障害を理由とする差別の禁止に関する法制の制定に向けて
―論点に関する中間的な整理―
平成24年3月16日
障がい者制度改革推進会議差別禁止部会
はじめに
障害者の権利に関する条約(仮称)は平成18年12月に第61回国連総会で採択され、平成20年5月に発効した。日本は平成19年9月に同条約に署名したが締結には至っていないことから、平成21 年12 月、障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備等を行い、障害者施策の総合的かつ効果的な推進を図るため、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置した。同本部の下で、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害当事者、学識経験者等からなる「障がい者制度改革推進会議」が開催されることとなった。
推進会議は平成22年1月から審議を開始し、計14回にわたる審議の内容を「第一次意見」として取りまとめ、これを最大限に尊重し、平成22年6月29日に改革の工程表として「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」を閣議決定した。この中において、「障害を理由とする差別を禁止するとともに、差別による人権被害を受けた場合の救済等を目的とした法制度の在り方について、第一次意見に沿って必要な検討を行い、平成25年常会への法案提出を目指す。」とされた。これを受けて、平成22年11月から差別禁止部会を開催している。
差別禁止部会では、障害を理由とする差別の禁止に関する法制(以下、「差別禁止法」という。)に関する総則及び各分野について一通り議論を行ったところであるが、16回にわたる議論(各回の議題は別紙参照)の中で様々な意見が出され、引き続き検討を要する点が数多くあるため、今後の議論に資する観点から、議論を中間的に整理することとする。
第1、総論
1、差別禁止法の必要性、有用性
この点に関し、以下のとおり、差別禁止法の必要性やその有用性を首肯する様々な意見が出された。
- 様々な分野において差別の事例が存在しており1、障害者の尊厳が害されているので、このような状態を放置しておくべきではない。
- 裁判例においても、差別は人格的尊厳の否定として損害賠償請求の理由となる2が、具体的に差別を禁止する法律がなければ差別を効果的に救済したり改善を求める根拠がない結果となっている。
- 差別禁止法の制定は、障害者権利条約の締約国に要請されている、障害を理由とする差別をなくしていくための措置として適当である。
- 現状では、個別の事案ごとに裁判所の判断を求めなければならない状況であるが、法律として事案解決の具体的指針として機能することを通じて、障害者にとっては、争点の明確化、事後救済の容易化・迅速化といった効果が期待される。
他方、障害者でない者にとっては、どのような行為をするとどのような効果が生じるのかということについて予測可能性が立ち、事案の発生防止にも寄与することが期待される。
なお、これらを機能させるためには、国民に分かりやすい法律であるべきである。 - 地方公共団体においては、千葉県、さいたま市、熊本県等において、障害者差別に関する条例が制定されるなど一部取組が進んできているが、法律の制定によってその他の地方公共団体の取組を後押しすることにつながる。
- また、差別をなくしていくための方法としては、差別の中には、理解不足や障害者に接する経験が少ないことから生じている場合も多いと考えられるので、理解不足に起因する差別に対しては、理解を促すようなアプローチを取るなど様々あってよい。
- 差別禁止法は国、行政と障害者という二面関係に加えて、障害者と障害者でない者の関係が出てくる。国民相互の利害関係を調節する法律になり、その必要性を多くの国民が理解する必要がある。さらに、障害者と障害者でない者の在り方を問う差別禁止法制が新しい社会づくりに重要な役割と意義があることについても、理解を広げなければならない。
- 憲法の差別禁止条項は基本的には私人間を問題にしないという枠組みとなっており、差別の防止や救済が困難である。障害者基本法の差別禁止規定は理念であり、裁判規範性が弱く救済手続もない。現行の法制度では差別をなくすのは困難であるため、差別禁止法が必要である。
- 社会の意識として差別禁止が確立されるためには、差別の定義や類型、適用範囲、社会生活や日常生活の場面ごとの基準等を体系的に示し、裁判規範性を備えた統一的な法律が必要である。
- 差別禁止法の制定には、人権侵害・差別の反社会性を国家意思として表明するという積極的意義がある。
- 差別禁止法の制定は、新設が見込まれる人権救済機関(人権委員会又は障害者権利委員会)の判断基準を明確に示すため必要である。
- 障害を理由とし、資格の取得などを制限する欠格事由が存在していることから、差別禁止法の議論に合わせてこれらの異別取扱いの法令の在り方についても検討課題となる。
2、現行法体系の下における差別禁止法の位置付け
現行法体系の柱となる憲法や民法と差別禁止法の関連や位置づけについて、以下の意見が出された。
- 差別禁止法を制定することに関しては、障害の有無により差別されないことは、憲法第14条に規定された基本的人権のひとつであり、その実現が求められることはいうまでもない。差別禁止法の制定は、これまで法律上の明文の規定がないまま、民法第90 条、第709条のような私法の一般条項を憲法の人権規定の趣旨をとり込んで解釈・適用することによって、間接的に私人間の行為を規律してきた救済行為に明確な法律上の根拠を与えるものであり、国の意思をより明確にするものといえる。
- 憲法により個人に基本的人権が保障されていることとの関連で、その基本的人権が他者によって侵害されているときには、国はその基本的人権を保護するべき義務があるという観点から、私人間に民法を解釈・適用する際にもその保護義務を果たすようにするべきである。ただし、国がある者を保護すれば、その限りで相手方の権利・自由が制約されることになるため、その制約が過剰になるならば、むしろ相手方の権利・自由に対する不当な介入にあたるおそれが出てくるので、そのバランスを考慮する必要がある。
3、差別禁止法の対象範囲
差別禁止法が障害者を対象とするのか、それとも全ての人を対象として障害を理由とする差別を禁止するのか、という全体の枠組みに関連する問題について、
- 憲法第14 条には「すべて国民は、法の下に平等であって(中略)差別されない」とあり、また、障害者権利条約第5条第1 項は「締約国は、すべての者が…(中略)…いかなる差別もなしに法律による平等の保護及び利益を受ける権利を有することを認める」とあり障害者に限定していない。
- 障害者でない人が、身内や友人など、その関係する障害者の障害を理由に差別を受けた場合については、保護の必要性から差別禁止法の適用範囲に含めるべきである。
という意見がある一方で、
- 現時点では障害者でない人を差別禁止法の対象とする必要はない。または、関係者自身の障害が推測される場合には対象とするが、単に関係者の能力等が一時的に損なわれているだけの場合には対象としない。
