第11回差別禁止部会 竹下委員、池原委員、大谷委員提出資料 司法における差別の事例 ------------------------------------------- 6 手話通訳をめぐる裁判所との協議および対応 6-1 法廷傍聴における手話通訳の意義  全国で提起された自立支援法訴訟は、障がい当事者からも高い関心を集め、障がいのある人も数多く法廷傍聴に訪れた。その中には、聴覚障がいのある人も含まれていた。  聴覚障がいのある人にとって、手話通訳なしに法廷でのやりとりを把握することは不可能で、あり、手話通訳者の存在は裁判を傍聴する上で必要不可欠である。憲法82条で保障された「裁判公開の原則」は、傍聴の自由を認めることと理解されているところ、これは、単に誰もが自由に傍聴席に座れるということだけを意味するものではない。法廷におけるやりとりが傍聴席にいる者に対して現実に伝わってはじめて、傍聴の自由が保障されているということになり、裁判を「公開Jしたことになるのである。  聴覚障がいのある人は、手話通訳によって、法廷でのやりとりを「聴くことができるのであり、手話通訳は、傍聴の自由の保障を実質化するきわめて重要なツールといえる。 6-2 弁護団の申入れと裁判所の対応  口頭弁論期日を控え、各地の弁護団は、期日の開き方、留意点などについて、裁判所に事前の申入れを行った。手話通訳者の取扱いもその一つである。  しかし、大半の裁判所の対応は、手話通訳の実態と重要性の理解を欠く、不適切なものであった。  たとえば、さいたま地裁は、手話通訳者が傍聴席に相対する形で別途椅子を配置して手話通訳を行うことは認めるものの、あくまでも手話通訳者も傍聴人であるとして、1.傍聴券の取得が必要であること、2.手話通訳者が通訳時に用いる椅子を配置した分の傍聴人数を増やすことはせず、(通訳時には空席となる)傍聴席の座席を通訳者にも割り当てることを指示した。  また、東京地裁第1回期日では「聴覚障がいのある傍聴人が一人の場合は、その傍聴人の隣の傍聴席で、座って通訳をし、立つてはならない」と裁判長が指示した。  たまたまその日寺聴覚障がいのある人が首を痛めていたため、横を向くことが困難であることを訴えた結果、傍聴席の横のスペースに立って通訳することを認めたが、それは特別の事情に基づく対応との説明であった。  しかし、明らかに不当な訴訟指揮に対して竹下全国弁護団長及び藤岡事務局長は裁判が20分ほど中断するほど猛烈な抗議を展開し、その後東京弁護団が文書にてその点の指摘と改善の申し入れを丁寧に行った結果、裁判長は「聴覚障がいのある傍聴人が一人の場合であっても傍聴スペースに手話通訳者が立って通訳することを認めますJと第2回期日以降は訴訟指揮方針を変えるに至った。  下表のとおり、そのほかの裁判所でも、大半は、傍聴席と相対する形で立って通訳することを認めたが、通訳者の位置は傍聴席の中とされ、パーの中に入ることは認めたケースは大阪と名古屋に限られた。 地裁 手話通訳の方法 東京 傍聴席側で立つ さいたま 傍聴席側で立っか座る(パイプ椅子あり) 名古屋 原告席で座る(パイプ椅子あり。起立も可) 大津 傍聴席側でパイプ椅子に座る 奈良 傍聴席側で立つ 和歌山 傍聴席側でパイプ椅子に座る 大阪 原告席で立っか座る(パイプ椅子あり) 神戸 傍聴席側で立っか座る(パイプ椅子あり) 広島 傍聴席側で立つ(パイプ椅子あり) 福岡 傍聴席側でパイプ椅子に座る(起立も可) 6-3 裁判所の対応の問題点  裁判所の対応の問題点は次のように整理することができる。 (1)手話通訳の必要性lこ対する無理解  聴覚障がいのある人は、適切な手話通訳があって初めて、障がいのない人と同じように情報に接することができ、状況を理解することが可能になる。  したがって、聴覚障がいがある人が裁判を傍聴する際にも、適切な手話通訳がなくてはならず、これがあって初めて傍聴の自由、ひいては裁判の公開が実質的に保障されることとなる。  憲法上保障された権利の実現のために必要であると考えれば、本来は、法廷における手話通訳は、法廷に傍聴席を設けるのと同様、裁判公開の原則を保障するインフラとして、裁判所が自ら準備しなければならないものである。  現時点でそれができないのであれば、少なくとも、特定の事件において、事前に聴覚障がいのある人から傍聴希望が寄せられた場合、または、事件の性質上、聴覚障がいのある人の傍聴の蓋然性が高い事案においては、当該傍聴人である聴覚障がいのある人の情報アクセスを保障するために、適切な手話通訳がなされるよう可能な限りの配慮をするべきである。  日本政府は、平成20年5月3日に国際的に発効した国連の「障害者権利条約」に平成19年9月28日に署名しているO この条約では、障がいに基づくあらゆる差別を禁止し、障がいに伴う不利益を解消するための合理的な配慮を行わないことは差別であるとされた。