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I 精神遅滞者の権利に関する宣言

中野善達 編
エンパワメント研究所


I 精神遅滞者の権利に関する宣言

国連総会は1971年12月20日、「精神遅滞者の権利に関する宣言」という決議を採択した。投票によるもので、賛成110、反対0、棄権9というものであった。棄権したのはブルガリア、ベラルーシ、チェコ、ハンガリー、モンゴル、ポーランド、ウクライナ、ソビエト、タンザニアの社会主義諸国である。
この宣言は第1項で、精神遅滞者は、最大限実行可能な限り、他の人びとと同じ権利をもっている、と宣し、さらに続く諸項で、医療や経済保障、リハビリテーションや訓練などを受ける権利、自分の家族や養父母と暮らす権利があることを示している。
この宣言はフランス代表の前年の要請によるもので、1971年3月に開催された社会開発委員会によって審議・採択され、経済社会理事会に採択を勧告した{1)}。経済社会理事会は社会小委員会に検討を命じた。社会小委員会ではギリシャが修正案を提出した。原案では第1項で、精神遅滞者は他の人びとと同じ権利をもっている、となっていた。これを、権利は他人と同じではなく、最大限実行可能な限り、という留保条件をつけるというものであった。この修正案は賛成15、反対0、棄権6で認められ、同じ5月10日、修正された決議案を賛成19、反対0、棄権2で承認した{2)}。経済社会理事会はこれをうけ、賛成21、反対0、棄権2で採択し、5月21日に理事会から総会へ決議案が送られた。総会は第3委員会に検討を付託した。第3委員会ではインド代表が、「この問題が重要だということは十分に認識している。しかし、開発途上国には取り上げなければならないさまざまな問題がある。この案は、インドの国情からしても認めがたいところがある。宣言の実施を評価するのは困難である。また、この宣言は精神遅滞とは何なのか、定義が含まれていないことも問題であり、 定義を含むべきである。」といった趣旨の発言をしている。インド代表は投票による採決を主張したが、最終的には決議に賛成した。社会主義国の主張を代表するソビエトは「社会開発委員会でも主張したが、これはWHOが扱うべき問題である。とくに第1項に関して指摘したことは修正後もいまだに妥当と判断している。もっとも、宣言の原則には反対しない。しかし、棄権することを表明する。」といった発言をしている{3)}。
なお、国連では、棄権というのは投票行動をしないというのではなく、「棄権」という投票をすることを意味している。
この決議は、障害者問題に関する最初の国連総会決議である。定義がなんら示されなかったこと、他の人と同じ権利が認められたわけではなく、最大限実行可能な限り(To the maximum degree of feasibility)という限定が付されていることなどに問題もあろうが、とにかく反対なしに採択されたということを大きく評価すべきであろう。この過程で指摘された事柄が、次の「障害者の権利に関する宣言」案に生かされることになるのである。

国連総会決議2856(第26回総会)1971年12月20日

精神遅滞者の権利に関する宣言

国連総会は、
国連憲章の下で、より高い生活水準、完全雇用、経済的・社会的進歩と開発の諸条件を促進するため、国連と協力して共同行動および個別行動をとるとの加盟各国の誓約を心に留め、
国連憲章で宣言された人権と基本的自由に対する信念および、平和、人間の尊厳と価値ならびに社会正義の諸原則に対する信念を再確認し、
世界人権宣言、国際人権規約、子どもの権利宣言の諸原則および、ILO、ユネスコ、WHO、ユニセフならびに他の関係諸機関の憲章、条約、勧告および決議においてすでに設定された社会進歩のための諸基準を想起し、
社会進歩と開発に関する宣言が、身体的・精神的に不利な立場にある者の権利を保護し、その福祉とリハビリテーションを確保する必要性を宣言したことを強調し、
精神遅滞者が、さまざまな活動分野で諸能力を発展させることを援助し、また、通常の生活に可能な限り統合することを促進する必要性を考慮し、
現在の発展段階においては、いくつかの国々がこの目的のために限られた努力しか払えないことを承知し、
精神遅滞者の権利に関するこの宣言を布告し、また、以下の権利を保護するための共通の基礎および枠組みとして用いられることを確保するための国内的・国際的行動を要求する:
1.精神遅滞者は、最大限実行可能な限り、他の人びとと同じ権利をもっている。
2.精神遅滞者は、適切な医療ケアおよび理学療法を受ける権利ならびに、その能力と最大限の潜在的可能性を発展させうるような教育、訓練、リハビリテーションおよび指導 を受ける権利をもっている。
3.精神遅滞者は、経済的保障および、しかるべき基準の生活を送る権利をもっている。彼は生産的労働を行う権利もしくは能力の最大可能な程度に、他のなんらかの有意義な 職業に従事する権利をもっている。
4.可能なさいはいつでも、精神遅滞者は家族あるいは里親と共に生活し、さまざまな形の地域生活に参加すべきである。彼が生活を共にする家族は援助を受けるべきである。もしも施設でのケアが必要であるならば、それは可能な限り通常の生活に近い周囲および他の環境で提供されるべきである。
5.精神遅滞者は、彼の個人的福利や利益を保護するのに必要な場合、有資格の保護者をもつ権利をもっている。
6.精神遅滞者は、搾取、虐待や見くだすような取り扱いから保護される権利をもっている。もしもなんらかの犯罪行為で訴えられたならば、その精神的責任の程度が十分に考慮され、法の適正な手続きをうける権利をもっている。
7.精神遅滞者が、その障害が重いために有意義な方法で彼らのあらゆる権利の行使が不可能な場合、あるいはそれらの権利のいくつかもしくはすべての制限ないし否定が必要となる場合はいつでも、これらの権利の制限ないし否定のために用いられる手続きは、すべての形の濫用に対し、適正な法的保護を含むものでなければならない。この手続きは、有資格の専門家による精神遅滞者の社会的能力の評価に基づかなければならないし、また、それは定期的に審査を受け、さらに、より上部の機関へ訴える権利に服するものでなければならない。