という意見が出された。なお、各国の法律の策定過程において、「障害者」を対象にするのか、それとも「障害」を対象にするのかという議論が行われているのではないかという指摘がなされた。
4、「障害」のとらえ方
(1)障害のとらえ方については、医学モデルと社会モデルといった考え方の違いがあるとされているが、差別禁止法においてどのようにとらえるかについて、
- 「障害(者)」の法的定義は、法律の趣旨・目的に応じて異なる。例えば、障害者雇用促進法と差別禁止法では、「障害(者)」の法的定義は異なる。そのため、差別禁止法独自の障害の法的定義を作る必要がある。
- 差別禁止法は機能障害(インペアメント)のある人を対象にしている。まず機能障害を障害と定義づけ、そしてそれから起こる現象によって生じている差別に焦点を当てる。これは社会的環境によって起こる不利を示しているのであり、この不利までも障害と表しては混乱することになる。
- インペアメントの概念を広げるべきである。例えば体の大きな人が飛行機に座れないから座席を2人分買うしかないという場合、障害者基本法では体の大きなことは障害ではないが、差別禁止法ではインペアメントに入るかどうかを視野に置く必要がある。インペアメントといった場合、医学的な基準でいうのか、社会モデル的な側面を入れるのかも問題になる。
インペアメントに限るから医学モデル、社会的障壁を入れるから社会モデルという切り分けではない。 - かつてアメリカでは、救済の対象となる障害者の範囲が限定されていることから、差別からの救済を求める人が、その救済の対象となる「障害者」であることを証明することが困難となっていた経緯があることも踏まえ、日本で差別禁止法を作る場合には、差別からの救済を主張する人が、使いやすいようにしなければならない。
- 「障害」を理由とする差別という場合の「障害」は、心身の機能の障 害とした上で、全ての機能障害を対象とすべきである。
など、機能障害をベースに法の対象を広げるべきとの意見が出された。ただし、その一方で、
- 救済機関が強い権限を持つのであれば、差別からの救済を求める人には何らかの要件を設けた方がよいのではないか。
との意見があった。
(2)次に、機能障害に期間や程度等の何らかの制限を加えるかについて、
- 期間に関しては、継続的に機能障害のある者と、一時的に機能障害のある者とを分けることは不合理であるという意見がある一方で、「インフルエンザ」や「骨折」といった一時的な機能障害も「障害」ととらえることは、社会通念からして妥当ではないという意見があった。
- また、程度に関しては、極めて軽度な機能障害を対象に含めることは、歴史的・経験的に差別を受けてきた「障害」とかけ離れてしまわないかという意見があった。
(3)さらに、差別禁止法における「障害」には、現在存在している機能障害だけに限るのではなく、過去に障害の履歴を有する場合(例えば過去の入院歴など)、将来発生する蓋然性がある場合(例えば疾患の遺伝的素因など)、誤解などで障害があるとみなされた場合、外貌やその他心身の特徴も全て含めるべきであるという意見があった。
ただし、このように広く保護の対象とするのであれば、法の保護の対象となる「障害」を明確に規定することができなくなるのではないかという観点からの意見があった。
5、差別
(1)「差別」のとらえ方
- 差別を基本的にどのようにとらえるのかについて、区別・排除・制限などの異なる取扱いが差別であるという意見、不利益取扱いも含めるべきであるという意見、また、差別となるのは、ある者について、a)不平等状態を作り出した場合、又は、b)存在する不平等状態をそのままにした場合と考えられるのではないかという意見が出されたが、異なる取扱いが差別であるということについては、概ね意見の一致が見られた。
- ただし、異別取扱いが差別であるとしても、同一取扱いだけでは実質的な平等が保障できない場合には合理的配慮の提供をしなければならず、また異別取扱いをしなければ権利の実現や目的を達成しえないことがある場合もあり、この場合は異別取扱いも許されるという意見があった。ただし、この場合であっても原則は同一取扱いであることから、異別取扱いは本人が求めた場合に限るという意見があった。
- また、人間の尊厳、自己決定、社会参加、機会の平等を実質的に障害者に保障するためには、同一扱いと異別扱い(合理的配慮)の両方の保障が同時に必要になる。そして、特に異別扱いは、その内容が多様であるので、劣等処遇をもたらしかねないため、基本的には当事者の要求に応じた異別扱いを相手側が行うべきであるという意見があった。
(2)禁止されるべき差別について
障害者権利条約の策定過程の中で議論された差別の類型としては、障害があることを直接の理由として差別を受けている場合(直接差別)、表面上は障害を理由とした差別は行われてはいないが、正当ではない一定のルールや基準によって、結果的に障害者が排除されてしまっている場合(間接差別)、本人が必要としている合理的な配慮が提供されない場合(合理的配慮の不提供)がある。
加えて、障害に関連する事由を理由とする区別、排除、制限、その他の不利益取扱(関連差別)についても、外国の立法例を踏まえた議論がなされた。この議論の中で、
- 差別の類型化をすることの意義として、差別の態様を類型化することによって、禁止されるべき差別行為が解釈上矮小化されることを防止するという意義があるという意見や、行為規範として禁止されるべき差別行為の基準を広く国民に明確化することに意義があるという意見があった。
一方で、間接差別の概念が我が国には定着していないという観点から、差別の類型化を現時点では行う必要はないのではないかという意見もあった。 - 直接差別と間接差別などのとらえ方については様々な意見が出された。
一つの整理の仕方として、差別が問題となるのは、あるルールに従って行動している場合又は行動すべき場合において、障害者に対して当該ルールが適用されないときが直接差別で、障害者は当該ルールを構成する要件を通常満たすことができないときが間接差別と整理できるのではないかという意見や、直接差別は障害を直接理由とする障害差別で、関連差別(起因差別)と間接差別は、障害を直接理由としない障害差別であるという意味で、関連差別と間接差別とは機能的には同じであるという意見があった。 - なお、男女雇用機会均等法の下では、間接差別に該当するものを限定的に定めていることとの関連で、差別禁止法においても間接差別に該当するものを限定的に定めるべきかどうかということに関しては、 a)障害の種別は多様であることからそもそも限定的に定めることは困難である、b)社会において当たり前とされてきた規定、基準、慣行などが差別的に機能しているという構造の解消を目的とするのが「間接差別」の意義である、などの理由により、間接差別に該当するものを限定的に定めることは間接差別の概念を導入する意義に反する、といった意見が出された。
