差別禁止部会 第6回(H23.7.8) 資料3 間接差別について 相澤美智子氏 資料 第6回差別禁止部会(2011年7月8日) 間接差別―諸外国における概念の展開の経緯について 一橋大学 相澤美智子 T はじめに 1 間接差別(indirect discrimination)という用語 イギリスおよびEUで使用されている用語 もともとアメリカにおいて差別的効果(disparate impact)という用語が誕生 →基本的に間接差別という用語を使用(場合によって、差別的効果という用語も使用) 2 間接差別が発生する場合 雇用、教育、(過去のアメリカにおいては)選挙権の付与など →主として雇用における間接差別について述べる 3 間接差別との関係で問題となる差別事由 人種、性、障害など →アメリカ法については人種および性を理由とする差別、イギリス法およびEU法については主として性(補足的に人種)を理由とする差別について述べる 4 本報告が念頭においている間接差別禁止規定を含む制定規則 →アメリカについては1964年公民権法第7編、イギリスについては1975年性差別禁止法(補足的に1976年人種関係法)、EUについては2002年男女均等待遇指令改正指令(補足的に2000年人種均等待遇指令) 5 間接差別概念のアメリカにおける衰退をイギリスおよびEUにおける発展と対比 U アメリカにおける間接差別概念の生成―1971年Griggs事件連邦最高裁判決 1 1964年公民権法第7編(当時は間接差別を明文で禁止せず)を根拠に間接差別概念を形成→資料1 2 第7編の立法目的は、「雇用における人為的、恣意的、かつ不必要な障壁を除去する」ことにあり、同編は「あからさまな差別のみならず、外形上は公平であっても運用上は差別的である慣行も禁止するものである。(違法性なしと判断するための)指標は、業務上の必要性である。仮に黒人を排除する雇用慣行に業務遂行能力との関連性がないということが示されれば、当該慣行は禁止される。」 →黒人にとって障壁となっている雇用慣行が、業務上の必要性(business necessity)、業務関連性(job relatedness)という観点に照らして差別的といえるか否かを吟味。 3 Griggs事件判決は間接的にしか述べていないが、差別の意図(故意)の証明が不要であることを判示。 4 効果的に適性試験のもたらす差別的効果の問題は相当に解消された V 諸外国における間接差別禁止規定の制定経緯 1957年 欧:EEC(ローマ)条約(119条に男女同一価値労働同一賃金原則) 1964年 米:1964年公民権法制定(間接差別禁止規定なし) 1971年 米:連邦最高裁Griggs事件判決 1975年 英:性差別禁止法制定(間接差別禁止規定あり)→資料2 欧:男女同一賃金指令(男女同一価値労働同一賃金原則) 1976年 欧:男女均等待遇指令(間接差別禁止、ただし間接差別の定義なし) 1991年 米:1991年公民権法制定(間接差別禁止を成文化)→資料2 1997年 欧:立証責任転換指令(間接差別の定義) 2002年 欧:男女均等待遇指令改正指令(間接差別の定義を改正)→資料2 2005年 英:性差別禁止法改正(2002年上記EU指令と整合するよう間接差別禁止制定を改正)→資料2 2006年 欧:男女均等待遇統合指令(4条に1975年男女同一賃金指令の男女同一価値労働同一賃金原則を定める) W 間接差別概念の展開(アメリカにおける衰退とヨーロッパにおける発展) 1 アメリカにおける間接差別概念の若干の展開 (1)刑務所の看守の職の募集に身長・体重要件を設けるのは、女性に対する間接差別である(1977年Dothard事件連邦最高裁判決)。 (2)客観的制度や基準にもとづかない、面接官の印象など主観のみによる人事決定(主観的人事決定)も、間接差別として争いうる(1988年Watson事件連邦最高裁判決)。 (3)消防士など市の職員への応募につき、当該市の住民にしか応募資格を与えないとした居住地要件は、人種に対し差別的効果を有する(1991年Town of Harrison事件連邦控訴裁・第3巡回区判決など)。 2 アメリカにおける間接差別概念の衰退 (1)間接差別として争いうる事案に関して (a)現被用者が口コミで使用者が採用募集を行っていることを公表したことは、非白人に対し差別的効果を有するという主張に対し、使用者は積極的に口コミ採用をおこなっていたのではなく、ゆえに「特定の雇用慣行」にはあたらないとして、差別的効果を否定(1991年Chicago Miniature Lamp Works事件連邦控訴裁・第7巡回区判決)。 (a')社内において英語のみ使用を義務づける規則は、メキシコ系アメリカ人に対し差別的効果を有するという主張に対し、第7編は被用者に文化的アイデンティティを表現させることを使用者に義務づけるものではないゆえ、英語のみ使用は「特定の雇用慣行」にはあたらないとして、差別的効果を否定(1993年Garcia事件連邦控訴裁・第9巡回区判決など)。 (a")パートタイム労働者から解雇するという基準は女性(原告は出産後、パートタイムでの就労を開始)にとって差別的効果を有するという主張に対し、使用者が恒常的にではなく、あるとき一度だけ適用した基準は、703条(k)(1)(A)の「特定の雇用慣行」にはあたらないとして、差別的効果を否定(1997年Ilhardt事件連邦控訴裁・第7巡回判決)。 (b)同一価値の職務間(一方はいわゆる男性職、他方はいわゆる女性職)に賃金格差が生じているのは間接差別であるという主張に対し、賃金は市場における賃金相場により決定されており、使用者にこれを無視して結果の平等を担保することまで義務づけられるものではないとして、請求を棄却(1977年Christensen事件連邦控訴裁・第8巡回区判決、1980年Lemons事件連邦控訴裁・第10巡回区判決)。 (b')性中立的制度が一方の性の者に対し他方の性の者よりも低賃金をもたらしているときには、それは「性以外の要素」を理由とする賃金格差は違法ではないと規定する同一賃金法により是認される(そして、かかる賃金格差は、同一賃金法により是認されている賃金格差として、第7遍違反を構成しない)(1981年Gunther事件連邦最高裁判決・傍論)。→資料3 (b")男女同一価値労働同一賃金原則にもとづく請求に対し、賃金を市場における賃金相場により決定することは、使用者による雇用政策ないし雇用慣行ではないゆえ、間接差別法理の射程は及ばないとして、請求を棄却(1984年Spaulding事件連邦控訴裁・第9巡回区判決など)。 (2)間接差別を証明する統計資料に関して (a)市交通局の職にメタドン維持療法(ヘロイン等の麻薬依存の治療のために行われる、メタドンという薬物を用いた薬物代替療法。薬物依存にもとづく禁断症状を軽減する目的で代替薬が処方され、医師の治療計画にもとづき、徐々に服用量を減らしていく)を受けている者は採用しないとする採用基準は黒人に対する間接差別であるという主張に対し、市が実施するメタドン維持療法を受けている者の63%が黒人であることを示す原告提出の統計資料(一般的統計資料)は、被告自身が黒人に対し間接差別を行っていたことを証明していないとして、請求を棄却(1979年Beazer事件連邦最高裁判決)。 (b)缶詰職(低賃金の職)において有色人種の割合が高く、非缶詰職(高賃金のいわゆる白人職)においては彼らの割合が低いことを示した資料によって人種に対する間接差別を認定した原審の判断は誤りであり、間接差別を証明する統計資料としては、問題の職種(非缶詰職)の人種構成と、関連する労働市場(relevant labor market)、すなわち、現実的に労働市場となりうる地域、の中で問題職(非缶詰職)に就くのに必要な能力資格を有する者の集団(qualified population)の人種構成とを比較して、不均衡が存在することを示した資料が必要であるとして、請求を棄却(1989年Wards Cove事件連邦最高裁判決)。 (3)間接差別に対する抗弁に関して (a)判例は、「業務上の必要性」および「職務関連性」について一貫した判断を示しておらず、使用者の抗弁はほどんどの場合において容易に認められている(なお、「業務上の必要性」の方が「業務関連性」よりも経営の自由に対し制約的であり、使用者にとり厳しい基準となっているとの前提に立ったうえで、「業務関連性」の方を重視し、使用者が用いる属性に中立的な基準には職務との関連性があればよいとする傾向が認められると分析する先行研究が存在)。 (b)差別的効果がより少ない別の試験や選考方法が存在し、使用者の合意的利益に資するか否かの判断においては、当該方法の「コストおよびその他の負担という要素」も考慮に入れる必要がある(1989年Wards Cove事件連邦最高裁判決)。 3 イギリスおよびEUにおける間接差別概念の発展 (1)間接差別として争いうる事案に関して (a)漠然とした主観的な昇進審査も、間接差別として争いうる(1982年Savell事件雇用上訴審判所決定)。 (b)パートタイム労働者を企業職域年金から排除することは、女性に対する間接差別にあたる(1986年Bilka事件欧州司法裁判所判決)。 (b')不公正解雇の補償金と剰員手当の請求権について規定する雇用保護(統合)法の規定は、請求権を行使する要件として、①週16時間以上働く労働者には2年間の勤続、②週8〜16時間働くパートタイム労働者には5年間の勤続を義務づけており、これがEU法違反の女性に対する間接差別を構成するのではないかという訴えにつき、雇用保護統合法上の上記規定はローマ条約119条、同一賃金指令、男女均等待遇指令に違反すると判断(1994年EOC事件貴族院判決)。 (c)シーク教徒である原告にショートヘアを強要し、ターバンの着用を禁止することは、人種関係法違反の「民族的出身」を理由とする間接差別である(1983年Mandla事件貴族院判決)。 (d)出産後、パートタイムで働きたいと申し出た女性に対し、フルタイム勤務を要求することは間接差別にあたる(1984年Holmes事件雇用上訴審判所決定)。 (2)間接差別を証明する統計資料に関して (a)早朝・深夜勤務または日勤であるが長時間勤務を要求する地下鉄運転手の交替制勤務の要請は、女性に対する間接差別にあたるという主張に対し、2023人の男性全員が当該交替制に就労することができる一方で、女性は21人中20人(95.2%)が就労できるという場合でも、①対象となる男性が2023人と圧倒的に多数であったにもかかわらず、その条件により不利益を被る男性が1人もいなかったということ、②ひとり親として育児を行う女性(原告はひとり親として育児をおこなっていた)は、男性の10倍にも達しているという全国的統計が存在すること、③地下鉄運転手として働くことが女性にとっては困難か、もしくは、魅力的ではないことかもしれないという一般的知見、④95.2%という数字は最大値ではなく最低値であることを推定することが可能であること等を考慮すれば、当該交替制は女性に対する間接差別にあたる(1998年Edwards(2)事件控訴院判決)。 (b)雇用契約上の転勤条項(使用者の都合により転勤を命じることがある旨を定める)は、女性が男性よりも高い割合で二時的な生計維持者であり、それゆえに男性よりも女性の方が転勤に応じにくいという事実を想起すれば、統計的根拠がなくとも、女性に対し差別的効果を有すると判断される(1995年Meade-Hill事件控訴院判決)。 (c)前職からの職業年金を受けている人々に対しては職を提供しないという使用者・警察当局の方針は、男性に対する間接差別にあたるという主張に対し、問題の差別を証明するための統計資料の母数は、厳密に、(警察当局において)募集のあった職につき資格を有しており、かつ関心のある人々の集団である必要はないと判示(原告は彼なりに適切であると考える統計資料を提示し、使用者はそれが不適切であるという具体的反証を行わなかった)。なぜならば、間接差別の存在を示す入念な統計資料が提出されるまでは間接差別の存在を認めないとすると、アメリカが直面しているような、膨大な時間とコストがかかるという問題に直面するから、(1990年Lea事件雇用上訴審判所決定)。 (3)間接差別に対する抗弁に関して (a)イギリスの判例においては、間接差別を生じさせている基準や慣行等が、①不可欠(necessary)であることの証明まで要求する、という時代から、②確実に根拠を有し、許容しうるものである(acceptable・・・as sound and tolerable)ことの証明を要求する、という時代を経て、③当該基準や慣行の差別的効果と使用者側の合理的必要(reasonable needs)の比較衡量により、その正当性を判断するという枠組みが形成されていった。 (b)EUの判断においては、1980年代後半頃から、間接差別を生じさせた行為の①目的が(社会政策上)不可欠(necessary)であったか、②手段が目的達成のために適切(appropriate)かつ不可欠(necessary)なものであったか、と目的と手段の両面から正当性を判断するという枠組みが明らかにされるようになった(具体的な正当性判断は、加盟国国内裁判所の権限に属する)。 (c)(b)の流れに沿う形で2002年に男女均等待遇指令正指令が出され、これと整合するよう、イギリスにおいては2005年に性差別禁止法が改正されて現在に至る。 (d)EUにおいて、コストを抗弁事由として認めることを制限し、コストの増大のみを理由に正当性を認めることが否定され(2000年Schr?der事件欧州司法裁判所判決)、これがイギリスにも影響を与える(2005年Cross事件雇用上訴審判所判定)。 X まとめ 1 間接差別概念の特徴 (1) 形式的平等ではなく、実質的平等を追及(ただし、結果の平等が求められるわけではない) (2) 差別の意図の証明を不要とする (3) 被差別集団全体に対し差別の是正効果が及ぶ(差別的状態の解消) 2 間接差別概念の拡大・矮小化 (1) 観客的制度や基準による雇用上の決定ではない主観的人事決定も、間接差別として争いうる (2) 間接差別を惹起する社会構成にメスを入れられるか否かは、直接的・法技術的には、間接差別概念をどう定義(文言化)するか、当事者の立証責任をどう捉えるかということと関係している (a) アメリカにおける「特定の雇用慣行」 (b) 間接差別の証明のために追及される統計資料の内容、厳密性(イギリスにおける法改正) (c) 間接差別に対する抗弁の基準をどのように合理化するか(イギリスにおける法改正) (3) 間接差別を惹起する社会構成にメスを入れられるか否かは、間接的には、誰が、法的判断に携わるのかという法の実現のあり方およびより広い社会文化と関係している(これが、アメリカとイギリス・EUの概念の展開経緯の違いをもたらした原因と考えられる) (a) 誰が法的判断に携わるのか 米:間接差別に関する判断に関わる連邦裁判所裁判官、大統領の指名と上院の承認。 