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障がいのある人に対する虐待防止立法に向けた意見書

2008年8月20日
日本弁護士連合会

第1 意見の趣旨

 障がいのある人に対する虐待は、社会生活におけるいろいろな場面で発生し ながらも顕在化しないものが多く、深刻な事態に至っていることを踏まえ、虐 待を防止し、被害者を救済する法制度を可及的速やかに制定する必要がある。

 前項の法律には次の内容を盛り込むべきである。
(1)各都道府県は、障がいのある人に対する虐待問題を専門に取り扱う中核機 関(救済機関)を設置すること。
(2)広く市民や関連機関が早期に虐待を発見し、中核機関に通報できる制度を 創設すること。
(3)障がいのある人と日常的に関わっている教育機関、雇用主などに虐待の早 期発見のための事故報告義務を課すること。
(4)国及び地方自治体は、虐待の被害に遭った障がいのある人々を救出し保護 するための制度を創設すること。
(5)国及び地方自治体は、家庭内介助者を支援するための制度を創設すること。
(6)国及び地方自治体は、虐待の被害を受けた障がいのある人々に対する精神 的身体的健康回復のための対策を講じること。
(7)国及び地方自治体は、虐待予防のための戦略を構築するために、社会にお いて虐待を生み出す環境や背景を調査し、また、虐待を防止するために関わ るネットワークを構築すること。

第2 意見の理由

1  虐待防止法制定の必要性
(1)障がいのある人に対する虐待の実態

 障がいのある人に対する虐待の事例は近時マスコミでも多く取り上げら れ、刑事及び民事の裁判例も多数存在している(別冊参照)。
障がいのある人は、家庭、学校、施設及び職場などの生活空間において、 抑圧・被抑圧的あるいは支配・従属的な人間関係に置かれることが多く、こ のような構造が障がいのある人の自立を阻害し、虐待を生み出す要因となっ ている。
 また、障がいのある人が虐待を受けた場合、そもそも虐待を受けたことの 認識がない、被害を訴えていくことが困難であるなどの被虐待者側の事情に より、あるいは、虐待が行われる空間の密室性や閉鎖性、周囲の無理解によ り適切な初期対応がなされないなどの外的要因により、そもそも被害が顕在 化しにくいという特徴がある。
 さらに、虐待からの救済の手段がないばかりか、救済に際しての受入先を 見つけるのが極めて困難であるという事情や、障がいに対する周囲の無理解 が原因で虐待行為に対する適切な処理がなされないことにより、あるいは障 がいゆえに被害が深刻化し得るという事情、社会制度の欠缺から救済後の環 境調整が困難な事例が多いという事情など、虐待発見後の対応にも課題が多 い。
 したがって、障がいのある人に対する虐待の実態を踏まえた法律の制定に より、虐待事例を早期に把握するとともに、専門的な中核機関が通報窓口と なり、事実確認、保護、是正措置、被害回復、そしてネットワークを活用し た環境調整等を統一的に行い、虐待被害からの実質的な救済を図る必要があ る。
また、上記の実態を踏まえ、各生活分野において研修や指導内容を充実さ せるとともに、障がいのある人の自立を促し、自らを守ることができるよう にするための施策を充実させるなどの方法により、虐待を予防することも重 要である。

(2)他の虐待法制との関係
 虐待に関する法規制として、児童虐待防止法が2000年に、配偶者から の暴力の防止及び保護に関する法律(以下「DV防止法」という。)が200 1年に、また高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法 律(以下「高齢者虐待防止法」という。)が2005年に制定されている。同 法は、児童、女性及び高齢者が虐待の対象となる事例が多く保護の必要性が 高いことから制定されたものであるが、児童、女性及び高齢者と同様、その 脆弱性ゆえに障がいのある人が虐待の対象となる社会構造が存在しており、 現実に多くの障がいのある人虐待事例が存在することから、障がいのある人 を対象とした障がいのある人に対する虐待を防止する法律の制定は不可欠 である。
 高齢者虐待防止法附則2条に「2 高齢者以外の者であって精神上又は身 体上の理由により養護を必要とするものに対する虐待の防止等のための制 度については、速やかに検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が 講ぜられるものとする。」と規定されていることからも、障がいのある人に対 する虐待を防止する法律を制定する必要性は強い社会的要請に基づくもの であるといえるであろう。
 2007年9月22日朝日新聞は、「高齢者虐待1万2000件超」とい う見出しで、高齢者虐待防止法施行後の初めての厚生労働省の調査結果を明 らかにしている。驚くべき結果であり、如何に実態が深刻であるかを物語っ ている(その中で特に多いのは認知症高齢者(障がいのある高齢者)である ことに注目すべきである)。
 しかし、障がいのある人に対する虐待防止法が未だ存在しない日本におい て、このような虐待に関する公的調査はなされてはいない。
 平成19年度版「障害者白書」によれば、わが国における障がいのある人 の人数は、身体に障がいのある人が351.6万人(総人口の2.8パーセ ント)でありそのうち在宅が332.7万人(同じく2.7パーセント)、 施設入所が18.9万人(同じく0.2パーセント)、知的に障がいのある 人が54.7万人(同じく0.4パーセント)でありそのうち在宅が41. 9万人(同じく0.3パーセント)、施設入所が12.8万人(同じく0. 1パーセント)、精神に障がいのある人が302.8万人(同じく2.4パ ーセント)でありそのうち在宅が267.5万人(同じく2.1パーセント)、 施設入所が35.3万人(同じく0.3パーセント)となっている。
 また、従業員5人規模以上の事業所において雇用されている障がいのある 人は、身体に障がいのある人が36.9万人(総人口の0.29パーセント)、 知的に障がいのある人が11.4万人(総人口の0.09パーセント)、精 神に障がいのある人が1.3万人(総人口の0.001パーセント)とされ ている。
 障がいのある人に対する虐待は、既に虐待防止法が成立している児童虐待 や高齢者虐待と共通する部分も多いが、前記のとおり、障がいのある人の虐 待事例は、障がいとそれに対する周囲の無理解に起因してそもそも被害が顕 在化しにくい、あるいは救済が困難であるという特徴があり、特に個別の法 律を作って十全な防止・対策を整備する必要性が高い。
 また、障がいのある人に対する虐待の特徴として、従前の法律が想定する 典型的な虐待現場である、家庭と施設以外にも多数の場が存在する点が挙げ られる。例えば上記のとおり企業で就労している障がいのある人は多数存在 し、また企業において上司などから虐待を受ける事件が多く存在するにもか かわらず、これに対する特別な防止策は全く論じられてこなかった。他に、 障がいのある人が虐待を受ける場として、学校、病院等の医療機関、そして 刑事拘禁施設を挙げることができる(これらの場ごとの虐待については別冊 を参照されたい)。したがって、障がいのある人の生活全般に関係する虐待 事例に横断的に対応できる法律の制定が必要である。