しかし一方で、間接差別が何を禁止しているかということが明確ではない以上、国民の権利利益に制限を課すものとして機能し得るか、あるいは、国民の理解を得られにくいのではないかとの問題意識も示された。 - 差別の類型化については、以上のように多様な意見が出たが、障害を直接理由とする差別の場合と、障害を直接理由としない差別の場合とは、現実には密接に関係している場合があるので、直接差別・関連差別・間接差別の三つを包摂する差別類型を作ることは可能で、分かりやすさの観点から、直接差別・間接差別・関連差別を包含した差別の類型として、障害に基づき、あるいは、障害に関連して、何人も、区別、排除、制限、その他の不利益な取扱いをしてはならないという包括的な類型と、合理的配慮の不提供という差別の類型の2つにまとめるという方向性において、概ね意見の一致は見られた。
ただし、直接差別・間接差別・関連差別を包含した包括的な規定の仕方をする場合であっても、特定の差別的行為が抜け落ちてしまうことのないようにするべきとの意見があった。
(3)差別の主観的要素
ある行為が差別と認定されるためには、差別をしているとされている側に「障害者を排除する意図」あるいは「差別の意図」が必要かどうかについて、議論が行われた。差別禁止法が差別の解消を目的とするのであれば、問題となるのは行為の結果であって、差別をする側の主観的要素は原則として考慮されるべきではないという意見があった。ただし、異別取扱いをしていることの認識は必要であるとの意見があった。
また、差別禁止違反の効果として損害賠償を認める場合は、損害賠償に関する一般原則として過失責任原則がそのまま妥当すると考えると、自己の行為が客観的に「差別」にあたることを認識するべきだったのにしなかったときは、「過失」があるとして、責任が認められる可能性があるという意見があった。
(4)合理的配慮
ア)障害者が合理的配慮を必要とする理由について、
- 障害者権利条約が「合理的配慮」を人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するためと規定していることから、他の者と平等に権利を享受し、又は行使するために必要である。
- 障害者の場合には、これまでの社会の障害者に対する配慮のなさにより不平等が生じており、単にその属性を考慮しないで同一取扱いをすれば機会の平等がなされるというものではなく、何らかの配慮がなされなければ、障害者が障害者でない者と実質的な機会均等を確保することが困難である場合が多いことから必要である。
- また、私人に対して合理的配慮の提供という作為を課す根拠としては、同じ社会の構成員である以上、互いに助け合わないといけないという一種の連帯思想を持ち出すことも考えられる。
という意見があった。
イ)合理的配慮が求められる分野としては、福祉サービスを含む全ての分野において合理的配慮は提供されるべきであるという意見が多かった一方で、社会の構成員にどのような配慮をどの程度求めるかということは社会の構成員の合意を得て慎重に検討する必要があるという意見もあった。
ウ)合理的配慮の内容については、障害の種別・状態は多種多様であるため、具体的・網羅的に決めることは困難であるが、ある障害を有する者と有しない者との比較において、「機会の平等を実質的に確保するために要請される措置」を内容とするべきという意見が多かった。
ただし、相手方に合理的配慮という是正措置を要請する場合には、その是正措置が、a)目的に適しているか、b)必要不可欠であるか、c)目的と不均衡なものではないか、といったことに配慮するべきではないかという意見があった。
エ)なお、障害者権利条約においては、合理的配慮は「特定の場合において必要とされるもの」となっているが、障害者からの求めがなくても何らかの事前の措置(事前的改善措置)を行っておくべきであるという意見が出された。イギリスでは、合理的配慮を対応型(リアクティブ)の合理的調整、事前的改善措置を事前型(アンティシパトリー)の合理的調整というが、事前的改善措置と現行法の同種の措置との関係、また差別概念としての合理的配慮との関係をどのように考えるかについて、引き続き検討を要する。
(5)正当化事由
ア)差別行為に該当しても、例外として当該行為を正当化ならしめる事由の存在を認めるべきかについて、一般的には、障害者に対する異別取扱いは原則として差別に該当するとしても、障害以外の理由によって取扱いの差異が生じていることを示せたり、あるいは、異別取扱いを行うことについての正当な理由が示せたりすれば、差別には該当しないという意見があった。個々の事案毎に当事者双方に言い分がある以上、一定の衡量をベースにした判断ができるようにしておいた方が良いとの問題意識が示された。
イ)ただし、差別の類型ごとに正当化事由も異なるのではないかという点に関して、
- 直接差別の場合については、正当化事由は不要であるという意見や差別に例外を設けることは、新たな差別を生むことから行うべきではないという意見があった。
これに対し、障害者と障害者でない者とで異なる取扱いを行うことが妥当であることを示すことができる場合に、正当化事由があることになるが、その妥当性をどのような衡量によるべきかについては、司法判断が可能となる厳格な要件が必要であり、更に検討が必要であるとの意見があった。 - 間接差別の場合、通常障害者がルールに必要とされる要件を満たすことが出来ないときに、そのルールを採用することが妥当であることを示すことができる場合に正当化事由があることになるが、その妥当性をどのような衡量によるべきかについては、更に検討が必要である。
- 直接差別と間接・関連差別を包含した差別の態様についての正当化事由について、正当化を主張する者に立証させることを前提として、当該取扱い等に正当な目的があり、かつ、その目的を達するために、必要やむを得ない場合は正当化されるという意見が出された。
- 合理的配慮を提供しないことが正当化される場合としては、概ね、その提供に伴う負担が過度な場合が挙げられており、障害者権利条約においても確認されているところであるが、財源問題に偏らないよう、当該合理的配慮を行うことが業務の本質を損ない、又は業務の遂行を著しく困難にする場合はこの限りでないことを明確にすべきであるとの意見があった。
ウ)差別に関する立証責任は、差別を受けた側が責任を負い、差別をしたとされる側は正当化事由について立証する責任を負うという大枠については、多くの委員の意見は一致していた。この立証責任の問題は、差別の類型をどうするか、また、それに伴う正当化事由をどのように考えるかということと連動する問題であるので、引き続き検討を要する。
第2 各論
1 雇用、就労
(1)対象範囲
障害者権利条約第27 条では、あらゆる形態の雇用を対象としていることから、「雇用」の範囲をどのように考えるかについて議論がなされた。
これについて、差別が禁止される事項として、募集、採用から解雇、退職に至るまで全て含まれるという意見が出された。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
- 障害者が働く上で不利益な取扱いを受けてはならないということを差別禁止法の中では明確に定義する必要があるという意見が出された。
- 雇用、就労分野における差別の定義を詳細に規定することは難しいだろうが、雇用、就労における差別とは何かということが明確にわかるようにすることが必要だという意見が出され、雇用・就労の質や所得の状況など、障害者の就労状況の質を改善する必要があるなどの意見があったが、雇用、就労における差別とは何かを書くという観点からは、更に検討が必要である。
