国際連合と障害者問題- 重要関連決議・文書集 -
IX 万人のための社会に向けて
2.「障害をもつ人びとの機会均等化に関する基準原則」の実施への始動
中野善達 編
エンパワメント研究所
2.「障害をもつ人びとの機会均等化に関する基準原則」の実施への始動
国連はその第48回総会で、1993年12月20日の決議48/96の付属文書「障害をもつ人びとの機会均等化に関する基準原則1)(Standard Rules on the Equalization of Opportunities for Persons with Disabilities)」を採択した。
この基準原則が策定された経緯は、「国連障害者の10年の中間点で障害者に関する世界行動計画の実施をレヴューするグローバルな専門家会議」(1987年8月17~22日、ストックホルム)で、「障害者に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する国際条約(international convention on the elimination of all forms of discrimination against disabled persons)」の起草と、障害者の10年の終結までにそれを加盟各国が批准することが勧告されたこと、に端を発している。その簡潔な概要は、基準原則の前文中の「従前の国際的行動」に示されている。いくぶん詳しい経緯は本書82~86頁に記されている(より詳細な情報は別の機会に発表する予定である)。
1994年の春、基準原則は国連の各公用語(英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語)の冊子が作られ、加盟各国に配布された。また、世界盲人連合により、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語の点字版も出された。基準原則を他の言語に翻訳することが奨励されたが、事務局が把握しているところでは、1995年8月中旬までの時点で、チェコ語、デンマーク語、エストニア語、フィンランド語、ドイツ語、ヒンディ語、アイスランド語、イタリア語、日本語、韓国語、スロバキア語、スウェーデン語、タミル語の翻訳があるという(政府訳やなんらかの組織もしくは個人の訳)2)。
基準原則IV(監視機構)の第2項は以下のようである。「基準原則は、社会開発委員会の枠内で監視される。基準原則を監視するために、障害に関する諸課題について適切で幅広い経験を有する特別調査報告担当官と国際組織を3年間設ける。必要ならば特別予算でこれを賄う。」1994年3月、事務総長は特別調査報告担当官として、Bengt Lindqvistを指名する意図であることを表明した。Lindqvistはスウェーデンで家族・障害者・高齢者問題担当大臣を経験した人物であり、基準原則の素案作成者でもあった。自身が視覚障害者であり、精力的に障害者問題に取り組み、日本へも数回にわたって訪れている。このとき、彼はスウェーデンの国会議員であった。ところで国連総会は、監視活動に必要な経費を通常予算から支出するのを認めなかった。そのため、その活動は任意拠出基金に依存せざるをえなくなった。十分な予算がなければ有効な監視活動は無理である。Lindqvistのために、スウェーデンは事務所と秘書の提供を申し出た。また、いくつかの国々から基金提供の申し出があり、結局、同氏が特別調査報告担当官を受諾した。1995年9月現在、任意拠出をしたのは以下の国々である。オーストラリア、カナダ、中国、キプロス、デンマーク、フィンランド、日本、モナコ、ノルウェー、韓国、スペイン、スウェーデン。
1994年6月1~3日、アイスランドの首都レイキャビクで国連事務局とアイスランド政府、アイスランド障害者連盟などによる国際会議「ノーマリゼーションを越えて;万人のための社会に向けて(Beyond normalization; towards `One Society for All')」が開催された。この場で国連事務局は、Lindqvist氏の特別調査報告担当官就任を発表した。この会議には54か国からの600名以上の参加者があり、日本からも3名が出席したという3)。Lindqvist氏は1994年8月と11月、監視活動を立案、組織するための協議をおこない、また、専門家による委員会の委員10名を選定した。委員は10名(男女各5人)で、ジャマイカ、ジンバブエ、スウェーデン、メキシコ、ニュージーランド、カナダ、南アフリカ、フィンランド、マレーシアの障害者もしくは障害への経験が豊かな人びとである。
1994年10月、総会の第3委員会でLindqvist氏が就任の挨拶をおこない、11月、加盟各国や諸専門機関などに質問紙を送付した。質問は以下の4項目である。
①貴国では、関連のある団体や組織に基準原則をよく知ってもらうため、何をしてきたか。
②基準原則が、例えば法律の制定や他の手段をとるために活用化されてきたかどうか。
③貴国では、基準原則を利用するため、どのような計画を立てているか。
④基準原則に関するより多くの情報の提供、もしくは援助を望んでいるかどうか。