(3)障がいのある人の権利条約の採択
 ところで、2006年12月、第61回国連総会は、8回に及んだ特別委 員会の最終報告をもとに障がいのある人の権利条約(以下「権利条約」とい う。)を採択し、日本はこれを、2007年9月、署名した。同条約は2008 年5月3日に発効している。
 権利条約第16条は「搾取、暴力及び虐待からの自由」と題して、あらゆ る形態の搾取、暴力及び虐待から家庭の内外で障がいのある人を保護するた めのすべての適切な立法上、行政上、社会上、教育上その他の措置をとるこ とを締約国に義務づけている。
 そのために、同条は、締約国に対して、障がいのある人並びにその家族及 び介助者に対する適切な援助及び支援を確保することで、適切な防止措置 (暴力や虐待等の防止、認識、報告方法に関する情報や教育の提供を含む) をとることや、施設などを独立の当局がより効果的に監視する事を確保する よう求めている。
 さらに、締約国は、被害にあった場合の身体的、認知的及び心理的な回復、 リハビリテーション及び社会復帰を促進するためのすべての適切な措置(保 護サービスの提供を通じたものを含む。)をとるものとされ、搾取、暴力及 び虐待の事例が発見され、調査され、かつ、適切な場合には訴追されること を確保するための効果的な法令及び政策(女性及び子どもに焦点を合わせた 法令及び政策を含む。)を定めることが義務づけられている。
 我が国の現状として虐待事件は後を絶たない。被害が声なき者に集中する 傾向が強いので、多くの事件は立証もままならず密室の事件として闇から闇 へ葬り去られているのが実態である。虐待の事案については司法救済は極め て不十分にしか機能せず、行政による監督も同様である。
 日本政府は、既に2007年に権利条約に署名して批准に向けての準備を 開始しつつあるが、この条約を国内実施するには、条約が要請する上記の防 止及び救済のための適切な手段を盛り込んだ虐待防止法の制定が必要不可 欠である。

(4)諸外国の虐待防止法について
諸 外国における虐待防止法制は以下に述べるとおりである。虐待防止法制 定の必要性が強く裏付けられるとともに、我が国の虐待防止法に規定する内 容について大いに参考にすべきである。

ア アメリカ
 アメリカでは、各州が障がいのある成人と高齢者の虐待防止と虐待通報 及び虐待発生の確認のための調査システムの開発と運営を目的とした「成 人保護サービス法」(Adult Protective Service-APS法)を設けている。そ して、この場合の虐待は、家庭内の虐待と施設内虐待の両方をカバーして いるものも多い。各州により仕組みは異なるが、ほとんどの州の法律が、 「通報者」「通報すべき虐待」「通報受理施設」「通報の方法とタイミン グ」「通報者や調査官の罰の免除」「虐待容疑ケースの調査方法」「緊急避 難サービス」「秘密保持に関する条件」などを規定しており、「成人保護サ ービス機関」(APS)が管轄している。
 通報制度については、身元の秘匿や守秘義務違反の免除等の通報者を保 護する規定が置かれている場合が多く、それにより、通報が数多く寄せら れ、そのうちの7割に実際に虐待が確認された州もある。
 アメリカの全土に、上記APS機関、または成人保護サービスを提供す る、あるいは調整するプログラムが存在し、そこまでのケースマネジメン ト・ホームヘルプのようなサービスのほか、権利擁護や裁判等の援助等の 法的サービスや危機介入の手助けが用意されている。なお、虐待を受けて いる者は裁判所に対して、接近禁止命令及び退去命令のほか、自身や家族 及び虐待者に対する職業的カウンセリングを求めることができる。また、 警察官に対して、医療的治療が必要な場合は、最寄りの医療機関等に運ぶ よう要請する権利を有し、身体的安全のために必要であれば、安全が確保 されるまでその場にとどまるよう要請することができる。
 また、APS機関は、被虐待者の求めに応じて、もしくは同意のもとに 保護に必要な種々の医療サービスや支援サービス、避難シェルターの提供 やコーディネートなどといった成人保護サービスを行うが、成年後見人等 がかかる保護サービスを拒否する場合は、裁判所に対して、成年後見人等 に保護サービスを妨害しないことを命じるよう申立てることができる。被 虐待者に保護サービスの同意能力がなくかつ成年後見人がいない場合に は、APS機関は保護サービスの提供命令を裁判所に申立てることができ る。裁判所は、14日以内に審問を開き、必要があると認めれば保護サー ビスの提供命令を発する。
 さらに、各州における保護サービスを拒否する者に対して、APS機関 は裁判所に対し、緊急の危険におかれていることを証明し、その健康状態 の診断書を添付して緊急保護命令(Emergency Order For Protective Services)を申請することができる。裁判所が緊急性等を認めれば、直ち に保護命令が出るが、保護命令の種類は、a避難命令(Order removal of the dependent adult to safer surroundings)、b医療サービスの提供命 令(Order the provision of medical services)、c保安サービスや緊急 サービス要員(おそらく強権発動的なもの)を含む危険な状態からの避難 に必要な他の提供しうるサービスの提供命令(Order the provision of other available services necessary to remove conditions creating the dander to health or safety, including the services of peace officers or emergency services personnel)である。