- 一方で、合理的配慮が提供された上で労働能力が適切に評価されるのであれば、結果として差が生じても、差別に該当しないのではないか、という意見も出された。
(3)合理的配慮及びその例外
- 職場における合理的配慮については、法律では概念を規定する程度にとどめて、具体的な内容については、いわゆる指針やガイドラインで定めてもよいのではないかという意見があった。特に、具体的にどのような合理的配慮が必要かということについて、どのように決めていくのかという個別内容に関しては、労働分野の法律で決めてはどうかという意見があった。
- 諸外国の労働分野では、国などから財政的支援を受けた場合には、合理的配慮の抗弁が一定程度できなくなるところもあることが紹介され、また、労働関係の助成金や補助金を合理的配慮と考えてよいかどうかについての問題提起も行われた。
- 障害者権利条約が求めている合理的配慮は、それをしないと差別になることから、障害のある個々の従業員が自分にとってどのような合理的配慮が必要なのかということを明確に求める必要があり、そしてその要求が法的にどのような効果を有するかについては検討が必要という意見が出された。
- 通勤時の移動支援や身体介助は、企業の合理的配慮なのか、福祉サービスなのかという問題提起がなされた。また、福祉的就労や職業訓練センターといった職業訓練の場あるいは自営業においても、合理的配慮が必要ではないかという意見が出されたが、合理的配慮の概念に当てはまるか更に検討が必要である
(4)留意するべき事項
- 分野横断的に当てはまることについては、差別禁止法において規範性を持つ規定を設けるべきとする意見や、労働分野における合理的配慮の基本的な考え方や差別があらゆる段階において禁止されなければならないということを差別禁止法において明示すべきという意見があった。
これに対して、個別法に委ねられる部分は委ね、既存の仕組みを活用しつつ、全体として差別があってはならないという形を描いていけばよいのではないかという意見もあった。 - 差別禁止法の中で、現在の障害のみならず、仮に過去の障害、関係者に対する差別等も対象とする場合に、現行の障害者雇用促進法における障害者の範囲よりも広くなるので、両者の違いを調整していくべきという意見が出された。
- 差別禁止法の検討に当たって、労働分野の事案解決の手続の在り方についての議論も行われた。事案解決の手段としては、企業内の機関によるものと、外部機関によるものという大きく2つの方法があり、外部機関を考えるとしても、新たに国、行政から独立した第三者機関としてつくる必要があるのか、それとも、現在ある既存の仕組み、例えば労働審判であるとか、紛争調整委員会などを活用すべきかという問題提起がなされた。事案解決の必要が生じた場合に、具体的に救済を申し出たり、あるいは裁判所へ訴えることができるような、救済を求めることが差別禁止法の制定の趣旨ではないかという意見がある一方で、労働分野においては一定の事案の蓄積があるので、既に存在する紛争調整委員会等を活用した方がよいという意見もあった。
- 雇用促進法で定めている障害者雇用率制度の維持について反対はなかった。現在の障害者雇用促進法に、差別禁止の役割を担わせるためには大幅な改正が必要であるという意見があった。むしろ、雇用促進法とは別に規範性をもった差別禁止法を新たに制定する必要がある、という意見が出された。
- 労働・雇用分野における障害者差別の具体的な内容は公労使障の四者で構成されている労政審の障害者雇用分科会で審議を行い、当差別禁止部会では基本的な枠組みについて論議を行って、雇用分科会と差別禁止部会の役割、論議の棲み分けの整理を図っていくべきとの意見が出された。これに対して、当部会でも具体的な内容について、議論すべきとの意見が出された。
- また、事案解決に関しては全体として一般的な人権救済の方法によるのか、それとも、差別禁止法の中で横断的な救済機関を設けるのかに関しても問題提起がなされた。
(5)その他
- 障害者の雇用や労働の在り方がどうあるべきかということを念頭において、差別のない雇用や労働関係、労働条件等について労働政策審議会等の議論に期待したいという意見もあった。
- 雇用率制度が積極的是正措置だとしても、運用上一般社員への登用が狭められたり、あるいは一般社員との職場の分離が定着するようなことにはならないようにすべきだという意見があった。また、積極的是正措置に当たるものに関しては、差別ではないということを明確に規定する必要があるのではないかという意見も出された。
2 司法手続
(1)対象範囲
ア)対象となる手続の範囲
刑事手続、受刑者の処遇、民事手続については、議論の前提とされているが、家庭裁判所における調停、審判などの手続や行政における準司法手続、行政不服などの手続までを対象とするか否か、更に検討を要する。
イ)対象となる人的な範囲
障害者について言えば、被疑者、被告人、原告、被告、受刑者などの当事者が対象となることを前提として議論されているが、上記手続の範囲の問題に連動して、人的な範囲についても、更に検討を要する。なお、裁判の公開との関係で、傍聴人についても議論されている。
相手方について言えば、上記手続に登場する弁護士、警察官、警察署、検察官、検察庁、裁判官、裁判所、刑務官、刑務所、未決拘置所のほか、他の手続に登場する職務を担う個人、組織といったものについて、誰が合理的配慮を提供すべきかといった観点からも更に検討を要する。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
ア)差別について
誘導されやすい、こだわりが強いといった障害の特性に対する理解が不十分であることに起因する不利益取扱いなどがあるのではという意見が出たが、合理的配慮を提供しない場合と重なり合うのではないか、その場合とどう違うのか等の含め、更にその内容の検討を要する。
イ)正当化事由について
上記との関連で、正当化事由についての議論はなかったが、合理的配慮の例外について出された意見がここでも問題となるか、更に検討が必要である。
(3)合理的配慮とその例外
ア)合理的配慮について
この分野における合理的配慮については、適正手続及び刑事収容施設の被収容者の状況に応じた適切な処遇を担保するために必要な措置として主に以下の項目について議論された。
- 情報伝達にかかる合理的配慮
例えば、訴訟関係書類の点字化、逮捕事由の告知や黙秘権の告知、さらには、裁判との公開の関係で傍聴人への適切な形での情報提供 - コミュニケーションにかかる合理的配慮
例えば、取調べ、証人尋問、本人尋問における手話通訳者や障害の特性について理解のある人の立ち会いによる通訳支援。外部からの接見、面接時の手話による会話の許可や手話通訳者による通訳 - 処遇における合理的配慮
例えば、刑務所やその他の収容施設での障害特性に配慮した医療とくに精神医療の提供、処遇プログラムにおける配慮、とくに、認知行動療法に基づく矯正プログラムの導入
イ)例外について
