障害者基本法に関する論点についての意見
障がい者制度改革推進会議・構成員 尾上浩二
1.基本的性格について
①障害者の権利条約(以下「条約」と略す)の最も重要なコンセプトは、改めて言うまでもなく、旧来のような障害のある人が保護される対象ではなく、権利の主体として明確に位置づけたことにあります。
障害者基本法の抜本改正に当たっては、同条約を踏まえ、障害者を権利の主体としてどんな障害があっても、地域社会で差別を受けることなく、障害のない人と共に障害のある人が生きがいのある生活を送ることができる法制度の体系の「基本」となる法律とすべきです。
②「すべて障害者は…参加する機会が与えられる」とした現行・第3条2の恩恵的な意味をもつ規定をあらため、障害者を権利の主体として位置づけなおした上で、第2章の全条文についての見直しが必要です。
2.障害の定義
①障害者基本法の制定時(1993 年)から発達障害や高次脳機能障害、難病等をはじめとして、環境上の要因によって生活上の制限を受ける状態を障害の範囲に含めることについては、長年の懸案であり、未だに解決していません。障害者基本法の抜本改正で、「合理的配慮の否定」を含む「差別行為の禁止」を明示するのであれば、国際比較からも取り残されている現行の極めて狭い「障害の範囲」を改正することが求められます。
②条約が示している障害の社会モデルに沿って「この法律において「障害者」とは、身体的障害、知的障害又は精神的障害(以下「障害」と総称する。)があるため、種々の障壁と相互に作用することにより、社会に完全かつ効果的に参加することに制限を受ける者を含む」との規定に改正することが必要です。
3.差別の定義
①障害者権利条約の批准に向けて、国内でも障害者差別禁止法を策定し、障害者の差別撤廃・権利実現のための法整備につながる規定を、障害者基本法の抜本改正で盛り込むことが必要です。
②その上で、障害者基本法の抜本改正においても、差別の定義を行い、「直接差別」「間接差別」、「合的配慮を行わないこと」の3類型が含まれることを明記することが必要です。
4.基本的人権の確認
①「権利の主体」としての性格の変更にあわせて、障害者の自立と自己決定を権利の明記とそのために適切な措置の確保の明記が必要です。
②現行の目的(第1 条)や基本的理念(第3 条)に入っている「社会参加」の文言が、現行・第2章「施策の基本方針」ではふれられていません。社会参加の権利性を明記し、多様な「社会参加」のための適切な措置の確保の明記が必要です。
③地域での自立生活についての権利規定が必要です。入所施設や病院等での生活を強いられることを差別として禁止するとともに、障害者が地域社会で必要な支援を活用しつつ自立した生活を送る権利を有することの明記が必要です。
④手話の公的言語化やコミュニケーション保障については、条約の第2 条(定義)と第21 条(表現及び意見の自由並びに情報へのアクセス)を踏まえて、障害者が自ら選択する手段、方法によって、表現及び意見の自由(情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。)の表明を効果的に行うことができる適切な措置を確保することの明記が必要です。
5.障害者に関する基本的施策
①個別実定法の理念的根拠となる現行・第2章(障害者の福祉に関する基本的施策)の関係条文については、条約の関連条文をもとに、「~を確保する」「~を行う」「~しなければならない」等の義務規定を基本とすべきです。
②地域での自立生活の権利を実現していくために、障害者権利条約第19 条に明記されたパーソナル・アシスタント・サービスを含む支援を受ける権利を明記しするとともに、パーソナル・アシスタント・サービスの実施規定を設けることが必要です。
③「改革17項目」のその6 には、「学校教育制度は、あらゆる段階において障がい児が障がい児以外の者と原則分けられず、インクルーシブ教育(共に学び共に育つ教育)とすることを基本とするとともに、障がい児又はその保護者が希望するときは、特別支援教育を受けることを保障」とあります。
その点からすると、現行の第14 条の3では「交流及び共同学習を積極的に進める」と、基本的に分けられた仕組みが前提になっており、条約並びに「改革17項目」が目指すインクルーシブ教育と大きく矛盾しています。「改革17 項目」その6にそった規定にあらためるとともに、まず、入り口から分けないことを基本方針として学校教育法施行令第5 条等での異別取り扱い規定の削除が必要です。
④雇用の促進等(第16 条)については、これまでのような「雇用の促進に関する施策」を示すことにとどまるのではなく、条約(第27 条)が明記している、雇用に係わるすべての事項に関する差別の禁止と苦情手続等による権利の保護に関する措置の必要性の明記が必要です。
条約の第27 条(労働及び雇用)は、インクルーシブで、かつ、アクセシブルな労働市場及び労働環境において、障害のある人の労働の権利を広く認めています。従来のような一般雇用と福祉的就労の縦割り的な制度を根本からあらため、障害者の働く権利の実現という観点からの見直しが求められます。
⑤政治的及び公的活動については、条約の29 条(政治的及び公的活動への参加)を踏まえて、自ら選択した手段、方法によって、政治的及び公的活動に効果的かつ完全に参加することができる適切な措置を確保することの明記が必要です。
⑥難病については、基本法23 条3 項に、「難病等に起因する障害」とされているため、身体障害者福祉法の手帳所持者に限定されているという誤解が生じており、「難病等に起因する」の「に起因する」を削除すべきです。また、障害に基づく差別の多様な実態に合わせて、HIVのキャリア、顔面に異形やアザがある人等にかかわる障害の「みなし」や「過去の経歴」を「障害の範囲」に含める柔軟な対応が求めます。
⑦「障害の予防に関する基本的施策」(第3章のタイトル及び第23 条1と2)の「障害の予防」については、障害はあってはならず、治療しなければならないものという障害観が色濃く反映されているので、この項目は基本的に削除し、次のように修正することが必要です。