イ ドイツ
 ドイツでは、介護保険制度を基盤とした在宅・施設サービス体制が整備 されており、障がいのある人や認知症の高齢者の人権に対する対策や、か なり手厚いサービス体制がとられている。ただ、虐待防止や救済等の人権 擁護機関としては第三者機関であるMDK(疾病金庫共同審査機関)が担 っているが、強制力がなく有効とは言い難い状況である。
 また、人権を守る法律として世話法(1992年1月施行)があり、そ の中で、成年者(18歳以上)が精神病または身体障がい、知的障がいも しくは精神障がいのために自分自身のことについて全部または一部を処 理できないときに世話人が選任され、選任された世話人は職務範囲におい て被世話人の疾病もしくは障がいを除去し、改善し、その悪化を防止し、 またはその結果を軽減するよう寄与することが規定されている。そして、 障がいのある人や高齢者の人権を守るために、裁判所が積極的に介入して 監督、後見機能を発揮している。しかし、通報義務制度を設けていないと いう問題点も抱えている。

ウ 韓国
 韓国では2007年3月6日、すべての生活領域で障がいを理由とした 差別を禁止し、障がいを理由に差別を受けた人の権益を効果的に救済する ことを目的とした「障害者差別禁止及び救済等に関する法律」が成立した (2008年4月11日施行)。その中で「虐待」に関し、「いじめ等の禁 止」として、「何人も障害を理由に私的な空間、家庭、施設、地域、社会 等で、障害者又は障害者関連者に遺棄、虐待、搾取をしてはならない」(3 2条4項)と規定している。また、「障害児童に対する差別禁止」の規定 (§35)においても、「障害を理由に障害児童に対する遺棄、虐待、搾 取、監禁、暴行等の不当な行為をしてはなら(中略)ない」としている(同 条4項)。
 そして同法では差別行為に対する調査と救済機関として、国家人権委員 会の下に「障害者差別是正小委員会」が置かれている。更に国家人権委員 会は差別行為に対して「勧告」を行うことができるが、勧告を受けた者が、 正当な事由無しに勧告を履行せず、その被害の程度が深刻であり、公益に 及ぼす影響が重大であると認められる場合には、法務大臣が被虐待者の申 請により又は職権で是正命令をすることができる。是正命令としては①差 別行為の禁止②被害の原状回復③差別行為の再発禁止のための措置④そ の他に差別是正のために必要な措置がある。是正命令を正当な理由なしに 履行しなかった者に対しては過料の制裁がある。なお、同法第3条(定義) の20で「いじめ」が定義されており、「いじめ」に虐待が含まれている ことから、同法の「差別行為」の中には虐待概念が含まれていると考えら れ、実際に虐待があった場合は、かかる規定に則って救済等が図られるこ とになると思われる。
 また、同法は、差別行為に対する損害賠償責任に関する規定のほか、裁 判所の改善・是正のための積極的措置等の判決や命令などを規定しており、 虐待も、この法に禁止された差別行為に該当するから、裁判所による積極 的な介入が期待される。
なお、被虐待者が障がいのある人に限ったものではないが、国家人権委 員会法では、国家人権委員会に対して、虐待行為に関する陳情をすること ができる。陳情は当事者のみならず誰でも申立が可能である。調査の結果 事実であると認められれば虐待者に対して「勧告」がなされる。勧告がな されない場合でも、その調査過程で、当事者間の合意や調停による解決が 図られることが多い。

(5)条例による虐待の防止
 障がいのある人に対する虐待防止の法整備の必要性を受けて、地方自治体 において条例による虐待防止のための規定を設けている。
 千葉県においては、2006年10月11日、「障害のある人もない人も 共に暮らしやすい千葉県づくり条例」を制定し、障がいのある人に対するさ まざまな差別を禁止するとともに、障がいのある人に対する虐待を次のよう に定義している。
 「障害のある人に対する虐待 障害者自立支援法(平成十七年法律第百二 十三号)第五条第十二項に規定する障害者支援施設(以下「障害者支援施 設」という。)の業務に従事する者(以下「障害者支援施設の従事者」と いう。)が当該障害者支援施設に入所し、その他当該障害者支援施設を利 用する障害のある人について行う次に掲げる行為をいう。

イ 障害のある人の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を 加えること。
ロ 障害のある人にわいせつな行為をすること又は障害のある人をし てわいせつな行為をさせること。
ハ 障害のある人を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置そ の他の障害のある人を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。
ニ 障害のある人に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他 の障害のある人に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
ホ 障害のある人の財産を不当に処分することその他当該障害のある 人から不当に財産上の利益を得ること」

 そして、このような虐待行為を禁止し、障がい福祉サービス従事者に対し て虐待の通報義務を課し、通報を理由とする不利益取扱を禁止し、県が通報 を受けたときに知事が虐待防止および虐待を受けた人を保護するために適 切な権限を行使することとされた。
 また、埼玉県行田市においては、2004年12月24日、「行田市児童、 高齢者及び障害者に対する虐待の防止等に関する条例」が制定され、200 5年6月1日に施行されている。同条例は、虐待を発見した者の通報義務、 市の責務等を明らかにしている。
 虐待防止法制定にあたっては、これらの先駆的取り組みである条例の内容 も参考にすべきである。

