差別禁止部会 資料2 第15回(H24.3.9) 障害を理由とする差別の禁止に関する法制の制定に向けて ― 論点に関する中間的な整理 ― (案) 平成24 年3 月 日 障がい者制度改革推進会議差別禁止部会 はじめに 障害者の権利に関する条約(仮称)は平成18 年12 月に第61 回国連総会で採択され、平成20 年5月に発効した。日本は平成19 年9月に同条約に署名したが締結には至っていないことから、平成21 年12 月、障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備等を行い、障害者施策の総合的かつ効果的な推進を図るため、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置した。 同本部の下で、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害者、学識経験者等からなる「障がい者制度改革推進会議」が開催されることとなった。 推進会議は平成22 年1月から審議を開始し、計14 回にわたる審議の内容を「第1次意見」として取りまとめ、これを最大限に尊重し、平成22 年6月29 日に改革の工程表を閣議決定した。この中において、「障害を理由とする差別を禁止するとともに、差別による人権被害を受けた場合の救済 等を目的とした法制度の在り方について、第一次意見に沿って必要な検討 を行い、平成25 年常会への法案提出を目指す。」とされた。これを受けて、 平成22 年11 月から差別禁止部会を開催している。 差別禁止部会では、障害を理由とする差別の禁止に関する法制(以下、「差別禁止法」という。)に関する総則及び各分野について一通り議論を行ったところであるが、○回にわたる議論(各回の議題は別紙参照)の中で様々な意見が出され、引き続き検討を要する点が数多くあるため、今後の議論に資する観点から、議論を中間的に整理することとする。 第1、総論 1、差別禁止法の必要性、有用性 @様々な分野において差別の事例が存在しており(注1)、障害者の尊厳が害されているので、このような状態を放置しておくべきではない。 A裁判例においても、差別は人格的尊厳の否定として損害賠償請求の理由となる(注2)が、具体的な法律がなければ差別を効果的に救済することは困難ではないか。 注1 障害者に対する障害を理由とする差別事例等の調査 事例集(平成21 年3月 :内閣府委託調査) 注2 静岡地裁浜松支部 平成11 年10 月12 日 判例時報1718 号95 頁 B差別禁止法の制定は、障害者権利条約の締約国に要請されている、障害を理由とする差別をなくしていくための措置として適当である。 C現状では、個別の事案ごとに裁判所の判断を仰がなければならない状況であるが、法律として事案解決の具体的指針として機能することを通じて、障害者にとっては、争点の明確化、事後救済の容易化・迅速化といった効果が期待される。他方、障害者でない者にとっては、どのような行為をするとどのような効果が生じるのかということについて予測可能性が立ち、事案の発生防止にも寄与することが期待される。なお、これらを機能させ るためには、一般の人にわかりやすい法律であるべきという意見があった。 D地方公共団体においては、千葉県、さいたま市、熊本県等において、障害者差別に関する条例が制定されるなど地方のレベルでは一部取組が進んできているが、法律の制定によってその他の地方公共団体の取組を後押しすることにつながる。 Eまた、差別をなくしていくための方法としては、差別の中には、理解不足や障害者に接する経験が少ないことから生じている場合も多いと考えられるので、理解不足に起因する差別に対しては、理解を促すようなアプローチを取るなど様々あってよいのではないかという意見もあった。 F差別禁止法は国、行政と障害者という2面関係に加えて、一般の国民と障害者の関係が出てくる。国民との利害関係を調節する法律になり、その必要性を多くの国民が理解する必要がある。更に、障害者と国民の在り方を問う差別禁止法制が新しい社会づくりに重要な役割と意義があることについても、理解を広げなければならないという意見があった。 G憲法や人権条約の差別禁止条項は私人間を問題にしないという枠組みの制限があり、差別の防止や救済が困難である。障害者基本法の差別禁止規定は理念であり、裁判規範性も救済手続もない。現行の法制度では差別をなくすのは困難であるため、差別禁止法が必要である。 H社会の意識として差別禁止が確立されるためには、差別の定義や類型、適用範囲、社会生活や日常生活の場面ごとの基準等を体系的に示し、裁判規範性を備えた統一的な法律が必要である。 2、現行法体系の下における差別禁止法の位置付け @差別禁止法を制定することに関しては、障害の有無により差別されないことは、憲法第14 条に規定された基本的人権のひとつであり、その実現が求められることはいうまでもない。差別禁止法の制定は、これまで法律上の明文の規定がないまま、民法第90 条、第709 条のような私法の一般条項を憲法の人権規定の趣旨をとり込んで解釈・適用することによって、間接的に私人間の行為を規律してきた救済行為に法律上の根拠を与えるものであり、国の意思をより明確にするものといえるという意見があった。 