イ.現行の「障害の予防に関する基本的施策」(第3章)は削除し、新たに「保健サービスへのアクセス」または「保健サービスの利用」を設け、主体者である障害者の判断と選択によってアクセスし利用できる施策を行うことを明記することが必要です。
ロ.前記のイ.を踏まえて、現行の23 条の3を改変し、新たに23 条の1として、次のような文言に変更が必要です。
「国及び地方公共団体は、障害の原因となる難病等の予防及び治療が困難であることにかんがみ、障害の原因となる難病等の調査及び研究を推進するとともに、難病等の障害があるため継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者に対する施策をきめ細かく推進するよう努めなければならない。」
⑧「改革17 項目」のその15 には、「わが国における障がい者に係る予算は、諸外国との比較において、GDP比で低い社会支出と国民負担率となっているため、立ち遅れている社会的地域基盤の整備と経済的自立を促進し、障がい者福祉施策を推進するため、施策項目と達成期間等を定めた総合的な福祉計画と財政的な数値目標を定める」とあります。
ここで記されている通り、日本の障害者福祉予算は先進諸国に比べて極めて低水準で全体の予算規模が小さ過ぎます。福祉施策にお金を使っていないと言われているアメリカと比べても2分の1程度でしかありません。最低でも現行の3~4倍の障害者関連予算が必要です。障害者福祉施策の拡充のために、財源の確保・拡充を行えるような規定を設けることが必要です。
また、障害者の地域での自立生活の権利を実現していくために、ホームヘルプ等地域生活サービスの地域格差を解消するために、ニーズの適切な把握に努め、必要な財源の確保を行う規定が必要です。そして、障害者の地域生活の基盤整備を重点的に進めるような規定・制度化が求められます。
6.モニタリング
①条約第33 条において言及されている国内人権機関の地位を定めた「パリ原則」(1993 年、国連総会決議)では、自らの権限を行使する基本的な方法に「勧告」が位置づけられており、「異例的な扱い」とはまったく意味が違います。関係行政機関に対する「勧告」を行うためには、独立性の確保は欠かせない前提であり、独立性を担保したモニタリング機関を設置することが求められます。
②当事者参画のありかたについては、条約第33 条の「市民社会、特に、障害のある人及び障害のある人を代表する団体は、監視〔モニタリング〕の過程に完全に関与し、かつ、参加する。」(第3 項)ことを確保するために、障害者施策の実施状況に対する監視[モニタリング]の過程には、条約の国内実施に向けて関係省庁との意見交換を当初から継続的に積み重ねている障害者団体が参加し、積極的な役割を果たすことができるようにすることが必要です。
以上
障害者差別禁止と欠格条項 -制度改革推進会議への提案として
欠格条項は法制度の障壁除去の課題として、「物理、法制度、文化・情報、意識」という四つの障壁 の除去を新長期計画(1993)で掲げて以来、政府としても取り組まれてきたことです。
1.法律に障害者欠格条項が現在も残されており差別禁止に抵触します。これらを撤廃する 差別禁止法が求められています。→表1
2.法律の欠格条項はなくとも、「自力で通勤し単独で職務遂行できる」「活字印刷文に対応 できる」といった受験資格による門前払いや、手話通訳者をつけるなどの配慮を行わない試 験が横行しています。そのような試験における差別をなくす必要があります。→表2,資料
3、法律の欠格条項も、受験資格も、入口に設けられたバリアであり、入口のバリアをなく さなければ入ることもできませんが、入ってからのことも重要です。学校や職場や生活上の 介助や情報アクセスを保障する通訳など、個人をトータルにサポートできる制度が必要です。
4、上の3点は、いずれも、欠格条項の撤廃にむけて取り組む過程で出てきたことであり、 多くの人の経験や声が寄せられている課題です。障害者制度改革推進会議の論点・検討作業 の中に位置づけることを提案します。
表1 今もこれだけある障害者欠格条項
見直し対象63制度に限っても、次の53制度が相対的欠格として残されています。相対的欠格とは、「免 許を与えないことがある」等として、行為や仕事ができるかを障害との関係で審査するものです。
あん摩マッサージ指圧師、はり師又はきゆう師,医師,医薬品等の一般販売業等,医薬品等の 製造業等,一般労働者の就業,衛生管理者・作業主任者・クレーン等の運転,家畜人工授精師, 火薬類取扱い,改良住宅への単身入居,海技試験(自衛艦),海技従事者国家試験(一般船), 外国人の上陸制限,義肢装具士,救急救命士,警備員の制限,警備員指導教育責任者・機械警 備業務管理者,警備員等,警備業,けしの栽培,建設機械施工,言語聴覚士,公営住宅への単身 入居,航空機乗り組,国家公務員の就業,指定射撃場の設置者及び管理者,視能訓練士,歯科医 師,歯科衛生士,歯科技工士,自動車等の運転,狩猟,柔道整復師,獣医師,診療放射線技師,水先 人,船舶乗務のための身体検査基準,通訳案内業,鉄砲又は刀剣類所持,動力車操縦者運転,特 定毒物研究者,毒物劇物取扱責任者,美容師,保健師、助産師、看護師又は准看護師,放射性 同位元素等の使用、販売等,放射性同位元素又はこれに汚染された物の取扱い並びに放射 線発生装置の使用,麻薬の輸入等,無線従事者,薬局開設許可,薬剤師,理学療法士・作業療法 士,理容師,臨床検査技師・衛生検査技師,臨床工学技士 |
政府見直し対象63 制度の変化(共に、視覚・聴言・心身・精神障害者の欠格条項のみを集計)
見直し以前 2000 年
絶対的
13
(21%)
相対的
29
(46%)
絶対的・相対的が混合
21
(33%)
見直し以後 2009 年
全廃
10
(16%)
相対的
53
(84%)
表2 障害者むけ試験でも横行する門前払い
この表は、都道府県の身体障害者を対象にした職員採用試験の、主に一般事務職についてです。障 害者対象の試験にもかかわらず、通勤や勤務にサポートがいらないことを受験資格にしており、点字で 受験できると明記しているのは20 都道府県、手話通訳の必要を受験申込書で聞いているのは22 都道 府県だけです。