2 障がいの定義及び虐待の定義の検討
(1)障がいの定義

 障がいのある人に対する虐待を防止するための施策の適用範囲を明確に し、実効性あるものにするために、まず「障がい」の定義を明確する必要が ある。
 これまで「障がい」の定義は、医学的な見地に立って身体的又は機能的な 欠損や能力不全を基準として定められてきた。たとえば、身体障がいは視 覚・聴覚及び四肢の欠損や機能低下を障がいの定義としてきたし、知的障が いはIQを基準として定義されてきた。しかし、たとえ医学的な視点からは、 能力不全が存在しなくても、社会生活において差別を受け、あるいは不利益 を受ける状態が存在することが意識されるようになってきた。そのため、 WHOも2001年に障がいの定義を、それまでの医学的モデルから社会的 モデルに変更している。
 例えば、高次脳機能障がいや、多動性障がいのように、IQが標準値を示し ていることから同様に障がいの定義に含まれなかった例もある。しかし、こ れらの状態にある人が虐待の対象となることは十分に考えられるのであり、 たとえ医学的モデルとしての知的障がいが存在しなくても、虐待防止の観点 から、このような状態も「障がい」の定義に含める必要がある。
 また、過去に身体的又は精神的障がいを有したことにより、あるいはハン セン氏病のように、たとえ病気が治癒していても、過去の障がいや病気を理 由に虐待を受ける事象が見受けられる。また、HIV感染者のように、身体的 又は知的には何らの能力不全が存在しなくても、虐待の対象となることも多 い。そうした過去における状態や将来発生するであろう状態を理由に、虐待 を受けることを防止する見地から、本法ではこのような人たちをも「障がい」 のある人と同視することが必要である。
 上記の「障がい」の定義は曖昧ではないか、との疑念がおこるかもしれな い。確かに、現在の障がいのある人に関する様々な福祉法では、その定義に 従って給付がなされるため、誰が給付を受けられるかを争いのないように明 確にする必要がある。しかし、虐待の被害からの救済の必要性という観点か らは、福祉法の適用場面とは異なり、上記のような人についても広く虐待被 害の防止・被害救済の対象とすべきである。
 そこで、「障がい」とは、心身の状態が、疾病、変調、傷害その他の事情 に伴い、その時々の社会環境において求められる能力又は機能に達しないこ とにより、個人が日常生活又は社会生活において制限を受ける状態をいうと すべきである。
 また、過去にかかる状態にあったこと、及び将来かかる状態になる蓋然性 があることも「障がい」に含めるものとする必要がある。

(2)虐待の類型と定義
ア 虐待の背景

 虐待は、差別と異なり、むしろ身近な関係で発生することが多い。とく に、障がいのある人は、家族や施設など、何らかの支援を受けて生活をせ ざるを得ず、支援者とは密接な関係を有する。その支援は、支援の主体、 内容、あり方など、様々なものがあるが、この支援の必要性の度合いが高 ければ高いほど、自己以外の人に対する依存性が強まることになる。そし て、障がいのある人が支援を受けながら暮らしている場の閉鎖性、一般社 会とのつながりの希薄性、障がいの特性、障がいのある人自身の自己主張 の困難性、支援する側の劣悪な支援環境、労働環境などが虐待を生む背景 事情として存在する。
 また、このような背景事情と共に、障がいのある人は、子ども、女性、 高齢者である場合もあり、それらに虐待が発生しうる事情と障がいという 事情が重なり合っている。
 このような状況を背景に、実際に発生する虐待は、障がいのある人が置 かれている状況によっても異なるものがあるが、虐待の類型としてみると きには、子ども、女性、高齢者に対する虐待に見られる類型をすべて包括 するものでなければならない。

イ 虐待の類型と定義
 障がいのある人に対する虐待には、狭義の虐待(abuse 身体的虐待、 性的虐待、心理的虐待)、放置(neglect )、経済的搾取( financial exploitation)を含むものであるが、これまで、この類型を明らかにして、 障がいのある人への虐待を定義した法律はない。これでは、虐待を速やか に防止し、かつ、救済を施すことはできない。
 そこで、障がいのある人に対する虐待とは次に上げる行為をいうものと 定義すべきである。

「身体的虐待」―障がいのある人に対して有形力を行使すること、また は傷害を生じさせもしくは身体を拘束すること

「性的虐待」 ―障がいのある人にわいせつな行為をすること又は障が いのある人をしてわいせつな行為をさせること

「心理的虐待」―障がいのある人に対する暴言又は拒絶的な対応その他 の障がいのある人に心理的外傷を与えるおそれのある言動を行うこと

「放置(ネグレクト)」―障がいのある人を衰弱させるような減食、長時 間の放置、又は必要な医療を十分に受けさせないことそ の他の障がいのある人を養護すべき義務を怠ること

「経済的搾取」―障がいのある人の財産を不当に処分することその他当 該障がいのある人から不当に財産上の利益を得ること
以下、各行為ごとに詳述する。

(ア)身体的虐待
 障がいのある人への身体的暴行は人権侵害として最も多い類型であ る。支援する側の感情的な発露であったり、施設や職場、隔離病院に於 ける管理支配の手段であったり、指導名目であったりする場合が多い。 傷害に至らない単なる暴行に関して、指導の名の下でなされる体罰が社 会的に許される土壌もあってか、身体的虐待を身体に損傷を与える場合 に限定する見解も多い。しかし、仮に家庭であっても、懲戒としての暴 行が許されるべきではなく、それ以外の分野においては、なおさらのこ と、体罰が許容される余地はない。
 また、このような暴行といった直接的な有形力の行使のほか、薬物の 過剰投与によって精神的・肉体的傷害を与えたり、直接的な暴行とは言 い難い身体拘束という形で行われる場合も存する。かような場合、薬の 過剰投与などは、有形力の行使に当たらないものの、身体の正常な機能 を害する傷害行為であるからこれも含める必要があり、さらには、監禁 状態におくなどして有形力の行使を伴わない拘束も、身体に向けられた ものであるから、ここでは、身体的虐待に含めるべきである。