A国は個人に基本的人権を保障していることとの関連で、その人権が他者によって侵害されているときには国はその人権を保護するべき義務があるという観点から、私人間に民法を適用する際にもその保護義務を果たすようにするべきである。ただし、国がある者を保護すれば、その限りで相手方の権利・自由が制約されることになるため、その制約が過剰になるならば、むしろ相手方の権利・自由に対する不当な介入にあたる恐れが出てくるので、そのバランスを考慮する必要があるという意見も併せて紹介された。 3、差別禁止法の対象範囲 @差別禁止法が障害者を対象とするのか、それともすべての人を対象として障害を理由とする差別を禁止するのかという、全体の枠組みに関連する問題がある。日本国憲法には「すべての国民は」と書いており、障害者の権利条約の第5条1 項は「締約国は、すべての者が…(中略)…いかなる差別もなしに法律による平等の保護及び利益を受ける権利を有することを認める」とあり障害者に限定していない。各国が法律をつくるとき、障害者 を対象にするのか、それとも対象を広げるのかという議論が含まれているのではないかという意見があった。 A障害のない人が、身内や友人など、その関係する障害のある人の障害を理由に差別を受けた場合については、保護の必要性から差別禁止法の適用範囲に含めるべきという意見がある一方で、現時点では差別禁止法の対象とする必要はないという意見や、関係者自身の障害が推測される場合には対象とするが、単に関係者の能力等が一時的に損なわれているだけの場合には対象としないという意見が出された。 4、「障害」の捉え方 @障害者差別禁止法はインペアメントを持つ人を対象にしている。まずインペアメントの障害を定義づけ、そしてそれから起こる現象によって生じている差別に焦点を当てる。これは社会的環境によって起こる不利を示しているのであり、何でも障害と表しては混乱するという意見があった。 Aインペアメントの概念を広げるべきである。150 キロの体重の人が飛行機に座れないから座席を2 人分買うしかないという場合、障害者基本法では太っていることは障害ではないが、差別禁止法ではインペアメントに入るかどうかを視野に置く必要があるという意見があり、それについては、インペアメントといった場合、医学的な基準でいうのか、社会モデル的な側面を入れるのかも問題になる。インペアメントに限るから医学モデル、社会的障壁を入れるから社会モデルという切り分けではないという意見があった。 Bアメリカでは、救済の対象となる障害者の範囲が限定されていることから、差別からの救済を求める人が、その救済の対象となる「障害者」であることを証明することが困難となっていた経緯があることも踏まえ、日本で差別禁止法を作る場合には、差別からの救済を主張する人が、使いやすいようにしなければならないという意見があった。 C具体的には、「障害」を理由とする差別という場合の「障害」は、心身の機能の障害とした上で、全ての機能障害を対象とするべきという意見が多かった。 D一方で、救済機関が強い権限を持つのであれば、差別からの救済を求める人には何らかの要件を設けた方がよいのではないかという意見もあった。 また、一時的な傷病や軽微な障害については、機能障害からは除くべきとの意見もあった。 E機能障害に期間や程度等の何らかの制限を加えるかについては、様々な意見が出された。期間に関しては、継続的に機能障害のある者と、一時的に機能障害のある者とを分けることは不合理であるという意見がある一方で、「インフルエンザ」や「骨折」といった一時的な機能障害も「障害」ととらえることは、社会通念からして妥当ではないという意見があった。 また、程度に関しては、極めて軽度な機能障害を対象に含めることは、歴史的・経験的に差別を受けてきた「障害」とかけ離れてしまわないかという意見があった。 F差別禁止法における「障害」には、現在存在している機能障害だけに限るのではなく、過去に障害の履歴を有する場合(例えば過去の入院歴など)、将来発生する蓋然性がある場合(例えば疾患の遺伝的素因など)、誤解などで障害があるとみなされた場合、外貌やその他心身の特徴も全て含めるべきであるという意見があった。ただし、このように広く保護の対象とするのであれば、法の保護の対象となる「障害」を明確に規定することができなくなるのではないかという観点からの意見もあった。 5、差別 (1)「差別」の捉え方 @部会においては、異なる取扱いが差別であるという意見、不利益取扱いも含めるべきであるという意見、また、差別となるのは、ある者について、(@)不平等状態を作り出した場合、又は、(A)存在する不平等状態をそのままにした場合と考えられるのではないかという意見が出されたが、異なる取扱いが差別であるということについては、概ね意見の一致が見られた。 A異別取扱いが差別であるとしても、同一取扱いだけでは私人間の実質的な平等が保障できず、異別取扱いの必要性が高い場合が現実にはあることや、障害者権利条約が「合理的配慮」の提供を求めている趣旨を踏まえると、異別取扱いも許される場合があるという意見があった。ただし、この場合であっても原則は平等取扱いであることから、異別取扱いは本人が求めた場合に限るという意見があった。 (2)禁止されるべき差別について @障害者の権利条約の策定過程の中で議論された差別の類型としては、障害があることを直接の理由として差別を受けている場合(直接差別)、表面上は障害を理由とした差別は行われてはいないが結果的に障害者が排除されてしまっている場合(間接差別)、本人が必要としている合理的な配慮が提供されない場合(合理的配慮の不提供)がある。加えて、障害に関連する事由を理由とする区別、排除、制限、その他の不利益取扱(関連差別)についても議論された。 諸外国においては、差別の類型化を行っている国があることから、差別の類型化について、議論が行われた。 A差別の類型化をすることの意義として、差別の態様を類型化することによって、禁止されるべき差別行為が解釈上矮小化されることを防止するという意義があるという意見や、行為規範として禁止されるべき差別行為の基準を広く国民に明確化することに意義があるという意見があった。一方で、間接差別の概念が我が国には定着していないという観点から、差別の類型化を現時点では行う必要はないのではないかという意見もあった。 B直接差別と間接差別の捉え方については様々な意見が出されたが、一つの整理の仕方として、差別が問題となるのは、あるルールに従って行動している場合又は行動すべき場合において、障害者に対して当該ルールが適用されないときが直接差別で、障害者は当該ルールを構成する要件を通常満たすことができないときが間接差別と整理できるのではないかという意見があった。いずれの場合でも正当化事由をどのように考えるかということは更に検討を要する。 C間接差別の際に議論になったこととして、男女雇用機会均等法の下では、間接差別に該当するものを限定的に定めていることとの関連で、差別禁止法においても間接差別に該当するものを限定的に定めるべきかどうかいうことに関して議論を行った。これについては、 (@)障害の種別は多様であることからそもそも限定的に定めることは困難である、(A)社会において当たり前とされてきた規定、基準、慣行などが差別的に機能しているという構造の解消を目的とするのが「間接差別」の意義である、などの理由により、間接差別に該当するものを限定的に定めることは間接差別の概念を導入する意義に反する、といった意見が出された。 しかし一方で、間接差別が何を禁止しているかということが明確ではない以上、国民の権利利益に制限を課すものとして機能し得るか、あるいは、国民の理解を得られにくいのではないかとの問題意識も示された。間接差別の対象となる事案を差別禁止法制の中でどのように取り扱うかについて、引き続き検討が必要である。 D差別の類型化については、以上のように多様な意見が出たが、直接差別・間接差別・関連差別を包含した差別の類型と、合理的配慮の不提供という差別の類型の2つにまとめるという方向性において、概ね意見の一致は見られた。ただし、直接差別・間接差別・関連差別を包含した包括的な規定の仕方をする場合であっても、特定の差別的行為が抜け落ちてしまうことのないようにするべきとの意見があった。 (3)差別の主観的要素 ある行為が差別と認定されるためには、差別をしているとされている側に「障害者を排除する意図」が必要かどうかについて、議論が行われた。 差別禁止法が差別の解消を目的とするのであれば、問題となるのは行為の結果であって、差別をする側の主観的要素は原則として考慮されるべきではないという意見があった。一方で、異別取扱いをしていることの認識は必要であるとの意見があった。また、差別禁止違反の効果として損害賠償を認める場合は、損害賠償に関する一般原則として過失責任原則がそのまま妥当すると考えると、自己の行為が客観的に「差別」にあたることを認識するべきだったのにしなかったときは、「過失」があるとして、責任が認められる可能性があるという意見もあった。 (4)合理的配慮 @障害者が合理的配慮を必要とする理由について、(@)障害者権利条約が「合理的配慮」を人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するためと規定していることを受けて、他の者と平等に権利を享受し、又は行使するために必要という意見、(A)障害者の場合には、これまでの社会の障害者に対する配慮のなさにより不平等が生じており、単にその属性を考慮しないで同一取扱いをすれば機会の均等化がなされるというものではなく、何らかの配慮がなされなければ、障害者が障害のない人と実質的な機会均等を確保することが困難である場合が多いことから必要であるという意見があった。 また、私人に対して合理的配慮の提供という作為を課す根拠としては、同じ社会の構成員である以上、互いに助け合わないといけないという一種の連帯思想を持ち出すことが可能ではないかという意見もあった。 A合理的配慮が求められる分野としては、福祉サービスを含む全ての分野において合理的配慮は提供されるべきであるという意見が多かった一方で、社会の構成員にどのような配慮をどの程度求めるかということは社会の構成員の合意を得て慎重に検討する必要があるという意見もあった。 B合理的配慮の内容は、障害の種別・状態は多種多様であるため、具体的・網羅的に決めることは困難であるが、ある障害を有する者と有しない者との比較において、「機会の平等を実質的に確保するために要請される措置」を内容とするべきという意見が多かった。