記号の黒丸●は「あり」,白丸○は「なし」で、1番目の北海道は、自力で通勤できる・介助者なしで職務 遂行できる・口頭の試験(面接試験)に対応できる・活字印刷文に対応できる・という受験資格はいずれ も「ない」。そして、点字試験、手話通訳をつけた試験が「ある」です。北海道のようなところは表のとおり わずかです。「活字印刷文に対応できる」という受験資格は、点字試験を行わないことを意味し、点字ユ ーザーを門前払いしています。また、「口頭の試験に対応できる」受験資格はないところでも、手話通訳 や文字通訳をつけない実態が少なからずみられます。
2009 年8-12 月 障害者欠格条項をなくす会調べ
自治体名 | 受験資格の記述 | 試験において | |||||
自力通勤 | 介助なし勤務 | 口頭面接 | 活字印刷文 | 点字試験 | 手話通訳 | ||
1 | 北海道 | ○ | ○ | ○ | ○ | ● | ● |
2 | 青森県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | |
3 | 岩手県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
4 | 宮城県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
5 | 秋田県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
6 | 山形県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | |
7 | 福島県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ● |
8 | 茨城県 | ● | ● | ○ | ● | ||
9 | 栃木県 | ● | ● | ○ | ● | ● | |
10 | 群馬県 | ||||||
11 | 埼玉県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | |
12 | 千葉県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
13 | 東京都 | ● | ● | ○ | ● | ||
14 | 神奈川県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
15 | 新潟県 | ● | ● | ○ | ● | ||
16 | 富山県 | ||||||
17 | 石川県 | ● | ● | ○ | ● | ||
18 | 福井県 | ● | ● | ○ | ● | ||
19 | 山梨県 | ● | ● | ○ | ● | ||
20 | 長野県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ● |
21 | 岐阜県 | ● | ● | ○ | ● | ||
22 | 静岡県 | ○ | ○ | ○ | ○ | ● | ○ |
23 | 愛知県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ● |
24 | 三重県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ● |
25 | 滋賀県 | ○ | ● | ○ | ● | ○ | ● |
26 | 京都府 | ● | ● | ○ | ○ | ● | |
27 | 大阪府 | ○ | ○ | ○ | ○ | ● | ● |
28 | 兵庫県 | ○ | ○ | ○ | ○ | ● | ● |
29 | 奈良県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ● |
30 | 和歌山県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
31 | 鳥取県 | ○ | ● | ○ | ● | ○ | ○ |
32 | 島根県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ● |
33 | 岡山県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | |
34 | 広島県 | ● | ● | ○ | ● | ||
35 | 山口県 | ● | ● | ○ | ● | ||
36 | 徳島県 | ● | ● | ● | ● | ○ | ○ |
37 | 香川県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ○ |
38 | 愛媛県 | ● | ● | ● | ● | ○ | ○ |
39 | 高知県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ○ |
40 | 福岡県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
41 | 佐賀県 | ○ | ● | ○ | ● | ||
42 | 長崎県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
43 | 熊本県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
44 | 大分県 | ● | ● | ○ | ● | ○ | ● |
45 | 宮崎県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ● |
46 | 鹿児島県 | ● | ● | ○ | ○ | ● | |
47 | 沖縄県 | ● | ● | ○ | ○ | ● |