(イ)性的虐待
 障がいのある人に対する性的虐待は、被虐待者の人格の根幹を蹂躙し、 被虐待者に強い無力感や罪悪感を受け付けるものであり、人権侵害事例 での中でも最も悪質で悲惨なものといえる。女性が被虐待者となる場合 が多いが、男性が被虐待者となる場合も存在する。
 行為態様としては、暴行、脅迫を伴なう場合はもちろん、伴わない場 合でも、障がいのある人に対する優越的地位を利用して性的満足を得よ うとする場合も多い。
 また、性的虐待の定義には含まれないとしても、例えば、入浴、排泄、 生理等に関して異性介助が行われる場合、その介助の方法自体に不適切 な面がないとしても、それが異性によって行われることによって、精神 的苦痛を与える場合があり、異性介助が性的虐待につながる可能性もあ ることから、同性介助が徹底されなければならない。

(ウ)心理的虐待
 上記の虐待の場合には当然それによって、精神的な被害も生じるが、 言葉による虐待によって心理的な被害を生む場合がある。
心理的虐待の概念は、障がい故にからかわれたり、侮辱されることの 被害の深刻さや、依存関係の中での威圧的言動に対して抵抗できないこ とを奇貨として、それらの言動が管理の道具としても機能していること に鑑みると、からかいや侮辱的言動、威圧的言動を含むものでなければ ならない。また、障がいのある人が性的言動によって侮辱されやすく、 傷つきやすいことに鑑みると性的言動による嫌がらせも含めなければ ならない。

(エ)放置(ネグレクト)
 利用契約や行政の措置により介護・支援を提供すべき事業体において、 施設管理や利潤追求または職員の劣悪な労働条件により、本来提供され るべきサービスが提供されないことがあり、また、家庭内においても、 監護義務がある親権者等がその義務を怠る場合も存在する。障がいのあ る人にとって、そもそも介護・支援は生きていく上で、必要不可欠なも のであることに鑑みると、その履行義務を怠った場合には放置に当たる と考えるべきである。また、障がいのある人は医療的ケアを特に必要と している場合も多い反面、施設管理や利潤追求、職員の劣悪な労働条件 により、一般の医療を受ける機会を提供されない場合や、医療機関であ りながら適切な医療サービスを自ら提供しない場合も存在する。医療は 生命に直結する問題であることに鑑みると、このような場合も放置の一 つとして考えるべきである。

(オ)経済的搾取
 成人の障がいのある人は、賃金、作業工賃、障害基礎年金、損害賠償 金など、何らかの財産を有している場合がある。ところが、これらの管 理に関して身内や他人が不正に利得を得る場合がある。
 また、労働の実態を有しているにもかかわらず、まったく賃金を支払 わないあるいは適正な額を著しく下回る賃金しか支払わない場合も存 在する。
 このような場合は、経済的搾取として虐待にあたる。

3 虐待の分野ごとの分析の必要性
 以上は、虐待の行為に着目してその類型化及び定義を試みたものであるが、 虐待は、虐待の起こる分野(場面)によっても、その様相を異にし、防止及び 救済に向けた手段も異なる側面を有するものである。
 そこで、障がいのある人に対する虐待が多く行われる生活分野として、家庭、 施設、学校、企業、医療機関、刑務所等拘禁施設の各分野ごとにその内容を検 討する必要がある。
 この点については、別冊「各分野における虐待事例と分析」において、各分 野における虐待の実態・事例、虐待が生じる構造、既存法の限界と新たな立法 の必要性、虐待防止策として整備すべき内容といった観点から詳細に分析を行 っているため、これを参照されたい。
 ただし、具体的立法に際しては各分野ごとにより詳細な検討が必要であり、 既存法との関係において立法の可否を検討するとともに、虐待防止法に定める べき事項と既存法の改正等によるべき事項を整理し、より実効的な虐待防止策 を図ることが必要である。

4 あるべき虐待防止法の内容
 以上の検討・分析結果に基づき、我が国で制定されるべき障がいのある人に 対する虐待を防止する法律には、以下の内容が盛り込まれなければならない。

(1)目的・定義
ア 目的

 この法律は、障がいのある人に対する虐待が深刻な状況にあり、障がい のある人の尊厳の保持にとって虐待を防止することが極めて重要である こと等にかんがみ、障がいのある人に対する虐待の防止等に関する国等の 責務、虐待を受けた障がいのある人に対する保護のための措置等を定める ことにより、障がいのある人に対する虐待の防止等に関する施策を促進し、 もって障がいのある人の権利利益の擁護に資することを目的とする。

イ 定義
(ア)「障がい」の定義
この法律において「障がい」とは、心身の状態が、疾病、変調、傷害 その他の事情に伴い、その時々の社会環境において求められる能力又は 機能に達しないことにより、個人が日常生活又は社会生活において制限 を受ける状態をいう。
(イ)「虐待」の定義
この法律において「虐待」とは、次に掲げる行為をいう。
「身体的虐待」―障がいのある人に対して有形力を行使すること、または傷害を生じさせもしくは身体を拘束すること