ただし、相手方に合理的配慮という是正措置を要請する場合には、その是正措置が、(@)目的に適しているか、(A)必要不可欠であるか、(B)目的と不均衡なものではないか、といったことに配慮するべきではないかという意見があった。 C障害者権利条約においては、合理的配慮は「特定の場合において必要とされるもの」となっているが、障害者からの求めがなくても何らかの事前の措置を行っておくべきかどうかについて、議論の中で問題提起が行われた。 ただし、合理的配慮との関係をどのように考えるかについて、引き続き検討を要する。 (5)正当化事由 @障害者に対する異別取扱いは原則として差別に該当するとしても、障害以外の理由によって取扱いの差異が生じていることを示せたり、あるいは、異別取扱いを行うことについての正当な理由が示せたりすれば、差別には該当しないという意見があった。個々の事案毎に当事者双方に言い分がある以上、一定の衡量をベースにした判断ができるようにしておいた方が良いとの問題意識が示された。 A異別取扱いを行うことについての正当な理由があるかどうかを考える際には、差別の類型によって正当化事由は異なり、具体的には、直接差別の場合、障害者と非障害者とで異なる取扱いを行うことが妥当であることを示すことができる場合に、正当化事由があることになるが、その妥当性をどのような衡量によるべきかについては、更に検討が必要である。 B直接差別については、正当化事由は不要であるという意見や差別に例外を設けることは、新たな差別を生むことから行うべきではないという意見があった。また、公共的利益を実現するためにその区別等が必要不可欠であることを区別者側が証明すべきであり、司法が判断可能となる厳格な要件が差別の認定のためには必要であるという意見があった。 C間接差別の場合、通常障害者がルールに必要とされる要件を満たすことが出来ないときに、そのルールを採用することが妥当であることを示すことができる場合に正当化事由があることになるが、その妥当性をどのような衡量によるべきかについては、更に検討が必要である。 なお、直接差別と間接差別を包含した差別の態様については、その正当化事由について、更に検討を要する。 D合理的配慮を提供しないことが正当化される場合としては、概ね、その提供に伴う負担が過度な場合が挙げられていたが、(4)Bで挙げることにも留意する必要がある。 E差別に関する立証責任は、差別を受けた側が責任を負い、差別をしたとされる側は正当化事由について立証する責任を負うという大枠については、多くの委員の意見は一致していた。 Fこの立証責任の問題は、差別の類型をどうするか、また、それに伴う正当化事由をどのように考えるかということと連動する問題であるので、引き続き検討を要する。 第2、各論(個別分野) (1)雇用、就労 (2)司法手続 (3)選挙等 (4)公共的施設及び交通施設 (5)情報 (6)商品、役務、不動産 (7)医療 (別紙) 差別禁止部会の検討経緯 第1 回 平成22 年11 月22 日 差別禁止部会の運営について 今後の進め方について 第2 回 平成23 年1 月31 日 差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング) ・EU における障害者差別禁止法制 ・フランスの障害者差別禁止法制 第3 回 平成23 年4 月8 日 差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング) ・アメリカの障害者差別禁止法制 ・ドイツの障害者差別禁止法制 第4 回 平成23 年5 月13 日 差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング) ・イギリスの障害者差別禁止法制 ・韓国の障害者差別禁止法 第5 回 平成23 年6 月10 日 差別禁止に関する諸外国の法制度について(ヒアリング) 差別禁止法制の必要性等の論点について 第6 回 平成23 年7 月8 日 直接差別・間接差別について 間接差別について(ヒアリング) 第7 回 平成23 年8 月12 日 「差別」の類型論を巡る論点(その2) 障害者差別が裁判で争われた事例(ヒアリング) 第8 回 平成23 年9 月12 日 「差別」の類型論を巡る論点(その3) 欠格事由に関するヒアリング 条例に基づく救済に関するヒアリング 第9 回 平成23 年10 月14 日 「差別」の類型論を巡る論点(その4) 雇用、就労における差別について 第10 回 平成23 年11 月11 日 司法手続及び選挙等の分野における差別禁止について 第11 回 平成23 年12 月9 日 公共的施設及び交通施設の利用における差別禁止について 第12 回 平成24 年1 月27 日 省庁ヒアリング(合理的配慮について) ・厚生労動省 ・文部科学省 情報の分野における差別禁止について 第13 回 平成24 年2 月10 日 情報の分野における差別禁止について(その2) 教育の分野における差別禁止について 第14 回 平成24 年2 月24 日 日常生活(商品、役務、不動産)における差別禁止について