もっとも、国連における障害者問題を検討した具体的現われは1950年7月13日の経済社会理事会の決議309E(ⅩⅠ)「身体障害者の社会リハビリテーション(Social Rehabilitation of The Physically Handicapped)」{4)}が最初である。
この決議がなされる前年の1949年12月、社会委員会(社会開発委員会の前身)はその第5会期に、事務総長による覚え書{5)}を検討した。それは①障害者の社会リハビリテーションにおけるパイロット・プロジェクトに対する提案と、②1949年8月、英国オックスフォードで開催された盲人に対する労働の担い手の国際会議による勧告を含んでいた。委員会は、盲を含む身体障害者の全体的リハビリテーションに関する包括的提案を、事務総長が専門機関と相談の上でまとめることを要請する決議E/1568を採択した。この折も、ソビエトと南アフリカの代表は、障害者のリハビリテーション問題に認識を示しつつも、ここで扱うのは筋違いであると主張し、棄権の意志表示をした。
1950年の第6会期に、社会委員会は事務総長が提出した2つの報告①障害者全般の社会リハビリテーションに関するもの{6)}、②盲者の社会リハビリテーションに関するもの{7)}、を検討した。この報告①には、1950年2月から3月にかけて開かれた国連事務局、WHO、UNESCO、ILO、UNICEFによる障害者のリハビリテーション・プロジェクトに関する勧告が含まれていた。これらに関する討議を基に、社会委員会は、事務総長に対し、作業プログラムの立案と、各国に可能な限り広範なサービスを提供する機能を含む案作りを要請する決議 E/1678 を採択した。
経済社会理事会は社会小委員会に社会委員会決議の検討を委ねた。小委員会はE/1678を7月6日、賛成11、反対0、棄権3で承認した。その際に、経費のことが問題とされた。また原案では障害者のリハビリテーションとあったのが、handicapped の前に physically を入れるという修正がおこなわれた。その折、mentally handicapped はより大きな場で扱われるべきだとされた。これを経済社会理事会が7月13日に採択したのである。同年12月18~20日、ジュネーブで「身体障害者のリハビリテーションに関する調整のための行政委員会特別技術作業部会」が開かれ、リハビリテーションサービスの包括的提供をめぐる検討がおこなわれた。
1965年7月30日、経済社会理事会は決議1086K(ⅩⅩⅩⅨ)「障害者のリハビリテーション(Rehabilitation of Disabled)」を採択した。これは社会委員会から提起され、理事会の社会小委員会が1965年7月27日全会一致で採択したものである。ここでは1950年の決議、1955年のILO採択の障害者の職業リハビリテーションに関する勧告99、1964年のUNESCO第13回総会採択の決議(事務総長に対し、障害者の教育への関心の増大を要請)を考慮し、リハビリテーションサービスの調整、とりわけ要員の養成・訓練、開発途上国への配慮、社会計画の一部としての障害者への基本的サービスの設定と拡大を国連、専門機関、非政府組織に求めている。
1964年には、18か国から得られた情報を基にした Study on Legislative and Administrative Aspects of Rehabilitation of the Disabled in Selected Countries が国連により刊行され、さらに1970年には62か国に上記報告書を発展させた質問紙が送られ、49か国から得られた報告を基にした Comparative Study on Legislation,Organization and Administration of Rehabilitation Services for the Disabled{8)} が1976年に刊行された。社会開発委員会(社会委員会が改称)は、1969年から1973年の5年間を障害者リハビリテーションの作業計画策定と展開の期間とした。また、事務局の経済・社会問題部は加盟各国に質問紙を送付し、その結果をもとに戦争による障害者のリハビリテーションに関する研究報告 Study on Rehabilitation of The War Disabled in Selected Countries{9)}を1971年に発刊した。これは医学・職業・教育・社会リハビリテーションの現状や補装具使用状況などを比較研究した193頁の冊子である。


1)E/4984
2)E/5029
3)A/C.3/SR.1905
4)E/CN.5/197
5)E/CN.5/171
6)E/CN.5/197
7)E/CN.5/198
8)ST/ESA/28
9)ST/SOA/108

主題 国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 -
編者 中野善達 (Yoshitasu Nakano)
発行日 1997年6月25日 第一刷
発行所 エンパワメント研究所