「性的虐待」 ―障がいのある人にわいせつな行為をすること又は障がいのある人をしてわいせつな行為をさせること

「心理的虐待」―障がいのある人に対する暴言又は拒絶的な対応その他の障がいのある人に心理的外傷を与えるおそれのある言動を行うこと

「放置(ネグレクト)」―障がいのある人を衰弱させるような減食、長時間の放置、又は必要な医療を十分に受けさせないこ とその他の障がいのある人を養護すべき義務を怠ること

「経済的搾取」―障がいのある人の財産を不当に処分することその他当該障がいのある人から不当に財産上の利益を得るこ と

(2)中核機関(救済機関)の設置
 虐待の通報を受け、調査をし、虐待の疑いがある場合は被虐待者を保護し た上で調査し、専門家による被害聴取を行い、治療、被害回復等を支援してい くのは、障がいのある人に対する虐待を扱う専門機関が担うべきである。
 そこで、児童虐待を専門的に取扱い、立入調査、一時保護などの権限を持つ 児童相談所をモデルにした、障がいのある人のための虐待救済センターを新 たに創設することが必要不可欠である。
虐待救済センターは、都道府県に1箇所以上設置され、専門職員を養成し、 障がいのある人に対するあらゆる場面における虐待の通報を受け付ける。通 報を受けた場合、あるいは職権で調査を開始し、必要があれば、立入調査権限 を行使する。そして調査の結果、虐待の事実が認められる場合は、指導、公表、 改善勧告、改善命令などの権限を行使する。調査及び審理の過程においては、 弁護士等専門的知識をもつ者の協力を得ながら調査等を行うこと、及びこれ らの者が委員として参加することが必要である。
 また、後述のとおり、被虐待者を救済するため、虐待救済センターが申立 人となって、裁判所に、保護・避難等を求めて緊急保護命令を申し立てる権限 を持つ必要がある。
 さらに避難後の居住先の確保、身体的・精神的な被害回復の支援を行い、事 案によっては家庭や地域との再統合を支援する機能をもたなければならな い。
 虐待救済センターがこれらの権限行使を行うにあたっては、例えば、後述 のとおり保護に際して市町村等との連携が不可欠であるし、施設内での虐待 や企業内での虐待のように、都道府県や労働基準監督署等の機関が監督権限 を行使すべき場面も存在する。また、地域包括支援センターや福祉事務所、 民間団体等との連携も不可欠である。したがって、虐待救済センターが中心 となり、これらの機関との連携協力体制を構築するための規定が必要である。
 また、高齢者虐待防止法においては、同法の権限行使機関として市町村が 責任をもつべきとされ、相談・助言・通報先等の業務について地域包括支援 センターが委託を受けているが、それでもなお地域包括支援センターの業務 量に照らして虐待防止の実践が不十分であるとの問題点が指摘されている。 障がいのある人に対する虐待防止法に関しても、このような観点を踏まえ、 相談・助言・通報先等の業務を委託できる機関を広く指定し、虐待防止セン ターの機能を分散、地域化することで、実効的な虐待防止策の実施を図るべ きである。

(3)早期発見・通報制度
 被害が顕在化しにくい障がいのある人に対する虐待事案において、虐待の 早期発見及び通報は虐待防止法の極めて重要な要素である。早期発見・通報 により虐待を認知し、その悪化を防ぎ、後述する虐待からの保護や被害回 復・治療に早期につなげることが肝要である。
 このような観点から、また、障がいのある人に対する虐待が多分野に及ぶ ことから、虐待の早期発見のためには、全ての公務員、及び虐待を防止する 立場にある仕事に就く者(医師、看護師、弁護士、司法書士、社会福祉士、 民生委員、児童委員、施設職員、教員、雇用主、障害者職業生活相談員、刑 務職員、その他障がいのある人の福祉に職務上関係のある者)に対し、虐待 の発見努力義務を課すと共に、何人に対しても通報義務を課す必要がある。 そして、児童虐待防止法、DV防止法及び高齢者虐待防止法と同様、通報が 守秘義務違反にならないことを明記する必要がある。なお、教育分野におけ る教育委員会など、虐待通報を受けた指導・監督機関についても、同センタ ーへの通報義務を課すべきである。
 虐待の通報または被虐待者自身の届出があった場合、通報等を受けた虐待 救済センターは、直ちに安全確認及び事実確認を行わなければならない。ま た、同センターが立入調査を行うための規定や、警察署長に援助を求めるこ とができる旨の規定が置かれるべきである。この場合、虐待者に対する出頭 要求に対して応じない場合の立入調査など、平成20年4月施行の改正児童 虐待防止法の規定も参考にすべきである。さらに通報者に対する不利益処分 を禁止する等の内部告発をしやすい制度作りを行うことが必要である。
 多くの虐待が密室で行われる現状において、障がいのある人自身による届 出がなされた場合、あるいは通報に基づき障がいのある人に聴き取りを行う 場合は、被虐待者自身が周囲の影響を受ける前に供述する内容、すなわち初 期供述の証拠化が極めて重要であることから、聴取方法に関する専門家ある いは十分な研修を受けた者による聴取が必要であり、こうした専門的な聴取 システムが明文化されなければならない。そのための専門家養成も必要であ る。
 国及び地方自治体は、施設等の監査を充実させ、また虐待に関する相談窓 口を設置しなければならない。
さらに障がいのある人が虐待により医療機関を受診した場合、医師・看護 師等が虐待を発見できるよう、国及び地方自治体は、医療機関・医療関係者に 対し、十分な教育・研修を行うなど、障がいのある人に対する虐待発見に関す る知識を周知する必要がある。