そして、第2条において、手話が言語であると規定され、第21条においては、「公的な活動において、手話、点字、補助的及び代替的な意思疎通並びに障害のある人が自ら選択する他のすべての利用可能な意思疎通の手段、形態及び様式を用いることを受け入れ及び容易にすること」が要求されている。すなわち、裁判所において、聴覚障がいのある傍聴人の情報保障のために適切な手話通訳がなされるための可能な限りの配慮をするべきことは、この障害者権利条約にも規定されており、これをしないことが同条約違反になることは明らかである。  手話通訳者をあくまでも傍聴人のひとりとカウントする、手話通訳者に適切に通訳できる環境を与えないという裁判所の対応からは、手話通訳が聴覚障がいのある傍聴人の権利実現のために必要不可欠の存在であること及びそれが本来裁判所が備えるべきインフラであることについての裁判所の無理解と無自覚が浮かび上がってくる。 (2)手話通訳の特性に対する無理解  また、横に座って通訳せよという裁判所の指示は、手話という言語の特性を全く理解しないものである。  手話は手ぶりと表情を用いて意思を伝えるボデイランゲージであり、狭く固定された傍聴席で、不自然な体勢で手話を行うことは、通訳者にも大きな負担を強いるものであるし、そのような状態でなされた手話を読み取ることにも困難が伴う。  そして何より、横向きの通訳では、聴覚障がいのある傍聴人から、法廷での裁判官、原告、被告、代理人などの姿と手話通訳者の姿が同じ視界に入らず、いくら手話通訳者が努力しでも、当該傍聴人が法廷での出来事を理解することは非常に困難になる。  すなわち、あたかも外国映画の字幕が映像画面上になく、横に設置された電光掲示板に表示されるため、横の字幕と前の映像画面を交互に見比べなければならないのと同様の状況に置かれることになるのである。  このような問題をクリアするには、手話通訳者には、法廷のバーの中(傍聴席とバーの問に十分なスペースがあれば、そこに立つことも考えられるが、そのようなゆとりのある設計の法廷は少ないと思われる)に立ち、傍聴者から見る、法廷という一画面の中に存在しつつ通訳することを認めなければならない。 (3)合理性を欠いた判断  そもそも、裁判所が手話通訳の方法について制約を加えようとしたことには合理的な根拠がない。  憲法は裁判公開の原則を定め、国民には傍聴の自由が保障されているが、裁判所は、法廷秩序を守るため、傍聴人の傍聴態度について指示したり、指示に従わない傍聴人に退出を命じたりする権限を存している。逆に言えば、裁判所が傍聴のあり方について指揮権を発動できるのは、法廷秩序が害される具体的蓋然性が認められる場合に限られるというべきである。  手話通訳者は通訳という特定の目的のために起立するのであって、みだりに席を外すわけでも、法廷内を歩き回るわけでもないし、もちろん大声を出すわけでもない。だとすれば、手話通訳者によって法廷秩序が害されることはおよそ考えられない。  実際、裁判所は、傍聴人に相対して立位で通訳を行うこと、あるいはパーの中で通訳を行うことにつき、具体的にどのような支障を来すのかを説明することはなかった。  また、大阪や名古屋の裁判所がパーの中に立って通訳するということを認めていたということ及びその結果何の問題も生じなかったことを考えても、上記2地裁以外の裁判所の判断に合理性がなかったことは明らかである。 6-4 おわりに  傍聴と手話通訳の問題は、今回の一連の訴訟の本題とは別に、障がいのある人の司法アクセス、ひいてはノーマライゼーションを達成するための社会的インフラの整備という未解決の課題を浮き彫りにした。  人権保障と平等を重んじるはずの裁判所ですら、というところに、我が国の現状の深刻さが見て取れる。  この問題を解決するための最終目標は、公費による法廷手話通訳制度の導入である。そこに到達するには障がい当事者、支援者及び法曹関係者の地道かつ継続的なアクションが必要だが、まずは、「手話通訳者をパーの中に立たせる」という運用を全国の裁判所で統一するよう働きかけを行うべきであろう。(松尾洋輔) --------------------------------------- 障害者自立支援法違憲訴訟 ―立ち上がった当事者たち 発行―2011年10月31日初版第1別発行 編者―障害者自立支援法違憲訴訟弁護団 発行者―高橋淳 発行所―株式会社生活書院 〒160-0008 東京都新宿区三栄町17-2木原ピル303 TEL 03-3226-1203 FAX 03-3226-1204 振替 00170-0-649766 http://www.seikatsushoin.com 装幀―糟谷一穂 カバー装画―ダンデイタカ 印刷・製本―シナノ印刷株式会社 Printed in ]apan 2011 (T Shogaishajiritsushienhoikensoshobengodan ISBN 978-4-903690-82-7 定価はカバーに表示してあります。 乱丁・落丁本はお取り替えいたします。 --------------------------------------------------