例外に関しては、司法の分野は私人間の問題ではなく、憲法が保障する適正手続に関わる分野であるので、過重な負担という概念が必要なのかどうかについて、問題提起がなされ、制度の本質を根本的に変えてしまうような配慮は「過重」といえるが、そうではない理由では「過重」の抗弁は認められないと考えるべきではないかという意見が出された。
(4)留意するべき事項
- a)捜査は秘密を守りながら行われなければならないこと、b)司法は独立していること(個々の裁判官の判断は独立していること)、c)捜査、裁判のそれぞれの段階で誰が合理的配慮を行うのかということが変わること、などにも留意して司法の分野について検討しなければならないという意見が出された。
- 刑事訴訟法等において、様々な関連の規定はあるが、合理的配慮という観点での規定ではないため、差別禁止法によって合理的配慮を求められるようにすることが重要という意見があった。
(5)その他
- 知的障害がある場合の配慮については、種々の取組が行われているが、知的障害を伴わない発達障害についても障害の特性を理解した対応をすることができるよう事前の研修プログラム等が検察官等の司法関係職員に必要となるという意見があった。
- 刑事訴訟法では身体の拘束は限定的でなければならないとされているが、心神喪失の疑いがあるということで鑑定留置がおこなわれると長期の拘束となってしまうことについて、不当だとの意見があった。
3 選挙等
(1)対象範囲
- 部会においては、a)政見放送における手話通訳・字幕の付与、b)選挙情報の提供、c)投票所のバリアフリーについて具体的な議論が行われたが、a)及びb)については「5 情報」の分野で議論するのか、また、c)については「4 公共的施設及び交通施設の利用」において議論するのかということを含めて、選挙等に関して特に差別禁止法の対象とするべき事項は何かということについて更に検討が必要である。
- 「選挙等」という枠組みではなく、被選挙権も含めて広く「政治参加」という枠組みで考えてはどうかという意見があった。
- 政策決定への参画という観点での議論も行ってはどうかという意見もあった。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
- 選挙権を有しているにも関わらず、障害を理由に選挙権(投票権等)の行使が制限されるようなことがあってはならないという意見や、議員の自由な活動が障害を理由に制限されるようなことがあってはならないという意見が出された。
- 入院・入所中の障害者の選挙権の行使に関して、投票する場合の介助体制がないことや外出ができないこと等により投票ができないことは差別に当たるのではないかという問題提起に対して、選挙管理委員会が病院等に出張して事前の投票の機会を確保していることなどが紹介されたが、入院・入所している場合にも他の人と同じように選挙の機会が担保されなければならないとの意見が出された。
- 成年後見制度を利用することで選挙権を失うことは違憲だとして選挙権があることの確認を求めた訴訟が全国で4件起こされているところであり、これらの訴訟の動向を見る必要があるという前提のもとに、成年被後見人が選挙権及び被選挙権を有しないことについて議論があった。
(3)合理的配慮及びその例外
選挙期日や投票場所など選挙に関する情報の在り方、知的障害者や発達障害者に分かりやすい投票用紙の様式、議会における発声障害のある議員活動の代読の在り方など、主に情報保障の観点での意見が多かったが、「5情報」の分野で議論するのがよいのか、更に検討が必要である。
(4)留意するべき事項
前記(1)3でも触れたが、政策決定への関与という観点から、例えば国や地方公共団体で実施されているパブリックコメントへのアクセスのし易さや、国や地方公共団体で開催される公聴会等における障害種別に応じた情報保障についても問題提起がなされた。これも「5 情報」の分野で議論するのがよいのか、更に検討が必要である。
(5)その他
投票の秘密保持の観点から、投票の代筆の際にはより一層の配慮が必要である旨の意見もあった。
4 公共的施設及び交通施設の利用
(1)対象範囲
原則あらゆる建物や交通機関を対象とするべきであるという意見や、障害差別禁止の文脈では、不特定の利用とか、多数の利用という限定がなぜ、重要になってくるのか疑問であるという意見が出されたが、更に検討が必要である。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
- 障害者に対する利用の制限や利用に条件を課すことが差別に当たるとしたうえで、特に公共的な施設での利用の拒否には正当化事由を認めるべきではないのではないかという意見や、単に施設の構造のみをもって拒否することはできず、代替手段の提供可能性も含めて検討する必要があるのではないかという意見が出された。
- また、障害を理由に料金を高くすることは不当な条件を課すことになるのか、あるいは、常時介助の必要な人が旅行に行く時に2人分支払うことはどのように考えるべきか、また、障害を理由に料金を割引きすることはどう考えるべきかについて、合理的配慮との関係も含めて問題提起がなされ、更に検討が必要である。
- 合理的配慮に必要な人員の確保ができないとの理由により、希望日とは異なる日の利用を勧められた場合に、それが利用の拒否に当たるのか、それとも合理的配慮の提供の申し出を行い適切な対応を取ったとして差別に当たらないといえるのかどうか問題提起がなされた。
- 正当化事由を検討する際に、定型的に正当化事由を定めるべきではなく、特に、本人や他者への安全が問題になるときは、一般的・抽象的な危険性を理由とすることで、それが拡大適用されないようにする必要があるという意見や、公共施設などでは、障害があるために利用を拒むことは、正当な理由にあたらないという意見が出された。
(3)合理的配慮及びその例外
- バリアフリー法は施策をどのように進めていくかを定める法律であるのに対して、差別禁止法は事案が生じた場合に事後的に解決するための法律である。合理的配慮の内容としては、a)規定・基準、慣行の変更、b)障壁除去、c)補助手段の提供、といった形でまとめられるのではないかという意見があった。
- 過度な負担の判断に当たっては事業者の能力、財政力は全て判断の要素に入ってくるという意見があり、また、事業の本質を変える場合も合理的配慮の例外に当たるのではという意見も出された。
- また、合理的配慮は障害者からの請求を受けて提供されるものだとしても、基礎的な環境の整備は行うようにするべきという意見も出された。
- 合理的配慮としては、まずは、人が介在しなくても、障害者が自由に移動できるようにすべきであるが、設備では対応できないものについて、人の介助も含めて何らかの知恵を出して、障害者が利用できるようにするということが求められているのではないかという意見があった。
(4)留意するべき事項
この分野では社会政策としてのバリアフリー法がすでにあることから、これと差別禁止法とを車の両輪のように活用するのがよいのではないかという意見があった。
(5)その他
この分野における情報保障(点字や分かりやすい表示等)の議論もあったが、情報分野で議論するべきかどうかについて、更に検討が必要である。
5 情報
(1)対象範囲