(4)事故報告義務
 虐待の発見・通報制度を実効あらしめるためには、別冊事例集で検討した 施設、学校、企業、医療機関、刑務所等拘禁施設において、その場面ごとに、 当該場面の設置者が障がいのある人について発生した事故の報告義務を負 わなければならない。
 この点、虐待と認められるか判然としない事例について、通報者が主観的 に判断することなく、もれなく報告がなされるべく、報告義務の範囲となる 事故は、虐待のおそれまたは可能性のある事象を広く含むものとすべきであ る。
 また、事故報告書記載にあたっては、関与者、目撃者、被虐待者及びその家 族等、関係者の言い分が食い違う場合に、全ての言い分を併記しなければな らないものとすべきである。
 事故報告については、既存立法に規定がある場合には当該監督機関に対し、 規定がない場合には虐待救済センターに対して行うべきであり、既存の監督 機関に対する報告がなされた場合には、同機関から虐待救済センターへの報 告がなされるよう規定を置く必要がある。
 さらに、施設、学校、企業、医療機関、刑務所などの機関は、いずれも虐 待が行われる場面が密室であり多くの場合目撃者が存在しないこと、内部の 権力関係から被虐待者が長期間被害を訴え出ないことが少なくないことか ら、後になって被虐待者が被害を訴え出たとしても、その立証が困難な場合 が多い。したがって、それぞれの場の設置者には、各場面に応じた記録保存 義務を課す必要がある。
 そして、各設置者が上記報告義務や記録保存義務に違反した場合、訴え出 た虐待の事実の存在が推定されるための規定も必要である。

(5)保護、是正措置
 家庭、施設、社員寮等で虐待を受けた障がいのある人に対しては、さらなる 虐待からの保護と被害回復のために、避難と保護、また新たな生活の場の提 供が必要となる。
 そこで、虐待の通報等を受けた虐待防止センターは、市町村等と連携して、 被虐待者を一時的に保護するために短期入所等の障がい福祉サービスを提 供し、後見開始の市町村申立てを行うなど必要な措置を講じなければならな い。この場合、当然ながら被虐待者本人の意思を踏まえた上での事案に応じ た対応が必要である。市町村等は、被虐待者を一時的に保護するために必要 な居室を確保するための措置を講ずる必要がある。
 また、虐待者からの分離や保護を十分に図るためには、アメリカの各州で 実施されている保護命令制度を我が国でも導入し、被虐待者本人の意思を確 認しながら、裁判所の命令により、①被虐待者を保護し、安全な場所に避難さ せること、②警察や公的機関を動員した安全確保措置が受けられることが保 障されなければならない。保護命令の申立権者は、本人、親族、市区町村長、検 察官に加えて、虐待救済センターを含め、できるだけ広く規定されなければ ならない。
 また、保護を確実なものとするために、障がいのある人の避難する緊急避 難所(シェルター)となるべき施設やグループホームの増設、既存の施設・グ ループホーム等の積極的な活用が必要である。
 早期発見・通報により、虐待行為への早期介入、被虐待者への早期対応が 重要であることは当然であるが、他方で、虐待者に対してどのような対応を すべきかについては慎重に検討する必要がある。
 虐待事例の中には、障がいをもつ子の監護・養育に疲れ、無理心中を図る 親、他の支援の協力が得られず孤立した養護者、障がい特性を理解できず誤 解の中でいらだちを覚える養護者、経済破綻の中で精神的余裕を失った養護 者、自身も障がいをもつ養護者など、虐待者側の抱える事情が虐待という行 為に結びついている事例も多い。虐待現場としては、家庭のほか、施設、学 校等、閉ざされた空間の中で、支援する者とされる者の間の格差及び障がい に対する無理解からの思い込み、さらには、支援者の活動に対する社会の無 関心の中で支援者が孤立するなどの事情が影響して、支援者が虐待行為に出 て、あるいはささいな嫌がらせから歯止めがなくエスカレートしていくこと がある。これらの事例の中には、自らが同様の状況に置かれたら、同様の行 為に出ることを十分予測しうるような人間の弱さに根ざすものといえる(こ れに対する手当は下記(9)で述べる)。
 もっとも、虐待の場面や被害の深刻さによっては、虐待者に対して適正な 制裁ないし措置が科されなければならないことはいうまでもない。これによ り、当該虐待者による被害の進行及び再発を防止する特別予防の効果に加え て、社会に虐待は許されないことであるという認識を周知する一般予防の効 果も期待できる。さらに、虐待により精神的な被害を受けた障がいのある人 が被害回復を図る上でも重要なことである。
 この点、虐待者を雇う施設、企業、学校、病院などの設置者ないし雇い主は、 懲戒処分等により虐待者を適正に処分すべきであり、そのための規定を置く など必要な措置を講じなければならない。
 また、国及び地方自治体は、各障害者福祉法、医療法、学校教育法、各種 業法等に定める監督権限を強化し、虐待の主体たる法人に対する許認可取消 し、公表等のペナルティを課すことが必要である。
 さらに、虐待の主体の国家資格(教員免許、医師免許等)の停止や剥奪、 事業主に対する助成の打切り等のペナルティを課すことも有益である。
許認可取消しや国家資格の停止・剥奪、助成の打切りについては、根拠法 との関係が問題になるため、根拠法の改正で足りるかという点も含め本法と の整合性について慎重な検討が必要である。
 なお、これらの制裁ないし措置がなされる場合であっても、事案に応じた 適正な内容及び手続が要請されるのは当然であり、制裁的側面だけが強調さ れ安易な権力の介入がなされないよう留意した上での運用が必要である。

