念モデルや分類を提供している。
ICFは,人の生活機能と障害の全ての側面に関するデータの世界的な標準化のための十分な基礎となるであろう。
ICFは,リハビリテーションセンター,ナーシングホーム,精神病院,コミュニティーサービスなど,慢性疾患や障害を扱う保健機関を評価するために,障害者や専門家によって利用される。
ICFは,さまざまな障害を持つ人々全てにとって,保健やリハビリテーションニーズを明らかにするためだけでなく,生活の中で経験する不利益に対する物理的および社会的環境の影響を明らかにしたり,測定したりするために有用である。
保健経済学の観点から,ICFは,保健やその他の障害の費用をモニターしたり説明したりする上で助けとなる。生活機能や障害の測定は,それぞれの社会での人々の生活に対する生産性の損失やその影響を定量化することを可能にする。また,その分類は,介入プログラムの評価にも大いに役立つであろう。
いくつかの先進国で,ICFと障害のモデルは,いろいろな分野にわたって法律や社会政策へ導入されてきた。ICFは,障害のデータや社会政策のモデル化のための世界標準になり,世界のより多くの国の法律に導入されることが期待される。
要するに,ICFはWHOの健康と障害に関する枠組みである。それは,健康と障害に関する定義,測定,政策立案のための概念的基盤である。それは,健康と健康に関連する分野で利用されるための,障害と健康の普遍的な分類である。
9.世界的なICFネットワーク
ICFに関する詳細な情報を得るためや,ICFを地域や国へ適用するために,ICF協力ネットワークを構成している下記の組織,機関やNGOと連絡をとって下さい。
(2002年以降、連絡先などが変更されている場合が考えられます。WHOのICFのホームページなどで,最新の情報を得てください。日本での協力センターは,厚生労働省大臣官房統計情報部 人口動態・保健統計課ICD室 〒100-8916東京都千代田区霞ヶ関1-2-2です。訳者注)
協力センター:
- オーストラリア:
- Australian Institute of Health and Welfare, GPO Box 570, Canberra ACT 2601, Australia.
- カナダ:
- Canadian Institute for Health Information, 377 Dalhousie Street, Suite 200, Ottawa Ontario KIN9N8, Canada.
- フランス:
- Centre Technique National d'Etudes et de Recherches sur les Handicaps
Et les Inadptations (CTNERHI), 236 bis, rue de Tolbiac, 75013 Paris,
France. - 日本:
- ICD office, Ministry of Health, Labour and Welfare, 1-2-2 Kasumigaseki, Chiyodaku, Tokyo 100-8916, Japan.
- オランダ:
- National Institute of Public Health and the Environment, Department of Public Health Forecasting, Antonie van Leeuwenhoeklaan 9, P. O. Box 1
3720 BA Bilthoven, The Netherlands. - 北欧諸国:
- Department of Public Health and Caring Sciences, Uppsala
Science Park, SE Uppsala Sweden. - 英国:
- NHS Information Authority, Coding and Classification,
Woodgate, Loughborough, Leics LE11 2TG, United Kingdom. - アメリカ合衆国:
- National Center for Health Statistics, Room 1100,6525
Belcrest Road, Hyattsville MD 20782, USA .
ネットワーク:
La Red de Habla Hispana en Discapacidades (The Spanish Network).
Coordinator: Jose Luis Vazquez-Barquero, Unidad de Investigacion en Psiquiatria Clinicaly Social Hospital Universitario "Marques de Valdecilla", Avda. Valdecilla s/n, Santander 39008 Spain.
The Council of Europe Committee of Experts for the Application of ICIDH, Council of Europe, F-67075, Strasbourg, France. Contact: Lauri Sivonen.
参加非政府組織(NGO):
American Psychological Association, 750 First Street, N.E., Washington, DC 20002-4242, USA.
Contacts: Geoffrey M. Reed, Jayne B. Lux.
Disabled Peoples International, 11 Belgrave Road, London SW1V 1RB, England. Contact: Rachel Hurst.
European Disability Forum, Square Ambiorix, 32 Bte 2/A, B-1000, Bruxelles, Belgium. Contact: Frank Mulcahy.
European Regional Council for the World Federation of Mental Health(ERCWFM), Blvd Clovis N.7, 1000 Brussels, Belgium. Contact: John Henderson.
Inclusion International, 13D Chemin de Levant, F-01210, Ferney-Voltaire,France. Contact: Nancy Breitenbach
Rehabilitation International, 25 E. 21st Street, New York, NY 10010, USA.
Contact: Judith Hollenweger, Chairman RI Education Commission, Institute ofSpecial Education, University of Zurich, Hirschengraben 48, 8001 Zurich, Switzerland.
詳細な情報を得るための連絡先:
Dr. T.B. Ustun
World Health Organization
Coordinator, Classification, Assessment, Surveys and Terminology
20 Avenue Appia
CH-1211 Geneva 27
Switzerland
Tel: 41 22 791.36.09
Fax: 41 22 791.48.85
E-mail: ustunb@who.int