- 情報の受信と発信の両方が重要であるが、両者を分ける必要はないのではないかという意見や、コミュニケーションという観点を重視した方がよいという意見があった。
- 団体の立場で個人とコミュニケーションを行う場合には差別禁止法の対象とした方がよいが、純粋な個人間での意思疎通について差別禁止法の対象とすることは困難だという意見があった。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
- 情報の提供を拒否することや、提供に当たって不当な条件を課すことは、差別に該当するのではないかという観点で議論が行われた。
- 人は社会と情報によって繋がっていることから、情報が取得できないなどその繋がりが阻害されること自体が差別であるとの意見があったが、差別の概念に当てはまるか更に検討が必要である。
- 音声によってインターネットにアクセスできないことが差別かどうかに関して、海外においては判断が分かれていることが紹介され、情報分野に関する差別の問題を議論する際には様々な見解があることが紹介された。
- 障害を理由として情報の提供を拒むことは許されないという意見に関連して、私的自治がどの程度制約されるのかについては、情報提供者側の表現の自由やどの程度の範囲に公開しようとしているのかということと、受領者側がどのような性格の情報を受領しようとしているのかということの比較衡量になってくるのではないかという議論があった。
(3)合理的配慮及びその例外
情報保障は、他の分野も含めて合理的配慮の主な内容として重要であるという議論が行われ、誰がその費用を負担するかという問題に関しての議論も行われたが、その他の合理的配慮の在り方も含め更に検討が必要である。
(4)留意するべき事項
- 情報保障と表現の自由の関係について、発信者側の表現の自由に対する制約は極力避けるべきであり、一定の制約を課していくと憲法上の問題が出てくるという問題提起がなされた。これについて、情報発信の手段や方法についての制約は表現内容そのものへの制約とは異なるという意見がある一方で、手段や方法について一定の制約がかかることで情報の発信ができなくなることもあり得るので、表現内容への制約か手段・方法への制約という観点だけで論じることは適当ではないのではないかという意見もあった。
- この問題に関連して、例えば字幕であれば、クローズドキャプション(表示・非表示を切り替えることができる字幕)など必要な人にだけ字幕を届けるという方法もあることが紹介されたが、作者の意向やコストについてどう考えるかなど更に検討が必要である。
- 以上に関連するが、一般公衆に発信することを予定している場合は義務を課せる。また重要な情報だから義務を課すということに差別の禁止という制約の根拠を見出すといったこともできるといった意見もあった。
(5)その他
6 教育
(1)対象範囲
- 学校教育法第2条第1項で定める学校の設置者を含め、教育に関わる団体又は個人を対象範囲とするべきという意見が出された。
- 障害者権利条約第24 条第5項では、職業訓練も教育に含めていることから、対象範囲とすべきかについて議論がなされたが、雇用の分野に含めるべきであるとの意見も出された。
- 予備校や私塾も含むようにすべきという意見が出されたが、一方で役務の提供に含まれるのではないかという意見も出され、これらについて教育で扱うかどうかについて更に検討が必要である。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
ア)差別について
- 本人又は保護者が当該教育機関への入学を求めたにもかかわらず障害(障害に関連する事由も含む、以下ア)②③において同じ。)を理由に入学を拒否することは、教育における差別に当たるという意見が出された。なお、本人又は保護者が特別支援学校への入学を希望する場合には、差別には該当しないという意見が出され、異論はなかった。
- 入学に加えて、転学、除籍、退学、復学、卒業、資格取得において、障害を理由に障害者に不利益となる処遇をすることは、差別に当たるのではないかという意見があった。
- 授業、教育に関して行う全ての活動への参加について、障害を理由に、区別、制限、排除又は拒否すること、参加に当たり他より不都合な条件を付すこと(保護者の付き添いを求めるなど)は差別に該当するのではないかという意見があった。
イ)正当化事由について
- 学校の設置者等は、合理的配慮を尽くしてもなお本人の教育目的を達成しえないことを証明しえた時には、差別に当たらないという意見が出された。
- 義務教育は国が全ての国民を就学させるよう条件を整備する義務を負っているのであるから、障害を理由とする入学の拒否等についての正当化事由は極めて、限定的であるべきという意見が出された。また正当化事由が認められる場合でも、高等教育を含めた一般の教育においてもより制限の少ない教育が提供されなければならないとすべきであり、とりわけ義務教育においては考慮されなければならないという意見があった。
- また、知的障害者については、成績の観点だけで、例えば高校における教育目的を達成し得るかどうかを判断することは、障害に基づく差別に当たると考えるのかどうかという問題提起が行われた。
これについて、入学試験に当たっては時間や内容、評価について合理的配慮を尽くしたうえでもなお教育目的を達成しえないかどうかを考えるべきであるとの意見が出された。また高校は義務教育に準ずるものとして正当化事由も義務教育と同じように考えるべきであり、大学等とは区別して検討するべきであるという意見が出された。
(3)合理的配慮及びその例外
- 合理的配慮の内容については、a)適切な情報伝達方法の提供、b)利用可能な物理的環境の提供、c)必要な人員の配置、d)その他の当該障害者が教育に完全に参加するために必要となる教育環境、教育方法及び内容の変更と調整の4つのものが含まれるべきであるという意見が出された。合理的配慮の提供に当たっては、障害者や保護者からの合理的配慮に関する請求に基づいて、学校の設置者等が提供する仕組みとすべきであるという意見が出された。
- この他、合理的配慮の内容については、3つに整理できるという意見が出された。その内容については、a)決め方ややり方の変更、b)物理的形状の変更、c)補助手段の提供の3つに整理することができるというもので、a)とc)には情報保障が当然含まれるが、それを確実にするため、その旨の明文規定を置くべきという意見があった。この意見では、情報保障は、合理的配慮の概念を経由して、教育・労働・役務を含む全ての分野に及ぶので、情報保障という個別分野を(教育分野や労働分野とは異なり)設ける必要はない。
- 学校の設置者等は、合理的配慮を提供することが過度の負担であることを証明しえた時、障害を理由にする差別に当たらないという意見が出された。
これに対して、義務教育は、国や地方公共団体が全ての国民に教育条件の整備義務を負っているのであるから過度の負担の主張は基本的には適用されないと考えるべきであるという意見が出された。
この場合私立学校も同じであり、また私立幼稚園も私学助成金を得ているのであり、義務教育に準じて考えることができるのではないかとの意見があった。また職業訓練校等公的助成金を得ている学校も同じように考えるべきであるという意見も出された。