(6)被害回復・治療
 国及び地方自治体は、虐待を受けた障がいのある人の被害回復のために有 効な対策を講じる必要がある。
 精神的・心理的な被害回復のため、専門の医師やカウンセラーを養成し、虐 待救済センターに設置し、虐待の起きた施設、学校、企業等の現場に派遣する などして、被害回復支援を行わなければならない。
 虐待の起きる場面ごとに、設置者は、転学・休学や配転・休職など、被害回復 のために必要な措置をとらなければならず、また、監督官庁等はこうした措 置を促す指導を行うべきである。
 学校、病院、市区町村、福祉事務所等の関係各機関は、ネットワーク構築に より有機的に連携しながら、被虐待者の回復を支援しなければならない。  また、被虐待者が、家庭や地域で再統合を遂げ、自立生活を送ることができ るよう、関係各機関は連携して取り組まなければならない。

(7)調査研究・ネットワークの構築
 高齢者虐待防止法は、国に対し、高齢者虐待事例の分析を行うとともに、 高齢者虐待の防止、被虐待者の保護及び養護者の支援に資する事項について 調査及び研究を行うよう規定している(同法27条)。
 これまで十分な事例集積と分析が行われてこなかった障がいのある人に 対する虐待事例においても、同様の調査研究が行われ、今後の虐待防止等に 活用していくことは不可欠であり、障がいのある人に対する虐待を防止する 法律についても同様の規定が必要である。
 高齢者虐待防止法はまた、市町村に対し、高齢者虐待防止、保護、養護者 支援を適切に実施するため、関係機関や民間団体等との連携協力体制を整備 しなければならないとし、この場合において、虐待事例にいつでも迅速に対 応することができるよう特に配慮しなければならないと規定している(同法 16条)。
 障がいのある人に対する虐待事例についても、同様の視点から、虐待防止 センターを中心として、行政機関、福祉事務所、社会福祉協議会、地域包括 支援センター、発達障害者支援センター、民生委員及び人権擁護委員などの 関係機関や民間団体等との連携が必要であることは当然であり、さらに、前 記のとおり虐待が起こる場面が生活上の多分野に及ぶことから、労基署や職 安、教育委員会、医療機関等、連携が必要とされるネットワークの範囲はよ り広範に及ぶものというべきである。
 したがって、上記観点を踏まえた充実したネットワークの構築を目的とし た規定を盛り込む必要がある。

(8)虐待の予防
 虐待の予防措置として、高齢者虐待防止法においては、①市町村による相 談・指導・助言(同法6条)、②市町村による養護者の支援(14条)、③ 養介護施設等における苦情処理体制その他虐待防止のための措置(20条)、 ④財産上の不当取引による被害の防止等(27条)、⑤成年後見制度の利用 促進(28条)等が規定されているところ、障がいのある人に対する虐待事 案においては、現行法上これに対応する規定は存在しないため、少なくとも 同様の規制が必要である。
 また、高齢者虐待防止法3条が規定するように、障がいのある人に対する 虐待を防止する法律においても、施設、雇用主、学校管理職・教職員、医療 関係者、刑務職員に対し、それぞれの場面において、虐待に対する意識改革 や虐待防止のための指導・研修を行い、虐待が発生した場合の対応について 教育する制度的枠組みが必要である。そのためには、国及び地方自治体が関 係機関の職員研修や広報その他の啓発活動を積極的に行うことを規定する とともに(たとえば、障がいのある人を雇用する企業に助成するときは虐待 についての研修を義務づけるなど)、各場面の設定者に対し指導・研修を義 務づけなければならない。
 さらに、障がいのある人自身に対しても、虐待から身を守り、適切な支援 者・機関に被害を訴える力を備えさせるべく、十分な教育の機会が与えられ なければならず、そのために国及び地方自治体は必要な措置を講じなければ ならない。

(8)家庭内介助者に対する支援
 障がいのある人に対する虐待事案においては、前記のとおり、家庭では、 主たる介助を担当する家族の側が、養育・日常生活支援・社会生活において 本人が受けるストレスへのフォローなどに疲れていることが往々にしてあ る。そのように疲れきった場面でも、介助者はその場から逃げるわけにはい かず、手伝ってくれる者もいなければ相談に乗ってくれる者もいない。介助 者はこのような孤立し閉ざされた環境に置かれ、そのことが原因となって虐 待を生じさせていることが少なくない。これらの事案においては、虐待者を 虐待の加害者として位置づけ法施策の客体とすることは妥当ではなく、かえ って、介助者(虐待者)側に対しても適切な介入・支援を行い、十分な環境 調整を行うことができれば、その後の虐待を防止することが十分期待できる。
 この点、高齢者虐待防止法は、高齢者を現に養護する者であって養介護施 設従事者等以外のものを「養護者」と位置づけ(同法2条)、「市町村は、養 護者による高齢者虐待の防止及び養護者による高齢者虐待を受けた高齢者 の保護のため、高齢者及び養護者に対して、相談、指導及び助言を行うもの とする。」(6条)と規定し、さらに「市町村は、第6条に規定するもののほ か、養護者の負担の軽減のため、養護者に対する相談、指導及び助言その他 必要な措置を講ずるものとする。」(14条1項)、「市町村は、前項の措置と して、養護者の心身の状態に照らしその養護の負担の軽減を図るため緊急の 必要があると認める場合に高齢者が短期間養護を受けるために必要となる 居室を確保するための措置を講ずるものとする。」(同条2項)などの養護者 支援のための規定をおいている。
 したがって、障がいのある人に対する虐待防止法においても、家庭内の主 たる介護者が虐待行為に及んだとしても一方的に加害者と位置づけること なく、高齢者虐待防止法が規定するように、家庭内の介助者の置かれている 状況を受け止め、これを支援のための施策として、国や地方自治体に対し、 相談、指導及び助言その他の必要な措置を講ずることを義務づけるとともに、 家庭内介助者の支援プログラムの策定義務を明定すべきである。

第3 結論

 よって、意見の趣旨記載のとおり、上記規定を含んだ内容の障がいのある人 に対する虐待を防止する法律の制定が必要である。

以上