英:雇用審判所においては、職業裁判官+労使の代表組織から推薦されたレイ・メンバーと呼ばれる法律の専門家でない審判員による判断。 欧:各加盟国から1名ずつ推薦、全加盟国で相互承認。 (b) 間接差別概念の展開を左右する社会文化 規制に極めて消極的で、経営の自由を最大限尊重しようとするアメリカと、社会国家的発想の強いEUおよびEU法に拘束されるイギリス 第6回差別禁止部会 間接差別・関連資料 資料1 ・1964年公民権法第7編(Title VII of the Civil Rights Act of 1964)703条(a) (1) 人種、皮膚の色、宗教、性、または出身国を理由として、個人を雇用せず、あるいは雇用を拒否し、もしくは個人を解雇すること、または、その他の形で、雇用における報酬、条件、権利について、個人を差別すること。 (2) 人種、皮膚の色、宗教、性、または出身国を理由として、個人の雇用機会を奪ったり、その他被用者としての地位に不利な影響を与えるような方法で、被用者または求職者を、制限、隔離または分離すること。 資料2 ・性差別禁止法(Sex Discrimination Act)(1975年制定当初) 1条(1)(b)要件または条件(a requirement or condition)を男性に適用するのと同様に女性に適用、または適用するであろう場合に、 (i)それを充足しうる女性の割合が男性の割合よりも相当程度小さく、 (ii)その適用させるべき者の性別に関係なく正当であることを立証しえず、 (iii)女性がそれを充足しえないがゆえに不利益を被る場合 ・性差別禁止法(2005年改正後) 1条(2)(b) 規定、基準または慣行(a provision, criterion, or practice)を男性に適用するのと同様に女性に適用、または適用するであろう場合に、 (i)それが男性らと比較して女性らに特定の不利益を与え、または与えるであろう場合であって、かつ (ii)申立人女性が不利益を被る場合であって、 (iii)それが適法な目的を達成するための相当な方法であることを証明することができない場合 ・2002年男女均等待遇指令改正指令(Directive 2002/73/EC of the European Parliament and of the Council of 23 September 2002 amending Council Directive 76/207/EEC on the implementation of the principle of equal treatment for men and women as regards access to employment, vocational training and promotion, and working conditions) 外見上は中立的な規定、基準、はたは慣行(a provision, criterion, or practice)が、ある性に属する者に対し他の性に属する者と比較して、特定の不利益を与えるであろう場合であり、当該規定、基準または慣行が、合法的な目的により客観的に正当化されず、かつその目的の達成手段が適切かつ必要でない場合。 ・1964年公民権法第7編703条(k)(1)(A)(1991年公民権法により追加) 差別的効果にもとづく違法な雇用慣行は、次の条件のいずれかを満たす場合に限り、本条に基づいて認められる。 (i)被告が、人種、皮膚の色、宗教、性別又は出身国に基づく差別的な効果の原因となる特定の雇用慣行(a particular employment practice)を実施していたことを原告が証明し、かつ問題とされる行為が当該職務について職務上の関連性があり(job related for the position in question)、業務上の必要性と一致する(consistent with business necessity)ことの証明に被告が失敗したこと、または (ii)原告が本条Cに規定する代替的雇用慣行に関する証明を行い、かつ被告が当該代替的雇用慣行の採用を拒否したこと (C)(A)(ii)に規定する証明は、『代替的雇用慣行』の概念に関しては、1989年6月4日当時の法に一致するものとする(1989年6月4日とは、Wards Cove事件連邦最高裁判決の判決日)。 資料3 ・1964年公民権法第7編703条(h) 使用者が賃金または報酬の額を決定する際に、性を理由に格差を設けることは、かかる格差が1963年同一賃金法により是正されている場合であれば、本編(第7編)の下で違法な雇用慣行とされない。 ・1963年同一賃金法(Equal Pay Act of 1963)が是認する賃金格差とは @ 先任権制度にもとづくもの A 能力成績による任用制度にもとづくもの B 生産の量や質による出来高払い制度にもとづくもの C その他の性別以外の要素(any other factor other than sex)にもとづくもの