(4)留意するべき事項
中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループの報告のヒアリングでは、合理的配慮が行政上の義務として考えられているのか、それとも障害者本人の請求に対応して負う義務と考えられているのか、その位置づけが明確になっていないのではないかという意見があった。また、合理的配慮と基礎的環境整備の関係性について多くの委員から質問がなされたため、報告で述べられていることと、部会の議論の整理の場が必要ではないかという意見が出された。
(5)その他
- 差別禁止部会では、障害者の人権保障、差別禁止の観点から議論すべきであるが、学校教育法施行令により就学先決定においては異別取扱いが行われていることから差別禁止法が成立する際にはこの問題が解決していることを期待したいという意見が出された。
- 憲法第26条第1項は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する」とあるが、「その能力」とは一人一人が異なる能力を有していることを前提に、様々な個性のある人が共に同じ場所で学ぶことが教育を受ける権利であるというとらえ直しがあってもよいのではないか、という意見もあった。
7商品、役務、不動産
(1)対象範囲
- 差別禁止の対象として、事業として行っている場合に限定するか、有償の場合に限定するかを中心に議論した。また、被災地などでのボランティア活動等の場合でも、営利まで考慮せず、反復継続した活動を対象にするならば、ボランティア活動も事業とみることができるとの意見があった。また、ボランティア活動は公共サービスに含めて考えることができるのではないかとの意見もあった。
- 法律の下で誰が義務を負っているのか明確にするという趣旨で、義務を負う主体を特定していくという観点からの意見があったが、他方で、相手方として主体を絞るより、財や役務等の提供という行為を限定する方がよいのではとの意見があった。
- 法文上は、対象範囲を例示するとともに、不特定多数を相手に継続的に事業を行っている者が含まれるような包括的な書き方をしてはどうかという意見もあった。
- 行政によるサービスについて、役務の提供の枠で考えるか、それとも別枠で考えるか、更に検討を要する。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
- 商品や役務の提供を拒むこと、商品や役務の提供に当たって不当な条件を付すことが差別だとの認識ではほぼ一致した。また、障害を理由とする差別とは不均等待遇を意味するとの意見があった。
- 不利益取扱いは意味が広く、サービスの提供の拒否や制限も含むとの意見があった。また、不利益を線引きするのは難しいとの意見もあった。(車いすの人が電車に乗ろうとする場合に先方の駅に連絡する必要があるので1本電車を待ってほしいと言われた場合等)
- 障害又は障害に関連する事由が契約条項若しくは約款条項に定められることにより、障害者に実質的不利をもたらす場合は不均等待遇となるとの意見があった。
- 商品や役務の本質を損なう場合や、生命又は身体の保護のためにやむを得ない場合は例外になるのではないかとの意見があった。一方、生命、身体の安全という抽象的な理由で利用を拒否される実例が多く、この例外が過大に適用されると実質的には制限が増えることになるとの意見もあった。
- 本質を損なう場合の事例として、大声を出すのでクラシックコンサートの鑑賞を断られるという場合が挙げられたのに対し、大声を出すことを障害特性のみを理由にしてよいのかとの意見があった。また、生命や身体の保護を理由に歯科治療や散髪を断られる等の場合、事業者の側がスキルを身に付けていないことは問題にならないのかとの意見もあった。
- 例外が認められるには、合理的配慮を尽くしてもなお困難である必要があり、例外と合理的配慮はセットで考える必要があるとの意見があった。
- 結社の自由との関連で、障害を理由として結社の会員になれない場合等が差別の例外に当たるかどうかは検討を要するとの意見があった。
- 何が差別かということを具体的に規定する際には、時代によって様々な要請があるので、社会の変化によって柔軟に見直しがしやすいようにするという観点から、詳細を法律のレベルで書くべきかどうかについて検討が必要であるとの意見があった。
(3)合理的配慮及びその例外
- 合理的配慮には、物事の決め方ややり方の変更、建物等の物理的形状の変更、補助手段の提供があるとの意見があった。
- 知的障害者が契約をする際の意思決定支援を合理的配慮として行うこと等を具体化するシステムはどのように考えるのか等、個別の合理的配慮をシステム化することの困難さが議論された。これに対して、事例や知見の積み上げにより一定のルールができている分野もあるとの意見があった。
- 自ら合理的配慮のための措置を講じた場合、その費用を請求することはできるのかという問題提起があった。
- 合理的配慮の例外としては、事柄の本質を変更する場合、財政面その他の面で過重な負担を伴う場合、第三者に著しい損害を与える場合、障害の存在を知り得なかった場合があるとの意見があった。
(4)留意するべき事項
- 契約を強制されることは財産を失うことになるので、私的関係においては履行請求を認めることは難しいという意見や、裁判所に義務付けしてもらう訴訟も出来ないだろうから、第3者機関に調停してもらうのがよいのではないかという意見があった。ただし、例えば労働分野の労働委員会のように行政委員会であれば、具体的な作為命令が出せるということにも留意する必要があるとの意見もあった。
- 不動産に特有の問題として賃貸借の場合に、必要な改造の承認を求めた場合には必ず承諾をしなければいけないのか、また退去する時に原状回復の義務があるのかということが、有益費の償還請求との関係で問題提起された。
- また物件の提供拒否以外に、商品についても同様の問題があるが、粗悪物件の提供という問題があるのではないかとの意見もあった。
- 加えて、住居の一定割合はアクセシブルな部屋にすべきと法的にできるのかとの問題提起があった。
8 医療
(1)対象範囲
ア)対象者の範囲について、
- 対象範囲のとらえ方について、行為主体からとらえる考え方と、行為からとらえる考え方と、その両方を特定する考え方がある。
- 一方で、職種(行為主体)を網羅的に記載することは困難であり、漏れがないようにする必要がある。
- 具体的には、医行為のほか、医業類似行為、医療関連行為等も含めるべき、医薬品の提供や医療リハビリテーションの提供をも医療分野の対象とするべき。
などの意見が出されたが、更に検討が必要である。
イ)なお、病院施設の構造上のバリアや医療分野におけるコミュニケーションについての問題は、「4 公共的施設及び交通施設の利用」または、「5 情報」の分野で議論をするのか、更に検討が必要である。
(2)差別(合理的配慮は(3))及びその正当化事由
ア)差別の内容について、
- 障害を理由に医療の提供を拒むこと、医療の提供に当たって条件を付すこと。