Table I-(4)、(5)は、これらへの返答4)を筆者が要約したものである。返答の期限は1995年2月15日と設定されたが、返答の数はきわめて少なく、4月10日現在で29しかなかった。その後、1995年7月末までに13の返答があった(例のごとく、日本はこれにも返答を出していない)。
1995年2月15~17日、国連本部で第1回目の専門家による委員会が開催され、今後の活動について討議した。質問紙への返答の少なさにはLindqvist氏をはじめ、関係者が深い失望感にとらわれたが、1995年中に第2回目の質問紙を送ることになった。そこでは、以下の6分野が扱われた筈である。法律制定(基準原則15)、調整作業(基準原則17)、障害をもつ人びとの団体(基準原則18)、アクセスできること(基準原則5)、教育(基準原則6)、雇用(基準原則7)。
Table I-(4) 「障害をもつ人びとの機会均等化に関する基準原則」実施に関する、社会開発委員会の特別調査報告担当官による質問紙への各国政府の返答の要約
Table I-(5) 質問紙に対し、非政府組織によって提供された情報の要約
中国障害者連盟 | 基準原則の中国語冊子が数多く印刷され配布された。基準原則のメッセージはメディアを通じ普及がなされ、各地で参考にされている。現在の中国の法律には、基準原則と合致する部分がかなりある。中国は障害に関する5か年計画をもっているが、これには基準原則のほとんどの分野が含まれている。次の5か年計画策定のさいも、基準原則が参考にされる筈である。5か年計画の主目標は貧困からの救済である。他国の情報が必要。 |
フランス・精神遅滞者の親・友人協会の全国連合 | 基準原則7(雇用)の第7項が最大の関心事である。第7項「目的は常に、障害をもつ人びとが開かれた労働市場において雇用を得ることができる点にある。開かれた雇用条件に適しない障害をもつ人びとに対しては、小規模の保護雇用もしくは支援雇用も選択肢になるかもしれない。労働市場において障害をもつ人びとに雇用を得る機会を提供する場合、そのようなプログラムの内容が適切で満足すべきかどうかを評価することが重要である。」障害のタイプに応じた配慮が必要であり、その点を明確に記述する必要がある。また、保護雇用にもさまざまな意見がある。他国の情報が必要。 |
全インド精神障害者福祉フォーラム | 福祉大臣が基準原則をヒンズー語に翻訳させ、配布した。(ヒンズー語、英語のほか、憲法公認語が14あり)他の地方語への翻訳も政府が検討中という。政府はまた、広範な法律制定を準備中である。 |
南アフリカ精神保健連盟 | 基準原則は政府レベルや障害者団体にはよく知られている。1993年、障害に関する国内調査委員会が設置された。主目的は基準原則を実施することの検討である。国の障害政策や法律の見直し作業が進行中で、非政府組織もそれに参加している。他国の情報が必要。 |
Lindqvist氏は監視活動に関し、以下の勧告を社会開発委員会に対しておこなっている5)。
①全般的アプローチとして、助言、支援、勧奨に強調点を置くべきである。②開発途上国の援助に力点を置くべきである。③以下の6分野を重視するべき。法律制定、調整作業、障害をもつ人びとの団体、アクセスできること、教育、雇用。④上記分野に関し、測定の指標を設けるべき。⑤第2回目の質問紙では、上記6分野のうち、最初から4番目までを詳しく調べるべき。⑥教育と雇用に関する調査についてはユネスコおよびILOと協議する必要がある。⑦国際的非政府組織の協力を十分に得るべき。⑧質問紙への返答率を上げることの検討。⑨調査報告担当官と諸機関との協力関係の確立。⑩基準原則をもっと広く知らせるための手段の開発。⑪最終的に、「望ましい国家モデル」を掲示するべき。⑫基金の増額を図るために積極的な手段をとるべき、などである。
1995年12月21日の国連総会決議50/144はその第3項で、「加盟各国の政府が、社会開発委員会の特別調査報告担当官によって送付された質問紙に応答するよう促し」とあるが、日本政府は応答したであろうか。現時点では不明である。基準原則が国連で採択された後、参議院予算委員会で下村泰議員が教育を中心にわが国の対応を質問した。これに対し、当時の細川首相、赤松文相は、わが国特殊教育の方針を述べ、これまでの方策をさらに推進していくといった、ほぼ同内容の答弁をおこなっている。
注
1)われわれは、「障害をもつ人びとの機会均等化に関する基準原則」と訳したが、「障害者機会均等実現に関する基準的原則」(小堀憲助)、「障害者の機会均等化に関する基準規則」(日本障害者協議会)、「障害者の機会均等化に関する標準規則」(外務省、総理府)などの訳がある。
2)A/50/374
3)小堀憲助:障害者機会均等実現に関する基準的原則-国際連合総会決議(1993年12月20日第48/96)、比較法学雑誌28巻3号、97-137,1994.
4)A/50/473,Appendix
5)A/50/374,Annex
主題 | 国際連合と障害者問題 - 重要関連決議・文書集 - |
編者 | 中野善達 (Yoshitasu Nakano) |
発行日 | 1997年6月25日 第一刷 |
発行所 | エンパワメント研究所 |