- 障害を理由に一般に提供されるインフォームド・コンセントなしに医療を提供すること。すなわち、個々の医療行為について、インフォームド・コンセントの原則を履践すべきことは、医療一般の原則とされているところであるから、他者と同質・平等な医療を保障するという観点からインフォームド・コンセントなしに強制的な医療行為を行うこと。
- 地域医療の提供など、自宅などで医療が受けられるための合理的配慮を提供することなしに、入院を強制すること。
などの意見があったが、強制入院にかかる現行法制との関係の含め、更に検討が必要である。
イ)正当化事由については、医療は人の生命に直結する問題であることを前提に、
- 精神障害者に限定した強制入院は、障害者権利条約では差別としてとらえられることになると考えているので、批准前後の段階では精神保健福祉法の改正が求められるのではないか。
- 精神保健福祉法の定める強制入院を差別禁止法のレベルで改廃することは困難ではあるが、少なくとも、自傷、他害のおそれ、あるいは法的判断能力の欠如といったことで強制入院させられるのは精神障害者のみであり、他の人がいくらそのような状況に陥った場合でも強制入院させられるといったことはないので、現行法にあるこれらの要件をそのまま正当化事由として認めることは困難である。
- 障害を理由として自発的意思にもとづかない医療行為を行うことを正当化する例外は不要である。
- 正当化事由が認められるにしても、合理的配慮を尽くしてもなお困難であるといったことが必要である。
などの意見が出たが、この部分についても更に検討が必要である。
(3)合理的配慮及びその例外
医療分野における合理的配慮の内容として、以下のような提案があり、特に反対の意見はなかった。その中で、特に、インフォームド・コンセントを支えるための自己決定支援、居住する地域で在宅の医療が受けられるための支援が重要との意見のほか、医療機関ならではの専門的なさまざまな知見に基づく積極的な提供が求められるとか、たとえば、自閉症の場合、安心感を伝えながら診療する専門性が求められるなどの意見があった。ただし、例外については、十分な議論はなかった。
(a) 適切な情報伝達方法
(b) 医行為等に関して十分な説明に基づく自由な同意が行われるために必要な自己決定の支援
(c) 補助者の付添いの承諾
(d) 補助機器、人的援助の提供
(e) 医行為等の提供に関する運用、方針、手続における不利益除去対策
(f) 在宅での療養及び可能な限り居住地域で医療的ケアを受けられるようにするための支援
(g) その他、障がいのある人のサービスの提供を受ける権利を実質的に保障するために必要な合理的配慮を行うこと。
(4)留意するべき事項
- 医療分野は、医師などによる独占された分野であり、これにかかわるものには公的な責任が伴うこと、生命や健康にかかわる公共性の高い分野であること、適正な医療水準といったものは市場原理から導きだされるものではないこと、医師法自体が診療拒否を原則否定しているなどの特性があり、私的自治を前提とする一般の役務提供の分野とは異なるので、医療分野は独自に規定する必要がある。
- 医療現場では、異性看護(女性障害者に対する男性看護士の配置等)が行われることが少なくないため、性に関する権利と自己決定の尊重による性別の差に配慮した医療の提供が求められる。などの意見があり、とくに、強制入院を巡る現行法との関係性も含め、更に検討する必要がある。
(5)その他
言葉による虐待等のハラスメントについても差別禁止法制の対象とすべきではないかとの意見、また、医療現場の現状を踏まえた規定の在り方を考えるべきとの意見があり、差別禁止法と虐待の関係の整理について検討が必要である。
注
1 障害者に対する障害を理由とする差別事例等の調査 事例集(平成21年3月:内閣府委託調査)
2 静岡地裁浜松支部平成11年10月20日判決 判例時報1718号95頁
障がい者制度改革推進会議差別禁止部会構成員等名簿
※◎は部会長、○は副部会長
(構成員)
浅倉 むつ子 早稲田大学教授
池原 毅和 弁護士
○ 伊東 弘泰 特定非営利活動法人日本アビリティーズ協会会長
大谷 恭子 弁護士
太田 修平 JDF障害者の差別禁止等権利法制に関する小委員会委員長
伊藤 彰久 日本労働組合総連合会生活福祉局長
川内 美彦 東洋大学教授
川島 聡 東京大学大学院特任研究員
○ 竹下 義樹 社会福祉法人日本盲人会連合副会長、弁護士
西村 正樹 全日本自治団体労働組合総合政治政策局社会福祉局長
野沢 和弘 毎日新聞論説委員
松井 亮輔 法政大学名誉教授
◎ 棟居 快行 大阪大学教授
山崎 公士 神奈川大学教授
山本 敬三 京都大学教授
(オブザーバー)
遠藤 和夫 日本経済団体連合会労働政策本部主幹
松本 謙治 日本商工会議所産業政策第二部担当部長
(専門協力員)
永野 仁美 上智大学准教授
引馬 知子 田園調布学園大学准教授
(敬称略 五十音順)
(別紙)
差別禁止部会の検討経緯
第1回 平成22年11月22日
差別禁止部会の運営について
今後の進め方について
第2回 平成23年1月31日
差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング)
・EUにおける障害者差別禁止法制
・フランスの障害者差別禁止法制
第3回 平成23年4月8日
差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング)
・アメリカの障害者差別禁止法制
・ドイツの障害者差別禁止法制
第4回 平成23年5月13日
差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング)
・イギリスの障害者差別禁止法制
・韓国の障害者差別禁止法
第5回 平成23年6月10日
差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング)
差別禁止法制の必要性等の論点について
第6回 平成23年7月8日
直接差別・間接差別について
間接差別について(ヒアリング)
第7回 平成23年8月12日
「差別」の類型論を巡る論点(その2)
障害者差別が裁判で争われた事例(ヒアリング)
第8回 平成23年9月12日
「差別」の類型論を巡る論点(その3)
欠格事由に関するヒアリング
条例に基づく救済に関するヒアリング
第9回 平成23年10月14日
「差別」の類型論を巡る論点(その4)
雇用、就労における差別について
第10回 平成23年11月11日
司法手続及び選挙等の分野における差別禁止について
第11回 平成23年12月9日
公共的施設及び交通施設の利用における差別禁止について
第12回 平成24年1月27日
省庁ヒアリング(合理的配慮について)
・厚生労動省
・文部科学省
情報の分野における差別禁止について
第13回 平成24年2月10日
情報の分野における差別禁止について(その2)
教育の分野における差別禁止について
第14回 平成24年2月24日
日常生活(商品、役務、不動産)における差別禁止について
第15回平成24年3月9日
日常生活(医療)における差別禁止について
中間の論点整理について
第16回平成24年3月16日
中間の論点整理について